公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 1999年 > 平成11年7月13日・日本経済研究センターにおける日本銀行山口副総裁講演「国際金融における中央銀行の役割」

国際金融における中央銀行の役割

平成11年月13日・日本経済研究センターにおける日本銀行山口副総裁講演

1999年 7月13日
日本銀行

1. はじめに

 本日は「国際金融における中央銀行の役割」というテーマでお話をさせていただきます。当面の日本経済や金融システム、あるいは金融政策の問題ではなく、国際金融の問題をテーマとして選んだことにはいくつかの理由があります。最も大きな理由は、一昨年夏のタイに始まった一連のエマージング・マーケットの通貨・金融危機が示すように、現在国際金融市場が非常に大きな変化を遂げつつあり、金融市場のグローバル化にどう対応していくかは今後の日本経済の問題を考える上でも非常に重要な問題であると考えるからです。もうひとつの理由は、日本銀行は国際金融の問題についても様々な役割を果たしていますが、そうした役割については一般には必ずしもよく知られていないように感じるからです。以下では、まず、最近における国際金融危機の特徴について述べた後、国際金融危機を巡る中央銀行の役割について説明したいと思います。次いで、国際金融市場の問題を議論しているBISのグローバル金融システム委員会(Committee on the Global Financial System、CGFS)——私自身が議長を務めていますが——の活動に若干触れたいと思います。最後に、国際金融における日本銀行の役割についてもお話する予定にしています。

2. 国際金融危機の変化

1990年代の国際金融危機

 最初に、国際金融危機の性格の変化ということから話を始めたいと思います。「国際金融危機」という場合、そもそもどのような現象を指して「金融危機」と言い、また「国際的な」危機と言うのかが問題となりますが、ここではあまり厳密な定義論に入らずに、「国際金融市場に影響を及ぼす金融危機」という位のごく緩やかな定義で話を始めたいと思います。そのような定義での国際金融危機は昔から存在しています。1967年のポンド危機、1971年の金・ドル交換の停止、そして1980年代の途上国の累積債務問題を始め、国際金融市場は過去何回となくショックや危機に見舞われてきました。つまり、危機は繰り返されてきました。しかし、国際的な影響をもたらした最近の金融危機、例えば1990年代のわが国におけるバブル崩壊後の金融危機、90年代前半における北欧の銀行危機、1992年の欧州「為替相場メカニズム(ERM)」を巡る危機、1994-95年のメキシコ危機、そして1997年夏以降の東アジアやロシア、ブラジル等のエマージング・マーケットの危機を振返ってみますと、1960年代から80年代にかけての金融危機とは様相がやや変化してきているように感じます。何が変化してきているかというと、最大の変化は、金融危機の発生頻度が高まると同時に、一旦金融危機が発生した場合の影響の出方が格段に厳しさを増し、またグローバルな広がりが増してきているように見えることです。以下では、そうした最近の国際金融危機の特徴を4点に分けてやや詳しく説明してみたい思います。

マクロ経済的な不均衡と金融システムの機能不全

 第1は、最近の国際金融危機の多くはマクロ経済の異常なブームの後に発生していることで、マクロ経済的な不均衡と、銀行システムあるいは信用仲介(credit allocation)システムの機能不全(malfunctioning)とが組み合わさって危機が発生し、あるいは深化しています。マクロ経済が持続可能でないようなブームに入ると、すべての財やサービスの需要に対する強気の予測が支配的になり、予想された需要の増加を満たすための投資が行われ、この投資がまた需要を押し上げる、という循環が生じます。それと同時に、そうした投資ブームを支える信用の膨張が併行して生じます。例えば、バブル期の日本では、信用の膨張は銀行貸出や資本市場での資金調達の異常な増加という形をとりました。また、アジア諸国では先進国からの銀行借入が90年から96年の間に年率19%の伸びを示し、とくに危機が勃発する前の3年間では年率27%もの高い伸びを示しました。しかし、このようなブームはいつまでも続く訳ではなく、どこかで必ず止まるものです。そうすると、それまでの投資は一転して過剰設備になり、投下された資金は回収不能となります。この過程で不良資産が発生し、不良資産の規模によっては金融システムの機能不全からマクロ経済が停滞しますが、これがさらに金融システムの機能不全をもたらします。このように、マクロ経済の不均衡と金融システムの機能不全とが相乗的に作用して金融危機が生じます。中央銀行は、このような関係をしばしばmonetary stabilityとfinancial stabilityの相互関係──意訳しますと、マクロ経済の安定(即ち、物価安定の下での持続的な経済成長)と金融システムの安定が相互依存関係にある──という言葉で表現しますが、近年の金融危機の経験はまさにそうした相互関係の重要性を物語っているように思います。

撹乱的な短期資本移動

 第2の点は、第1の点とも関連しますが、急激な短期資本移動が危機を深刻化させていることです。アジアの金融危機が発生する前にこれらの諸国向けの銀行与信が大きく拡大したことはすでに述べた通りです。この間、アジア諸国向けの与信のうち1年未満の短期与信が占めるシェアは、90年の52%から96年の63%へとほぼ10%ポイント上昇しています。短期の資本流入については、借り換え等ロールオーバーがうまくいっている限り問題は生じません。しかし、一旦ロールオーバーが止まり、資本が流出に転じると、急速に借り手の資金繰りの悪化を招きます。この場合、アジアの通貨・金融危機で明らかになったように、当該国の経済や金融市場の混乱は多くの場合、危機以前に抱えていたマクロ経済の不均衡の是正という程度を超えるような大幅なものとなりました。そうだとすれば、後から詳しく申し上げるように、海外からの資本流入のメリットを活かしながら短期資本の攪乱的な動きにどのように対処すべきかは、国際金融危機への対応を考えていく上でますます重要な問題になっています。

危機の国際的な波及

 第3の点は、危機の国際的な波及が目立つようになっていることです。例えば、1980年代にラテン・アメリカ諸国で累積債務問題が深刻化した際、その影響は他の地域にもある程度は及びましたが、アジア地域では深刻な金融危機がほとんど発生してませんでした。1994-95年のメキシコ危機の際も同様でした。しかし、1997年以降のエマージング・マーケットの金融危機では、あるときは急速に、またあるときは緩慢なスローモーション・ビデオのようにというスピードの違いはありましたが、結局、多くのエマージング諸国が大きな影響を受けました。波及のメカニズムは先進国の与信の引揚げであったり、リスク特性が類似した通貨を使った売りヘッジ、いわゆるプロクシー・ヘッジ(proxy hedge)であったり、純粋な心理的連想であったり様々ですが、いずれにせよ、アジアに端を発した危機がブラジルを経て世界をぐるりと一周してようやく収束しつつある、といえるかもしれません。地域内での直接的な貿易・投資関係が密接であるとか、経済構造が比較的類似している同一地域内での危機の波及ではなく、地理的に全く異なる地域へ危機が波及するということは、1970年代や80年代には見られなかった現象です。

金融危機の現れ方の変化

 最後に指摘したいのは、金融危機の現われ方が多様になっていることです。古典的な危機は銀行が次々と取付に遭うような場合に代表される、資金、流動性の不足が直接的な引き金となって生じるシステミックな問題です。もちろん、今回のエマージング・マーケット危機においても、タイ、韓国、ロシア、ブラジル等の危機でみられたように、多くの国において危機は外貨資金繰りの悪化という、古典的な流動性の低下という形で表面化しました。銀行取付をきっかけとして発生する伝統的な危機、これを仮にbank-runと呼ぶとすれば、最近新たに見られるようになってきた危機の形態は市場の機能不全によって生じる危機、言わばmarket-runとも言うべきものです。例えば、昨年秋のロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の実質的な破綻後の先進国の金融市場を見ると、エマージング・マーケットで起きた問題を引き金に、市場参加者による資産の集中的な投げ売り(fire-sale)や安全性の高い資産への逃避(flight to quality)が発生し、これによって多くの市場の流動性が枯渇するという現象が見られました。言うまでもなく、金融市場の重要な機能のひとつは市場で価格が付き、その価格でリスクを速やかに移転することができることですが、そうした「価格発見機能」(price discovery function)が突然低下することは市場参加者にとっては大変な恐怖です。

なぜ国際金融危機は厳しくなっているのか?

 以上、最近の国際金融危機の特徴として、マクロ経済的な不均衡と金融システムの機能不全と相互依存関係、短期資本移動の撹乱的影響、危機の国際的な波及、危機の現れ方の多様化の4点を挙げましたが、何故最近このような変化が見られるようになってきたのでしょうか。この点について私自身十分な答えは有していませんが、多くの論者が指摘するように、情報技術の発達を背景とする金融の技術革新やグローバル化の進展が関係していることは間違いないと思います。例えば、国境を跨ぐ、いわゆるクロスボーダーの資本取引は過去10年の間に3倍強にも拡大しました。このようなオンバランスでのクロスボーダー資本取引の増加自体目覚ましいものがありますが、それ以上に目覚ましいのはデリバティブ取引によって可能になったクロスボーダーでのリスクの移転の急速な増加です。仮設例としてタイの企業が発行するバーツ建て社債への投資を考えてみますと、そうした投資には為替リスク、信用リスク、金利リスク等様々なリスクが存在します。デリバティブ取引は、タイ・バーツの為替レートが一定水準を下回るリスクであるとか、社債発行企業の信用度が一定以下に落込むリスクというように、社債というひとつの金融商品にパッケージとして取引されているリスクを分解し、その上で分解されたリスクを移転したり引受けたりすることを可能にします。金融技術革新はそうしたリスクの移転を従来に比べ格段に安いコストで行うことを可能にするものですが、その結果生じる金融取引の拡大は決済制度や会計制度を始めとする各国の金融取引のルールの違いを見直す要因となり、これによって生じた取引ルールの平準化が一層の取引の増加をもたらしています。このようなプロセスを通じて金融市場が拡大しますと、分業がさらに進展します。リスクの評価の面での格付けサービスの発達、様々な投資目的やタイム・ホライズンに応じて設計された投資信託やヘッジ・ファンドの発達もそうした分業の動きのひとつとして位置付けられるものです。

 以上のようなプロセスの結果、リスクに関する評価やリスク・テイキングは従来に比べ格段に専門化され、一旦何らかの危機の予兆が表面化する際には、デリバティブ取引によって問題となるリスクだけをえぐり出し、そのリスクを集中的に移転しようという行動がとられる傾向がみられます。先程のタイ企業が発行するバーツ建て社債への投資を例にとれば、バーツの先安感が生じる場合、バーツの為替リスクだけをデリバティブ取引によって効率良くヘッジを行うことができるため、ヘッジ売りの圧力もその分激しいものとなる傾向がみられます。

 しかし、金融技術革新やグローバル化によって危機が厳しくなるという面だけを強調するのはバランスを欠いています。東アジアの諸国についてみると、これらの国が80年代から90年代の前半にかけて達成した目覚ましい経済成長には、海外からの資本流入が大きく貢献しています。先進国からの資本流入は国内だけでは不足する資本を供給するという役割に止まらず、技術や経営ノウハウの受入れという点でも大きなメリットをもたらしました。また、デリバティブ取引についても、これによってリスクを分解し移転出来るという安心感が生まれた結果、エマージング諸国への投資が増加したという側面は無視出来ません。さらに、市場規律の向上という点でも、グローバル資本市場は大きな役割を果たしました。グローバル市場では、企業、金融機関、ソブリン国家いずれであれ、厳しいリストラや経済構造調整を行うことによって良好なパフォーマンスを維持することに成功すれば、そうした行動は市場で高く評価され、信用スプレッドが縮小することによって資金調達コストが低下します。そうしたメカニズムを通じて実現する市場規律の向上は長い目で見た経済成長の大きな要因です。

 変化というものはすべてそうだと思いますが、金融技術革新や金融市場のグローバル化についても潜在的に大きなメリットをもたらすという側面と、短期的には混乱をもたらす可能性を秘めているという側面と、二つの側面を持っているのではないかと思います。そうだとすれば、我々が努力すべきことは、金融の技術革新や金融グローバル化のもつ潜在的なメリットを最大限活かす方法を考え、それを実行していくことであると思います。言い換えれば、一方では企業、金融機関およびソブリン国家が市場のディシプリンをきちんと受け止めていくことと同時に、グローバル化した市場に対して適切なルールや規範を打ちたてていく、という両面での努力が必要になっています。

3. 国際金融危機と中央銀行

 現在、国際金融コミュニティーでは各国の政府や中央銀行、金融機関、学者等が中心となって、今後国際金融危機の再発を防ぐにはどうしたらよいかという観点から、為替制度のあり方や短期資本移動の問題を始め活発な議論 ——いわゆるアーキテクチャー(architecture)の議論——が行なわれていますが、そうした議論が始っているのも正に今申し上げたような考え方に基づくものであると理解しています。そうしたアーキテクチャーの議論は非常に広範囲に及んでいるので、本日はもう少し話題を限定して、「国際金融危機を防ぐために中央銀行は何をすれば良いか」という問題を考えてみたいと思います。この点で中央銀行にとって最も重要なことは言うまでもなく、自国のマクロ経済の安定を確保することです。もう少し厳密な言葉で言うと、「物価安定の下での持続的な経済成長の達成」ということになりますが、各国が自分のことは自分できちんと対応する──put one's house in order ──ことがすべての出発点です。もっとも、このことを十分強調した上で、それでは各国が自国のマクロ経済や金融システムをしっかり運営していれば問題は生じないかというと、残念ながら必ずしもそうとは言えないように思われます。たった今述べたように、いわゆるアーキテクチャーについて活発に議論されているという事実は、各国におけるマクロ経済安定の努力と併行して、国際金融市場あるいは国際金融システムを安定的に機能させるための努力が重要であるという認識を反映しています。

国際金融システムの状況把握

 国際金融危機を防ぐ上で中央銀行にとっての第1の課題は、国際金融システムにおけるリスクや脆弱性(vulnerability)に関する状況把握力を強化するということです。平易な言葉で言えば、モニタリングの強化です。先程も少し触れましたように、マクロ経済がうまくいっているときは、往々にして過剰な消費や投資が行われ、金融危機の種が蒔かれています。実際、危機を後から振返ってみますと、バブルや「行き過ぎ」を示す警戒信号は少なからず発せられています。アジアの金融危機を例にとれば、BISの国際与信統計上先進国の銀行によるアジア向けの短期外貨建て与信が急増していたことは97年入り前から明らかになっていました。短期の外貨建て与信への依存が強まると、何らかのショックが生じた場合に大量の資本流出が発生して外貨資金繰りが苦しくなるリスクが高まることになります。当時、なぜ、そうした警戒信号が無視されたのか、なぜリスクに気がつかなかったのかというと、それは国全体として「自信」が広がったことと関係しているように思います。実際、過去のバブルの経験を振返ってみますと、国民が全体として「自信」を持ったときに、バブルが起きているケースが多いように窺われます。アジア危機に先立つ経済成長期には「アジアの奇跡」がそうした自信の源でした。また、日本のバブルについても、「世界第1位の債権大国」という当時広く使われた言葉にそうした自信の一端をうかがうことができます。しかし、多くの国民が自信を持っているときに、潜在的なリスクの存在──それも一旦顕在化した場合にはとてつもなく大きなリスク──を認識することは容易ではありません。たとえリスクに気付いても、これに基づいてマクロ・レベルあるいはミクロ・レベルで行動を起こすこと──たとえば、金融引締めを行うとか、リスク管理を強化する──は容易なことではありません。また、早期の対応により、リスクの拡大をとりあえず未然に防いだ場合でも、市場参加者のリスク・テイク意欲が衰えなければ、追加的なリスク・テイクが行われ、結局はバブルの発生を防止できない可能性も否定できません。このように考えますと、マクロ的なリスクを逸早く解消する万能薬のような方法がある訳では決してありません。

 しかし、中央銀行が考えられるリスク・ファクターを認識し、仮にそうしたリスク・ファクターが大きく変化した場合に何が起こるかを常に意識的に考え分析を行うことは非常に重要です。今回のエマージング・マーケットの危機では、民間金融機関がストレス・テストを行い自らのポートフォリオにどのような弱点があるかを認識することの重要性が認識されました。ストレス・テストと言うと、何か非常に技術的に聞こえますが、本質は金融機関の経営者が常日頃から様々なシナリオを想定し、自らの存続に影響しかねないようなリスクが何であるかを考えるという判断のプロセス(judgemental process)です。これと同様に、中央銀行についてもそうしたストレス・テスト、言わばマクロ・ストレス・テストとでも呼ぶべき思考習慣をとることが非常に重要になってきます。もちろん、このように言ったからといって、中央銀行がマクロのリスクの所在について常に正しい判断ができるということを主張するものではありません。ただ、中央銀行にとってマクロ経済の安定──物価安定の下での持続的経済成長──や金融システムの安定は自らの使命であり、そうした使命達成を損ないかねないマクロ的なリスクを逸早く認識することは中央銀行のレゾンデートルそのものです。このように考えますと、金融市場のグローバル化が進展する下で、各国の中央銀行が協力して、グローバル金融市場に潜むマクロ的なリスクを把握する努力は、今後一層重要になっていくように思います。

危機に強い国際金融システム構築に向けた政策提言

 仮に中央銀行が国際金融システムの状況をいかに詳細に把握していたとしても、すべての危機を未然に防止することは難しいと言わざるを得ません。そうだとすれば、中央銀行にとっての第2の課題は、危機が起き得ることを前提とした上で、危機やストレスに強いシステムを構築するための政策提言を行うことです。ここで政策提言という言葉を使うのは、中央銀行は国際金融市場の参加者に対し、直接ルールを定めたり監督したりする権限は有していない場合が多いからです。例えば、昨今、ヘッジ・ファンド等の投資家への対応が問題になっていますが、一般的には中央銀行はそうした分野で規制の制定や監督等の権限を有している訳ではありません。中央銀行以外の監督機関の適切な措置に期待せざるを得ない場合が多々ありますし、また、いずれの当局の監督も及ばない分野もあって、そうした監督のギャップにどう対応するかが議論されている状況です。

 しかし、中央銀行は金融市場の一員として金融市場の機能向上に強い関心を有しています。中央銀行はそうした立場から、グローバルな金融システムについても分析や政策提言を発表し、これをベースに市場参加者や監督当局と対話を行っていますが、このような方法で金融市場の機能向上を実現することは建設的なアプローチであると思います。また、そうした政策提言の努力と併行して、中央銀行が提供する決済サービス等、自らの努力で直接変えていくことのできる分野について、金融市場のグローバル化に対応して様々な見直しの努力を払っていくことも重要です。

国際金融危機への対応

 中央銀行の第3の課題は、不幸にして国際金融危機が発生してしまった場合における危機への対応です。国際金融危機は直接的には問題国における為替レートの急激な低下や外貨準備の大幅な減少等の形をとることが多く、政府や民間の金融市場参加者の支払の困難化や支払停止という形で危機が表面化します。国内の金融危機と同様、支払いの困難化が生じた場合に国際機関や政府が安易に信用を供与することは将来のモラル・ハザードをもたらす惧れがあり、十分慎重に対応する必要があります。最近のアーキテクチャーの議論で民間セクターの参加(private sector involvement)が強調されているのは正にそうした考えによるものです。しかし、放置すると国際金融システムへの影響が非常に大きいと判断される場合には、問題国の政府に対し信用を供与することが必要になります。そうした問題国の政府への信用供与という役割は、中央銀行ではなく主として政府やIMF等が担っています。一方、各国の中央銀行が強い関心を持っていることは、自国の金融市場の混乱を防止することを通じて国際金融システムの安定を確保することです。

 中央銀行はイン・ザ・マーケットという立場から、時々刻々と変化する金融市場の情報を迅速に収集することができます。そうした観点から、民間の市場参加者の支払不能がシステミック・リスクをもたらす惧れがあると判断されるときには、金融機関に対しいわゆる「最後の貸し手」としての機能を果たすことがあります。その際、もちろん、市場参加者等のモラル・ハザードを招きかねないという意味で、「最後の貸し手」機能を安易に発動すべきでないことは当然です。さらに、グローバルな市場間のリンクを通じ国際金融市場の混乱が自国の金融システムや金融市場の混乱をもたらしこれが国内経済に悪影響を及ぼす惧れがある場合、金利を引下げ金融市場に対し潤沢に流動性を供給することも考えられます。因みに、米国の中央銀行であるFRBは昨年秋に3回の金利引下げを行いましたが、引下げの理由としてロシアの金融危機を発端として米国の金融市場が不安化する中で、金利引下げが米国の経済成長および市場の安定確保のために必要と判断されたことが発表文に記されています。

4. グローバル金融システム委員会

国際的な中央銀行のフォーラム

 国際金融における中央銀行の役割として、国際金融システムの状況把握力を高めること、危機に強いシステムの構築に向けた政策提言を行うこと、および、危機が発生した際の拡大防止という3点を挙げましたが、中央銀行は国内の金融システムの安定性確保という面では、昔からこのような役割を果たしてきました。この結果、各国中央銀行の間では共通の土台の上で情報や意見の交換を行うことができます。また、日々グローバルな広がりを有する市場と対話していることによって、このような共通の土台は一層強化されています。こうした中央銀行の情報交換の場は様々な形で存在しますが、スイスのバーゼルにある国際決済銀行(BIS)は最も重要な情報交換の場のひとつです。ご存知の方も多いと思いますが、BISは政府ではなく世界40か国余りの中央銀行が出資する、ユニークな国際機関です。

 BISには、先進10か国(G10)中央銀行総裁会議を頂点に、様々な委員会がありますが、その中でも特にグローバル金融システム委員会、バーゼル銀行監督委員会および支払決済システム委員会については、相互に補完的な関係にあり連携をとりながら活動しています。たまたま私が関与しているグローバル金融システム委員会の活動は、これまでお話してきました国際金融における中央銀行の役割というテーマと密接に関連しているように思いますので、次にこの委員会の活動を若干申し上げてみます。

モニタリング

 グローバル金融システム委員会の活動は3本の柱から成り立っています。

 第1の柱は、グローバルな金融市場の動向について包括的なモニタリングを行うことです。これは、先ほど国際金融危機における中央銀行の役割のひとつとして強調したリスクに関する正確な状況認識に対応するものです。3か月に1回開催されるグローバル金融システム委員会では毎回様々なリスク・ファクターを採り上げ、中央銀行としてどのようなマクロ的なリスクを想定する必要があるかを議論しています。採り上げるテーマは様々ですが、一昨年の後半から昨年にかけてはアジアの金融危機に端を発した一連の国際金融危機の原因の分析と市場動向が大きなウェイトを占めていました。例えば、なぜ、「アジアの虎」と言われた諸国が急転直下通貨危機に見舞われたのか、タイ・バーツの切り下げがアジア諸国をはじめとする他のエマージング・マーケット諸国に波及する可能性をどうみるか、あるいは、なぜブラジルによる事実上の通貨切り下げが短期的には大きな影響をもたらしていないのか、といった点です。また、先進国の関連では、本年初のユーロ導入を巡る様々な市場の動きや米国の株価上昇が内包するリスクといった点を議論してきました。さらに、2000年問題との関係で本年末越えの金融商品の価格に生じているリスク・プレミアムにも着目しています。さらに、やや中期的な問題として銀行業の変貌を反映した国際的な銀行業界の再編のもたらす問題、といった論点を採り上げたこともあります。

 こうした国際金融市場のモニタリングの方法論は現状しっかりと確立しているという訳ではありませんが、この点に関してグローバル金融システム委員会が最近関心を持っていることをひとつだけ述べるとすれば、「ポジション」という概念をどう考えるかという問題が挙げられます。例えば、LTCMのケースではエマージング国の債券と先進国の債券の利回り格差(スプレッド)の縮小を見越してエマージング国の債券買い、先進国の債券売りのポジションが大量に積み上がっていたと言われています。昨年8月のロシアのデフォルトやその後のヘッジ・ファンドの損失拡大のニュースと共に、市場ではそうしたポジションの大幅な巻戻しが生じるのではないかとの予想が拡がり、これが市場の混乱をもたらしました。

 もちろん、市場全体を足し合せれば必ず、売りと買いは見合っており、ポジションはゼロになる訳ですが、何らかのショックが起きた場合の反応は、誰がポジションを有しているか、ポジションが特定の市場参加者に集中しているのか、保有している様々なポジションが相関関係の高いものかどうかにも依存します。ポジションに注目するというのは、マーケットの大きな変動をもたらす要因としてマクロ経済というファンダメンタルな要因だけでなく、市場のダイナミックスも重要な役割を果たすという経済観、市場観に立っていることになりますが、グローバル金融システム委員会では市場のダイナミックスについても注意を払いながら活発な議論を行っています。

市場機能の向上

 グローバル金融システム委員会の活動の第2の柱は、国際金融市場の機能 ──あまり適当な訳ではないのですが英語ではmarket functioningと言います──の向上を目的とする長期的な視野に立った分析です。金融市場において日々どのような取引が行われており、そうした取引はどのようなプロセスを経て執行され決済されるか、市場参加者はどのような不都合を感じているのかといった点を市場の実務に即して明らかにしていくことが作業の出発点となります。これは正確な状況認識の前提であると同時に、危機管理においても不可欠な情報です。

 第3の柱は第2の柱とも密接に関連しますが、分析に基づいて金融市場の機能および安定性の向上に向けた具体的な政策提言を行うことです。当然のことながら、それらの政策提言は国際金融市場における出来事や経験を踏まえ、問題再発のリスクを抑えたいという生々しい問題意識をもって組立てられています。

 そうした観点からグローバル金融システム委員会が最も大きな力を割いているのは、ディスクロージャーやデータの整備といった市場の透明性を向上させる努力です。というのは、市場取引の透明性が格段に増すならば、市場参加者がお互いを厳しく評価し選別するようになり、自ずとそこには適度の均衡が生まれることが期待されるからです。中央銀行は伝統的にそうした市場参加者による自律的なチェックのメカニズムを重視してきました。

 この点でまず紹介したいのは、昨年秋に公表された「通貨当局の外貨流動性ポジションに関する透明性向上」という報告書です。アジアの金融危機においては、タイや韓国の通貨当局が先物市場で自国通貨を買い支えたり、外貨を自国の銀行に預託してその外貨資金繰りを支援するなどの措置を発動しました。これらの措置の結果、当局が実際に利用できる外貨準備は大きく減少していたのですが、その実情は従来の外貨準備統計によっては明らかにされませんでした。こうした外貨準備の実質的な減少が明らかになっていないことによって危機が一層深刻化したのではないかという反省に立って、この報告書は、公的当局が外貨の流動性ポジションについてより包括的、詳細かつ頻度の高い情報を公開するよう提言しています。報告書では例えば、当局による先物取引やオプション取引によって生じ得る外貨準備の減少額や、自国に本拠を置く銀行に預託している外貨準備の額などの公表が提言されています。公表頻度も毎月かつ1か月以内に公表すべきものとされています。本報告書に示された中央銀行のイニシャティブは、本年に入りIMFのSDDS(Special Data Dissemination Standard)と呼ばれるデータの公表基準として採用され、日本を含め多くの国がそうした基準に従うことをコミットしています。

 公的当局によるディスクロージャーと並んで、あるいはそれ以上に重要なのは、民間の市場参加者自身によるディスクロージャーです。そうした観点から我々に大きな教訓を投げかけているのは昨年秋のLTCMの事実上の破綻です。ご存じの通り、LTCMは、あまりにも巨大なポジションをレバレッジによって形成したために、相場の思惑が外れた際に資金繰りに行き詰まってしまった訳ですが、LTCMの取引の相手先がこうした無理なポジションを抱えていないかどうかをディスクロージャーあるいはマクロの統計から判断できていたならば、LTCMの行動に市場の規律が働き、もう少し早い段階で歯止めがかかっていたかもしれません。市場参加者が、マーケット・リスク、信用リスク、流動性リスクといった種々のリスクをより的確に判断できるようにするには、個々の市場参加者によるディスクロージャーとマクロの統計は車の両輪であり、グローバル金融システム委員会はこの両面で検討を続けています。

 このうち、民間の市場参加者によるディスクロージャーについては、既に1994年秋に「フィッシャー報告書」を公表し、従来の財務諸表データ中心のディスクロージャーから、リスク管理モデルの結果等個々の市場参加者のリスク・プロフィールを明らかにするようなディスクロージャーへ、変化の必要性を提言しています。この報告書では、個々の市場参加者が市場から的確な評価を受けようとする以上、自主的にディスクロージャーを拡充するインセンティブがあり、その結果、ディスクロージャーの拡充に向けた競争的メカニズムが働くことを強調しています。もっとも、最近の国際金融危機では、先ほど申し上げたように市場参加者に十分な情報が提供されていなかったことが問題のひとつとして指摘されています。そうであるとすれば、なぜディスクロージャーを拡充するメカニズムが働かなかったのか、どのようにしたら働くようになるのかということが問題になりますが、グローバル金融システム委員会としては民間の市場参加者との対話を行いながら、自主的なディスクロージャーの充実を促す工夫や努力をしていきたいと思っています。

 公的当局や民間市場参加者によるディスクロージャーと並んで、国際金融市場に関する統計を整備するという面でも、グローバル金融システム委員会は大きな努力を払っています。例えば、BISおよび各国中央銀行はグローバル金融システム委員会 が1995年に作成した報告書に基づき、世界のデリバティブ市場の国勢調査とも言うべきデリバティブ市場サーベイを1995年から開始しており、昨年は第2回目のサーベイを実施しました。また、昨年12月には世界のデリバティブ取引の約8割をカバーする主要ディーラーを対象とする半年に1回の定例デリバティブ統計(吉国委統計)の公表を開始しました。また、カントリー・リスク統計として注目度が向上しているBIS国際銀行与信統計も、その公表が2か月近く早まるなど地道な改良が行われています。こうした中で、現在国際金融取引に関連して埋めるべき統計のギャップがないかどうかを検討する作業も進めています。

 グローバル金融システム委員会の活動は、以上のような市場の透明性の向上を目指した努力にとどまりません。国際金融市場の危機は、市場参加者が様々なポジションを形成し、解消していく中で生じていますが、グローバル金融システム委員会では、そうした市場のダイナミックス自体に関する幾つかのリサーチやこれに基づく政策提言も行っています。ひとつだけ紹介しますと、5月初には市場流動性に関する報告書を公表しています。市場流動性は漠然とした概念で、定量的に把握することは難しいものの、公的当局も民間の市場参加者も市場に流動性があることを前提に行動しています。例えば、最近急速に普及してきているリスク管理モデルは、資産および負債がいつでも市場で調達・処分できること、つまり市場流動性が存在することを仮定しており、そうした仮定が崩れると予想外の損失の発生や最悪の場合、市場参加者の倒産といった事態が発生するかもしれません。したがって、市場の流動性の確保は金融システムの安定性にきわめて重要な役割を果たしているといえますが、この報告書は理論的な観点から、市場流動性の決定要因を、商品の特性、市場のミクロ的構造(market microstructure)および市場参加者の行動特性から分析し、とくに中核的な金融市場である国債市場の流動性について考察を加えています。この報告書が指摘しているポイントは、いくつかありますが、たとえば、国債の満期構成、発行ロット、税制の市場流動性に対する影響といった点は、わが国の国債市場の流動性を高めていくことを考えるに当たり示唆に富んでいます。

 以上、グローバル金融システム委員会の最近の活動を紹介してきましたが、国際金融危機に関連した中央銀行の役割、つまりマクロ的なリスクを逸早く認識すること、危機に強いシステムを構築すること、危機の拡大を防止すること、いずれの課題をとっても、中央銀行間の様々な国際的なフォーラムとの補完・協力の努力がなければ達成できるものではありません。この点で、バーゼルに本拠を置く他のG10ベースの委員会と比較すると、バーゼル銀行監督委員会は金融機関という個々の主体(institution)に焦点を当てて規制・監督の問題を議論し、支払決済システム委員会は決済システムという金融システムを支えるインフラ(infrastructure)の安定性や効率性の問題に焦点を当てて議論を行っています。それとの比較で言うと、グローバル金融システム委員会での議論は、マクロ的な視点から「市場」に焦点を当てていることが大きな特色です。

 いずれにせよ、金融市場のグローバル化と共に、中央銀行間のフォーラムの活動は今後ますます重要になっていくと考えられます。今年の4月には、国際金融市場の安定性向上のためにG7各国および様々な国際機関が協力関係を強化する観点から金融安定化フォーラム(Financial Stability Forum)が発足し、グローバル金融システム委員会の議長はバーゼル銀行監督委員会や支払決済システム委員会、保険や証券会社の監督機構等の議長と並んで参加を要請されましたが、このことは国際金融システムの安定を実現する上で、グローバル金融システム委員会が「市場」の観点から貢献していくことが求められていると理解しています。

5. 国際金融における日本銀行の役割

 最後に、国際金融における日本銀行の役割について簡単に触れたいと思います。昨年4月から施行された新しい日本銀行法においては、国際金融の面でも、金融のグローバル化に対応して、日本銀行が自主的な判断に基づいて種々の業務を行うために必要な規定が整備されました。日本銀行の役割は多岐に亘っており、大蔵大臣の代理人として外国為替市場への介入を行ったり、外国の中央銀行や国際機関が円で資金を運用するに当たり様々なサービスを提供しています。また、BISを通じた中央銀行間の協力以外にも、G7、G10、IMF等を通じ、国際金融面での貢献を行っています。これらの内容は本年5月に公表した日本銀行の業務概況書にも詳しく述べられていますので、ご興味のある方はご覧いただければ幸いです。本日は、このような広がりを有する日本銀行の活動の中で、いろいろとお話ししてきた国際金融危機に関連するいくつかの話題をとくに掘り下げてみたいと思います。

国際金融市場の状況把握

 最初に、国際金融市場のモニタリングについてお話します。日本銀行は国内の経済・金融の動向だけでなく、国際金融市場の状況を注意深くモニターし分析を行っていますが、そうした分析の結果は金融政策を遂行する上で、また金融システムの安定を確保する上で様々な形で反映されています。例えば昨年8月のロシア危機の発生は国際金融市場の状況を大きく変化させましたが、そうした状況の変化が日本経済にもたらす悪影響についての懸念は、昨年9月の政策変更(コール・レートの誘導水準の引下げ)に当って重要な判断材料のひとつになりました。もうひとつ例を挙げてみますと、アジアの金融危機が邦銀に与えた影響があります。邦銀は近年国内の不良債権が大きな重石となっている訳ですが、そのような状況の中で発生したアジア危機がアジア向け与信の多い邦銀の資産内容にどのような影響を与えるか、またそのことが邦銀への見方を厳しくさせて外貨資金調達に悪影響が出ないかどうかといった点は日本銀行として重大な関心事項でした。このため日本銀行では、邦銀各行および海外の当局との密接なコンタクトを取りつつ、注意深く国際金融市場の状況をモニターしながら、国内では、後で述べるようなオペレーションを通じて邦銀の資金繰りをサポートしました。幸い昨年も10月後半あたりから、国際金融市場の緊張は緩和に向かい、わが国の金融システムに対する「外」からの圧力も急速に減退していきました。

 日本銀行としては、内外の金融市場がこのように統合の度を強めているだけに、今後、国際金融市場のモニタリングや分析を一段と充実させていくつもりであり、アジアの経済、金融市場の分析にも十分力を入れていきたいと考えています。

国際金融のルールづくりへの貢献

 国際金融における日本銀行の第2の役割は国際金融システムの構築に関する政策提言です。金融市場のグローバル化のひとつの大きなインプリケーションは、金融取引に関する様々なルールや慣行の形成が国内で完結するのではなく、国際的に形成されたルールや慣行が国内にも適用されていく傾向を強めることです。そうした流れの嚆矢は自己資本比率規制に関するバーゼル合意でしょうが、金融市場のグローバル化が不可避である以上、自らが望ましいと考える制度やルールの実現に向けて努力することを通じて国際金融システムの安定に貢献することがますます重要になってきています。もちろん、そうしたルールや慣行は中央銀行だけで作るものではありませんが、中央銀行の比較優位を活かしながら作業に貢献して行きたいと考えています。現在、日本銀行はBISの委員会やEMEAP ( Executives' Meeting of East Asia-Pacific Central Banks) と呼ばれる東アジアおよび太平洋地域の中央銀行間のフォーラム、さらには政府も含む各種のフォーラムに積極的に参加していますが、これもそうした判断によるものです。また、エマージング諸国の中央銀行に対し決済システムを始め中央銀行業務に関する様々な分野で技術支援も行っていますが、これも国際的な金融システムの安定に貢献するものと考えています。

国際金融に関係した危機への対応

 国際金融における日本銀行の役割として最後に申し上げたいのは、国際金融に関係した危機への対応です。一旦、危機が発生しその影響を放置できない状態になると、中央銀行信用を使うかどうかがひとつの大きな論点になります。その典型は危機に晒された国への与信ですが、この場合は通常IMF中心の支援パッケージが組まれてきました。中央銀行の関与の仕方は、短期の流動性供与という中央銀行信用の性格を踏まえたものとならざるを得ず、日本銀行も従来から、国際的な金融支援の一環として、BISのブリッジローンに参加するといったかたちで協力を重ねてきました。

 しかし、国際金融市場の動向は、国内金融市場にも大きな影響を及ぼすようになってきています。例えば、昨年夏以降、日本長期信用銀行の経営不安などをきっかけに、わが国金融システムを巡る不透明感が強まりましたが、その際には、ロシア危機や米系ヘッジファンドの経営危機を端緒とする国際的な信用収縮懸念が加わって、邦銀の外貨資金調達が一段と困難になり、その面からもジャパン・プレミアムが急上昇しました。こうした状況の下で、邦銀は、海外の市場で必要とするドル資金を調達するために、為替スワップを取組みました。これは、邦銀の立場からみると、日本国内で調達した円資金を、期間を限ってドル資金と交換する取引です。その結果、国内短期金融市場では、年末超えの資金を中心に、金利に強い上昇圧力がかかりました。これに対して、日本銀行は、レポ・オペやCPオペなどによって、年末超えとなる長めの円資金を、早いタイミングから積極的かつ潤沢に供給し、邦銀の円資金繰りを緩和しました。

 一方、邦銀との為替スワップに応じた外銀としては、ドルと交換に一時的に取得した円資金を円の資産に運用することが必要になります。金融危機の最中にあっては、その運用対象はリスクのない資産でなければならず、この意味で外銀の運用対象として選好されたのは政府短期証券と日銀の売出手形でした。売出手形は、もともとインターバンク市場にある余剰資金を吸収する目的のために日銀が発行する短期の債務証書ですが、これが外銀の絶好の投資対象になりました。むしろ、日銀売出手形というリスク・フリーの運用対象があったればこそ、外銀が邦銀との外貨スワップ取引に応じた時期があったと言っても過言ではありません。そして、ここでのマネー・フローを全体として見れば、日本銀行が国内短期金融市場の安定化を意図して実施した年末越え資金の供給と短期売出手形の発行というオペレーションは、結果的には、邦銀に対しては潤沢に資金を供給しながら、外銀に対しては安全で流動性の高い円資金の運用手段を提供する、というかたちで両者を仲介し、邦銀が外貨資金を確保していくプロセスを円滑なものとしたと評価できるのではないかと思います。

 ここで見過ごされやすいのは、日本銀行の債務である売出手形が日本の民間金融機関と海外の金融機関の間の資金仲介機能を果たし得るのは、日本銀行の資産内容が健全であり、従って売出手形がリスク・フリーであるという前提によって支えられていることです。昨年のように内外の金融市場が同時に危機的状況に見舞われるという稀有な事態にあっても、日本銀行のオペレーションが有効に機能し得たのは、バランスシートの健全性という基礎がしっかりしていたからだと思います。日本銀行が自らの資産内容の健全性について注意を払う理由の一端は、只今申し上げた例からもお分かり頂けるのではないかと思います。

 以上国際金融における中央銀行の役割についてお話し申し上げましたが、グローバル化のうねりは企業や金融機関だけでなく、各国の中央銀行にも大変大きな影響を及ぼしています。時間の制約で本日は詳しくお話できませんでしたが、決済を始めとする中央銀行の銀行業務の面でも大きな変化が進行しています。現在我々が経験しつつある金融の技術革新や金融のグローバル化という変化は、18世紀後半の産業革命に匹敵するような大きな変化であるかもしれません。産業革命が始まった頃は多分、現在が産業革命の最中にあるという意識はなかったと思われますが、それと同様に、現在起きつつある変化も後から振返ってみると、分水嶺となるような変化であるかもしれません。折しも2000年を前に、欧州では単一通貨ユーロが誕生し、またラテン・アメリカの一部の国でドル化(dollarization)が議論され始めましたが、このような動きは非常に象徴的であるように感じます。ノーベル経済学賞を受賞した英国のヒックスは既に30年も前に、金融市場のグローバル化と共に、各国の中央銀行は中央銀行ではなく地方銀行(local bank)になってしまうと予言していますが、中央銀行が引き続き金融経済の安定に貢献し続けるためにはグローバル化の進展に対応して自らの政策や業務を見直していく必要があると思っています。日本銀行としてもそうした課題に積極的に挑戦していきたいと考えています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上