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金融政策の考え方

平成12年8月4日・日本記者クラブにおける日本銀行山口副総裁講演

2000年 8月 4日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.ゼロ金利政策採用後の経済情勢
  3. 3.ゼロ金利政策解除を巡る幾つかの論点
  4. 4.不確実性下の金融政策

1.はじめに

 本日は、日本記者クラブにお招き頂き、光栄に存じます。厳しい質問を浴びせ掛けることで定評のある日本記者クラブのメンバーを前に中央銀行の人間が講演をするのは、経済のパフォーマンスが余程良好であり、どのような質問にも自信を持って答えられる時であるという冗談を随分以前に聞いたことがあります。本日私が本席でお話をするのは、残念ながらそうした自信があるからではなく、日本銀行の金融政策運営の考え方をある程度まとまってご説明し、その上でご出席の皆様の忌憚のないご意見をお聞きする絶好の機会であると思ったからです。本日は、ゼロ金利政策の解除の是非を巡って取り上げられている様々な論点について、これまで金融政策決定会合ではどのような議論が行われてきたか、また幾つかの点については私自身がどう考えているかを説明したいと思います。それによって、ゼロ金利政策に関する議論の全体像が見やすくなれば、私としては非常に幸いであります。

2.ゼロ金利政策採用後の経済情勢

 最初に、議論の出発点としてゼロ金利政策とは何かをごく簡単に説明したいと思います。日本銀行がいわゆるゼロ金利政策を採用したのは昨年2月ですが、当時、日本経済は物価下落と景気後退の悪循環、いわゆるデフレ・スパイラルの瀬戸際に直面していました。このような状況の下で、日本銀行は金融市場に資金を豊富で弾力的に供給することによって、短期の市場金利—厳密にはオーバーナイトの無担コール・レート—を事実上ゼロの水準に誘導することを決定しました。また、4月にはゼロ金利政策を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」になるまで続けることを明らかにしました。資料1はその後の市場金利の推移を示しています。私の知る限り内外の金融の歴史を見ても、短期の金利が事実上ゼロの水準にまで低下し、それがある程度の期間に亘って続いたという事例はないと思います。中央銀行の金融政策は結局のところ、金融市場に供給する資金の量をコントロールすることを通じて短期金利に影響を与え、そこを出発点として経済活動全般に影響を与えようとする政策です。短期金利を事実上ゼロの水準に誘導するということは、日本銀行として実行しうるオーソドックスな金融政策手段をギリギリまで追求したということを意味しています。

 その後の景気情勢の展開を見ますと、緩やかではありますが、景気は明らかに回復の方向に向かっています。資料2は昨年2月と最近時点の経済情勢を比較したものですが、例えば、実質GDPの前年比は−0.4%(99年第1四半期)から+0.7%(2000年第1四半期)へ、鉱工業生産の前年比は−3.8%(99年第1四半期)から+7.0%(2000年第2四半期)へと高まっています。また日本銀行「短観」の業況判断で企業マインドの動向を確認しますと、−44(99年3月、全産業全規模)から−18(2000年6月)へと大幅に改善しています。本年度の実質GDPの成長率に関する民間機関の予測の平均値は、昨年末の+1.0%から最近では+1.6%にまで上方改定されています。企業収益を見ても、本年6月の「短観」の調査結果によると、2年連続の2桁増益が見込まれています。この間、物価を見ると、卸売物価が前年よりわずかに高く、消費者物価は逆にわずかに低いという状況にあります。

 このように、景気は全体として現在緩やかな回復傾向を辿っていると判断していますが、これには幾つかの要因が貢献しています。第1の、そして多分最も大きな要因としては、金融システムの立て直しのために、幾つかの重要な措置が講じられ、それが実行に移されたことが挙げられます。具体的には、金融機関の資本基盤を強化するための公的資金の投入や破綻処理を円滑に進めるための法的枠組みが整備されたこと、また、そうした状況の下で、金融機関自身が経営立て直しに積極的に取組んできたことなどが挙げられます。第2は、マクロ経済政策面からの下支え措置です。この面では、政府の財政政策や日本銀行のゼロ金利政策が挙げられます。第3は、海外経済の好転です。この面では米国や欧州諸国の景気拡大に加えて、アジア諸国の経済が通貨・金融危機を克服して急速に回復してきたことが挙げられます。第4は、ハイテクやIT関連分野の好調です。米国で起きているIT革命と同様の動きがわが国でも今後展開するかどうかは、企業や個人がITのユーザーとしてこれをどのように活用していくかにかかっている訳ですが、現在までのところ、わが国のハイテク・メーカーも内外の需要急増にいち早く適応し、需給の逼迫を背景に投資を拡大する企業が増えています。

 このように、景気が全体として改善そして回復方向に歩み始めるにつれて、ゼロ金利政策の解除の是非が議論の対象に上がってきました。先程も触れましたように、日本銀行は昨年4月にゼロ金利政策を解除する際の判断基準として、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」ということを明らかにしました。また、その後、この判断基準のより具体的な意味として、民需主導の景気回復が展望できるかどうかが重要なポイントであるということを説明してきました。従って、毎回の金融政策決定会合では、これらの判断基準に照らして経済情勢を丹念に点検するという作業を重ねてきました。そうした私どものこれまでの検討作業の結果については、毎回の金融政策決定会合の議事要旨等の形で説明してきているところです。前回の7月17日の決定会合については議事要旨はまだ公表していませんが、直後に公表したステートメント(資料3)に記されているように、委員会の大勢の判断として、日本経済はデフレ懸念の払拭を展望できるような情勢に至りつつあると考えています。ただ、最終的にゼロ金利政策を解除するためには、雇用・所得環境を含め、情勢判断の最終的なつめに誤りなきを期したいこと、またいわゆる「そごう問題」の市場心理などに与える影響をもう少しみきわめる必要があることが指摘されました。

3.ゼロ金利政策解除を巡る幾つかの論点

 さて、皆様ご承知のように、現在ゼロ金利政策の解除の是非を巡っては、慎重論と積極論が聞かれます。この点はこの数ヵ月の新聞各社の論説からも明らかです。また、新聞の紙面に表れた企業経営者、エコノミスト、市場参加者の意見も様々です。もっとも、長く続いた金利引下げ局面の後、金利を引上げる時に慎重論と積極論が出されるのは毎回の常です。因みに、前回金利引上げに転じたのはバブル経済の最中である1989年5月のことでしたが、その時でさえ、直前の新聞・雑誌の論調を見る限り、金利引上げを支持する議論は圧倒的に少数派でした。金融政策決定会合では、これまでゼロ金利解除に慎重な見方とこれを支持する見方の両方の背後にあるロジックを入念に検討し、議論を重ねてきました。これらの議論は互いに関連しているところもありますが、以下では、説明の便宜上、幾つかの論点に分けて順次取上げてみたいと思います。

(個人消費は回復しているか?)

 第1の論点は、現在まだ個人消費の回復を確認するには至らず、従って景気もまだ十分に回復したとは言えないのではないかという論点です。確かに、今回の景気回復は企業部門先行の回復という色彩が強いことはその通りです。「短観」によりますと、製造業の本年度の売上高経常利益率は4.01%と、80年度以降の平均(3.84%)を幾分上回る水準にまで回復すると見込まれていますが、一方で、家計部門の回復は遅れています。個人消費の基調を決定する要因は消費者マインドと雇用者所得の動きです。このうち、消費者マインドの方は、昨年金融システム不安が後退し、株価が回復を辿るにつれて改善してきましたが、雇用者所得の方は最近になってようやく落ち込みに歯止めがかかりつつあるという段階であり、個人消費は全体としてはまだ回復を確認できる状況ではありません。しかし、日本経済が企業のバランスシートの立て直しや産業構造の変革という大きな課題に直面していることを考えますと、今回の景気回復は経済のメカニズムとして企業先行・家計遅行とならざるを得ないと判断されます。この背後にあるロジックを示しているのが資料4の労働分配率の推移です。この資料から明らかなように、バブル崩壊後、労働分配率は大きく上昇し、資本収益率はその分圧迫されています。資本が経済の発展を支える重要な生産要素であり、その資本が十分な収益を挙げられない状況が長く続くと、企業にとって資本を調達することは難しくなります。そうなりますと、企業としては人件費を含め様々なコストの削減に真剣に取り組み、資本収益率の回復を図らざるを得ません。そうした資本収益率向上の要請は、グローバルな資本市場の圧力に直接晒されることの多い企業にとって、とくに切実なものとなってきます。言い換えれば、企業部門の立て直しがうまくいかないと、家計部門を含めた経済が全体として持続的な成長経路に移行する条件が整いません。

 こうした資本収益率引上げの要請を考えますと、当面は家計所得や個人消費が顕著に伸びるということはそもそも期待し難いように思われます。しかし、そうかと言って、家計への所得分配が絞られ過ぎますと、個人消費が景気の足を引っ張ることになります。こうした微妙なバランスを保ちながら景気が回復していけるかどうかがポイントとなる訳です。この点、最近の雇用・所得指標を見ると、雇用者数はまだ前年を僅かに下回っていますが、求人が増えるなど労働需給は幾分持ち直しつつあります。賃金を見ても、過去2~3年間減少していたものが、今年に入り前年を上回るようになってきました。

 私どもは企業所得と家計所得の関係を、ダムの水位と下流への放流の関係に喩えて議論することがあります。つまり、ダムの水位の上昇、すなわち企業収益の増加が明確になるならば、下流への実際の放流、すなわち家計所得の増加、ひいては消費の増加に繋がっていく可能性が高まるという関係に着目する訳です。今回は、企業の資本収益率引上げやバランスシートの改善という重い課題があり、これは時間がかかる困難なプロセスであることを考えますと、ダムの放流が目立って増えるというふうにはなり難いでしょう。それでも家計所得がごく緩やかにでも回復するならば、投資先行型でマクロ経済の成長の歯車が回っていく可能性が高まると考えられます。7月17日のステートメントを私なりに解釈すれば、政策委員会の大勢はいま述べたような展望を持ちながらも、この点についてもう少し自信を得たいと考えた、ということではなかったかと思います。

(物価は下落しているではないか?)

 第2の論点は、消費者物価やGDPデフレーターが下落しているにもかかわらず、デフレ懸念は本当に払拭できたと言えるのかという論点です。資料5が示すように、卸売物価は前年比マイナスから最近ではプラスに転じていますが、消費者物価やGDPデフレーターは下落しています。こうした消費者物価やGDPデフレーターの動きだけを見ると、デフレ懸念の払拭が展望できるどころか、デフレそのものではないかという反論もあるかもしれません。デフレが恐いのは、物価の下落が景気を押し下げ、これが更に物価を押し下げるという悪循環、すなわちデフレ・スパイラルを招き、一旦、そうしたスパイラルに陥ると、そこから抜け出すのは容易ではないからです。だからこそ、日本銀行は昨年2月にゼロ金利政策という思いきった政策を採用しました。それだけに、我々にとっても、消費者物価やGDPデフレーターの下落をどのように理解するかは重要な論点です。

 その際、物価指数の動きだけを凝視しても物価変動の意味するところは必ずしも理解できません。というのも、各種の物価指数は時として違う方向に動いたり、一時的には物価指数が他の経済指標と一見したところ整合的でない動きを示すことがあるからです。例えば、バブル最盛期の1988年後半を考えますと、景気は非常に強い一方、物価は物価指数で判断する限り、極めて安定していました。また、バブル崩壊直後の1991年は、後から振り返ると深刻な景気後退の始まった年ですが、物価上昇率は近年のピークを記録しています。もうひとつ例を挙げますと、1990年代で最もGDPデフレーターが下落したのは1996年ですが、この年はバブル崩壊以降最も高い成長率を記録した年でもありました。以上の例が示すように、物価指数の動きを評価するためには、経済全体の状況と関連付けて理解することが重要です。結論を先に述べますと、現在の消費者物価指数の下落には、第1に、これまでの円高や趨勢的な耐久消費財の値下がりに加え、流通構造の変化等がかなり影響しています。第2に、景気回復の初期局面に特有の単位当たり賃金コスト—ユニット・レーバー・コスト—の低下という要因も寄与しています。景気回復の初期局面では、それまでの、言わば遊休資源を活用する形で生産性が上昇しますが、その場合、単位当たりの賃金は下落し物価を下押しする要因となります。成長率が高まる中で賃金コストが低下し、それが物価に反映するという現象は、1987年や1996年にも生じましたが、最近の物価下落(とくにGDPデフレーターの低下)にも同様の要因が作用していると考えられます。

 このような説明に対し、「理由は何であれ、物価が下落すればデフレ・スパイラルの危険があるのではないか」という反論があるかもしれません。しかし、もし最近の消費者物価等の下落にデフレ・スパイラルの要素があるとすれば、企業収益が減少し、これが設備投資や雇用の減少をもたらすという事態が生じる筈ですが、現状は企業収益が改善し設備投資も増加しています。また、財・サービスの需給は労働需給に投影される筈ですが、賃金は下落から下げ止まりに転じてきています。このようなことを併せ考えますと、消費者物価やGDPデフレーターの下落だけをもって、経済がデフレ・スパイラルのリスクを孕んでいると判断するのは適当でないと考えています。

 以上のような考え方に基づき、政策委員会は「需給バランスの悪化、あるいは需要の弱さによって物価が下落してしまうリスク」に着目してきた訳です。日本経済全体の需給バランスを示す指標は、理念的にはGDPギャップと呼ばれる数値でしょう。問題はこのGDPギャップの正確な推計が容易でないことです。これは先進国に共通の事態で、その大きな原因は、技術革新のスピードが速い世界において資本の経済的な価値を把握するのが難しくなっていることにあります。その結果、GDPギャップの計算値が現実の物価変動を説明できないという事態が生じています。例えば、伝統的な手法を使って計算しますと、1998年から1999年にかけては、大きなGDPギャップの推計値が得られ、それに基づき大幅な物価下落を予想する見方がエコノミストの間で少なくなかったのですが、実際には物価はそうした予測ほどには下落しませんでした。一方、企業が実感している需給バランスは、「短観」の需給判断で見る限り、ここ1年余の間に大幅な改善を遂げています。従って、需給バランスの変化を把握するには、マクロ的なGDPギャップの計算値を機械的に適用するのではなく、個別の財・サービス市場における需給バランスの情報などを併用して判断していくほかありません。

 私自身の見方を要約しますと、(1)マクロ的な供給過剰の程度、すなわちGDPギャップを正確に把えるのは極めて難しい、(2)ここ10年近い投資停滞の結果、マクロ的な供給力の成長率は現在相当低くなっている公算が大きく、少なくとも向こう1~2年は、総需要の伸びが緩やかであっても、需給バランスは改善し得るし、現に昨年来の経済の推移はそのことを示している、(3)この傾向が持続するかどうかは、結局のところ民需主導の景気回復を展望できるか否かにかかっており、その点に確信を持てるようになるならば、幾つかの物価指数の若干の低下をもって、需給の失調やデフレ・スパイラルのリスクの表われと読む必要はない、ということになります。

(企業の過剰債務、金融システム問題)

 第3の論点は、企業が過剰債務を抱え、金融機関もなお多額の不良債権を有している状況の下で、景気は本当に力強く回復するのかという疑問です。確かに、1990年代における日本経済の低迷の大きな要因はこうした企業や金融機関のバランスシート調整によるものでしたし、建設、不動産、流通等の業種に代表される企業の過剰債務の問題や金融機関の不良債権の問題は重要であると認識しています。実際、1997、98年には、我々は深刻な金融システムの危機を経験しました。大規模なクレジット・クランチが発生し、金融部門から強い不況圧力が実体経済に波及しました。従って、金融システムの状態を経済見通しの中に織り込むことは非常に重要であり、私どもが今回の景気回復は緩やかになる可能性が強いと考えるひとつの理由は、ここにあります。

 しかし、昨年3月の資本注入の結果、金融システムの安定度が大分改善したことも事実です。信用力の改善と流動性不安の後退に伴い、金融機関は再び優良顧客の獲得にしのぎを削るようになっています。「短観」を見ると、企業サイドでも金融機関の貸出姿勢が徐々に緩んできたことを報告しています。もちろん、大方の金融機関がしっかりとしたリスク管理体制を敷きながら果敢に信用リスクを取りにいくという形で、経済成長を力強くサポートできるようになるまでにはまだ相当距離があると思いますが、与信行動が慎重に走るあまり、景気の回復自体を困難にしてしまうような状況ではもはやありません。従って、依然として過剰債務の処理に追われる業種や企業があっても、技術革新などを背景に新しい成長の力が強くなってくれば、マクロ経済の回復はそれなりに可能になってきます。ただし、全体としてかつてのようなスピードが出にくいということです。

 また、この問題から気を抜けないもうひとつの理由は、例えば「そごう」のような大きな破綻のケースが表面化すると、時として市場に不安心理が走ることです。もっとも、「そごう」の場合は、処理スキームが突然変更されたという特殊な事情がありました。市場への影響はケースにより当然異なるでしょう。いずれにせよ金融システムが万全の状態であれば、そうした事例は当該企業だけの孤立事象と受け止められる公算が大きいでしょう。現状はまだ市場の不安心理に弾みがつくリスクがないかどうか注意深くモニターしていく必要がありますし、この点は政策運営上当然考慮すべきひとつの要素であると私自身は考えます。

(構造調整との関係)

 ところで、先程触れました7月17日のステートメント発表後、大型の企業倒産の不安がなくなり、構造調整が終了するまで、日本銀行はゼロ金利政策を続けざるを得ないのではないかといった論評が見られました。逆に、ゼロ金利政策が構造調整の進捗を遅らせているという議論も行われています。ゼロ金利政策の解除の是非に関する第4の論点は、このようなゼロ金利と構造調整の関係をどのように考えるかということです。

 最初に前者についてコメントしますと、構造調整が終了するまでゼロ金利政策を続けざるを得ないとは考えていません。このような問題を考える際には、日本経済の潜在的な成長率と循環的、短期的な成長率を分けて考える必要があると思っています。近年、米国の潜在成長率はIT革命を背景に大きく上昇したと言われていますが、IT技術が実際にビジネスの世界に適用され、実際の生産性上昇に繋がるまでにはかなり長い時間を要しました。同様に、現在、日本企業が取り組んでいる各種の構造改革の努力も、それが生産性の向上や潜在成長率の増加に繋がるにはかなり時間がかかると思われます。しかし、経済には構造調整以外の様々な力が作用しています。そのため、循環的な成長率という点では、低い潜在成長率の下でもこれを上回って経済が拡大することは十分考えられます。それが景気循環であると思います。

 言い換えれば、構造的な要因に根差す潜在成長率の低下に対しては、構造問題に真正面から焦点を当てた政策なり、企業努力が不可欠であり、それ以外の方法がある訳ではありません。私どもが金融政策は構造政策までは代替できないというのは、このような考え方によるものです。

 金融政策と構造政策との関係で言えば、以上申し上げた議論とは方向としては逆ですが、ゼロ金利が構造調整を阻害しているのではないかという議論もしばしば聞かれます。また、これとも関連しますが、社会・経済全体に様々なモラル・ハザードを生み出しているのではないかという論点もしばしば提起されています。確かに、ゼロ金利政策は金融市場に対し、オーバーナイトの金利が事実上ゼロになるまで豊富に資金を供給する政策である以上、金融機関や企業が借入れのコストや流動性リスクに対し余り注意を払わなくてもすむ状況を作り出しています。これはゼロ金利政策が景気回復を促進し、ひいては構造改革を促進する効果を有する所以でもありますが、同時に、多額の債務を抱える経済主体に対し、借入れや流動性リスクに対する警戒感を弱めることを通じて、構造改革を遅らせる面がないとは言えないと思います。ただ、だからと言って、モラル・ハザードが存在することを理由に、ゼロ金利政策の解除を行うという考え方はとっていません。ゼロ金利政策を解除するかどうかはあくまでも、民需主導の景気回復を展望できるかどうかという観点に立って判断を行っています。

(財政政策との整合性はとれているのか?)

 第5の論点は、ゼロ金利解除と財政政策との関係如何という論点です。政府の財政状況の大幅な悪化を反映し財政政策からの刺激が期待できない以上、引続き金融政策面からの刺激が必要であり、ゼロ金利解除は時期尚早であると主張されることがあります。あるいは、政府が補正予算を組んで景気刺激を行うような場合、民需主導の景気回復を図るという政府の経済政策の方針と日銀の金融政策運営は整合性がとれているかという論点が提起されることがあります。

 もちろん、日本銀行は金融政策の運営に当たり財政政策の動向を無視している訳ではありません。これまで繰り返し述べているように、私どもはゼロ金利解除の条件として民需主導の景気回復が展望できるかどうかに着目していますが、実質GDPの前年比伸び率に対する民需と政府支出の寄与度を比較した資料6が示すように、政府支出から民需への移行が着実に進む中で、全体としての成長率も徐々に高まってきています。日本銀行がゼロ金利を解除するとすれば、そうした民需主導の景気回復が展望できるようになった時であり、政府の目指している基本的な方向と整合的であると考えています。

(金融市場の機能低下)

 第6の論点は、ゼロ金利政策によって金融市場の機能が低下しており、ゼロ金利政策を早期に解除することによって金融市場の機能を回復する必要があるのではないかという論点です。我々も昨年2月にゼロ金利政策という前例のない政策を採用するに当たり、ゼロ金利が金融市場の機能を低下させることを当初懸念しました。このため、実際の金融市場の機能に不測の影響が生じないかどうかを確認しながら、コール・レートをゼロ近くまで誘導するという、慎重な手順を踏みました。しかし、その後の経験を振り返ってみますと、金融市場の機能低下は懸念したほどではなかったというのが私の暫定的な評価です。というのも、オーバーナイト物の金利はゼロに限りなく接近していますが文字どおりのゼロではなく、また、より期間の長い資金の金利はゼロとは有意に異なる金利水準を付けており、それらの金利水準の下で需給メカニズムは働いているからです。一方、コール市場の規模縮小が金融市場の機能低下を示す例として挙げられることもあります。金融機関の普通預金金利がコール・レートに比べ相対的に高めに維持されたため、コール市場の資金の出し手が金融機関の普通預金に運用形態をシフトさせたことを反映しています。そのような状況下では、資金の出し手が普通預金を引出すと、普通預金を受け入れていた金融機関の資金繰りは不安定化し、その結果として、オーバーナイト物の金利形成に影響が生じるといった事態が考えられます。しかし、この問題もゼロ金利政策の是非を議論する際の決め手となるような論点ではないと思います。

(年金生活者の金利収入)

 第7の論点は、ゼロ金利政策が年金生活者の方々等、金利収入に多くを依存しておられる経済主体に悪影響を与えているという論点です。確かに、ゼロ金利政策の下で、金融資産からの金利収入は大幅に減少しており、日本銀行としても金利収入への依存度の高い家計への影響が大きいことは十分認識しています。金融資産の世代別の保有状況を見ると、60歳以上が5割と、高齢者の保有が多く、当然のことながら、この世代は雇用者所得も多くはありません。従って低金利が長く続けば、こうした高齢者がその影響を最も大きく受けることになり、この点は誠に心苦しく思っています。しかし、だからと言って、いきなり日本銀行が金利を引上げれば問題が解決する訳ではありません。家計が預金から金利収入を手にするのは、銀行が貸出を行い、その対価として金利収入を得るからです。言い換えますと、受取る利子の源泉は経済の成長であり、経済というパイが一定の下では金利も生まれません。また、国民所得の7割以上が雇用者所得であり、経済が成長し雇用機会が確保されてはじめて家計所得も安定します。このように考えますと、民需主導の持続的な景気回復を実現することに全力を挙げる必要があることがご理解頂けると思います。

4.不確実性下の金融政策

 以上、ゼロ金利解除を巡る様々な論点について、政策委員会メンバーの大勢の意見を中心に述べてきました。日本銀行はゼロ金利を解除する条件が整いつつあるということを述べていますが、ゼロ金利解除に批判的な立場から見ると、最大の疑問は、結局のところ、インフレ懸念も見られない中で、ゼロ金利を解除しなかった場合に問題となるような差し迫ったリスクが本当に存在するのかという点にあると思います。我々自身もゼロ金利を解除しなかった場合のリスクと、解除した場合のリスクを常に意識しながら金融政策運営のあり方を議論しています。実際、金融政策運営の本質的な難しさは経済の先行きや経済のメカニズムについての知識が限られ、不確実性も多い中で、明確な決定—金利を引上げるか、据置くか、引下げるか—を下さなければならないということにあるように思います。金融政策運営を行う中央銀行の役割を表現するのに様々な比喩がありますが、中央銀行とは前方の曇った窓ガラスとリア・ミラーと、更には不正確な速度計を見ながら曲がりくねった道路を走る自動車の運転手のようなものであるという比喩があったと記憶しています。この比喩は中央銀行が直面する金融政策運営の難しさの本質のある部分をよく表わしています。経済の先行きは「曇った窓ガラス」に、不完全な経済データは「リア・ミラー」や「不正確な速度計」に対応します。そして、経済の直面する様々なリスクは「曲がりくねった道路」に相当します。そのような状況で自動車を運転する中央銀行は、過去の経験から得られる知恵も生かしながら、予想されるリスクに備える必要があります。これを前置きとして、差し迫ったインフレ・リスクが無い今日の時点でゼロ金利解除を議論することの意味につき、私見を述べたいと思います。

 まず、しばしば耳にする議論として、物価上昇のリスクがハッキリしてきた時点で政策を変更すれば良い、というものがあります。金融政策は物価の安定を目標としているので、この議論は一見リーズナブルなように見えます。しかし、実はこの考えに基づく政策運営は、1980年代後半のバブル経済の時期に実験済みと言うことができます。というのは、1986年から88年までの間、経済成長は年率5%に達し、資産価格も急上昇していく中で、一般物価指標は極めて落ち着いていたために、日本銀行は低金利是正のきっかけをつかめず、結局インフレ圧力が誰の目にも明らかになった89年5月になって初めて公定歩合を引上げる、という経緯を辿ったからです。もちろん、歴史がそっくりそのまま繰り返すことはあり得ないので、インフレ圧力が明確になってから腰を上げるやり方が完全に「実験済み」ということではありません。また、資産バブル崩壊の後遺症がなお残る今日の情勢は、当時と大きく異なることは申すまでもありません。従って、1980年代後半の経験から汲み取るべき教訓は何か、今日の文脈の中で考える必要があります。その点で私が気になることを2つ挙げてみます。

 第1に、インフレ・リスクが目前に迫ってからの政策変更は文字通りの引き締めにならざるを得ず、1989~90年にそうであったように、累積的な金利の引上げが必要になる可能性が高いと思われます。当時に比べ国債残高が累積している状況は、キャピタル・ロスがはるかに大きな問題になり得ることを意味します。後になって急激で大幅な金利上昇を迫られるような政策運営は、経済や金融システムを不安定にしがちであり、極力回避していかなければなりません。

 第2に、景気が明らかに好転した状況の中でゼロ金利を継続していくと、その期間が長くなればなるほど、現在の非常に低い金利水準が将来にわたって維持されるという期待に基づく行動が広がり易くなります。これはバブルの時期に広範かつ大規模に生じた行動であり、結果としては膨大な資源のロスが発生して、今日でも我々を苦しめています。もちろん、私は類似のことが同様のスケールで起きる可能性が高まっている、などと申すつもりはありません。しかし、ゼロ金利の流動性効果が信用リスク・プレミアムをも抑え込んでいる金融市場の現在の状態は、潜在的には資源のミス・アロケーションを発生させるリスクを内包していると言うことはできます。

 それでは、インフレ・リスクが具体的に視野に入ってくる以前の、どういう局面で金利を調整するのが適当と言えるでしょうか。もし、経済情勢の先行きが極めて高い確度で予測可能であるならば、そしてまた政策効果が浸透するのに要する時間も十分予測可能であるならば、先見性をもった予防的(preemptive)な政策を適切なタイミングと規模で発動すれば良い、ということになるでしょう。これは中央銀行が常に目指すべき理想像であり、実際日本銀行では経済の過去・現在・将来を正確に分析するべく、懸命の努力を行ってきております。私どもはそれらの成果を踏まえて政策判断を下していく訳ですが、それでも先ほどの自動車運転の比喩が示すように、限られた予知能力と不完全なデータや情報という制約の下で、大きな不確実性を前提に政策を運営せざるを得ないというのが、日本銀行を含む各国中央銀行にとっての冷厳な事実です。この不確実性ということを政策の方法論に目に見える形で導入している中央銀行もあり、例えばイングランド銀行は先行きのインフレ予測を単一の数字ではなく、ありそうなインフレ率の確率分布でもって表現しています。この不確実性がいかに大きいかは、試みに2002年の日本経済の成長率や物価の見通しを頭の中に描こうとしてみると、直ちに了解できると思います。経済の予測にベストを尽くしても、なお大きな不確実性を謙虚に受け入れざるを得ないとすると、経済の改善状況を確認し、その上で金融緩和の状態なり度合なりを調整するということは、経済の持続的成長の実現に貢献するためのひとつの有力なアプローチであろうと考えます。ついでに言えば、現在国際的に注目され、活発な研究対象になっている「政策ルール論」の中でもっとも良く知られるテイラー・ルールなども、需給ギャップと物価変動の状況を踏まえてスムースな金利調整を提唱している点では、同様の思想基盤の上に立っているように思います。

 日本銀行は創立されて118年が経過していますが、新日銀法の下で生まれ変わってから僅か2年強しか経過していない「若い中央銀行」です。このため、新しい法律の下での実績(track record)がまだ確立していません。そうした実績は冷静かつ的確な経済金融情勢の判断と、判断を正確に説明し実行していく能力と、更には信頼に足る中央銀行を持つことは重要であるという了解に立った上での建設的な批判によって、徐々に築かれていくものだと思っています。その意味で、残された時間で皆様のご質問にお答えしたいと思います。ご清聴有難うございました。

以上