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武富審議委員記者会見要旨(10月24日)

平成12年10月24日・宮崎県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2000年10月25日
日本銀行

―平成12年10月24日(火)
午後2時30分から約30分間
於:宮崎観光ホテル

【問】

本日、宮崎県の経済界のトップの方々とお話をされたが、どのような内容であったのか掻い摘んで教えて頂きたい。

【答】

懇談の間、私が感じたことを申し上げると、勿論、宮崎県経済固有の論点もあるが、もう一つは、日本全国で起こっていることの縮刷版が宮崎県という中でも起きている。その両方が絡み合って、当地で経済が動いているということである。もう少し噛み砕いて言うと、ご案内のように宮崎県経済は、第一次産業と第三次産業への依存比率が比較的高い。──農業、林業、水産業のウエイトが高い、あるいは観光等のサービスへの依存が強い。この分野については、ややグローバル化の波とか、あるいは日本自体の構造変化の問題があり、単純な景気循環的な視点だけでは対応しきれない難しい経営環境にあるというようなお話がかなり出て、ご苦労が多いと感じた。それから、全国の縮図的なところとしては、例えば、これは明るい方の話だが、IT関連等の産業において、生産面でも、雇用面でも、かなり高い経済活動水準が実現しているということがあった。一方、公共投資が先行き少しずつ削減されていくという中で、一部の業種、地域にとっては、かなり厳しい環境を展望しているということもあった。良い面も聞かせて頂いたが、全体感としては、地域経済、そしてセクター的には、中小企業、零細企業を取り巻く環境の厳しさといった色々な意見を聞かせて頂いた。

【問】

先程の懇談会挨拶の中で、株価の最近の下落は、アメリカ株式市場の調整の影響を受けた側面が大きく、日本の場合は、経済、景気の回復が株価を下支えしているとの見解を窺ったが、逆に、市場の間では、今の株価が、むしろ景気の先行きに対する不安を示しているのではないかとか、逆に先程言っていた原油高による企業収益の世界的な落ち込みとかを先取りした動きではないか、との見方もあるが、これについてどのような考えをお持ちか。

【答】

株価そのものの先行きについて、申し上げるということは必ずしも適切ではないと思うので、そういう意味合いのコメントは差し控えたい。

日本の景気の先行きについて、株式市場が何か予見しているという側面があるいはあるのかもしれないが、今現在の私の景気の先行きの見方は、ご指摘のような原油高、その他のリスクを抱えながらも、企業部門を中心とした景気回復の流れが維持されていると思うし、先行きも、設備投資が直ぐに腰折れするというようなことも俄かには展望し難いと思っている。市場一般の見方も、他の不安要因がなくなればこの辺りに再び注目が集っていくという局面もあろうかと思っている。私自身、日本経済の先行きは、比較的しっかりしていくと思っているので、そういうことと整合的な市場の動きが期待出来ると考えている。

【問】

先程、地元の方々から宮崎経済の特性として、第一次、第三次産業の依存度が高い──農林水産業および観光を中心とするサービス業──この産業分野については、ややグローバル化の波だとか、構造変化に対応しきれていない、単なる景気循環の視点では対応出来ない経営状況の厳しさがあるとの指摘があったとのことであるが、それに対して政府・日銀にどのような金融政策、経済政策を求めたいか、というような要望は具体的に出たか。

【答】

具体的に個別政策に亘って要望が出たということではない。あくまで一般論として、それも他のメインの論点の付随的なかたちではあったが、公共事業依存型の経済であるということとの絡みで、先行きの公共事業に対する国の計画がどうなるかということに関する関心はあった。また、私どもの金融政策についても、ゼロ金利解除そのものについての意見は特になかったが、色々な意味の格差を抱えながら走っている日本経済、その点は、特に地方からみると鮮明であるというような点も踏まえて、広い意味の金融政策運営を慎重に司って頂きたいといった、あくまでも一般的な意見をほんの少しながら頂戴した。

政策論としては、ご指摘の点は、全て構造的な問題なので、マクロの経済・金融政策での対応もあろうかと思うが、より基本的な国全体の構造改革も必要であると思う。今の質問に対しては、政策といっても色々あって、体系的な取組みが必要だとお答えしたい。

宮崎県においても、このグローバル化とか、あるいは市場経済化とか、またそういうことに見合った制度変更とか、新たな基準の採用といった影響は全国と同じように受けていると感じた。

【問】

植田委員や田谷委員が、テーラー・ルール的な考えについて言及されているが、この点について委員はどのような見解をお持ちか。

【答】

これはなかなか難しい質問であるが、この問題に限らず、多少議論が収斂しない一つの要因に潜在成長力とは何か、今の日本経済の潜在成長率について、皆が共有する率、水準というものがあるのだろうか、といった点に全て還元されるように思う。実は、ここがなかなか難しい。今の資本ストック、経済的に意味のある資本ストックがどれだけあるのか、正確な統計もないように思う。従って、そこがどうかという見方によって、潜在成長率が出発点になる色々な議論は枝別れをしてしまう。テーラー・ルールの一部も、潜在成長力をどうみるかによって、適正金利がどういう水準かということが変わってくる訳なので、非常に正確な議論をするのが難しいと思う。テーラー・ルールの採用について、理解を示している方々も、物の言い方としては相当幅を持ってみる必要があるというおっしゃり方をしている。その一つの要因は、潜在成長率そのものについて、今、全員が一致する"解"がないということだと思う。ご質問の趣旨をもう少し忖度して、金融政策が分かり易くなり、市場との対話もより円滑にいくように客観的な尺度を採用するということに対して、私が許容的であるか否かということだとすると、一般論としては、なるべく透明で、客観的な基準が在った方が、その限りにおいて透明性は高まるという意味で、私も一定の理解を示す。ただ、尺度自体、相当に幅の有り得るものを採用することの是非ということも深く考える必要があると思うし、また、尺度さえあれば、全てが透明になり、全てが円滑に運営され得るというのも、やや一方的に過ぎる見方になるかもしれない。そうした意味で、両サイドをよくみながら、その時々に一番適合した基準なり、考え方を私自身は常に考え、常に採用したいと思っている。

──余談ですが、これは(席上に用意したミネラルウオーター)第一次産業の産品なのか、農産物というのかは分からないが、地元の名水である。自宅ではフランス産のミネラルウオーターを飲んでいるが、今日、色々なお話を頂戴して、これからは場合によって地方の名水に切り替えようかと思い始めたところである。味の方は、外国競合品に比べて全く遜色ないと思う。

【問】

先程もお話があったように、宮崎県の場合は、農林水産業、観光業に依存している訳であるが、非常に厳しい状況にある。恐らく、懇談に出られた方々からは、何か良い手立てがないかとの話もあったのではないかと思う。先程の考え方で、推測論として構造的な問題だとの話であったが、宮崎県にはシーガイアという観光シンボルがあるが、県としては、21世紀の国際会議都市、国際観光都市との形で生き残っていこうということで一生懸命やっているが、ご承知のように厳しい状況にある。他の都道府県と比べて、今の宮崎県の現状というのは、例えば、鹿児島県とか、熊本県とか、他県と比べて、何か特別の厳しいものがあるのか、もしあればお話頂きたい。

【答】

端的に申し上げると、本質的には大きな差は感じていない。統計数字によると、宮崎県は、全国の中でも、九州の中でも、第一次産業依存比率が若干高いということであり、もし第一次産業において、グローバルな競争の問題、価格の問題等々で厳しさがあるとすれば、その度合いは相対的に一次産品依存比率の高い地域の方が強いであろうという推定は出来るが、特に、宮崎県だけが近隣他県に比べて、厳しいという実態認識は私自身持っていない。今、絶好調なエレクトロニクス関係の工場の立地状況が他府県と比べてどうかというような点も、若干の景況感の差に、あるいは繋がるかもしれないが、本質的な差はないと私自身は思っている。

【問】

8月11日に武富委員はゼロ金利の解除に賛成された、つまりデフレ懸念の払拭が展望出来るということを判断されたと思うが、一方で、物価の指標であるCPIがかなりの幅で下がっているという現状がある。エコノミストとして、武富委員ご自身は、物価の下落というものをどのように捉えているのか。

【答】

(物価は)安定圏内にあると思っている。WPIがちょっとプラス、CPIがちょっとマイナス、その中で企業の収益は増収増益基調である。個人の所得については、トータルとしてみれば、派遣社員等の増加もあるし、それから名目賃金もボーナスについては、昨年度、一昨年度に比べれば、企業の業績好転を反映して、多少相対問題として良くなっている。生産の増加を映して、所定外収入もある。個人の所得回りも力強さがあるとは言わないが、以前に比べれば多少の改善はしている。企業、個人という経済主体にとって、所得が今のような方向として改善が展望出来るという状況が、今の物価水準を前提にして成立しているということは、概ね今の物価というのが、経済全体との調和の上で、安定圏内に入っていると考えていいのではないかというのが、一般論としての認識である。その上で、もう一度、先程の潜在成長率に話が戻るが、やや拘った物言いをしたのは、潜在成長率について、共通認識が未だ成立していないということは、物価論議にも幅を持たせている。需給ギャップがどの位かということは、正確には特定し難い訳である。過去に比べて多少大きいだろうとは思うが、何度も言うように、経済的な意味を持つ供給能力と、それに対する需要ということで考えると、需給ギャップは巷間言われている程、大きくない可能性もある訳であり、今は、まだ景気回復が続いて、少なくとも数量ベースの需要は伸びている下で、先行きの需給ギャップの縮小する方向性ということが視野に十分入ってきたと思う。そういう状況というのは、一頃、私どもが、ゼロ金利解除の基準として市場にお伝えしていた、いわゆるデフレ懸念の払拭が展望出来る状況に入っているということだと思っている。今の物価は、勿論、需給でかなりの部分が決まっているところもあると思うと同時に、先程来、この場でご質問に対し議論させて頂いている構造問題──就中、供給サイドの問題、あるいはグローバルな意味合いの供給構造と需要構造の問題──を考えると、いわゆる国民経済の健全な発展に資するような物価の小幅な調整ということも起きていると思う。従って、CPIがちょっとマイナスということだけで、これがデフレである、あるいは経済にとって悪いことであると直ちに結び付けるのではなく、もっと総合的に今起きている物価現象というものを消化し、分析したいというのが私の基本的なスタンスである。

【問】

今の話の延長になると思うが、デフレ懸念の払拭ということは今の武富委員の説明で改めて良く理解出来るが、次の経済と金融政策を展望した上で、同じような考え方で次の金融政策も考えるのか。つまり、物価が例えちょっとマイナスでも、経済にとってはそれほど悪いことでない、企業収益がそれなりに伸びている、そういうことがゼロ金利を解除した時に、一年前と比べて同じようなペースが今後続くとすれば、また同じような考え方で金融政策を考えられるのかどうか、その時々で適当な考え方というように先程おっしゃったが、備えあれば憂えなしということもあると思うので、先行きどのように具体的に考えているかお聞かせ願いたい。

【答】

経済というのは、時々刻々、変わっていく訳であり──目先まではある程度かなりの確度で分かるとしても──先に行けば行くほど、不確定要因も強まることから、そう簡単に今ここで断定的な判断が出来る訳ではない。そういう意味で、あくまでも刻々、私自身も、柔軟に経済を観察し評価をし、金融政策を判断していくという意味合いで先程お話した訳である。今後も、良く経済をみていくということだが、個人的に少し悩ましく思う点は、これまた潜在成長率の話に戻るわけである。潜在成長率を上回って現実の成長率がある期間推移をするという状況は、その延長線上に、ある程度の摩擦ということも、一般論としては想定されるが、今の日本の経済の潜在成長率が何かということが確定しないと、なかなかそうした意味合いの政策判断はし難い面がある。やはり、私自身としては、日本の資本ストックの供給能力の実態を、経済的な意味のある実態を、正確に把握するということが極めて重要であると思っている。

【問】

宮崎県の地元銀行で顧客情報の流出があったが、それについてどのようにお考えか。また、金融機関の情報管理についてどうあるべきかお聞きしたい。

【答】

当然ながら、個別機関に係る質問なので、私の立場からコメントすることは差し控えさせて頂くのが常識だろうと思う。当然、ご指摘の点についての報告等は受けているし、今後も十分注視していくが、それ以上のコメントはない。

【問】

個人消費の動向をこれから検証していくことも必要ということを先程の挨拶の中で言われていたが、現時点で個人消費の動向というのが、──ここにも仮説として書かれているが──基調そのものは弱くはないと個人的にお考えなのかどうか確認したい。

【答】

基調的には弱くはないと言った時にも、基調とは何なのかということで、基調の水準とか、有り様について、皆が一様に同じイメージを持つかというと、そこについてもばらつきがあるかもしれない。成熟経済に入って──少なくとも従来型の広い意味の商品は大体手に入れ、従来型の消費意欲というものは既に満足している状況下では──更新需要が出てくるというのは極く普通だと思う。その上で、さらに人間の消費意欲というものも、時代とともに変わる訳であり、豊かになれば、豊かになるで、求める物も広がりをもってくるかもしれない。それについて、消費者だけではなく──最近は生活者と言うようだが──供給側も十分認識しきっていない。従って、そこに何か可能性があるものの、供給サイド、需要サイドが、ピッタリ一致するといった分野がまだ比較的限られている。それが現象としては、挨拶の内容で申し上げたような消費の二極化ということである。これはおそらく消費者サイドも供給サイドも、お互いに今後模索をしながら、嗜好を満たす満足感のある消費分野にエネルギーを集中していくことにより、ある程度の消費の底上げというのは可能であると思う。今日の懇談会の席上でも、消費者の皆さんが必ずしもお金をそんなに持っていないということではなくて、むしろ老後の心配で慎重な支出態度を採っているだけであるとの話も出た。これは今や人口に膾炙しているとの認識だと思うが、成熟経済における消費というのは、新たな支出意欲を掘り起こして、開拓していくということをしなければ、一進一退しながら少しずつ上昇していく程度のものかもしれないと思う。これは、全く悲観論ではなくて、消費というものはそういうものだと思うし、逆に言えば、意欲はある訳なので、それを支出する側も、それから供給する側も、工夫をしながら見つけ出していく、それが経済活動全体を活発にする、そうした流れを意識する時代に入ったのだろうという感じはする。やや抽象的な言い方で恐縮ではあり、具体的なイメージが無い訳ではないのだが、時間がないのでこの辺で止めさせて頂く。

【問】

政治家サイドの多分日銀に対する嫌がらせだと思うが、今度、物価の見通しを出す際に、これがマイナスになるのはいけないといった声も出ている。ただ、今年度の物価見通しを出す際の判断として、足許の全国消費者物価指数をみると、最近、前年比ベースでは直近数ヶ月マイナスが続いているので、自然体で考えても今度出てくる物価見通しは、政策委員会の大勢として、マイナス計画であっても私自身は不思議ではないと思うが、これについてコメント出来るかどうか分からないが、一般論として自然体で物価見通しを出せばどうなるかといった観点でお願いしたい。

【答】

今時点は、お察しのとおりノーコメントである。委員会メンバーによる三つの見通し数字がこれから公表されていく訳なので、今は個人的と断っても、それは言うのは穏当ではないと思う。かつ、今の質問の中に、見通しということと、規範性を持たせるということの区別が意識されているのか、いないのかということも感じる。今時点では、見通しの数字そのものは申し上げ難いと思う。

以上