ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 2005年 > 総裁記者会見要旨 ( 9月24日)―― IMF・世銀総会終了後の福井総裁・渡辺財務官内外記者会見における総裁発言要旨 ――

総裁記者会見要旨(9月24日)

IMF・世銀総会終了後の福井総裁・渡辺財務官内外記者会見における総裁発言要旨

2005年9月26日
日本銀行

—— 於・ワシントンDC
平成17年9月24日(土)
午後10時40分から約30分(現地時間)

冒頭発言

 G7、IMF総会をはじめとした今回の一連の国際会議を通じて、私なりに感じたことを申し上げると、一言で言えば、「世界経済は、均衡ある持続的な発展に向けて、新たな進路を模索しつつある」ということではないかと思う。

 世界経済は、現在、エマージング諸国の台頭が著しい中で、これを如何に調和のとれた形で市場経済にさらに統合していくか、という大きなチャレンジを続けている。原油価格高騰の問題も、その過程で生じた現象の1つである。今回の一連の会議では、原油価格高騰の短期的な経済への影響に止まらず、より中長期的な視点に立って、資源の効率的な利用や投資を促し、そのもとで世界経済が持続的な発展を遂げていくためにはどうしたら良いかという議論に多くの時間が費やされた。資源の問題に限らず、この先世界経済が様々な課題を乗り越えて発展していくためには、G7をはじめとする先進国だけではなく、エマージング諸国を含めて世界経済に参加する全ての国々が、それぞれ責任を果たしていくことが不可欠である。その意味で、今回、G7と、いわゆるBRICs諸国や南アフリカとの意見交換の場がもたれたことは、大変有意義であったと思う。

 なお、日本経済について一言申し上げれば、過去10年以上の苦しい構造調整を経て90年代以降最も良好な状態にあるが、一連の会議を通じて、こうした日本経済の状況に対する理解が深まると同時に、期待の大きさも感じた。日本経済が、この先、さらなる構造改革を進めて、持続的成長をより確実にしていくことを、世界は期待を持って見守っていると感じた。政策当局者として、責任の重さを改めて強く認識した会議であったと思う。

以下質疑

【問】

 昨日のG7において、最近の長期金利の低位安定の中で、スプレッドが急速に低下し、過剰に縮小していると考えられるので、G7として注視していかなければならないという議論があったとの一部報道がみられた。総裁としては、こうしたスプレッドの縮小の度合いが行き過ぎであると懸念しておられるのか。また、原油価格の高騰や世界経済の成長という要素があるにもかかわらず、長期金利は、なぜか低位で安定しているという状況にある。このように「危うい均衡」とも言える環境の中で、投資家がリスクテイクを増やしている。別の言い方をすれば、市場に潜在的リスクが増えているとの懸念も出てきているが、これらについてどのようにお考えか伺いたい。

【答】

 G7での議論の詳細を説明することは許されていないので、一般論としてお答えする。

 長期金利が低位で安定している、イールドカーブがフラットになっている、あるいはスプレッドが縮小しているというご質問であるが、基本的には、長期金利の水準、イールドカーブの形状、スプレッドの状況は、経済や物価に関する人々の見方、その見方がどの程度安定しているかによって決まる。世界的に長期金利が低位に安定している、スプレッドも縮小している、ボラティリティも低いという状況は、全て安定的な期待によって形成されている。

 グローバルな競争激化、世界の金融政策がこれまで実績として示してきたインフレ抑止力やそれへの信認の高まりから、現実のインフレ率やインフレ期待が共に低位安定していることが背景にあると思う。それらに加え、多くの識者もおっしゃっているが、通貨危機等を経てエマージング諸国で貯蓄率が上昇し、一方で、先進国企業では、潤沢なキャッシュフローに比べて実物投資が慎重になっているという状況が続いており、世界的な貯蓄投資バランスが緩和していることも挙げられる。さらに、先進国を中心に高齢化が進展するもとで、いわゆる長生きリスクをヘッジするため、長期の債券への投資意欲が高まっていることも指摘されている。

 その一方で、長期金利が低位安定し、スプレッドが縮小し、ボラティリティも小さいという状況に安心し過ぎて、リスク感覚を鈍らしている人が一部にいるのではないかというような、心配をすれば切りがないような懸念も入ってきている。

 そうしたことも含めて、長期金利の動きには、市場参加者の幅広い見方がいろいろな角度から入って表象されており、重要な情報を含んでいる。また、イールドカーブの形状、スプレッドやボラティリティの状況、あるいはそれらの変化というもの自体は、企業や個人の行動を通じて経済全体に影響していく。従って、ご質問にあるような懸念の声や、今の経済の動きとしっかり連関性を持って理解できる話などいろいろあるので、それらの中から自分にとって都合のいい理屈だけを政策判断に結びつけるのではなく、全ての情報を包含しながら注意深く見ていきたい。

【問】

 昨日の記者会見で、総裁は、今後の世界の金融政策においては、金融・資本市場のみならず石油等の商品市場から出てくるサインを受け止めながら運営していくことが重要だと述べられたが、今後の石油価格が日本の金融政策に与える影響について見解を伺いたい。

【答】

 昨日の記者会見で申し上げたのは、短期的な問題というよりは中長期的な課題として、原油を含めた商品市場が、十分に価格メカニズムを発揮し、資源の利用や新たな資源を生み出すための投資が行われるようになることが重要である、そのように中長期的に、よりシグナルが正確に出る市場に作り上げていくことが重要である、という点にポイントを置いて、金融・資本市場と対比しながら申し上げた。

 我々は金融・資本市場を常に整備しながら金融政策を行ってきたし、これからも行っていくが、これは市場から出てくるシグナルがより高度で正確だということを前提に、金融政策を行いたいということである。グローバル化が一層進展している世界経済の姿を見ると、原油その他の原材料を含む商品市場において、どこかに規制や価格統制があることによって、結果として出てくる市場のシグナルに歪みが潜んでいるのであれば、世界経済の資源の適正配分や有効利用が十分充足されないまま経済が動いているということになる。そういう経済を前提に各国が最適と思った金融政策を行ったとしても、本来的な意味での最適な答えは出てこない。これからは、金融・資本市場だけでなく、より幅広い実物市場についても市場を磨き上げながら、金融・資本市場のサインと実物市場のサインを深く読み合わせることによって、適切な金融政策の運営ができるようにしていかなければならない。昨日の記者会見では、そのような趣旨のことを申し上げた。

 もとより原油価格の高騰は、短期的にも世界経済および日本経済にとって最大のリスク要因であり、各国の金融政策運営上も、目先の問題として重大な関心事項であることは言うまでもない。今後も原油価格の高止まりが続けば、世界経済の減速やインフレ懸念の台頭につながるリスクがあるので、長期的な問題にしっかり対応しつつ、短期的にも原油価格の動向を十分注視しながら、金融政策を適切に運営していかなければならない。原油価格の高騰でデフレ脱却が早まるという単純な図式を念頭に置いて物事を考えるわけではないということを、もう一度確認させて頂く。

【問】

 今回の一連の国際会議において、冒頭で述べられた日本経済の状況を踏まえ、各国から量的緩和政策からの出口についての言及や質問があったのか伺いたい。

【答】

 これまでも多くの国際会議に出席しているが、その都度各国の政策当局者と話をしていると、世界の方々が、日本の金融経済の状況あるいは日本銀行の金融政策の運営についてどのくらいの理解を持っておられるかを、自然に肌身に感じることができる。ワシントンでの国際会議の場は、普段出席している国際会議に比べて幅広く世界中の方々が集まって来られるので、もしかすると理解の度合いに大きな差があるのではないかと思って来てみた。しかしながら、今日の情報化社会のもと、情報を共有しないと世界中の人々が動けなくなっている時代であるので、お会いした多くの方々は、日本の金融経済や金融政策の方向について、相当正確な理解を既に持っておられるという印象を強く持った。

 日本銀行が異例の量的緩和政策を行っており、その脱却については、実体経済と物価の動向を慎重に判断する、——私が言わないのに「3条件」という言葉が先方から発せられるくらいで——その3条件が満たされるまでは日本銀行は今の緩和の枠組みを堅持する、との理解が非常に良く浸透しているように思った。

 その上での確認ということで今の状況を問われた時に、「今は過去10年の中で最も良い状況にあり、目立たないがさらにじわじわと良い方向に向かっている。まだデフレ脱却の展望を持っているわけではないが、それが次第に視野に入ってくる状況になりつつあるのではないかという感じを持っている」と申し上げると、お会いした皆さんが、「そうだろう」という顔をなさるので、多く説明を労しなくても理解の浸透が早い状況になっていると思った。

【問】

 先ほど、原油価格の高騰でデフレ脱却が早まるという単純な図式ではないと述べられたが、原油高が日本の消費者物価指数に与える影響について、もう少し詳しく見解を伺いたい。

【答】

 経済、物価に及ぼす影響を両面からきちんと分析しないと、金融政策の判断には結びつかないということを申し上げた。原油価格の上昇については、精製されたガソリン等の石油製品の価格がどのように変化し、それによって企業行動がどう変化し、物価が変化し人々の消費活動がどう変化するか、あるいは消費者マインドにどう影響を及ぼすか、といった経路を通じて、経済が変わり物価観が変わるという複雑な図式になってくる。

 今回の原油価格の高騰はかなり前から始まっており、高止まりしている状況にある。それにもかかわらず、これまでのところ日本経済への影響は、事前の想定よりもかなり控え目なところに止まっている。単純に言えば、原油価格が上がってガソリン等石油製品の価格が上がれば、経済活動には下押し圧力がかかり、物価に対しては上昇圧力がかかるということになる。しかし、実際の経済は、原油高にもかかわらず、踊り場的な局面を脱却し、より持続的な回復軌道に向かって進んでいる状況にある。物価についてみると、原油高は、ガソリン等石油製品価格への転嫁を通じて消費者物価の押し上げ要因になっているが、一挙に消費者物価指数をプラスに持って行くほどの大きな影響は与えていない。つまり、ジワリと押し上げ圧力をもたらしている状況にある。先行きについても、引き続き原油価格、ガソリン等石油製品価格の上昇が消費者物価を押し上げる力になり、消費者物価指数がゼロ%以上に動いていく時間的距離を多少短くする要因になると思う。

 しかし、我々は、消費者物価指数がプラスの領域に入ったからといって、即条件が満たされたとして、現在の金融政策のフレームワークを変えようという想定に立っているわけではない。プラスの状況になった時に、改めて経済を良く見て、景気を下押しする圧力がどの程度強く、それが景気の持続的な回復を妨げるリスクになっているかを判断しなければならない。そして、物価についても、石油価格の上昇だけでプラスになったのかどうか、経済の実態として需給バランスの緩みが消えて、需給がタイト化する方向に向かい物価上昇の基底をなしているかどうか。さらに、物価押し上げの最大の要因であるユニット・レーバー・コスト(単位当りの労働コスト)が、次第に上昇していく状況になっているかどうか。そのようなところまでつぶさに点検した上で、デフレから脱却し逆戻りしないという状況判断をきちんとしていかなければならない。本当に消費者物価指数がプラスになった時点で、しっかりそれらを判断していくということだと思う。

以上