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兵庫県金融経済懇談会における藤原副総裁挨拶要旨

2000年12月 7日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.日本経済の現状
  3. 3.経済の将来展望・リスク評価と金融政策
  4. 4.おわりに

1.はじめに

 日本銀行の藤原です。本日は皆様ご多忙の中、日本銀行の金融経済懇談会にお集まり頂きまして誠にありがとうございます。最初に、この金融経済懇談会について一言ご説明申し上げます。皆様ご承知のとおり、平成10年4月1日に新しい日本銀行法が施行されました。それを契機に、日本銀行では、政策委員会のメンバーである総裁、副総裁、審議委員ができる限り頻繁に全国各地を訪問し、各界有識者の皆様に日本銀行の諸施策の内容や趣旨をご説明申し上げるとともに、皆様のご意見、ご要望を直接承って金融政策や日本銀行の組織運営の参考にさせて頂くという趣旨で、この金融経済懇談会を開催させて頂いております。

 本日は、私自身にとって、一昨年の宮城、昨年の北海道、広島、本年6月の福岡に続いて、5回目の地方での金融経済懇談会となります。ご当地に伺うのは、約3年振りですが、昨日は阪神・淡路大震災からのその後の復興状況について自分の目で拝見するとともに、いろいろなお話を伺う機会を得ることが出来ました。フェニックス・プラザで拝見した被害の状況と、復興状況は大変印象深いものでした。震災で亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りすると同時に、過去約6年に亘るご当地の皆様のご苦労・ご努力への敬意を表させて頂きたいと存じます。

 さて、本日は、火の中から蘇るフェニックスにあやかれる様なお話ができるかどうか分かりませんが、まずは、私から最近の金融経済情勢と金融政策運営につきましてご説明させて頂きたいと思います。

2.日本経済の現状

 それでは、まず、最近の日本経済の動きについてお話し申し上げます。

 景気の現状に関する日本銀行の判断は、「企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している」というものです。こう一言で言ってしまうとたいへん簡単なのですが、私どもとしては、この表現に3つほどのメッセージを込めているつもりです。

 第1に、景気は、引き続き回復局面にあるという判断です。振り返ってみますと、日本経済は、昨年の前半には、デフレ・スパイラルの瀬戸際といった厳しい状況にありました。その後、金融システム対策、海外景気の拡大に加えて、私どものゼロ金利政策や政府の財政政策の効果などを背景に、この1年半の間、日本経済は徐々に立ち直ってきました。

 ちょうど今週はじめに、本年7~9月期のGDP統計が発表されました。GDP統計は、今回、93SNAという新しい推計方法に移行したのですが、これにより、成長率の推移をみますと、98年はマイナス1.1%とマイナス成長だったのですが、99年は0.8%とプラスに転じました。本年の7~9月期は、前期比年率でプラス1.0%、前年比でプラス1.5%にまで上昇しています。

 2つ目のメッセージは、景気回復パターンの特徴点です。今回の回復局面では、企業収益の改善傾向が明確となり、これにつれて設備投資も増加している一方で、家計の所得や個人消費の回復が遅れています。現在、企業は、バブル時代の不良債権の処理や、新しい経営環境のもとでのリストラ、さらには産業構造の再編など、様々な構造調整圧力に直面しています。例えば、企業の有利子負債残高の対売上高比率をみると、80年代前半に比べてなおかなり高水準にあり、企業は過剰な債務の返済の必要性に迫られています。このため、景気の回復が収益の増加をもたらしても、企業はすぐに賃金や雇用を増やそうということにはなかなかなりません。もちろん、この間、雇用や賃金情勢も徐々に改善はしています。例えば、失業率は本年春先頃をピークにいくぶん低下していますし、賃金も昨年まではマイナス傾向でしたが、最近では若干のプラスに転じています。しかし、その改善テンポはたいへん緩やかなものにとどまっているのです。

 こうした現象をどう評価するかは、なかなか難しいところです。日本経済が、様々な構造的な課題をこなして、持続的な発展の基盤を作り直すためには、まず、企業の収益基盤を強化して、経営の立て直しや再編を図ることが先決です。その意味では、しばらくの間は、「企業先行・家計遅行」という回復パターンとなることは避けられないように思えます。このため、家計や個人消費関連企業にとっては、なかなか回復の実感が得られない面があると存じます。一方で、マクロ経済の観点からみると、賃金の抑制が行き過ぎて、個人消費が回復の足を引っぱるようでも困るわけです。この意味で、日本経済は、たいへん狭いパスを歩まなければなりません。

 さて、こうした特徴は、3つ目に申し上げるべきこととも直接関連しています。それは「緩やかな回復」という表現のうち「緩やかな」という形容がなかなかとれにくい、ということです。日本経済は2%成長に手が届く程度にまでは回復しているのですが、構造調整圧力が根強く残存しているもとでは、力強い回復はあまり期待できないように思えます。

 ただ、何度も申し述べているとおり、回復が緩やかにとどまらざるを得ない背景のひとつには、将来のための準備期間といった要素もあると考えられます。日本経済が、今後力強く発展するためには、企業経営や産業構造の変革、金融システムなどの構造改革を着実に進めていくことが不可欠です。

 問題は、回復テンポが緩やかなままですと、外部からのショックに対する経済の抵抗力がなかなか強まらないということです。したがって、景気回復の流れに対して、どのようなリスクが存在するかが、経済金融情勢を判断するうえでのポイントとなります。この点に関連して、日本銀行は、本年10月に新しい情勢判断の公表の仕組みを導入しましたので、簡単にこの仕組みをご紹介したいと思います。

3.経済の将来展望・リスク評価と金融政策

 日本銀行は、本年3月から、金融政策の目的である物価の安定について、総括的な検討を進めて参りました。検討の狙いは、金融政策運営の透明性の一段の向上ということでしたが、ひとつのポイントとなったのは、金融政策運営上の指針として「物価の安定」の定義を何らかの具体的な数値で示すことができるかどうか、ということでした。その際、現在の物価情勢をどう評価するかが問題になります。現在、わが国では、需要サイドの要因と並んで、技術革新や流通革命、規制緩和などの供給サイドの要因が物価低下圧力として作用しています。

 このように大きな構造変化が進行しているもとでは、供給面の要因が、今後どの程度の期間、どの程度の規模で物価情勢に影響を及ぼしていくのかを正確に見通すことはなかなかできません。したがって、「物価安定」の定義を、将来かなりの期間にわたって妥当するような形で特定の数値により示すことは困難ですし、適当でもありません。

 こうした検討を経て、現段階では、無理に「物価の安定」の定義を数値で示すよりも、むしろ、日本銀行として、物価動向やその背後にある経済情勢をどのように判断しているのかを、より分かりやすく説明していく方が重要であるとの結論に至りました。そのための工夫として、少し長めの期間を念頭においた経済・物価の先行きの展望を公表することとしました。それが、10月末に初めて公表した「経済・物価の将来展望とリスク評価」というレポートです。

 このレポートは、4月と10月の年2回、定期的に公表します。今回のレポートでは、まず、本年度から来年度にかけての、蓋然性がもっとも高いと考えられる標準的な経済見通しを述べています。先行きの物価上昇率や成長率については、政策委員の見通し計数も掲載しております。ちなみに、政策委員の大勢の見通しを申し述べますと、本年度の経済成長率はプラス1.9%~2.3%、消費者物価の変化率は、マイナス0.4%~マイナス0.2%となっています。

 次に、この標準的な見通しとの比較で、下振れ・上振れ双方のリスク、すなわち景気が悪化する惧れ、あるいは逆に景気が過熱する惧れについて、詳しく記述しています。

 そこで、残された時間で、レポートでも触れたリスク要因の中から、最近、私が注目しているものを取り上げてご説明したいと思います。

 第1に、米国を中心とする世界経済の動向です。米国経済は、IT関連の設備投資を中心に拡大しておりますが、本年7~9月期の実質GDPは前期比年率プラス2.4%と、これまでの4~5%台の高成長から、拡大テンポが鈍化しつつあります。また、米国経済の牽引役であるIT関連企業の中には、引き続き高い増益基調を維持しながらも、当初予想に比べ収益を若干下方修正する先が目立っております。加えて、高止まりする原油価格の影響も懸念されています。こうした米国経済の減速は、米国との貿易ウエイトが高いアジア諸国経済、さらにはわが国の輸出環境にマイナスの影響を及ぼす可能性があります。

 ただ、米国経済の減速自体は、成長の持続性という点で、むしろ待望されていたものでした。米国の中央銀行であるFRBも、これまで再三にわたり、労働市場の逼迫や潜在成長率を上回る速い成長テンポに対して警告を発し、金融引き締め措置を講じて参りました。今後、米国経済のスローダウンが、世界経済のインフレなき持続的成長に繋がるものなのかどうか、これまで以上に注意を払っていく必要があると考えています。

 第2に、世界の株式市場が不安定な状況にある点です。この背景としては、いま申し述べた世界経済の動き、とりわけIT関連セクターに対する過度の成長期待の修正が影響しているとの指摘が多いようです。わが国の株価も9月以降下落し、最近は、1万4千円台後半の水準で推移しています。市場では、世界的なIT関連の株価調整の影響のほか、政治情勢や景気の先行きに対する不透明感といった要因も指摘されています。こうした株価の動きが、家計や企業のコンフィデンスを悪化させたり、また、金融機関や企業のリスクテイク能力の低下に繋がるとすると、景気回復の流れに支障を来たすことになりかねません。現時点では、そうした実体経済面への悪影響が生じているとまではみられませんし、また、わが国の企業業績が増益基調を維持していることも心強い材料です。しかし、株価の変動には、経済の先行きに関する重要な情報が含まれている場合もあるので、その経済活動に与える影響を含め、引き続き注意深く見守って参りたいと考えています。

 さて、日本銀行は、この8月、いわゆるゼロ金利政策を解除いたしました。これは、冒頭申し述べたようなこの1年半の日本経済の改善傾向を踏まえた措置です。私どもとしては、世界経済や内外資本市場の動向を注視する必要がありますが、景気は、今後も、設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高いとみています。

 しかし、日本経済の回復テンポの緩やかさを踏まえますと、引き続き金融緩和スタンスを維持して、景気回復を金融面から支援していくことが必要です。今後とも、先ほど申し述べたようなリスクが顕現化するかどうかということも含め、正確な情勢判断に努め、適切な金融政策運営を行っていく所存です。そうした観点から、本日は、皆様方の忌憚のないご意見を承り、今後の政策運営に活かして参りたいと考えております。

4.おわりに

 以上で私からのご説明を終わらせて頂きますが、兵庫県および神戸市は阪神・淡路大震災による多大な人的被害と約10兆円にも及ぶといわれる直接的被害から、フェニックスのように見事に蘇りつつあります。ご当地が、後3週間程で訪れる21世紀においても、独自の存在感を示しつつ発展を続けることを祈念しております。

 今後とも、私どもの神戸支店が窓口となって皆様方のご意見を拝聴させて頂くとともに、地域経済発展のために十分なコミュニケーションをとらせて頂きたいと考えておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。ご清聴どうもありがとうございました。

以上