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最近の金融経済情勢について

鳥取県・金融経済懇談会における中原審議委員挨拶要旨

2003年4月17日
日本銀行

目次

  1. 1.景気の現状と先行きのリスクについて
    1. (1)景気の現状
    2. (2)先行きのリスク
  2. 2.金融政策の運営について
    1. (1)3月25日および4月8日の金融政策決定会合について
    2. (2)今後の金融政策運営
  3. 3.金融政策の効果を高めるために
    1. (1)不良債権処理と産業再生
    2. (2)中小企業金融の円滑化
    3. (3)銀行の収益力強化
    4. (4)財政の役割
  4. 4.結び

 本日は、鳥取県の県政や経済界を代表される皆様に親しくお目にかかり、お話をさせていただく機会を頂戴いたしまして誠に光栄に存じます。昭和20年以来、私どもの鳥取事務所は皆様に大変お世話になっておりますが、永いお付き合いとご支援に対し心から感謝申し上げます。

 本日は、先ず景気の現状評価を行った後、先行きどのようなリスクが待ち構えているのか、これに対し金融政策はどのように運営していくべきか、金融政策の限界とそれが有効性を発揮するためにどのような環境整備を行っていくべきか、などについてお話をいたしたいと思います。

1.景気の現状と先行きのリスクについて

(1)景気の現状

 先ず去年からの景気の足取りについて振り返ってみたいと思います。我が国の景気は、昨年の半ばまでは、輸出の急速な増加に先導されて回復へのモーメンタムが強まっていました。2002年の年初に期待していた日本経済のシナリオは次のようなものでした。即ち、米国経済はテロのショックから消費主導で急速に立ち直った、住宅価格の上昇に支えられた消費が堅調を続けるうちにいずれ企業収益が回復し設備投資の回復も始まる、米国経済の回復につれ我が国輸出は引き続き拡大し、いずれ内需の緩やかな回復が始まる、というものでした。

 ところが、昨年半ばから秋口にかけて、このようなシナリオを崩す、いくつかの制約要因が米国経済に現れてきました。一つは、エンロンやワールドコムなどのいわゆる企業会計問題です。これについては、サーベイン・オクスレー法や公開会社会計監督委員会(Public Company Accounting Oversight Board)が設立される等米国政府、議会やSECの適切な素早い対応により秋口には収束を見ました。もちろん、この過程で生じた株安の影響や企業のガバナンス、会計基準など長期的に尾を引いている問題もまだ残っています。

 続いて生じた制約要因は、不安定な中東情勢、就中、イラク情勢に関る、いわゆる地政学的リスクであります。折から発生していたベネズエラの石油関係労働者のストも加わり原油価格が上昇、地政学的リスクをさらに深刻なものにするとの懸念が高まりました。秋口から米国の企業や家計のコンフィデンスは急速に低下し、2003年に入って株価も一段と水準を切り下げています。また最近では、雇用統計の指標がかなり悪化してきています。予備役の招集など戦争に関連した一時的な振れもあるようですが、企業がここへ来て一段の雇用調整を開始している可能性も否定できません。住宅や自動車といった、これまで消費を支えてきた分野にも、振れを伴いつつも頭打ちの傾向が見えてきています。3月20日に始まったイラク戦争は、当初の期待通り短期終結のシナリオが現実のものとなりつつありますが、市場の反応は必ずしも思わしくはありません。戦争の短期終結という材料はすでに完全に織り込まれており、むしろ戦争の費用や戦後の復興費用が米国財政や国際収支にどのような影響を与えるのか、当初の目論見通りに企業業績や設備投資が回復するのだろうかというような米国のファンダメンタルズや実態経済の先行きを睨んだ動きになりつつあるように思えます。今のところ出ている米国経済の諸指標は、戦争の影響を十分に反映しておらず、今後、企業や消費者の信頼感指数がどう反応するのか注目していく必要があります。

 この間、欧州経済も冴えない動きが続いています。サービス価格の上昇、高い失業率、財政赤字の増大など直面する問題は深刻であり、企業も家計もコンフィデンスが低下しています。特に、欧州経済の三割を占めるドイツでは、硬直的な労働市場、不良債権の増加と脆弱化しつつある金融システムなど構造問題を抱えており株価も大きく下押ししているのは気懸かりです。2002年度の後半にかけて、ややうれしい誤算であったのは、東アジアやアセアン諸国の経済が比較的順調に推移していることであります。もちろん、韓国のようにここへ来て消費に翳りが出てきた国やフィリッピンやインドネシアのように、地政学リスクが顕現化している国もありますが、総じてアジア経済はまだ好調のようです。近年、アジア域内貿易が拡大しアジアとしての自立性が高まってきたことに加え、最大の市場である中国が、活発な内需やオリンピックや万博を控えての公共投資に支えられ、なお高い成長率を維持していることによるものです。

 このような中で日本経済の現状をどうみるか、現在は足踏み状態で踏みとどまっています。今後、輸出の伸びが落ちはじめ、消費の腰折れや企業マインドの萎縮から改めて雇用や賃金の調整が強まってくるのか、それともしばらく停滞が続くとしても、米国を中心に世界景気が回復のプロセスに入り日本経済も緩やかな回復軌道に戻るのか、今はまさにその別れ道にあるように思われます。先行きのリスク要因については、後で詳しく述べさせて頂きますが、米国経済の先行きを覆う暗雲が一向に晴れず、またここへ来て北朝鮮問題等地政学的リスクや新型肺炎(SARS)等の新しいイベントリスクをみると、先行きには慎重にならざるを得ません。しかし、一方で、先行きが不透明の割には、現在のところ日本の景気は予想以上に粘り腰であるようにも感じます。輸出の伸びは鈍化していますが、なおモーメンタムを失っておりません。生産は横這いの範囲ですが、在庫調整がぎりぎりまで進んでおり、さらに低下することはないように思います。その中で、設備投資は、先行指標である機械受注も増加し始め底を打つ気配が見られました。先日の日銀短観をみても、企業経営者は先行きを極めて慎重に見ていることが伺われますが、足元業況感は横這いの範囲内です。2002年度の業績も、売上は横這いながら大幅な増益、2003年度についても二桁の増益計画の予想です。消費はどうでしょうか。昨年12月の個人消費はかなり落ち込み、先行きの懸念が高まりましたが、今年1~2月をみると自動車が好調ですし、その他の販売統計も弱めながら基調は底堅く動いています。総じてみれば、雇用所得の減少の割には貯蓄率を引き下げながら何とか維持されています。このように日本の景気が意外に粘り強く推移しているのは、どこに理由があるのでしょうか。私は次のような理由が考えられると思っています。先ず第一は、アジアを中心になお輸出が伸びている中で、サプライチェーンマネージメントやIT技術の活用も進んで在庫管理や物流管理が効率よく行われ、在庫が低水準に維持されていること、第二には企業のリストラがかなり進み、損益分岐点や労働分配率がある程度低下し、売上を伸ばさないでも収益を上げ得る体質になってきたこと、第三には、まだ一部の業界かもしれませんが、合併や統合が進み、ある程度の市場の支配力が出てきたこと、第四に、消費については高齢化によるデモグラフィックな変化、家計の高水準の流動性資産によって、選択的支出や生活サービスにかかわる支出が底支えしていること、などが考えられるのではないでしょうか。

 景気の現状について申し上げてきましたが、最後に物価についても一言触れておきたいと思います。企業物価指数、消費者物価指数とも緩やかな下落が続いていますが、企業物価については、下落幅縮小の傾向が出てきました。これは、最近の原油・素材価格の上昇によるものです。しかし、電気機械、一般機械等加工組立型の商品は、引き続き相対的に大きな下落を示しています。また、消費者物価についても若干縮小の動きがみられますが、企業物価の変化ほどではありません。今年度に入って、医療費自己負担の増加や電気ガス料金の値上げが消費者物価に多少の影響を及ぼしそうですが、基本的に需給ギャップは解消されておらず、緩やかなデフレは当面続くとみられます。

(2)先行きのリスク

 以上述べたような状況から判断すれば、今のところいずれ世界景気は緩やかな回復のパスに戻り、日本経済も輸出を起点とした緩やかな回復が始まるというシナリオを変える必要はないと思っています。

 しかし、先行きには多くのリスクが存在します。どのようなリスクを考えておくべきでしょうか。今月の末、日銀は半期に一度の景気の展望とリスクについての考え方を公表します。先行きのリスクについては、その中で更に詳しく述べられることになりますが、当面私は次のように考えています。先ず、第一のリスクの要因は、何と言っても今後米国の経済がどのようになっていくのかということです。イラク戦争の短期終結がほぼ確定し、先週発表された米国ミシガン大学消費者コンフィデンス指数は大きく好転しました。しかし、住宅価格の上昇は一服してきており、テロ直後に見られたような消費の力強い伸びは必ずしも期待できません。企業周りの環境についてもまだ厳しいものが残っています。先程述べたように、雇用調整はまた一段と強まる懸念がありますし、設備投資も下げ止まってはいるようですが、設備稼働率の水準もかなり低く調整圧力は残っています。加えて600~1,000億ドルとも言われる直接戦費、一説では数百億ドルとも言われる復興費用、さらに経済対策として検討されている大幅な減税は、財政赤字の急拡大をもたらしかねません。このような中で企業収益の回復が遅れるとすれば、GDPの5%に達する経常赤字ファイナンスのための資本流入にも支障が出かねず、ドル安を通じて日本経済にも多大の影響を与えかねないと思われます。第二のリスクは、アジア経済成長の持続性です。先程申し上げたように、韓国など一部の国では消費者のコンフィデンスが落ち始めていますし、先行き必ずしも楽観論だけではいられません。また、イラク戦争終了とともに北朝鮮リスクが意識され始めています。加えて新型肺炎(SARS)については、香港や北京、華南などの経済活動に影響が見られ始めています。SARSの影響は海外ばかりでなく、国内でも、ホテル業界や旅行業界を中心に外国からの旅行者の減少、国際会議の開催キャンセルなどを通じて影響が出始めているようです。第三のリスク要因は株価の動向と金融システムの問題です。今の株価は実態経済とやや乖離しているように思われますが、需給相場の色彩が強く、持ち合いの解消と年金代行部分の返上に伴う売り圧力が極めて大きく影響しているようです。株価のこれ以上の下押しは、年金会計や時価評価減損を通じて企業業績にも大きく影響します。銀行の株価下落に対する抵抗力は、持ち合い株式保有を落としてきたことによりかなり強くなっていますが、それでもこれ以上の株価下落は、自己資本比率の面の懸念が強まる可能性があります。また、このところ銀行株の値下がりが顕著ですが、銀行と生保の持ち合いについても、金融システム全体の安定性に影響を与える可能性があります。

 リスク評価に関するお話から少し離れますが、私は、いわゆるPKO、株価を人為的に吊り上げるということではなく、構造的な株式需給の変化をソフトランデイングさせるために銀行等保有株式取得機構を使い易いものにするとともに、これによる株の需給調整を図ることも必要ではないかと思っています。日銀は、株式買取りについて3月25日の政策委員会で枠を3兆円に増やしました。日銀による株式買取りは株式市場の安定化に寄与していると思いますが、銀行株は購入の対象にしていませんし、日銀の自己資本を考えた場合、その購入枠増額には限度が存在します。構造的な株式需給の変化による、これ以上の株価の下落を防止するためには、他の公的資金の投入も検討するべきかもしれません。この場合、一旦購入した株は当分売却できませんので、原則自社株購入に対して放出していくというアイデアもあろうかと思います。

2.金融政策の運営について

(1)3月25日および4月8日の金融政策決定会合について

 イラク戦争開戦により、それまでの地政学上のリスクが現実のものとなりました。これを受けて臨時の金融政策決定会合が3月25日に開かれました。臨時会合の開催はきわめて異例です。マーケットの一部に過大な期待を抱かせてしまったのではないかという批判論も出ていますが、期末を迎える中での大きなイベントリスク発生という現実を前に、改めて情勢を分析し必要な対応を再確認しようというのが臨時会合の目的でした。この会合で日銀は、金融市場と実体経済に対する地政学的ネガテイブな影響を未然に防止するとの決意を示すとともに、「なお書き」による潤沢な流動性の供給とロンバード貸付の条件緩和を決定しました。同時に会合では、金融政策の基本的枠組みについて改めて再検討することを決めています。具体的には、金融政策の透明性の向上、および緩和の波及のメカニズムの強化について、これまでの量的緩和の評価も踏まえながら検討を開始しようというものです。この決定の背景にある政策委員会としての問題意識を、議論に参加した私の立場から解釈すれば、次のようなことかと思います。即ち、現在の量的緩和は2001年の3月に始まりましたが、日銀における金融機関の当座預金の残高という「量」を操作目標として潤沢な流動性供給を行うとともに、この政策を「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する」というコミットメントを行ってきました。その結果、潤沢な流動性供給により市場の不安感を解消、金融システムの安定をもたらし、またそれを通じて景気を下支え、強力な時間軸により長期金利が低下したことは事実であります。しかしながら、ベースマネーは大幅に増えたもののマネーサプライの伸びは限定的であり、物価の継続的な下落を止め前向きの経済活動をもたらす刺激効果が十分に顕現したとはいい難いのが現実です。以上のような問題意識の下に、政策についての説明力と透明性を高める方策を検討し、それによって市場との対話を円滑なものにして政策についての信認を高めようというのが、今回の検討の狙いの一つです。

 もう一つのテーマである政策の波及メカニズムを強化させる方策の検討は、政策の有効性を制約する構造的要因があるため現在の金融緩和の効果がなかなか実現しないが、構造的要因を解消するには時間がかかる、何とか少しでも緩和への波及効果を高めるために担保の拡大、購入資産の多様化などで工夫する余地がないかどうか、それを検討しようとするものです。続いて4月8日の定期会合では、波及効果を高める方策の第一歩として、資産流動化証券の買切りを検討しようということになりました。具体的には、中堅中小企業の持つ売掛債権や銀行の中堅中小企業に対する融資債権を見合いとする証券を日銀が買い取るというアイディアです。これにより、従来から相対的に金融緩和効果の出にくい中堅中小企業の金融の円滑化を図っていこうとするものです。本件に関しては多くの検討課題が残されています。資産担保の証券やCPのマーケットの規模はまだ小さく、新しい組成が進むとしても流動性を大きなロットで供給する本来的な意味での金融政策にはなりえません。この政策はむしろミクロの制度金融に近いものであり、また今後の市場型間接金融の拡大を展望した債権流動化市場の育成を図るという意味でもあります。その点から見れば、実態的影響がすぐ現れると言うような性格のものではないことは確かです。また、これで直ちに中堅中小企業に対する融資が活発化するという保障はありません。基本的に銀行が資本の制約がある場合には、流動化した結果、貸し出しが落ちるだけに終わる危険もあります。日銀としては市場に具体的提案や考え方の提示を求め、それらを活かして実効ある制度とするよう努力したいと思っています。このような民間信用リスクを中央銀行が直接とるのはきわめて異例ですが、既に適格担保の拡大の余地が限られている現在、資産プールによりリスクが分散軽減され、個別性が薄くイベントリスクが相対的に小さい資産担保証券は日銀として購入の対象にしうる資産と考えています。

(2)今後の金融政策運営

 金融政策は限界に達している、もう日銀にやることは残されていないと言う意見も聞かれますが、私は必ずしもそうは思いません。基本的には、潤沢な流動性の供給により金融システムおよび金融市場の安定化を図るとともに、前に述べたとおり、担保やオペ手段・対象資産の多様化等の工夫を通じて緩和効果の波及メカニズムを強化していく、地道なようですがこのような選択が基本と思います。一方、これから先考えられるリスクが現実のものとなった場合のショックの大きさや、その影響の仕方によっては、大胆な政策の転換を考える事態も有り得るかもしれません。以上を念頭に置きながら、今後どのような政策選択のシナリオがあるでしょうか。三つのケースについて考えてみたいと思います。まず第一番目は、現在の量的緩和政策の枠組みの中でさらに量的緩和を推し進めることです。当座預金の目標額をさらに増額することになりますが、短期のオペが限界に差し掛かっている状況において、更に量を増やすには長期国債の買切りを思い切って増やすしかありません。思い切って量を増やせば、マネーサプライにも少しは影響が出るかもしれませんし、リバランスの効果も全くないとは言い切れません。しかし、一方で、長期国債の買切り増額は、ここまで急激に下がった長期金利をさらに押し下げイールドカーブを押しつぶし、市場機能がほとんど麻痺している現在の短期市場と同じような状況を長期市場でも生じさせるリスクがあります。無制限に国債買切りを増額させた結果、財政規律が崩れるとの思惑を生じさせた場合には、今度は金利が反転上昇するリスクも有り得ます。さらに、日銀の大幅に膨らんだバランスシートを一層拡大させたり、将来量的緩和政策から短期金利をターゲットとする政策に戻ることを難しくする可能性もあります。もちろん、こうした問題を解決するため、買切り増額に合わせ、中長期的な財政規律の維持や国債管理政策、さらには中銀の財務の健全性確保に関し、政府とのある種のアコードを結ぶというような手段も考えられるかもしれません。いずれにせよ、このような政策は、その政策を正当化する事態の緊急性の認識と政策のリスクとのバランスの上にたって、財政当局との緊密な連携を維持しながら判断していく必要があると思います。

 第二の選択としては、量的緩和の延長線上ではありますが、最終目標を定めてそれについて中央銀行としてコミットするものです。これは政策のフレームワークにかかわる選択でありますが、現在の時間軸という手段のコミットに替えて最終目標、たとえば物価上昇目標などにコミットするものです。現在の量的緩和のフレームワークはこのような最終目標は決めていません。最終目標達成に対しそれを制約する要因が強く働いている現在のような状況の下では、例え最終目標のみを定めても政策として信認されないという意見も強いのですが、私は、目標と手段の間に少なくとも理論的なメカニズムが考え得るのであれば、それを制約するような構造的要因があっても、最終目標を定めることに全く意味がないとは言えないと感じています。この場合の最終目標は、安定物価であり、あるいは物価上昇率になりましょう。もちろん、中央銀行としてのガバナンスと健全性維持の下で目標達成のための確実な手段がない以上、一般的に採用されているインフレーションターゲットのように、厳密な達成期限を設けることはむしろ有害であると思います。しかし、緩やかな条件の下で足元の自由度と機動性を確保しつつ、物価上昇の目標を政府と共有する、あるいは日銀としてどのような物価上昇水準が望ましいと考えているかを示す、期限をきった最終目標とまではしないとしてもある種の参照値として示すことにより政策の枠組みを明確にすることは考えられないでしょうか。量的緩和の強化を行いつつ、このような政策で中央銀行としてコミットを強め、人々の期待形成に働きかけることが全く効果がないとは思えません。量的緩和の効果に対する疑問が強まるのに比例して、時間軸がより強い効果を発揮する現在のメカニズムが、デフレ期待を安定的なものにしているのが現実の姿かと思います。物価の上昇率を参照値とする、または最終目標としてコミットするのであれば、現在の時間軸を持つ必要はないかもしれません。このような政策を採用する場合、難しいのは具体的な数値をどう決めるかという点でしょうか。足元の物価は、需給関係だけでなく様々な要因によって決まっており、世界的なディスインフレ傾向が見られる中で望ましい物価上昇率や物価水準を定めるには、国際的な要因も踏まえ十分な分析と理論構成が必要なことは言うまでもありません。また、後述致しますが、財政政策の問題もあります。政府と目標を共有するのですから、財政政策の面でも、中長期的な財政規律の維持に留意しながら、短期的な需要変動に対してフレキシブルな対応を行うという姿勢も重要です。第三番目の選択は、マネーの供給の手段として外債や株式ETFなどの非伝統的手段を採用するものです。もちろん前に述べた二つの政策選択のいずれの場合にも、この手段を併せ採用することも考えられます。購入対象資産としてどのようなものを考えるか、一般的にいって市場規模が十分か、流動性に問題がないか、中央銀行の購入する資産として市場に対し中立的であるか、中央銀行の資産の健全性としてどうか、などの判断が必要です。この意味では、一部で言われている不良資産や不動産の購入は論外ですが、外債やETFは必ずしも全面的に最初から排除されるものではないと思います。しかし、それぞれ法律的に、あるいは技術的にまた国際的な立場から多くの困難な問題を含んでいることは確かであります。先ず中央銀行が金融政策として行うのであれば、あくまで流動性供給の手段として行うべきです。価格を動かすことを目的とするのであれば、そもそもそれが可能かどうかは別としても、株やETFであればPKOとして財政資金により行い、政府保証のついた形で日銀が資金供給するというのが筋です。外債であれば、為替に影響するということは、そもそも為替介入と変わらぬことになり法律的に日銀の行いえないところです。流動性供給の手段と考える場合でも種々の問題があります。ETFは月間1,500億円程度の売買高であり、流動性供給のためのオペ対象としては無理があります。もちろん、日銀が購入するとなれば新しい組成が進むでしょう。しかしオペで購入する以上、売却も当然予定されることになりますが、マーケットがない中で売却は困難です。また何十、何百という個別銘柄に変えて売却することはまず不可能でしょう。結局、事実上長期保有を前提としたPKOに近いものとなってしまうのではないでしょうか。外債については、先ず法律面で財務省との調整が必要ですが、そもそも円安についてプラザ合意のごとき国際合意が作られぬ限り、日本のような経済大国が為替相場の操作を通じて一国のみの経済厚生や実質所得の向上を図ることは現実問題として許されないでしょう。国際的反響がでた場合には、外交にはねる可能性もなしとせず、日銀の単独の責任ではとりえない政策と思います。いずれにせよこれらの非伝統的手段も、結局事態の緊急性とその手段から生じるであろう副作用や問題とのバランスの上で、日銀と政府一体となった判断の上に立って採用の可否を検討すべきものと思います。以上、三つの選択肢を申し上げました。この他にも「短期金融市場の金利をマイナスにしたらどうか」、あるいは、「ゼロ金利に問題があり、市場金利を僅かながらプラスにして金利の変動を許すべきである」という主張もありますが、いずれも現実に採用するには多くの問題があり、さらなる分析や理論構成が必要です。

3.金融政策の効果を高めるために

 追加的金融政策としてどのようなものが考えられるかいろいろ述べてまいりましたが、いずれの方法でも副作用があるとか、量的緩和政策から他の政策に移ることが難しくなるとかの問題を抱えており、その採用に当っては、経済の実態の状況認識と政策コスト効果のバランスの上で検討していくことになります。いずれにしても、今や政策の選択の幅が狭くなり効果も限定的になりつつあるのは事実であり、今後は金融政策の有効性を高めるための環境整備が重要になります。以下では、金融政策の効果を高めるための環境整備として、不良債権処理と産業再生、中小企業金融の円滑化、銀行の収益力強化および財政の役割の四つのテーマに関し若干のコメントをしてみたいと思います。

(1)不良債権処理と産業再生

 凍りつき萎縮している経済に前向きのモーメンタムを与えるには、基本は需要をつける方法を考えるしかありませんが、金融政策は直接需要を作り出すことはできません。その意味で民間の信用仲介機能をまず回復させることが重要ですが、不良債権の存在と企業のバランスシート調整圧力が信用乗数を限りなく小さくしており、信用仲介機能はきわめて弱くなっているのが現在の状況です。即ち、銀行の不良債権の問題や株価の低迷から生じる資本の制約が銀行の新しいリスクテークにブレーキをかけているとともに、企業の過剰設備や過剰雇用の状態が新しい資金需要を押さえ込んでしまっているのです。信用仲介機能を回復させるためには、不良債権の処理を加速し収益力を高めるような経営戦略の樹立が銀行に求められると同時に、企業側は損益分岐点を下げ、キャッシュフローを高め、財務体力、収益力を強化して成長に向けた投資を行う態勢を早く整えねばなりません。昨年秋には、金融再生プログラムが発表され、不良債権処理は新しいステージに入っています。この3月期には大手各行ともかなり思い切った不良債権処理を行った模様であり、平成16年度末までの集中処理期間内の目標達成に向けて第一歩が進められています。再生プログラムの枝葉となる部分、優先株の転換基準等が先日発表になりましたし、産業再生機構の準備も進んでいます。金融と産業の一体的再生のインフラは整いつつあります。今後、これらのインフラを真に有効にワークさせる必要があると同時に、具体的処理に当っては実体経済に対し極端なデフレインパクトを与えぬよう現実的対応が必要です。教条的なグローバルスタンダード論、国民負担回避論や創造的破壊論は避けねばなりません。難しい点として「官」と「民」の関係をどのように構築するかがあります。私は、基本は「民」の英知と市場メカニズムがもたらす効率性に信を託すべきだと思います。特に、産業再生機構については「官」はあくまで補完機能に徹し、できるだけメインバンクと「民」から集めた企業再生の「目利き」に任せることが必要と思います。

 一方、不良債権処理については、その問題の大きさと金融という公的なインフラにかかわるものであることを考えれば、行政の強力な介入や指導は避けるわけには行かないと思います。ただ、指導といっても、現実の銀行のビジネスに十分な理解をもったうえでのそれが必要であり、現実にワークしないような指導や行政が行われることのないよう注意すべきだと思います。未だ結論の出ていない問題に、繰延べ税金資産の問題と予防的資本注入の是非の問題がありますが、早急に結論を出すべきでしょう。私は、繰延べ税金資産の問題は、税制面のインセンティブとパッケージで解決すべきものと理解しています。予防的資本注入について議論が行われていますが、危機を引起こす前に、必要があれば公的資金を注入するのは当然です。しかし、注入の仕方によってはモラルハザードを引き起こしかねず、「予防のため」という判断の一線をどこに引くかも難しい問題があります。預金保険法102条の発動を、もう少し前広に容易かつ機動性をもって行えるよう法改正するという考え方もあるのではないでしょうか。

(2)中小企業金融円滑化について

 健全化計画として定められた中小企業への貸し出しがなかなか伸びないという現実を前に、「貸し渋り、貸し剥がし」か「そもそも資金需要がない」のかというボールの投げ合いが行われています。結局、これは事実を両面からみているに過ぎないのではないかと思います。貸したい先には資金需要がなく、借りたい先には貸せないというのが実態なのでしょう。短観や中小公庫のなどのDIデータを見ると、少なくとも中小企業の資金繰り判断はそれほど悪化はしていないものの、絶対水準はマイナスの極めて低い水準が続いており、やはり必要な金がきちんと回っていないことは確かでしょう。大きな産業構造変化の中で、中小企業の活性化は日本経済にとっての大きな課題の一つです。中小企業が支えている雇用の大きさや産業基盤としての役割、新しい技術の揺りかごの機能などを考えれば、今後、中小企業の金融の円滑化を図り、優良な高い技術を持つ中小企業を育成することの重要性はきわめて高いものといえます。もう一つの難しい点は、中小企業が地域経済に密接に関係していることです。このところ、都市部と地方の経済格差が広がる方向にあり地方活性化が叫ばれていますが、地方経済の衰退はその地域の中小企業の危機でもあります。信用仲介機能が弱く十分に働いていない中、中小企業の金融円滑化のためにはどうしても公的な支援が必要です。足許、中小企業の支援に関る新しい融資制度や信用保険制度が作られ、また中小企業再生支援協議会の設置、地方自治体が売掛金担保融資制度を設けるなど中小企業支援の動きは活発化しており、この効果はかなり出始めているのではないかと思います。今後、認知度を引上げるとともに、これらの各地の動きをネットワーク化し、広がりを持った施策とする等更なる制度拡充・改善が重要と思います。日銀の中小企業関連資産流動化証券の購入検討についても、実施される運びとなれば中小企業金融円滑化に資するところは大きいと思います。

 また中小企業金融円滑化のためには、民間、特に地方銀行やその他の中小金融機関の役割は重要だと思います。先般、リレーションシップバンキングの機能強化にかかわる金融審議会の報告が出ましたが、その中でも中小企業金融の円滑化と地域経済活性化は密接不可分であり、地域金融機関の得意とするリレーションシップバンキングの機能強化は極めて重要との問題意識が強調されています。このために、金融機関の経営相談や企業支援機能、さらに企業再生支援の機能の強化が求められています。当然これらの機能を強化する一方では、それを支える収益力強化が必要です。これについて答申は、収益管理やリスクの共同管理などによるコスト面の効率化を上げていますが、地域金融機関の収益力強化には、このほかにも様々な方策を検討するべきであろうと思います。

 ところで、報告が、不良債権の処理について大手行のごとく達成期限を明示しなかった点について、問題の先送りとの批判が出ていますが、私は報告の判断は妥当なものと思っています。中小企業の不良債権問題、中小の地域金融機関の不良債権問題については、大企業、大手行と同じ手法での解決は困難、ある種の柔軟な対応はやむを得ないものと思います。いずれにせよ中小企業、地域経済、地域中小金融機関、それぞれの活性化は密接不可分、社会政策や行政制度改革、地方分権にもかかわる問題であり、一体的総合的な取り組みが必要です。公的な支援を行いながら時間をかけていかざるを得ないテーマと考えています。

(3)銀行の収益力強化

 昨年、日銀は不良債権問題の基本的な考え方をまとめ公表しましたが、その中にも述べられているとおり、現在発生している不良債権は、バブルの処理というよりは、日本の経済の大きな構造変化により発生しているものが増えてきているのが実情です。今後の見通しとして、年間100BP程度の比較的高めの与信費用の発生がある程度恒常化するものと見込まれ、今のままでは銀行の業務純益は経費と与信費用でほとんど消えてしまうことになります。銀行はこれをカバーするに十分な業務純益を上げるような収益力の強化が何にも増して必要になるでしょう。そのため、銀行はさらに経営効率を上げるとともに、自分自身の強み弱みを見極め今まで進めてきた選択と集中を一段と徹底することが重要ではないでしょうか。残された時間は少ないと思います。貸出の利鞘の引き上げは少しずつ進んでいるようですが、これだけでは不十分ですし、そもそも日本経済にとっては同じパイの食い合いにすぎません。銀行は顧客にとっての付加価値を高めるような金融サービスの開発と提供に全力を挙げるべきです。ひとつの例ですが、現在大手銀行が進めている業務を分析してみますとアジア関連の国際業務が比較的収益率が高いようです。プロジェクトファイナンスなど付加価値の高い業務のほか、最近の製造業のアジアや中国への進出増加を背景に、進出先での会計や法制などのアドバイス、販売先、取引先の紹介、輸出入為替の取り扱いなど複合的なビジネスチャンスを銀行にもたらしているようです。このチャンスを決定的なものにするのが、国際キャッシュマネージメントサービスによる顧客の囲い込みですが、欧米の銀行に比べまだ圧倒的な格差があるようです。これは収益力の高いひとつのビジネスモデルですが、いずれにせよ漫然と企業の後を追い資金業務を受身にやっているだけではいずれ取引銀行としてお払い箱になるでしょう。複合的、多層的かつナレッジ型の金融サービスを展開しつつ、ITを活用したネットワーク型業務で顧客を積極的に囲い込む、これが収益性を高めるのではないでしょうか。国際業務に限らず国内業務においても、銀行は企業のフォロアー(Follower)として機能するのではなく、自らの強みを生かし積極的に顧客をリードしていく立場に立てるようになる必要があると思います。

 銀行の収益力強化の観点からは公的金融のあり方も問題になります。政府系金融機関の貸出残高は総計で約160兆円超と民間貸出の約25%にも達しています。金融サービスの効率化という立場から公的金融のあり方の議論が行われていますが、「民」にできることは原則「民」に任せ「民」の効率性を活用すべきことは当然です。もちろん、市場メカニズムが働きにくく民間による資金供給が難しい分野には公的金融が補完することは必要です。特に、現在のように民間の信用仲介機能が弱体化している状況では、中小企業金融の分野など直ちには手をつけにくい部分もあります。また、新しく市場を作っていかなければいけないような分野については、単に公的部門を縮小すると言うより、その機能を再検討し民間金融機関との補完関係を高めていくことが効果的であることも考えられます。こうした中、プレゼンスが極めて大きく、かつ民間との機能分化により民間には収益機会を提供しつつ、新しい市場を拡大していくことができると思われる一つの例が住宅金融の分野でしょう。住宅金融公庫については、一昨年末の閣議決定を経て2002年度から5年間で廃止され、証券化支援事業を行う新たな独立行政法人が設置されることが決まっています。現時点では、民間の住宅ローン債権を住宅金融公庫が引き受け証券化する「証券化支援事業」を軸に検討が予定されているようですが、公庫の貸出業務そのものをどうするか方針は決まっていません。一定の条件による低所得者層への貸し出しを除いて貸出業務は民間に任せ、公団は流動化支援に徹し官民協力して住宅ローン流動化証券市場の育成を図るべきです。流動化へのかかわり方も、ストラクチャリングのビジネス機会を民間に広げる趣旨に立てば、住宅金融の専門機関である米国のジニーメイのごとく保証型での関与に徹すべきではないでしょうか。現在、日本の住宅ローンは総額で約180兆円に達しており極めて大きなマーケットです。このうち、約60兆円を超える住宅金融公庫の貸出を民間に任せることは、民間にとって収益機会が追加されることになると同時に、住宅ローン債権の流動化市場を拡大することはいろいろなメリットがあると思います。住宅ローンは質の面で均質性が高くリスクが分散されており、それをバックとした証券は投資家にとって魅力あるものでしょう。民間金融機関が顧客ニーズにマッチした魅力あるローン商品を提供し住宅ローンの残高が増え、また証券化のニーズが高まれば市場の拡大が期待されます。現在、日銀は公庫発行のMBS(Mortgage-Backed Securities)を適格担保としていますが、新しいスキームによって民間のオリジネートしたものも適格担保となる可能性があるでしょうし、また特に、保証型の場合には、市場が拡大し公的な保証が付されれば、買切りオペの対象として検討することもあり得ると思います。

(4)財政の役割

 日本は現在、財政改革、行政改革、産業構造改革、金融構造改革の大きな改革を進めながら循環的構造的デフレと戦っていますが、いずれの改革も一つ一つがそれを達成しようとすると他の改革を妨げる結果をもたらす、あるいはデフレを強めるという矛盾をはらんでいます。前に進むにはいずれの改革を優先するか順序付けを行わなければなりません。確かに膨大な財政赤字の累積は、これ以上持続が困難なところに達していますが、前にも申し上げたとおり凍りついた経済の車輪を動き始めさせるためには、財政による需要の創出は必要ではないでしょうか。現在の厳しい環境の下で金融政策を有効なものとするためには、財政との合わせ業が必要です。と同時に、財政バランス回復に向けての具体的なプロセスを示して財政規律の維持についてのコミットを強め、金融・財政の合わせ業の発動から生じかねない副作用を抑え、国民の将来負担増大への不安感を解消していかねばなりません。まず財政の中身の徹底的な見直しが必要です。波及効果が高く民間の生産性の向上につながる投資や支出に傾斜すべきでしょう。お金を効率的に使うという点では、使い方は民間に任せるべきかもしれません。その意味では民間の投資につながる投資減税や研究開発に対する減税が望まれます。大学にある基礎技術の民間移転促進のためにいわゆるTLO法が制定され、現在全国26機関のTLO(Technology Licensing Organization)が承認済と聞いていますが、企業ベースの基礎研究分野にも税務面でのインセンティブをもっと考えていく必要があると思います。先送りされている年金改革や医療改革、消費税の問題にも手をつけずには前に進めません。金融政策の有効性を高める意味で財政均衡達成へのパスを明示することも重要です。経済財政諮問会議による「改革と展望」のなかで着地は示されていますが、必ずしもそのプロセスは明らかではありません。プロセスを明示することにより財政規律維持のコミットを強めることができれば、金融政策の自由度も高まります。今のままでは、長期金利の安定のために金融政策に過度の負担がかかるのではないかと懸念されるのが実情です。

4.結び

 さて、金融政策を中心にその有効性を高めるための環境整備など縷々述べてきましたが、いろいろな経済金融政策が功を奏し短期的に景気回復の筋道が明らかになったとしても、我が国には多くの中長期的課題、幾多の試練が待ち構えています。例を挙げますと、少子高齢化は今後急速に進みます。日本の場合、アルツハイマーなどの病気の罹患率が高い70歳以上の高齢者の比率が急速に高まることが予想されているため、問題はより一層深刻です。この裏にあるのは、生産年齢人口の減少であり、潜在成長率はマイナスにもなりかねません。何らかの形で付加価値を高め、生産性をあげない限り経済は縮小していきます。付加価値や生産性を高めるためには技術力が必要ですが、この点でも我が国は決して優位にあるわけではありません。科学研究の成果である論文数において日本のシェアは世界2位ですが、質を示すとされる被引用回数を見ると4位になります。技術収支の内容を見ると、殆どが自動車関連の応用技術が稼いでおり、独創性のある基礎技術において遅れているのではと疑問を抱かせます。最近産業界の方に伺いますと「中国を始めアジア諸国は我々の想像以上のスピードでキャッチアップしている。最先端の商品分野で日本がヘゲモニーを握っている分野はなくなった」と言われます。事実、ハイテク分野の日本の輸出額のシェアは年々落ちています。また、グローバリゼーションの進展により、途上国の廉価な労働力の流入が世界的にディスインフレ傾向を強めています。日本のこれまでの成長を支えてきた大量生産・大量輸出のビジネスモデルは途上国にとって替わられつつあります。

 このような中で日本は規制緩和を進め、新規産業の育成・サービス産業の拡大を行い、雇用の受け皿を確保しつつ内需を拡大する、また製造業の分野では高付加価値商品、高度技術開発を中心とする構造にシフトしていくこと、このような動きが今後の必然的な流れになると思います。

 これまでの日本の経済構造は、あまりにも公の部分にリスクや負担を集中させてきました。結果として、その肥大化を招き、民の活力を引き出すインセンテイブが働いてこなかったように思います。ポストグローバリゼーションの先進国経済モデルがどのようなものになっていくかまだ描ききれないところがあり、国際間の経済関係も変化が予想されますが、急速な少子高齢化と製造業の空洞化が同時に起こっている現実を踏まえ、日本としての新しい経済構造の基本的ビジョンを早急に打ち立てねばならないと思います。

 ご清聴有難うございました。

以上