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「日本経済の本年の回顧と来年の展望」

日本経済団体連合会評議員会における総裁挨拶

2006年12月25日
日本銀行

目次

はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、経済界を代表する皆様方の前でお話する機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 2006年も残すところ1週間足らずとなりました。本年を振り返ってみますと、日本経済は、2002年1月以来の息の長い景気回復を続け、いざなぎ景気(4年9ヶ月)を超えて戦後最長の回復局面となりました。そうした中で、金融政策の面でも、3月に量的緩和政策を解除し、7月には金利のある世界に復帰しました。日本経済は、いまだ更なる構造変化に立ち向かっていく過程にある訳ですが、バブル崩壊後の長い調整期間を経て立ちなおり、着実に正常化の道を歩んだ1年だったと思います。本日は、これら1年間の経済・物価情勢の展開や金融政策運営を振り返るとともに、来年に向けた展望をご説明したいと思います。

世界経済の動向

 まず、経済情勢についてお話します。日本経済は、息の長い成長を続けていますが、その背景のひとつは、海外経済の高い成長が続いていることです。今年の世界経済は、IMFによれば、3年連続で5%程度の成長を達成する見込みです。来年も、地域的な拡がりを持ちながら、同程度の成長を続けるという見通しが一般的です。

 リスク要因としては、米国経済の動向が挙げられます。米国では、このところ、住宅投資の減少から景気拡大テンポが鈍化しています。今のところ、個人消費は底堅さを維持しており、減速の度合いは緩やかなものにとどまっていますが、住宅市場の調整が終わった訳ではないので、今後の帰趨やそれが個人消費や生産活動などに与える影響には注意が必要です。また、物価面では、原油価格が幾分下落したとはいえ、コアの消費者物価は高めの上昇率が続いています。基本的には、景気減速につれてインフレ圧力が次第に沈静化し、安定成長に軟着陸する可能性が高いと考えていますが、アップサイド・ダウンサイド双方のリスクを意識しておく必要があると思います。

 その他の地域をみてみますと、中国が力強い拡大を続けたほか、ユーロエリアでも景気回復の動きがより確かなものとなってきています。中東などの産油国、ASEAN諸国などでも好況を続けています。したがって、来年にかけて、米国の景気が減速しても、他の地域の景気拡大がこれを補い、世界経済全体としては拡大を続けるというのが基本的なシナリオです。

企業部門の動向

 日本企業は、皆様方のご努力により、こうした世界経済の好調を業績につなげることに成功しています。本年は、企業収益の好調と設備投資の増加など、企業部門の好調さがますます明確となった1年でもありました。先日公表されました日銀短観によりますと、企業の経常利益は2002年度以降、5年連続の増益の計画であり、売上高経常利益率はバブル期のピークを上回って推移しています。こうしたもとで、企業の業況感は良好さを持続し、設備投資も4年連続の増加の計画となっています。また、前回9月調査との比較においても、収益、設備投資の計画とも、それぞれ上方修正されました。

 ただし、企業が、国内市場のみではなく、拡大する海外市場からの収益機会も意識して、供給体制を強化していることを考えれば、現在の設備投資の増勢は「過熱」という状況ではないと考えています。企業は、資本市場からの規律が高まっているもとで、個々の投資案件の採算性を厳しく見定める姿勢を堅持しておられます。緩和的な金融環境の中にあって、こうした規律の効いた投資活動が今後も維持されていくことは、日本経済が持続可能な安定成長の経路を辿っていくうえで、たいへん重要なポイントだと思っています。

家計部門の動向

 企業部門の好調さは、緩やかに家計部門に波及しています。本年を通じ、雇用者数は着実に増加しており、内訳をみても、パートタイム労働者に加え、フルタイム労働者も着実に増加してきています。本年は新卒採用を増やした企業も多かったとみられます。来年の新卒採用も、短観によりますと、大企業、中小企業とも引き続き増加の計画となっています。労働需給を表す指標は引き締まり傾向を示し、有効求人倍率は年平均で14年振りに1倍を超えることがほぼ確実であり、完全失業率も昨年よりさらに低下しました。賃金についても、残業代やボーナスは増加しており、全体として雇用者所得は増加しています。

 ただし、企業部門の好調さに比べると、家計への波及の進み方が遅いというのも事実です。特に、賃金のうち所定内給与は、前年比でほぼ横這いで推移しています。このことは、戦後最長の景気回復局面といってもなかなか実感が湧かない、という声がよく聞かれることと深い関係があるものと思われます。これには、企業サイド・労働者サイド双方の事情が働いています。まず、企業としては、厳しい国際競争に晒される中で、特に固定的な費用につながりやすい所定内給与の引上げには慎重な姿勢を取っていると考えられます。また、労働者サイドでも、過去の厳しい労働環境の経験から、賃上げよりも安定的な雇用を志向する面がなお残っているとみられます。

 もっとも、わが国の15歳以上人口が頭打ちとなる一方、今後も景気拡大を続ける中で雇用者数の増加が続いていけば、マクロ的な労働需給がさらに引き締まっていくことは避けられません。こうした点を踏まえると、いずれは、賃金に徐々に上昇圧力が高まってくると想定されます。現に、パートタイムや派遣労働者の賃金は上昇しています。

 賃金の上昇がより明確化していけば、所得の伸びは高まり、個人消費の増加基調の持続性を高めていくものと考えています。このところ、個人消費の関連指標には、天候要因や新製品投入前の買い控えなど一時的な要因もあって、やや伸び悩みの動きがみられます。今後とも、その動向は注視する必要がありますが、所得が伸びていくと展望できるのであれば、個人消費も増勢を維持するというのが基本的な見方だと思っています。

 このように、企業部門がやや強め、家計部門がやや弱めとなっている点はありますが、生産・所得・支出の好循環という景気拡大の基本的メカニズムは崩れていないと考えています。ただ、このところ、個人消費や消費者物価などの面で弱めの指標が出ていることも事実であり、今後公表される指標や様々な情報を、引き続き丹念に点検していきたいと思います。

物価情勢

 こうした経済情勢の展開のもとで、物価を巡る環境も徐々にですが、変化しています。先日の短観によると、企業の設備の過剰感は、過去十数年で初めて「不足超」に転じ、企業の人手不足感もはっきりと強まっており、資源の稼動状況は高まっていることがわかります。また、賃金は、緩やかとはいえ、ボーナスや残業代を中心に上昇しており、ユニット・レーバー・コストからの物価下押し圧力は減じてきています。さらに企業や家計の物価見通しも、上方修正されてきています。短観では、販売価格が3か月前に比べて「上昇」したと回答する企業の割合は、足許、90年代初頭以来の高い水準となっています。

 こうしたもとで、国内企業物価の前年比は、原油をはじめとする国際商品市況高を背景に、本年央には3%台半ばまで上昇しました。足許は、原油価格の反落などから伸び率が幾分低下していますが、先行きについては、商品市況や為替相場に左右されるものの、上昇基調を続けるとみられます。

 一方、消費者物価の前年比は、プラス基調で推移していますが、経済の改善に比べると、その上昇率の変化はごく緩やかなものにとどまっています。経済活動に対する物価の感応度が従来に比べて低下している可能性があります。こうした傾向は、近年、わが国だけでなく海外を含めて観察されています。その背景としては、規制緩和や情報通信技術の発達といった要因に加え、経済のグローバル化が影響していると考えられています。例えば、新興諸国から輸入される製品との競合が強まれば、物価上昇圧力は高まりにくくなります。また、先ほど述べたように、激化するグローバルな競争に直面して、企業が賃金の引上げに慎重になれば、物価にも影響を及ぼすと考えられます。特にわが国の場合には、消費者物価上昇率がマイナスの状況から改善してきている過程にありますので、他の主要国に比べても、消費者物価の前年比は低い水準で推移しています。先行きは、経済が息の長い拡大を続ける中で、消費者物価上昇率のプラス幅は徐々に拡大するとみていますが、物価上昇率の拡大テンポがどうなっていくか、引き続き注意してみていく必要があると思います。

本年の金融政策運営

 次に、こうした経済・物価情勢のもとでの金融政策運営についてお話したいと思います。

 まず、本年の金融政策運営を振り返りますと、日本銀行は3月に「量的緩和政策」を解除し、7月には無担保コールレートの誘導目標を「概ねゼロ%」から「0.25%前後」に引上げました。5年振りに「金利のある世界」に復帰したことになります。

 そうした判断を行い得た要因としては、バブル崩壊以降続いていた企業や金融システムにおける構造調整圧力がほぼ払拭された、という点を指摘しておきたいと思います。量的緩和政策の導入当時、日本経済は、世界的なITバブルの崩壊をきっかけに景気後退局面に入っていました。また、金融機関は多額の不良債権を抱え、金融システムに対する不安感が強い状況にありました。こうしたもとで、物価下落と景気悪化の悪循環、すなわち、デフレ・スパイラルに陥る可能性も懸念されました。

 こうした状況に対応して、量的緩和政策は、金融市場の安定と緩和的な金融環境を維持し、経済活動の収縮を回避する上で大きな効果をあげたと思います。企業は、そうした金融環境のもとで、懸命の努力をされ、雇用・設備・債務の3つの過剰を解消しました。また、金融機関は不良債権問題を概ね克服し、金融システムは安定を取り戻しました。銀行の収益は、本年3月期決算において、大手銀行、地域銀行ともに、バブル期を上回る史上最高益となり、今年度上期決算でも高水準が続いています。過去累計で12兆円注入された公的資金も、メガバンクがこの秋で完済するなど、返済の動きが進みました。自己資本の充実を背景に、金融機関のリスクテイク能力は回復しており、融資姿勢が積極化する中で、本年の銀行貸出は、96年以来、10年振りに前年を上回って推移しています。

新たな金融政策運営の枠組み

 このように、日本経済が正常化に向かう中で、金融政策の枠組みもそれをサポートするものに模様替えしました。量的緩和政策のもとでは、消費者物価指数に基づく約束に沿って、金融政策を行ってきました。これは、金利のゼロ制約に直面する中で、敢えて政策の柔軟性を犠牲にすることで金融緩和効果を引き出すための工夫でした。これに対して、量的緩和解除の際に公表した「新たな金融政策運営の枠組み」は、経済・物価の見通しやリスク要因などを示しながら、そのもとでの金融政策運営の考え方を公表するというフォワード・ルッキングな枠組みです。また、その際、政策委員が「中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率」を消費者物価指数の前年比で「0~2%程度」と示し、これを念頭に置いて金融政策を行うこととしました。

 現状に即して言えば、日本経済は来年度にかけて息の長い拡大を続け、消費者物価上昇率は徐々にプラス幅を拡大すると考えられます。これは、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していくということです。これに対するアップサイドのリスクとしては、金融政策面の刺激効果が一段と高まる中で、経済・物価の振幅が大きくなるリスクを、またダウンサイドとしては、景気拡大や物価の上昇が足踏みするリスクを考えています。ただ、現状、これらのリスクのいずれかに偏りがあるという状況ではないと考えられます。こうした点検結果を踏まえ、先行きの金融政策運営としては、見通しに沿って経済・物価情勢が推移していくと見込まれるのであれば、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境を当面維持しながら、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えています。

 もとより、フォワード・ルッキングと言っても、特定の政策金利の水準やタイミングを予め念頭に置いているということではありません。経済や物価情勢に関する情報は毎日新しく加わってきます。それらを丹念に点検したうえで、先行きの日本経済の姿を虚心坦懐に見通して、最善と考えられる判断を下していきたいと考えています。

おわりに

 以上、本年における経済・物価情勢の展開と金融政策運営を、来年の展望を交えながらお話してきました。ご説明したように、日本経済は、来年にかけても緩やかな拡大を続けるとみられます。ただし、より長い目でみると、少子高齢化や財政再建など、わが国が抱える中長期的課題にいかに対応するかが、ますます重要になってきています。これらを解決していくためにも、マクロ経済運営の面では、物価安定のもとで持続的成長を実現していくことが必要です。経済や物価変動の振幅をできるだけ小さくしていくことは、企業や家計が安心して経済活動を営んでいくうえで重要な前提となります。この前提が満たされることは、わが国経済の持つ潜在力が余すことなく実際の経済成長として実現することにつながります。日本銀行としては、こうした望ましい経済の姿を実現していくよう、「新たな金融政策運営の枠組み」を活用し、それにさらに磨きをかけながら、今後とも適切な金融政策運営に努めて参りたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上