公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2009年 > ロンドン証券取引所における白川総裁講演の邦訳「金融危機の予防に向けて:金融市場、金融機関、中央銀行の連関」

【講演】「金融危機の予防に向けて:金融市場、金融機関、中央銀行の連関」

ロンドン証券取引所における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2009年5月13日

PDF(300KB)は、こちらをご覧下さい。

原文(英語)は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

1.はじめに

 シティーの中心に位置するロンドン証券取引所において講演する機会をいただき、たいへん光栄に存じます。日本銀行の総裁がシティーで講演を行うのは初めてのことだと思いますが、本日の機会を設けていただいたロンドン国際金融サービス協会、ロンドン証券取引所、英国ジャパン・ソサエティに対して感謝いたします。これらの3つの団体は、世界の金融センターとしてのシティーの発展に大きな役割を果たしてこられました。

 近代以降、日本もそして日本銀行も、シティーと深い関係にあります。明治政府成立後わずか2年後の1870年に、日本が初めて国債を発行した場所は当地ロンドンでした。この資金調達は東京‐横浜間の鉄道敷設のためでしたが、工事を指導したのはイギリス人技師のエドモンド・モレル氏です。1882年に設立された日本銀行が、1904年に初めて海外事務所を設けた場所も当地シティー(住所は120 Bishopsgate)でした。近代的な銀行業務を理解することは、当時の日本銀行にとって不可欠なことであり、若手スタッフが当地シティーの商業銀行に研修生として派遣されました。そのうち2人は、のちに日本銀行総裁となっています。

 日本銀行のロンドン事務所のトップは、長年に亘りグローバル金融市場の縮図であるロンドンの金融市場の状況を東京へ報告してきました。アーカイブに残されている過去の報告書を読み返すと、金融危機が必ずしも珍しい出来事ではないという事実に改めて驚かされます。危機は頻繁に発生し、不幸なことに、その教訓はしばしば忘れられてきました。

 現在、世界的に最も喫緊の課題は、危機を脱して安定的な経済成長へ復帰することです。しかしながら、同時に将来の危機の予防についても考える必要があります。この点、英国はG20議長国としてリーダーシップを発揮しており、最近も金融サミットも主催し、議論をリードしています。3月には、英国金融サービス機構が「Turner Review」を発表し、危機の要因を検証するとともに、安定的で効率的な銀行システムの構築へ向けた広範な対応策を提示しました。今日の講演では、過去の危機を振り返るとともに、金融市場と金融機関、中央銀行の連関を念頭に置きながら、金融危機の再発を防ぐうえで重要なポイントについて、私なりの考えを申し述べたいと思います。

2.現在の状況

 最初に、日本の経済と金融システムの現状を簡単に説明した後、グローバルな状況にも若干触れたいと思います。日本の金融システムは、複雑な証券化商品に対する邦銀のエクスポージャーが比較的限定的であったことから、2007年夏に最初のショックが発生した後も、安定を維持してきました。リーマン・ブラザーズの破綻後に状況は大きく変わりましたが、日本の金融市場のストレスは、米国や英国、ユーロ圏ほど強いものではありませんでした。例えば、短期金融市場の緊張度合いを表す一つの指標であるLIBOR-OISスプレッドを比較しますと、ドルやユーロ、ポンドの市場では危機前の3~4倍へ急拡大しましたが、円市場では2倍程度の拡大にとどまりました。対照的に、世界的な金融危機の実体経済への影響という面では、2008年第4四半期の日本の実質GDPは年率−12.1%と——急速に状況が変化するもとでは、年率換算はミスリーティングである可能性もありますが——主要国の中で最大の落ち込みとなりました。このように、日本経済は、文字通り「崖から転落」するかのように落ち込みました。これは、世界的な需要減少の影響を受けやすい輸出依存度の高い業種——具体的には自動車、電気機械、一般機械——の鉱工業生産のウェイトが約50%と、米国や英国(同約20%)と比べて高いという事実を反映したものです。足許では、6か月振りに鉱工業生産が増加に転じるなど、明るい兆しも見られており、今後、景気悪化のテンポは徐々に和らぎ、今年末にかけて持ち直していくと予想していますが、引き続き注意深く見ていく必要があります。

 昨年秋以降、世界経済が急激に減速した背景としては、第1に、最も重要な要因として、2000年代央の高成長期に過剰が積み上がったことが挙げられます。信用バブルが世界の幾つかの地域で発生し、金融の混乱とともに急速な巻き戻しが生じました。この過程において、金融と実体経済の負の相乗作用によって悪影響が強まりました。第2に、リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、金融市場で突然かつ急激に信頼が喪失したことです。これにより、実体経済への資金の流れがさらに細り、特にエマージング諸国への資金の流れは急減しました。

 先ほど申し上げたとおり、日本の金融市場は、米国や英国、ユーロ圏と比べると比較的落ち着いていましたが、国際的な金融の混乱の影響は様々な経路を通じてわが国にも伝わっていきました。例えば、外国金融機関は、日本における一部の事業から撤退したほか、円の短期市場におけるプレゼンス——危機前には取引高の半分を超えていましたが——も低下しました。さらに、グローバルな金融市場で発生したショックの影響を受けて、日本のCP・社債市場は機能不全に陥りました。この間、外国金融機関が資本制約を抱えるもとで、邦銀は内外企業からの外貨建て資金需要の増加に直面しました。

 今回の危機は、金融市場と金融システムの状況が実体経済に強い影響を与えること、そして金融市場と金融システムはグローバルに結び付いていることを改めて示しています。

3.謙虚に歴史の教訓を学ぶことの大切さ

 次に、歴史を簡単に振り返り、過去の危機の共通点を挙げてみたいと思います

 歴史を振り返ると、金融危機は繰り返し発生してきました。日本では、第一次世界大戦後、資産バブルの崩壊により深刻な金融危機を経験しました。その後、長期に亘る金融システムの安定期を経て、1990年代後半にも大規模な金融危機が発生しました。不良債権の処理に100兆円を上回る、名目GDP対比で約20%のコストを要し、銀行には12.4兆円の公的資金が注入されました。英国では、1890年代に海外投資バブルの崩壊によってベアリング危機が発生したほか、最近では1970年代に商業用不動産ブームが去った後で中小金融機関の経営危機(Secondary Banking Crisis)を経験しています。

 こうしたエピソードから分かるとおり、我々は、自己満足に陥らないように、謙虚である必要があります。より具体的には、以下の2つの思い込みに陥らないよう注意しなければなりません。思い込みの1つは、良好な経済環境は将来に亘って継続するという予想であり、もう1つは、バブルが破裂しても、事後的に政策当局が積極的な金融政策や財政政策を行うことで適切に対応できるとの見方です。

 全ての金融危機に共通していることは、良好な経済環境が続いた後に発生するという点です。例えば、日本のケースでは、1980年代の後半に、4年間に亘り実質GDP成長率が平均して年率5%を上回る一方で、消費者物価上昇率は若干のマイナスから1%の範囲内で安定的に推移していました。こうしたもとで、「日本経済は新しい時代に入った」との見方が生まれ、株価や地価は急上昇しました。世界的にみても、1980年代半ば以降のいわゆる「大いなる安定(Great Moderation)」期の下で、英国を含む多くの主要国では、GDPとインフレ率の変動率が大幅に低下しました。本日はこの一見したところ「大いなる安定」と見える時期に関する議論には立ち入りませんが、こうしたマクロ経済環境を背景に、中央銀行を含め多くの人が、「安定」に関する誤った認識を持った可能性があります。

 勿論、そのような時期でも、警告は発せられていました。1980年代後半に日本銀行の幹部は、危険な状況を説明する際にしばしば「乾いた薪」という表現を用いていましたし、1990年にはより明確な警告を発するため、英国における中小金融機関の経営危機(Secondary Banking Crisis)と日本の金融界にとっての教訓を扱った研究論文を発表しました。当地英国でも、例えばイングランド銀行は、今回の金融危機に先立って、金融安定レポート(Financial Stability Report)の中で、市場のリスク・プレミアムが異例に低いことやリスク評価の急変によって資産価格が急落する可能性について繰り返し懸念を表明していました。それにもかかわらず、「今回はこれまでとは違う」というメンタリティーが、その時点では説得力があるように聞こえる理屈と相まって、支配的になる傾向があります。警告はしばしば無視され、パーティーで参加者が踊っている間は音楽にかき消されてしまいます。

 危機は繰り返し起きているにもかかわらず、我々はなぜ教訓から学ぶことができないのでしょうか。

 第1に、記憶は薄れてしまうからです。先程申し上げたとおり、金融危機の下でも、わが国の金融機関は相対的に健全性を維持しています。幸運なことに90年代の日本の危機からそれ程長い時間が経っていなかったため、経営陣はその際の痛みを鮮明に覚えており、複雑な形でリスクを取ることに対して慎重でした。ただし、将来も同様であるとは限りません。

 第2に、危機を直接経験せず、他国で起きたバブル崩壊やショックを傍観したり書物で読んだりするだけでは、危機の教訓を学んで必要な予防策を採ることは難しいからです。日本の危機について書かれた文献は多くありましたし、実際幅広く読まれていた筈ですが、その教訓が正しく認識されていたかどうかは疑問です。

 第3に、危機は毎回異なった形で現れるからです。日本の危機と現在の世界的な危機には、共通点が多くありますが、違いも多くあります。日本のケースでは、不良債権のほとんどは銀行の商業用不動産向け貸出であり、本質的には国内の銀行セクターの問題でした。これに対し、現在の危機はグローバルな性格のものであり、銀行セクターと資本市場の双方に跨っています。また、CDOスクエアードやオフバランスシート・ビークルなど複雑な商品や仕組みの形を採っているため、危機の性質を複雑なものにしています。

 さらに、現在の危機の前には、たとえバブルが崩壊しても事後的に積極的な金融緩和を講じることによって経済の急激な悪化は避けられる、という見方が政策当局や学界の中で広く受け入れられていました。ただ、私自身は懐疑的でした。しかし今や、危機が長期化するに連れて、こうした見方は急速に後退しています。中央銀行の政策金利はゼロに近付き、バランスシートは大幅に拡大しています。信用緩和政策(credit easing)を採用した中央銀行もあります。しかし、金融システムと実体経済の負の相乗作用は、一部には多少改善の兆しも見られるとはいえ、根強く残っています。先程述べたような無邪気で楽観的な見方を無条件に信奉することは今やできないでしょう。

 要するに、政策当局や民間経済主体、学界は、いずれも謙虚である必要があるということです。金融と経済の間の相互関係やダイナミクスを完全に理解することは、大変難しいことです。

4.国際金融システムの再構築へ向けて

 金融機関が抱える問題の本質は多岐に亘るものですが、その徴候は、典型的には流動性や自己資本の不足の形で現れます。問題は、2007年夏の時点では、何ら明確な兆しがなく、金融環境は極めて強靭と思われていたということです。資産ベースで世界の上位20の商業銀行——そのほとんどは米国、英国、ユーロ圏、日本の銀行ですが——の自己資本比率は、10~14%の範囲にあり(特に11~12%に集中していました)、規制上の最低自己資本比率を十分に上回っていました。流動性の面でも、極めて低いLIBOR-OISスプレッドや複雑な証券化商品の狭いビッド・アスク・スプレッドに現れていたように、潤沢な流動性が存在するという感覚が広がっていました。

 しかしながら、その後の状況変化はほとんど想像もしないものでした。上述した20行のうち半数以上は公的資本の注入を受けることになりましたし、市場流動性の急激な低下により短期金融市場での資金調達が困難になったことから、多くの銀行は資金流動性の問題に直面しました。中には預金流出に見舞われた銀行もありました。

 なぜ、市場参加者や当局は、差し迫ったリスクに対する警戒を怠ったのでしょうか。なぜ、水面下の問題を発見してリスクを削減する措置を採ることができなかったのでしょうか。この点に関して私が重要と考える3つの点を指摘したいと思います。

 第1に、今日の金融市場においては、資金流動性と市場流動性の双方を慎重に評価することが必要ということです。これには2つの側面があります。1つは、流動性と自己資本の相互関係です。たとえば、一部の証券化商品などの複雑な商品については、価格評価とリスクをカバーするために必要な自己資本の水準は、市場流動性と資金流動性の双方に依存しています。規模の小さい市場では、市場流動性が低下すると価格が急落し、銀行の収益や自己資本水準に対する下押し圧力となります。また、主要なディーラーの自己資本が不足すると、マーケットメイク活動に制約が生じ、さらに市場流動性が低下することになります。つまり、所要自己資本の水準は、原資産の信用リスクだけでなく、市場流動性リスクの評価に大きく依存するということです。また、安定的な市場環境のもとで、市場参加者が似通ったポジションを積み上げることから生じるリスクも存在します。こうした状況のもとで、市場環境が悪化すると、皆がポジションの解消を急ぎ、市場の緊張がさらに高まる結果、価格の下落を引き起こします。2つ目の側面は、長期の資産を短期の負債でカバーする場合の流動性ミスマッチです。このこと自体は銀行業に伴う根源的なリスクですが、危機の前の局面では過小評価されていたように思われます。危機以前は、CP市場やインターバンク市場は常に機能し、充分な流動性が確保できると想定されており、これが、たとえばSIVsなどでの大規模な流動性ミスマッチの拡大に繋がりました。AAA格資産の価値評価は疑われることもなく、ほとんどリスクがないとみなされていました。市場規模や商品の複雑さに関係なく、必要になればいつでも売却してキャッシュを調達できるとの判断の下、流動性リスクが一層積み上がりました。

 第2に、レバレッジが積み上がるメカニズムと、その巻き戻しがもたらす影響を理解することが不可欠ということです。市場の混乱が始まる前には、レポなどの伝統的な手法とオフバランスシート・ビークルや証券化商品といった非伝統的な手法の両方を通じてレバレッジが拡大していました。レバレッジ拡大の多くは伝統的な金融機関の外側で生じており、世界中の様々な投資家が保有する複雑な商品に内包されました。その結果、金融システム全体のレバレッジの水準や、一旦巻き戻しが起こった場合の悪影響の大きさについて、誰も正確に把握することができなくなりました。

 第3に、分散投資とヘッジ戦略の効果を正しく認識することが重要ということです。市場参加者は、完全には分散またはヘッジすることができないリスクも存在することを理解する必要があります。たとえば、住宅ローン担保証券(Mortgage Backed Securities)は、全国的な住宅価格の下落といったマクロ的なショックから生じるリスクを回避することはできません。また、ヘッジにはカウンターパーティー・リスクやベーシス・リスクがつきものです。AAA格の取引相手だからといってリスクがない訳ではありません。更に、極端なストレス時においては、ヘッジ戦略の効果は低下します。つまり、通常の市場環境の下ではヘッジされたように見えるリスクも、安定的な市場環境が崩れると、復活してくる可能性があるということです。

 グローバルな金融危機の原因は多面的であり、教訓や改善すべき点は少なくありません。既に他でも再三指摘されていることの繰り返しとなりますが、その教訓としては、(1)市場参加者によるリスク管理の改善、(2)市場規律を高める観点からのディスクロージャーと透明性の向上、(3)当局による規制の改善と監督の強化、(4)当局間の国際的連携の一層の強化などが指摘できます。

 もとより、これらは全て重要な点ではありますが、以下では、中央銀行の視点から、国際金融システムを再構築していくうえで、私自身が重要と考えている二つの視点についてお話しします。

システム全体のリスク評価

 第1の視点は、システム全体としてのリスク評価です。まず、金融システムの総合的なリスクはマクロの観点から評価する必要があります。金融システムやひいては経済全体のリスクは、個別金融機関のリスクを単純に足し合わせたものではないからです。

 過剰が積み上がっている間、金融機関の経営陣は金融市場間の連関や、実体経済と金融市場の相互作用を充分に認識していませんでした。当局は、金融システムの安定にとって重要なシステム全体の分析を行うというよりも、個別金融機関に対する規制・監督に目を向けがちでした。

 システム全体のリスクは2つの軸で評価する必要があります。1つは、個々の商品やリスク、金融機関の違いを超えた、ある一時点における横断的な評価です。様々な種類のリスクがどう分散あるいは集中しているか、それらのリスクが市場でどう相互に作用しているかという点を評価する必要があります。2つ目は、時間の経過に伴うリスクのダイナミックな変化の検証です。これがいわゆる「プロシクリカリティ」の問題ですが、この点は後で触れたいと思います。良好な経済市場環境の下では問題とならないようなリスク量も、ストレス時には急激に増加することがあります。したがって、マクロ経済環境に応じて変化するリスクについては、慎重な検証が必要です。こうした評価作業は容易ではありませんが、現在のグローバル化し、変化の早い金融システムの状況のもとでは、不可欠です。

プロシクリカリティの緩和

 2番目の視点は、プロシクリカリティ、すなわち、金融と実体経済の間の相互作用に関するものです。

 金融機関がビジネス上の意思決定を行う際、システム全体へ与える影響を考慮するかと言えば、自然体ではおそらく無理だと思います。金融機関は激しい競争圧力にさらされています。そもそもプロシクリカリティは人間の本質を反映したもので、短期的な収益を重視する報酬スキームなどによって増幅されることもあります。

 マクロ経済や金融環境も、プロシクリカルな行動に影響を与えます。2000年初以降、低インフレの下での金利低下を受けて、銀行を始めとする市場参加者は、当初、長期資産の保有を増やすことでデュレーション・リスクを増加させました。その後は、投資対象商品を拡大することにより、より積極的に信用リスクを取りました。さらに、収益増加に対する圧力が強まる中、今度はレバレッジを高めました。これがいわゆる「search for yield(利回りの追求)」ですが、市場における競争圧力を考えると、こうした個々の市場参加者の行動自体は極めて合理的なものです。個々のリスクについての個別金融機関の管理は適切に見えたかもしれませんが、システム全体でみるとリスクが積み上がっていきました。

 それでは、プロシクリカルな行動を通じたリスクの積み上がりを避けるためには何が必要でしょうか。

 先ず、適切なインセンティブ構造が規制や市場慣行に盛り込まれる必要があります。たとえば、金融機関のリスク特性と経営陣の報酬体系の計測期間が整合的である必要があります。金融安定化フォーラムが先月公表した「健全な報酬慣行に関する原則」は、この点を強調していますし、こうした視点は会計やディスクロージャーに関しても重要です。

 インセンティブの問題は、ミクロレベルだけでなくマクロレベルでも重要です。経済主体の行動は、経済や市場全体の状況に大きく影響されます。ライバル企業が低金利環境下で新たな戦略を通じて超過リターンを上げているとき、企業のインセンティブは明白です。今や有名となった発言のとおり、「音楽に合わせて誰もが踊っているとき、パーティーに参加しないことは難しい」のです。だからこそ、プロシクリカリティを緩和するような政策が不可欠になってきます。

 既にバーゼル銀行監督委員会や金融安定化フォーラム(現金融安定理事会)などの様々なフォーラムにおいて、現行規制が潜在的に有するプロシクリカルな要素を検証する作業が行われており、規制上の所要自己資本や引当て、価格評価など、今後取り組んでいかなければならない主要な分野が明らかにされています。ストレス時におけるショックを吸収するため、好況時に資本のバッファーやクッションを積み上げる仕組みを構築することが必要であり、こうした方向に銀行行動を導くような政策手段が求められています。現在、作業は進められていますが、こうした考え方を具体化させることには大きな困難が伴います。政策手段は、金融経済環境の変化や個別金融機関に固有な事情に対応できるよう、ダイナミックかつ柔軟である必要があります。同時に、透明性があり、市場参加者がその効果と公平性について信頼を持てるものでなくてはなりません。こうした複数の条件を満たすことは容易ではありませんが、専門家による議論によって実のある結論が導かれると信じています。重要なことは、持続的な解決策に至るために、十分な時間をかけて問題の核心に迫ることです。

5.中央銀行の対応

 最後に、金融危機の予防に関する中央銀行の役割についてお話ししたいと思います。中央銀行は、無制限の流動性を供給する唯一の主体であり、金融経済環境の安定確保に責任を負っています。それぞれの中央銀行によって細かな違いはありますが、中央銀行の役割には、(1)物価安定を目的とした金融政策の運営、(2)最後の貸し手機能、(3)決済システムの運営・オーバーサイト、(4)(国によっては)中央銀行における銀行監督、が含まれるというのが伝統的な考え方です。以下では、中央銀行の役割について、これらとはやや異なる4つの角度からお話ししたいと思います。

システム全体の分析者としての中央銀行

 第1に、中央銀行は、システム全体の分析を行う存在です。こうした包括的な視点から分析を行うためには、金融機関の経営陣と建設的な対話を行うスタッフの能力と金融機関実務に対する直接的な知識の両方が極めて重要です。日本銀行の経験では、考査やオフサイト・モニタリングといったミクロレベルの手段は、非常に有益です。日本銀行が考査を開始したのは1928年に遡りますが、これは1920年代後半の金融危機の経験を踏まえたものでした。その後、考査の法的根拠は、1998年に全面改正された新日本銀行法で明確化されました。実際には、考査を日々の流動性モニタリングを含めたオフサイト・モニタリングで補完することにより、金融システム全体のリスクを継続的に評価できる仕組みとなっています。マクロ・プルーデンス政策の最終的な責任を負う主体が誰であろうと、中央銀行は他の組織にはない機能を有しているが故に一定の役割を果たす必要があります。中央銀行はマクロ経済分析面で技能と経験を有しており、リサーチの重要性を重視する組織文化が根付いています。さらに、市場参加者とのやり取りを通じた情報へのアクセス、銀行業務を行なう中で得られる決済システムに関する専門的知識も蓄積しています。これらは全て、システム全体の効果的な分析を行う基礎となるものです。

金融システムの「配管」を司る主体としての中央銀行

 第2に、中央銀行は「配管工」(plumber)とも言うべき存在です。中央銀行の機能の中では、一般には金融政策に焦点が当てられることが多く、とりわけ近年では短期金利の操作という狭い範囲に限定して考えられる傾向にあります。しかし、中央銀行関係者が長年に亘って強調してきたように、金融政策の効果を高め、金融システムの安定を維持するためには、頑健な決済システムの構築を含めた様々な「配管工事」が必要となってきます。市場にとっては、商品間や市場参加者間、時差や地域をまたがって、流動性が円滑かつ効率的に流れるようなインフラが必要です。先程申し上げたとおり、現在の危機は、流動性の重要性を再認識させるものです。このため、中央銀行が最後の貸し手として流動性を供給する必要があることは当然のことです。しかし、それだけで十分ではありません。平時には必ずしも充分に理解されてはいませんが、中央銀行の配管工としての役割は極めて大切です。たとえば、為替スワップ市場は、銀行の外貨建て資金(特に米ドル)調達に用いられています。メディアで取上げられることはほとんどありませんが、時差のある地域との外国為替取引において、CLS(Continuous Linked Settlement)の存在により、いわゆるヘルシュタット・リスクが最小化されています。このリスクは、世界中で最初に市場が開く日本のような国にとって、大変重要です。このシステムがなければ、今次危機下での市場の混乱はさらに深刻なものとなったと思われます。主要中央銀行は、CLS銀行の設立の際、目立ちませんが大事な役割を果たしました。他の分野でも、銀行の資産を中央銀行担保として効率的に受け入れることにより、市場参加者に十分な流動性が行き渡るようにしています。こうしたインフラは、ストレス時には一層重要となります。また、米ドル資金を米国以外の中央銀行が供給するといった外貨資金供給オペも、市場が機能不全に陥っている際に、流動性を必要な先に行き渡らせる一つの方法です。

グローバルなネットワークとしての中央銀行

 第3に、中央銀行はグローバルに密接に結び付いたネットワークの一部です。言うまでもなく単一のグローバル通貨というものは存在しませんが、金融市場がグローバル化していることは事実です。ノーベル経済学賞受賞者である英国の経済学者、ヒックス卿は40年前に、グローバル化した金融市場においては「各国の中央銀行はもはや真の中央銀行ではなく」、「世界的なシステムにおける1つの銀行」になるとの鋭い予言を行いました。勿論、各中央銀行はそれぞれの法域において伝統的な役割を引続き担う必要がありますが、金融システムがグローバル化する中で、情報交換や中央銀行サービスの調和など、中央銀行間の協力関係の重要性はかつてないほど高まっています。

長期的な観点を持った主体としての中央銀行

 第4に、経済や金融市場は常に変化しており、将来を全て見通して詳細なルールを事前に策定することは現実的ではありません。中央銀行は、こうしたルールの限界を補う存在です。最近の金融政策面での経験はその良い例です。全ての中央銀行は、経済の持続的な成長の前提である物価安定の維持という長期的な目標を有しています。問題は物価安定をどう定義し、物価安定を実現するかです。ほとんどの中央銀行は、理解や定義、目標といった違いはありますが、物価安定について数値を用いて表現しています。日本銀行の場合は、「中長期的な物価安定の理解」として数値で表しており、英国はインフレーション・ターゲティングの枠組みを採用しています。独立した中央銀行として金融政策の運営上説明責任を有しているため、これらの数値は重要な役割を果たしています。しかしながら、中央銀行が特定の数字を提示することにより、中央銀行が短期的な物価上昇率だけに着目しているという認識を社会全体が持ってしまうと、低インフレと金融経済活動の過剰なブームが共存するときにバブルの発生が助長されるといった意図せぬ結果に繋がる可能性もあります。そうなると、物価安定の維持と金融システムの安定という長期的な目標を達成する妨げとなりかねません。

 一般物価が安定する中で信用バブルが発生する時に、本質的な問題が生じます。一般物価が安定していることをもって中央銀行は引締めを控えるべきでしょうか。金融機関の経営陣にとって、短期的なROE目標に代表されるような「短期指向」(short-termism)に屈しないことが重要であるように、中央銀行は長期的な物価安定と金融システムの安定に焦点を合わせることが必要です。物価の安定が重要であることは言うまでもありませんが、仮に中央銀行が狭く解釈された物価安定というレンズを通してしか経済を見ないようになれば、重大な不均衡を見逃してしまうことにもなりかねません。ミルトン・フリードマン教授は、有名な1968年のアメリカ経済学会における会長講演において、金融政策の役割は、金融市場と金融システムの円滑な機能を維持すること、および物価安定の2つと説明しました。大変興味深いのは、フリードマン教授は金融政策という用語を今日の定義より広い意味で使っていることです。それでは、中央銀行の2つの目的を切り離し、2つの別々の政策手段をそれぞれに割り当てることは適切でしょうか。言い換えると、物価安定の維持のために金利政策を用いる一方、金融システム安定のために別のマクロ・プルーデンスの政策手段を導入すべきでしょうか。私自身は、2つの目的は密接に関連しており、長期的にみれば、他方の達成なくしてもう片方の目的を達成することは不可能と考えています。このため、2つの別々の政策手段を用意することは現実的ではありません。むしろ、中央銀行には、2つの分けることのできない長期的な目標を達成するために、複数の政策手段が用意された1つの大きな道具箱が必要です。中央銀行にとって、長期的な視点に沿って政策を実施しながら、その意図と考え方を短期的な動きに影響されがちな社会に対して説明していくことは、極めて困難な仕事であり、大きな課題です。

6.おわりに

 現在、将来の危機を予防するための新しい金融システムの枠組みやルールの構築に向けた議論が国際的に進行しています。しかしながら、新たな枠組みやルールそれだけでは充分ではありません。技術進歩やイノベーションを通じて、金融商品や金融機関、市場は急速に進歩しますが、ルール——特に国際的なルール——は必要な手続きを経た後に実施に移されることが求められるため、必然的に後追い的になります。もとより、専門的判断を用いながら、既存のルールを新たな環境に合わせて適用していくことは重要なことです。しかし、予見できないような将来の事象を想定しても、経済主体の間で常に望ましい対応を導くようなルールを用意することはできません。この点、中央銀行は、マクロ政策に関する技能や経験、金融市場における特別な立場を通じて、マクロ・プルーデンス政策といった分野での政策的議論に貢献することができます。

 中央銀行は、実体経済と金融システムの双方に関するマクロ的な視点と、決済システムについての「配管工」としての専門的知識、市場参加者とのやり取りを通じて得られるリアルタイムの知見を有する主体として、将来の危機を予防する上で重要な役割を果たすことができますし、また果たしていかなければなりません。これは中央銀行にとって大きな責任を伴うものです。中央銀行は、他の当局とともに、こうした役割をしっかりと果たすことができるよう、各中央銀行自ら、また他の中央銀行との協調のもとで、幅広く取り組んでいく必要があります。さらに、金融機関やその他の市場参加者との緊密な協力も不可欠です。

 ご清聴ありがとうございました。

以上

引用文献

  1. 英国金融サービス機構(2009)、"The Turner Review"
  2. 白川方明(2009)、「経済・金融危機からの脱却:教訓と政策対応」(ジャパン・ソサエティNYにおける講演)
  3. Mervin King(2009), "Finance: A Return From Risk"(Mansion Houseにおける講演)
  4. 金融安定化フォーラム(2009)、「健全な報酬慣行に関する原則(Principles for Sound Compensation Practices)」
  5. 例えば、Paul Tucker(2009), "Remarks at The Turner Review Conference"を参照
  6. John T. Hicks(1969), "Critical Essays In Monetary Policy"
  7. Milton Friedman(1968), "The Role of Monetary Policy"