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【講演】「金融危機1年、若干の感想」

第4回ユーロマネー日本資本市場コングレスにおける講演

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2009年9月18日

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英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 本日は、ユーロマネー主催の「第4回日本資本市場コングレス」にお招き頂き、ありがとうございます。

 1年前のリーマン・ブラザーズ破綻を契機に、世界の金融資本市場は、かつてない混乱に陥ることとなりました。幸い、足元の状況は一頃に比べれば、大きく改善していますが、まだ十分に危機を克服したとまでは言えません。本日は、この1年の金融経済の動きを振り返りつつ、それを踏まえた私の若干の感想について、お話ししたいと思います。

リーマン・ブラザーズ破綻後の金融経済情勢

 昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、国際金融資本市場の状況は一変しました。市場参加者は、カウンターパーティー・リスクへの警戒感を強め、そのため市場での取引量は急減し、市場流動性は大幅に低下しました。クレジット市場でのスプレッドは拡大し、証券化商品をはじめとする金融商品の価格は急落しました。その結果、多くの国の金融機関で経営不安や破綻が相次ぎ、金融システム不安が深刻化しました。金融機関から企業や消費者への信用供与は著しく減少し、世界的な信用収縮が起こりました。金融システムや金融市場が円滑に機能するために最も重要な「信認」という要素は、ほぼ失墜するに至りました。

 この間、世界経済は同時かつ急速に落ち込みました。住宅投資、個人消費、設備投資といった最終需要は急減し、このため在庫調整と生産調整が大規模に行われました。こうした実体経済の悪化は、企業や消費者の不安心理の拡がりとも相俟って、金融システムの機能不全を一段と強め、それがまた実体経済をさらに悪化させるというマイナスのスパイラル、いわゆる「金融と実体経済の負の相乗作用」をグローバルに生じさせることとなりました。

 一方、わが国においても、CP市場や社債市場の機能が大きく毀損されたほか、LIBOR−OISスプレッドの急拡大に現われたように短期金融市場における緊張も高まりました。しかし、リーマン・ブラザーズ破綻後、金融市場や金融システムにかかったストレスは、わが国金融機関の証券化商品等へのエクスポージャーが小さかったこともあって、米欧に比べれば相対的には小規模なものでありました。これに対して、実体経済の減速度合いは、米欧に比べむしろ大幅でした。世界的な耐久消費財や資本財等の在庫積み上がりとその調整のための大規模な減産を背景に、わが国が得意とする自動車、電気機械、一般機械等の輸出が、過去に例をみない落ち込みをみせたからです。それに合わせて生産も大きく減少しました。

 このようにわが国を含めて地球規模で生じた金融経済活動の急激な収縮の背景には、2000年代半ばにかけての米欧を中心とした様々な過剰の蓄積と、その巻き戻しの過程で生じる企業や消費者のバランスシート調整という要因が作用しています。世界経済は、2000年代央には、5%前後というかつてない高成長を続けました。これほどの高成長にもかかわらず、物価は総じて安定し、そうした中で、世界的に金融緩和が長く続きました。「高成長、低インフレ、金融緩和」という良好な環境が続き、今となっては信じられないような先行きへの楽観論があふれるとともに、折から、著しい進展をみていた金融技術の高度化に対する過信も拡がりました。こうした中で、信用量やレバレッジの増大、資産価格の上昇といった不均衡が広範に蓄積されていきました。昨年秋以降起こっていることは、本質的には、こうして蓄積された不均衡の調整過程、表現を換えると、世界的な信用バブルの生成とその崩壊の過程ということができます。

 もっとも、世界経済は、今年の春頃からは、下げ止まりの動きをみせています。その背景として、各国の中央銀行による潤沢な資金供給や、政府による米欧金融機関への積極的な公的資本注入や債務保証などの効果から、市場参加者の極端な不安心理が後退し、国際金融資本市場が安定を取り戻しつつあることが挙げられます。また、大幅な減産により在庫調整が世界的に進展したこと、各国における大規模な景気刺激策の効果が現われてきていることも指摘できます。こうした世界経済の動きを背景に、わが国経済も前向きのメカニズムが作動するようになっています。自動車や電子部品を中心に輸出や生産の回復傾向が明確化しています。公共投資などの財政措置も経済活動を下支えしています。

 先行きについてみると、世界経済の持ち直しに向けた動きは、暫く継続するとみられます。このところ新興国の回復傾向が明確となっていることは心強い材料です。このため、わが国経済も、本年度後半以降、持ち直していくものとみています。もちろん、今程述べましたように、現在の世界経済には、企業や消費者のバランスシート調整という要因が働いています。それだけに、今後の世界経済回復のモメンタムは、バランスシート調整がどう進むかに大きく依存していますし、日本経済もその影響の埒外ではありません。したがって、只今申し述べた見通しを巡っては、依然大きな不確実性があると考えています。日本銀行としては、様々なリスク要因にも十分注意しながら、引き続き、内外の金融経済情勢を丹念に点検していきたいと考えています。

若干の感想

 以上のように、今回の金融危機と実体経済の大幅な変動を改めて確認して、私は、幾つかの感想ないし疑問を持ちました。一つは、金融技術の高度化は、リスクの制御という面でどの程度有効性を持つのか、二つめは、良好な金融経済環境が続くことが、経済主体あるいは市場参加者の行き過ぎた行動を促し、かえって将来の大幅な経済変動を引き起こす原因になり得る、という矛盾を克服できるのか、三つめは、どのようなショックの下にあっても、常に高い市場流動性を維持することは可能か、四つめは、市場参加者の極端な不安心理は、どのようにすればコントロールできるのか、といった点です。いずれも容易には答えを出しにくい難問です。本日は、相互に関連する面もある、最初の二つの点について、私なりの考え方を整理し、皆様方の議論の参考に供したいと思います。

金融技術の高度化とリスク制御 ──「自己規律」の重要性

 まず最初に、金融技術の高度化は、リスク制御という面でどの程度有効性を持つのか、やや極端な表現をすれば、この間の経験を踏まえると所詮無力ではなかったか、という点について考えてみたいと思います。近年、急速に発達した金融工学は、もともと、リスクを制御する技術として、すなわち、金融商品にかかるリスクを分解し、制御する方法論として発達したものです。実際、こうした金融技術の高度化によって、様々な投資家のリスクの選好度合いに応じて、様々な金融商品を設計できるようになり、結果として、金融資本市場は多様で厚みのあるものとなりました。

 今回の金融危機の出発点となった証券化商品にしても、通常の融資活動や債券投資に付随するリスクを踏まえた上で、これらを抑制するために様々な工夫を凝らしたものです。例えば、裏付け資産から得られるキャッシュフローの倒産隔離や、トランシェ分けによるリスク・バッファーなどによって、投資の安全性は向上し、信用リスクの移転が容易になりました。また、クレジット・デフォルト・スワップ取引も、信用リスクの移転を促しました。これらの手法を通じて、証券化商品やその取引に伴うリスクは的確にコントロールされ得るものと考えられました。

 しかしながら、現実は異なりました。実際に混乱が生ずると大規模なリスクが表面化し、当初想定されていたリスク制御の方法論が機能しなかったことが判明しました。ここで重要なことは、問題の原因が、複雑な証券化技術そのものにあったというよりも、実は、より単純なリスク要素に対する評価の甘さにあったということです。すなわち、原債務者の信用リスク、リスクのモニタリング、投資ビークル等の流動性リスク、リスク間の相関の程度、といった、いわばリスク管理の基本というべき事項がなおざりになっていました。さらに、金融資本市場に大きなストレスがかかった時の、テールリスクへの備えが十分でなかった点も忘れてはなりません。このように考えると、問題の本質は、利益追求を至上命題とする市場参加者の行動様式の下で緩に流れたリスク評価と、いわゆる情報の非対称性に根差すエージェンシー問題の二つに帰着するように思います。

 もちろん、こうした問題の解決は簡単ではありません。規制強化や高度な金融技術の導入をもってしても、リスクを全て制御することはできませんし、エージェンシー問題を完璧に解決することもできません。また、利益追求が市場参加者にとっての基本的なインセンティブである以上、市場環境次第でリスク評価が甘くなることは、人間の本性に由来している面もあるように思います。

 私は、金融技術の高度化によるリスク管理の充実の意義を否定する訳ではありませんが、金融技術でもって、人間の本性や心理をコントロールすることは多分難しいと思います。何よりも重要なことは、市場参加者がリスク管理のための金融技術に過度の安心感を抱くことなく、肝心のリスク感覚を常に麻痺させない努力、つまり「自己規律」を保つことです。制御し切れないリスクとエージェンシー問題に残る未解決の部分を、この「自己規律」によって、多少とも埋めることができるのではないかと考えています。規制や高度な金融技術は、市場参加者自身の「自己規律」を代替するものではないということを、私達は改めて認識する必要があるように思います。その意味で、現在、世界的に議論されている金融監督や規制のあり方についても、単に強化されたルールを他律的に守らせるということではなく、市場参加者の「自己規律」を強化する方向で働くかどうかという観点から、注意深く制度設計を行うことが必要です。

市場参加者の行き過ぎた行動の抑止 ──「常識」の共有

 次に、経済主体あるいは市場参加者の行き過ぎた行動を未然に抑止する方策はないか、といった点について考えてみたいと思います。

 先程述べたように、今回の金融危機の本質は、2000年代半ばにかけて蓄積された不均衡の調整過程ということです。金融経済面の行き過ぎとその調整という現象は、世界的にはこれまでも幾度となく繰り返されてきました。その度に、原因と再発防止策が真剣に議論され、制度や規制面などにおいて必要な改善が図られてきました。しかしながら、そうした努力にもかかわらず、今回再び不均衡の蓄積と金融危機の発生を許してしまいました。

 なぜこのように金融経済活動の行き過ぎが繰り返されるのでしょうか。歴史に学べない人間の性とも言うべきものがあることも、事実だと思います。経済が良好な状態を長く続けると、「今回はかつてとは違う」ということを説明する、もっともらしい理屈が現われることがこれまでの常でした。わが国のバブル時の「東京の国際金融センター化」というストーリーや、ITバブルの際の米国における「ニューエコノミー論」を挙げるまでもありません。こうした新しい理屈に対して、歴史の教訓とそれを踏まえた先行き懸念だけで反駁することは到底困難です。とはいえ、御し難い人間の性にすべての責任を帰してしまうのもまた行き過ぎです。

 多少とも本質に迫るためには、資本主義経済の下における市場参加者のインセンティブの問題に目を向ける必要があると思います。市場参加者は自らの利益の追求を至上命題として行動している訳であり、自らの行動が市場全体、ひいては経済全体のパフォーマンスにどう影響するかについては、通常関心を持ちません。結果として、経済全般に過剰が蓄積され、その調整とともに経済が大きく変動するといった事態が生じたとしても、利益が得られる限り、個々の市場参加者にとっては、少なくとも短期的には、合理的な行動ということになるのです。一方、政策当局は、個々の市場参加者の利益追求を阻害することを直接の目的とすることはありませんが、当然のことながら、経済全体のパフォーマンスをいかに良くするか、という点に行動原理としてのインセンティブがあります。

 こうした個々の市場参加者のインセンティブと政策当局のインセンティブは、短期的には対立することがあり得ますが、長い目でみれば両立するはずです。従って、長い目でみての両者のインセンティブの調整をどのように行い、実際の市場参加者の行動と政策当局の行動にどう反映させていくかが重要になります。

 ここでも正確な答えを出すのは容易ではありません。ただ、政策当局と市場参加者との間で、これまでの金融危機から得られた教訓を一つの「常識」として、広く共有することができれば、インセンティブのあり方が変わり、市場参加者の行動の行き過ぎを小さくすることができるのではないかと考えています。教訓といっても大袈裟なことではありません。「良好な金融経済環境が長く続くと、様々な過剰が蓄積され、結果として、その後の経済変動を非常に大きくしてしまう可能性がある」といった程度のことです。もちろん、この教訓あるいは「常識」を実際の政策対応に活かしていくとなると、様々な困難を伴うことは想像に難くありません。しかし、こうした「常識」が広く共有されているのと、いないのとでは、結果は随分違うはずです。

 最近、危機防止のための方法論の一つとして、マクロ・プルーデンスという考え方が議論されるようになっています。そのための具体的な制度設計は今後の課題ですが、私は、今申し述べたような「常識」を政策当局と市場参加者が共有することが、マクロ・プルーデンスの議論の出発点になるように思います。私どもとしては、金融危機の教訓を折に触れて確認しながら、それを「常識」として多くの人々と共有することを通じて、政策運営の機動性を確保し、将来の金融危機の可能性を少しでも小さくしていきたいと考えています。

日本銀行の企業金融円滑化措置

 最後にやや横道にそれますが、日本銀行が、昨年末来実施している企業金融円滑化のための措置について、簡単にお話ししたいと思います。日本銀行は昨年秋以降、企業金融の大幅な悪化を受けて、CP・社債の買入れ、企業金融支援特別オペといった、企業金融円滑化を支援するための一連の措置を講じてきました。これらの措置には、中央銀行の政策手段としては異例の措置もありましたが、金融経済の厳しい状況に照らして、時限措置として実施することが適当と判断しました。こうした時限措置の今後の取り扱いについては、企業金融や金融市場の状況をしっかりと点検した上で、その改善度合いに応じて、適切に判断する必要があることは言うまでもありません。また、その際には、時限措置を長く続けることで、市場機能の自律的な回復が阻害され、結果として、資源配分が歪められるリスクにも配慮が必要です。こうしたリスクについても、市場参加者との間で、一つの「常識」として共有することができれば、タイムリーな政策運営を図っていくうえで有益だと考えています。また、長い目でみて安定的な金融経済環境を実現するという点で、市場参加者と私ども政策当局のインセンティブの一致点を見出すこともできるのではないかと思います。

 本日はご清聴、誠にありがとうございました。

以上