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【講演】直面する経済政策の課題
— 危機後2年の視点に立って —

国際金融協会年次会員総会における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2010年10月10日

目次

1. はじめに

本日は、国際金融協会(Institute of International Finance、IIF)の年次会員総会(Annual Membership Meeting)にお招き頂き、お話をする機会を得ましたことを大変光栄に存じます。

他の参加者の話との重複を避けながら皆様の議論に最も貢献する方法は何かを考えた結果、本日は、バブル崩壊後の日本の経験を踏まえつつ、先行きの経済政策の課題、とりわけ、金融政策運営の課題についてお話しすることにしました。実際、米国では、「日本型デフレ」や「日本の失われた10年」を経験することがないかどうかといった議論がこのところ増えています。

日本の場合、消費者物価の前年比は、バブル崩壊直後の1991年1月に3.3%とピークに達した後、間もなく低下を始め、1998年にはマイナスに転じました(図表1)。消費者物価上昇率について、バブル崩壊後の日本と2007年以降の米国のグラフを重ねると、両者は驚くほど似ています。銀行貸出の前年比増加率をみても、米欧の低下テンポは日本のバブル崩壊直後のスピードを上回っています。

もちろん、先ほど取り上げた難しい問いに対する答えを私自身が持ち合わせている訳ではありません。ただ、日本の経験を亡霊(specter)として恐れるという思考様式も、逆に、日本の経験をことさらに特殊なものであると考える思考様式も、共に適当ではないと感じています。はっきりしていることは、米欧諸国は日本の経験から学べるという点で優位にあるということです 1。日本は、孤独な先駆者であったといえます。

2. バブル崩壊後の日本経済

最初に、日本の経験に関して、事実だけを駆け足で要約します。

第1に、経済の本格回復には時間がかかりました。日本は1990年代初にバブルが崩壊し、本格回復に向かったのは2003年以降のことです(図表2)。それまでの間、「失われた10年」の中で、2回の景気回復と3回の景気後退を経験していますが、回復の動きが広がる都度、景気の本格回復が始まったのではないかという期待が高まりました。私は昨年春、先進国の景気に回復の兆しが初めてみえた際、「偽りの夜明け(false dawn)」という表現を使って楽観主義に陥る可能性に対して注意を喚起しましたが、これはそうした日本の経験に基づくものでした 2

第2に、日本のバブル崩壊後の経済活動の最大の落ち込みは、インターバンク資金市場が不安定化した時に生じています。ただし、その落ち込み幅は今回のリーマン・ショック後の日本を含めた先進各国の落ち込みに比べると、小さなものでした。これを数字で確認すると、実質GDPが最も大きく落ち込んだのは日本の場合、1998年第1四半期の1.9%ですが、今回の危機の場合、リーマン・ショック後の先進各国の落ち込みは、最も小さかった米国でも2008年第4四半期から2009年第1四半期の間で3.0%に達しています(図表3)。いずれにせよ、経済活動水準の大きな落ち込みは、インターバンク市場参加者の破綻を契機としている点で共通しています。

第3に、日本は緩やかな物価下落を経験した訳ですが、物価の下落が経済活動の低下をもたらし、これがさらに物価の下落をもたらすという現象、すなわち、デフレ・スパイラルは生じませんでした。消費者物価の前年比は、1998年から下落に転じましたが、1997年からリーマン・ショック前の2007年までの下落率は累積ベースで3.3%、年率に換算すると0.3%の下落となります(図表4)。しかし、このように物価が緩やかに下落するもとで、回復の力強さは別として、日本は拡大期間という点では2002年から2007年にかけて戦後最長の景気拡大を経験しました(図表5)。

第4に、労働慣行は物価上昇率に大きな影響を与えました。日本の消費者物価指数の変動の内訳を米国と比較すると、上昇率の違いの約9割は、労働市場の動向に大きく左右されるサービス価格の下落テンポの違いで説明できます(図表6)。

労働慣行が物価動向に与える影響について、若干敷衍しておきたいと思います。日本では、物価上昇率が低下するにつれ、賃金がより伸縮的に設定されるようになりました。そうした伸縮性は、賞与の調整や非正規労働者の採用というルートだけでなく、正規労働者の所定内賃金が下方に伸縮的に調整されることによっても実現されました(図表7)。サービス産業は財に比べると労働集約的であるため、そうした名目賃金の伸縮的な調整はサービス価格の下落という形でデフレの原因ともなります。ご承知のように、日本は米欧諸国に比べて失業率の上昇幅ははるかに小幅でしたが、その裏側の事実の1つは緩やかなデフレでもあります。日本は、1990年代後半以降、企業経営者と労働者が雇用の確保を優先し、そのために、労働者は賃金の引き下げを受け入れたといえます。これに対し、欧州諸国は日本と比べると、賃金の硬直性が強く、その分、サービス価格の低下を通じたデフレ発生のメカニズムは少なくとも短期的には生じにくいといえますが、その裏側の事実の1つは高い失業率といえます。これはいずれのシステムが良いということではなく、様々なコストを認識したうえで、社会が選択を行った結果であるように思います。

日本の経験に関する第5の、そして最後の論点は、人口動態の変化が日本経済に大きな影響を与えたことです。日本の経済パフォーマンスは、GDP成長率でみると、かなり見劣りがしています(図表8)。同時に、労働生産性の上昇率でみると、1980年代のような圧倒的優位性はなくなったとはいえ、2000年代になっても、日本は米国と比較してあまり遜色はありません。言うまでもなく、GDP成長率と労働生産性上昇率の格差は日本における労働人口の減少を反映しています。いずれにせよ、日本のいわゆる「失われた10年」から政策的なインプリケーションを引き出す際には、短期の需要動向だけでなく、生産性と人口動態によって規定される潜在成長率の動向について分析することが不可欠です。

3. 先進国にとっての主要かつ共通の課題

それでは、今後のマクロ経済政策運営に当たって、各国はどのようなことを意識すべきでしょうか。もちろん、この問いに対する答えは各国の直面する経済状況によって異なってくるものです。以下では、これまで述べてきた日本の経験も踏まえながら、各国の経済状況の違いを超えて先進国に共通する経済政策運営上の主要な課題について、いくつか私自身の考えを述べてみたいと思います。

第1に、金融システムの安定をしっかりと維持することが重要です。比喩的にいうと、バブル崩壊後の経済は、インターバンク資金市場の機能不全がもたらす「急性症状(acute pain)」期と、バランスシート調整がもたらす「慢性症状(chronic illness)」期の2つに分けられます。急性症状は、経済活動の急激な収縮の引き金となりえますし、またその場合には、経済全体に対し極めて甚大な影響をもたらしえますので、これを生じさせないようにすることが極めて重要です。本年5月、欧州周辺国の債務問題への懸念からドル資金調達市場が再び緊張の兆候をみせた際、主要国中央銀行はドル資金供給オペを再開しました。この措置は、そうしたインターバンク資金市場の安定性確保の重要性を十分に認識していることによるものです。

第2に、現在の経済状況を踏まえると、異例の緩和的な金融政策を継続する必要があります。実際、多くの先進国は、現在も極めて緩和的な金融政策を採用しています。ちなみに、日本銀行も、経済の下振れリスクを意識して、今般、包括的な形で金融緩和をさらに強化する措置を講じました。この政策措置は、(1)実質ゼロ金利を継続していることを明確化したこと、(2)実質ゼロ金利政策の継続期間に関する時間軸を明確化したこと、(3)国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションを行うための基金を創設したことの3つを含んでいます。

第3に、様々な異例の政策努力にもかかわらず、バブルを経験した国がバブル崩壊後の落ち込みから立ち上がり、景気が本格的に回復するまでには、かなり長い時間を要することを冷静に認識する必要があります。日本の経験が示すように、バブル期に蓄積された「過剰」の整理に目途がつかない限り、力強い経済成長を取り戻すには至らないことは、冷厳な事実です。この場合、「過剰」の具体的な形態は、国によって異なります。日本の場合は、雇用、設備、債務という企業部門の「3つの過剰」でした(図表9)。

このような議論に対しては、「日本の場合は、金融政策対応の遅れが経済の停滞をもたらした」という反論が聞かれることもあります。バブル崩壊後にその影響の大きさを直ちには認識しきれなかったことは、他の中央銀行と同様、そのとおりです。しかしながら、日本銀行は様々な革新的な金融政策を大規模かつ先駆的に実行してきたことも事実です。

例えば、日本は現在米欧で実現している実質的なゼロ金利の水準に、1995年に到達しました。中央銀行のバランスシートの規模拡大という点でも、日本銀行は際立っています。実質的にゼロ金利となった1995年以降でみると、バランスシート規模の対名目GDP比率は、ピーク時には20パーセントポイントを超えています(図表10)。この拡大幅は、今回の危機における米国連邦準備制度(Fed)、欧州中央銀行(ECB)、およびイングランド銀行(BOE)のバランスシート規模拡大幅の2倍に相当します。さらに、「消費者物価の前年比が安定的にゼロ・パーセント以上となるまで量的緩和政策を継続する」というコミットメントも行いました。今日の用語でいう「信用緩和政策(credit easing)」も世界の中央銀行に先駆けて採用し、資産担保証券(ABS)や資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)、さらには、金融機関保有株式の買入れも実施しました。

今振り返ってみると、今回のグローバル金融危機でとられた非伝統的政策手段の主要な要素をすでに取り込んでいたことになります。それにもかかわらず、日本経済の本格回復に時間がかかったという事実は、前述のバランスシート調整の厳しさを物語っているように思います。

いずれにせよ、重要なことは、バランスシート調整の完了には時間がかかるということを十分認識しておくことです。そうでないと、経済パフォーマンスの改善の遅れから、社会の不満が拡大しかねません。そうすると、経済の効率性と非整合的な経済政策を求める社会的風潮が生み出される傾向があるように思います。この点は、次の4つめの経済政策を巡る課題につながります。

すなわち、第4に、経済構造の柔軟性を維持することが重要です。前述のように、「日本の失われた10年」の本質的な問題は、人口減少と生産性上昇率の低下でした。その意味で、海外諸国が日本の経験から短期的な景気刺激策の必要性を最大の教訓として導くと、政策の処方箋を誤る可能性があります。ここでは各国の政策に立ち入ることはしませんが、経済構造の柔軟性を保持し、労働や資本が生産性の低いセクターから高いセクターに円滑に移動できるかどうかが大きな鍵を握っているように思います。しかしながら、先ほど申し上げたバブル崩壊後の社会的風潮を考えると、これは必ずしも簡単なこととはいえません。

第5に、多くの先進国は現在、異例の金融緩和政策を採用していますが、この政策が長期間続くと、予期しない帰結を生む可能性も意識しておく必要があります。非効率な企業が温存され、経済の新陳代謝が悪くなることによって、生産性上昇率が低下する惧れがないとはいえません。緩和的な金融政策は必要な政策措置ですが、それだけでは問題を解決することはできません。構造改革が必要不可欠なのです。また、緩和的な金融政策が新たなバブル発生の一因となる可能性も否定できません。実際、今世紀初頭にITバブルが破裂し、デフレ懸念が高まった後の長期にわたる低金利が、グローバルな信用バブル発生の一因となりました。

危機は毎回、違った姿で表面化します。現在、先進国の景気回復は新興国の力強い成長に支えられていますが、新興国の力強い成長がバブル的な景気拡大である場合には、新興国はもとより、先進国も大きな影響を受けることになります。この点、株価の動きをみると、先進国ではリーマン・ショック直前の水準をかなり下回っていますが、新興国では先進国から資本が流入しており、いくつかの国で株価は既往ピークを更新しています。ある意味では、先進国の金融緩和は新興国への資本流入を通じて効果を発揮しているともいえますが、このことは伝統的な効果波及メカニズムが随分と変化していることを意味します。

第6に、バランスの取れた形で金融規制改革を行うことが重要です。今回の危機の経験を踏まえると、自己資本の質、量の両面での改善を図ることは正しい方向です。それと同時に、世界経済の回復がなお磐石でないだけに、自己資本の水準の引き上げが景気回復を阻害しないように配慮をすることも必要です。この点、9月の中央銀行総裁と銀行監督当局長官による会合において決定された、いわゆる「バーゼル3」と呼ばれる自己資本規制は、この両方の要請をバランス良く考慮したものとして評価できます。

さらに、規制の厳格化と監督の強化についての適切なバランスを見出す必要性についても強調しておきたいと思います。規制資本の水準を引き上げるといった規制の強化のみでは、次の危機を防ぐことはできません。金融機関のリスク・プロファイルは、金融機関により、また国によっても異なりますし、時間の経過とともに変化するものです。このため、規制は厳格な監督と綿密なモニタリングとを有効に組み合わせていく必要があります。

4. 結び

以上、先行きの政策運営上の留意点を述べてきました。私の話は、先行きの政策運営について特定の方向性を示したものではありません。この点は、個々の国の状況を踏まえて、政策当局者、そして関連する人々が、自ら考えていくべきものです。ただ、言えることは、危機は毎回違った顔を持って現れるだけに、この会議に出席されているすべてのセントラル・バンカー、そして民間銀行の経営者の皆さんが歴史の教訓を意識しながら、謙虚さをもって、様々な可能性を十分意識する必要があるということです。

長時間、ご清聴ありがとうございました。

以上