このページの本文へ移動

「日銀探訪」第32回:金融市場局為替課長 井上広隆

為替市場を日々ウオッチ、政策に生かす=金融市場局為替課(1)〔日銀探訪〕(2015年6月8日掲載)

金融市場局為替課長の写真

委海外との貿易を通じ経済発展を遂げてきた日本では、企業は総じて外国為替市場の動向に敏感だ。また最近は、証拠金取引を手掛ける個人投資家も増え、日常会話で為替が話題に上ることも多い。今回取り上げる金融市場局為替課は、この為替市場をめぐる幅広い業務を手掛けている。具体的には、為替介入事務や為替市場のモニタリングに加え、市場の構造変化も調査。為替市場の行動規範作りに関する国際的な取り組みに参画しているほか、為替市場に関わる統計も作成している。

為替市場のモニタリング業務では、数人の担当職員が前日の海外での為替や債券、株式などの市場の動きを市況資料にまとめ、行内のイントラネットに掲載している。他の日銀職員は、出勤後にこの資料を読めば、夜の間に海外市場で何が起きたか把握できる。井上広隆課長は「何が為替相場に影響を与えるかは、その時々で変わる。相場分析に当たっては、森羅万象に対する感覚を研ぎ澄ますことが重要」と話す。井上課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「為替課は総勢10数名と、課の規模は行内でも小さい方だ。主に為替市場の分析を行うディーラー班と、主に計数管理事務を行う計数班が、日々密接に協力しながら働いている。課員は比較的若手が多いのが特徴。ある程度の英語力が必須で、海外勤務や留学経験者が多い。課員に求められる資質としては、大量の情報の中で必要なものを迅速に見分ける力、市場参加者と円滑にコミュニケーションを行う力、為替相場について自分なりの見方を構築してそれを検証・分析する力、課内外との連携を円滑に進める力、取引執行や計数管理を迅速かつ確実に行う力、などが挙げられる」

「為替介入など担当事務の情報管理の観点から、為替課の執務室への入室は、他の金融市場局員でも厳しく制限されている。また、他の課との境界はブラインドで仕切られており、為替課執務室の様子を外から見ることはできない」

「当課は、日々の市況分析に加え、週次、月次、四半期といったさまざまなスパンで為替相場をモニタリングしている。中でも、日々の市況分析と報告は重要な仕事だ。数人の当課職員が早朝に出勤し、他の中央銀行の公表物や、経済指標、要人発言、地政学イベントなどに関する報道に目を通すなど、海外市場の動きをチェック。東京市場で入手した情報も加味しながら、為替のみならず、債券、株式、商品についても、前日の海外市場での動きを資料にまとめる。市況分析は正解が一つというものではなく、いろいろな素材の中で何が主に相場に影響したのかを考えるという非常にクリエーティブな作業。それを他の職員が出勤するまでに仕上げなければならず、時限性が高い作業でもある。作成した資料は行内のイントラネットに載せており、広く利用されている」

「一方で、長目のスパンの分析にも力を入れている。例えば、ドル円やユーロドルが年末までどのように推移すると市場で見られているか、米国が利上げした場合にどの新興国通貨がどのくらい影響を受けると見られているか、といったテーマだ」。 「為替相場の分析にあたっては、背景にある実体経済や各国金融政策などのファンダメンタルズをまず把握することが重要。しかしそれだけでは終わらないのが相場の難しいところ。市場参加者のポジション動向や手口情報、誰が売り手で誰が買い手かといったさまざまな要素が絡み合って、相場が形成される。このため、中銀などによる情報発信や経済指標の推移を注意深く追うことに加え、内外の市場関係者との意見交換も極めて有益だ。面談は、銀行の為替トレーダーやストラテジストなどのセルサイド、機関投資家やヘッジファンド、商社などのバイサイドのいずれとも行う」

為替市場の構造変化を調査、情報発信=金融市場局為替課(2)〔日銀探訪〕(2015年6月9日掲載)

東京外国為替市場は、ロンドン、ニューヨークに続き、世界で第3番目の取引高を持つ主要為替市場だ。為替ディーラーや企業などが活発に売買を行っており、1日当たりの平均取引高は約3700億ドルにも達する。

市場構造や市場参加者の行動の変化による影響を調査するのも、金融市場局為替課の大事な業務の一つだ。井上広隆課長は、最近の注目点として「取引の電子化がますます進み、大手行が自社内で買い注文と売り注文を付け合わせるケースが増えるなど、市場構造に変化が起きている中で、市場全体の取引動向を適切に把握していくことは重要な課題」と指摘する。市場構造に関する分析結果は「日銀レビュー」などの形で公表し、情報発信に努めているという。

「為替市場には、年金などの機関投資家や企業などが『ディーラー』と呼ばれる主要銀行や証券と取引する対顧客市場と、ディーラー同士が取引する業者間市場の二つがある。かつては電話による『ボイス取引』が中心だったが、取引の効率化のため業者間市場では電子取引への移行が進んだ。これに続き、対顧客市場でも、コンピューターがさまざまな市場情報を瞬時に勘案しながらレートを提示する『電子取引プラットフォーム』が利用されるようになった」

「最近は、欧米の大規模ディーラーが、自ら構築した電子取引プラットフォーム上で顧客同士の売り注文と買い注文を付け合わせる『マリー』と呼ばれる取引を増やしている。ディーラーの規模が大きくなるほど買いと売りの両方の注文がくる蓋然(がいぜん)性が高まるが、これを自社内で付け合わせれば、業者間市場を利用するコストを減らせる。高速で小口売買を繰り返す高頻度取引(ハイ・フリクエンシー・トレード)を手掛けるヘッジファンドも、電子取引プラットフォームを利用するケースが多い。このような動きは取引の効率化につながる面があるものの、市場全体の取引動向が外から見えにくくなる可能性も生じている」

「為替介入について言うと、日銀は介入取引の執行を担当する。日本では、介入は財務大臣が為替相場の安定を実現するために用いる手段と位置付けられており、介入の決定は財務大臣の権限で行われる。日銀は、財務大臣の代理人の立場だ。介入取引は、高い水準の機密性、正確性、迅速性が求められる業務で、24時間体制での市場モニタリングや取引執行が必要になる場合もある。財務省国際局の為替市場課と連絡を密にしながら、取引の執行には万全を期している。業務の性格上、具体的な内容について申し上げることは差し控えたい」 「東京外為市場に関するさまざまな統計の作成・公表にも関わっている。日次統計としては、毎日夕方に、東京市場における午前9時と午後5時時点のスポット相場、その日のレンジ、中心相場を公表。その際には、前日の取引高や名目実効為替レートも併せて公表している。これらのデータは、日銀ホームページ上で、長期時系列で検索・ダウンロードできる。また、中央銀行と民間の為替市場参加者で構成する各国の外国為替市場委員会が年2回実施する市場の取引高サーベイについて、東京市場分の計数回収や集計事務も担当。さらに、国際決済銀行(BIS)による3年に1度の外為取引に関するサーベイでは、調査項目に関する議論への参加に始まり、調査票配布・回収から計数分析に至るまで、全課程に深く関わる。BISサーベイは、世界的に整合性のある外為取引統計の作成を目的として、50カ国以上、約1300の金融機関を対象に行う大がかりなものだ」

為替市場の行動規範作りで国際協調=金融市場局為替課(3)〔日銀探訪〕(2015年6月10日掲載)

2000年代後半にロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作問題が発覚してからほどなくして、海外の外国為替市場において大手金融機関などの市場参加者の一部が為替指標を不正に操作しているとの疑惑が持ち上がった。これを受けて、主要国の金融監督当局などで構成する金融安定理事会(FSB)は、再発防止を図るため、市場や指標作成の改革案を提言。金融市場局為替課は、金融庁とともにこの提言づくりに参加した。井上広隆課長は「ここ数年、外為市場の取引慣行や行動規範の見直し・整備に関係する仕事が急増している」と話す。現在は、FSBの提言の実施状況を確認・評価する段階に移っており、為替課も民間の市場参加者の協力を得ながら作業に取り組んでいる。

「為替指標に関する問題をきっかけに、指標そのものの在り方に加え、市場の行動規範をめぐる国際的な取り組みが規制当局と民間の双方で進められており、為替課もそのプロセスに参加している。流れとしては、14年2月にFSBの傘下に外為指標部会が設置され、半年強の議論を経て9月に最終報告書が公表された。日本からは、金融庁とわれわれが部会に参加し、報告書づくりに貢献した。報告書は、市場に大きな影響力を持つロンドン・フィキシング・レートの算出方法を操作されにくい方式に変更するよう指摘するとともに、市場参加者が行動規範をより明確化すべきだなどとする提言を盛り込んだ」

「FSBの報告書公表から半年強経過したことから、その提言が実施に移されているかどうかを確認する段階となった。日米欧や英、豪など主要8カ国・地域にはそれぞれ、中央銀行と民間の市場参加者で構成する『外国為替市場委員会』があり、八つの委員会は緩やかな連合体を形成している。FSBは、各外為市場委に対して、提言の実施状況を7月末までに報告するよう求めている。報告を踏まえ、FSBとして世界的な実施状況を評価することになる。当課はこの一連の作業にも貢献していく考えだ」

「外為市場委自体も、FSBの動きに呼応しつつ、外為市場の改革に取り組んでいる。各国市場に共通する課題を議論するため、主要8カ国・地域の外為市場委が一堂に会するグローバル会合が06年以来、ほぼ毎年開催されている。今年3月のグローバル会合は東京で開かれ、私が議長を務めた。そこでは、市場参加者が共通して順守すべき国際的なハイレベル原則を決定した。具体的には 1)市場参加者は行動規範を順守するための社内規定を整備し、教育・管理・検証の仕組みを設けるべきだ 2)取引内容やポジションに関する情報は、原則として第三者と共有してはならない 3)市場参加者は顧客との利益相反に対処するための内部手続きを適切に定めるべきだ—などの内容を含み、『グローバルな序文(Global Preamble)』と名付けられた。今後、この序文の認知度向上に向け、必要な働き掛けを行っていきたい」

「外為市場委の任務の一つは為替市場の行動規範の整備で、もともと各委はそれぞれ独自の行動規範を策定してきた。東京外為市場委では13年に行動規範を全面改訂したが、それに加え、概念的・抽象的な記述が多い行動規範をディーラーの日常業務に即した形で具体化するガイドラインを作成・公表した。市場で許容される慣行かどうかをマルバツ形式で例示しており、先進的な試みとして他国の外為市場委からも注目されている。このガイドラインや『グローバルな序文』は東京外為市場委のウェブサイトに掲載されている」

「行動規範をめぐる今後の課題としては、各国の行動規範について国際的な整合性を高めていくとともに、市場参加者による行動規範順守を確保していくことが挙げられる。これらの課題については、8市場委に加え国際決済銀行(BIS)でも検討を進めていくことが合意されている。なお、行動規範の整備や国際的調和の取り組みをはじめとする外為市場の信頼性向上に向けたイニシアチブについて、先日、『日銀レビュー』の形で取りまとめたので、ご一読いただければ幸いである」

「為替市場には世の中の森羅万象が影響する。課員は好奇心を抱き、アンテナを高くして世界各国のさまざまな市場で起こっていることに関心を持ってほしい。その上で、先入観や既成概念にとらわれず、自分なりの為替市場への見方を構築していってほしい。そのような経験は、どの部署に行っても役に立つと思う」 「課長として課の運営で心掛けているのは、課員の仕事と生活のバランスへの配慮。為替課は、人によって早朝出勤が必要な部署だが、その分、夕方は早めに帰宅できるとも言える。今後とも、仕事の優先順位付けや合理化を不断に行い、課員が仕事と生活の調和を図れるような土壌づくりに努めたい」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
Copyright (C) Jiji Press, Ltd. All rights reserved.
本情報の知的財産権その他一切の権利は、時事通信社に帰属します。
本情報の無断複製、転載等を禁止します。