このページの本文へ移動

【対談】青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督、同大学地球社会共生学部教授 原晋氏 vs 植田和男総裁
(広報誌「にちぎん」No.86 2026年夏号)

学生スポーツの「勝利」を求めて青学駅伝チームが構築した組織力

守・破・創のロゴ

今年1月、箱根駅伝3連覇を達成した青山学院大学。直近12年で9回の優勝と、選手が毎年入れ替わる学生スポーツにおいて類いまれな強さを示しています。なぜ青学大の駅伝チームはこんなにも強いのか。チームが求める真の「勝利」とは何か。原晋監督と、10代の頃に陸上部で中距離選手だった植田総裁が語り合います。


原晋氏の写真

青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督、同大学地球社会共生学部教授
原 晋
HARA Susumu

1967年広島県三原市生まれ。広島県立世羅高校で全国高校駅伝準優勝。中京大学卒業後、陸上競技部第1期生として中国電力に進んだが、故障に悩み、5年目で競技生活から引退。95年、同社でサラリーマンとして再スタート。新商品を全社で最も売り上げ、ビジネスマンとしての能力を開花。陸上と無縁の生活を送っていたが、2004年、長年低迷していた青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督に就任。09年に33年ぶりの箱根駅伝出場を果たす。15年に箱根駅伝初優勝に導くと、18年まで4連覇。20年、22年の総合優勝に続いて24年から26年まで3連覇を達成。直近12年で9回の総合優勝を成し遂げ、箱根駅伝最多勝利監督となる。監督業の傍ら、地方活性化、大学講義、多数のメディア出演など幅広く活躍。

植田和男総裁の写真

日本銀行総裁
植田和男
UEDA Kazuo

1951年静岡県生まれ。74年東京大学理学部卒業。同年東京大学経済学部入学。80年マサチューセッツ工科大学経済学部大学院博士号取得。同年ブリティッシュ・コロンビア大学経済学部助教授に就任。82年大阪大学経済学部助教授、89年東京大学経済学部助教授、93年東京大学経済学部教授。98年から2005年まで日本銀行政策委員会審議委員(00年再任)を務める。05年東京大学大学院経済学研究科教授、17年共立女子大学教授、23年4月日本銀行総裁就任。

写真 野瀬勝一

「技体心」の指導で育てる心理的安全性の高いチーム

植田 私は中学生の時、陸上部に入っており部長をやったりしました。中距離とか駅伝にも出たことがあります。1964年の東京五輪の頃です。当時、中距離はニュージーランド勢が強く、五輪でもピーター・スネルという選手が800メートルと1500メートルで金メダルを取った。私は彼らの練習方法を書いた本を買って、何か参考にならないかと読んだ記憶があります。

 スネルの指導者はアーサー・リディアードだったと思います。日本の長距離走のトレーニングノウハウの原点である方です。私もいまだにリディアードのトレーニング理論をもとにアレンジして指導しています。植田総裁もリディアード理論をひもといて練習されていたと。

植田 ええ。でも昔ですから、先輩がやり方を教えてくれましたけど、普通の準備体操をして、持久走をして、せいぜいインターバルトレーニングをするくらいでしたが、あれは有効なんですよね。

 日本ではインターバルトレーニングはスピードトレーニングだと思われていますが、実はスタミナをいかに付けて走らせるかに重きをおいたトレーニング方法です。100メートルの絶対スピードはそこまで上げることはできませんが、有酸素の領域が広がれば長い距離を安定して走れるようになり、最後の100メートルは余力を残してダッシュできます。一方でスピードを磨くには無酸素能力を鍛えなければいけません。植田総裁の若い頃も、水を飲むなとかウサギ跳びとか、ありませんでしたか。

植田 水を飲むなというのはいつも言われましたね。

 日本では昔から「心を鍛えて」という心技体の指導が勝つための主流でした。否定はしませんが、私は「技体心」という言葉を使っています。正しいメソッドによる正しい技術力で指導が行われるからこそ、体は健全に育成され、結果、心も磨かれると。スポーツも経済も同じですよね。正しいメソッドを持つ人がリーダーにならないとうまくいかない。

植田 原監督は電力会社で営業系の仕事をされていた時期があったと。

 電力会社で10年、普通のサラリーマンをしました。最後の3年は仲間5人とベンチャー企業を立ち上げ、組織は一つの目標に向かって仕事をどう進めていくのか、そのための目標設定の在り方や、人の配置はどのようにするかなどを学びました。私は、そこで培ったヒト・モノ・カネ・情報の使い方というものをスポーツの現場に置き換えて、スポーツマネジメント、組織論として用いチームを束ねている第一人者かなと思っているんです。

植田 私は日銀に来る前、共立女子大で教えていて、その前は東大で教えていましたが、プレゼンテーションをしてもらうと、どちらの大学の学生も大差ないんです。それで調べてみたら、共立女子大の学生はリーダーシップ教育という、チームを組んで行う教育を受けていました。ポイントは三つあって、まずチームの目標を共有すること、そして一人一人が率先垂範、自分からやってみること、さらに他者支援を心がけること。エクササイズを通してこの三つをたたき込まれると、だんだんチームとして良い結果が出てくるというものですが、原監督の指導もこれと似ていませんか。

 私自身も同じようなことをやらせてもらっています。とくに学生の「心理的安全性の確保」を大事にしているんです。監督に就任して今年で23年目ですが、「4年生威張るな、下級生萎縮するな。誰が言ったではなくて、何が正しいかをよく考えなさい」「話をすることがよいことなんだから、とんちんかんなことを言っても構わない」とか「今日の常識は、明日の非常識。今のルールをどのように改善・改革していくかという視点を持ちなさい」「一人では何もできない、全員でたすきリレーしていこう」などと言い続けてきました。年齢や経験にかかわらず、誰もが自由に意見を言い合える風通しのよい文化がチームに浸透すると、学生は前向きなマインドになり、アイデアがどんどん出るようになりました。チームが自然と前を向いて進みだし、和が強固になったんです。

目標は半歩先を見据え 成功体験は根拠を検証

植田 監督に就任された頃のチーム状態はどうだったのでしょうか。おそらく最初は「このままではうまくいかない」と感じられた点もあったのではないかと思いますが。

 最初にグラウンドに立った時、「10年やったら箱根駅伝で優勝できる」とすぐに思いました。実際、11年目で優勝しましたが、なぜそう思ったかといえば、私自身が現役選手だった頃の練習風景と何も変わっていなかったからです。これを改革すればいけると確信しました。私は電力会社で5年間競技生活を送り、さらに10年間競技を離れサラリーマンをして、その間は箱根駅伝のテレビも見たことがなかったんです。しかし、いざ陸上の現場に戻ってみたら、15年前、もっといえば20年前と何も変わっていなかったのです。準備体操も練習メニューも、指導者と学生の間の空気感も昔と同じ。正しいメソッドとビジネスの手法を持ち込めば、改革を起こせると。

ただ、それらをもってしても、陸上競技の「核」が抜け落ちていたら選手は成長しません。その核とは、規則正しい生活をする習慣です。陸上選手はランニングパンツとシャツで、ゴールに向かってひたすら走る。つまり裸一貫、体だけが資本なんです。監督に就任した頃の私は、陸上の指導者というより生活指導の先生のようでした。チームの寮生活の中で規則正しい習慣を定着させるまでに3年かかりました。

植田 そこから2015年の箱根駅伝初優勝に至りました。生活を規則正しくさせる、それだけではなかなか記録は出ないですよね。

 監督就任から5年目で33年ぶりに箱根駅伝出場を果たすと、規則正しい生活は成果につながるんだという空気感がチームに浸透しました。そこに能力の高い選手が入ってくるようになり、チームと選手個々の目標も高くなりました。そのとき気を付けたのは、手が届きそうな半歩先の目標を設定すること。小さな成功体験の繰り返しが大きな成長につながるからです。頂点を目指すならまず半歩先の目標クリアからという計画達成のメカニズムに、技体心の「技」がかみ合っていきました。チームの初優勝は、宝くじが当たるようなラッキーな勝利ではなく、きちっとしたベースを地層のごとく積み上げた成果だと考えています。

植田 今のお話は、私が学者を目指して大学院で勉強していたとき、論文の書き方や勉強の仕方について指導教員から受けた教えにすごく近いと思いました。われわれの分野では難しい数学を使ったほうが論文として見栄えが良くなるんです。ただ、すごく難しい数学から勉強してもダメで、現在の自分の能力プラスアルファくらいのレベルの勉強をまずして、それに合った論文を書いて、身に付いたらまた少し上をと、そういうふうにやっていくものだと教わったんです。

青学大は箱根駅伝初優勝から4連覇し、さらに2024年から今年まで3連覇しました。4連覇の後に他大学が追いついてきたものの、青学大はその先を行って、もう一段強化をしたことで今の3連覇につながっていると、そんなふうにも見えます。

 私は個人を軸にチームを強化するのではなく、組織力を底上げして勝負するほうを選び、原メソッドで初優勝から4連覇できました。でもその4連覇がかかった年に、ふと感じたんです。「これまでやってきたことで勝っているけれど、そこに科学的な裏付けや根拠が果たしてあるんだろうか」と。

そこで早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科に通い、過去の指導を振り返りながら15年間の軌跡を論文にまとめました。今でも忘れませんが、4連覇達成の三日前、2017年の大みそかの夜は、指導教官の平田竹男教授と議論しながら論文に向き合っていました。そこで、心理的安全性やトリプルミッション(勝利・資金・普及)の好循環といったスポーツマネジメントの要諦を私は実践してきたのだとドッキングできた。初めて体系的に指導の理論を整理できたのです。

植田 われわれも、政策を変えたりしてうまくいくときもありますが、うまくいったとしても偶然かもしれないわけです。本当に理屈で考えていた通りに事態が進行していったのか、単に偶然だったのかというのをよく考えるようにしています。

 裏付けがないと、未来への検証作業ができないんじゃないかなと思うんですよね。私自身、論文執筆を通して過去の裏付けが得られ、監督としての自信も深まりました。その後は、経験や勘だけでなく、データに基づいて教えることができるようになりました。データサイエンスですね。そうすると、学生も私の言葉がふに落ちるようになり、どう頑張らなければいけないかをしっかり理解して自発的に練習にも取り組むようになりました。ですから、今回の3連覇は「こうすれば勝てる」という裏付けのある勝利、また学生主導型の勝利でもあります。今後選手が入れ替わっても極端に落ちるようなチームではなくなったなと、そう思っています。

植田 ちょっと具体的なことですけれども、テレビで選手を拝見していると、走っている姿がぶれないというか、体幹がしっかりしていると感じたんですけれども、そういうトレーニングをされてきたことも強さにつながっているのでしょうか。

 外部のフィジカルトレーナーの協力も得て、例えば、腕をしっかり振るための筋力トレーニング、滑らかに動かすための動的ストレッチなど、何のためにそのトレーニングをするのか、「やり方」ではなく、「目的」を教えることをお願いしました。結果、そのトレーニングの目的を理解した学生たちが自発的に取り組むことによって全くフォームが変わってきた。外部専門家の力を借りながらではありますが、「技」を入れ込むことができたと思っています。

「勝利」を続けることが人材を引き寄せる

植田 どんなに優れた選手でも、全部の試合で100%の力を出せるかというと、そうではないですよね。

原晋氏と植田和男総裁が並んで座っている写真

 私が箱根駅伝の選手選考や区間配置を決める際には、その選手の能力の絶対値と、その絶対値を出す確率を見極めているんです。絶対値は200のところにあるが100回に1回しか出ないとか、100の能力しかないんだけれども80%の確率で出すとか、そこの掛け算が能力になってくるんじゃないかなと思うんですよね。能力を高めるには、継続的に集中できる、体が丈夫、余計な誘惑に負けない、といったことも重要です。経済と同じで、単純ではないところが非常に難しいところです。

植田 高校から選手をスカウトされるとき、タイムや体つきのほかに何を重視して将来を見極めていらっしゃいますか。

 一つは、走ることが好きかどうか。高校までは親や先生の影響で、本当は走りたくないのに走っているという子もいます。大学は高校に比べると行動が自由なぶん、自分の意思で走らなければいけません。もう一つは、勝負事が好きかどうか。何でも一番にこだわる欲があるか、負けず嫌いかどうかも大切な要素かなと思います。

植田 その二つはプロフェッショナルな職業ほど大事になりますね。実際、青学大に入る選手のレベルはすごく上がっていませんか。

 毎年10人ほどスポーツ推薦制度で入りますが、レベルは本当に上がってきました。それは箱根駅伝の勝利によるものだけではないと思っています。私は監督就任時に、何をもって「勝利」とするか定義しました。学生に単位をしっかり取得させ、卒業させること、就職の世話をして定職に就かせること、5000メートルの自己ベストを更新させること、この3点セットを満たして初めて「勝利」だと。この「勝利」を毎年続けたことで、選手が集まるようになり、レベルが上がっていったということなんです。

植田 駅伝は個人の能力を高めることばかりに集中してしまうとチームとしての和ができなくなるとか、そこのバランスの取り方が難しいんだと思うんですけれども、その辺で工夫されていることは。

 チームには約50名の部員がいます。箱根駅伝を走るのは10名ですが、残りの40名はダメというくくり方を私は絶対しません。一人一人の能力を把握し、そこからどう頑張るかということを本学では目指しています。トップの学生が称賛されるのではなく、それぞれの学生がそれぞれの立ち位置で頑張ることがたたえられる。チームにそんな文化をつくることを、私は忘れないようにしています。

植田 学生の就職の面倒も見られるということですが、青学大のチームで一緒に頑張ったことは卒業後の人生でどうプラスになりますか。

 最近、私は学生たちに非認知能力の向上ということをよく話しています。テストで数値化される、大学に入学して卒業するレベルの知的能力は当然必要ですが、今の社会が求めているのは、そのプラスアルファとして非認知能力だと。コミュニケーション能力、計画力、あるいはスポーツを通して交ざり合う力とか、そういう能力がこれからのAI時代においては必要になってくると。私はそれらを陸上競技とチーム活動を通して君たちに学んでもらっているんだと伝えています。練習があるから学業面でハンディはあるかもしれないけど、非認知能力を備えた心根の良い学生は必ず社会から求められる、だから自分の得意分野の陸上競技を一生懸命やりなさいと。

オリンピックや世界を狙えるほど競技レベルが高い選手は別ですが、たとえ箱根駅伝で活躍しても、卒業後は実業団の道などは勧めません。一般企業に就職して、青学大のチームで培った力を活かして、第二の人生で勝負しなさいと言っています。

植田 原監督自身、今後なさりたいことが何かあれば、お聞かせいただけますか。

 二つありまして、一つはスポーツ指導者の育成ですね。2023年度から中学生の部活動の地域展開が始まりましたが、われわれのノウハウを全国展開することで指導者の質を上げたいという思いがあります。また、今、アマチュアスポーツは多くのボランティアの支えや国からの補助もあって成り立っていますが、それでは発展は望めないと思います。アマチュアスポーツのチームでも資金が回るようなメカニズム、自走するスポーツマネジメントという文化をアマチュアスポーツにも浸透させていきたいですね。

もう一つは、青学大の女子駅伝チームの強化です。女性の社会進出の機運を、スポーツを通して盛り上げたいという思いもあります。女子選手たちには「青山学院たるもの、美しさ、爽やかさ、力強さ、このキーワードでやっていこうね」と話しているんです。

植田 フレッシュグリーンで。

 フレッシュグリーンで展開していきますので、ぜひ女子にも注目していただければと思います。

植田 ありがとうございました。