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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策山口県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司
2021年5月26日

1.はじめに

日本銀行の鈴木でございます。本日は、新型コロナウイルス感染症の影響が続く中、オンライン形式ではありますが、山口県の行政、金融・経済界を代表する皆様方とお話しするこのような機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行下関支店の様々な業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日の懇談会では、まず私から経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてご説明申し上げたうえで、山口県の経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、山口県の実情に則したお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などを承りたく存じます。

2.最近の経済・物価情勢

(1)経済情勢

まず、海外経済からお話ししたいと思います。海外経済は、国・地域毎にばらつきはありますが、総じてみれば回復しています。すなわち、いち早く感染症が落ち着いた中国経済は回復を続けているほか、米国経済も昨年末以降の追加経済対策の効果もあって回復しています。一方で、欧州経済は、感染症の再拡大の影響が残るもとで、サービス業を中心に下押しされた状態が続いています。先行きについても、当面は中国と米国が牽引する形で、海外経済は総じてみれば回復を続けるとみられます。もっとも、感染症の動向やワクチンの普及ペース、財政運営スタンスの違いなどを背景に、改善のペースは国・地域間で不均一なものになる可能性が高いと考えられます(図表1)。

海外経済の回復は、製造業部門でよりはっきりとしたものとなっており、生産水準や貿易量は感染症流行前の水準を明確に上回ってきています。こうしたもとで、わが国の景気は、内外における感染症の影響から引き続き厳しい状態にありますが、基調としては持ち直しています(図表2)。感染症は、年末年始や足もとといった感染者数が増加・高止まりする局面を中心に、外食や旅行といった対面型サービス部門に強い下押し圧力をもたらしていますが、それ以外のセクターでは、感染症が経済活動を制約する度合いはかなり和らいできています。そうした中で、企業部門全体では、輸出の増加や各種政策効果の下支えを背景とした収益の改善が設備投資の持ち直しにつながり、就業者数も正規雇用を含む全体では下げ止まるなど、前向きの循環が徐々に働き始めています。以下、項目別にご説明致します。

まず、輸出は、海外経済の回復を背景に、増加を続けています(図表3)。財別にみますと、自動車関連は、ペントアップ需要の一巡や半導体不足の影響などから増勢が一服していますが、情報関連は、スマートフォンやパソコン関連、データセンターや車載向けと幅広い需要が堅調に推移するもとで、はっきりと増加しています。また、資本財も、世界的な機械投資の増加に加え、デジタル関連需要の拡大を受けた半導体製造装置の堅調さにも支えられて、増加しています。先行きの輸出は、当面は、半導体不足の影響などから自動車関連を中心に増勢が鈍化するものの、デジタル関連需要の堅調な拡大や世界的な設備投資の回復を背景に、しっかりとした増加が続くとみられます。

次に、個人消費は、飲食・宿泊等のサービス消費における下押し圧力の強まりから、持ち直しが一服しています(図表4)。形態別にみますと、耐久財消費は、巣ごもり需要の拡大に加え、サービスからの需要シフトの影響もあって、昨年春頃をボトムに増加傾向にあります。非耐久財消費については、食料品や日用品などは、感染状況に応じて多少の振れはあるものの、巣ごもり消費の拡大を背景に底堅く推移している一方、衣料品は、感染症再拡大の影響などから、本年入り後は水準を切り下げています。また、飲食・宿泊等のサービス消費は、大型連休を跨ぐ形で公衆衛生上の措置が強化されたこともあり、再び厳しい局面を迎えています。先行きの個人消費は、当面、感染症の影響から、対面型サービスを中心に低めの水準が続くとみられます。その後は、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、政府の経済対策などにも支えられて再び持ち直していくとみられます。

設備投資は、飲食・宿泊業の店舗・宿泊施設や運輸業の鉄道・道路車両など一部業種に弱さがみられるものの、全体としては、企業収益が改善するもとで持ち直しています。先行指標をみると、機械投資は、製造業に加え、通信業の基地局・5G関連投資、卸・小売業の物流施設関連投資や建設業のデジタル関連投資にも支えられています。また、建設投資では、Eコマースの拡大を背景とした倉庫の増加や都市再開発案件の進捗がみられています。短観における今年度の設備投資計画をみても、前年比+2.4%の増加計画と、3月時点としては例年比高めの伸び率となっています1

雇用・所得環境をみますと、感染症の影響から、弱い動きが続いています。就業者数は、正規雇用が情報通信や医療・福祉等を中心に緩やかな増加が続いている一方、非正規雇用は、対面型サービスを中心に減少しています。また、失業率や有効求人倍率は、振れを伴いつつも横這い圏内の動きとなっています(図表5)。賃金についても、労働時間の減少に伴い所定外給与が減少しているほか、昨年の冬季賞与も前年比で大幅なマイナスとなりました。もっとも、先行きは、経済活動の持ち直しや企業収益の改善を受けて、就業者数、所定外給与や特別給与が増加に転じていくことで、雇用者所得も下げ止まりに向かい、その後は、緩やかな増加基調に復していくとみられます。

  1. GDPの概念に近い「全産業全規模+金融機関」のソフトウェア・研究開発を含む(除く土地投資)ベース。

(2)物価情勢

続いて、わが国の物価情勢についてご説明します。生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、足もと-0.1%となっています(図表6)。4月からは携帯電話通信料の引き下げが、やや大き目なマイナスとして寄与しています。マクロでみますと、需要と供給力のバランスを示す需給ギャップは、昨年4~6月期に大幅に落ち込んだ後、経済活動の持ち直しを反映して、2四半期連続でマイナス幅が縮小しました(図表7)。もっとも、2021年1~3月期は、感染症の再拡大や緊急事態宣言の再発出の影響から、いったん改善が足踏みしたとみられます。こうした中、企業や家計による先行きの物価に対する見方、すなわち中長期的な予想物価上昇率は横這い圏内で推移しています。

その一方で、企業が値下げにより需要喚起を図る価格設定行動が広範化しているようには窺われません。背景には、(1)対面型サービスのように消費者の感染症への警戒感により需要が減少している状態では値下げによる需要増加は見込めないこと、(2)検温・消毒の実施や座席数の削減等を実施しているもとで一段の採算悪化に繋がる値下げは行いにくいこと、(3)景気感応的な財の巣ごもり需要が拡大する一方で感応度が小さいサービスの需要が減少していることなどがあるとみられます。

(3)経済・物価の見通しとリスク要因

先行きのわが国経済については、当面の経済活動の水準は、対面型サービス部門を中心に、感染症の拡大前に比べて低めで推移するものの、回復していくとみています。すなわち、感染症の影響が徐々に和らぎ、外需の増加や緩和的な金融環境、政府の経済対策の効果が経済を支えるなかで、所得から支出への前向きの循環メカニズムも働いていくと考えられます。その後、感染症の影響が収束していけば、所得から支出への前向きの循環メカニズムが強まるもとで、わが国経済はさらに成長を続けると予想されます。こうした見通しを、4月の「展望レポート」における政策委員の大勢見通しでみると、2021年度は+3.6~+4.4%、2022年度は+2.1~+2.5%、2023年度は+1.2~+1.5%となっています(図表8)。

次に、物価の先行きについてです。携帯電話通信料の大幅下落という特定品目の影響が物価の大幅な下押しに働くものの、それ以外の分野では、需要喚起を図るための値下げ行動は引き続き広範化しないとみられます。その後は、経済の回復に伴い需給ギャップは改善を続け、携帯電話通信料の下落の影響も剥落するため、消費者物価の前年比は、徐々に上昇率を高めていくと考えられます。コアCPIの前年比について、4月の展望レポートにおける政策委員の大勢見通しをみますと、2021年度は0.0~+0.2%、2022年度は+0.5~+0.9%、2023年度は+0.7~+1.0%となっています(図表8)。

もっとも、こうした経済・物価の見通しについては、不透明感が強い状況が続いています。特に、感染症による内外経済への影響については、引き続き慎重に注視していく必要があります。すなわち、今回の見通しでは、感染症の影響は、先行き徐々に和らぎ、見通し期間の中盤に概ね収束していくと想定していますが、ワクチン普及のペースや効果には不確実性があり、その結果、経済活動への下押し圧力が強まるリスクがあります。また、感染症による経済への大きな下押しというショックによって、企業や家計の支出意欲や価格設定行動等がどのように変化していくか、という点でも不確実性があります。さらに、感染症の影響が想定以上に大きくなった場合には、実体経済の悪化が金融システムの安定性に影響を及ぼし、それが実体経済へのさらなる下押し圧力として作用するリスクにも注意が必要です。

3.金融政策運営

次に、日本銀行の政策運営として、感染症拡大の影響を踏まえた対応と、「より効果的で持続的な金融緩和」の2つについてお話ししたいと思います。

(1)感染症拡大の影響を踏まえた対応

まず、感染症拡大の影響を踏まえた対応です。日本銀行では、昨年3月以降、感染症への対応として、「3つの柱」からなる強力な金融緩和措置を実施しています(図表9)。「3つの柱」とは、(1)企業等の事業継続を資金繰り面から支援する新型コロナ対応特別プログラム、(2)金融市場の安定を確保するための国債買入れやドルオペ等による潤沢かつ弾力的な資金供給、(3)資産市場におけるリスク・プレミアムに働きかけることを目的としたETFおよびJ-REITの買入れです。

これら3つの柱からなる政策は、これまで有効に機能してきています。すなわち、企業の資金繰りにはなお厳しさがみられますが、日本銀行・政府の対応と民間金融機関による積極的な金融仲介機能の発揮により、銀行借入やCP・社債といった外部資金の調達環境は緩和的な状態が維持されています。また、昨年春に大きく不安定化した金融市場は、全体として落ち着きを取り戻しています。

もっとも、感染症による内外経済への影響について、不確実性が大きい状況は続いています。こうした中、日本銀行は、引き続き、企業等の資金繰りを支援していく観点から、昨年12月に「特別プログラム」の期限を9月末まで半年間延長しました。感染症の影響を注視し、必要があれば、「特別プログラム」のさらなる延長や追加的な金融緩和措置を講じる考えです。

(2)より効果的で持続的な金融緩和

次に、「より効果的で持続的な金融緩和」についてご説明します。日本銀行では、感染症の影響により経済・物価への下押し圧力が長期間継続すると予想される中、経済を支え、2%の「物価安定の目標」を実現する観点から、3月に「より効果的で持続的な金融緩和のための点検」を行いました。その結果、基本的な政策の考え方としては、目標実現のため、持続的な形で「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続していくとともに、経済・物価・金融情勢の変化に対して、躊躇なく、機動的かつ効果的に対応していくことが重要であるとの判断に至りました。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、主に「イールドカーブ・コントロール」と「オーバーシュート型コミットメント」の2つの要素で構成されています(図表10)。「イールドカーブ・コントロール」は、「物価安定の目標」に照らし最適と考えられる金利の期間構造、すなわちイールドカーブの形成を促す金融市場調節の枠組みです。具体的には、日本銀行が金融機関から受け入れている預金の一部に-0.1%のマイナス金利を適用するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債を買い入れることとしています。次に、「オーバーシュート型コミットメント」は、「消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を維持する」という約束です。これは、物価上昇率の実績値が2%を下回る期間が続いた場合には、そうした状況を勘案して金融緩和を行うという、いわゆる「埋め合わせ戦略」を実践するもので、予想物価上昇率に関する期待形成を強めることを目的としています。

金融緩和の効果

3月の点検では、こうした「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が、想定したメカニズムに沿って効果を発揮していることが確認されました(図表11)。

まず、イールドカーブ・コントロールのもとで名目金利はきわめて低位に抑えられるとともに、予想物価上昇率が「量的・質的金融緩和」の導入前を上回る水準で推移しています。その結果、両者の差である実質金利ははっきりとしたマイナス圏で推移しており、企業や家計にとっての資金調達コストが低く保たれています。また、為替相場は総じて安定的に推移し、株価は上昇基調を辿るなど、金融資本市場では良好な状態が維持されています。こうしたもとで、経済活動が押し上げられ、企業収益や雇用環境が改善しました。物価面でも、マクロ的な需要が供給力を上回る状態が続き、賃金も緩やかに上昇するもとで、基調的な物価上昇率はプラスの状況が定着しました。もっとも、物価上昇率が高まりにくい状況は続いています。この背景には、長期にわたるデフレの経験によって定着した、物価が上がりにくいことを前提とした人々の考え方や慣行の転換には、時間がかかることがあります。

点検における分析では、(1)日本銀行の国債買入れが長期金利の押し下げに有意に影響していること、(2)金利の低下が、資金調達コストの低下や良好な金融資本市場などを通じて波及することで、経済・物価の押し上げ効果を発揮していることが確認されました。金利低下の経済・物価への影響を年限別にみると、(1)実質金利の低下が経済・物価に影響をもたらす度合いは、短中期ゾーンの金利の効果が相対的に大きく年限が長くなるにつれて小さくなること、(2)超長期金利の低下は、消費者マインドにマイナスの影響を及ぼすことが示されています。

また、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の2つ目の要素であるオーバーシュート型コミットメントについても、経済モデルを用いた分析の結果、「埋め合わせ戦略」を取ることが金融政策運営として適切であることが改めて確認されました。

国債市場の機能度や金融仲介機能への影響

点検では、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が、国債市場の機能度や金融仲介機能にもたらす影響についても触れています(図表12)。

まず、イールドカーブ・コントロールの導入後、金利の変動幅が縮小するもとで、国債市場の機能度が低下したことが示唆されています。これには、金利を低位で安定的に推移させるという効果に必然的に伴うものという面もありますが、イールドカーブ・コントロールを持続的に運営していく観点からは、市場機能の維持と金利コントロールの適切なバランスを取ることが重要です。この点、3月の点検における分析では、一定の範囲内の金利変動は、金融緩和の効果を損なわずに、市場機能にはプラスに作用するとの結果が得られました。

次に、金融仲介機能面への影響です。低金利環境の長期化に加え、人口減少などに伴う借入需要の減少といった構造的要因によって、金融機関の基礎的な収益力は趨勢的に減少を続けており、今後もそうした状況が続くとみられます。金融機関収益の下押しが長期化することで、金融仲介機能が停滞方向に向かうリスクや、金融機関による利回り追求行動などに起因して金融システム面の脆弱性が高まる可能性には留意が必要です。日本銀行が短期金利の引き下げを行うと予想する市場参加者が減っていますが、その理由としてこうした金融仲介機能への影響を指摘する向きが増えている傾向も窺われています。

政策面での対応

点検の結果を踏まえ、日本銀行では主に次のような政策面での対応を行うこととしました(図表13)。

第1に、金融仲介機能に配慮しつつ、機動的に長短金利の引き下げを行うため、「貸出促進付利制度」を創設しました。これは、日本銀行が金融機関の貸出を促進する観点から行っている各種資金供給について、その残高に応じて短期政策金利に連動する一定の金利をインセンティブとして付与する仕組みです。短期政策金利を引き下げる場合には、この制度によって付利金利が引き上げられ、金融機関の貸出を更に促進する仕組みとなっています。

第2に、イールドカーブ・コントロールについて平素は柔軟な運営を行うため、「概ね±0.1%の幅の倍程度」としていた長期金利の変動幅が±0.25%程度であることを明確化すると同時に、新たに「連続指値オペ制度」を導入し、必要な場合に金利の上昇を強力に抑える手段を用意することとしました。そのうえで、特に感染症の影響が続く下では、イールドカーブ全体を低位で安定させることを優先して運営を行っていくこととしています。

第3に、ETFおよびJ-REITの買入れについて、感染症への対応の臨時措置として決定したそれぞれ約12兆円および約1,800億円の年間増加ペースの上限を感染症収束後も継続することとし、市場の状況を見極めながら、従来以上にメリハリをつけた買入れを行うこととしました。これは、買入れがリスク・プレミアムに働きかけることを通じて市場の不安定な動きを抑制しており、その効果は、金融市場の不安定性が強まる局面ほど、また、買入れの規模が大きいほど、高まる傾向があることを踏まえたものです(図表12)。また、ETFの買入れについては、個別銘柄に偏った影響ができるだけ生じないよう、指数の構成銘柄が最も多いTOPIXに連動するもののみを買い入れることとしました。

4.「より効果的で持続的な金融緩和のための点検」を踏まえて

続いて、以上の政策対応についての私の考え方をお話ししたいと思います。感染症の影響もあり「物価安定の目標」の達成までにより多くの時間を要すると見込まれる状況にある中、金融緩和の持続力・機動性を高める今回の対応はいずれも望ましいものであると考えています。以下、(1)イールドカーブ・コントロール、(2)ETFおよびJ-REITの買入れ、(3)金融システムの安定、の3点について具体的にお話し致します。

まず、イールドカーブ・コントロールについて長期金利の変動幅が±0.25%程度であることを明確化したことは、債券市場における価格安定化機能を維持するうえで重要です。債券市場には、銀行や年金・保険のようにそれぞれの運用ニーズに応じた年限の債券を長期保有する参加者に加え、アービトラージャーやスペキュレーターなどの投資家が存在しますが、こうした投資家は、イールドカーブ・コントロールの導入により金利変動が小さくなったことで収益機会が失われ、かなりの数が市場から去ったと言われています。金利変動が戻り、こうした投資家が市場に留まれば、相場が大きく動く局面で価格安定化機能を果たすことになります。

また、金融システムの安定にも資するものであるとみています。すなわち、預金の増加が貸出の増加を大きく上回っている状況が続き、国内銀行による余剰資金の運用ニーズが益々高まっている中で、10年物国債金利が±0.25%程度の範囲で変動することは、絶好の買い場と売り場があることを意味します。これをどう活かせるかは各金融機関次第ですが、市場機能が働く中で運用ニーズが満たされることは、金融システムの安定維持にも寄与するものと考えています。

次に、ETFおよびJ-REITの買入れについては、日本銀行の財務健全性にも配慮しながら実施していくことが重要であると考えています。日本銀行では、2%の「物価安定の目標」を実現する観点からETFおよびJ-REITの買入れを行っており、もちろんこれは引き続き必要な施策です。もっとも、日本銀行の負債の大宗は国民の預金を原資とする日銀当座預金や発行銀行券であることから、伝統的には、買入れる資産は元本リスクのない国債を中心としてきました。日本銀行では、引当金を計上する扱いにするなど財務健全性のための手当てを講じていますが、保有するETFやJ-REITの残高が増加するにつれ、財務面への影響は大きくなっていきます。このため、ETFおよびJ-REITの買入れについては、市場が大きく不安定化した場合には思い切って大規模な買入れを実施する一方、平時においては買入れを控えるという柔軟な運用を行うことで、残高の増加ペースを極力抑制していくことが望ましいというのが私の考えです。この点、3月の点検の結果を踏まえ、市場の状況を見極めながら、従来以上にメリハリをつけた買入れを行う旨をより明確にしたことは適切であったと考えています。

続いて、3点目の金融システムの安定についてです。今後、2%の「物価安定の目標」の実現に向けて、「より効果的で持続的な金融緩和」を粘り強く続けていくこととなりますが、金融緩和政策が効果を持続していくうえでは、金融システムの安定維持が不可欠です。このため、金融緩和が経済・物価にもたらす効果はもとより、時間の経過とともに累積していく金融仲介機能や市場機能への副作用についてもつぶさに評価を行っていく必要があります。この点、3月の点検を踏まえ、先ほどご説明した3つの政策対応に加え、「展望レポート」を決定する金融政策決定会合において、金融システムの安定確保を担う金融機構局からも報告を求めることとしました。これは、金融システムの安定を考慮しつつ金融政策運営を図ることをより明確にする、大変重要な決定であったと考えています。「物価の安定」と「金融システムの安定」という、日本銀行の2つの使命を果たすべく、引き続き、適切な政策運営に努めて参りたいと思います。

5.おわりに ―― 山口県の経済について ――

最後に、下関支店を通じて承知している情報も踏まえ、山口県の経済についてお話ししたいと思います。

山口県は、瀬戸内海沿岸を中心に化学や輸送用機械をはじめとする付加価値の高い産業が集積しており、世界の成長センターである東アジアに近接する有利な立地条件のもと、製造業が県内総生産の4割弱を占めています。また、県内には角島大橋や秋芳洞、錦帯橋をはじめとする豊富な観光資源を有しています。

こうした中、足もとの山口県の景気は、感染症の影響によりなお弱い状況ではありますが、全体として持ち直しています。製造業では、昨年夏以降の自動車生産の回復が、加工業種から素材業種まで幅広く波及しています。また、県内でウエイトが高い化学についても、アジア各国向けを中心に、プラスチックや医薬品、好調なIT関連需要に支えられ、増加基調が続いています。一方、個人消費については、飲食・宿泊を中心とする対面型サービス関連を中心に大きく下押しされた状態が継続しています。もっとも、財消費については、外出控えなどによる下押し圧力が掛かる中でも、内食需要や巣ごもり需要を背景に底堅く推移しており、個人消費全体としては引き続き持ち直しの動きが続いています。

先行きについても、持ち直しを続けるとみられますが、感染症の影響が長期化するなかで、経済の下振れリスクは引き続き高い状態にあるため、注意が必要です。

さて、少し長い目でみますと、山口県でも、他の地域と同様に、人口減少や少子高齢化による人手不足などの課題に直面しており、とりわけ、後継者不足の問題は深刻です。この点に関して、官民の関係者の皆様により、様々な取組みが進められています。例えば、県内企業では、感染症の影響を受ける中にあっても、人手不足感の緩和に対応するための生産・物流等に係る効率化投資は健在です。また、金融機関では、企業の資金繰りにとどまらず、事業承継の支援に一段と注力すると同時に、地元の中小企業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)導入による効率化、サービスの高付加価値化やイノベーションの創出などを支援しています。山口県をはじめ行政機関では、こうした企業の取組みを後押しするだけでなく、行政機関自らも専門人材の採用等を通して、DXを推進しています。この間、良好な交通アクセスや東アジアに近いという地理的優位性などを強みにした、企業誘致やそれに伴う雇用創出に向けた取組みも継続しています。

感染症の影響が続くなかでも、こうした前向きな取組みを着実に進めることで、山口県経済が一層発展されることを祈念いたします。日本銀行としても、下関支店を中心に、山口県経済の発展に貢献できるよう努めてまいります。ご清聴ありがとうございました。