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【講演】 賃金と物価の好循環と今後の金融政策運営 読売国際経済懇話会における講演

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日本銀行総裁 植田 和男
2024年5月8日

1.はじめに

日本銀行の植田でございます。本日は、読売国際経済懇話会でお話しする機会をいただき、ありがとうございます。

日本銀行は、3月の金融政策決定会合で、先行き、「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断し、金融政策の枠組みを見直しました。2013年4月の「量的・質的金融緩和」の導入以降、11年にわたって続けてきた大規模な金融緩和は、その役割を果たしたと考えています。

本日は、こうした決定の背後にある経済・物価の情勢判断を、4月末に公表した「展望レポート」の内容も交えながら改めて整理したうえで、新たな金融政策の枠組みの内容と、先行きの政策運営の考え方についてお話しさせていただきます。

2.経済情勢

それでは、最初に経済情勢です。わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。企業部門をみますと、生産は、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響もあって、足もとでは減少していますが、基調としては横ばいで推移しています(図表1)。3月短観の業況感をみますと、この自動車の影響で下押しされる業種もみられましたが、全体としては良好な水準を維持しています。企業収益は、価格転嫁が進展するもとで改善しており、設備投資は緩やかな増加傾向をたどっています。家計部門では、個人消費について、これまでの物価上昇による実質所得下押しの影響が、食料品などの非耐久財でみられるほか、生産と同様の要因から、自動車販売が減少しています。もっとも、家計のマインド指標は、賃上げへの期待などを背景に、このところ明確に改善しています。このように、企業・家計の両部門の一部で、一時的とみられる弱さはありますが、所得から支出への前向きの循環は維持されています。

先行きについては、海外経済が緩やかに成長していくことに加え、こうした一時的要因も剥落していくことから、しっかりとした成長を続けるとみています。4月の「展望レポート」では、2026年度にかけて、潜在成長率を上回る成長が続くことを想定しています(図表2)。これは、企業・家計の両部門で、先行き、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まっていくとみているためです。企業部門をみますと、生産は、国内外で需要が緩やかに増加し、グローバルなIT調整の進捗も追い風となるため、増加基調に復していくと考えられます。そうしたもとで、企業収益は改善傾向をたどり、設備投資は増加傾向を続けるとみています。3月短観における企業の設備投資計画では、2024年度も、デジタル化や脱炭素化への対応も念頭にはっきりとした増加が続くことが見込まれており、企業の前向きな投資スタンスが改めて確認されました。家計部門をみますと、後ほど申し上げますように、しっかりとした賃金の上昇が見込まれるもとで、政府による所得税・住民税減税の効果も加わり、家計所得は実質ベースでみても改善していくと考えられます。こうしたもとで、個人消費は、次第に増加トレンドに復していくとみています。

3.物価情勢

物価の現状と見通し

続いて、物価です。直近3月の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、2%台半ばの伸びとなりました(図表3)。2年にわたり、2%を超える物価上昇率が続いていますが、その中身は変化しています。

私は、これまで何度かの講演で、2021年以降の物価の動きを、「第1の力」と「第2の力」に分けて説明してきました(図表4)。ここで、「第1の力」とは、輸入物価上昇を起点としたコストプッシュ圧力が物価を押し上げる力のことです。これに対して、「第2の力」とは、景気が改善するもとで、労働需給の引き締まり等を背景に、賃金と物価が相互に連関しながら伸び率を高めていく力、つまり賃金と物価の好循環を指します。言うまでもなく、「第1の力」は、起点となる輸入物価の上昇圧力が止まれば次第に和らいでいく、一時的な性質のものです。それに対して、「第2の力」は、企業の賃金・価格設定行動の変化を伴いつつ、より持続的に物価上昇率を高めていくことが想定されます。

こうした整理を念頭に、改めて最近の物価の動きを確認します(前掲図表3)。食料品を中心とした財価格の上昇率は、このところ明確に縮小しており、「第1の力」が和らいでいることが確認されます。一方、コストに占める人件費の比率が高いサービスでは、価格の緩やかな上昇が続いています。これは、「第2の力」が強まってきていることを示唆しています。

先行きについても、「第1の力」が和らいでいく一方で、「第2の力」が引き続き強まっていくことを展望しています。4月の「展望レポート」では、生鮮食品とエネルギー価格の影響を除いた消費者物価の上昇率は、2023年度の+3.9%から24年度に+1.9%へと低下したあと、25年度は+1.9%、26年度は+2.1%と伸び率を高めていくと想定しています。生鮮食品を除く消費者物価の上昇率は、政府のエネルギー補助金が縮小・撤廃される影響からやや振れが大きくなりますが、2024年度が2%台後半となったあと、25年度以降は、概ね2%程度で推移する姿です。

このように、「展望レポート」の見通し計数からは、「第1の力」から「第2の力」へのバトンタッチが進む姿を想定していることが概ね分かるわけですが、物価情勢の評価に当たっては、「第2の力」がもたらす物価のトレンド、すなわち、「基調的な物価上昇率」を捉えることが重要となります。そこで、基調的な物価上昇率についてもう少し詳しくみていきたいと思います。

基調的な物価上昇率は、単一の指標の動きに基づいて評価できるものではありません。各種の物価指標に加え、物価変動の背後にあるマクロ的な需給ギャップや予想物価上昇率、賃金上昇率など、経済・物価に関する様々な情報を丁寧にみたうえで判断していくものです。そのため、その捕捉は、必ずしも容易ではなく、特に「第1の力」による価格変動が大きい今次局面では、困難な課題です。日本銀行では、従来から物価の基調的な動きをみるために有用と考えられる指標を多く試算していますが、それらは、今次局面のような大幅な輸入物価上昇を想定したものではありませんでした。例えば、「刈込平均値」は価格変動が大きい品目を上下10%分控除した指数です。そのため、広範な品目で一時的に価格が上昇してしまうと、物価の基調を捉えきれなくなってしまいます。今次局面で基調的な物価上昇率を捉えるためには、従来とは異なるアプローチに取り組む必要があります。

4月の「展望レポート」では、今次局面で、基調的な物価上昇率を捉えるための取り組みとして、(1)物価統計から、従来とは異なる方法で基調的な要素を抽出するアプローチ、(2)インフレ予想の指標に注目するアプローチ、(3)経済モデルからトレンドインフレ率を推計するアプローチ、の3つを紹介しています(図表5)1。これらの指標の動きは様々でその水準にも差はありますが、全体として眺めてみますと、幾つかのことは言えると思います。

第1に、これらの指標の水準は区々ですが、何れも「物価安定の目標」の2%は下回っています。しかし、第2に、何れの指標も緩やかに上昇しており、基調的な物価上昇率が高まってきていることは、かなり確からしいと窺われます。つまり、基調的な物価上昇率が、現時点では、2%に向けて高まっていく途上にあるとみられます。

もちろん、これらの指標は、何れも一定の前提や仮定に基づく試算値であり、かなりの幅を持って解釈する必要はあります。例えば、経済モデルから試算したトレンドインフレ率は、モデルの定式化の影響を受けます。また、繰り返しになりますが、基調的な物価上昇率の動向は、これらの分析だけに基づき判断すべきものではありません。企業からのヒアリング情報なども用いて物価変動の背後にあるメカニズムを見極めつつ、多様な観点から総合的に捉えていくことが重要です。

  1. 各アプローチの詳細は、「経済・物価情勢の展望」(2024年4月)BOX4を参照。

企業の賃金・価格設定行動と賃金と物価の好循環

今回の展望レポートでは、基調的な物価上昇率について、見通し期間の後半には2%の「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると評価しています。そのように考えているのは、ここにきて、企業の賃金・価格設定行動の変化が明確化してきたからです。物価から賃金、賃金から物価の双方向で、両者の連関が強まってきました。

賃金面では、好調な企業収益や労働需給の引き締まりを背景に、物価上昇を賃金に反映する動きが明確になっています。現時点における今年の春季労使交渉の結果をみますと、賃上げ率は5%超、ベアは3%台半ばと、1991年以来の高水準です(図表6)。特に、規模が大きい先では賃上げの動きが顕著であり、その賃金設定行動は、かなり変化してきたと捉えています。

足もとでは、大企業に続いて中小企業でも賃金交渉が進んでいます。中小企業の業況は、業種や個社によって様々であり、賃上げが容易ではないとの声も聞かれることは認識しています。ただ、日本銀行は、全国に所在する本支店を通じて日頃から幅広い企業の皆様と対話を行っていますが、地域の中小企業を含む多くの先からは、人手不足感は顕著であり、業況が厳しいなかでも、人材確保のため賃上げを検討する、との話が聞かれています。政府が、企業間取引において労務費の適切な価格転嫁が進むよう取り組みを進めていることも、こうした先での賃上げの決断を後押しする方向に作用しているようです。また、過去を振り返りますと、わが国では大企業における妥結結果がいわゆる世間相場を形成し、中小企業の賃金に波及していく傾向があり、昨年も同様の動きはみられました。これらを総合しますと、今年の平均的な賃上げ率は昨年を上回る蓋然性が高い、と判断しています。

物価面でも、企業の価格設定行動の変化が窺われます。短観の販売価格の見通しをみますと、輸入物価上昇の影響が和らぐもとで、短期の見通しは幾分低下していますが、長期の見通しはさらに伸びを高めています。将来にわたって人件費の上昇が続くことを織り込み、自社の販売価格も緩やかに引き上げていく、といった企業の価格設定行動の変化を示唆しているのではないか、とみています。

企業の賃金・価格設定行動の変化:過去との比較

振り返りますと、わが国では、デフレに突入した1990年代後半以降、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が人々や企業の間に定着していきました。この間、輸入物価上昇を起点として物価が上昇する局面は、何度かありましたが、企業の賃金・価格設定行動は大きくは変わりませんでした(図表7)。例えば、2000年代後半の局面では、物価が上昇しても、賃金はほとんど伸びませんでした。

こうした過去の局面と今回との違いの背景には、今回、かなり大きな輸入物価の上昇に見舞われたということもあります。それに加えて重要なのは、今次局面において、賃金や物価の形成メカニズムに変化をもたらす素地となっている、労働需給の顕著な引き締まりです。わが国の就業者数は、1990年代後半以降、振れを伴いつつも横ばい圏内で推移してきましたが、2010年代半ば以降は、長期にわたり景気の改善基調が続き、労働需要が増加するなかで、はっきりとした増加に転じました。こうしたもと、ベビーブーマー世代の労働市場からの退出といった労働供給面の変化も相まって、このところ労働需給は顕著に引き締まっています。こうした労働需給の引き締まりには、日本銀行が粘り強く実施してきた大規模な金融緩和も、総需要を強く刺激することを通じて、効果を発揮してきたと考えています。

企業の賃金・価格設定行動の変化:先行き

このように、今次局面では、過去みられなかった企業の賃金・価格設定行動の変化がみられました。2年連続で大幅な賃上げが実現し、企業の販売価格見通しもしっかりと上昇してきたのは、デフレ下で社会に根付いた賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が変化してきたことを示しています。先行きも労働需給が引き締まった状況が続くと見込まれることも踏まえますと、企業の賃金・価格設定行動の変化は次第に定着していくと考えています。

こうしたもとでは、より広範に企業の行動が変化していくことを期待しています。私どもが「金融政策の多角的レビュー」の一環として実施している、「企業行動等に関するアンケート調査」では、「物価と賃金がともに緩やかに上昇する状態」と「物価と賃金がともにほとんど変動しない状態」のどちらが事業活動上好ましいかという点について、幅広い企業にお伺いしています(図表8)2。この質問に対し、約7割の企業は、「ともに緩やかに上昇する状態」が望ましいと回答しました。その理由としては、「値上げ抑制のためのコストカットが不要になり、前向きな設備投資や賃上げを行えるようになるから」といったことも指摘されています。言うまでもなく、経済が持続的に拡大していくためには、生産性向上が不可欠です。賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行に変化がみられるなか、わが国の企業が、こうした環境を最大限生かし、生産性向上に向けた前向きの動きを強めていくことを期待しています。

  1. 2「企業行動等に関するアンケート調査」の調査結果は、近日中の公表を予定。

物価を巡るリスク

ここまで、物価の先行きについて、中心的なシナリオを念頭にお話ししてきましたが、こうした見通しを巡るリスクは、上下双方向に大きいと考えています。ここでは、特に2つのリスクを取り上げたいと思います。第1は、企業の賃金・価格設定行動を巡るリスクです。先ほど申し上げたとおり、企業の賃金・価格設定行動はこのところ積極化してきており、この先、賃金と物価の連関が想定以上に強まり、物価が上振れる可能性はあります。他方、先行き、輸入物価上昇を起点とするコストプッシュ圧力が落ち着くとの想定のもとで、賃金上昇分を含め販売価格への転嫁の動きが一緒に弱まってしまうことがないか、注視する必要があります。第2は、今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向、およびその輸入物価や国内価格への波及のリスクです。原油高や為替円安は、輸入物価上昇を起点とするコストプッシュ圧力が落ち着いていく、という見通しの前提を弱める可能性があります。特に、このところ企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面があることは、意識しておく必要があると考えています。

4.金融政策運営

金融政策の枠組みの見直し

さて、ここからは、金融政策運営についてお話しします。ここまでお話ししてきましたように、賃金と物価の好循環の強まりは確認されてきており、先行き、2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況となっています。こうしたもとで、冒頭で申し上げたとおり、3月の金融政策決定会合では、過去11年にわたり続けてきた大規模な金融緩和を見直すこととしました(図表9)。

具体的には、第1に、短期金利については、無担保コールレート(オーバーナイト物)を0から0.1%程度で推移するよう促すこととしました。マイナス金利政策のもとでは、コールレートはマイナス0.1から0%で推移してきましたので、0.1%程度の利上げとなります。第2に、イールドカーブ・コントロールの枠組みを撤廃し、長期金利の誘導目標や上限の目途は無くしました。第3に、ETFおよびJ-REITの新規買入れは終了し、CP・社債についても、買入れ額を段階的に減額のうえ、終了することとしました。

このように見直した新たな枠組みを一言で表現しますと、2%の「物価安定の目標」のもとで短期金利の操作を主たる政策手段とする、「通常の金融政策の枠組み」と言えます。国債買入れについては、政策枠組みの見直しの前後で不連続が生じることを避ける観点から、現時点では、これまでと概ね同程度の金額で継続することとし、実際の日々の買入れ額については、市場動向などを踏まえて調節していくこととしています。そのもとで、長期金利は、金融市場において形成されることが基本となるため、今後は、長期金利が、海外金利の動向や経済・物価見通しの変化などを反映して変動することは自然であると言えます。また、現在は、3月に見直した国債買入れの枠組みのもとでの金融市場の状況を確認しているところですが、今後、大規模な金融緩和からの出口を進めていくなかで、国債の買入れ額を減額していくことが適当であると考えています。

金融緩和度合いの評価:実質金利とr*

「物価安定の目標」のもとで、短期金利操作によって最適な金融環境を追求していく際に、課題となるのが、「金融緩和度合い」を把握することです3。日本銀行では、金融環境の緩和度合いを、金利動向に加え、金融機関の貸出態度や市場環境等も踏まえて総合的に評価しています。そのうえで、緩和度合いを評価する際に、基礎となるのが、名目金利から予想物価上昇率を引いた実質金利です。この実質金利は、足もと、短期でみても長期でみても、大幅なマイナスとなっています(図表10)。

もっとも、実質金利がどの程度緩和的なのかを評価する際には、景気・物価に対して中立的な実質金利と比較する必要があります。この金利水準は、自然利子率r*(アールスター)と呼ばれるものです。直観的に申し上げますと、実質金利がr*より低ければ、家計や企業は支出行動を積極化し、景気・物価を押し上げることになります。逆に実質金利がr*より高ければ、支出行動は抑制され、経済・物価を押し下げることになります。

ここで問題になるのが、r*が直接観察できるデータではなく、一定の手法で推計しなければならない点です。様々な推計手法が考案されており、日本銀行のスタッフも様々な試算を行っていますが、手法によってかなり大きなバラツキがあるのが現状です(図表11)。

r*の不確実性については、わが国だけではなく、米欧でも盛んに議論されています。r*の推計はそもそも難題ですが、最近の国際情勢の変化を踏まえると、一段とその難易度が高まっていることが背景にあります。すなわち、そもそもr*は貯蓄と投資のバランスによって変化するものですが、地政学的リスクの高まりやグローバル化の変質、脱炭素化の動きなどは、企業の投資行動や国際的な資金移動の変化などを通じて、グローバルにこのバランスを大きく変化させている可能性があります。このほか、わが国特有の事情としては、米欧対比でみても、急速に高齢化が進展しています。このことも、一国全体でみた貯蓄・投資のバランスを変化させ、r*に影響しているかもしれません。また、わが国では、長らく短期金利の引き上げが行われてこなかったため、利上げの経済・物価への影響を試算するのが難しいという問題もあります。

そのため、現段階でわが国のr*の水準を特定し、金融環境がどの程度緩和的であるのか、端的にお示しすることは困難です。ただし、様々なr*の試算値をみても、現時点で実質金利がr*を相応に下回っており、金融環境が緩和的であることは確かです。このことは、引き続き、経済をしっかりと支える方向に作用していくと思います。r*の不確実性については、今後の政策運営のなかで、金利の変化が金融環境を介して経済・物価にどの様な影響を及ぼすか、点検していくことになると考えています。

  1. 3「経済・物価情勢の展望」(2024年4月)BOX5を参照。

先行きの金融政策運営

先行きの金融政策については、毎回の金融政策決定会合で経済・物価の見通しやリスクを点検したうえで、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、適切に運営していく方針です。

そのうえで申し上げますと、先行き、見通しに沿って基調的な物価上昇率が高まっていけば、「物価安定の目標」実現の観点から適切となる金融緩和の程度も変化しますので、緩和度合いを調整していくことになると考えられます。また、経済・物価見通しやそれを巡るリスクが変化すれば、当然、金利を動かす理由となります。この点、先ほども申し上げたとおり、物価を巡るリスクが上下双方向に引き続き大きいことは認識しておく必要があります。仮に、物価見通しが上振れたり、あるいは上振れリスクが大きくなった場合には、金利をより早めに調整していくことが適当になると考えられます。一方、見通しが下振れたり、下振れリスクが高まった場合には、現在の緩和的な環境をより長く維持していくことが求められます。また、経済・物価に対する大きな下方ショックが生じるような場合には、必要があれば、これまで用いてきた様々な非伝統的な手段も含め、あらゆる手段を予め排除することなく、対応を考えていくことになります。

5.おわりに

本日は、日本銀行の物価情勢の評価と新たな枠組みのもとでの金融政策運営をテーマにお話しさせていただきました。

わが国の基調的な物価上昇率は2%に向けてしっかりと歩を進めており、賃金と物価の好循環の強まりが確認されてきています。日本銀行としては、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営してまいります。

最後に、「金融政策の多角的レビュー」について、一言申し上げます。多角的レビューは、昨年4月に開始しましたが、これまで、様々な関係者との意見交換、ワークショップの開催、アンケートの実施などの取り組みを進めてきました。昨年10月には、金融政策決定会合での議論も開始しています。

多角的レビューでは、過去25年間の経済・物価情勢を改めて振り返るとともに、これまで日本銀行が導入してきた様々な非伝統的な手段について、その時々の置かれた環境も踏まえつつ、効果や副作用を整理していきます。非伝統的な手段を、これほど長く、また多様に実施してきた中央銀行はありません。日本銀行としては、こうした豊富な経験を、各分野における有識者の知見も活用しながら多角的に分析し、その成果を、わが国はもとより、各国において、今後の金融政策運営のあり方を考えるうえでの貴重な材料として提供できればと考えています。

ご清聴ありがとうございました。