このページの本文へ移動

【挨拶】平成23年全国証券大会における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2011年11月25日

目次

はじめに

本日は、「平成23年全国証券大会」にお招きいただき、誠にありがとうございます。証券業界の皆様におかれましては、日頃から、証券市場の発展や投資家の保護にご尽力され、これを通じて日本経済の発展に貢献されています。こうしたご努力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表したいと思います。また、皆様方には、日本銀行の政策や業務運営について、多大なるご協力を賜っております。この席をお借りして、厚く御礼申し上げます。

私からは、金融システム面の動向や、最近の金融経済情勢と日本銀行の政策運営などについて、日本銀行の考えをお話しし、ご挨拶に代えさせて頂きます。

金融システム面の動向

まず、金融システム面の動向についてお話しします。

わが国金融システムを取り巻く環境をみますと、欧州では、ソブリン問題を巡る市場の緊張が続いています。財政不安の強い周縁国だけでなく、それ以外の国の国債利回りも上昇しています。また、そうした国債を多く保有する欧州の銀行の株価が下落しているほか、銀行間の短期金利も上昇しています。こうしたもとで、グローバルな投資家はリスク回避姿勢を強めており、夏場以降、株価は世界的に振れの大きい展開を続けているほか、欧州や米国では、社債などの信用スプレッドが拡大しています。

これに対し、わが国の金融システムは全体として安定性を維持しており、金融環境は緩和の動きが続いています。短期金融市場の金利や国債利回りは極めて低い水準で推移しており、社債やCPの信用スプレッドも低水準で安定しています。社債の発行は、震災直後にはいったん見合わせる動きがみられましたが、その後は発行体の裾野を拡げつつ回復しています。金融機関の貸出スタンスも積極的な姿勢が維持されています。この背景としては、わが国金融機関の欧州周縁国に対する直接のエクスポージャーが小さいことや、わが国金融機関が近年自己資本の充実に努め、リスク全体をその範囲内に抑えていること、さらには、そのもとで証券会社、銀行とも資金調達面で大きな影響が生じていないこと、が挙げられます。また、日本銀行が、後ほど申し上げる強力な金融緩和を推進していることも、こうした金融環境の緩和に寄与していると考えられます。

他方、欧州ソブリン問題は、後ほど申し上げるように、夏場以降、円高や株安といった形でわが国の景気にも影響を及ぼしています。今後とも、国際金融資本市場の動向が、わが国の金融資本市場や金融システムに及ぼす影響について、細心の注意を払っていきたいと考えています。

次に、そうした状況も踏まえつつ、証券業界の皆様方に期待する点を3点申し上げます。

第1は、適切なリスク管理です。とくに証券会社の皆様方にとっては、市場リスクの管理が重要です。近年、内外金融資本市場の連関が強まっていることを踏まえると、外貨建債券だけでなく、株式や国債を含む有価証券全体の引受・販売業務やトレーディングにかかるリスク管理が一層重要になっています。また、流動性リスク管理も大事な課題です。証券会社は、レポなどの市場性資金の調達依存度が高いだけに、市場の環境変化に応じた適切な流動性リスク管理が求められます。さらに、震災の経験を踏まえた業務継続面での取り組みも大切です。先般の震災の際には、皆様方のご尽力もあって、決済システムの円滑な運行や市場機能はしっかりと維持されましたが、今後も業務継続面での地道な努力は欠かせません。このように、リスク管理面での課題は多岐に亘っていますが、経営陣の皆様におかれては、是非先頭に立って、こうした課題に積極的に取り組んで頂きたいと考えています。

第2は、前向きな企業活動の後押しです。わが国は、成長力の強化という大きな課題に直面していますが、これはデフレの問題を克服する上でも不可欠な取り組みです。そのためには、政府や中央銀行、民間企業それぞれが役割をしっかり果たしていく必要がありますが、証券会社の役割も大変大きいものがあります。資本市場を通じた企業の資金調達や円高という環境も活かしたグローバルなM&Aのサポート、個人の資産運用を通じたリスクマネーの供給などを通じて、わが国経済の成長力引き上げに貢献していくことを期待しています。

第3は、市場インフラの整備です。頑健な市場インフラの重要性は、先般の国際金融危機やわが国の大震災の経験を経て、その認識が大きく高まりました。この点、証券業界におかれては、国債の未決済残高の圧縮を通じた決済リスク削減を目指して、現在約定から3日後となっている国債のアウトライト取引の決済期間について、来年4月から2日後に短縮することを予定しています。また、やや長い目でみた企業の資金調達の多様化、投資家の運用機会の拡充という観点から、社債市場の活性化に向けた検討も進められておられます。いずれの取り組みも、わが国資本市場の機能向上にとって、大変重要な課題であり、私どもも積極的に支援しているところです。市場インフラ整備は、コストが先行する一方で、便益は時間をかけて現れるものだけに、その推進には皆様方経営陣のコミットメントが極めて重要になります。日本銀行としても、引き続き、皆様方とともに、市場インフラの整備に向けて取り組みを進めていきたいと考えています。

最近の金融経済情勢と日本銀行の政策運営

次に、話題を転じて、皆様方の業務運営を取り巻く環境として、マクロ経済の動向についてお話します。わが国の景気については、持ち直しの動きが続いているものの、そのペースは緩やかになっていると判断しています。国内需要をみますと、設備投資は、被災した設備の修復もあって、緩やかに増加しているほか、個人消費についても底堅く推移しています。一方で、輸出や生産は、震災後に減少した海外在庫の復元もあって増加を続けていますが、海外経済の減速の影響などから、そのペースは緩やかになっています。

わが国経済の先行きについては、当面、海外経済の減速や円高に加えて、タイの洪水の影響を受けるとみられます。もっとも、その後は、内需が旺盛な新興国・資源国に牽引される形で海外経済の成長率が再び高まると考えています。加えて、国内需要についても、公共インフラの整備、企業の設備投資、消費財の買い替えなど、震災復興関連の需要が徐々に顕在化していくと予想されます。以上を踏まえますと、日本経済は、当面減速した後、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。

この間、物価面では、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、2009年夏以降、マクロ的な需給バランスが緩やかな改善傾向を続ける中でマイナス幅が着実に縮小し、最近は概ねゼロ%となっています。先行きについても、当面、ゼロ%近傍で推移するとみられます。

このように申し上げた上で、急いで強調する必要があるのは、今申し上げた経済・物価の見通しには、様々な不確実性が存在していることです。中でも、最大の不確実要因は、海外の金融・経済情勢、とりわけ冒頭に説明いたしました欧州ソブリン問題の今後の展開です。

欧州ソブリン問題の影響は、金融システムを通じて欧州の実体経済にも既に拡がり始めています。財政不安の強い国の国債を多く保有する欧州系金融機関に対して、カウンターパーティ・リスクが意識される中、それらの金融機関の資金調達環境が悪化しており、それが、貸出金利の上昇や貸出姿勢の厳格化、企業や家計のマインド悪化などを通じて、実体経済の下押し圧力となっています。実体経済の弱さは、税収の伸び悩みをもたらし、財政再建が思うように進まない一因となっています。このように、欧州では、財政、金融、実体経済の間の「負の相乗作用」が問題となっています。この問題は、既に世界経済に大きな影響を与えているところですが、今後も、欧州経済のみならず国際金融資本市場への影響などを通じて、世界経済の下振れをもたらす可能性があります。例えば、欧州金融機関において、資産を圧縮する動きがさらに進むようなことがあれば、新興国・資源国向け貸出が抑制され、貿易金融などに影響が及ぶ懸念もあります。

欧州ソブリン問題は、先ほども触れたとおり、円高や株安といったかたちでわが国にも影響を及ぼしています。こうした金融面のルートに加えて、欧州と貿易面で密接な繋がりを持つ新興国・資源国経済などが減速する結果、こうした地域向けの日本の輸出が減少するといった貿易を通じたルートなど、様々な経路で日本経済への影響が強まる可能性があります。

欧州ソブリン問題を巡っては、リーマンショックのような世界金融危機に陥る事態を回避することが何よりも重要です。この点、欧州中央銀行は、金融市場への潤沢な資金供給を続けていますし、日本銀行を含む主要国の中央銀行も、ドルの資金供給の面で協力体制を整備しています。このように、各国中央銀行が、流動性の面で当面の対応を行っている間に、先月末の欧州首脳会合で合意された、ギリシャの債務削減、欧州金融安定基金の拡充、欧州金融機関の自己資本増強を柱とする「包括戦略」が、当事者の強い意志で着実に実行されていくことが求められます。また、問題とされている諸国の財政健全化や対外競争力の向上など、欧州諸国が本質的な課題にしっかりと取り組んでいくことが不可欠だと考えています。

こうした中、日本銀行は、最近の海外経済の減速や円高の動きなどが、先行きの日本の経済・物価に及ぼす影響を踏まえ、8月には10兆円、10月にはさらに5兆円と、2回にわたって「資産買入等の基金」を大幅に増額し、金融緩和を強化してきました。今後も、金融資産の買入れ等を着実に進め、基金の総額である55兆円程度に向けて、残り15兆円程度の残高を着実に積み上げていきます。

日本銀行としては、こうした包括的な金融緩和政策を通じた強力な金融緩和の推進、さらには、金融市場の安定確保や成長基盤強化の支援を通じて、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するよう、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく方針です。

おわりに

最後になりましたが、日本証券業協会では、本年6月に取り纏められた「証券市場の新たな発展に向けた懇談会」報告書の提言を受けて、証券市場の信頼性向上に向けて様々な取り組みを行っておられます。今後とも、証券業界の皆様方が、わが国証券市場の発展、わが国経済の発展に貢献されることを祈念しまして、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。