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【講演】金融機関「超」選別時代のリテール戦略

「金融リテール戦略2011」における講演

日本銀行副総裁 西村 清彦
2011年12月9日

目次

はじめに

本日は、「金融リテール戦略2011」のシンポジウムにおいて、金融界の第一線でご活躍をされている多くの皆様の前でお話する機会をいただき、大変光栄に存じます。

現在、日本経済は、3月に発生した東日本大震災からの復旧・復興から、急速に進行している少子高齢化への対応に至るまで、様々な課題に直面しています。人々や企業の日々の営みを支える金融サービスのあり方は、当然のことながら、こうした日本経済が抱える諸問題と切り離して論じることはできません。

このような観点を踏まえつつ、本日は、最近のわが国のリテール金融を取り巻く環境の変化と、その下で考え得る事業戦略について、私なりの整理をお話したいと思います。皆様方が今後のリテール戦略を考える上で、何らかの手掛かりになれば幸いです。

1.わが国のリテール金融を取り巻く環境の変化

リーマン・ショックを契機として発生した金融危機の後、金融機関のビジネスモデルを巡る人々の考え方には大きな変化が生じています。すなわち、市場性資金への高い依存や大胆なリスクテイク、構造が複雑な金融商品の組成・販売などを通じて、極めて高い収益を目指す金融ビジネスモデルの持続性が疑問視されています。このような見方は、ここのところ欧州債務問題の深刻化もあって金融資本市場の変動が激しさを増し、金融機関収益が不安定となる中、ますます強まっているように感じられます。こうした下で、欧米では、いわゆる「投資銀行モデル」から伝統的な「商業銀行モデル」への、原点回帰ともいえる動きが広がりを見せています。商業銀行重視の流れは、当然の帰結として、収益面でも資金調達面でも「安定性」の源泉となり得る、リテールビジネスの再評価をもたらしています。大胆に予測をすれば、今後、世界の金融機関は、リテールビジネスの強化に向け、創意工夫にしのぎを削るようになると考えられます。これは顧客サイドからみると、リテール金融サービスに関する選択肢が広がり、より選別的に行動することが可能になるということを意味します。本日のシンポジウムのキーワードには「金融機関選別時代」が掲げられていますが、今や、それを一歩超えた、「金融機関『超』選別時代」になっていると言っても、過言ではないと思います。

金融機関経営を巡って、グローバルな競争環境の変化が起こりつつある中、わが国では、本年3月に発生した東日本大震災とその後の状況を通じて、「経済活動を支える金融」の重要性が改めて浮き彫りとなりました。リテール金融は、まさにその国の経済活動に根差しているところに特徴があります。わが国経済の現状をみますと、持ち直しの動きが続いているものの、海外経済の減速の影響などから、そのペースは緩やかになっています。先行きは、当面、海外経済の減速や円高に加えて、タイの洪水の影響を受けるとみられます。もっとも、その後は、新興国・資源国に牽引される形で海外経済の成長率が再び高まることや、震災復興関連の需要が徐々に顕在化していくことなどから、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。こうした状況の下で、震災からの復興をより確かなものにするとともに、より長い目でみた課題を乗り越えて、日本経済が持続的な成長の道筋を確保していくためにも、金融機関は、人々の暮らしや企業の活動を、金融面から着実にサポートしていく必要があると思います。

日本銀行も、短期的な震災からの復興や、やや長い目でみた成長力の強化といった課題への取組みを、中央銀行の立場からサポートするため、「被災地金融機関を支援するための資金供給」や「成長基盤強化を支援するための資金供給」といった施策を実施しているところです。金融機関にも、日本経済が抱える課題の克服を支援するために、リテール金融の分野を中心に、どのような取組みができるのかが、問い掛けられているのだと思います。そこで、リテール金融の主要な要素である個人向け金融と中小企業向け金融、それぞれの分野において、こうした観点からみた場合に考え得る方向性をお話したいと思います。

2.個人向け金融における金融機関の役割

東日本大震災後における「リテール力」の発揮

まず、個人向け金融の分野で、東日本大震災の発生後、「リテール力」の重要性が改めて示された事例を一つご紹介します。震災発生後、生活の本拠を失われた多くの方々が、震災の影響が大きくなかった、かなり遠方の地域に避難されました。こうした方々は、避難先で様々な問題に直面された訳ですが、金融サービスにアクセスができなくなったことは、その中でも特に深刻な問題でした。避難された皆さんの多くは、預金通帳などを失くされていました。こうした方々は本来の生活本拠の金融機関に預金口座を持っていたのですが、そこから遠く離れた避難先には取引先金融機関の支店や出張所がありません。加えて、避難された方の中には高齢者も多く、インターネットバンキングやクレジットカードではなく、預金通帳や現金で取引されることが多いようです。このため、生活本拠が移動した時には金融面で大変な不便に直面することになりました。このような状況に対して、金融機関は迅速に対応し、相互に連携しました。そして、震災発生からわずか2週間足らずの間に、被災地にある金融機関に口座を持つ預金者が、預金通帳を持っていなくても、避難先の金融機関で預金支払いを受けることができる仕組みを作り上げました。また、被災地域においても、建物の損壊や浸水といった震災の直接的な影響により、一部店舗でのオペレーションやATMの使用が不可能になりましたが、仮設店舗の設置や近隣店における休日営業などにより、被災された方々の生活や経済活動を支えました。これらはまさに、困難な状況にある顧客のニーズに真正面から向き合い、必要な対応策を迅速かつ柔軟に講じて金融サービスを提供したという点で、日本の金融機関の「リテール力」の高さを示す素晴らしいエピソードだと思います。

高齢化時代における個人向け金融の戦略

こうした震災後の経験は、金融リテールビジネスにおける当たり前の、しかし重要な要素を改めて指し示していると思います。例えば、顧客からみたリテールサービスの利用の容易さ、すなわち「アクセシビリティ」の重要性です。金融機関サイドが、金融リテール分野において、どれだけ豊富な、かつ高度な品揃えを行っても、最終的に顧客が利用できなければ、金融サービスは供給されようがないということです。また、顧客ニーズの変化を逸早く察知し、「現場力」で柔軟な対応を行うことの大切さも感じます。さらに、やや大きなテーマとして、少子高齢化という人口動態の変化にしっかりと向き合うことの必要性も、示されたように思います。

マーケティングの世界における重要な切り口の一つに「顧客分析」があります。「顧客分析」とは、ターゲットとなる顧客の性質や行動の特徴をよく分析し、それを事業戦略の構築に役立てていくことです。こうした観点に立つと、今後、個人向け金融の分野においては、「顧客層の高齢化」が重要なポイントとなると思います。先日発表された国勢調査によれば、わが国では、総人口が微増にとどまる中で、65歳以上の人口は前回から1割以上増加しています。この結果、総人口に占める65歳以上の割合は前回から2.8%ポイント上昇して23.0%となっており、国際比較でも、2位のドイツ・イタリアの20.4%を引き離し、世界一の水準となっています。

それでは、高齢者層が必要としている金融サービスはどういったものでしょうか。まず、退職金の運用ニーズなどに対応するリスク性資産の販売や、リバースモーゲージ、遺言信託など、高齢者が保有する資産の活用という点に着目したサービスが考えられます。これまでも多くの提言や実際の取組みがなされてきましたが、まだ道遠しというところです。この分野においては、個々の高齢者の資産運用、ないし生活資金確保の要望が、それぞれの年齢や健康状態、資産蓄積の状況、さらには金融に対する知識の程度などに応じて、千差万別であるという点に留意する必要があります。場合によっては、金融以外の分野と連携して対処する必要が出てくるのかもしれません。そして、顧客が何を望んでいるのか、その本当のところを知るためには、きめ細かい双方向のコミュニケーションをいかに実現するかが鍵となります。人材の育成や活用といった面を含め、一段の知恵が求められるところだと思います。

次に、より日常的な預金や資金決済という面にまで広げて考えると、どのようなことが言えるでしょうか。通常、リテール戦略といった場合には、インターネットバンキングやモバイルバンキングなどが語られることが多いと思います。顧客の嗜好や商流の変化を捉えると同時に、顧客の間口を比較的低コストで広げていこうとした場合、これらが重要な取組みであることは言うまでもありません。もっとも、こうしたチャンネルは基本的に若い世代が多用するものだけに、高齢化が進行しているわが国の人口構成に、十分にマッチしたものと言えるかどうか、十分な点検が必要です。むろん、高齢者の間でも、インターネットの利用がかなり進んできていることは事実です。それでもなお、金融機関が提供するオンライン・サービスが、操作性なども含めて「アクセシビリティ」の面で、高齢者の視点を十分に織り込んだものとなっているのかどうかについては、吟味する余地があるように思います。

このように、今後は、高齢層の行動を今一度よく観察し、戦略に反映していく視点が重要になります。この点、高齢者が金融サービスを利用する上で重視するポイントが、「安全」、「安心」であることは、各種調査などで多く示されています。高齢者を主たるターゲットとする「振り込め詐欺」の被害が、なお多く発生していることなどを考えると、これは当然のことと思います。地域金融機関の中には、本人確認事務の面などで工夫を凝らした防犯機能を付した預金サービスを提供しているところがあると聞いています。さらに、「安全」という面で一歩踏み込んで、一人暮らしの高齢者のご自宅を訪問して安否を確認するといった取組みを進めている先もあるようです。最近、警備会社や鉄道会社などが提供している「見守りサービス」に人気が集まっていることを踏まえると、こうしたサービスに対する高齢者のニーズは強いのではないかと思います。むろん、全ての金融機関にとって提供可能なサービスではないかもしれませんし、コスト面からの検討も必要となりますが、リテール戦略において差別化を図ろうとする場合の、一つの方策とみることは可能です。

このほか、日本経済は少子化という課題にも直面していますが、この面からも、新たなサービスへのニーズが産み出されつつあるように思います。例えば、先行き少子化が進んでいけば、子供一人が相続する資産規模は増大することが見込まれます。資産の規模が大きくなれば、それを様々な商品に分散して投資することが容易になりますので、そのための情報提供などへのニーズが高まることが予想されます。また、生産年齢人口が減少する下で中長期的に経済成長を実現していくために、これまで以上に女性の労働市場への参加が進むことが期待されています。最近では、女性向けに特化した資産運用セミナーなどを開催する金融機関も増えているようですが、社会進出に伴って増加した所得を運用したいという女性のニーズは、今後さらに高まっていくことになるのではないかと思います。

金融機関にとってのメリット

以上のように、通常よりも一歩踏み込んだサービスの例を敢えてご紹介してきましたが、これは、こういった取組みをビジネスという観点で捉え直すことにより、顧客のみならず、金融機関自身にとってのメリットとなり得る可能性を指摘したいからです。わが国の金融機関の収益性が低いことについては、日本銀行も、金融システムレポート等を通じて繰り返し申し上げてきたところです。例えば、リテールの中心である預金関連業務の収益性については、総資産収益率(ROA)が0.03%程度にとどまっており、米国の0.14%と比べると、その差は歴然としています。この点、効果が認知されやすい新たなサービスを提供できれば、その部分について、内容などに応じたきめ細かな手数料体系を設定し、リテールビジネスの収益性の改善に繋がる可能性も生まれてくるものと思います。実際、小売業の分野では、良い商品を小分けにして買いやすくすることで、業績を伸ばしている企業があります。消費者は、良いと皆が認知するものにはきちんと対価を払ってくれるのです。

その意味でも、「顧客分析」の視点は重要です。顧客の属性データなどを手掛かりに、リスク選好や自行への粘着性といったターゲットとなる顧客層の特徴をよく把握し、それをもとに、顧客が高く評価してくれるサービスをつかみ、それに応じた手数料体系の構築に繋げていくことが必要なのです。

3.中小企業向け金融における金融機関の役割

次に、中小企業向け金融の分野では、今後どういった戦略を考え得るのでしょうか。この点、中小企業についても、「顧客分析」を行ってみましょう。すると、中小企業が、将来の不確実性が極めて高い状況の下で、どういったビジネスモデルを構築していくのか、あるいは、グローバル化にどのように対応していくのか、といった様々な難問に直面している様子が浮かび上がります。とくに、大企業とは異なり、中小企業の多くは情報やノウハウへのアクセスが限定されているため、金融機関から提供されるサービスへの期待は大きいと考えられます。よく使われる言葉で言い換えると、「ソリューション提供力」が強く求められている状況です。そうした観点から、ここでは、中小企業向け金融において重要となる方向性を、4点ほど挙げてみたいと思います。

事業環境の変化に対応する取組みのサポート

1つ目は、事業環境の変化に対応するための企業の取組みをどうサポートしていくか、という視点です。例えば、経済のグローバル化や足もとの円高などを受けて海外進出を図る中小企業にとって、情報やノウハウの不足は大きな問題です。これに対し、金融機関サイドにおいては、ジェトロなどの政府系機関との協働や、大手金融機関と地域金融機関の間の連携などを通じ、様々な対応を進めていますが、まだ緒に就いたばかりというのが現状です。また、今回の大震災後、生産面での影響が、被災地から遠く離れた地域や、果ては海外にまで及んだことから分かるように、今や、サプライチェーンは、地域的にも業種的にも、極めて広い範囲にわたっています。このように、ビジネスが広域化する中では、自らの製品やサービスが連関する別の企業までの距離が遠くなり、それを探し当てるのは、とくに中小企業にとって至難の業です。こうした状況にある中小企業に対して、金融機関の顧客ベースの広さや情報ネットワークを活用して情報や機会を提供していくことは、リテール金融の一つの方向性と考えられます。

企業再生に向けた取組みのサポート

2つ目は、業況が悪化した企業の経営改善・企業再生に向けた取組みをどうサポートしていくか、という視点です。企業の経営改善や企業再生は、金融機関にとって、信用コストの減少や自らの営業基盤の維持に繋がるといったメリットを持ちます。加えて、わが国経済全体にとっても、本来は成長性の高い技術やサービスを有している企業が、体質改善を迅速に進め、生産設備や人的資源の稼働率を高めることができれば、成長力の底上げという大きな成果をもたらすことになります。日本銀行でも、従来から「考査の実施方針」などでその重要性を繰り返し強調してきました。また、とくに現在は、東日本大震災という突発的に発生した外部ショックの影響をどう克服していくのかという課題に、被災地を中心とする多くの中小企業がチャレンジしています。こうした復旧・復興に企業が取り組む際には、先ほど申し上げたような情報や機会の提供に加え、再生可能性に応じて中小企業の事業再建を粘り強くサポートするなど、リテール金融が果たすべき役割はこれまで以上に大きくなっています。

起業段階や成長段階にある企業のサポート

3つ目は、起業段階や成長段階にある企業をどうサポートしていくか、という視点です。少子高齢化の下で、持続的な経済成長を実現していくためには、成長性の高い事業や新規事業に取り組む企業の成長をサポートし、経済全体の潜在成長力を引き上げていくことが重要です。

これまで、起業段階にある企業は、不動産などを十分に保有していないケースが多く、不動産担保に依拠した従来型の融資の対象になりにくいため、資金制約に晒されやすいという面がありました。この点、ABL(動産・債権担保融資)では、事業開始当初から発生する売掛金や在庫を担保に借入をすることが可能となるため、成長性の高い企業の資金制約を緩和する効果があると見込まれます。また、ABLには、金融機関にとっても、融資先が行っているビジネスの実態を把握する能力に磨きがかかるといった重要な効果があります。すなわち、動産や売掛債権といった担保は、物理的にも価格的にも変動しやすいものであるため、与信実行時の審査に加え、融資実施後の中間管理を徹底することが重要となります。したがって、債務者実態を継続的にモニタリングする体制の構築が不可欠です。もちろん、これはコストのかかる取組みではありますが、一方で、金融機関にとっても、債務者実態の把握力向上に繋がるほか、融資先に対するガバナンスを効かせやすくなるといったメリットもあります。また、今後の企業戦略やビジネスマッチングに関する提案力の向上にも繋がるはずです。このように、ABLは、中小企業サイド、金融機関サイド双方にとってメリットの大きいものですが、残念なことに、これまでは、売掛債権に譲渡禁止特約が付いていることが多いという商慣行のほか、「在庫や売掛債権まで担保に出すほど資金繰りに窮しているとみられるのではないか」といった風評リスクへの懸念から、借り手である企業にも抵抗感が大きく、必ずしも普及が進んでこなかったというのが実情です。

本年6月、日本銀行は、昨年の夏から実施している成長基盤強化支援のための資金供給において、ABLなどに対象を限定した新たな貸付枠を設定し、資金供給を行っています。日本銀行がこうした施策を実施した背景の一つには、ABLに対する認知度を高め、これまでの見方を変えたいという狙いもあります。

なお、ABLの普及という観点からは、電子記録債権の拡大に期待しています。電子記録債権では、登録段階では譲渡禁止特約が付されないことが前提となっているほか、売掛債権の流動化や担保化が容易になるというメリットがあります。既にメガバンクは電子記録債権の登録機関を設立し、地域金融機関も参加して取引を行っていますし、来年には、全国銀行協会の登録機関もスタートします。これにより、売掛債権の活用が全国的に拡がり、ABLの普及に弾みがつくことを期待しています。

事業承継のサポート

4つ目は、事業承継をどうサポートしていくか、という視点です。少子高齢化は、オーナー企業を中心に、中小企業の経営においても大きな問題です。中小企業が保有する技術やノウハウをスムーズに継承していくことは、わが国経済の将来にとっても大きな意味を持ちます。中小企業の事業承継については、銀行借入に際して経営者が個人保証を付しているケースが多いため、後継者が保証を引き継ぐことを嫌ったり、引き継ぐための資金を銀行借入に求めても個人資産が十分ではないため保証能力を認めてもらえない、といった事態が多く発生しています。こうした問題を乗り越えるためには、M&Aによって買収する側の企業が既存借入や個人保証を肩代わりすることや、MBO(マネジメント・バイアウト<経営陣による自社の買収>)により、後継者に融資することが有効な手段となります。この点、金融機関の側には、当該企業の特質や企業価値、M&Aによる企業価値向上効果を見極めるとともに、買収企業を見つけ出す能力が必要とされます。なお、この分野は、中小企業の経営者にとって個人向けの金融サービスと密接不可分のものであり、そこでは、企業経営のノウハウから相続に絡む税務面のアドバイスに至るまで、極めて広範な「リテール力」が求められる分野であることも特徴だと思います。

「目利き力」から「掘り起こし力」へ

以上、中小企業向け金融の分野で、私が重要と考える方向性を4つほど申し上げてきましたが、今後、どの方向性でも共通して必要とされる「リテール力」は、実は従来から強調されている「目利き力」、つまり、事業環境、顧客の特徴や強みを把握し、企業の将来性を見極める能力にとどまらなくなっています。それを超え、新たな価値を生み出し得る企業や海外を含む新たな販路、ビジネスパートナーなどの開拓に金融機関自身が取り組み、企業の成長力を積極的に引き出していくという、「掘り起こし力」までが期待されているのだと思います。ここで必要となるのは、金融機関が、企業を単なる財務データの集合体として捉えるのではなく、積極的なコミュニケーションを通じて、ダイナミックに変化する企業の生の姿、事業実態やその企業を取り巻く環境の変化を把握する姿勢をしっかり維持し続けることであると思います。

先ほどABLについてご紹介した際、担保価値の変動が起こりやすい動産などを継続的にモニタリングするコストがかかるものの、債務者実態を把握する力を向上させるためには、むしろチャンスと考えることもできるといった趣旨のお話をしました。この点、リテール金融の世界でかつて流行した「スコアリング融資」からの教訓を思い起こさねばなりません。取引先の財務諸表等から自動的に計算したスコアを用いて審査を簡略化する代わりに、それによるコスト削減を金利面で還元する「スコアリング融資」については、そのコンセプト自体が否定されるべきものではありません。もっとも、当時は、必要な数字をモデルに投入すれば、スコアというかたちで顧客の信用力が明快に示される、あたかも魔法の杖であるかのように言われ、ある種の過信が存在していたように思われます。その後、そうしたモデルを用いた融資から、多額の信用コストが発生したという事実は、たとえモデル自体が有効なものであったとしても、その前提となる数字が債務者実態を正確に表していたのか、その正確性を見極める最初の努力を怠っていなかったのか、という点について大きな反省を与えるものでした。すなわち、「スコアリング融資」という形をとる場合であっても、債務者実態の把握という基本動作には相応のコストをかける必要があります。そこで必要となるのは、双方向のコミュニケーションです。前半にお話した個人向けも含め、リテール金融ではマス・マーケティングを行う必要があるだけに、高度なIT技術を駆使することが不可欠です。しかしながら、IT技術によるデータ処理を行えば顧客とのコミュニケーションを省けるといった思考に陥れば、付加価値のある金融サービスの提供は望むべくもありません。やはり、金融機関が、能動的に顧客のことを知る努力をしなければ、顧客ニーズに即した金融サービスの提供という域に達することはできないという点を、改めて強調しておきたいと思います。

おわりに

以上、本日は、「金融機関『超』選別時代」にリテール金融の分野が取り得る戦略について、東日本大震災からの復興や少子高齢化といった、わが国経済が直面する課題を念頭に置きながら、私なりの考えをお話してきました。

もちろん、本日申し上げたことは、いずれもどういったアプローチがあり得るかということであり、これを現実の取組みとして実務レベルに落とし込み、実行していくためには、地道な努力が不可欠なのだと思います。また、既にこうした取組みに着手しておられる金融機関もあるでしょうし、他にも様々なアプローチがあると思います。そして、こうした取組みは、金融機関自身にとっても、収益性の改善や顧客の実態把握力の向上といったメリットをもたらすものだと考えています。

我々日本銀行自身も、わが国経済が抱える課題の克服に向けてどういった貢献ができるのかを、引き続き考えてまいります。また、金融機関の取組みに対しても、考査やオフサイト・モニタリングにおける対話のほか、金融高度化センターの活動、金融システムレポートの公表などを通じて、可能な限りのサポートを行っていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。