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【挨拶】最近の金融経済情勢について

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福岡県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 亀崎 英敏
2012年2月29日

目次

1.はじめに

日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、福岡県の経済界ならびに行政を代表される方々にお集まり頂いて懇談の機会を賜り、ありがたく存じます。また、皆様方には、日頃、福岡支店が大変お世話になっておりますことを、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

私は、高校を卒業するまで旧山門郡山川町、現在のみやま市で過ごしており、福岡県は私の故郷です。この度は、こうして故郷の皆様との懇談の機会を得まして、大変嬉しく思います。

私は、2007年4月までの41年間、総合商社に勤務した後、日本銀行の審議委員を5年近く務めて参りました。日本銀行では、総裁・副総裁と審議委員からなる9名が、各地の経済界や行政の方々と金融経済情勢等についての意見交換の目的で懇談会を開催しています。本日は、まず私からマクロの金融経済情勢についてお話させて頂きます。もっとも、マクロの金融経済情勢は、地域ごと、業種ごとのミクロの観点からはしっくり来ない点もあるかもしれません。また、日本銀行の政策運営に対するご意見もおありかと思います。そうした点につきましては、後ほど皆様からのお話を伺いながら、勉強させて頂きたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

2.経済・物価情勢

(1)世界経済

昨年夏以降、国際金融資本市場では、欧州債務問題に対する懸念から、緊張感が大幅に高まりました。欧州周縁国を中心とする財政規律に対する懸念が、周縁国の国債を多く保有する金融機関の財務の健全性への不信感を通じてこれら金融機関による資金調達を困難にしました。それが企業や家計への貸出態度の悪化に繋がるとともに、各経済主体のマインド面をも通じて実体経済にも悪影響をもたらすなど、財政、金融および実体経済の三者間で負の相乗作用が働いています。また、投資家のリスク回避姿勢の強まりや欧州の銀行によるディレバレッジングの影響は、地理的に近接する中東欧諸国に加え、貿易金融等を通じて関係を有するアジア等でも一部みられています。

昨年夏以降の欧州債務問題の最大の特徴は、ギリシャ、ポルトガルなど一部の周縁国に限定されていた債務問題が、イタリア、スペインなど欧州主要国に伝播したことです。これにより欧州域内の国債を多く抱える銀行の株価が下がりました。もっとも、足許の金融資本市場をみると、欧州中央銀行の3年物オペによる大量の資金供給の効果や、日本を含む6か国の中央銀行が協調して実施している米ドル資金等の供給策などが機能しているほか、足許ではユーロ圏の財務相会合において総額1,300億ユーロからなるギリシャに対する第2次支援策が決定されたこともあって、市場の緊張感が幾分和らいでいる状況です。

ただし、こうした施策はあくまでも、当面の金融面での混乱を防ぐための止血策に過ぎません。より重要なのは、現在欧州の当局が検討している、(1)個別国の財政改革と競争力の強化、(2)ユーロ圏内部の財政ガバナンスの強化、(3)金融資本市場や金融システムの混乱を封じ込めるための資金基盤——いわゆるファイアーウォール——の拡充、にいち早く取り組むことだと考えます。

ユーロ導入の理念は、各国が財政規律を保持するもとで通貨統合を行うことにより、為替変動のない一つの経済圏を作ることにありました。ところが、実際ユーロが導入されると、ギリシャなど欧州周縁国は強い通貨と低い金利の恩恵を享受するかたちで個人消費などを増加させたことにより対外不均衡を拡大させたほか、労働市場の硬直性などを背景として賃金水準が生産性対比高めとなる中で、対外競争力を低下させました。一方、ドイツなどの一部の国は製造業を中心に生産性の向上を通じて輸出競争力を強化させたため、域内の経済状況や競争力の格差が拡がりました。本来であれば、金融危機が生じる前に財政規律の強化や競争力の回復に向けた努力が行われるべきであったにも拘らず、景気拡張期にはそうした推進力が働きませんでした。そして実際に金融危機が発生し、ユーロが抱える構造的な問題が顕在化した結果、欧州は、当初掲げた目標を達成するため、通貨統合を補完する財政規律や競争力強化に向けた重要な問題に直面しています。政治が各国の民意に左右される以上、意思決定には非常に時間がかかりますが、この問題は世界の金融資本市場および経済活動に大きなショックをもたらしかねないことから、迅速かつ十分な規模のファイアーウォール構築と、各国財政や経済構造の根本的な改革による解決を期待します。

こうした中、世界経済は減速しています。わが国が直面する海外経済の成長率は、前期比年率で昨年の1〜3月の+6.5%から、4〜6月は+3.0%へと減速した後、7〜9月には+3.8%と幾分加速しましたが、10〜12月期は再び+0.9%へと減速しています(図表1(1))。先行きについては、欧州債務問題が一段落するにはまだ暫く時間がかかるとみられるほか、米国経済も家計のバランスシート問題が個人消費の足枷となって力強い成長は期待しにくい状況です。家計のバランスシート問題の解決には、住宅価格が底を打って更に上昇に転じることで住宅ローンの額が住宅の価値を上回る「ネガティブ・エクイティ」の状況が解消されるか、もしくは雇用所得環境の改善により家計の債務返済能力が回復するかの少なくとも何れかが必要となります。しかしながら、過剰債務の調整には相当な時間がかかるというのが日本のバブル後の経験です。このように、先進国経済が全体として伸び悩む中で、私は、新興国・資源国経済を中心に世界経済が成長するシナリオを描いています。この点で、新興国・資源国経済にかかる期待は大きい訳ですが、様々な不確定要素がある中で新興国・資源国が世界経済の成長をどこまで牽引できるかに注目しています。

(2)日本経済

日本経済は、昨年3月の東日本大震災を受けて一時的に落ち込みましたが、その後は企業の懸命な努力によりサプライチェーンの修復が進む中、電力使用制限も経済活動の大きな制約とはならず、夏場にかけて震災からの落ち込みを取り戻しました(図表1(2))。秋以降は、欧州債務問題に加えてタイの洪水という新たな負のショックが発生したことや為替円高の影響により、輸出や生産には下押し圧力が働いています。一方で、個人消費は、これまで抑制されていた需要の復元もあって底堅く推移しているほか、設備投資は被災した設備の修復などから緩やかな増加基調にあります。このように、日本経済は現状、プラス・マイナスの力が拮抗する中、横這い圏内で推移している状況です。2011年度の実質GDP成長率は、震災による供給制約に加え、海外経済の減速や為替円高の影響などから、全体としても若干のマイナス成長となるとみています。

こうした中、財政健全化に向けた取り組みも、わが国が抱える大きな課題の一つです。リスクが顕在化している欧州債務問題は、わが国にとって決して対岸の火事ではありません。日本の財政状況を他国と比較してみると、プライマリーバランスでみればスペインやポルトガルと同程度に悪化しているほか、政府債務残高はグロスでみるか、政府が保有する金融資産と相殺したネットベースでみるかによらず極めて大きい状況です(図表2(1))。各国の国債の保有者別内訳をみると、日本は欧米諸国に比べて海外投資家の保有比率が低いので安心であるとの楽観的な見方もあります(図表2(2))。実際、日本では現状、国債価格の低下(長期金利の上昇)が生じているわけではありません。しかしながら、欧州債務問題からの教訓は、一旦財政への信認が低下すれば国債も安全資産と認識されなくなるおそれがあるということです。日本国債についても、これまで安定的に消化されてきたのだから、これからも心配ないと考えることは適切ではありません。日本国債に対する信認も、非連続的に変化し得ると思います。政府の試算では、わが国の財政は今後も厳しい状況が続く見込みです。こうした状況を改善するためには、成長戦略の着実な実行による成長率の引き上げや、社会保障制度や税制の見直しなど、中長期的に財政バランスを維持できると人々が思えるように財政の健全化に向けた道筋を確固としたものにし、これに沿って着実に取り組んでいくことが不可欠であると考えます。

この間、国際収支統計によれば、2011年の貿易収支は-1.6兆円となり、1963年以来48年振りの赤字となりました(図表3(1))。この背景として3点ほど申し上げます。第1に、輸出が震災に伴う供給面の制約から大幅に減少し、輸入が代替品需要から中間財などで増加したためです。第2に、原発停止に伴う火力発電需要の高まりから、原油や天然ガス等の原燃料輸入が増加したためです。第3に、秋以降の海外経済の減速や円高、タイの洪水なども貿易収支の下押し要因となっています。このように昨年の貿易収支の赤字には様々な要因が複合的に作用していると考えますが、このうち、震災に伴う供給制約やタイ洪水の影響については一時的なもので今年以降の輸出入には影響を与えないと考えています。こうした中、先頃発表された貿易統計速報によれば、1月の日本の貿易収支は-1.5兆円となり、1979年以降で最大の赤字額となりました(図表3(2))。これには、今年はアジア地域の春節が2月から1月へとずれたことによる輸出の落ち込みという特殊要因が大きく影響しているとみています。

この貿易収支に、国際間のサービス取引にかかる費用の受取および支払を計上するサービス収支、海外からの利子・配当金等の受取・支払等を計上する所得収支、政府の食料援助など無償資金協力や国際分担金などを計上する経常移転収支の3項目を加えたものが経常収支です。2011年の経常収支については、貿易収支の赤字を主因に大幅に減少しましたが、黒字を維持しています(前掲図表3(1))。これは、これまでの直接投資や証券投資からの利子や配当などの増加によって、所得収支が大幅な黒字となっているためです。先行きについても、約250兆円にのぼる対外純資産が存在するもとで、所得収支の黒字が維持されていく可能性が高いと考えます。したがって、貿易収支の赤字が急速に拡大していかない限り、経常収支の黒字トレンドは、当分の間、変わらないものとみています。

(3)足許の物価情勢

次は、物価情勢です。国際商品市況は、新興国の経済成長などを背景に、2009年春頃から上昇してきましたが、昨年夏頃の国際金融情勢の不安定化に伴い弱含んだ後、横這い圏内の動きとなりました(図表4(1))。ただし、ごく最近では、地政学リスクなどを背景に、強含んでいます。日本の輸入物価や、国内における財の企業間取引価格変動を示す国内企業物価指数は、これまでの国際商品市況の動きを反映して、概ね横這い圏内で推移しています(図表4(2)、(3)および図表5)。また、家計の財・サービスの購入価格の変動を示す、生鮮食品を除く消費者物価指数は、マクロ的な需給バランスが緩やかな改善傾向を続ける中、2009年頃から下落幅は着実に縮小していますが、最近では輸入物価や国内企業物価指数の動きも反映して、概ねゼロ近傍で推移しています(図表5)。

先行きについても、国際商品市況の変動に伴う振れはあると考えられますが、これまでの需給ギャップの動きを踏まえますと、生鮮食品を除く消費者物価指数は、当面、若干のマイナスの可能性を含めて、ゼロ近傍で推移するとみています(図表6)。

(4)展望レポート

以上は、私の日本経済に対する見方ですが、日本銀行では、毎年4月と10月に、全政策委員の見方を統合した「経済・物価情勢の展望」を作成し、見通しの計数を併せて公表しています。また、1月と7月にはその修正見通しも公表しています。

最新の見通しは、1月下旬に公表したものです(図表7)。この中間評価では、わが国経済の先行きについては、当面、横這い圏内の動きを続けるとみていますが、その後は、新興国・資源国に牽引される形で海外経済の成長率が再び高まることや、震災復興関連の需要が徐々に顕在化していくことなどから、緩やかな回復経路に復していくとみています。物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比をみると、当面、ゼロ%近傍で推移した後、2013年度には明確なプラスとなるとみています。

以上の中心的な見通しを巡っては、様々な不確実性が存在しており、各政策委員は予想値の実現性を確率で示しています。それを全員分まとめてグラフで示したものが図表8です。棒グラフの山の高さや裾野の広さはメインシナリオの実現性の高さや低さを示しますが、より将来の見通しほど山は低く、裾野は広くなっており、先行きの不確実性が高いことが分かります。こうした不確実性の中身についてですが、景気に関する最大のリスク要因は、引き続き、欧州債務問題の今後の展開です。その影響は、直接・間接の貿易面のルートを通じて、既にわが国の輸出・生産にも及んでいます。今後も、国際金融資本市場を通じた影響を含めて、世界経済ひいては日本経済の下振れをもたらす可能性には注意が必要です。米国経済については、雇用所得環境が堅調に改善する中、家計の景況感などに底堅い動きもみられていますが、さきほど申し上げたように家計のバランスシートの調整圧力が引き続き経済の重石となっています。世界経済の牽引役として期待される新興国・資源国では、例えば中国ではインフレ率が一時期に比べて低下してきていますが、物価安定と成長を両立できるかどうか、なお不透明感が高い状況が続いています。

物価面をみると、イランを巡る情勢などの地政学リスクの影響により国際商品市況が上昇し、国内の物価上昇率が上振れる可能性がある一方、実体経済の下振れが、中長期的な予想物価上昇率の低下などに繋がることを通じて、物価上昇率が下振れるリスクもあります。

3.金融政策運営

(1)物価安定の下での持続的成長に向けた政策運営

日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的な成長経路に復帰するために、包括的な金融緩和政策を通じた強力な金融緩和の推進、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援という3つの措置を通じて、中央銀行としての貢献を粘り強く続けています。

イ.強力な金融緩和の推進

まず、日本銀行は、2月13日から14日にかけて行われた金融政策決定会合において、新たに次の3点について決定しました(図表9)。

(イ)「中長期的な物価安定の目途」の導入

第1に、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として、「中長期的な物価安定の目途」を新たに導入しました。従来は、各政策委員が中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率の範囲を「中長期的な物価安定の理解」として示してきました。今回、これに代えて、日本銀行として中長期的に持続可能な物価の安定と整合的と判断する物価上昇率を政策委員会で決定し、それを「中長期的な物価安定の目途」として示すこととしました。そして、この「中長期的な物価安定の目途」は、消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%をその目途としています。

(ロ)緩和姿勢の明確化

第2に、いわゆる時間軸政策を使った日本銀行の金融緩和姿勢の明確化です。当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策——即ち無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標水準を「0〜0.1%程度」とすること——と金融資産の買入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進していくこととしました。ただし、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないことを条件としています。

(ハ)資産買入等の基金の増額

第3に、資産買入等の基金の増額です。具体的には、資産買入等の基金を55兆円程度から65兆円程度に10兆円程度増額することとしました(図表10)。今回の増額に当たっては、長期国債を対象とすることとしました。これは、企業の資金調達が基本的には円滑に行われている現状を踏まえ、長期国債の買入れを通じて金融市場全体の緩和効果の更なる浸透を図ることが適当と考えたためです。先の金融政策決定会合時点で、資産買入等の基金の残高は43兆円程度であったため、今回増加分と併せ、本年末までに残高は22兆円程度増加することになります。

資産買入等の基金は、短期金利の低下余地が乏しい中にあっても、長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促すことで、一段の金融緩和効果を得ることを企図して設けたものです。日本銀行では、この基金において、今回増額した国債のほか、CP、社債、ETF、J-REITといった多様な金融資産の買入れと、3か月ないし6か月の資金を0.1%で供給するという固定金利オペを行っています。

今回の基金の増額により長期国債の買入れペースは、これまでの月間約5,000億円から約1.5兆円へ大幅に加速することになります。これに、趨勢的な銀行券需要にあわせて実施してきている長期国債の買入れの月間1.8兆円と合わせますと、本年末までの間、月間約3.3兆円、年間で約40兆円のペースで大規模に長期国債を買い入れていくことになります。ただし、こうした大量の国債買入れは、物価安定のもとでの持続的成長の実現のために行うものであり、財政ファイナンスを目的としたものでないことは言うまでもありません。

ロ、金融市場の安定確保

次に、日本銀行では、多様な資金供給オペレーションなどを活用して、金融市場の安定に万全を期していく方針を示しています。震災直後に金融市場に不安感が拡がった際には、既往最大規模の資金供給も行いました。また、金融機関が、いつでも資金を調達できるという安心感を醸成するための措置もとっています。

このほか、一昨年の5月には、米ドル短期金融市場に緊張が再び高まっている状況に鑑み、カナダ銀行、イングランド銀行、欧州中央銀行、米国連邦準備制度、スイス国立銀行とともに、一時休止していた米ドル・スワップ取極を再び締結し、米ドル資金供給オペレーションの実施体制を改めて整備しました。また、昨年11月には、上記の6中央銀行は本措置を拡充し、貸付金利の引き下げや期限の延長(2013年2月初まで)、米ドル以外への対象通貨の拡大(他の5か国の通貨も追加)を決定しました。

ハ、成長基盤強化の支援

加えて、日本銀行は、成長基盤強化を支援するための資金供給を通じて、金融機関や企業の前向きな取り組みを後押ししてきています。具体的には、金融機関に対し、成長基盤強化に向けた融資・投資の実績額の範囲内で、国債等を担保として、長期(最長4年)かつ低利(0.1%)の資金を供給するというものです(図表11)。本施策は、2010年6月の決定以降、全国の金融機関から高い関心を呼び、残高は2011年半ばの段階で上限の3兆円に達しました。対象となった個別の融資・投資を分野別にみると、環境・エネルギー、医療・介護、社会インフラ整備、アジア投資・事業など多くの分野に拡がっています。また、本施策の資金供給期間は最大4年にもかかわらず、実際に金融機関が行っている個別の投融資の期間は平均で6年半を超えています。さらには、本施策を機に金融機関が専用のファンドや投融資制度を創設し、中には本施策における日本銀行からの借入限度額である1,500億円を超える投融資枠を設定する例もみられます。このように、本施策は狙いとした呼び水効果を十分に発揮してきていると考えています。

また、昨年6月には、金融機関が金融面の手法を一段と拡げ、わが国経済の成長基盤の強化に向けて、さらに活発に取り組むことを後押しする方向で、本施策を強化しています(図表12)。具体的には、新興企業や中小企業が直面しているリスク・マネーや不動産担保の不足といった問題の解決を側面支援すべく、金融機関が成長企業に対して投資や動産・債権担保融資を行った場合に、日本銀行がその範囲内で資金供給を行うというものです。これを機に、成長企業に対する投資や動産・債権担保融資といった現時点ではあまり一般的でない手法が拡がり、成長企業の育成に繋がっていくことに期待しています。また、そうすることで、日本経済の成長力向上に繋がるとともに、金融機関が成長企業を見分ける能力の向上にも繋がるものと考えています。この新たな資金供給についても、昨年9月に実施された第1回目では381億円、また12月に実施された第2回目では175億円を供給しています。債権担保の内訳をみると、設備、売掛金、製品・商品を担保とする資金供給が多いようです。このうち、設備については船舶や、工作機械、建設機械を担保とした案件などが持ち込まれています。

(2)東日本大震災を受けた日本銀行の取り組み

昨年3月の東日本大震災の発生から、あと10日ほどで1年が経過しようとしています。この震災に対し、日本銀行は、主に、金融・決済機能の維持、金融市場の安定確保、経済の下支えの3つの観点から、様々な措置を迅速に講じてきました。まずは震災発生直後より、被災地への現金供給、金融市場への潤沢な資金供給、資産等買入れの基金の増額など金融緩和の一段の強化、といった施策を実行しました。また、4月には、こうした措置に加えて、被災地の金融機関を対象に、今後予想される復旧・復興に向けた資金需要への初期対応を資金面から支援するための資金供給オペを実施しているほか、今後の資金調達余力確保の観点から、担保適格要件の緩和を図ることを決定し、実行しています。

4.物価安定の下での持続的成長経路への復帰に向けて

ここからは、やや長い目でみた日本経済についてお話ししたいと思います。バブル崩壊以降の日本経済は、幾度かの景気循環はあったものの、均してみれば低成長を余儀なくされ、デフレからなかなか脱却できない「失われた20年」となりました。日本経済が趨勢的な低成長とデフレから脱し、再び輝きを取り戻すためには、日本経済の再生に向けた抜本的な対策が必要です。

(1)日本経済の低成長の原因

日本の経済成長率は、1960年代は年平均10%以上、1970年代〜80年代の安定成長期でも、年平均で4〜5%でしたが、1990年代には年平均で1%台半ばへと大きく低下しました。2000年代は年平均で0.6%ですが、リーマンショックの影響を受けてマイナス成長となった2年間を除けば1.5%成長ですので、1990年代以降の20年間は概ね1%台半ば程度の低成長が続いたと言えます(図表13)。

こうした日本の経済成長力の趨勢的な低下については、どう理解すればよいのでしょうか。この点について考えるために、経済成長率を、働き手の数(就業者数)の増加率と働き手一人当たりの生産性(就業者一人当たりの生産性)上昇率とに分けて考えてみます(図表14)。すると、日本経済の成長率の低下は、働き手の減少と働き手の一人当たりの生産性の低下の両方に原因があることが分かります。もっとも、働き手一人当たりの生産性を各国間で比較すると、日本の生産性がとりわけ低い訳ではなく、米国や英国に比べてもそん色ない水準です。このことから、今後、日本の経済成長率を高めていくためには、働き手一人当たりの生産性の向上に努める必要があることはもちろんですが、働き手の数を増やす努力は特に必要だと言えます。

(2)日本経済の再生のために

では、働き手の数の減少と一人当たりの生産性の低下に直面する日本経済を立て直すにはどうすればよいのでしょうか。

まず、働き手の数についてです。国立社会保障・人口問題研究所の予測によれば、日本は2010年をピークに人口が減少し、2055年には9,193万人になるとのことです。また、15歳〜64歳のいわゆる生産年齢人口は、既に1995年の8,717万人をピークに減少に転じており、2055年には4,706万人まで減少する見込みとなっています(図表15)。人口全体に対する割合は、1995年の69%から、2055年には51%となります。なお、この時点では、人口の約4割が65歳以上の高齢者となります。働き手の減少を避けるためには、少子高齢化の一段の進行を食い止める少子化対策が非常に重要ですが、如何せん即効性に欠けます。そこで、まずは労働市場の柔軟性を高めることにより、働きたいのに働けない、雇用のミスマッチをできるだけ少なくすることや、生産年齢人口から外れた高齢者や、結婚や出産を機に労働市場から退出し専業主婦となっているが、引き続き就労意欲を有している女性の就労を促進することによって、働き手の数を増やす努力が不可欠であると考えます。これまでも雇用促進のための規制緩和、インフラ整備などが行われてきましたが、今後はこれまで以上に実効性のある措置が求められます。

次に、生産性の向上です。失われた20年以前の日本は、働き手の数の増加に加えて、欧米先進国の成長過程を参考にできたこと——即ち後発者利益が得られたこと——、工業製品が高い競争力を持ち、欧米先進国以外にライバルが不在であったこと、といった恵まれた環境の下で、高成長を享受してきました。ところがその後、日本自体が欧米先進国に追い付いたことや、逆に新興国が工業製品のライバル国として追い付いてきたことから、キャッチアップ型の経済成長モデルからの転換が迫られています。これからは、こうした日本が直面する環境変化を真正面から受けとめて、自らの力で新たな成長分野を開拓していくこと、いわば潜在成長力を高めるような形での成長が必要となってくると考えます。このように考えた場合、日本経済にとってはどういった対応が必要なのでしょうか。政府では、「日本再生の基本戦略」における更なる成長力強化の取り組みとして、(1)経済連携の推進と世界の成長力の取り込み、(2)環境の変化に対応した新産業・新市場の創出、(3)新たな資金循環による金融資本市場の活性化、(4)食と農林漁業の再生、(5)観光振興を掲げています。ここでは網羅的にお話する時間的余裕はありませんので、(1)高齢化ビジネスの充実、(2)グローバル化の中でのビジネス環境の整備、(3)外国人訪問客の受入れ拡大、の3点に絞ってお話しします。

1点目は、高齢化ビジネスの充実です。人口が減少し、少子高齢化が急速に進む日本において、高齢化ビジネス市場は確実に拡大し、大きな潜在需要を有する最も有望な成長分野の一つです。即ち、医療・介護分野では、今後の爆発的な需要増加が容易に想像できます。このような潜在需要を確実に顕在化させるためには、規制緩和を進めると同時に、医師・看護師の不足や偏在の解消、高度医療など保険対象外の医療を含めた選択肢の充実、新薬・新医療機器のイノベーション促進などにより、医療・介護サービスの供給力を高めることが求められます。

2点目は、グローバル化の中でのビジネス環境整備です。日本国内での需要拡大ももちろん必要ですが、それ以上に成長力の高い国の需要の取り込みは重要になってきます。そうした中で、グローバル化を確実に活かしていくビジネス環境の整備は不可欠です。日本のEPA(経済連携協定)/FTA(自由貿易協定)の締結は12に止まっており、主要な貿易相手国との間で締結に至っておりません。EPA/FTAなどを通じた内外市場の一体化に資する枠組みの整備は、極めて重要な意味を持つと考えます。

3点目は、外国人訪問客の受入れ拡大です。世界各国への外国人訪問者の流入状況をみますと(図表16)、世界一のフランスでは7,680万人、フランスに次ぐ米国では5,975万人に達している一方で、日本はその1割強に過ぎない861万人の受入れに止まっています。また、アジア域内で比べますと、中国(5,567万人)には遠く及ばないほか、香港(2,009万人)やタイ(1,584万人)、シンガポール(916万人)や隣の韓国(880万人)よりも少ない状況です。このように日本の訪問客の受入れ人数は、先進国対比で極端に少なく、他のアジア諸国対比でも見劣りしています。訪問客の受入れは観光関連産業への派生需要を期待できるため、強化すべき取り組みの一つです。また、観光だけでなく、医療や、教育、文化・芸術などの分野でも外国人の魅力を引きつけられるのなら、それは新たな雇用創出のみならず、外国人の持つ高度なスキルを融合することで新たなイノベーションを促進するといった一層のプラス効果も期待できます。

(3)日本銀行の取り組み

日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定の下での持続的成長経路へと復帰するため、中央銀行としての貢献を粘り強く続けています。日本銀行は、今後もその目的の達成のために必要な政策を、プロアクティブに実施していくべきだと考えています。

ただし、こうした課題の克服は、日本銀行だけでできるものではありません。日本銀行は金融面からできる限りの後押しを続けていく所存ですが、それと同時に、民間企業、金融機関、そして政府がそれぞれの役割に応じてバランスよく取り組みを続けていくことが、極めて重要であると考えています。

5.おわりに——福岡県について

結びに当たって、当地福岡県について述べたいと思います。

福岡県は、自動車関連産業や半導体関連・バイオ関連をはじめとする先端産業が集積しています。自動車関連産業では、最新鋭の設備を要する大手自動車メーカーの完成車工場の進出によって、他の関連メーカーの進出も相次いでいます。行政面でも、「北部九州自動車150万台先進生産拠点推進構想」を掲げ、企業の誘致活動を行っておられます。このほか、半導体関連産業、バイオ関連産業、ナノテク関連産業、ロボット産業などの産業でも、官民一体となって国際競争力を持つ新産業の創出を推進しておられます。

また、福岡県は、ソウルまでの距離が大阪までとほぼ同様の500km、上海、大連までの距離が東京までとほぼ同様の1,000kmと、アジアとの地理的な近さという立地上の優位性を活かし、アジアとの国際交流の拠点となってきています。福岡県の海外からの入国者数は2010年には81万人と、前年比で約70%も増えており、全国(前年比約+25%)と比べてもその伸びは顕著です。こうした背景には、官民一体となった、アジアからの観光客・ビジネス客の取り込みが大きく影響しています。商業施設では、中国版のデビットカードである「銀聯カード」での決済サービスや外貨両替所の設置など外国観光客の受入れ態勢を強化されています。行政サイドでも、例えば2008年には「福岡・釜山経済協力協議会」を立ち上げ、両都市が共同で行える各種協力事業を推進しておられます。今後は、中国を初めとするアジア諸国からの外国人の更なる受入れ拡大が期待できると思います。

観光だけでなく、グリーンイノベーションの分野でもアジアの活力を取り込もうとしておられます。昨年末には、福岡県、福岡市、北九州市が3者共同で申請していた「グリーンアジア国際戦略総合特区」が、国際戦略総合特別区域に指定されました。今後は環境インフラ技術やノウハウをパッケージ化してアジアの諸都市に提供するとともに、特区制度を活用することによって、先端産業の拠点化や研究開発を加速させていく方針と伺っています。農業や漁業の分野でも、いちごのあまおうなどをはじめとしてブランド化を進めるとともに、アジア向けに高品質な農水産物の輸出を促進することにより、高収益体質の農業の育成に努めておられます。

先程述べた働き手の数の観点では、福岡県は「70歳現役社会」づくりを目指されています。具体的には、年齢にかかわりなく、それぞれの意思と能力に応じて70歳になっても働いたり、NPO・ボランティア活動等に活躍し続けることができる選択肢の多い社会を目指して、いきいきと働くことができる仕組みづくりと共助社会づくりへの参加促進を推し進めておられます。

福岡県の立地の良さを活かしつつ、こうした様々な形での皆様のご努力が実を結び、福岡県経済が今後一段と飛躍していくことを祈念しています。

ご清聴いただき有難うございました。