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【講演】ユーロ圏危機から何を学ぶべきか?−規制改革の視点を踏まえて−

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在米外国銀行協会年次コンファランスにおけるスピーチの抄訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2012年3月5日

目次

1. はじめに:3年間隔で二度発生した「100年に一度」の危機

まず、本日こうして主要な外国銀行の方々が集まる場にご招待頂きましたことに対し、主催者の在米外国銀行協会に感謝申し上げます。年次ワシントン・コンファランス2012において、スピーチをする機会をいただき、大変うれしく、また光栄に存じます。

個人的にも、ワシントンの桜まつりが始まる2週間前というこの時期に、30年を隔てて東京からワシントンに文字通り戻ってきたことは大変な喜びです。当地で生活していた30年前の1982年にナショナル・モールで行われた桜まつりの様子を私は鮮明に覚えています。実は今年2012年は、私だけでなく、全てのワシントン市民と東京都民にとっても特別な年です。1912年に東京からワシントンに3000本の桜が寄贈されてから100周年目に当たるからです。ワシントンの桜は、力強く地に根をはり、風雨に耐え、時の洗礼に打ち勝ってきました。そして、毎年春には満開の桜の花を咲かせ、永遠の平和と静穏を感じさせてくれるのです——景気循環や市場変動、そして金融危機があったとしても——。

グリーンスパン元FRB議長は、かつて、「2008年のリーマン危機」を「100年に一度」の出来事であると表現しました1。現在、私たちは、「2011年のユーロ圏危機」に直面していますが、その潜在的なマグニチュードは、適切かつ迅速な対策がとられなければ、リーマン危機に匹敵するとの見方もあります。すなわち、3年で2回も「100年に一度」を経験していることになります。確かにこれは尋常なことではありません。しかし、この2つの出来事は、注意深く見れば、必ずしも別個の出来事ではないことがわかります(統計学の用語でいえば、「独立な事象」ではありません)。むしろ、そこには共通の要素、つまり2004年頃の米国における重要な諸規制変更があったのです。こうした規制変更が、米国における過度なレバレッジをもたらし、その結果リーマン・ブラザーズの破綻をもたらしたと指摘されています。一方、比較的言及されることが少ないのですが、こうした規制変更は、欧州系金融機関が過度なリスクテイクを行う温床ともなったために、リーマン危機後に欧州周縁の小国でソブリンリスクが懸念され始めた頃には、欧州系金融機関は潜在的なショックに対して脆弱となっていたのです。この脆弱性のために、コンテージョン(伝播)が懸念される事態となっているのです。

本日の講演では、金融の安定と経済の活動にとって適切な規制の枠組みを如何に構築し実施していくのか?という観点で、現下のユーロ圏危機を検証したいと思います。具体的には2つのポイントがあります。

1つ目のポイントは、統合の度合いを高めている金融の世界においては、規制の変更が、時として、意図せざる大きな影響を海外に与えることがあるという点です。ある国の規制緩和によって、自国の金融機関のみならず、海外の金融機関までもが過度なリスクテイクを行うかもしれませんし、その影響は、自国金融機関以上に外国金融機関において大きなものとなることもあります。

2つ目のポイントは、規制の有効性が、導入時点における経済情勢に本質的に依存しているということです。このため、(別の時期では)「正しい」政策が「間違った」時期に実施されてしまう可能性は無視できません。同様に、政策の「正しい」順序についても、経済情勢に依存しています。

次の第2節では、まず、投資銀行に対するレバレッジ規制の緩和を中心とした米国の規制変更が、欧州系金融機関の行動に与えた影響について説明したいと思います。規制当局がこうした影響が出ることを意図していたということでは決してないでしょう。これは、規制が国境を越えて意図せざる影響を与えるという古典的な例なのです。また、規制変更のタイミングが望ましいものではなかったことも紹介したいと思います。すなわち、規制緩和は、欧州と米国の金融機関が、利回りを追求し、リスクを取り始めた——後に過度なリスクテイクであったことが判明するのですが——まさにその時期に行われたのです。

第3節では、現下のユーロ圏危機から何を学ぶべきかを検討し、それを踏まえたうえで、現在の規制改革に関する諸論点を分析したいと思います。まず、速やかに“平時”に戻るだろうという希望的観測には浸るべきではないことを指摘したいと思います。すなわち、先進国においては、高齢化という困難な環境下で、長く厳しいバランスシート調整に直面する可能性が高いのです。この点に注意しますと、銀行が——レバレッジを拡大する過程ではなく——デレバレッジングする過程においては、適切な順序で規制改革を行うことが必要であるということも指摘いたします。そして最後に、ドッド=フランク法によって導入される「ボルカー・ルール」が海外に与える問題についても触れたいと思います。これは、規制が国境を越えて意図せざる影響を与えるもう一つの例です。ここで、意図せざる甚大な副作用を一部の国にもたらすことを回避するためには、適切な形で規制が実施されることがポイントとなるのです。

  • 1 2008年9月14日付AFP。

2. ユーロ圏危機と米国の規制変更:欧州の「過度な」リスクテイクを意図せずに惹起

2.1 ユーロ圏危機の起源

通貨ユーロは、「壮大な実験」です。すなわち、金融政策をひとつの中央銀行に集権化する一方で、財政主権は当初11か国(現在は17か国)の各メンバー国に残したのです。この実験は、「プロセス」そのものです。つまり、ユーロが導入されたのは、最適通貨圏の前提条件が満たされたからではなく、労働市場のモビリティや柔軟性を高めるような取り組みを続ければ、メンバー国のアイデンティティを維持したままでも最終的には経済条件が本当に「収斂」するはずだという前提の上に立ったものだったのです。しかし、残念ながら、貿易や金融を中心とした様々な不均衡(インバランス)が蓄積しました。これに対して、為替レートが調整される余地がないなかで、適切な調整メカニズムを欠いていたために、債務危機へとつながっていったのです。

現下のユーロ圏金融問題が、欧州債務危機によって引き起こされていることに異議を唱える人はいないでしょう。そして、欧州債務危機は、2008年のリーマン危機後に、景気下支えのための大規模な財政刺激策と金融機関救済のための資本注入によって、財政が悪化したことの直接的な結果です。しかし、現在のユーロ圏危機の少なくともひとつの要因として、証券化商品をはじめとして米国金融市場を中心に、リーマン危機「以前」から、多くの欧州系金融機関が過度のリスクテイクを行っていたことを挙げることもできるでしょう。

リーマン危機の数年前、とりわけ2004年以降、欧州系金融機関は、利回り追求の動きを加速させ、バランスシートを拡大させました。図表1は、ドイツ、フランス、イタリア、スペインの資産規模を2004年水準を100として描いたものです。ドイツ以外の欧州系金融機関の資産規模が顕著に拡大していることが分かります。

ここで、ユーロという壮大な実験が極めて重要な役割を果たしました。EUの金融サービス関連指令の下、金融市場および金融ビジネス全般で単一の市場が形成されました。国債の利回りは顕著に収斂しており——今から振り返れば持続不可能であったということなのですが——金融市場におけるリスク・プレミアムが低下しました(図表2)。さらに、伝統的に間接金融が支配的であった欧州において資本市場が発達する中で、課題も生じていました。ファンド・ビジネスも欧州において拡大しており、資産運用ファンドの純資産は2004年頃を境に大きく拡大しています(図表3)。

欧州系金融機関は、自国を含むユーロ圏域内向けのみならず、域外向けの債権も増加させました。たとえば、スペインはラテンアメリカ向け、フランスは米国向けの債権が増大しています。BIS(国際決済銀行)が集計する国際与信統計によれば、欧州系金融機関は、伝統的にクロスボーダー与信分野でのプレゼンスが大きいのですが、特に2004年以降、規模・シェアの両面で拡大を続けました(図表4)。ユーロ圏域外の資産規模を国別にみると、スペインとフランスが顕著に増加しており(図表5)、ドイツでさえも目立って増加していることが分かります。

2.2 大西洋両岸の金融市場における転換点

欧州系金融機関のリスクテイク行動の歴史を振り返ると、その全てが2004年頃に加速していることは注目に値します。しかし、ユーロ圏においては、こうしたリスクテイク行動の加速を十分に説明するような出来事や規制変更は見当たりません。では、2004年に何があったのでしょうか?

実は、2004年は、米国の金融市場の転換点でもあります。2004年以降、米国投資銀行のバランスシートが急拡大しているのです(図表6)。同様に、SPV(special purpose vehicles)—— “親”会社である商業銀行のバランスシートにはのりませんが、事実上のサポートがあるとみなされます——の資産規模は、投資銀行以上に急激に拡大しました。SPVは、後で述べるような良好な資金調達環境の下で、証券化商品への投資を含め資産を膨らませていったのです。こうしたSPVの規模拡大は、投資銀行の「積極行動主義」と相まって、いわゆるシャドーバンキングの規模を飛躍的に拡大させました。

こうしたリスクテイク活動の顕著な拡大の一因として、当時の「大いなる安定(Great Moderation)」という一見良好な金融環境があると説明されていました。新興国からの巨額の資金流入によって、当時、米国の金利は低下していました2。中国は、2001年にWTOに加盟した後、経常収支の黒字が拡大し、米国の経常収支赤字をファイナンスする上で、重要な役割を果たしました。中国からの証券投資の多くは、米国の国債やエージェンシー債3に向かい(図表7)、米国市場の金利とボラティリティの低下に寄与したのです(図表8)。2004年以降のボラティリティの持続的な低下は著しいものであり、リスクが低減したとの認識を醸成するのに一役買った可能性が高いのですが、これが、後に過大であったことが判明するようなリスクテイクを助長したと考えられます。

しかし、いわゆる「貯蓄の過剰供給」の議論では、ちょうど2004年にリスクテイクが加速した理由を説明することはできません。貯蓄は2004年よりもかなり前から過剰に供給されていたからです。では、2004年には何が起こったのでしょうか?この問いに対する答えは、米国における2004年の規制変更でしょう。

2004年に、米国投資銀行に対するネット・キャピタル・ルールが緩和されました(いわゆるベア・スターンズ特例)4。具体的には、資本額50億ドル以上の投資銀行は、標準的なネット・キャピタル・ルールの適用除外を受けることによって、レバレッジを高められるようになりました。この規制緩和は、2000年代初頭に経営環境が悪化する中で、レバレッジの拡大によって収益性を高めようとしていた金融界からの要請に応えたものという面もありました。また、金融機関のリスク管理の精緻化——当時はこうみられていました——も規制緩和の理由として挙げられていました。

さらに、2004年には、ファニーメイとフレディーマックに関する規制変更によって、それらが保有する米国住宅ローン債権が減少し、民間RMBSという巨大な収益機会が生まれました。そして、多くの商業銀行がこの機会を捉えてSPVを組成しました。2004年以降に金融経済環境が大幅に改善する中で、これら2つの規制変更によって、今から振り返れば過剰なリスクテイクが助長されたのです(前掲図表6)。

  • 2 いわゆる「世界的な貯蓄の過剰供給(global savings glut)」の議論によれば、中国をはじめとする経常黒字国から米国債券市場への資金流入によって米国金利が低下し、住宅バブル形成に一役買ったということになります。景気の回復がはっきりした2004年に、FRBは利上げしましたが、長期金利は総じて落ち着いていました。グリーンスパン元FRB議長は、このことを指して「謎(conundrum)」だと評しました。
  • 3 当時、エージェンシー債には、暗黙の政府保証が付されていると考えられていました。
  • 4 米国の投資銀行は、その持ち株会社が2004年に証券取引監視委員会(SEC)の監督下におかれましたが、その際、CSE(Consolidated Supervised Entity)必要資本プログラムに参加すれば、SECの標準的なネット・キャピタル・ルールの適用が免除されました。

2.3 欧州系金融機関の3つの脆弱性

欧州の金融機関が自国での収益機会が減少する中で、米国市場における一見収益性が高そうな新たな投資機会を活用しようとしたために、欧州から米国への証券投資が拡大しました。なお、欧州系投資家と中国系投資家では明確な違いが存在しています。すわなち、中国系が米国債を中心とする安全資産に投資をした一方、欧州系はクレジット商品への投資を行ったのです(図表9)。欧州系によるこうしたリスク資産への投資が、多少なりとも米国信用バブルの発生の要因となったとの主張が散見されますが、これなどは、まさに、2004年の規制変更が一因となって大量に組成された証券化商品を、欧州系金融機関が購入したという意味で、規制が意図せざる結果をもたらしたのだといえるでしょう。

欧州系金融機関は、米国市場における過度のリスクテイクによって、経済ショックに対して3つの脆弱性を抱えることになりました。

第一の脆弱性は、レガシーアセットに対するエクスポージャが大きいことです。欧州系金融機関は、サブプライムローン関連のような質の悪い資産のかなりの部分を保有していましたし、現在でもなお、レガシーアセットの処理に苦戦しています。

二つ目は、ドル資金の多くを市場調達に依存していることです。欧州系金融機関は、日米と比べて貸出/預金比率が高いという特徴を持っていました。このため、バランスシートを拡大していく過程で、市場調達資金への依存度が高まっていきました。例えば、フランス系金融機関の資金調達構造を見てみますと、居住者預金以外による調達が占める割合が2004年以降上昇しています(図表10)。これが、米国MMFのような機関投資家がユーロ圏のリスクへの懸念を高める中で、深刻な問題をもたらしました。

三つ目の脆弱性は、ソブリンリスクです。ユーロ圏には、一つの通貨圏に多数のソブリン(主権国家)が存在します。全てのソブリンに対して同じリスクウェイトを適用することは徐々に難しくなってきています。なお、第一の脆弱性は、米国や他の国にも共通ですが、第二と第三の脆弱性はユーロ圏に固有のものであることには注意が必要でしょう。

3. 今回の出来事から何を学ぶべきか?

3.1 「今度は本当に違う」:困難な環境下での厳しいバランスシート調整

次に、現下のユーロ圏危機から我々は何を学ぶべきか、金融規制の観点から考察するとともに、現在の規制改革を巡る論点について考えてみたいと思います。

2008年のリーマン危機後の世界的な金融規制改革の主眼は、言うまでもなく危機の「再発防止」にありました。実際に、いくつかの先進国は、米国のドッド=フランク法にみられるように、金融機関の過剰なリスクテイクを防止することを狙った、新たな規制の枠組みを導入しようとしています。

先程も述べたとおり、2004年以降の米国金融市場の状況は、緩い規制がいかに問題を引き起こし、苦い結果を招いたかを示しました。この点において私としても、このような昨今の規制改革の根拠となる考え方は十分に理解するものです。その一方で、規制改革を巡る国際的な議論は、時に、「新しい規制の枠組みは、短い危機の時期を経た後速やかに訪れるはずの『平時』の中で導入できるだろう」といった、迅速な平時への復帰を前提とした希望的な観測に基づいていた部分もあったように思えます。

90年代の金融危機の後、問題の長期化を経験した日本銀行は、事あるごとにこのような楽観的な見方に警鐘を発してきました。すなわち、金融危機に由来する下方圧力は持続する恐れがあり、危機後に観察される回復の兆しは「偽りの夜明け」かもしれないと述べてきました。我々はまた、とりわけ危機の影響が残っている間、銀行部門のデレバレッジングとバランスシート調整のリスクに最大限の注意を払うべきであるとも強調してきました。実際、日本の金融危機後、我々が直面してきた政策課題は、銀行によるレバレッジングや過剰なリスクテイクではなく、むしろデレバレッジングや信用仲介の機能不全でした。加えて、我々はこの課題に、「金利ゼロ制約」や財政収支の悪化など、マクロ政策が大きな制約を抱えるもとで取り組まなければなりませんでした。

残念なことに、リーマン危機後の世界経済の動向は、概ね我々が懸念していた経路を辿っているように思えます。さらに、多くの先進国において、このような金融面に由来する調整圧力が、人口動態に由来する構造的な調整圧力に重なる形となっていることを指摘しておきたいと思います。

それと比較して、先進国が人口高齢化の圧力を受けていない時代には、財政出動による景気安定化策は、総じて有効に機能してきました。その理由としては、市場が財政事情の悪化を一時的なものと捉えることができ、結果としてソブリンリスク・プレミアムの大幅な上昇が避けられたことが挙げられます。しかしながら、今や人口動態の変化や潜在成長率の低下により、多くの先進国において基調的な財政収支が全般に悪化することが見込まれています。こうした中、財政政策の効果も、ソブリンリスク・プレミアムの上昇によって大幅に減殺されやすくなっています。

このように多くの先進国が、人口動態の変化やこれに由来する潜在成長率の低下、財政政策の制約の強まり、今回の金融危機によるバランスシート調整圧力、といった幅広い課題への対応を迫られていることから、まさに「今度は本当に違うだろう」というのが重要なポイントであると思います。実際、欧州ソブリン問題の中で市場の関心が集中した、いわゆる「欧州周縁国」では、いずれも、金融危機と人口動態の変化が、ほぼ同時並行的に生じていることがわかります(図表11)。結果的には、新たな金融規制の枠組みの殆どが、期待されたような「危機後の平時」ではなく、ストレスのかかった状況で導入されようとしていることを認識する必要があります。

3.2 金融規制改革の実施:危機防止と危機対応

このような現在の困難な経済・金融環境の下では、「最善の危機防止策は、必ずしも最善の危機対応策とは限らない」ということを念頭に置く必要があります。公的資本注入や無制限の預金保険がモラルハザードを生じさせ得ることは勿論ですが、これらの方策が目前の危機を封じ込めるために必要な場合もあります。同様に、自己資本の増強は中期的に銀行のソルベンシー確保に寄与するものですが、ストレス下での資本負担の増加は、資本制約、銀行貸出の減少、景気後退という負のフィードバックを通じ、深刻なクレジットクランチに繋がるデレバレッジングが急速に進むリスクもあります。

金融安定のために「どのような」政策手段があり得るかを考えることは、知的に刺激的な作業です。しかし、実務の観点からより重要なのは、それぞれの政策手段を「いつ」使うかです。いかに個々の政策手段が平時において有効であっても、これら政策手段の実施の順番を間違えれば、むしろストレス下での負のフィードバックのリスクが高まってしまいます。特に目前の「危機対応」がなお強く求められる局面で「危機予防」のための策を導入するような状況では、政策のアナウンスメントの順序を誤ることによるミスコミュニケーションにも、十分注意しなければなりません。

現下のユーロ圏危機を踏まえれば、自己資本規制の強化を見据えた欧州の銀行が、新たな規制環境に対しどのような行動をとっていくのかを慎重にみていく必要があります。もちろん、先程述べたような、危機に先立つ欧州の銀行のレバレッジングを踏まえれば、秩序立った緩やかなデレバレッジングであれば、これは規制強化の「意図した影響」と捉えられるべきものと言えます。もっとも、ユーロ圏危機の世界経済への影響を判断する上で、欧州の各銀行が、各母国内でのさまざまなプレッシャーのもとで、海外でのデレバレッジングを強めるのか、それはどの程度か、を評価することが必要となります。こうしたアセスメントは、まさに「マクロ・プルーデンス」に要請されるものでもあります。

3.3 「ボルカー・ルール」と「意図せざる海外への影響」

このように、我々はなお脆弱な経済・金融環境の下で新たな規制を導入するという課題に取り組んでいます。こうした課題の困難さを示す身近な典型例として、ドッド=フランク法の規定する、いわゆる「ボルカー・ルール」についても、若干申し述べたいと思います。

最初にはっきり申し上げたいのは、ボルカー・ルールの背景にある基本的な考え方については、私も大いに賛同しているということです。既に申し述べた通り、近年の金融危機の大きな背景の一つは、いわゆる「originate-to-distribute」型のビジネスモデルに基づく一部金融機関の投機的行動でした。このような認識を踏まえ、ドッド=フランク法は、金融界に対し、自らのビジネスモデルを真剣に検証し、必要であれば修正することを求めるものといえます。

同時に、ユーロ圏危機が続く下では、各国の政策当局者は新たなルールを導入する際、これがもたらし得る「意図せざる影響」については、特に現在の局面において海外ソブリン債市場に及ぼす影響という側面からも、十分に注意することが求められます。加えて、中央銀行にとって、ソブリン債市場は金融政策の主要なトランスミッション・メカニズムの中核であり、その流動性の問題には留意することが求められます。

ボルカー・ルールは、銀行による、短期の利得獲得を狙った自己勘定でのトレーディングを制限することを狙いとしています。しかしながら、どのように関連規則が書かれ、どのように運用されるかによって、このルールは、マーケットメイク活動や市場流動性に重大な影響を及ぼし得ます。現時点での規制案によれば、米国債および多くの米国エージェンシー債はこのルールの適用から除外されています。このことは、明らかに米国当局が、これらの債券の円滑な取引の確保、およびそのためのマーケットメイク活動の重要性を、十分認識しておられることを示しているように思います。

市場の流動性は、言うまでもなく、米国債以外の国債にとっても重要です。しかしながら、現状の規制案は、日本やカナダ、欧州諸国などの国債は適用除外としていません。したがって、仮にボルカー・ルールが字句通り厳格に施行されれば、海外ソブリン債市場の流動性を損なう可能性もあると考えられます。

もう一つの問題として、短期の為替スワップが、現状の規制案ではボルカー・ルールの適用対象となり得ることも挙げられます。このことは、為替スワップを通じた金融機関の外貨流動性調達が、より困難となるリスクを孕んでいます。このことも、とりわけ外貨流動性の調達環境が世界的にタイト化している状況では、多くの金融機関にとっての関心事となり得ます。

規制案は、マーケットメイク活動やその他の重要な金融活動について、いくつかの適用除外規定を設けることで対応を試みているように思います。しかしながら、これらの適用除外規定は、厳格かつ複雑な条件のもとで適用され、また、しばしば解釈の余地を残すものとなっているように思えます。この結果、市場参加者の一部は、ボルカー・ルールがどのようにソブリン債市場や資金調達環境に影響を及ぼすのかについて、不確実性を払拭しきれていないように伺われます。

とりわけ、欧州ソブリン債市場の緊張が高まっている中、ドッド=フランク法の施行が、海外のソブリン債市場や金融機関の資金調達に及ぼす影響を、十分慎重に見極めることが重要です。言うまでもなく、現下の困難な情勢において、いかなる法律も完全な解決とはなり得ませんので、明確なガイダンスやバランスのとれた運用がきわめて重要であると思います。

4. おわりに:プルーデンス政策の慎重な実施

本日のスピーチでは、統合の度合いを高めている金融の世界では、規制の変更が、時として、意図せざる大きな影響を海外に与えうることを述べてきました。具体的には、2004年のレバレッジ等に関する規制変更が欧州系金融機関に与えた影響と、現在のボルカー・ルールが非米系の金融機関に与えるかもしれない影響です。しかし、重要なのは、こうした海外への影響だけではありません。規制の有効性は、それが導入される時点における経済環境に本質的に依存するということです。また、規制変更の順序は、所期の目的を達成するためのポイントとなります。金融規制は、本質的にプルーデンス政策手段ですし、さらに重要なのは、そうしたプルーデンス政策手段を慎重に実施することが求められているということなのです。

ご清聴ありがとうございました。