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【挨拶】わが国の金融経済情勢と成長力強化に向けたアジア地域の成長の取り込み

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秋田県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2012年5月10日

目次

1.はじめに

日本銀行の白井さゆりです。本日は、秋田県の行政および金融・経済界を代表する皆様方にお集まり頂き、親しくお話しする機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、日本銀行秋田支店の様々な業務運営にご協力頂いており、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

日本銀行では、総裁、副総裁、審議委員から構成される政策委員会メンバーが、全国各地を訪問し、日本銀行の考え方や金融政策をご説明するとともに、地域経済の状況やご意見をお聞かせ頂き、政策判断の際に参考にさせて頂いております。当地でのこうした懇談会は2009年以来ということもあり、皆様との意見交換を大変楽しみにして参りました。どうぞ宜しくお願い致します。

本日は、私から、まず前半で、最近の経済・物価情勢と目下デフレ脱却を目的として運営している日本銀行の金融政策について、4月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(以下、『展望レポート』)を踏まえて、お話します。そのうえで、後半では、わが国の成長力強化のためには、企業の付加価値の創造力を高めると同時に、国内外の需要、特にグローバルな需要の取り込みを図ることが不可欠であることを踏まえ、最近、成長著しいアジアに焦点を当てて、新興諸国の経済・金融の動向等について、私なりに整理した内容についてお話申し上げたいと思います。本日の私の講演の後、これらの点について、皆様からご意見を承れれば誠に幸いに存じます1

  • 1 本講演で利用しているデータ(本文、図表)は2012年5月4日までのものです。

2.最近の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策

(1)国際金融資本市場と海外経済

それでは本題に入ります。昨年夏以降、国際金融資本市場は、欧州債務問題に対する懸念を主因に緊張が高まりましたが、欧州中央銀行(ECB)による期間3年の大規模資金供給の実施やギリシャの秩序を伴う債務再編の実施等により、足もと落ち着きを取り戻しています。こうしたなか、グローバルな投資家のリスクをとる姿勢も幾分回復し、昨年末に比べて株価は持ち直し、為替も対ドル、対ユーロとも幾分円安で推移してきました。もっとも、国際金融情勢を巡る不確実性は依然として残っておりますので、足もとの為替動向を含め、国際金融資本市場の動向については、引き続き注意してみていく必要があります。

海外経済については、2011年春以降、成長ペースが鈍化しましたが、現在では、米国経済が緩やかな回復を続けるなか、欧州経済の停滞感の強まりに歯止めがかかり、新興諸国・資源諸国経済も内需を中心に底堅く推移しており、全体として成長ペースに改善の動きがみられています。先行きについても、国際金融資本市場が総じて落ち着いて推移すれば、新興諸国・資源諸国に牽引される形で徐々に成長率が高まっていくとみています。

(2)わが国経済・物価の現状と先行き

次に、わが国経済は、東日本大震災により大きく落ち込んだ後、サプライチェーンの修復が進むにつれて着実に持ち直してきていましたが、2011年度後半以降、海外経済減速や円高の影響から幾分持ち直しペースが鈍化しました。しかし、最近の景気をみると、なお、横ばい圏内にありますが、前向きの経済活動に拡がりがみられるなど、持ち直しに向かう動きが明確になりつつあります(図表1)。先行きも、海外経済が成長率を高めるもとで、震災復興関連需要が強まるにつれて、2012年度前半にかけて緩やかな回復経路に復していき、2012年度全体ではやや高めの成長率となる見込みです。その後、2013年度についても、復興需要の景気押上げ効果の減衰から前年対比幾分減速するものの、潜在成長率を上回る成長が続くと考えられます(図表2)。

この間、物価についてみると、消費者物価の前年比は、2009年8月を底に、雇用環境や設備の稼働状況が改善するもとで、2009年末頃から下落幅の縮小を続け、最近ではおおむねゼロ%で推移しています。なお、国際商品市況については、地政学的リスクの高まりから原油価格を中心に強含んでおり、今後も、新興諸国の経済成長に伴う食料・エネルギーの需要拡大などを背景に、基調的には緩やかな上昇傾向が続くと考えられます。先行きについては、消費者物価の前年比は、企業・家計または民間セクターの中長期的な予想物価上昇率が安定的に推移するとの想定のもと、マクロ的な需給バランスの改善から、2013年度後半にかけて0%台後半となり、その後、当面の『中長期的な物価安定の目途』(後述)である1%に遠からず達する可能性が高いと考えています(前掲図表2)。

なお、1月の中間評価時点との比較でみると、成長率は、欧州債務問題が金融市場に大きな混乱をもたらすリスクが低下し、市場環境がやや改善したことなどから、2012年度を中心に幾分上振れています。また、物価は、景気見通しの上方修正に伴うマクロ需給バランスの改善や、為替円高の修正、原油価格上昇の影響もあって、2012年度、2013年度とも幾分上振れています(前掲図表2)。

(3)リスク要因

こうしたわが国の経済・物価の中心的な見通しに対するリスク要因については、『展望レポート』にあるとおり、経済については、海外経済、復興需要を巡る不確実性、企業や家計の中長期的な成長期待に関する不確実性、わが国の財政の持続可能性の4つ、物価については、物価固有の要因として、企業や家計の中長期的な予想物価上昇率の動向、輸入物価の動向の2つが挙げられます。これらリスク要因の詳細は同レポートをご覧頂ければと思いますが、なかでも、私は、海外経済に関わるリスク、具体的には、(1)国際商品市況、とりわけ原油価格上昇リスクや、(2)欧州債務問題の再燃といったリスクのほか、(3)欧州以外の海外経済の動向に注視しています。

このうち、原油価格については、地政学的リスクが残るなか、依然として高い水準にあり、先行き一段と上昇した場合、世界経済の下振れリスクが高まるほか、わが国も、交易条件の悪化から、企業収益や家計の実質購買力が下押しされ、経済が下振れるリスクがあります。

また、海外経済については、欧州債務問題を巡って、国際金融資本市場が動揺し世界経済が大きく下振れるリスクは低下しましたが、欧州債務問題自体が解決したわけではありません。現在、欧州域内で進められている中長期的な成長力の引き上げや対外不均衡の是正、財政の持続可能性の確保といった改革が、ひとたび市場の信認を失えば、国際金融資本市場が再び緊張し、世界経済あるいはわが国経済が下振れるリスクがあります。米国も引き続きバランスシート問題を抱えるなか、今後の経済が減速することもあり得る点にも注意が必要だと思います。

(4)日本銀行の金融政策運営とその考え方

以上のような経済・物価見通しのもとで、日本銀行では、4月27日の金融政策決定会合において、金融緩和を一段と強化することを決定しましたが、以下では、それに先だって、2月に決定した金融緩和強化の枠組みについて改めてご紹介した後で、4月末の政策決定の内容を含めて、最近の金融政策運営についてご説明したいと思います。

日本銀行では、かねてより、デフレからの脱却がわが国経済にとって重要な課題であるとの認識にたち、強力に金融緩和を進めてきました。2010年10月には『包括的な金融緩和政策』を導入し、その後、金融緩和を段階的に強化してきました。しかし、こうした日本銀行のデフレ脱却にかけるスタンスが分かりにくいとの声も聞かれました。そこで、2月の金融政策決定会合において、(1)『中長期的な物価安定の目途』の導入、(2)金融緩和姿勢の明確化、(3)資産買入等の基金の増額の3点を決定しました(図表3)。

もともと日本銀行では、包括的な金融緩和政策のもとで、(1)実質ゼロ金利政策を、(2)物価安定が展望できる情勢になったと判断できるまで継続するコミットメントを行ってきました。しかし、このコミットメントについて、『中長期的な物価安定の理解』という形で、9人の政策委員が、各々物価が安定していると理解する物価上昇率の範囲を集計して示していたため、目指す物価安定の具体的なビジョンが分かりにくいとの批判がありました。そこで、今年2月は、これを日本銀行自身の判断として示すべく、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面は1%を目途」という形に変更しました。

そのうえで、この『中長期的な物価安定の目途』に基づき、実質的なゼロ金利政策と(資産買入等の)基金による資産買入れ等の措置により、強力な金融緩和を推進していくとして、積極的な緩和姿勢を改めて明確化しました。そして、こうしたコミットメントを実際の行動でも示すべく、同基金を10兆円増額して基金規模を65兆円に拡大したわけです。

こうした金融政策運営の枠組みのもとで、4月末の決定会合では、『中長期的な物価安定の目途』を踏まえて、さきほど述べましたように経済・物価情勢の詳細な分析・検討を行ったうえで、金融緩和の強化を決定しました。具体的には、同基金について、長期国債を10兆円(うち5兆円は固定金利オペからの振替え)、ETF(指数連動型上場投資信託受益権)を2千億円、J-REIT(不動産投資法人投資口)を百億円、基金全体では合計5兆円程度増額して、全体として70兆円規模としました。増額後の内訳をみると、固定金利オペが30兆円、長期国債が29兆円、国庫短期証券が4.5兆円、CP・社債が5兆円、ETF・J-REITが1.7兆円余りとなっています。また、やや細かい点ですが、買入れ対象とする長期国債および社債の残存期間について、従来の「1年以上2年以下」を「1年以上3年以下」に延長しています。なお、長期国債を含め、基金の増額については、年末までに既決定分65兆円を達成したうえで、70兆円への増額は2013年6月末を目途に完了する方針です。

なお、今回の金融緩和の強化については、1月の中間評価時点と比較して、経済・物価情勢が下振れていないにも関わらず、なぜこのタイミングで緩和が必要であるのか、疑問に思われる方もいるかもしれません。この点、私は、わが国経済・物価見通しに対する不確実性が依然として高い点を強調しておきたいと思います。経済・物価情勢に足もと明るい兆しがみられ、先行きも回復ないし改善が見込まれるからといって、そのシナリオがそのまま実現するとは限りませんし、実現するとしてもそのペースは不確実です。近年を振り返っても、わが国経済が持続的な成長軌道に乗り、物価が上昇しつつあるようにみえても、様々な理由で最終的にこうしたシナリオの実現に至らなかった事例もみられます。その意味で、今回の『展望レポート』で確認されたように、わが国経済において前向きの経済活動が広がってきたタイミングを捉えて、これらの動きを確実にするために金融緩和を強化することが重要であり、同時に、日本銀行の金融政策上のコミットメントに対する揺るぎない意思を示す点からも適切であると考えています。

このように、日本銀行ではデフレ脱却に向けて真剣に取り組んでいますが、それと同時にデフレ脱却には成長力強化の努力が不可欠です。そのためには、企業が現在の緩和的な金融環境を活用して前向きの取組みを行うとともに、金融機関がこうした企業の取り組みをしっかり支えていくこと、政府が民間の潜在的な力を伸ばしていくビジネス環境を整備することも重要です。日本銀行としても、中央銀行の立場から、わが国経済の成長力強化のために、2010年から『成長基盤強化を支援するための資金供給』を行ってきたわけですが、2月の金融緩和強化にあわせて、3月、4月といわばパッケージの形でこの成長支援資金供給の拡充策を決定しました(図表4)。日本銀行としては、引き続き成長基盤強化支援のために、中央銀行としてできる限りの貢献をしっかり果たしていきたいと考えています。

3.変化する先進諸国と新興諸国の経済的特徴

いま申し上げましたように、デフレを脱却していくためには、日本銀行の強力な金融緩和と並び、わが国の成長力を強化していくことが重要であり、そのためには、企業の付加価値の創造力を高めると同時に、国内外の需要、とりわけ高い成長を続けるアジアをはじめとする新興諸国の成長の取り込みを図っていくことが大切です。そこで、以下では、アジアを中心に、新興諸国の経済・金融を巡る最近の動向を整理するとともに、グローバル需要のわが国への取り込みについて、私なりの考えを申し上げたいと思います。

(1)存在感を強める新興諸国

皆様もご存じのように、日本経済は近年いくつかの大きな厳しいショックに見舞われてきました。なかでも2008年に発生した「世界金融危機」は近年最大の世界的なショックを引き起こし、世界の生産・貿易が縮小する景気後退に陥りました。そこで、こうした危機に対して、G20首脳会合等を通じて各国が一致して危機対応をすることで合意し、大半の諸国では主に金融・財政政策の拡大によって需要の喚起に努めました。その結果、世界全体では、2009年の経済成長率がマイナス0.7%に落ち込んだ程度で済み、1930年代の世界大恐慌のような深刻な景気後退に陥るのを防ぐことができました。

一方で、世界金融危機を通じて明らかになった事実は、新興諸国の経済が「先進諸国」と比べてかなり良好だということです。かつて、先進諸国は、経済発展途上にある新興諸国にとってキャッチアップすべき模範対象という位置付けでした。一般的に、先進諸国は、経済的に豊かで生活水準が高く、優れた技術力をもつ企業を多く輩出しています。マクロ経済面でも安定しており(つまり、インフレ率が低く安定し、財政も比較的健全であり)、成熟した立法・司法制度をもつ民主的な社会というイメージがありました。現在でも、そうした見方の多くの部分は変わっていませんが、経済発展に向けた道筋や諸政策については先進諸国が採用したやり方だけではなく、さまざまな選択肢があり得るという見方が広まっています。

(2)新興諸国の特徴点

それでは、こうした新興諸国について、世界金融危機をはさんで先進諸国との対比で変化が見られる特徴について、4点指摘したいと思います。

目覚ましい成長力

第1に、新興諸国では経済規模が急速に拡大しており、しかも世界の経済成長を牽引するほどの存在感を示すようになっています。例えば、国際通貨基金(IMF)が公表している各国の国内総生産(GDP)を物価の格差で調整した購買力平価ベースをみると、先進諸国が世界に占めるシェアは2000年には63%もあったのですが、現在では51%まで落ちています。対照的に、新興諸国のシェアは同期間に37%から49%へと上昇しています(図表5)。

なかでもアジア地域を代表する中国の経済発展は著しく、世界シェアは2000年の7%から2011年には14%へと倍増しています。中国に次いで際立つのがインドで、世界シェアは同期間に3.7%から5.7%へと拡大しています。南米地域のブラジルは中国、インドに次ぐ経済規模を誇っていますが、世界シェアについては、この間3%程度とほとんど変化がありませんので、やはりアジア地域の躍進が際立っていると言えます。

新興諸国の経済規模が拡大しているという事実は、成長力が、先進諸国と比べて強まっていることを意味しています。これを確認するために、実質GDP成長率の推移を概観しますと、世界金融危機をはさんで新興諸国と先進諸国の成長率の格差が拡大していることに気づきます。例えば、「危機前の2000〜07年」と「危機後の2008〜11年」に分けて平均成長率を見てみますと、新興諸国と先進諸国の格差は危機前の3.9%から危機後は5.3%へ拡大しています2

先進諸国の経済活動は2009年には4%近くも下落し、その後も緩慢な経済成長が続いていますので、両地域の差が開いたわけです(図表6)。わが国の場合、実質GDP成長率は危機前には平均1.5%を維持していましたが、危機後はマイナス1%へと転落し、とくに世界金融危機の影響が最も厳しかった2009年についてはマイナス5.5%と経済活動は大きく落ち込みました。翌年にはプラス4.4%へとかなり持ち直しましたが、2011年は東日本大震災やタイ洪水被害の影響によってわが国のサプライチェーンが大きな打撃をうけて生産・輸出が減少しましたので、経済成長率はマイナス0.7%へと転落しました。米国については、危機前の2.6%から危機後は0.2%へと経済成長率が急低下しており、2009年はマイナス3.5%へと落ち込みましたが、翌年からはプラス成長に転じて緩やかな景気回復の道筋をたどっています。

  • 2 たしかに新興諸国も世界金融危機の影響を受けて経済成長が鈍化しましたが、この期間の成長率は6.5%から5.6%へと若干低下したに過ぎず、成長力は底堅さを示しています。中国については両期間の平均成長率は、10.5%から9.6%へと僅かに低下しただけで、世界で最も高い成長率を実現しています。インドの成長率は7.1%から7.7%へとむしろ高まっています。ブラジルもインドと同様に、同期間に成長率は3.5%から3.8%へ上昇していますが、成長力は中国とインドには及びません。

財政面での優位性

第2に、世界金融危機を契機に新興諸国の財政の健全さが際立つようになりました。このことは、基本的に、将来、財政危機が発生する確率が低下していると考えられるだけでなく、景気後退局面では財政政策を拡大して景気対応をする政策余地が大きいことを示唆しています。例えば、IMFのデータをもとに一般政府の財政赤字をGDPで割った比率を見てみますと、先進諸国については2001年の1.5%から2011年には6.5%へとかなり悪化していますが、新興諸国については同期間に2.8%程度から2%を切る水準にまでむしろ赤字が減っているのです(図表7)。政府債務の対GDP比についても同様で、先進諸国では2000年の73%から2011年には104%へと拡大して大きく悪化しているなかで、新興諸国については49%から36%へと低下し改善しています(図表8)。

とりわけ中国の財政は良好で、財政赤字の対GDP比は2000年の3.3%から2011年には1.2%へ縮小し、政府債務の対GDP比は16%から26%へと拡大した程度に留まっています3。長く財政赤字に苦しんでいるインドでも、財政赤字は2000年の10%から2011年に8.7%へ、政府債務は72%から68%へ低下しています4。わが国については、財政赤字の対GDP比は2000年の7%台後半から2011年には10%へ悪化し、政府債務も同期間に140%から230%へと先進諸国のなかでも突出して大きくなっています。

  • 3 中国審計院によれば、中国の地方政府が返済責任を負う債務等は2010年末現在およそGDPの27%とされ、この債務を含めば55%ほどになるとの見方もありますが、それでも先進諸国平均を大きく下回っています。
  • 4 このほか、インドネシアでは昨年末以降複数の格付け会社によって国債が投資適格級へ格上げされたことで、年金基金を含む世界の投資家の同国への関心が高まっていると指摘されています。

拡大する世界からの資本流入

第3に、世界の資金の流れに注目しますと、先進諸国ではEU向けの民間セクターの資金流入額が落ち込む一方、アジア・中南米地域の新興諸国向けが増加しています(図表9)。民間セクターの資本流入は、大きく分けて「対内直接投資(FDI)」、「証券投資」、貸出・預金を含む「その他」に分けられますが、新興諸国向けについては証券投資、次いで直接投資の流入が中心です。直近ではその他の資本流入も拡大しています。

新興諸国を地域別で分類してみますと、アジア地域への資本流入ペースが加速していることが分かります。過去10年余りの間にアジア地域への資本流入額は8.8倍にも拡大しています。アジアに次いで資本の流入が大きい地域は資源が豊富な中南米です。同期間の中南米地域への流入額は4.6倍に増えていますがアジアとの差は歴然としています。この結果、新興諸国への資本流入額に占めるアジア地域のシェアは2000〜2002年の32%から2011年には48%にまで拡大しているのに対して、中南米地域のシェアは同じく37%から29%へと低下しトップの座をアジア地域に明け渡しています。

新興諸国に世界の資本が集まる理由は、すでに指摘しましたように経済成長ペースが目覚ましく、しかも成長途上であることから投資需要も旺盛で潜在的な投資案件も多いためです。実際、新興諸国への投資リターンは、先進諸国よりも大きいという特徴をもっています(図表10-1、10-2)。

積極化する対外投資

第4に、既に指摘しましたように、新興諸国は民間セクターレベルでは資本流入が多く、いわゆる「資本輸入国」なのですが、アジア地域に絞ってみますともうひとつおもしろい特徴が確認されます。それは、政府部門や中央銀行の海外投資額を含めれば、資本の流入額よりも流出額の方が上回るいわゆる「資本輸出国」となっている国もいくつか存在しているということです。

かつては資本を他国に供給するのは資金が相対的に余っている先進諸国が多かったのですが、2000年代半ば以降になると特に中国が資本輸出国としての地位を高めています。現在では、中国は世界最大の(資本流出額が流入額を上回る)「純資本流出国」へと変化しており、ついで日本とドイツが中国に続く状況になっています。つまり、中国は1人あたり所得がまだ8千米ドルを下回っていることから「中所得国」に分類される成長途上の国と位置づけられていますが、3万米ドルを超える日本やドイツの純資本流出額を上回っており、しかも、米国を始めとする先進諸国のファイナンスを担う役割を果たすようになっています。香港、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイなどの多くの諸国・地域も資本輸出国となっています。

これまで多くのアジア新興諸国の海外投資は、通貨当局が外国為替市場に介入することによって保有する外貨準備資産にもとづく投資が中心でした。こうした諸国は、主として対米ドルで自国の為替相場を安定させる傾向があるため、外貨準備資産の大半が米国財務省証券やエージェンシー債などに投資されてきました。最近では、米ドル建て中心の構図は変わらないものの、円を含む他の通貨やそれらの通貨建て資産への分散を少しずつ図っているようです。

4.アジア地域の成長の取り込みに向けて

(1)アジア新興諸国とわが国の経済関係の発展

このような特徴を有するアジア新興諸国とわが国の経済は貿易面で深い関係にあることはご存じのとおりです。実際、わが国とアジア地域との貿易額は欧米との貿易額を上回っています。なかでも中国が最大の貿易相手国となっており、東南アジア諸国連合(ASEAN<以下、アセアン>)、韓国との貿易も活発です。また、アジアは貿易のみならず、観光サービス面でも重要になってきており、世界観光機関(UNWTO)によると、外国観光支出額が世界で大きいのはドイツ、米国、そして中国となっています。最近では日本でも中国からの観光客が多く見られますが、わが国にとって中国はわが国の観光サービスの輸入国としての重要性も高まっています。

もっとも、最近では、貿易・観光サービス面のみならず、直接投資など資本取引面でも注目すべき変化がみられます。そこで、本日は、こうした資本取引を通じてアジア新興諸国の成長を取り込んでいく可能性について私なりの考えを申し上げたいと思います。ここでは資本取引を、直接投資、株式・債券等の証券投資、銀行を通じた貸出などの取引に分けて話を進めていきます。

(2)拡大するアジア地域との直接投資

中国をはじめ高い成長が続くアジア新興諸国では、中所得者層の台頭もあって内需が増加しており、様々な財・サービスの市場が急速に拡大しています。こうした旺盛な需要を取り込んでいくために、日本からの輸出拡大を進めるほか、現地で生産・販売拠点網を設置して、各国特有のニーズに迅速に応えることが重要な企業戦略だと考えられます。こうした考えを反映して、最近、わが国企業の海外への直接投資が増えており、国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、日本の対外直接投資は2011年に1,156億米ドルとなり、前年比で105%、およそ2倍も伸びています5。地域別ではアジア地域への直接投資が増えており、対前年比63%も増加して3兆円に到達しています(図表11)6。直近では、中国を上回ってアセアン向けが大きく伸びています。アセアンではタイ、インドネシア向けが多く、ベトナム向けも増えています。タイについては一般的に電気機械、一般機械、鉄・非鉄などへの投資が大きいですが、2011年末の大洪水によって日系工業団地の生産設備が水没する被害があったことで、復旧のための投資額が急速に拡大しています。自動車販売が伸びるインドネシアでは輸送機械向けの投資が大きく拡大しています。賃金が相対的に低いベトナムに対しては、電気機械の投資が増えています。中国向け投資では、製造業が中心ですが、卸小売業への投資や都市化が進む地方都市向けの不動産業への投資も増えています。一方、インド向けの投資は投資認可の遅さや工業用地の不足といった制約があって、関心は高いものの、さほど伸びていません。

アジア新興諸国の成長の取り込みという観点からみると、わが国への対内直接投資も重要です。対内直接投資が増えれば、雇用機会が増え、イノベーションが促されることで国内産業が活性化する機会にもなりえます。この点、わが国への対内直接投資の動向をみると、2011年のアジアからの直接投資は、前年こそ下回りましたが、欧州と並んで、5年連続でプラスを確保しています(図表12)。やや詳しくみると、不動産部門が主体のシンガポールが大きなウェイトを占めていますが、韓国が2005年以降プラスを続けており、香港、中国からの投資も堅調です。中国家電大手によるわが国大手電機メーカー家電部門の買収や、中国電機大手によるわが国大手電機メーカーとのパソコン関連合弁会社設立といった動きは記憶にも新しいところです。こうした動きの背景には、グローバルな競争激化を背景に事業再編などを目的とするM&Aが活発化していることに加え、高齢化が進むわが国における医療・福祉ビジネスや次世代エネルギーなどの環境関連ビジネスへ海外からの参入が増えていることなども寄与している可能性があります。もっとも、わが国へのアジアからの投資は、わが国からのアジアへの投資を比べるとまだ10分の1以下の規模ですが、今後はアジア企業が国際的に業務展開を進めていくなかで増えていくと思います。

  • 5 ただし、この半分超を大手医薬品メーカーによる欧米企業のM&Aが占めているため、今後もこれほどの金額の投資が続くかは明らかではない点は注意が必要です。
  • 6 この点、生産拠点の海外シフトに伴う国内の雇用維持が問題になるとの指摘もあります。しかし、海外需要の開拓に加え、内外分業体制の見直し、国内事業の高度化等を行えば、結果的に雇用増加に繋がることも十分に考えられます。

(3)緩やかに進むアジア地域との証券投資

次は証券投資についてです。アジア新興諸国では、伝統的に商業銀行部門が中心であるため、証券市場は十分発達していませんでしたが、近年、着実に成長してきています。

まず、債券市場についてですが、以前は多くのアジア諸国では自国建ての債券市場が未発達でしたが、最近ではマクロ経済の安定化が進み、かつ各国当局が市場の自由化など市場育成に力を入れていることもあり、外貨建てだけではなく、自国通貨建ての国債や社債の発行が増えてきています。今後は、域内で証券保管振替機関や中央清算機関等のインフラ整備や証券規制の標準化を進めていけば、さらに相互の投資が増えていく可能性があります。株式市場については、中国をはじめアジア各国の証券取引所の上場企業数は着実に増加を続けておりIPOによる上場企業件数の世界シェアは5割を超えているほか、アジア・太平洋地域の株式時価総額が世界シェアで3割を上回る水準まで上昇しているなど、順調に拡大しています。

こうしたアジアの証券市場の拡大は、わが国の投資家にとっての収益拡大のチャンスをもたらすことになりますが、他方で、アジアが持つ豊富な貯蓄がわが国を含めたグローバルな企業に開放されていくことを意味しており、企業経営という観点からみると、わが国とは異なる投資パターンを持った新たな資金を活用できる可能性が拡がることになると思います。

なお、最近では、わが国と海外の証券市場における国際的な連関が強まっています。もともと欧米との証券市場は比較的早くから統合が進んでおり、しかも、わが国経済と米国との結びつきが強いこともあって、債券・株価は欧米の債券・株価と連動する度合いが高くなっています(図表13)7。加えて、アジア域内で貿易・生産ネットワークが構築され経済活動での統合が進むにつれて、アジアの証券市場間で連動する度合いが高まっているようにうかがわれます。

例えば、株式市場については、アジア域内の市場間の連動が2000年初めから高まっており、それまでは米国市場の動向がアジアに影響を及ぼす一方的な関係であったのが、しだいに日本、そして最近では中国がアジア域内へ及ぼす影響も高まっているようです8。株式市場間の連動が高まるということは、アジアの株式市場が各国固有の要因よりも域内共通の要因によって影響を受けやすくなっていることを示しています。そのため、それだけアジア域内での株式投資の分散化から得られる利点は少なくなりますが、その反面、域内で経済政策における協調体制を発展させることができればより安定した市場形成に役立つ可能性もあるように思います(図表14-1、14-2)。

債券市場についても日米欧については連動する傾向がありますが、今後は少しずつアジアとの連動も高まっていく可能性があります(図表15)。なお、世界から新興諸国に向けて債券投資が拡大する背景として、新興諸国の金利が先進諸国よりも相対的に高いため、世界の投資家のリスク姿勢が積極化すると為替ヘッジをせずに高利回りを求めて行う投機的な色彩の強い「キャリー取引」が活発になる傾向があると指摘されています。従って、一般的に金利が高い新興諸国は資本の流出入の変化が大きく、それによって債券価格が大きく変動する問題にも直面するようになっている点には注意が必要です(図表16)9

  • 7 わが国の純対外資産が大きく、わが国が世界最大の「対外債権国」であることはよく知られています。これまでは対外資産の多くが米国の財務省証券、エージェンシー債、社債や欧州の債券などの中長期債券に投資されてきました。次いで欧米向けの株式投資も行われてきましたが、世界金融危機後は中長期債券へのシフトがかなり進んでいます。一方、海外からのわが国に向けた証券投資については、欧米投資家を中心に中長期債や株式に投資が行われてきました。昨年秋から今年の初めにかけて欧州財政問題の深刻化もあって世界の投資家のリスク回避姿勢が強まった際には、わが国の短期国債への投資が増加しましたが、最近ではこの動きに一服感があります。
  • 8 たとえば、中国海南島で毎年開催されるボアオ・アジア・フォーラムの「2012年アジア経済統合進展年次報告書」では、各国の株式市場のインデックス利回りの相関係数をもとに、2002-06年の期間にアジア域内での統合が高まるなかで、日本の株式市場のアジア域内での影響度が大きかったことを指摘しています。その後の世界金融危機以降はアジア域内での株式市場の統合度がさらに高まっており、とりわけ中国の存在感が増しており、中国を中心に香港、インド、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、日本との相関関係が強まっていることを示しています。一方、2001-2011年1月までの期間においては、アジア域内ではシンガポール、インド、日本の株式市場の影響が最も大きいとの分析もあります(Meric, et al. "Co-movements of and Linkages between Asian Stock Markets," Business and Economics Research Journal, 2012)。
  • 9 最近では、国際金融市場においてグローバルな投資家の間でいわゆる「質への逃避」の動きが強まったことなどもあって、中国などアジア諸国を含む海外投資家がわが国の短期国債への投資を積極化させています。このため、わが国の短期国債利回りは、補完当座預金制度のもとでの適用利率0.1%をさらに下回る水準へ低下したほどです。こうした状況は一時的で小幅なものでしたが、中国などアジアの投資家の動向には引き続き注目しています。

(4)アジア地域との銀行を通じた資金取引の拡大

最後に、銀行の資金取引についてです。さきほど指摘しましたように、アジアでは伝統的に商業銀行部門が中心ですが、そのなかで欧米の外資系銀行は長期資金(例えばプロジェクトファイナンス)や貿易信用といった分野で一定のプレゼンスを得ていました。しかし、欧州債務問題を契機にこれらの分野での欧州系金融機関が一部撤退する動きが見られます。

わが国金融機関の国際与信残高については、1990年代から不良債権問題もあって減少していましたが、近年、増加する傾向があります10。最近では、アジア新興諸国向けに日系企業だけでなく、非日系企業に対しても貸出額が増えています(図表17)。欧州系金融機関が同地域からの撤退を進めるなかで、わが国金融機関は、2009年以降、主に中国、韓国、タイ、インドネシア、マレーシア等へ与信額を増やしています。同地域における貿易信用の主幹事を獲得し、プロジェクトファイナンス、シンジケートローンの出し手となる事例も増えています。この他、アジアでは、交通輸送、エネルギー供給、通信手段、上下水道といった基幹インフラなどの長期資金に対する潜在的な需要が大きく、アジア開発銀行によればその規模は2010年から2020年までの期間で約8兆米ドルに達すると推計されているほどです。こうした資金需要を充たすには、公的資金だけでは十分ではなく、銀行融資や債券投資を始めとする民間資金を活用することが必要となりますので、わが国金融機関にとって大きなビジネスチャンスが到来していることになります。

また、同様に、わが国金融機関が、国内で医療・介護、環境、エネルギー等ニーズの高い分野で有望な企業を掘り起こし金融サービスを充実していけば、そのスキルはやがて高齢化を迎えるアジア諸国にも活用できると思います。

  • 10 具体的には、欧州向けの対外与信は減っており、米国へのシフトが見られています。金融機関の場合、ドル預金受入れやシニア債の発行のほか、国内の余剰円資金を為替スワップ、通貨スワップを通じて米ドルに転換し、その米ドル資金を米国や米国以外の投資に回すパターンが見られます。

5.おわりに —秋田県経済について—

本日は、わが国経済の見通しと日本銀行の対応、成長力強化およびその関連でのアジア地域との経済・金融関係の発展についてお話してきました。繰り返しになりますが、わが国の成長力強化のためには、国内の持てる資源を活用して潜在的にニーズの高い未開拓の分野を発展させていくことが重要だと思います。その際、アジアをはじめとする新興諸国への企業進出だけでなく、成長著しい新興諸国の成長の国内への取り込みも同時に考えていくことが大切だと感じています。

以上を踏まえたうえで、最後になりますが、秋田県経済について一言触れたいと思います。秋田県の経済情勢をみると、震災の負のショックからはおおむね脱し、全体として持ち直しており、先行きについても、個人消費が比較的底堅いなか、復興関連需要の波及が期待できることもあって、持ち直しの動きが続く見通しです。しかし、県内主力産業の一つである電機産業、なかでも電子部品・デバイス関連では、円高の影響等もあり、弱めの動きとなっていることや、復興関連需要の波及効果には不確実性が残っていることなどには注意が必要だと思います。

より長い目でみると、当地の人口は1982年から減少を続けているほか、65歳以上の構成比も全国一でありますので、人口減少と高齢化への対応が喫緊の課題となっているように思います。こうした中長期的な課題に取り組むうえでポイントとなるのは、さきほども述べましたように、当地の強みを最大限活用して、潜在的なものを含め、国内外の需要を新たに開拓して取り込んでいくことだと考えています。

この点、当地は、(1)電子部品・デバイス産業の集積、(2)優れた鉱山・製練技術の蓄積とそれを活用した資源リサイクル、(3)風力や地熱といった豊富な再生可能エネルギー資源、(4)コメをはじめとする食・農資源、(5)中国やロシアに近いという地理的優位性などに強みを持っており、現在、秋田県をはじめ官民の関係者の皆様が、こうした強みを活かして新たな産業振興を図るべく、様々な施策に取り組んでいると伺っています。例えば、リサイクル産業の一層の活性化を目的として、「レアメタル等リサイクル資源特区」の活用や政府の各種規制緩和措置を展望しつつ、レアメタル等の金属を使用済家電等から効率よく回収するシステムの構築を目指しておられます。また、アジアを中心とした新興諸国の成長を取り込んでいくべく、当地では、中国、ロシア、韓国などとの対岸貿易に向けた物流拠点網整備(いわゆるシーアンドレール構想)や、観光客誘致、教育機関への留学生受入れ拡大といった地道な努力を積み重ねておられ、今後も、こうした取り組みを着実に進めていくことが大切だと思います。当地の農業についても、ブランド力の高い米を含め、加工や内外の販売拠点との連携強化を通じて競争力を高めていけば、さらなる発展の余地も十分あると思います。いずれにしましても、このような当地の強みを最大限活用して国内外の新たな需要を開拓していく取組みが、今後の秋田県経済の一層の発展につながることを心より願っています。

ご清聴頂き、誠にありがとうございました。