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【講演】アジア・環太平洋のリンケージの時代

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サンフランシスコ連銀主催コンファレンスにおける講演の邦訳(テレビ会議により参加)

日本銀行総裁 白川 方明
2012年6月11日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.世界経済におけるアジアの重要性
  3. 3.アジアの経済発展と金融
  4. 4.新たなwin-win関係の構築に向けて
  5. 5.結びに代えて

1.はじめに

白川でございます。サンフランシスコ連銀の主催するコンファレンスで皆様にお話申し上げる機会を頂き、誠に光栄に存じます。

本日私からは、アジア・太平洋を繋ぐリンケージの強まりや、アジアが持続的な成長を遂げていく上での金融面での課題などについて、お話ししたいと思います。明後日から開催される金融政策決定会合のため物理的に出席することができず大変残念ですが、このようなテクノロジーを利用して、太平洋を跨いで皆様と対話をさせて頂くこと自体、環太平洋のリンケージを示すものです。

大西洋の両岸については、1492年以降500年以上にわたりさまざまな交流が育まれ、19世紀からは事実上文明世界の中心となりましたが、これと比べると、太平洋の両岸の国々の交流は、遅れました。西洋人による太平洋の認知と初めての太平洋の横断は、ご存じの通り、コロンブスの大西洋横断からわずか30年後、1520〜1521年にかけてマゼランが率いる艦隊によって達成されました。しかし、その後は、メキシコのスペイン副王がフィリピンを管轄していたという経緯から、スペイン船が年1〜2回アカプルコとマニラの間を往復していたことを除けば、太平洋両岸の交流が本格的に始まったのは、カリフォルニアのゴールドラッシュの結果、米国の太平洋岸の人口が増えて以降のことでした。

太平洋を囲む国々の交流が進まなかった大きな理由は、太平洋の大きさでした。アカプルコとマニラの間を往復するため、スペイン人は2,000トンに達する当時としては巨大な船を特別に建造しなければなりませんでした(図表1)。かの有名なメイフラワー号が180トンといわれていることを考えれば、その大きさがおわかり頂けると思います。近代に入っても、太平洋を横断する海底ケーブルが完成したのは1903年と、大西洋横断の海底ケーブルに遅れることほぼ45年でしたし、太平洋を横断するノンストップの航空路線も、1970年代、ジャンボ・ジェットの時代にならなければ本格化しませんでした(図表2)。環太平洋圏が経済圏としていつ頃から明確に意識されるに至ったかについては諸説がありますが、「アジア太平洋経済協力」(APEC)という枠組みが誕生したのは1989年になってからのことでした。

距離による障害は引き続き存在するとはいえ、さまざまな技術革新のお陰で、今日ではその程度は以前に比べると、小さくなってきたこともあり、アジア・太平洋諸国は、同じ海を囲んでいることの恵みを享受できるようになっています。

歴史的考察はさておき、昨年は、私にとって、アジア・太平洋を繋ぐリンケージを強く意識させる出来事がふたつありました。そのひとつは悲惨な東日本大震災でした。日本を襲った大震災は、製造業のサプライチェーンに大きな損害を与えました(図表3)。特に、自動車の運転を制御するマイコンの生産工場の障害は日本だけでなく、アジア諸国や米国の自動車生産ラインにもかなりの影響を及ぼしました(図表4)。サプライチェーンの障害という点では、昨年夏以降のタイの洪水も同様の影響を与えました。タイでのハードディスクドライブなどの生産の停止によって、わが国を含めたアジア各国のコンピュータ生産は影響を受けることになりました。これらの自然災害は、アジア、さらには環太平洋の経済が国際分業を通じていかに密接に結びついているかを改めて認識させる出来事でした。

アジア・太平洋のリンケージを意識させたもうひとつの出来事はタブレット端末やスマートフォンの一段の普及でした。最近ではスマートフォンを覗き込む人々は、既に街の風景として一般的になっていますが、今日の産業リンケージは、貿易論の教科書に描かれている従来型の国際分業を超え、新しい「コンセプト」を核に、世界中からその実現のためのリソースを集結させる形を採るようになっています。アジア・環太平洋圏は、このタブレット端末を含め、イノベーションの「保育器」としてもますます重要になっています。因みに、iPhoneのコスト分解についての推定値をみますと、1台649ドルの価格のうち、加工組立ては8ドル、部品は188ドル、粗利益は453ドルとなっています(図表5)。iPadやiPhoneのコンセプトは、シリコンバレーで生み出されたものですが、それが現実の製品として提供されるまでには、要素技術の開発や製造プロセスの確立、流通体制の構築など、さまざまなレベルにおいて太平洋を縦横に行き来する人とモノとカネの流れがありました。この一連のプロセスにシリコンバレーの企業だけでなく、日本や中国、韓国、台湾等の多くのアジアの企業が係わっています。

2.世界経済におけるアジアの重要性

世界経済の頑健性を高める「柱」としてのアジア

そこで、発展を遂げるアジア経済やアジア・環太平洋地域のリンケージの強まりについて、簡単に事実を確認したいと思います。

アジア経済の成長率は、近年、世界経済の成長率を趨勢的に上回っており、この傾向は、グローバル金融危機後さらに顕著となっています。ちなみに、最新のIMF見通しによれば、アジアは2011年の5.9%に続き、2012年も6%程度の高い成長が見込まれています。この間、先進国は2011年の1.6%に続き、2012年も1.4%の低い成長に止まる見通しです (図表6)。IMFによると、現在のアジアの成長トレンドが維持されれば、アジアの世界経済に占めるシェアは、現在の3割程度から2030年までには4割を超える見通しです(図表7)。

貿易面でも、アジアのウェイトは高まっています(図表8)。2011年に公表された日本政府の「通商白書」は世界をNAFTA、EU、ASEAN、メルコスール、中国、日本の6つに分け、世界の貿易構造に関し興味深い分析をしています(図表9)。これによると、1990年にはNAFTA、EU、日本という先進国間の貿易は全体の6割強を占めていましたが、2008年には3割強まで低下しています。一方で、NAFTA、ASEAN、メルコスール、中国、日本という環太平洋間の貿易からNAFTA-日本間の貿易を除いたウェイトは、1990年の25%前後から、2008年には45%前後まで上昇しています(図表10)。このように、近年、アジア・環太平洋地域の貿易ネットワークも、飛躍的に発展しています。

このようなアジアの成長は、グローバル金融危機後も世界経済の牽引役となっています。すなわち、米国における住宅バブルの崩壊やリーマン・ブラザーズ社の経営破綻後の金融危機にもかかわらず、世界経済は全体としては1930年代に経験したような深い落ち込みは回避し得ています(図表11)。この理由としては、各国政府・中央銀行の積極的な政策対応も挙げられますが、アジアを始めとする新興国の経済発展により、世界経済の成長の「柱」が複線化し、頑健性を高める方向に働いていることも寄与していると考えられます。今日のように経済のグローバル化が進展する中においては、いわゆるデカップリングを強調し過ぎることは適当ではありませんが、アジアを始めとする新興国において、国民生活の水準が向上する形での内在的な経済発展が強まることは、世界経済の頑健性を高める要因になると思われます。

各国の成長力を高めるフロンティア

以上述べたように、アジアの高い経済成長は世界経済の頑健性を高める要因ですが、それと同時に、アジア以外の経済にとっても新たな成長フロンティアをもたらすものであることを強調したいと思います。

今日、多くの先進国はほぼ共通して、人口高齢化や財政事情の悪化といった問題に直面し、成長力の強化が喫緊の課題となっています1。現下の欧州問題の根本的解決も、究極的には、欧州周縁国が自らの生産性や成長力を十分に強化できるか否かにかかっています。この点、アジアは豊富な人的資源を持ち、現在は供給基地として高い技術基盤を備えるに至っていますが、今後は需要地としての大きな発展も見込まれます。例えば、本年初の業界調査によれば、中国向けのスマートフォン出荷台数は、米国を抜いて世界第一位となっています。

このようなアジアのポテンシャルを最大限に活かすには、労働集約的な生産基地と捉えるだけではなく、より有機的かつ重層的なリンケージの構築を図っていくことが有益です。その良い例が、従来は専ら国内市場をターゲットにしていた日本の小売、介護・教育サービスです。これらの産業は、新たにアジアという広いマ−ケットを意識することで、より大きなビジネス戦略を立てることが可能となっています。また、急速な生活水準の向上により、環境面やエネルギー面からの成長制約が課題となりつつあるアジア新興国に対し、先進国が環境・省エネルギー技術を通じて成長制約の緩和に貢献する途もあります。さらに、先進国が人口高齢化への対応を図る上で、アジアの人的資源や供給力をいかに活用していくかといった観点も重要となります。このようなアジアとの有機的なリンケージの構築による新たな成長フロンティアの拡大は、アジアと非アジアの国々の双方にとって有益なwin-winの関係に繋がり得るものです。

3.アジアの経済発展と金融

アジアの金融面での強みと課題

次に、このようなアジアの経済発展やリンケージと、本コンファレンスのテーマである金融の役割との関係に話題を転じたいと思います。

先程述べたように、アジア経済はグローバル金融危機から比較的速やかな回復を遂げ、世界経済を牽引していますが、このことを可能にしたひとつの重要な要因は、アジアの金融システムが総じて安定を維持し続けていることです。

このようなアジアの金融安定の背景としては、以下の3つの点が指摘できるように思います。

第一は、アジア経済のファンダメンタルズ自体が良好なことです。アジア新興国の多くは、国内に貯蓄余剰を抱え、財政事情も先進国に比べ良好であり、対外収支も黒字基調が維持されています。このようなアジアのファンダメンタルズへの評価を背景に、アジア向けの国際資金フローは、金融危機直後にはいったん収縮したものの、比較的速やかに回復しました。

第二は、金融機関のビジネスモデルの違いです。アジアの金融仲介は、銀行を中心とする間接金融型のビジネスモデルが主流であり、今回の金融危機の一つの背景となったOriginate-to-Distribute型のビジネスモデルは、もともと一般的ではありませんでした。また、複雑な証券化商品に対するアジアの金融機関のエクスポージャーも相対的に限定的でした。

第三は、わが国も含め、アジアの国々の多くが90年代に金融危機を経験し、その後、自己資本やセーフティネットの強化など、自国の金融システムを強化する取組みを進めていたことです。現在、先進各国では、マクロプルーデンス政策への関心が高まっています。この点、アジアの幾つかの国では、90年代に金融危機を経験していたこともあり、不動産融資のLTV(Loan-to-Value)比率を用いた抑制等、各種のマクロプルーデンス政策手段の活用という点では、むしろ先進国より先行していました。

このように、アジアの金融システムは相対的に安定していますが、様々な課題を抱えていることも事実です。そのひとつは、資本市場、中でも社債市場の整備です。アジアでは交通輸送やエネルギー供給、通信手段といった基幹インフラに対する巨額の潜在需要があります。こうしたインフラ資金の期間の長さや、それに伴う期間ミスマッチのリスクを考えると、銀行だけでなく、資本市場は重要な役割を果たすと考えられます。それと同時に、銀行借り入れと社債という複数の資金調達手段が存在すれば、金融システムの安定性は高まると考えられます。既に、アジア・ボンド・ファンド(ABF)の創設をはじめ様々な取り組みが始まっていますが、社債市場の整備は重要な課題です。

日本の貢献

このようなアジアの金融安定や金融インフラの整備に向けて、日本が貢献を果たし得る余地も大きいように思います。その理由として、次の2つが挙げられます。

第一に、日本の金融システムが、全体として安定性と頑健性を維持していることです。

日本は金融危機を米欧に先駆けて経験したことから、金融システム強化のため様々な方策を講じてきました。この奏功もあり、日本の金融システムは、リーマンショックや東日本大震災等の荒波を受ける中にあっても、総じて安定しています。現在、国際的に活動する邦銀は概ね十分な自己資本を備えており、アジアの金融サービスへのニーズに応えていくことが可能となっています。

第二に、国際的に活動する日本の金融機関や、さらには企業にとっても、アジアとのリンケージ構築が海外戦略の中核となっていることです。

すなわち、日本の金融機関は現在、アジアに経営資源を戦略的に投入し、アジア向けの貸出を伸ばすとともに、M&Aファイナンスなどにも精力的に取り組んでいます。例えば、本邦メガバンクの海外向け与信に占めるアジア向けの比率は上昇傾向を辿っており、足許では3割近くにも達しています(図表12)。現在、欧州の金融機関は新興国における与信を縮小していますが、そうしたデレバレッジングによる与信減少分を邦銀が代替する動きもみられます(図表13)。これらの活動は、アジアにおける安定的な金融仲介の確保にも寄与しているものと考えられます。

一方、日本企業にとっても、アジアの経済発展は、まさに新たな「フロンティア」の拡大を意味しています。日本国内での魅力的な投資機会が減少する中で、現在では大企業に止まらず、中堅クラスの製造業やサービス業までも含む多くの企業が、ビジネスの拡大や収益率の引上げを企図し、アジア向けの直接投資やM&A活動を活発化させており、2009年には初めて、アジア向け直接投資の合計額がEU向けを凌ぐに至っています(図表14)。

このような日本の金融機関や企業の活動を通じて、安定的なリスクマネーが内外から日本を含むアジア各国の生産的な投資活動に供給されていけば、アジアの持続的成長に資すると考えられます。他方、日本の金融機関や企業が、アジアの供給力や新たな需要を取り込みながら生産性や収益性を高めていくことは、日本経済の成長力の引上げにとって、大きな意味を持つものです。

4.新たなwin-win関係の構築に向けて

以上述べたように、アジアと環太平洋地域のリンケージは強まっていますが、次に、より広い視野から、アジアと世界経済全体とが共に持続的発展を遂げ、win-winの関係を構築していくうえで、各国の政策当局者に求められる取り組みについて、3つほど申し上げたいと思います。

第一に、アジア各国が今後とも自国のファンダメンタルズや政策枠組みを強化し、自国経済の安定確保に努めていくことの重要性を、改めて強調したいと思います。アジア経済の世界に占めるウェイトが大きくなっているということは、裏を返せば、アジア経済の変動やアジア各国が採る政策が世界経済に及ぼす影響も、やはり大きくなり得ることを示唆しています。

ファンダメンタルズの観点からは、アジアにおいても先進国に遅れ、人口高齢化への対応が今後大きな政策課題となります。ちなみに、中国も2020年には生産人口増加率が減少に転じる見通しです(図表15)。この問題に対し、アジア各国がいかに効果的かつ迅速に対応していけるかどうかは、「人口ボーナス」の果実を享受し終わった後のアジアのファンダメンタルズを、大きく左右し得る可能性があると考えられます。

また、地球的な成長制約との関連では、環境や省エネルギー面での政策努力も、ますます重要な意義を持ってきます。現在、アジアをはじめ新興国の世界経済に占めるシェアが上昇する中、世界経済の成長予想の強まりがコモディティ価格の上昇圧力となり、これがインフレ圧力となって新興国の政策運営を制約するといったケースが増加しています。この点、環境・省エネルギー面での政策努力は、地球的な成長制約を緩和し、アジアをはじめ新興国の商品価格変動に対する頑健性を高めることに繋がります。この面で、環境・省エネ技術の面で強みを持つ日本企業が貢献を果たし得る余地も大きいように思います。

また、政策枠組みという観点からは、各国が為替レートの柔軟性を確保することも重要です。経済・金融のグローバル化が進む下で、為替レートが伸縮性を欠くことは、国際資本フローの急変動を招くリスクがあるほか、金融政策やプルーデンス政策に過度の負担をかけることにも繋がります。これらの観点から、私は、アジア各国による自国通貨の為替レートの柔軟性を高める取り組みを歓迎するものです。

第二に、金融の面では、「金融のグローバル化」と国籍から自由になれない金融活動の担い手との折り合いをどうつけていくのか、考えを深めていく必要があります。

2000年代の前半の世界経済や、さらに遡って19世紀末から第一次世界大戦以前の欧米諸国がそうであったように、未曾有の経済的繁栄を享受した時代は、グローバル化が大きく進んだ時代と重なっています。このような歴史的経験が示唆するように、高齢化に直面し成長力の引上げという政策課題を抱える先進国と、さらなる生活水準向上の実現を目指す新興アジア諸国双方にとって、「経済のグローバル化」を一段と進めることは避けては通れない道だと考えられます。そうであるならば、その金融面での反映である「金融のグローバル化」も進まざるを得ません。さらに、資金は取引コストをかけずに、また国境を跨いで、いくらでも取引規模を拡大できる(scalable)ことを考えれば、金融のグローバル化がさらに深化しても不思議はありません。

他方、金融の担い手は、いかにグローバル化が進展しても、本拠の所在する国の国籍から自由になることはできません。何らかの問題が発生した際に、納税者による救済を行うかどうかは別としても、最終的には金融機関の債務の信用は、母国政府の信認や規制・監督枠組みの頑健性と無関係に存在するものではありません。少なくとも、金融の担い手がその機能を十二分に発揮するには、母国監督当局による健全性のチェックなどを背景とした信認が確保されていなければなりません。実際、資金の国内回帰(re-nationalization)とも呼ぶべき動きもみられます。現在、G20や金融安定理事会(FSB)のイニシアチブの下で、金融機関の国際的な破綻処理をはじめ、金融グローバル化の進展と主権国家の存在が引き起こす様々な問題の検討が行われていますが、大きな挑戦課題です。

第三に、各国の多様な経済・金融構造や政策枠組みに対する相互理解を、一段と促進していくことも重要です。

先ほど、今回のグローバル金融危機において、アジア経済の頑健性が世界経済の大きな落ち込みを防いだ一因であったことを説明しましたが、多様性を備えたシステムは、同質的な構造や同じ政策枠組みを持つ国々のみから成る世界経済システムに比べ、ショックに対し頑健であると考えられます。情報通信技術が発達し、世界経済がますますリンケージを強めるもとでも、予見しうるかなり長い期間にわたって、各国・各地域の「違い」は存在し続けると思います。しかし、そうした経済の「多様性」を繋ぐリンケージの中からこそ、新たな創造や成長の芽が生まれてくるとみることもできるように思います。

このような経済構造の多様性を踏まえれば、経済のリンケージの形態にも、「通貨統合」といった究極の形から、より緩やかなものまで、さまざまなスタイルがあり得ます。この中で、アジア各国の経済構造や発展段階の違いなどを十分に考慮し、最適な形態・組み合わせを模索していくことが重要となりましょう。

また、国際的な政策議論においても、各国がそれぞれの経済構造等の違いを相互に理解し、共に学び合う建設的対話が重要です。先進国の経済はどうしても同じ景気サイクルの影響を受け易いだけに、政策論も、 —「大いなる安定」(Great Moderation)が典型ですが— その時々において類似のテーマに関心が向きがちな面があることは否めません。この点、アジアの経済発展や世界経済の多様性の増加は、政策論にも新たな地平を切り拓くものであると思います。

5.結びに代えて

以上、アジア・環太平洋におけるリンケージの深化という観点から感じていることをお話ししましたが、最後に、この経済圏内の金融リンケージが深まっていくにつれ、意識される可能性のある問題をひとつ指摘して結びに代えたいと思います。それは時差の存在です。

ビデオ信号が東京からサンフランシスコに届く間のごくわずかな時間的なズレがあるとはいえ、私はこのように皆さんの前にリアルタイムで登場しています。しかし、私は、皆さんからみれば、明日(6月12日)の世界にいます。皆さんにとっては6月11日の講演ですが、私の手帳をみると6月12日と書いてあります。太平洋をはさんでリアルタイムに交流しているものの、お互いが意識している日付は違います。

講演の日付であれば、私の秘書が間違えないようにすればよいだけですが、金融において日付は重要な意味を持ちます。私が今、そちらの会場のどなたかに2日後に送金すると約束した場合、13日にお金が着かなければならないのでしょうか。それとも14日でよいのでしょうか。また、互いの週末を尊重するのであれば、取引できる日は週に4日しかないということにもなります。ルールを事前に決めておけばよいだけかもしれませんが、破産手続が開始された場合の取り扱いなど、リスク管理上厄介な問題があるかもしれません。

時差に伴う外国為替取引の決済リスクについては、CLSの稼働により事態は随分改善されましたが、それでも新興国通貨の多くはまだ、対象通貨にはなっていません(図表16)。これらは一見すると小さな問題に見えますが、こうした実務的な問題を1つ1つ解決していくことにより、世界は繋ぎ目のない(seamless)経済に近づき、アジア・環太平洋経済圏を含め、世界経済のポテンシャルが開花します。今回のコンファレンスにおける議論を通じ、私たちが望ましい方向に向け、また一歩踏み出せることを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。