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【発言要旨】欧州債務問題とアジアへの影響

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「第8回 東京−北京フォーラム」における発言要旨

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2012年7月2日

目次

1.はじめに

日本銀行の山口でございます。「第8回 東京−北京フォーラム」でお話しする機会をいただき、有難うございます。本日は、欧州債務問題のアジアへの波及とそれへの取り組みといった点について、お話させていただきます。

2.欧州債務問題の本質

欧州債務問題は、統一通貨ユーロの下で生じた3つの事象、すなわち、金融拡張の行き過ぎ、財政の放漫化、経済の非効率化、という事象の急激な修正のプロセスです。

この修正過程のもとで、EUでは、南欧諸国を中心に、金融の収縮、財政の緊縮、景気の停滞が同時進行し、しかも、この3者の間で悪循環が生じるに至っています。この悪循環こそが現在の欧州債務問題の本質ですし、この循環をいつ、どのような形で断ち切ることができるかが、問題解決のポイントです。

3.欧州債務問題の今後

欧州債務問題の抜本的解決に向けて、EU内では、財政統合、金融統合を巡る議論が進められています。ただ、その道のりは長く険しいと思います。

道のりには、2つのリスクがあると思います。1つは、国際金融資本市場が混乱に陥り、世界経済が大きく悪化するといった、いわゆるテイル・リスクです。もう1つは、金融資本市場の緊張が断続的にせよ続き、世界経済がしっかりとは回復しないリスクです。もちろん、関係国等の努力を前提とすれば、最初のリスクが表面化することはまずないでしょう。しかし、2番目のリスクが現実のものとなる可能性は小さくありません。

国際金融資本市場は、先日のEUサミットの合意を受けて、ひとまず落ち着きを取り戻しつつあります。しかし、問題の抜本的な解決が図られた訳ではありません。市場の底流には、依然神経質な地合いがあるように思います。

4.欧州債務問題のアジアへの波及

欧州では、金融、財政、景気の3者間での悪循環が作動し、金融資本市場は、基本的にはなお神経質な状態を続けています。こうした状態は、言うまでもなく日本、中国を含むアジア地域にも影響を及ぼしてきています。

第1に、欧州の景気停滞は、アジアから欧州に向けての輸出の減少という形で、直接的にせよ、間接的にせよ、景気下押し圧力に繋がっています。とくに、欧州向けの輸出依存度が高い中国への影響は小さくないとみています。

第2に、欧州での金融の収縮、なかんずく欧州系金融機関のデレバレッジの影響が懸念されます。欧州系金融機関のプレゼンスは、中国や日本ではそれ程大きくありませんが、他のアジア諸国には依存度の高い国もみられます。目下のところ、デレバレッジのペースが緩やかに止まっていることや、その一部を日本の金融機関が代替していることもあって、アジア企業の資金調達環境が大きく悪化するには至っていません。ただし、欧州情勢次第では、状況は大きく変わり得ます。

第3に、国際金融資本市場の動きです。株価の下落は、負の資産効果を通じて個人消費等に対し抑制的に作用します。また、為替相場の変動は、とくに日本経済にとっては、それが大幅な円高となって現れた場合、企業収益の悪化をもたらし、景気を下押しする可能性があります。加えて、市場の神経質な地合い自体が、アジア各国の経済主体のマインドを慎重化させ、支出活動を抑制する惧れも小さくありません。

5.日中両国の取り組み

このように、欧州債務問題は、日中両国の経済にも、大きな影響を及ぼしています。それだけに、日中両国にとっても、欧州債務問題が可及的速やかに、抜本的に解決されることが極めて重要です。財政健全化と金融システムの安定に向けて、EUの取り組みがさらに加速するよう促していく必要があると考えています。

その間、欧州債務問題のアジアへの波及をできるだけ小さくするという観点からは、まず、景気下押し圧力に対処すべく、アジア各国では、財政、金融両面から適切に政策対応を図っていかなければなりません。また、アジアにおいて金融の円滑性を維持していくうえでは、日本の金融機関の果たすべき役割が小さくないとみています。実際、日本の大手銀行は、そうした判断に立って積極的な与信行動に出ています。これらの対応が円滑になされれば、経済主体のマインドが大きく慎重化するリスクも小さくすることができると考えています。

もちろん、万が一、欧州発で非常に大きな負のショックが発生した場合のことも、長い目では考えておく必要があるでしょう。アジアでは、サプライチェーンの発達を伴いつつ、貿易関係が一段と深化しています。このことは、日本の震災やタイの洪水の際に明らかになったように、何らかの理由でチェーンの環が途切れると、アジア全体の経済活動に大きなマイナスの影響を与えてしまうということでもあります。既に一部の企業でみられることですが、サプライチェーンの複線化を図るなどの対応が不可欠となっています。

また、大量の資本流出が生じた場合の備えも怠れません。近年、チェンマイ・イニシアティブ等を通じたセーフティーネットの整備が進んでいますが、さらに金融市場、金融システムの頑健性を高めるために、どのような形で地域協力を進めていくのか、引き続き知恵を出していく必要があります。その際、決済システムの安定性確保という視点が従来にも増して重要になってきていると認識しています。日本、中国には、こうした取り組みをリードしていく役割が求められています。

6.おわりに

以上、欧州債務問題のアジアへの波及とそれへの取り組みといった点について、お話してきました。最後に、1つの国あるいは1つの地域の経済的な安定を確保するうえでは、財政の持続可能性が基本となること、また中央銀行の立場からは、金融システムの安定が極めて重要であることを付け加えて、私の話を締め括らせていただきます。ご清聴有難うございました。