このページの本文へ移動

【発言要旨】地域間金融協力:金融安定に向けたさらなる金融協力の形

English

CEMLA60周年コンファランスにおける発言要旨の抄訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2012年7月19日

目次

1.はじめに

本日は、ラテンアメリカにおける中央銀行間協力の象徴とも言えるCEMLAの60周年記念コンファレンスにお招きいただき、誠に光栄に存じます。本コンファレンスは、国際金融の安定化とラテンアメリカおよびアジアを跨ぐ中央銀行間協力について、統合的な視点から議論する理想的な機会ではないでしょうか。ラテンアメリカとアジアは、域内金融協力が最も進展している地域です1。本日は、金融協力に関する議論についてさらに一歩踏み込んで、地域間金融協力というテーマを取り上げたいと思います。これまで金融協力の形として、グローバル、リージョナル、バイラテラルといったスコープがG20等で議論されていますが、地域間金融協力、とくにラテンアメリカとアジアの間の協力は、グローバルとリージョナルあるいはバイラテラルの間に位置付けられるもう1つの重要な金融協力の形と言えるでしょう。

  • 1 CEMLAが本年60周年を迎えるということは、1952年から活動を開始しているわけで、第2次世界大戦終了のわずか7年後ということになります。日本も含めたアジア太平洋地域(以下、とくに断らない限りアジアと呼ぶ)でも、域内金融協力の歴史は長く、活発に行われています。まず、1966年に、東南アジアの主要7中銀の首脳がタイのバンコクに集まり、現在域内の学習バブ的役割を担っているSEACENの基礎が築かれました。1982年には、その事務局機能を提供するSEACENセンターがマレーシアのクアラルンプールに設立され、以降、内容の濃いタイムリーなセミナーなどが数多く開催されています。CEMLAとの共催セミナーも実施されており、日本銀行としても、スピーカーや講師といった形で貢献しています。また、1991年には、日本銀行が呼びかける形で、アジアの主要11中銀で構成されるEMEAPが設立され、アジア・ボンド・ファンドを立ち上げるなど具体的な成果を上げています。

2.21世紀におけるラテンアメリカとアジア:低相関から強いリンケージの時代へ

まず、ラテンアメリカとアジアの関係について、実体経済や金融のリンケージに関するファクトを簡単に整理することから始めます。ここでは、2000年以降の時期について考察します。

1980年以降、両地域は、数度の大きな金融危機に見舞われました。1982年のメキシコ債務危機に始まり、1994年の所謂テキーラ危機、1997年のアジア通貨危機およびそれに端を発したロシア危機、そして2000年のアルゼンチン危機と続きます。こうした年表からもわかるとおり、達観すれば、リーマン危機が発生するまでは、両地域が同時に大きな金融危機に直面したことはありませんでした。事実、2000年代初めの実質GDP成長率のクロス・カントリー相関をみると(図表1)、ラテンアメリカとアジアとの相関係数は小さいことがわかります。この背景として、両者は地理的に最も離れていることもあり、とくに貿易面を中心に、従前はお互い直接的な影響が及びにくい関係にあったのかもしれません。

ところが、そうした関係は所謂グレート・モデレーションの時期から変化し始め、リーマン危機および今次欧州債務問題が深刻化する中において、大きな変化が生じています。実際、先ほどの実質GDP成長率のクロス・カントリー相関をみても、ラテンアメリカと中国および日本の相関係数が緩やかに高まった後、2008年以降は、主要アジア諸国全てについて相関関係が大幅に高まっています。また、貿易関係についても(図表2)、地理的な距離は当然変わることはないのですが、輸送技術の進化や各種関連コストの低下などもあり、中国を始めとして、相互依存関係が2000年代半ば以降高まってきています。

今後とも、両地域に関する、貿易を始めとする経済活動や金融市場の相互リンケージは一段と高まっていくことが予想されます。貿易に関して言えば、取引にかかるコストが十分に小さい場合、人口規模や財・サービスの補完関係の程度によって量が決定されます。この点、ラテンアメリカとアジアの人口動態をみると(図表3)、両者を合わせた人口が世界全体に占めるシェアは、今後低下していく見込みではありますが、2050年時点でも6割を超えており、所得の増加につれて世界の一大消費地が形成される見込みにあります。また、両者の産業構造をみても、一次産品から資本財まで、需要と供給のバランスが確保されており、欧米先進国に大きく依存しなくても両地域だけで貿易活動が成り立つとも言えるでしょう。貿易面を中心に経済活動の相互リンケージが高まれば、実需やヘッジ目的の為替取引や企業のクロスボーダー取引を映じた株価の相関など、金融面のリンケージも自ずと高まる方向に働きます。

経済や金融の相互依存度が高まることにより、一方で金融危機が発生した際、他方への直接的な影響も大きくなります。また、経済規模が拡大することで、両者が世界全体に影響を与える金融危機の震源地となる蓋然性も高くなり、世界経済や金融市場の安定に対する責任を負うという認識を当局が持つ必要が出てきます。こうした大きな責任を果たす上でも、今後は、金融協力が一方の域内に止まるべきではないでしょう。

ラテンアメリカとアジアには多くの共通の課題があります。例えば、資本フロー対策は、両地域の共通懸念事項であり、既に各国・地域レベルで様々な規制やマクロ・プルーデンス策などが講じられ、相応の成果を上げています。もっとも、流動性が高く厚みのある資本市場の育成や、規制の緩和や調和を含めた金融インフラの改善といったより構造的な課題については、金融安定とも密接に関連するだけに、域内のみならず、ラテンアメリカとアジアの地域間レベルでの取り組みも重要な観点となります。また、やや長い目でみれば、人口高齢化やそれに対応する社会保障制度や税制の整備なども、地域横断的な視点も含めて、早期から包括的に取り組む必要があります。

3.金融協力に関するアジアの経験

金融協力に関して、ラテンアメリカの経験については、他の参加者に委ねることとし、ここではアジアの経験を紹介したいと思います。

アジアにおける脆弱性

アジアの経済・金融システム全体の安定度は、アジア通貨危機以降大幅に改善していますが、脆弱な面も依然として残っています。第1に、金融機関の資金調達に関する通貨と満期のダブル・ミスマッチの問題が挙げられます。リーマン危機以降のドル流動性が枯渇した局面において、一部の国でリスクが顕在化しました。また、最近の欧州系銀行によるディレバレッジ問題が取り上げられた際にも、同様にリスクが顕現化しました。第2に、日本もそうですが、アジアでは、銀行を中心とする間接金融に対する依存度が依然高いという構造です。これは、金融部門にショックが起こった場合、企業の資金調達にも大きな影響が及びやすいことを意味します。第3に、域内の現地通貨建て投資機会が依然不足しているため、豊富な貯蓄が域内に必ずしも十分投資されることなく、域外、とりわけ欧米先進国の債券などにもっぱら投資されるという問題もあります。

すなわち、アジアでは、銀行依存度が高い半面、債券を始めとする資本市場が十分に発達していないと言えます。このため、世界の投資資金の動きにより国内の資産価格が大きく変動し、為替レートのボラティリティが高まるというリスクに晒されています。また、ヘッジ手段としてのデリバティブズ取引の市場も未発達であり、健全なリスク取引を行いにくいという声もよく聞かれます(図表4)。さらに、証券化市場の発展が遅れているために、リスク許容度に応じて多様な投資家を呼び込むといった証券化スキーム本来のメリットを活かし切れていないという面もあります(図表5)。

脆弱性に対する当局の取り組み

こうした脆弱性に対して、アジアではどのように取り組んできたでしょうか。ここでは、アジアの金融当局に取り組みについて3つの観点から紹介します。

現地通貨建て債券市場の育成

まず、域内の豊富な貯蓄と投資を繋ぐ流動性の高い債券市場を育成しようという、EMEAPにおいてはアジア・ボンド・ファンド(ABF)、ASEAN+3においてはABMIというプロジェクトです。

東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)では、保有外貨資産の一部を拠出してアジア・ボンド・ファンドという投資信託を組成し、自ら最初の買い手としてメンバー8か国・地域のソブリン債、準ソブリン債に投資しています。2003年の運用開始時は米ドル建て債券のみに限定していましたが、2005年から現地通貨建て債券も対象としました。併せてPAIFというETFも組成し、2005年に香港証券取引所に上場、その後2009年には東京証券取引所にも上場(クロス・リスティング)しました2

ASEAN+3でも、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)3の下、債券市場の育成に取り組んでいます。最近の成果としては、2010年11月にADBの中に信用保証・投資ファシリティ(CGIF)という信託ファンドを設立したことが挙げられます。早ければ本年第3四半期にも、域内で発行された現地通貨建て社債に対する信用保証を行う予定です。これ以外にも、2012年5月の財務大臣・中央銀行総裁会合で新たな中期計画を立ち上げ、域内信用格付制度の整備、中小企業金融や証券化市場の育成、金融教育の向上などを重点課題として、メンバー当局が積極的に取り組んでいくことに合意しました。

  • 2 これらの取り組みは、民間投資家に対する呼び水効果を生み出すことを期待したもので、各国・地域に上場されたファンドは、個々に違いこそあれ、投資家の間で認知度が高まってきています。また、こうした過程で、外国人投資家に対する規制緩和や源泉徴収税の免除といった制度の見直しや市場インフラ改善の触媒という機能も果たしてきました。
  • 3 ABMIでは、現地通貨建て債券の需要喚起や発行促進、規制の枠組みの改善、債券市場のインフラ整備といった4つの重要分野を掲げています。

通貨スワップ網の構築と拡充

次に、対外ショックに対する耐久力を向上するために、域内でドル流動性支援体制を構築しようというチェンマイ・イニシアティブの推進です。当初、金融危機が発生した際の短期的なドル流動性不足に対応するため、ASEAN+3メンバー国の保有する外貨準備を基に2国間で通貨スワップ取極を結び合い、域内スワップ網を構築するところから開始しました。その後、2010年3月には、この枠組みを2国間から多国間へと進化させ、1本の契約書に全メンバー国が署名する集団意思決定体制が発効しました4

加えて、危機予防や実際の資金支援を有効的に実行するに当たっては、日頃から域内の金融経済情勢をモニタリングし、お互いのマクロ経済政策や金融システムの状況に関するサーベイランスも欠かせません。そのため、2011年4月にASEAN+3独自のマクロ経済リサーチオフィス(AMRO)をシンガポールに設立し、日々モニタリングを行う体制を確立しました。

  • 4 この際、総額を900億ドルから1,200億ドルに引き上げ、迅速かつ効果的な支援が可能となりました。さらに、先般の財務大臣・中央銀行総裁会合において、総額を倍増し2,400億ドルとするとともに、危機予防目的にも発動できるように機能面を拡充することが決定されました。

最近の金融安定に向けた取り組み

こうした債券市場の育成や通貨スワップ網の構築・拡充に加え、アジア域内の金融安定をさらに強化するために、クロスボーダー担保取極を締結する動きもみられ始めています。同取極は、ある国の中央銀行による資金供給オペレーションの適格担保に、自国の国債などに加え、海外の国債などの外貨資産も含めるというものです。一部の先進国などの間では既に存在する制度であり、とくに短期金融市場にストレスがかかった場合に、大変有効な制度と言えます。外国金融機関の支店や現地法人は、多くの場合、当該国においてリテール預金などの安定的な資金調達基盤を有さないのですが、同取極を利用することによって、ストレス時にも、主な取引先である母国から進出した企業の支店や現地法人に対して安定的に現地通貨建ての資金を供給できることとなります。

実際、日本銀行でも、多くの日系企業が生産・販売活動を行っているタイの中央銀行との間で、昨年11月に同取極を締結しました。また、同じく昨年後半以降、マレーシア中銀とシンガポール通貨庁、マレーシア中銀とタイ中銀の間でも、同取極の締結がアナウンスされています。この間、EMEAPでは、傘下のワーキング・グループにおいて、域内における今後のクロスボーダー担保取極の拡がりに向けての参考資料として、同取極のテンプレートを作成しています。実際の取極締結は、あくまで需要に即し、2国間で推進していくことになっています。

また、日本と中国の間でも、アジアの2大大国の金融市場の発展に向けた相互協力の強化にも取り組んでいます。日本の外国為替資金特別会計による中国国債の購入、東京および上海市場における円・人民元間の直接交換取引の開始など、両国金融市場の活性化に向けた具体的な成果を上げてきているところです。

4.両地域間の金融協力に向けて

経済および金融の相互リンケージが高まる中で、以上で述べたようなアジアにおけるこれまでの取り組みや課題は、ラテンアメリカでも多かれ少なかれ共有できるのではないでしょうか。両地域は共通する構造問題を抱えており、両者が協働してこうした共通の課題に取り組んでいくことには意義があると思います。

共通する構造問題として、第1に、人口動態の動きと潜在成長力を指摘したいと思います。図表6、7、8、9は生産人口・非生産人口比率、つまり老人子供一人を何人の若壮年者で支えているかを、日本、米国、アジア、ラテンアメリカで見た図です。少子・高齢化問題は、日本では1990年以降、成長率の低迷が長期化する主たる要因となっていますが、韓国や中国においても、それほど遠くない将来に直面する大きな問題です。ラテンアメリカの一部の国でも、程度の違いこそあれ、同様の問題意識を持たれていると思います。社会保障制度の充実、税制改革、雇用制度のあり方など、今から先のビジョンを持って社会改革を推進していくことが重要です。

第2は、資産価格と信用拡大の動きです。図表10、11、12、13は、図表6、7、8、9に実質不動産価格と実質貸出の動きを並置したものです。日本や米国では、人口動態と実質資産価格が連動していたことがわかります。アジア、そしてラテンアメリカにおける関係をみるために、中国とブラジルに着目してみても、それぞれ連動性が見られます。これが両地域の資産バブルの生成と崩壊につながるかは、当該地域の今後の政策に大きく依存するでしょう。

こうした問題には、両地域が単独で取り組むよりも、協働して推進していく方がより効果的なものも少なくないと思われます。以下の3点も、協働すべき課題であると言えるでしょう。

第1に、今後経済の発展段階が進み、中産階級が台頭する中で、より内外需バランスのとれた成長への取り組みが挙げられます。同時に、経済の成熟度に応じて人口の高齢化も進行していきますが、その程度に則した内需振興が重要な鍵となります。

第2に、外的ショックに対する耐久力を高め、資産価格のボラティリティを低減させる観点から、域内資本市場の更なる発展も重要となります。この点、地域内の差にも考慮しなければなりません。

第3に、規制や取引慣行といった市場インフラをグローバル基準に調和させることは、クロスボーダー取引を促進する上で重要ですが、国単位の努力だけでは自ずと限界があります。この点、両地域が協力し、各国・地域の多様性を尊重しつつも、恣意的な規制や国際的な契約慣行の無視ということがないようにする必要があります。

もちろん、仮にこうした課題を克服したとしても、金融危機を完全になくすことはできません。しかし、流動性が高く厚みのある金融市場や市場インフラを整備するとともに、通貨スワップ網の構築・拡充やクロスボーダー担保取極などの金融セーフティー・ネットを幅広く用意していくことで、金融危機への対応力が向上します。また、少子・高齢化への対応といった中長期的な社会的課題に早くから取り組むことで、自国および地域経済全体の足腰をしっかりと鍛えておくことも重要です。そうした実体経済の耐久力も、金融安定には欠かせない要素です。

最後になりますが、既にご存知の通り、来る10月にIMF世銀総会が東京で開催されます。その機会を捉え、日本銀行ではCEMLAとの共催セミナーを開催し、私も参加する予定です。各メンバー中銀を中心とするシニアな実務者レベルで、ラテンアメリカとアジア、ひいては世界の金融安定に関する活発な提案や議論を期待しています。

ご清聴ありがとうございました。