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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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山口県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2012年9月5日

目次

1.はじめに

日本銀行の宮尾でございます。本日はお忙しい中、山口県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から本行下関支店の業務運営にご協力頂いておりまして、この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、グローバル経済の減速の影響を受けつつも景気回復に向かって進んでいる日本の経済・物価情勢を概観した後、金融政策についてご説明し、最後に山口県経済について若干触れさせていただきたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のないご意見などお聞かせいただければと存じます。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)概況

わが国の経済情勢は、年明け以降、復興関連需要や政策効果などから内需が堅調に推移するもとで緩やかに持ち直しつつあります。海外経済は全体として減速した状態が続いておりますが、内需は、個人消費、公共投資、住宅投資などで改善の動きが続いており、外需の鈍化に伴う生産・輸出の回復の遅れをカバーし、これまで全体としては堅調な動きとなっています。

先行きについては、内需が引き続き堅調に推移し、海外経済が減速した状態から脱していくにつれて、緩やかな回復経路に復していくとみられますが、海外経済の回復が遅れるリスクが高まっている点には注意する必要があります。

以下では、まず海外経済の動向を概観し、その後、日本経済の現状と先行きについてお話しします。

(2)海外経済

海外経済の全体感については、企業部門を中心にグローバルに景況感が慎重化してきており、世界経済の減速が長期化するリスクがやや高まってきているとみております(図表1)。

欧州経済は、スペイン・イタリア等周縁国中心に、財政、金融および実体経済の三者間で負の相乗作用が働いており、全体として停滞色が強まっています(図表1)。周縁国の需要の減少が、域内向け輸出の下押しなどを通じてドイツ等コア国の家計・企業マインドにも波及しつつあることや、スペインやイタリアの長期金利が高止まりしていることなども踏まえると、景気回復の時期が後ずれするリスクは高まってきたとみています。

欧州債務問題については、2010年5月のギリシャ・ショック以降、市場の圧力を受けてその都度、対応を繰り返すというプロセスが2年以上続いてきました。今後も同様の展開を辿るとすると、周縁国の停滞がコア国へもフィードバックし始め、欧州経済の停滞が一段と長期化・深刻化して世界経済の重石となり続けることが懸念されます。

この背景について、より長期的な観点からは、共通通貨ユーロ導入後13年間のメリット・デメリットを認識しておく必要があります。メリットとしては、域内の為替リスクが無くなり、取引費用が低下して域内貿易や投資が活性化した点や、各国の金利が10年以上に亘り低位に収束して景気拡大をもたらした点などがあげられます。他方で、デメリットとしては、金利の低位収束が、安易な財政支出を促したほか、経済の先行きに対する楽観的な見通しなどと相俟って不動産バブルの背景となったこと、そして、労働市場改革(労働コスト抑制)など必要な構造改革が進まず、域内の競争力格差が是正されてこなかった点を指摘することが出来ます。欧州債務問題は、見方によっては、10年以上に亘り蓄積されたデメリットが顕在化したものとも言えるだけに、問題の解決に長い期間を要しても不思議ではありません(図表2)。

そう申し上げた上で、可能な限り早期解決を図るためには、欧州の指導者が、周縁国の財政状況の改善や欧州の成長促進といった課題に適切に対応するとともに、銀行同盟、ユーロ共同債の発行、財政統合といったより長期の課題に対して具体的なロードマップを示し、ユーロ圏経済を覆う不透明感を払拭していく必要があると思われます。この点、徐々に成果はみられておりますが、欧州の指導者のさらなるリーダーシップ発揮に期待したいと思います。

米国経済は、緩和的な金融環境などに支えられ、緩やかな回復を続けていますが、そのペースが幾分減速しつつあるように窺われます。本年4-6月期の実質GDP成長率(季調済前期比年率)は+1.7%に止まり、個人消費、設備投資、住宅投資といった内需の伸びが鈍化しました。7月以降の経済指標は強弱まちまちですが、これまで家計部門の回復を支えてきた堅調な企業部門に翳りが窺われる点が気がかりです(図表1、3)。

この点をやや敷衍しますと、家計部門については、債務の対可処分所得比率が徐々に低下するなどバランスシート調整が進む中で、雇用・所得の緩やかな改善を背景に、個人消費が堅調に推移し、住宅着工・販売件数も底打ち感を見せ始めています。一方、企業部門については、欧州債務問題や中国の景気減速を受けて、輸出の伸び悩みや企業コンフィデンスの悪化が目立っています。今のところ、企業収益や設備投資などは底堅く、家計部門が総じて堅調な点も踏まえると、企業部門を起点とした回復のメカニズムはなお崩れてはいないとみられますが、コンフィデンスの一段の悪化を通じて雇用や設備投資などが手控えられ、景気失速に繋がらないか注意が必要と認識しています。

米国経済を巡る今後のリスクとしては、欧州や中国の景気回復の後ずれのほか、いわゆる「財政の崖(fiscal cliff)」の問題を指摘しておきたいと思います。財政支出の削減や減税措置の終了は景気下振れ要因ですが、対象や規模など現時点では不確実性が非常に高く、民間調査機関の米国経済成長見通しへの織込み度合いもまちまちです。一部には、本問題を巡る不透明感によって、既に企業が投資や新規採用の決定を先送りしているといった指摘もあり、今後状況を見極めていく必要があります。

この間、米国金融市場の動向については、株価がリーマンショック前の水準を回復する一方、長期金利は足もとやや上昇もみられましたが、総じて低位で推移しています。

アジア新興国経済については、足もと欧州向け輸出の減速もあり、成長ペースが鈍化した状態がやや長引いていますが、先行きについては、中国が牽引する形で成長ペースを回復していくとみています。ただし、その時期については秋以降へと一段と後ずれする可能性もあるため注意が必要です(図表1)。

中国経済については、新規貸出額の増加や住宅価格の下げ止まりなど、当局による各種政策対応の効果もみられ始めていますが、欧州経済の停滞が貿易ルートを通じて中国経済に波及する動きや、在庫積み上がりの懸念も払拭されていないため、今後の経済指標などを良く確認していく必要があります。

NIEs・ASEAN諸国については、内需は堅調に推移しておりますが、足もと韓国や台湾などで輸出や生産関連の指標が低迷ないし悪化している点が気がかりです。今後は、中国の成長ペースが回復し、輸出が持ち直すかどうかがポイントとみております。

なお、より長い目でみた世界経済の健全な発展の観点からは、アジア新興国が経済成長と物価安定のバランスを維持していくことが重要となります。特に米国とともに世界経済の牽引役を期待されている中国については、今後、中国指導部の新体制発足に伴い経済政策運営がスムーズに移行するかどうかなど、注意深く目配りしていくことが必要と認識しています。

(3)わが国の経済・物価情勢

わが国経済は、復興関連需要や政策効果などから内需が堅調に推移しており、外需の鈍化に伴う輸出・生産の回復の遅れをカバーして、全体としては緩やかに持ち直しつつあると判断しています。本年入り後の実質GDP成長率(季調済前期比年率)をみますと、1-3月期に+5.5%と高い伸びを示した後、4-6月期も+1.4%と堅調な伸びを示しています(図表4)。

この点をやや敷衍しますと、海外経済の減速が続くもとで、輸出は持ち直しの動きが鈍化してきており、こうした輸出の影響を受ける生産も足もと弱めとなっています。一方、内需については、公共投資が増加を続け、設備投資も企業収益が改善するもとで、緩やかな増加基調を維持しています。また、個人消費は、自動車に対する需要刺激策の効果もあって、緩やかな増加を続けているほか、住宅投資も持ち直し傾向にあります(図表5)。

ただし、懸念材料もみられています。輸出、生産の減速が続くなかで、一部に在庫の積み上がりが見られる点や、設備投資の先行指標である機械受注に弱めの動きがみられること、景気動向指数(一致指数)が「改善」から「足踏み」の動きを示していること、マインド指標に鈍化の兆しが窺われていることなどです。経済全体としては改善方向なのですが、気がかりな要素が増えつつあるように思います。

先行きについては、内需が引き続き堅調に推移し、海外経済が減速した状態から脱していくにつれて、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。そのイメージを、政策委員の大勢見通し(中央値:7月時点)で確認しますと、実質GDP成長率は、2012年度が+2.2%、2013年度は+1.7%ということになります(図表6)。

こうした見通しに対しては、上下双方向のリスクがありますが、以下の3点を中心に私自身はどちらかと言えば下振れリスクを意識しています。

第一に、海外経済が一段と減速するリスクです。既に申し上げたように、欧米アジアいずれの地域でも経済の減速が長期化するリスクがやや高まってきていますが、実際に長期化すれば、わが国の輸出・生産から所得・支出へとつながる自律回復の動きを弱めることになります。

第二に、円高が一段と進行するリスクです。円高にはメリットもある一方で、行き過ぎた円高は、輸出企業の競争力や収益を再び悪化させ、企業に対する逆風となります。また、円高基調とともに、株安の傾向が強まれば、企業や家計のコンフィデンスが悪化して、足もと堅調な設備投資計画や個人消費などを抑制し、わが国の景気回復にとって重石となります。

第三に、第一・第二の点とも関連しますが、輸出・生産の回復時期が後ずれし、内需から外需へのバトンタッチが上手くいかないというリスクです。エコカー補助金もすでに相当程度予算を消化したようですし、復興需要の伸びも年度後半以降鈍化していくとみられるなか、内需の減速を補う形で外需が回復するかどうか注視していく必要があります。併せて、意欲的な設備投資計画がしっかりと実行されていくかどうか、雇用・所得環境の緩やかな改善傾向は維持されていくかどうかなどにも注意が必要と認識しています。

この間、わが国の物価情勢ですが、消費者物価(除く生鮮食品、前年比)の動向をみますと、2012年入り後は、概ねゼロ%近傍で推移しています。先行きは、しばらくゼロ%近傍で推移した後、需給バランスが改善するなかで、緩やかに上昇率が高まっていくという見通しをメインシナリオとして想定しています。この点を政策委員の大勢見通し(中央値:7月時点)で確認しますと、2012年度が+0.2%、2013年度は+0.7%ということになります(図表6)。

物価面についても上下双方向のリスクがありますが、私自身は、景気見通しに対する懸念が強まっている点や、2012年度前半の商品市況の下落が当面の物価下落圧力として作用してくる点など、下振れリスクをより意識しています。また、短期的なインフレ予想が引き続き低い水準にあることが先行きの物価動向に及ぼす影響にも注意しなくてはなりません。

3.金融政策

(1)金融政策運営

以下では、まず日本銀行の金融緩和強化の取り組みについてご紹介します。日本銀行は、2010年10月に「包括的な金融緩和政策」を導入し、以来、金融緩和を強化してきました。「包括的な金融緩和政策」では、(1)無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標水準を「0〜0.1%程度」とする実質的なゼロ金利政策、(2)「資産買入等の基金」を通じた金融資産の買入れ等、(3)物価安定を見通せるようになるまでこうした措置を継続するとの時間軸の明確化の3つの措置を講じています。

本年2月の金融政策決定会合では、日本銀行のデフレ脱却へ向けた姿勢をより明確にするために、「中長期的な物価安定の目途」を導入しました。これは、日本銀行として、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的であると判断する物価上昇率を示したものです。現在は、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%を目途」としています。そのうえで、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、強力な金融緩和を推進していくこととしています。

「資産買入等の基金」は、金融資産の買入れ等により、長めの市場金利の低下と各種リスクプレミアムの縮小を促すことを狙いとして創設されたものです。日本銀行のバランスシート上に基金を設け、国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など多様な金融資産の買入れと、固定金利方式による資金供給を行っています。創設以来、累次に亘り規模を拡大してきましたが、本年も2月、4月に増額し、現在は、本年末までに65兆円程度、さらに来年6月末までに70兆円程度まで資産買入れ等を進めていくこととし、強力な金融緩和を推進しています(図表7)。とりわけ資産買入れについては、導入当初の5兆円から45兆円へと増額され、長期国債の買入れも1.5兆円から29兆円へと大幅に増額されました。

4月には、買入れ対象とする長期国債および社債の残存期間について、従来の「1年以上2年以下」から「1年以上3年以下」に延長しています。さらに7月には、買入れ目標額の達成を確実なものとする観点から、従来0.1%であった短期国債とCP買入れの入札下限金利を撤廃するとともに、買入資産等の内訳を見直しました。基金の直近の残高は8月20日時点で約58兆円であり、来年6月末を目途にあと12兆円程度の積み増しが必要です。今後も基金の積み上げを確実に進めてまいります。

こうした強力な金融緩和のもとで、市場金利は極めて低水準で推移しています。オーバーナイト物コールレートは0.1%を下回る水準で推移しているほか、残存期間3年までの国債利回りが0.1%程度となり、10年債金利も0.8%程度と非常に低い水準にあります。企業の資金調達コストも、例えば新規貸出約定平均金利が1%程度まで低下し、社債やCPスプレッドなども低位で安定しています。これらの動きの結果、資金の調達サイドから見た金融環境は、緩和した状態にあると言えます。

(2)金融政策と長期金利の関係

次に、上記の金融緩和効果を考えるうえで、金融政策と長期金利の関係を改めて整理しておきたいと思います。先進国の長期金利は、足もと、歴史的な低水準で推移しており、その背景を理解するためにも重要です。

まず長期金利の決まり方について振り返ってみます。長期金利は、大きく2つの要因、すなわち「(1)将来の短期金利の予想」と「(2)長期債投資に伴うリスクに対して要求される上乗せ部分」から決まると考えられます。まず前者の「短期金利の予想」ですが、たとえば将来の成長率あるいはインフレ率が高まると予想されると、それに応じて短期金利の将来経路も上昇し、短期債に繰り返し投資する方がより高いリターンが期待されます。その結果、長期債への投資が減り、長期債の価格は下落、長期金利は上昇します。また、後者の「リスクに対する上乗せ部分」ですが、長期債での運用には、途中で換金が必要となる可能性や、換金する際の売却価格に不確実性があるなどのリスクが伴います。それらのリスクを引き受ける対価として上乗せ利回り(リスクプレミアムもしくはタームプレミアムと呼ばれる)が要求され、その分、長期金利は上昇します。

以上のメカニズムをベースに、中央銀行による資産買入れ、具体的には長期国債の買入れが及ぼす効果を、2つに分けて整理します。

1つ目は、資産市場の需給に着目した、上記(2)のプレミアム部分を通じる効果です。これは「ポートフォリオ・バランス経路」と呼ばれる効果ですが、中央銀行が国債市場で買入れを行って、その流通量を吸収すると、価格は上昇、金利が下落します。この場合、需給要因による価格変化であるため、上記(2)の上乗せ金利部分が低下して、長期金利、あるいは長めの金利が全般に低下しうると考えられます。

2つ目は、リスクとは中立な、上記(1)の「短期金利の予想」を通じる効果です。資産買入れという非伝統的な政策行動やその発表が、中央銀行の景気・物価見通しがより悪化したというシグナルと解釈される場合には、たとえば予想されるゼロ金利期間が長期化するなど、短期金利の将来経路が低下し、中短期ゾーンを中心に長期金利が低下します。あるいは資産買入れが、中央銀行の今後の政策姿勢が変化したシグナル(たとえば景気・物価への政策反応のあり方がより積極化する、あるいは政策目標のウエイトが変化するなど)と受け止められる場合にも、短期金利の予想経路が低下し、中短期ゾーンを中心に長期金利が低下すると考えられます。

これら2つの効果は、ともに「長めの金利の低下」を促します。しかし、さらに重要なのは、こうした「長めの金利の低下」が、より広範囲な金融環境の改善へとつながり、それが支出の増加を通じて、最終的に景気・物価を刺激することに繋がるかということです。そしてこうした効果波及メカニズムが発現していくことが予想されれば、長期金利には、上記(1)と(2)の部分ともに上昇圧力がかかることになります。

この点をもう少し敷衍しましょう。国債買入れにより長めの金利が低下すると、その1つの効果として、投資家や企業・家計のコンフィデンスが改善し、国債などの安全資産からより広範囲なリスク性資産(社債や株式、海外資産など)への投資を促して、それら資産のリスクプレミアム低下と資産価格の上昇を促す効果が期待されます。これは、より広義に捉えたポートフォリオ・バランス効果と言え、広範囲な金融環境の改善を意味します。そのもとでは国債への需要は減少することから、国債のタームプレミアムには、むしろ上昇圧力がかかることになります(上記(2)の上昇)。さらに、より長い可変的なラグを伴って支出が増え、景気や物価を刺激すると予想されると、短期金利の予想経路が上方にシフトすることにより、イールドカーブをスティープ化させ、長期金利に上昇圧力がかかることになります(上記(1)の上昇)。長めの金利低下を促しながら、やがては長期金利の上昇を期待するというのは、一見矛盾しているようですが、決してそうではありません。

では、このところ先進国の長期金利が歴史的な低水準で推移していることは、どのように理解すればよいでしょうか(図表8)。各国の長期金利の低下基調には、資産買入れなどの強力な金融緩和の効果が含まれていると考えられます。

しかし、より足もとでは、世界経済の減速懸念、欧州債務問題などを背景としたリスク回避の流れが長期金利の低下を一段と促しているように窺われます。米欧の10年債金利が1%台というのは、長期的な潜在成長力とインフレ予想の一般的な認識から見て、かなり低い水準であるといった声も聞かれます。また米国では、長期的に実現する政策金利の水準は4%程度と見込まれています(FOMCメンバーによる長期見通し)。これらの見方が正しければ、国債市場におけるリスクへの慎重姿勢、安全志向はそれだけ強い状態で維持されていると解釈できます。そしてそれは、さきほどお話しした、より広義に捉えたポートフォリオ・バランス効果を通じて景気・物価を刺激するという効果波及メカニズムへの向い風として働いている可能性があります。

世界経済の減速や欧州債務問題といった懸念材料が今後収束に向うのか、それとも引き続き重石となりさらに増大するのか、一層の注意が必要と認識しています。

(3)成長力強化の必要性

わが国経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路へ復帰するためには、金融面からの後押しと成長力強化の努力が必要です。金融面からの後押しは既に述べた通りですが、成長力強化については、国民一人一人が、それぞれの立場で、わが国の成長力を高める前向きな取り組みを着実に進めることが重要です。また、成長力強化の取り組みが進むことは、強力な金融緩和の景気・物価への刺激効果を高めることにもつながります。

もちろん、実際に成長力を高めるには、経済・財政の構造改革を実施していく等、相応の時間が必要です。それは、欧州の例をみるまでもなく明らかですが、デフレ脱却に向けた金融面からの積極的な取り組みと、成長力強化、財政構造改革の取り組みを同時進行で進めていくことで潜在的な成長力が向上していけば、結果として税収増等、財政への好影響も期待出来ます。

この点、政府は、この7月、グリーン成長、ライフ成長、農林漁業再生等に重点的に取り組む「日本再生戦略」を取り纏め、具体的な方針と改革工程表が示されました。また、社会保障と税の一体改革関連法案も衆参両院で可決・成立し、中長期的な財政の持続性に対する人々の信頼を維持するうえで、重要な一歩を踏み出しました。

日本銀行も、従来から「成長基盤強化を支援するための資金供給」に取り組み、民間金融機関による自主的な取り組みを支援しています。これは、成長分野への融資・投資を行う金融機関に対し、長期(最長4年)かつ低利(現在0.1%)の資金を供給するもので、基本貸付枠3兆円で2010年6月にスタートしました。その後、従来型の担保や保証不要で融資するABL(Asset Based Lending)向けに特別枠を設定したほか、本年入り後は、基本となる貸付枠を3兆円から3.5兆円に増額するとともに、より小口の投融資を対象とした特別枠や、米ドル資金を活用した特別枠も設けています(図表9)。足もとの貸付残高は、特別枠も含め全体で約3.3兆円となっています。日本銀行としては、わが国の成長基盤の強化に向けて、引き続き出来る限りの貢献をしたいと考えております。

以上、最近のわが国の金融政策について説明させて頂きました。実際の金融政策運営に際しては、先行きの経済・物価見通しを入念に点検するとともに、必要と判断される場合には、細心かつ果断な措置を講じていかなくてはなりません。日本銀行は、今後とも、資産買入等の基金の積み上げを通じて強力な金融緩和を確実に進めていきます。そして、引き続き適切な金融政策運営に努めるとともに、国際金融資本市場の状況を十分注視し、わが国の金融システムの安定確保に万全を期していく方針です。

4.終わりに〜山口県経済について〜

結びにあたり、当地の経済についてお話ししたいと思います。

山口県経済は、(1)需要拡大が著しい東アジアに近いという競争上有利な立地にあること、(2)素材産業(特に、鉱工業生産の4割強を占める化学工業)を中心とした成長力のある産業が集積していること、(3)素材産業を中心に労働生産性が高い(全国第1位)ことが特徴であり、強みでもあると思います。

最近当地では、大手化学メーカーのプラント事故、一部電子部品メーカーにおける工場の撤退・閉鎖の動きが続き、暗い影を落としていました。もっとも、円高等を背景に国内では産業の空洞化が懸念される中にあって、県内企業全体では、製造業を中心に積極的な投資姿勢を崩していません。実際に、私どもの下関支店が7月2日に公表した短観の結果をみても、山口県内における2012年度の設備投資計画(前年度比+12.4%)は、2011年度に続き、全国(同+4.0%)を大きく上回る高い伸びを維持する見通しにあります。

こうした中、県内企業における具体的な取り組みとして、化学や次世代エネルギー、医療に関連した分野では、中・長期的に世界需要の拡大を展望できる既存分野での海外展開や、成長が見込まれる高付加価値分野での能力増強・研究開発を積極的に取り組む動きがみられます。また、高付加価値分野では、例えば、家庭や企業の節電ニーズを活かす分野において、中小建設業が地中熱空調システム事業に進出するなど、取り組む企業にも広がりがみられます。今後も県内企業のこうした特徴や強みを活かしつつ、成長が期待できる新しい分野の育成に向けて変革を進めることで、さらなる発展を遂げていくことを期待します。

また、山口県内には魅力的な観光地や名所・旧跡が多く、自然景観とマッチした橋梁など優れた建造物もあり、観光資源が極めて豊富な地域であると思います。こうした豊富な観光資源を活かすべく、県や各市町を中心に、観光産業を促進するための取り組みが行われています。今後も、地域ごとの強みを連携させることで、山口県の観光産業が一段と盛り上がることも期待しています。