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【講演】人口動態の変化は我が国のマクロ経済に影響を与えているのか? — 金融政策へのインプリケーション —

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フィンランド中銀、スウェーデン中銀、ストックホルム大学セミナーにおける講演(9月3日-7日)の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2012年9月7日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.戦後の人口動態の変化
  3. 3.人口動態の変化とマクロ経済
  4. 4.人口動態、需給ギャップ、緩やかなデフレ
  5. 5.最後に
  6. 参考文献

1.はじめに

皆様、おはようございます。日本銀行の政策委員会審議委員をしております白井さゆりと申します。どうぞよろしくお願いいたします。本日は、「人口動態の変化は我が国のマクロ経済に影響を与えているのか〜金融政策へのインプリケーション〜」というテーマでお話しする機会を頂きまして大変光栄に存じます。このようなテーマで欧州、とりわけ北欧の地において講演を行い、皆様と意見交換をする機会を頂いたことは、主に二つの意味でとても重要なことだと思っております。

ひとつは、欧州では既に19世紀後半から、急速な工業化が進む過程において、急速な出生率の低下に直面したという切実な経験があるからです。この経験が、当時の欧州において人口問題についての活発な議論を促しました。そこには、実際の人口を最適人口まで抑制すべきという「新マルサス主義」や伝統的な家族形態や出産を奨励する保守的な価値観など様々な見方が展開されました。そうした中で、スウェーデンでは1930年代には欧州で最も低い出生率に直面していたこともあって、同国が誇るノーベル経済学賞受賞者・グンナー・ミュルダール博士は、早くから出生率の低下がもたらすマクロ経済的な帰結について考察をされておりました。出生率の低下はやがて人口減少をもたらし、それが中長期的にマクロ経済に影響(たとえば、投資と生活水準の低下、失業率の増加、貧困の蔓延)すると考えられました。同博士が、妻のアルバ・ミュルダール氏と共同で1934年に発表した『人口問題の危機』と題する著作やその他関連する論文のなかでは、女性の出産に関する選択の自由を保障しながらも出生率の趨勢的な低下を逆転させるには社会政策が必要であるとし、出産と子育てに関連する支出の社会化(たとえば、所得に関係なく子供を持つすべて世帯に対して費用を国が負担し、その費用を累進的所得税制でまかなうこと)を提唱しました1。こうした社会政策を「人口減少がマクロ経済に与える負の外部性の効果を和らげるための政策」と位置づける見方が、今日のスウェーデンにおける福祉国家モデルの基盤形成に貢献したことは言うまでもありません。そして現在では、スウェーデンやフィンランドを含む北欧諸国が高度な社会福祉国家として世界的な注目を集めるほどの存在感を放っており、比較的高い出生率、高い教育・技術レベル、女性の高い労働参加率といった成果を生み出していることは広く知られている事実です。

もうひとつは、欧州委員会が本年発表した『2012年高齢化報告書』では、2010年から2060年までの高齢化が長期的なマクロ経済や財政見通しに及ぼす影響について推計を示し、高齢化がもたらす課題について警告を発していることにあります。欧州連合(EU)における「合計特殊出生率」(1人の女性が生涯に出産する子供の平均数)が現行の1.59から2030年以降は1.64に上昇、2060年までに1.71に達し、(純)移民人数の総人口に占める割合が2010年〜2060年にかけて0.2%程度で維持されるといった仮定のもとで、報告書ではEUの人口は2040年以降になって減少すると推計しています。生産年齢人口(15〜64歳)についてはそれよりずっと早く2012年以降に減少を開始すると推計されています。

ひとつ明確な事実は、我が国と欧州ではともに共通の構造的課題、すなわち「高齢化」という課題に直面していることです。我が国では人口動態の変化とそれに関わるマクロ経済問題という点において世界に先行しています。生産年齢人口の絶対数が既に1990年代半ばから減少を開始しており、総人口については2011年以降趨勢的に低下していくことが予測されています。この結果、我が国は世界で最も速いペースで高齢化が進む国家となり、65歳以上の高齢者の人口割合は2010年には23%と世界最高水準に達しています。生産年齢人口の伸び率の急速な低下とそれに伴う人口の伸び率の低下のペースは、世界でも経験したことのないほどの勢いとなっています。こうした人口動態の変化がマクロ経済に好ましくない影響を及ぼし、金融政策運営にかかわる環境にも少なからぬ影響を及ぼしていることは否定できないのではないでしょうか。

欧州においても寿命が延び、高齢者数が相対的に増えているという共通の変化に直面しています。だからこそ、人口動態がマクロ経済に及ぼす影響、さらには世界の中央銀行ではまだ活発な議論がなされていない金融政策運営への影響についても、お互いに理解を深めていくことができれば、高齢化に立ち向かう我々にとって必ずや果実が生みだせるのではないかと感じています。

それでは、まず、本日の私の講演の手順についてご説明いたします。本日は5部構成で行います。第2部では、戦後の人口動態の変化について概観いたします。そのうえで、第3部では人口動態の変化がマクロ経済に与える影響について注目していきたいと考えています。第4部では需給ギャップ(GDPギャップ)がマイナス圏で推移するとともに、緩やかなデフレが長期化している現状に焦点をあて、その一因として人口動態の変化があるのではないかという視点に立ってお話を進めて参ります。第5部はまとめとします。

  1. 1  詳細は、例えば藤田(2010)を参照。

2.戦後の人口動態の変化

さて、それでは本題に入ります。まず、我が国の戦後における人口動態の変化について概観していきたいと思います。

急速な出生率の低下と生産年齢人口の減少

第二次世界大戦後、我が国はいわゆる「人口ボーナス期」を経験し、高度経済成長の実現を下支えいたしました。人口ボーナス期とは、「被扶養者比率」(若者および高齢者から構成される被扶養者を、これらを扶養する生産年齢人口で割った比率)が子供数の減少とともに低下する時期を指しています。我が国の総人口は1940年代後半に急速に増加し、とりわけ1947-49年には第1次ベビーブームをもたらしました。その後の1971-74年には第2次ベビーブームが発生しています(図表1)。こうした人口増加によって、我が国は今日でも総人口の大きい国のひとつ、現在ではおよそ1億2800万人にのぼり、世界第10位と位置づけられています。合計特殊出生率については戦後直後では4という極めて高い数値を実現しましたが、それ以降は低下を始めて1958年頃には2へとほぼ半減しています。低下したといっても、この水準は人口の自然増加を可能にする水準ではあります。それ以降は、合計特殊出生率は2あるいはそれを上回る水準を維持していました(図表2)。この間、生産年齢人口(15〜64歳)は増加しています。

こうした状況は、その後、大きく転換していきました。第一に、出産数が第2次ベビーブーム以降にほぼ一貫して減少するようになりました。これと並行して、合計特殊出生率は1970年代の2またはそれを少し上回る水準から趨勢的に低下を始め、2011年には1.39へと低下しています(ただし最近では一時的現象と思われますが、同出生率がわずかに上昇しています)。出生率の低下傾向は、所得や生活水準の上昇、女性による教育や仕事を重視する姿勢、子育て費用の上昇、未婚者の増加(我が国では婚外子の数が少ないため必然的に出産数の減少につながります)等の様々な要因が影響しています。第二に、出生率の趨勢的な低下は、およそ20年後の1990年代半ばから生産年齢人口の減少として影響が顕在化していきました。

公式推計によりますと、我が国の総人口は現在の1億2800万人から2026年には1億2000万人ほどへ、2048年には1億人を下回り、2060年にはさらに8670万人へと低下すると見込まれています。生産年齢人口も現在の8130万人から2060年には4420万人へさらに極端に減少していく見込みです。

世界で最も進んだ高齢化社会の出現

我が国にとって重要な課題は、高齢化の進展にいかにして取り組んでいくかという問題です。高齢化のペースが加速した背景には、出生時の寿命が1947年から2010年にかけて男性の場合は50.1歳から79.6歳へ、女性の場合は54.0歳から86.4歳へ増加したことで世界でも有数の長寿国になったことにあります(図表3)。長寿化は、医療の発達、生活水準の向上、国民皆医療保険、介護保険等の要因によって実現されたと考えられます。その結果、65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は1947年には僅か4.8%に過ぎなかったのが2010年には23%へと世界最高水準に達しています。我が国に次ぐ長寿国はドイツ(2010年現在20.6%)、次いでイタリア(20.3%)となっています。高齢者比率の増加ペースは2000年以降に加速しています。

今後2060年までの公式推計では、寿命は男性では現在の79.6歳から84.2歳へ、女性では86.4歳から90.9歳へそれぞれ増加する見込みです。この結果、高齢者比率は2013年には25%に達し、総人口の4分の1を65歳以上の高齢者が占めるようになります。さらに2035年には同比率が33.4%に達し、我が国は3人に1人が高齢者となる超高齢化社会へと変容していきます。同比率は2050年には40%にも到達する見込みで、ここでは75歳以上の人口が全体の4分の1も占めるようになると推計されています。

3.人口動態の変化とマクロ経済

以上、我が国の人口動態の変化についてお話ししてきましたが、第3部ではこうした人口動態の変化がマクロ経済に与えている影響について見ていきたいと思います。経済学の文献では、人口の変化の供給側(たとえば潜在成長)への影響を論じるものが多数あります。しかし、人口動態の問題を考えていくには、供給側だけでなく需要側への影響についても同等に検討していくことが重要だと思います。

人口動態が経済成長に与える影響

我が国では、戦後まもなく高度経済成長を実現しています。1960年代には実質GDP成長率は平均して10.4%にも達し、複数の先進諸国へのキャッチアップを可能としました。成長率はその後減速しましたが、それでも1970年代は平均5%ほど、1980年代は平均4.3%ほどの比較的高い成長率を維持してきました。しかし、1990年代初めに不動産価格と株価を中心とする資産バブルが崩壊したことをきっかけに、我が国は長期にわたる低経済成長期に突入し、現在に至っています。経済成長率は1990年代には平均1.5%へと低下し、2000年代は平均0.6%へとさらに低下しています(図表4(1))。

それではまず、第一に、「人口動向」が経済成長へ与える影響について見ていきますが、それには実質GDP成長率を(a)人口の変化率と(b)人口1人当たり実質GDP成長率に分けるのが良いと思います。図表4(2)によると、人口の伸び率が成長にプラスに寄与していたのは1990年代までであることが分かります。 もっとも1980年代と1990年代には人口のプラスの伸び率が成長に与える寄与度が低下しています。2000年代に入ると、人口の伸び率が減速していることからプラスの寄与度はほぼ消滅していることが観察されます。

第二に、「高齢化」が経済成長へ及ぼす影響について見ていくには、実質成長率を(c)就業人口の変化率と(d)就業人口1人当たりの実質GDP成長率に区分するのがよいでしょう。高齢化は生産年齢人口総数の減少と経済全体の労働参加率の低下をもたらすことで、就業人口を減少させることになります。図表4(3)では、就業人口の成長への寄与が、それまではプラスを維持していたのが、2000年代からマイナスに転換していることを示しています。

第三に、実は、この間に労働市場構造も大きく変化しており、労働時間数の減少に寄与しています。まず、女性の労働参加率の改善を反映して、パートタイムや非正規雇用の労働者の数が正規雇用者数と比べて相対的に増加しています。それに加えて、正規労働者の労働時間数も先進国の傾向と社会の成熟化を反映して減少する傾向にあります。こうした労働時間数の変化は、直接、高齢化に関係してはいませんが、女性や高齢の労働者の数が増えていけば、(労働者1人当たりの労働時間が減少するため、人口が不変のもとでも)経済の全労働時間は減少していくことが予想されます。したがって、労働時間の動向が経済成長に及ぼす影響を見ていくことも有効だと思われ、これは実質GDP成長率を(e)労働時間の伸び率と(f)労働時間当たりの実質GDP成長率に分けることで確認できます。図表4(4)は1990年代から労働時間が減少していることが経済成長にマイナスの影響を及ぼしていることを示しています。

以上をまとめますと、図表4(2)〜(4)では、人口動態や労働市場の構造的変化が、人口総数、就業人口総数、労働時間数の変化(図表の人口要因、就業人口要因、労働時間要因に相当)を通じて経済成長の趨勢的な低下に直接的に寄与してきたことを示しています。しかし、それと同時に、図表4(2)〜(4)では実質GDP成長率に関連する3指標(1人当たり、就業人口1人当たり、労働時間当たりベース)がいずれも趨勢的な低下を示していることが分かります。これらの指標はいずれもある種の生産性または効率性を示していますが、このうち1人当たり実質成長率は、当該国の平均的な生活水準の改善度合いを測定するのに適しています。一方、就業人口1人当たりの実質成長率は当該国の労働生産性つまり供給能力を見ていくのに有効な指標だと考えられます。労働時間当たりの実質成長率は、労働時間の変化の影響を見たいときに活用できます。将来的には、この時間当たりの労働生産性の指標が当該国の効率性を見ていくうえでより重要な指標になっていくと思われます。その理由は、高齢化に対処していくためには女性や高齢者の労働参加率を引き上げる必要があり、フルタイムの正規雇用者数の絶対数の減少も追い重なって、ほぼ必然的に当該国の経済全体の労働時間総数が減少していくと見込まれるからです。

一般的に言えば、1人当たり実質成長率は、高齢化が進んで生産年齢人口が減少しているときには就業人口1人当たりの実質成長率を下回る傾向があります。いずれにしても、上記の3指標をもとにして観察される生産性の趨勢的な低下は、(a)全要素生産性(TFP)と(b)(1人当たり、就業人口1人当たり、労働時間当たりの)資本ストックの増加率に分解して説明することが可能です。このうちのTFPの伸び率については、経済発展段階におけるキャッチアップの終了、後に説明する産業構造の転換やそれ以外の要因によって低下していると思われます。ここには少なからず高齢化が間接的に影響を及ぼしていると思われます。ひとつ強調しておきたいポイントは、確かに我が国の成長率は低下してはいるものの、時間当たり実質成長率はほかの先進諸国と比べて引けをとらないということです。図表5は我が国の時間当たり実質成長率が、米国や英国に匹敵し、ドイツやフランスを上回っていることを示しています。とはいえ、こうした現状は、我が国がこれらの諸国と少なくとも同程度の1人当たり経済成長率あるいは生活水準の向上を維持していくためには、他国にも増して時間当たり労働生産性を高める必要があるということを示唆しています。

人口動態の変化が(固定資産)投資需要に与える影響

さらに、生産年齢人口の減少と高齢人口の増加が家計による住宅投資や企業による投資需要の低迷に影響を与えている可能性があります。この点について、先ほども言及したミュルダール博士が1940年に発表した『人口』と題する著作のなかで論じています。同書では、人口の減少は(総)需要、とくに投資需要にマイナスの影響を及ぼすであろうと予測しています。需要の伸び率は(a)企業に対する投資関連リスク(たとえば投資が過剰生産をもたらし企業が損失を被るリスク)の高まり、および(b)投資インセンティブの減少(たとえば、勤労世代の減少による新規住宅投資の減少や住宅価格の低迷による住宅の買い替え需要の減少など)を主因として、低下していくと見込まれています(藤田[2010])。

人口動態の変化が住宅投資に及ぼす影響は、Bakshi and Chen(1994)でも指摘されています。この論文ではいわゆる「ライフサイクル投資仮説」を提唱しており、投資家にとって20代と30代という世代では家族を形成する傾向があるため、住宅投資が望ましい投資となるので、資産のより多くの割合を住宅やその他の耐久消費財に配分するであろうというものです。そして、投資家が年齢を重ねるにつれ、住宅需要は安定または減少し、代わって金融資産への需要が高まると予想されます。このような仮説は米国で成立し、高齢化は住宅価格の低下に関連していることが示唆されています。Mankiw and Weil(1989)では米国のベビーブーム世代が1970年代の住宅ブームに寄与したことを示しています。

私は、ミュルダール博士やその他の研究者等によって指摘されている人口動態の影響が、少なからず我が国で見られていると感じています。例えば、1980年代後半のバブル期には、生産年齢人口が増加していることが住宅投資需要に拍車をかけていました。図表6は「被扶養者比率」の逆数が実質土地価格と明確な正の相関関係にあることを示しています。その後、住宅建設件数は一貫して低下しており、ここには生産年齢人口すなわち新しく家族を形成する人々の数の減少が部分的に影響していると思われます。

それに加えて、我が国の企業は対外直接投資(FDI)にますます注目するようになっています。とくに最近では、経済成長率が我が国を上回り、投資収益率が高い新興諸国に向けた投資が増えています(図表7)。確かに企業は国内でも投資を続けておりますが、伸びはさほど大きくありません(図表8)。それは、企業が国内投資の理由として真っ先に挙げるのが、更新、耐震化、エネルギー節約や再生可能エネルギーの生産拡大という理由で、生産能力の拡大ではないというアンケート調査結果とも整合的です。

さて、投資需要の低下が趨勢となりますと、その一つの帰結として(後でも指摘しますが)企業や家計による資金需要の低迷をもたらす可能性を指摘しておきたいと思います。たとえば、我が国では企業や家計を取り巻く資金調達環境は総じて良好で、そうした環境であるにもかかわらず主要銀行貸出動向アンケート調査では企業と家計による資金需要DIが弱いことを示しています。こうした調査結果は、邦銀の預貸率が70%程度に留まっており、スウェーデンが200%あるいはフィンランドが150%以上であるのと比較すればかなり低い水準に留まっているという事実と整合的です。こうした状態であるにもかかわらず、(銀行の預金利回りが低い水準であるもとで)金融セクターでは依然として預金の増加が続いており、流動性が潤沢にあるなかでいかにして収益率を高めるかということが重要な課題のひとつとなっているほどです。最近では、金融セクターは、財政状況の悪化を背景として多額の発行が続く日本国債への投資を増やしているほか、高い潜在成長率を背景とした旺盛な資金需要に応えるかたちで海外貸出に積極的に取り組んでいます。

人口動態の変化が消費需要と雇用に与える影響

高齢化によって、人々の需要が製造業(およびその他の従来型産業)から非製造業へとシフトしている可能性があります。一般的に、高齢者はサービス(医療・介護、旅行、社会的支出等)への需要を高め、耐久消費財(自動車、家電)への需要を減らす傾向があります。世帯主が60歳以上の家計が既に消費全体の4割以上を占めていることから、高齢化による消費嗜好の変化が我が国の民間消費構造に既に変化をもたらしており、将来的にもサービス関連市場がさらに発展していくことが予想されます(図表9)。こうした人口動態の変化が需要構造に影響を及ぼす可能性については、カナダ、ドイツ、英国等を事例にした論文でも確認されています(Börsch-Supan [2003]; Fougere et al. [2007]; Lührmann [2008]; and Rausch [2009])。

当然の帰結として、需要構造の変化は、就業構造の変化ももたらしています。つまり、製造業の就業者が全就業人口に占める割合が減少し、非製造業の就業者の割合が増加しています。ただし、こうした需要の変化に対して産業間での円滑な労働資源等の移転が進展しない場合には、構造的失業率が高まる可能性があります。実際、Katagiri (2012)は我が国で1990年代に構造的失業率が上昇し、その後も高めの水準で推移を続けたという現象には、高齢化による需要構造の変化が一因であり、労働市場で摩擦的な失業が生じていたことが影響していると指摘しています。

人口動態の変化が労働生産性に与える影響

既に指摘しておりますように、サービス需要の増加は非製造業での就業者数の増加をもたらしています。それに伴い、経済全体の労働生産性がそれ以前と比べて低下する可能性があります。これは、図表10で明らかなように、非製造業の就業人口1人当たり労働生産性が製造業と比べて低い傾向があるからです。この背景として、非製造業が製造業と比べて、労働集約的であるほか、規制が多いこともあって、規模の経済性を実現しにくいという特徴を指摘できます。もちろん、非製造業でも、情報関連技術を積極的に取り入れ、サービスの質を改善したり、潜在的な需要を刺激するような革新的なサービスを提供する、あるいは、規制緩和によって競争を促進するといったことができれば、生産性を高めることは可能でしょう。しかし、それでも非製造業は、製造業と比べて労働生産性が低く、経済が成熟化してサービス産業などの非製造業のウエイトが高まることによって生産性に低下圧力がかかるという傾向は世界的にも共通に確認される事象です。こうした現象は「ボーモル効果」と呼ばれています。

このことから、高齢化は生産年齢人口や雇用の減少を通じて直接的に経済成長に影響(図表4(3)の就業人口伸び率または就業人口要因に相当)を及ぼすだけでなく、需要構造の変化によって労働生産性に低下圧力をもたらすことを通じて間接的にも経済成長に影響(図表の就業人口1人当たりの成長率または就業人口1人当たり成長要因に相当)を及ぼすことは明らかです。労働生産性の低下が、構造的失業率の上昇とともに、我が国の実質GDPの水準の低下に寄与したとの指摘も見られます(Katagiri [2012])。

人口動態の変化が金融資産構造に与える影響

先ほどご紹介した「投資のライフサイクル仮説」の下では、投資家は年を重ねるにしたがい、住宅投資から退職後に備えた金融資産投資へとシフトしていく傾向が指摘されています(Bakshi and Chen [1994])。この研究では、米国のベビーブーマー世代が資産構成を住宅投資から金融資産投資へとシフトする段階に到達した1980年代と1990年代における株価の上昇に一役買ったと指摘しています。しかし、それと同時に、高齢化は投資家の求めるリスクプレミアムを引き上げる傾向があることも示されています。その背景には、仮に金融投資によって損失を被った場合に、高齢者の場合はそれを勤労所得によって取り戻すだけ十分に長い就業期間を持ち合わせていないこと、あるいは退職後の残りの人生がどれほどの期間となるのか不確実性があるために大きな金融リスクを取りたがらないことがあると考えられます。こうした傾向から、投資家が退職年齢に近づきつつあるか、あるいは既に退職後の生活に入っている場合には、現金、預金、債券などへの選好を強めていく可能性があります。このように人口動態の変化は金融・資本市場において投資需要の変化をもたらす一因となる可能性について注目していく必要があります。

さて、我が国では、現在の家計の金融資産総額はおよそ1500兆円(約19兆米ドル)で、米国に次いで世界第二位の規模に達しています。このうち現金・預金は低い金利環境のもとでもおよそ半分を占めています。一般的に、若い世代は預金を中心にまず資産形成を始めるように思われます。そして少しずつ年を重ねるにつれ、(住宅投資の他に)生命保険や証券投資などに手を広げていくようです。さらに高齢になっていきますと、十分な金融資産を蓄えた世帯では現金・預金や国債等の割合を増やしているように思われます。高齢になるほど人々は金融資産価値の変動を嫌い、安定性を求めるようになることから、こうした行動は理にかなっているように思われます。株式投資については、高齢世帯はどの世帯よりも平均してより多くの金融資産を保有していますので、金融資産に占める割合を抑えながらも、金額としては、株式保有を増やしている可能性があります。それと同時に、インターネットに慣れている現役世代が将来高齢世代になれば、現在の高齢者と比較して株式需要が高い可能性があるかもしれません。

人口動態の変化が財政収支に与える影響

人口動態がもたらす自然な帰結は、何らかの対応策を講じなければ、財政状況の悪化をもたらしやすいと考えられます。実際、我が国では2000年代以降の急速な高齢化が、社会保障関連支出(年金給付費、介護保険給付費、医療費等)の拡大の重要な要因となっています(図表11)。その一方で、高齢化は、これまで申し上げたように経済成長率を押し下げる面があるため、税収の伸び悩みにも寄与してきました。このように、高齢化は生産年齢人口の減少というかたちで所得課税ベースを縮小させるだけでなく、経済成長の下押し圧力となることを通じて税収を抑制し、さらに、社会保障費などの増加によって歳出を拡大させていく可能性があるのです。

4.人口動態、需給ギャップ、緩やかなデフレ

高齢化がマクロ経済に与える影響についての私の考え方を要約する形で図表12に示してみました。この図表をご覧頂きながら、第4部では、我が国の需給ギャップと緩やかなデフレに関わる問題、そしてそれに関連して日本銀行の金融政策運営についてお話しを進めて行きたいと思います。

長期間にわたる需給ギャップの存在

我が国の需給ギャップは、1990年代半ばから今日までの期間において長期間にわたってマイナスの状態が続いています(図表13)。こうしたマイナスの需給ギャップが存在している背景として、度重なる内外のショックが続いたことを指摘する見方も多く耳にします。ここで言う内外ショックとは、1990年代初めの資産バブルの崩壊、1990年代後半の我が国の金融システム不安と東アジア通貨危機、2000年代初めの米国のITバブルの崩壊、2008年の世界金融危機、2010年からの欧州債務問題、2011年3月11日の東日本大震災等を指しています。こうした問題をより学術的な視点から考えますと、研究者の間では、需給ギャップの水準については、推計方法によって大きさに違いは見られますものの、長期間にわたってマイナス圏で推移していることについては、コンセンサスが形成されていると言えると思います。しかし、そうした現象が起きている原因についてはまだコンセンサスが得られたと言える段階には達していないようです。

ちなみに、人口動態に関するデータ(例えば生産年齢人口の伸び率)と需給ギャップの関係をプロットしてみますと、これらの変数の間には明確な相関関係は確認されません。ただし、このことは、直ちに人口動態と需給ギャップが無関係であることを意味するものではなく、むしろ、人口動態が需給ギャップに及ぼす影響が、様々な複雑なチャネルを通して発揮されている可能性があることを示唆していると考えています。複数の研究では、マイナスの需給ギャップに寄与している要因として主に3点指摘しています。それらは、(1)自然利子率の低下とゼロ金利制約による金利ギャップの存在、(2)潜在成長率の低下に起因する経済の期待成長率の低下、(3)リスク回避的な銀行行動といった要因です。もちろんこれらの要因は相反するものではなく、同時に成立している可能性はあります。

まず要因(1)についてですが、高齢化は様々なチャネルを通して自然利子率を低下させている可能性があります。例えば、企業・家計の資金需要が低下する一方で、期待恒常所得の低下を背景として貯蓄が増加するといったケースが挙げられます(Ikeda and Saito [2012])。そして自然利子率が実際の実質金利の水準を下回り、金利ギャップが発生しますと、金融環境は相対的に引き締め的となり、それによって需給ギャップを悪化させる力となると考えられます。自然利子率は観察できるわけではありませんので、多くの研究では(1人当たり)GDPの潜在成長率を代理変数として用いることが多いようです。1985年から2011年までの期間における我が国の潜在成長率の推計値によると(図表14)、推計手法によって値自体は異なっていますが、この期間に趨勢的に低下しているものの、2008年の世界金融危機時の一時期を除けばマイナスが持続していたとは言い切れないようです(渡辺[2012])。このことから、自然利子率が長期間にわたってマイナスに陥っていたかどうかについては確かではありません。付け加えれば、斎藤他(2012)では(推計される金融政策ショックがゼロ金利制約のショックをとらえると仮定するDSGEモデルにもとづき)名目金利のゼロ金利制約の効果は比較的小さかったと指摘しています。したがって、要因(1)が、需給ギャップが長くマイナス圏で推移したことに対して、有意な説明力を有しているかどうかについては議論の余地があるように思われます。

次に、要因(2)についてですが、潜在成長率の趨勢的な低下の一因が高齢化にあることは明らかですが、こうした潜在成長率の低下が経済の成長期待の趨勢的な低下をもたらし、これが需給ギャップを悪化させている可能性があります(図表15)。成長期待は、需給ギャップに対して供給側と需要側の両方から影響を与えると考えられるわけですが、場合によっては供給側よりも需要側により大きな影響を及ぼすこともありうると思われます。例えば、斎藤他 (2012)は、需要側に(生産性低下等の)永続的なマイナスのショックが生じる可能性を指摘しています。加えて、(第3部で指摘したとおり)高齢化がもたらす需要構造の変化に対して、企業等の供給側の対応が遅れるといった可能性も考えられます。こうした産業構造の調整過程においては、既存産業(例えば製造業)では需給が悪化する一方で、サービス産業では企業側の対応が遅れ、革新的なサービスや潜在的に需要が見込めるサービスの供給がなされず、高齢者の潜在的なサービス需要を十分開拓しきれていないといった状態となる可能性があります。こうした状況が潜在成長率の低迷をもたらし、それが企業や家計の成長期待を抑制することで需給ギャップの悪化をもたらしているという説明は実感にも近く、それなりに説明力があるように思われます。

ところで、この点に関して、先ほど紹介しましたミュルダール博士が1940年に発表した前述の著作のなかで、既にこの問題について言及していることを指摘しておきたいと思います。同博士は、期待の概念には焦点を当てているようには思われませんが、人口動態の変化が供給側と需要側の両方に与える影響について当時から思索をされており、その洞察力に私自身驚きを感じています。ミュルダール博士によりますと、出生率の低下がもたらす人口の減少は、供給側よりもより早く需要側にマイナスの影響をもたらすだろうと予測しています。この理由として、第一に供給側へのマイナスの影響は当面は技術進歩によって緩和されること、第二に出生率の影響が生産年齢人口の減少となって顕在化するには15〜20年のタイムラグがあることを指摘しています。

最後に、要因(3)では、金融規制の強化や資本制約によって金融機関の貸出行動が抑制される点に注目しています。こうした制約により、金融機関は民間部門への貸出よりも日本国債などへの投資を選好するようになり、それにより需給ギャップが悪化するという見解です(青木・須藤[2012])。ただ、私自身としては、このような効果が現実にそれほど重要なのか多少疑問があります。といいますのは、企業から見た金融機関の貸出態度判断DIをみても、大企業ではかなり緩和的、中小企業でも概ね中立的という回答が示されているからです。我が国で貸出がさほど伸びていないのは資金供給側の問題というよりも、資金需要の不足の方が主因ではないかと感じています。

このほかに、担保価値の低下が銀行行動に影響を及ぼしていると指摘する見方もあります。我が国では1990年代初めからの不動産バブルの崩壊が、高齢化の影響も相まって、不動産価格の継続的な下落をもたらしており、それによって銀行貸出の担保制約が生じている可能性があります。確かに、企業の財務諸表構成を成長段階別にみると、成長初期の企業では、不動産等の固定資産の比重が低く、売掛債権等の流動資産の比重が高いことが指摘されています。従いまして、動産や売掛債権等を担保としたABL(Asset Based Lending)を拡大できれば、不動産担保や保証に依存した従来型の貸出では対象となりにくかった企業の資金制約の緩和を通じて、我が国の成長に対するプラスの効果を期待できると考えられます。そこで、日本銀行ではこうした手法を活用する金融機関に対しても、後述する『成長基盤強化を支援するための資金供給』の枠組みで支援を実施していることを指摘しておきたいと思います。

緩やかなデフレの存在

我が国では、1990年代後半以降の大半の時期で緩やかなデフレに直面しています(図表16)。最近では、我が国やほかの先進国でフィリップス曲線がフラット化しているといった議論が活発に行われていますが、本日は、時間の制約上、このテーマについては扱いません。ただ、ここで強調したい点は、我が国の場合、物価の変化率と需給ギャップの間には明確な正の関係があることです。その一方で、物価の変化率のマネーストックの間にはほとんど相関が見られず、貨幣の流通速度が不安定になっていることを示唆しています(Nishizaki et al. [2012])。

いくつかの要因が我が国の緩やかなデフレの背景にあると考えられます。ひとつは、既に説明いたしました長期にわたって需給ギャップがマイナス圏で推移していることであり、部分的に人口動態の影響を受けていると考えられます。もうひとつは、インフレ予想の長期的な低下傾向です。

我が国の研究者の間では、1990年から2011年にかけて、とくに1990年代を中心に、インフレ予想に長期的な低下傾向がみられた点についてコンセンサスが形成されつつあるように見えます(図表17)。複数のインフレ予想の推計値がいずれもこうしたトレンドを示しているからです。このような趨勢については、日本銀行の金融政策に関係しているとの見方も聞かれます。

しかしながら、私自身は、インフレ予想は、人口動態等の構造的要因によってより大きく影響を受けているのではないかと感じています。例えば、急速な高齢化と生産性の停滞(それらが実際の経済成長率と潜在成長率の両方の低下に寄与してきたわけですが)が生じていること自体が、まず企業と家計による経済の成長期待の低下をもたらしてきた可能性があります。その理由は、企業にとっては自社の生産する財・サービスの市場の伸び悩みが見込まれること、家計にとっては企業活動が低迷すれば恒常所得の上昇が期待できないからです。このような企業と家計による成長期待の低下が、企業にとっては弱気な設備投資計画を、家計にとっては将来の恒常所得の低下に備えた消費の抑制つまり貯蓄の増加を促すことにつながります。この結果、需要側の要因にもとづきインフレ期待が低下し、実際の物価上昇率に対する押し下げ圧力を強めていく可能性があります。つまり、企業は、自社の財・サービスに対する需要の減少にもとづく市場の低迷を予想し、しかも家計による財・サービス価格の低下期待を意識しているため、実際の販売価格をできる限り低く設定しようとしているように思われます。実際に、投入価格の上昇が予想されていても自社製品の販売価格の引き下げを予想していると指摘する複数の調査結果があります。このことは、企業が投入コストを最終財価格に転嫁する程度が限定的であり、自社製品の価格を引き上げていくのは容易ではないということを示唆しています。

内閣府の「経済財政白書」では、インフレ予想と生産年齢人口の予想伸び率の間にはプラスの相関関係があることを指摘しています(同時に、経済成長期待と生産年齢人口の期待伸び率の間にもプラスの相関関係が見られることを報告しています)。こうした観察結果は、人口動態の減少方向への変化とインフレ予想の低下に関わりがあるという私が日頃感じている問題意識とかなり近いと感じています。

金融政策の運営

こうした状況を背景にして、日本銀行では、かねてより、デフレからの脱却がわが国経済にとって重要な課題であるとの認識にたっており、強力に金融緩和を進めてきました。2010年10月には『包括的な金融緩和政策』を導入し、その後、資産買入等の基金の増額を通じて金融緩和を強化してきました。本年2月には、(1)『中長期的な物価安定の目途』の導入、(2)金融緩和姿勢の明確化、(3)資産買入等の基金の増額の3点を決定いたしました。(1)については、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面は1%を目途」を導入し、(2)ではこの目途に基づき、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置を通じて強力な金融緩和を推進していくとの緩和姿勢を改めて明確化しました。そして、(3)ではこうしたコミットメントを実際の行動でも示すべく、同基金を10兆円程度増額して基金規模を65兆円程度に拡大しています。4月にはさらに拡大して70兆円程度としています(図表18)。

長期的な構造的課題に向けて

次に、先進諸国・地域の幾つかの主要中央銀行が共通に直面している問題について指摘しておきたいと思います。それは、金融緩和政策によってきわめて緩和的な金融環境を維持していても、それが期待したように企業・家計の投資や消費の増加につながらないため、実体経済の拡大をなかなか促せていないということです(図表19)。いずれの国・地域も構造的な要因がその背景にありますが、国・地域によって事情が異なっています。欧州の場合は、財政再建・経済改革がもたらす短期的な内需縮小や銀行のデレバレッジという問題があって、域内全体の貸出増加には時間を要する見通しです。

我が国については、本日お話ししてきましたように高齢化が潜在成長率を押し下げる一因となっています。こうした状況で成長力を高めていくには、女性や高齢者の労働参加率を高めていくとともに、(就業人口1人当たり、あるいは労働時間当たりの)生産性の改善が必要です。しかし、そうした成長力や生産性の改善に必要な経済改革や産業構造調整がなかなか進んでいません(図表4(1)〜(4))。財政・社会保障に関する問題も将来見通しの不確実性をもたらす要因となり、実体経済が拡大しにくい状況をつくりだしている可能性もあると思います。こうした背景に加えて、世界金融危機、東日本大震災、欧州債務問題、タイの洪水の影響等の様々なショックも重なり、将来の成長見通しに対する不安が高まりました。これらの状況を背景に、企業・家計の成長期待が高まっていないことが、緩和的な金融環境にありながらも貸出が伸びず、長くデフレから脱却できない状況をもたらしてきた要因であると思います。

デフレ脱却には並行して成長力強化の努力を行うことが不可欠です。そのため、企業が現在の緩和的な金融環境を活用して前向きの取組みを行うとともに、金融機関がこうした企業の取り組みをニーズに合った金融サービスを提供することでさらにしっかり支えていくこと、政府が民間の潜在的な力を伸ばしていくビジネス環境を整備することが重要だと思います。日本銀行としても、中央銀行の立場から、わが国経済の成長力強化のために、2010年から『成長基盤強化を支援するための資金供給』を実施しており、本年3月、4月には一段の拡充策を決定しました(図表20)。日本銀行としては、引き続き成長基盤強化支援のために、中央銀行としてできる限りの貢献をしっかり果たしていきたいと考えています。

5.最後に

19世紀後半から出生率の低下に直面した欧州、とりわけ北欧では、我が国よりもずっと早くから高齢化問題に取り組んできており、多くのノウハウや経験を蓄積しています。その結果、欧州諸国では、我が国と比べて高い合計特殊出生率--2010年現在フィンランドとスウェーデンは1.9、EUは1.6--を実現しています。しかし、それでも人口の自然増をもたらす数値には達していません。また、欧州市民の寿命は、男性の場合はフィンランドでは77歳、スウェーデンでは79歳、EUでは77歳、女性の場合はフィンランドとスウェーデンで83歳、EUでは82歳に達しており、我が国の水準に近づきつつあります。それゆえに、フィンランド、スウェーデン、EUの全加盟諸国で2012年以降に生産年齢人口比率の低下が始まると推計されています。従いまして、高齢化と生産年齢人口の減少は欧州委員会が発表した『2012年高齢化報告書』で警告されているように、欧州にとって重要な構造的問題になりつつあります。

こうした状況の下で、人口動態の変化がマクロ経済に与える影響というテーマは、現代の先進諸国の社会において新たに取り組むべき重要な問題の一つになりつつあると感じています。とはいえ、高齢化や人口減少の影響についての学術研究はまだ限られていることを認めざるをえません。我が国では人口動態の変化が世界最速のペースで進行しているという意味で最先端にあり、しかもそれが金融政策運営に大きく関わっている可能性があることから、日本銀行ではこのテーマの理解を深めるための努力を行っています。かつての欧州と現在の我が国の経験をもとに、我々がお互いの経験から学ぶことができれば、近い将来、このテーマでの学術研究がさらに進展していく可能性があると信じています。

本日は、フィンランドとスウェーデンの皆様の前でこのような内容でお話しさせて頂く機会を与えて頂きまして、再度、心より御礼申し上げます。

ご清聴ありがとうございました。

参考文献

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