このページの本文へ移動

【発言要旨】アジア、ラテンアメリカ、カリブ海地域における中央銀行間協力の未来

English

地域金融協力に関する日本銀行・CEMLA共催セミナーにおける発言要旨の邦訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2012年10月11日

目次

1.はじめに

皆様、おはようございます。本日は、IMF/世銀総会へ、そしてBOJ-CEMLAセミナーにようこそお越しくださいました。「地域金融協力」という本日のテーマは、世界の結び付きが強まる中で大変重要な話題だと思います。

本日、私からは、アジア地域における中央銀行間協力の歴史を振り返ったうえで、アジア通貨危機の教訓が現在のグローバルな金融危機に対処するうえでどのように役立っているのか、述べたいと思います。そのうえで、我々が直面している今後の課題を明らかにしたいと思います。

さて、中央銀行間協力といえば、誰もが最初に思い浮かべるのは、国際決済銀行(BIS)でしょう。BISは、中央銀行に対して、国際基準や国際金融秩序のあり方などに関して、様々な議論の場を提供しています1。しかし、アジア地域諸国がBISの活動に参加するようになったのは、1990年代後半以降のことです。

そうした状況下で日本銀行が提唱し、1991年に設立されたのが東アジア・オセアニア11か国・地域によるEMEAP(Executives' Meetings of East Asia and Pacific Central Banks)です2。EMEAPの最大の特徴点は、実務者間の意見交換、サーベイランス・ネットワークの構築という点にあります。金融市場、銀行監督、決済システム、ITという作業部会では、それぞれの分野に関して実務者同士が情報を交換しています。例えば、決済システムの作業部会では、BISの委員会に倣って、メンバー諸国の決済システムに関して取り纏めたRed Bookを定期的にアップデートしています。また、最近の金融市場の作業部会では、欧州ソブリン債務危機の域内金融市場への影響を入念にモニターしています。

  • 1  BISは、FSB、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)、支払・決済委員会(CPSS)、グローバル金融システム委員会(CGFS)などの各種委員会や中央銀行総裁会議の「事務局機能」を担っているほか、国際金融経済に関する調査・研究センターとしての活動を行っている。
  • 2  EMEAPの目的も、BISと同様に「メンバー間の協力関係の促進」とされている。当初、総裁代理クラスの定期会合としてスタートしたEMEAPは、BISに倣って1996年以降、総裁会合、総裁代理会合、作業部会という3層の構造へと組織を拡充させている。

2.2つの金融危機とアジア金融資本市場

過去20年間において、EMEAP諸国は、1990年代後半のアジア通貨危機と現在のグローバル金融危機という二つの金融危機を経験しています。しかし、二つの危機の影響は、前者が深刻であった一方で後者は比較的抑制されており、大きく異なっています。この違いには、EMEAP諸国の中央銀行の協力強化が関係している面があります。

アジア通貨危機は、(1)金融機関の資金調達に関する通貨と期間のダブル・ミスマッチの存在、(2)企業の資金調達における銀行貸出への過度の偏り、というアジアの構造的な脆弱性を浮き彫りにしました。その結果、アジアの国々は、国際金融資本市場の急激な変化に弱く、更には、域内の豊富な貯蓄が、域内の投資に十分に活用されていないという問題もありました。

こうした問題点に対応する一つの方策として、EMEAPでは、域内における債券投資の活性化のためにアジアボンドファンド(ABF)というイニシアチブを開始し、メンバー11の中央銀行がアジアの債券への投資を実施しています。加えて、ASEAN+3諸国政府も、アジア債券市場育成イニシアチブ(ABMI)を行い、規制緩和や投資環境の整備に力を入れています。それらの取組みの成果は目覚ましいものがあります。アジアの現地通貨建て債券市場は、国債のみならず社債も含めて発行残高が大きく伸びており(図表1)、世界全体に占めるシェアも1996年末の2.1%から昨年末では8.4%にまで増えています(日本を含まないベース)。そうした中でも特筆すべきは、多くの国で海外投資家の割合が急速に増えていることでしょう(図表2)。その背景としては、アジア債券への投資環境が、信用力や収益面のみならず、インフラ面でも改善していることが考えられます。

この間、通貨のミスマッチも随分と改善しています。国外の銀行によるアジア諸国への貸出は、その期間こそ引続き1年以下が主体ですが、現地通貨の比率が大きく増えています(図表3)。期間のミスマッチに関しても、幾つかの国では、それを減らすための措置を実施しています。例えば韓国では、銀行に対して短期の外貨債務に対して一定程度以上の短期の外貨資産の保有を義務付けています。

アジア諸国は、リーマンブラザーズ破綻から欧州債務危機に至る一連のショックにこれまでのところ、うまく対処してきています。その背景としては、アジア地域の良好な経済ファンダメンタルズや、金融機関のビジネスモデルの違いに加えて、今申し上げたような金融市場インフラの改善も、挙げられると思います。

3.未来に向けた課題 ——アジアの国境を超えて——

二つの危機を踏まえた金融市場の動向は、アジア、ラ米・カリブ海地域の双方にとって、中央銀行間協力のあり方に幾つかの新しい課題をもたらしています。

第一は、クロスボーダーの資本フローにどう対応するかという課題です。債券市場が発展し、海外投資家の保有比率が高まる中で、市場環境急変の際の急激な資本流出を恐れて、資本規制を包括的に強化すべきという見方が窺われています。こうした点は、債券市場の成長に市場インフラが追い付かないケースで特に問題と思われます。また、実際に海外投資家の保有比率と債券利回りのボラティリティの正相関も指摘されています3。しかし、そうした資本規制を実施する際には、長期的にみて効率性の向上が犠牲となるという点を踏まえて、コスト対効果を十分に分析する必要があります。重要であるのは、発行体が健全な信用力を維持し、市場の透明性を高めることであり、市場インフラを向上させることです。実際、ドイツでは、海外投資家の国債保有率は6割にも及んでいますが、そのことを不安視する向きは無い訳です。

第二は、金融市場のストレス耐性を如何にして向上させるべきかという課題です。アジアでは、債券市場が目覚ましい発展を遂げている一方で、レポ取引を含む有担保市場は、日本を除くと未発達です。殆どの新興市場国において、レポ取引は、中央銀行のオペで多く利用されていても、民間市場参加者同士の取引は限定的です。その理由としては、担保の有効性に関する法律上の不確実性がしばしば指摘されますが、ストレス下においてマネーマーケットの機能を維持するうえでも、レポ取引を含む有担保市場を育成していくことが重要と言えるでしょう。

第三は、クロスボーダーの金融規制に関するものです。欧米を中心とする世界的な金融規制強化の動きに対して、アジア、ラ米、カリブ海地域はどう対応すべきなのでしょうか。欧米では、「レベル・プレイング・フィールド」の確保を理由に、国境を超えて他国にまで自国の規制を適用しようとする動きが見られています。言うまでもなく「レベル・プレイング・フィールド」の確保は、大切なことです。しかし、「レベル・プレイング・フィールド」は本来、タイプや背景の異なる様々な金融機関に対し、実質的な意味でのフェアな競争環境を提供するものであるべきです。アジア、ラ米、カリブ海地域にとっては、自らの地域的、機能的な多様性が尊重される必要があります。他方で、各国がそれぞれ独自の規制を適用し始めると、規制がスパゲッティのように複雑化し、収拾が付かなくなる意図せざる結果を招く危険があります。従って、我々は、グローバルな規制のあり方について、それが明確かつ整合的であるよう「地域の声」を訴えて行くことが必要といえます。

最後に、アジア、ラ米、カリブ地域では、域内の相互リンケージが強まっている現在だからこそ、各国が経済の中に不均衡を蓄積していないか、相互にチェックすることがこれまで以上に重要です。そのためには、経済統計の信頼性・精度の向上に加えて、迅速性を高めることが必要です。そうした地域サーベイランスやデータ改善の作業において、中央銀行は主役となるべきです。

以上、色々と述べましたが、アジア、ラ米、カリブ海諸国の地域中央銀行間協力という観点からは、引続き実務者間の意見交換・連携が非常に大切だと思います。その中から新しいアイディアが生まれたり、人の繋がりが拡がっていったりすることを期待しています。

  • 3  例えば、Jochen R.Andritzky,"Government Bonds and Their Investors: What Are the Facts and Do They Matter?",IMF Working Paper,June 2012を参照。