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【発言要旨】ユーロの将来:今後の挑戦

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ドイツ銀行主催パネル・ディスカッションでの発言の邦訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2012年10月12日

目次

はじめに

本日は、ドイツ銀行主催のパネル・ディスカッションに参加する機会を頂き、誠にありがとうございます。本イベントは、この上なく時宜に適ったものです。というのも、本日のテーマは、日本を含むアジアの投資家の役割を踏まえつつ、いかに欧州が現在の危機を克服し、将来の姿を描いていくか、と理解しているからです。

欧州の当局者の間では、「ユーロを守る」という強い意思が共有されており、私としても、ユーロという壮大なプロジェクトが最終的に成功することを確信しています。もっとも、欧州が抱えている問題の大きさと複雑さを踏まえますと、真の通貨・経済統合に向けては、今後も長く険しい道のりが予想されることも事実です。

以下では、ユーロを巡る重要な論点について——ここにお集まりの日本の市場参加者の懸念も代弁しながら——短期・中期・長期の3つのタイムホライゾンに分けてお話しします。

短期の課題:危機の封じ込め

第一は、危機の封じ込めという短期的な課題です。この点では、投資家の信認の確保が鍵であり、そのためには、十分な量の強力な「防火壁」と強力な「消火器」を備えておくことが喫緊の課題です。

現在、短期金融市場では安定性が維持されているほか、スペインやイタリアの国債利回りも、ECBによる国債買入れに対する期待から、このところはっきりと低下しています。もっとも、その水準は以前と比べてなお高めとなっている一方で、欧州主要国における短めの国債利回りは、投資家の安全資産選好のもとで極めて低い水準で推移しており、いくつかの国ではマイナスとなるケースもみられています。このように、全体として非常に神経質な動きが続いているとみています。

したがって、何らかのショックが発生した場合でも、市場全体の混乱を引き起こさないことが何よりも重要です。現在、わが国の金融機関を含め、欧州外の金融機関では、資金調達面で特段の問題はみられていません。しかし、市場参加者の先行きに対する警戒感はグローバルに根強いだけに、こうした資金繰り面での不安の払拭は欠かせません。

ユーロ圏の短期金融市場の安定性は、ECBによる潤沢な資金供給によって維持されていますが、危機のグローバルな波及を防ぐという点では、ECBによる国債の買入れに加え、ESMがいかにその役割を果たしていくかが重要な鍵となります。この点では2つの論点があります。第一に、いったんこうしたオペレーションが開始されると、例えその結果が満足のいくものでなかったとしても、直ぐに廃止することは、支援の受入れ国の生命線を断つことになりかねないため、極めて難しくなります(古典的な動学的不整合性の問題です)。したがって、こうしたオペレーションの成功の可否は、その「入口」の設計に決定的に依存します。すなわち、支援の受入れ国の過剰な犠牲を回避しながら望ましい結果を生み出すため、いかに十分なコンディショナリティを付与するか、また、そのコンディショナリティを順守させるために、どのようなメカニズムを用意するか、が重要となります。第二に、市場参加者は当面の課題を超えた先の将来の問題発生の可能性、とりわけ、(1)ESMの資金規模がその役割との対比で十分であるか、(2)ESMが必要とされる際に柔軟かつ迅速に活用されるかどうか、などについても懸念しています。これらの点に関する最近の取り組みには、心強く感じていますが、今後の一層の明確化を通じて、金融市場での懸念が取り除かれていくことを期待しています。

中期の課題:負の相乗作用の高まりの回避

第二は、財政・金融システム・実体経済間での負の相乗作用の高まりをいかに回避するかという点です。そのためには「銀行同盟」を実現することの意義が大きいと考えています。銀行同盟は、金融機関が域内で自由に活動できる一方、金融監督やセーフティネットは各国毎に分断されている、という現在の枠組みの不十分な点を補うことにも繋がります。

銀行同盟が効果を発揮するために大事なことは、万が一金融機関が破綻した場合に備え、その損失負担の財源を十分に確保しておくことです。これは、わが国が1990年代後半の金融危機の経験から学んだ教訓のひとつです。わが国では、改正預金保険法のもとで、金融機関の破綻がシステミック・リスクに繋がると懸念される場合には、預金保険だけでなく、財政による損失負担も可能となりました。これにより、わが国の金融セーフティネットに対する信認が確保され、金融システムの安定に大きく寄与しました。

もちろん、欧州における損失負担の問題は、加盟国間の財政移転に関連する難しい問題を孕むことも事実です。この点でも、欧州なりの方法で、適切な対応が進んでいくことを強く期待しています。

長期の課題:コンバージェンス

第三に、長期的には、ユーロ圏経済のコンバージェンスを図ることが、ユーロ圏の金融資本市場が流動性の高い真に単一の市場となることの必要条件となります。

もっとも、現在市場で観察されているのは、コンバージェンスというより、格差の拡大(divergence)ないし分断化(fragmentation)です。ユーロ圏各国は、元々ユーロ導入時に十分に収斂していなかったことに加え、2000年代央のバブル崩壊を経て、格差がさらに拡大しました。こうした格差は、ユニット・レーバー・コストや経常収支などで目立っているほか、債券市場での利回り格差も拡大しています。こうした状況は、単一の市場の形成とともに解消されると考えられてきたカントリー・リスクの存在を投資家に再認識させる結果となっています。

コンバージェンスを達成するためには、国家としての強力なアイデンティティや、国境を越えた人口移動が緩やかなことを前提とした場合、以下の3つの選択肢が——必ずしも相互に排他的ではありませんが——しばしば指摘されます。第一は、周縁国におけるいわゆるinternal devaluationです。第二は、周縁国企業の生産性の向上や産業の高付加価値化です。第三は、相互のメリットに基づくコア国から周縁国への財政移転です。この点、成功の鍵となるのは、欧州の人々のユーロに対する「信念」ないし「連帯感」、あるいは「欧州市民」としての共通の目的にあると考えています。今申し上げたいずれの選択肢も、長い時間をかけて、かつ痛みを伴う努力のもとで実現されていくものではありますが、欧州の国々がこれらの点でも一層の努力を続けていくことを期待しています。

新たな希望:市場インフラの整備

最後に、欧州とわが国の双方における市場インフラ整備にかかる新たな希望について簡単に触れたいと思います。多くの市場参加者にとって、欧州であれ、他の地域であれ、安定的な投資を続けていく上では、市場インフラの整備は大変重要です。この点、ユーロシステムでは、現在、域内証券決済インフラの統合的なITプラットフォームであるTARGET2-Securitiesの構築を進めています。日本銀行でも、柔軟性や利便性を一段と高めた新日銀ネットの構築を進めています。これらの取り組みを通じて、グローバルな金融市場がより頑健で効率的なものに発展していくことを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。