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【発言要旨】グローバル金融危機の教訓 アジアの視点とグローバルな視点

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ブレトンウッズ委員会インターナショナルカウンシルミーティングにおける発言の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2012年10月13日

本日は、このような素晴らしいパネルに参加できて、光栄に存じます。議論の活発化を期待して、私からは、グローバル金融危機の3つの教訓と、それらが提起する挑戦についてお話したいと思います。

第一の教訓は、今日のようにグローバルな相互連関性の高い世界では、もはや純粋に特定の地域内だけに影響がとどまるという事象はないということです。グローバルな視点が不可欠です。

ひとつの例としては、欧州債務問題が意識されはじめた数年前には、この問題をグローバルな問題として議論することに、欧州の当局者たちは難色を示していました。ユーロ圏経済が回復するもとで、経常収支も全体としては均衡しており、域内不均衡は、地域内で解決可能な、地域に限定された問題として説明されていました。しかし、今では、これが間違いであったということを我々は皆承知しています。欧州債務問題は、貿易及び金融の双方のチャネルを通じて、おそらく当初想定していたよりもはるかに大きな形で、グローバル経済の成長に影響を与えています。欧州債務問題を解決することはG20の重要なアジェンダのひとつとなり、IMFはユーロ圏の主要国とともにその解決に向けた重要な役割を果たしています。

もうひとつ例を挙げますと、昨年、先進諸国の経済成長が減速した時に、新興国経済、特にアジア経済が景気を下支えするだろうとの期待がありました。アジア経済の2011年における世界の経済成長への寄与は約40%になり、2011年の世界全体の輸出に占めるアジア諸国の割合は30%以上に達しています。しかしながら、このことは、アジア経済が欧州の景気後退の影響を受けないことを意味してはいませんでした。欧州経済の弱さは、中国の輸出に影響を与え、さらにアジア地域のサプライチェーンを通じて、広くアジア全域の輸出と成長に影響を与えています。IMFは、昨日公表された「アジア太平洋地域経済見通し」において、アジア新興国の輸出の3分の2が欧州及び米国の需要と結び付いていると指摘し、アジア経済の成長率見通しを、2012年は6.0%から5.4%に、2013年は6.5%から5.9%にそれぞれ引き下げました。なお、この見通しは、欧州の経済環境が次第に改善し、米国の「財政の崖(fiscal cliff)」が回避されることを前提にしています。引き続き下振れリスクは大きいということです。

第二の教訓は、自国経済の安定を確保することは、各国が持続的な成長を達成するための必要条件ですが、十分条件ではないということです。

マクロ経済政策に取り組むにあたっては、自分の家を身ぎれいにすること(put one's house in order)、すなわち自国経済の安定を確保すること、が伝統的に強調されてきました。しかし、そうした各国の政策対応を単純に積み上げただけでは、世界全体にとって最適な結果になるとは限りません。各国の政策担当者が自国の立場から見て合理的に行動しているとしても、全体としては「合成の誤謬」が生じるリスクがあります。

現在、先進国の多くの中央銀行は、景気回復を促し、経済の各部門がバランスシートの調整を進めるための時間を稼ぐために、多様な資産の買入れ等の非伝統的な金融政策の領域に足を踏み入れています。国内の金融政策の波及経路が制約されているため、こうした金融緩和の影響は、他国への資本流入の増加のような形で、国境を越えて意図せざる影響を生じさせるおそれがあります。また、そうした影響は当該国自身にもフィードバックします。

一方、新興国の中央銀行もまた、金融緩和の方向に転じているか、既往の引き締め策を緩めています。こうした取組みは、景気を下支えするために必要です。しかし、こうしたグローバルな金融緩和が最終的に国際商品市況やインフレ圧力、さらにはその結果としてグローバル経済全体の安定にとって、どのような意味を持つのかについては、きめ細かくモニタリングしていく必要があります。

このほかにも、国内の経済成長を促すために外需への依存を高める傾向も指摘できます。これは、内需が弱い時には自然な反応です。こうした反応は、世界経済全体が急速に成長している時には問題になりませんが、世界的に経済成長が弱い時には、他国経済の潜在的な成長機会を奪ってしまう可能性があります。一方、急速に成長する新興国が自国通貨の増価を食い止めようとする誘惑に屈してしまえば、グローバルな視点からみると、むしろ望ましくない効果をもたらしうるでしょう。

第三の教訓は、危機時における中央銀行の政策対応は、個々の中央銀行による対応も中央銀行間の協調行動によるものも、経済や金融システムを安定化するうえで成果を挙げてきましたが、だからといって、中央銀行を含む政策担当者がそれで安心してしまってはならないということです。

例えば、欧州中央銀行による新しい国債買入プログラム(Outright Monetary Transactions、OMT)は、ユーロ圏におけるテイル・リスクを縮小させました。しかし、こうした状態は一時的なものに過ぎず、この機会を欧州債務問題の本質的な原因を根本的に解決するために活用していかなければなりません。

また別の例としては、リーマン・ショック後に緊張感が最も高まった際に導入され、現在もなおグローバルな銀行間調達市場の安定を保つためのバックストップ(安全装置)として機能している中央銀行間の為替スワップ取極があります。為替スワップ取極は、銀行間の外貨調達市場におけるストレスを著しく軽減しました。中央銀行が必要な時に、必要な手段を導入する柔軟性を有することは、危機時には強力な枠組みといえます。しかし、こうした対応は、グローバル不均衡や不安定な資本フローの動きにより生じる潜在的なリスクそのものを解消するものではありません。

中央銀行による流動性供給は、経済の調整過程に生じる痛みを緩和する場合や、危機時に状況を一時的に安定化させるうえで非常に有効です。重要なことは、この一時的な小康状態の期間を活用して、抜本的改革のための好循環を起動し、強固で持続可能かつ均衡ある成長に向けた基盤作りを進めることです。

以上、私が考えるグローバル金融危機の3つの教訓をお示ししました。では、これらの教訓は、アジアの視点とグローバルな視点の双方からはどのように捉えられるでしょうか。

第一に、自国経済の安定を確保することは、すべての国にとって、引き続き主要な目標です。健全なマクロ経済政策は、最も重要です。

第二に、政策担当者は、自国経済の安定を確保する際には、国境を越える政策の波及効果と、その後自国にその影響が再び跳ね返ってくるフィードバック効果に注意を払い、こうした要素を国内政策の意思決定プロセスに全体として織り込んでいく必要があります。こうした検討は、マクロ経済政策にとって重要なだけでなく、マクロないしミクロ・プルーデンス政策にとっても重要です。ある国の金融システムの安定を目的とした金融規制によって、金融取引が国境を越えて他国に移転したり、グローバルな資本フローに影響が生じたりするおそれがあります。さらには、たとえ目的自体は適切なものであっても、国内規則を域外に適用することによって、他国の金融システムの安定に意図せざるかたちで負の影響を及ぼす可能性があります。

第三に、チェンマイ・イニシアティブのような地域的な枠組みは、当該地域の金融システムの安定性を維持するうえで、非常に重要な役割を果たすことができます。チェンマイ・イニシアティブは、アジア地域の特性を反映して策定されていると共に、域内諸国に対して協働する強いインセンティブを与えています。同時に、チェンマイ・イニシアティブは従来から存在する国際的な資金取極に取って替わるものではなく、むしろそれらを補完するものです。加えて、アジア地域の安定は当然ながら世界的にも影響があります。したがって、IMFによるグローバルなサーベイランスとともに、ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)が行う地域内のサーベイランスは、チェンマイ・イニシアティブの効果的な運営にとって、重要な役割を果たすものになるでしょう。

ご清聴ありがとうございました。