このページの本文へ移動

平成24年度入行式における白川総裁挨拶

2012年4月2日
日本銀行

皆さん、日本銀行への入行、誠におめでとうございます。この場に出席されている94名、そして、支店で入行式を迎えられている11名、合わせて105名の新入行員の皆さんを、本日、私たちの新たな仲間として迎えることをたいへん嬉しく思います。日本銀行の役職員を代表して、心より歓迎の言葉を申し上げます。皆さんは、今、大きな希望を胸に抱かれて、この場に臨んでいることでしょう。日本銀行は、そうした皆さんの希望に十二分に応えることのできる、刺激に満ちた職場です。

皆さんは、わが国の中央銀行である日本銀行を就職先に選ばれました。中央銀行は非常にユニークな存在です。その役割を一言で説明せよと言われると、長く中央銀行で仕事をしている私も一瞬戸惑いますが、中央銀行の本質は、「銀行券という誰もが無条件で受け取る通貨を自らの判断で発行できる力を持っていること」に求められます。この力が如何に強力なものであるかは、仮に皆さんが買い物をした後、返済期限のない、しかも無利子の借用証書を出して、お店の人がその借用証書を受け取ってくれるかどうかを想像するだけで、ご理解頂けるのではないかと思います。

日本銀行は、それだけ強い力を与えられた組織であり、社会に対する責任も大きいということを、まず頭にしっかり入れて頂きたいと思います。また、そのことを踏まえれば、中央銀行が、その力の使い方に、厳しい規律を求められることもご理解頂けると思います。日本銀行は、この通貨を発行するという力を使って「物価の安定」と「金融システムの安定」という二つの使命を達成することが求められています。そして、国内外の歴史の教訓を踏まえて、日本銀行には、法的な独立性が与えられています。しかし、それと同時に、中央銀行の独立性の究極的な拠り所は、通貨の発行という仕事はこの組織に任せて大丈夫だという、人々からの信頼感によって支えられているということを忘れてはなりません。

このため、中央銀行と、そこで働く職員は、何よりも、専門家としての知識と使命に誠実であろうとする強い意志を備えていなければなりません。これは、どんなに時代が変遷しても変わらない、組織の遺伝子であると私は考えています。

一方で、中央銀行は、「社会や経済の変化に対応して、進化し続ける存在」でなければなりません。私は、ちょうど40年前、1972年に日本銀行に入行し、以後、殆どの時期を中央銀行の世界に身を置いてきました。この間に起こったことを振り返ってみると、70年代には、固定為替相場制から変動為替相場制への移行と、二度のオイルショック、80年代には、プラザ合意やわが国におけるバブルの生成、90年代には、バブル崩壊と不良債権問題、そして2000年代以降は、リーマンショックや欧州債務問題というように、経済、金融の大きな変動が続いています。一方、グローバル化や新興国の成長、情報通信技術のめざましい発展は、世界経済や日本経済に大きな変容をもたらす力となっています。

日本銀行を含む世界の中央銀行は、こうした様々な変化への対応を通じて、進化を続けています。実際、政策の枠組み、その裏付けとなる考え方、政策を実現していくための業務内容や中央銀行のバランスシートの構成など様々な面で、30、40年前には想像すらできなかったくらいに、大きく変化が生じています。

皆さんが日本銀行で働いていくこの先、一体どのような社会、経済が待ち受けているのでしょうか。現在認識されている諸問題、例えば、急速な高齢化やグローバリゼーションといった動向の帰趨すら、見通すことは容易ではありません。

そうした中で、中央銀行が変わらぬ使命を達成し続けていくためには、何が必要であり、私たち中央銀行の役職員は、どうあるべきでしょうか。私は、二つの力を身につけ、高めていくことが必要だと思っています。一つは、今起きていることを正確に認識し先行きを見通す力を磨くことです。そうした力を磨くためには、変化を感じ取る鋭敏さ、労を惜しまない意志や情熱、そして、新たなことに挑戦していく心が大切です。

いま一つは中央銀行としての「実務」を遂行していく力を不断に高めていくことです。日本銀行の政策は、全て「銀行」としての業務、言い換えれば、金融取引の執行を通じて実現されます。実務の裏付けがない限り、そもそも政策を実践できません。また、実務に従事することによって得られる経済や金融の動きに関する情報は、他では得られない貴重なものです。日本銀行の職員は、それぞれの現場で、実務をいかに確実に、効率的に遂行していくかに日々知恵を絞っています。

実務の大切さは、東日本大震災が発生した後の日本銀行の対応をみてもわかります。我々は、金融市場の不安を取り除くため、震災の直後から大量の資金を供給しました。また、被災地で暮らす人が必要とする現金が不足しないよう、平日・休日を問わず、現金の輸送を行ったり、地震や津波で損傷した大量の銀行券や貨幣の引き換えを行ったりしました。また、こうした災害時であるからこそ、財政資金の受払いが確実に行われるよう、被災地金融機関との連携を強め、必要な先には事務支援も行いました。震災後のこうした活動は経済や社会の安定を根底で支えるものであり、我々はそうした実務をしっかりと遂行することに誇りをもっています。

皆さんは本日から日本銀行でのキャリアがスタートします。皆さんには職種やコースに応じて、今、私が申し上げた二つの力を身につけて頂きたいと思っていますが、そのために三つのことを意識してください。

第一は、配属された部署、与えられた仕事の一つ一つに、全力で取り組んで欲しいということです。皆さんは、さっそく、日本銀行の各職場に配属されることになります。一つ一つの仕事は、大きなジグソーパズルの小さなピースかも知れませんが、一つでも欠ければ全体は完成しません。今日からその一端を担う実務家、プロフェッショナルなのだという自覚を持って仕事に取り組んで頂きたいと思います。そして、日々感じた疑問を放置せず、自分なりの工夫を重ねていく、そういう姿勢で仕事に臨んで頂きたいと思います。

第二は、関心領域を広く持って欲しいということです。皆さんは、大学での勉強や経歴などから、それぞれに、ご自身で得意と感じる分野、やってみたい仕事をお持ちではないかと思います。しかし、世の中は変化に富んでいます。皆さんのこれまでの人生はまだ二十数年、日本銀行でのこれからのキャリアはおそらくそれより長いものです。入行前の数年間の勉強や経験で、自らの可能性や活動領域を自己規定するのは、あまりにももったいないことです。もちろん、日本銀行でのキャリアを重ねていくなかで、皆さんの得意分野を活かしていくチャンスはたくさんありますし、同時に、未開拓の能力、新たな関心に気づくことも多くあると思います。

第三は、日本銀行外部の人々との接点、ネットワークを大切にして欲しいということです。中央銀行として取り組むべき課題が多様化、複雑化する中で、社会の信頼を得ていくには、世の中で起きていることを正確に認識すると同時に、対外的な説明を的確に行うことが一層重要になっています。そのために、組織として努力を積み重ねていくのは当然ですが、職員一人ひとりが外部と多様なネットワークを持ち、外部の人たちの関心や考え方を良く知っていること、信頼関係を築いていく力を持っていることが、最終的には組織の力に繋がっていきます。皆さんには、これから仕事を通じて知り合う人々から学び、信頼関係を大切にする人になって欲しいと思います。

皆さん、今日から社会人になって、生活のリズムや環境が大きく変わることと思います。健康管理には十分留意して、皆さん一人ひとりが元気に活躍されることを祈念しています。中央銀行の使命達成に向けて、一緒に頑張っていきましょう。