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【概要説明】通貨及び金融の調節に関する報告書

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参議院財政金融委員会における概要説明

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年3月28日

目次

はじめに

日本銀行は、毎年6月と12月に「通貨及び金融の調節に関する報告書」を国会に提出しております。平成24年度上期の報告書につきましては、昨年12月7日に提出いたしました。今回、わが国経済の動向と日本銀行の金融政策運営について詳しくご説明申し上げる機会を頂き、厚く御礼申し上げます。

わが国の経済金融情勢

最初に、わが国の経済金融情勢について、ご説明申し上げます。

わが国の景気は、海外経済の減速などを背景に、昨年夏場以降、弱めの動きとなっていましたが、このところ明るい兆しもみられるようになっています。日本銀行は、景気の現状について「下げ止まっている」と判断しています。こうした変化の背景にある要因としては、3点指摘することができます。

第1に、米国・中国などを中心に、海外経済が減速した状態から脱する兆しをみせ始めています。地域毎にみますと、米国経済は、バランスシート問題の重石が徐々に和らぐ中で、底堅さを増しつつ、緩やかな回復基調を続けています。雇用環境が改善傾向を辿るもとで、個人消費は緩やかな増加を続け、住宅投資も持ち直しの動きが明確になっています。これまで抑制されていた設備投資にも持ち直しの兆しが窺われます。中国経済は、輸出が一進一退の動きを続ける中、個人消費が堅調に推移し、インフラ投資が増加するなど、堅調な内需に支えられて減速局面を脱しつつあります。この間、欧州経済は、企業や家計のマインドの一段の悪化には歯止めがかかりつつあるものの、緊縮財政や金融面の引き締まりの影響もあって、設備投資や個人消費が減少するなど、緩やかな景気後退が続いています。

第2に、最近の円安・株高などを背景に、企業や家計のマインドが改善しています。国際金融資本市場についても、昨年夏場以降、欧州債務問題を巡る政策対応に一定の進展がみられたことや、本年初の米国の「財政の崖」が回避されたこともあって、投資家のリスク回避姿勢は後退した状態にあります。もっとも、キプロス支援を巡る状況や総選挙後のイタリア情勢に注目が集まるなど、欧州債務問題の今後の展開などに引き続き注意していく必要があると考えています。

第3に、エコカー補助金終了の反動や日中関係の影響など、景気の下押し圧力となっていた要因が剥落・減衰しています。

こうしたもとで、わが国の輸出は下げ止まりつつあります。設備投資は、非製造業に底堅さがみられるものの、全体として弱めとなっています。一方、公共投資は増加を続けており、住宅投資も持ち直し傾向にあります。個人消費は、高齢者需要などにも下支えされて、底堅く推移しています。以上の内外需要を反映して、鉱工業生産は下げ止まっています。

先行きについては、各種の経済対策が実行に移されることもあって国内需要が堅調に推移し、また、海外経済も減速した状態から次第に脱していくことなどを背景に、年央頃には、国内景気の持ち直しの動きははっきりしてくるとみています。

わが国の金融環境をみますと、緩和した状態にあります。金利面では、コールレートがきわめて低い水準で推移する中、企業の資金調達コストは低水準で推移しています。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、改善傾向が続いています。CP・社債市場でも、総じてみれば、良好な発行環境が続いています。資金需要面をみますと、運転資金や企業買収関連を中心に、増加の動きがみられています。こうした中、企業の資金繰りをみますと、総じてみれば、改善した状態にあります。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、概ねゼロ%となっています。目先数か月は、前年のエネルギー関連や耐久消費財の動きの反動からマイナスとなるとみられますが、その後は、わが国経済が緩やかな回復経路を辿るもとで、マクロ的な需給バランスは緩やかな改善基調を続け、消費者物価は緩やかな上昇傾向に転じていくと考えられます。

もとより、欧州債務問題の今後の展開や米国経済の回復力、新興国・資源国経済の持続的成長経路への円滑な移行の可能性、日中関係の影響など、日本経済を巡る不確実性は引き続き大きい情勢です。最近の金融市場の動きは、世界経済が減速した状態を脱し、持ち直していくことを織り込んでいく動きとみられますが、今後、世界景気を取り巻く幾つかの不透明要因が順調に払拭されていくかどうか、引き続き注意深く点検して参ります。

金融政策運営

次に、日本銀行の金融政策運営について、ご説明申し上げます。

日本経済は、15年近くも、デフレに苦しんできました。これは世界的に見ても異例なことです。物価が下落する中で、賃金・収益が圧縮され、投資・消費が減少することで、更なる物価下落に陥るという悪循環は、日本経済を劣化させています。デフレからの早期脱却は、日本経済が抱えている最大の課題です。

物価安定は中央銀行の責務であり、デフレ脱却における日本銀行の役割は極めて重要です。日本銀行は、これまでゼロ金利政策や量的緩和政策を行ったほか、最近では、包括的な金融緩和政策を通じた金融緩和の推進、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援といった様々な取り組みを行ってきましたが、デフレ脱却には至りませんでした。もとより、わが国の物価の低下圧力を与える要因としては、海外からの安値輸入品の増加、規制緩和などに伴う流通の効率化、それらと相まって生じた企業の低価格戦略や家計の低価格指向の拡がりなど、国内外に多々あります。しかし、そうした影響に対抗して物価の安定を実現するのが中央銀行としての日本銀行の責務です。実際、世界中で、これほど長期間にわたってデフレが続いている国はほかにありません。政府が「大胆な金融緩和」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」から成る「3本の矢」でデフレ脱却と経済再生を実現する方針を明らかにし、緊急経済対策などの対応を迅速にとったことが好感され、景気回復の期待を先取りするかたちで株価も回復し始めています。

なかでも、本年1月の「共同声明」は、政府・日本銀行が、それぞれの課題を明確に設定し、責任を持ってそれを実現することを宣言したものであり、デフレ脱却と持続的な経済成長の実現に向けた大きな一歩です。日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率で2%という「物価安定の目標」を導入し、この目標のもと、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指すことを決定しました。日本銀行としては、この「物価安定の目標」を一日も早く実現することが、何よりも重要な使命であると考えています。

これまで、日本銀行は、デフレ脱却に向け、国債だけでなく、社債、CP、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)など様々な資産を買い入れてきました。これは中央銀行の伝統的な手法を踏み越えたものですが、その規模や具体的な買入対象等については、「できるだけ早期に2%の物価上昇を実現する」という強いコミットメントを実現するために十分なものとは言えません。量的にも、質的にも大胆な金融緩和を推進していく必要があると考えています。

また、金利引下げ余地が乏しい現状では、金融政策運営において、市場の期待に働きかけることが不可欠です。市場とのコミュニケーションを通じて、デフレ脱却に向け「やれることは何でもやる」という姿勢を明確に打ち出していきたいと考えています。

さらに、政府との連携確保も重要です。金融政策は、政府の経済政策と整合性をもって運営することで、より高い効果を発揮できるものです。政府と日本銀行の「共同声明」では、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現に向け、政府および日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組むことを明記しています。また、政府は、機動的な財政政策、成長力・競争力強化、中長期的な財政健全化に取り組むこととされています。もとより、日本銀行は、自らの責任において、「物価安定の目標」の早期実現を目指して金融緩和を推進するものです。ただ、金融緩和と並行して、政府が「実需」を作り出し、消費・投資の拡大を通じて賃金・雇用を改善することができれば、そこから更なる物価上昇につながる好循環も期待できます。その際、財政運営への信認低下による金利上昇を避けるため、中長期的な財政健全化に取り組むことも重要です。「共同声明」に沿った政府の取り組みを期待したいと思います。

今後の具体的な金融政策運営については、政策委員会・金融政策決定会合において、経済・物価情勢の点検を通じて市場への影響なども見極めつつ、日本銀行が持つ全ての機能を最大限に活用し、何が最も効果的であるかを検討して参ります。

ありがとうございました。