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【講演】「アジアの世紀」の実現に向けて

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国際交流会議「アジアの未来」における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年5月24日

目次

1.はじめに

おはようございます。日本銀行の黒田です。本日、この「アジアの未来」のシンポジウムでお話をする機会を賜り、まことに光栄に存じます。

私は、45年間に亘る職業人生の中で、財務省、一橋大学、アジア開発銀行、日本銀行と籍を置く組織を変えながらも、常にアジアと正面から向き合って参りました。そうした経験を踏まえたうえで、本日は、アジア諸国の経済動向について述べた後で、「アジアの世紀」実現に向けた課題とその対応について、わが国が果たすことが出来る貢献を含めてお話したいと思います。

2.アジア諸国の経済動向-成長の原動力-

リーマンショックを発端とした世界的な金融危機以降、先進国の経済不振が長期化する中でも、アジア諸国経済は、減速したとはいえ、他のどの地域よりも高い成長を保っています。中でも、ASEAN経済は、昨年、経済成長率を一段と高めるなど、好調が目立っています。

アジアの経済成長の原動力として、私は三つの点を指摘したいと思います。第一は、サプライチェーンの高度化です。アジア域内では、企業の進出を通じて、完成品のみならず、素材や中間財を含めて幅広い裾野でネットワーク化が進展しており、それらが一体となって高い国際競争力を実現しています。

第二は、そうしたネットワーク化を実現している重要な背景として、域内外との積極的なFTA締結を通じた貿易の自由化が進展していることです。この点は、特に韓国やASEAN諸国が進んでいます。実際、例えば、ASEANの貿易の伸び率は、域内外ともに世界貿易の伸び率を大きく上回っています。

第三は、今申し上げた二つの点と関係しますが、生産活動の拡大に伴って所得が増加しており、内需が自律的な拡大基調にあることです。こうした内需の高まりは、これまでの外需依存型の経済成長モデルからのリバランスの動きと捉えることが出来ます。特に中国における「成長の質」を重視した経済リバランスの動きは、同国における持続的成長実現のために不可避のものであり、かつアジア域内全体にとっても大変重要なインプリケーションを持つものと言えます。

以上申し上げた三つの点は、相互に作用し合うものです。「ファクトリー・アジア」(製造拠点としてのアジア)から「コンシューマー・アジア」(消費地としてのアジア)への転換は、サプライチェーンという供給システムのあり方に変化を促すものであり、アジア域内で新たな需要を掘り起こし、新しい産業を発展させていくことが期待されます。

3.「アジアの世紀」の実現に向けて-「中所得の罠」に陥らないために-

30年、40年先を見ても、アジア経済には、輝かしい未来が待っていると言えるでしょう。私がこの春まで総裁を務めていたアジア開発銀行は、2011年に「アジア2050-アジアの世紀は実現するか」と題する報告書を発表しました。同報告書は、「現在のような成長が続けば、2050年までにアジアが世界のGDPに占める構成比が現在のほぼ倍となる5割程度に達する」との見通しを示しました。

しかし、そうした成功は約束されているものではありません。そこまでの道のりは平たんではないでしょうし、これまでと同じ対応を繰り返せば良いというものでもありません。同報告書では、アジア諸国が政策課題をタイムリーに実行に移せないと、高成長国が「中所得の罠」に陥り、低・中成長国のどの国も経済が改善しないという悲観シナリオも提示し、警告を発しています。

この「中所得の罠」とは、元々は、ラテンアメリカやアフリカなど天然資源の豊富な国が、資源を開発し、輸出することで中所得国に移行した後、先進国になれていないことを指すものでした。アジアでは、天然資源の開発だけに頼るのではなく、労働力という人的資源の豊富さを源泉に製造業が輸出で収入を増やし、低所得国から中所得国に辿り付いた経緯があります。しかし、問題は、農村の余剰労働力が減少し、賃金の上昇圧力が高まる「ルイスの転換点」を通過した後も、相応に高めの成長を安定的に実現できるかどうかです。アジアで戦後に一人当たり年間国民所得が1万ドル以上の先進国になった経済地域は、日本以外では、「四匹の虎」(韓国、台湾、香港、シンガポール)しかありません。このことは、低所得国から中所得国になるのに比べて、中所得国から先進国になることが如何に難しいかを物語っています。

私は、「中所得の罠」の問題の核心は、成長のフロンティアが存在するか、そのフロンティアを活用する内生的メカニズムが備わっているか、にあると考えています。成長のフロンティアがアジアに存在することについては、冒頭申し上げました。ですから、「罠」に陥らないようにするためには、そのフロンティアを活用するために、健全なマクロ経済政策運営は言うまでもなく、構造改革により、労働、資本、技術革新の生産要素を向上させ、潜在成長率を引上げていく、不断の努力が求められます。具体的な取組みの内容は、各国が置かれた状況によって異なるでしょうし、自助努力が基本となります。しかし、どの国にとっても、規制改革を進めて、イノベーションを促す環境を作り上げていくのと同時に、経済ガバナンスを強化し、社会の透明性・公平性を確保していくことが重要でしょう。加えて、教育水準の向上により、人的資本の更なる高度化を進めていくことも必要です。私自身は、アジアは、それを実現することが出来ると確信しています。

4.アジアにおける地域金融協力の強化

「アジアの世紀」を実現するうえでは、域内および世界経済の安定に如何に貢献できるかという点も問われるでしょう。アジア地域全体として取り組むべきことは、数多く存在します。私からは、その中の建設的な取組みの一つとして、中央銀行総裁の立場から地域金融協力の強化という点を述べたいと思います。

アジア諸国経済がネットワーク化し、貿易・投資の両面でグローバルに開かれていく中では、他地域で金融危機のようなショックが発生した場合にそれが伝播する度合いも大きくなっていると考えられます。また、自らが世界の経済や金融システムを脅かす震源地とならないことも重要です。

ショックに対する耐性を向上させるためには、金融システムの健全性を強化しつつ、域外資本だけに依存しない金融仲介メカニズムを育成していくことが求められます。更には、国際的な金融危機への備えとしてのセーフティ・ネットの拡充も重要な課題です。

その点、アジアの中央銀行・監督当局は、金融監督の実効性を上げるべく、活発に意見交換を実施し、知見共有の努力を続けています。また、アジア域内に豊富に存在する貯蓄を域内で有効に活用するために、現地通貨建て債券市場の育成にも連携して取り組んでいます。域内の国際金融セーフティ・ネットの強化という点では、いわゆるチェンマイイニシアチブの強化に向けた作業が着実に進展しています。アジアの金融システムが強化されれば、世界金融の新たな枠組みやガバナンスのシステムを構築するうえで、アジアがさらに重要な役割を果たすことに繋がるものと期待されます。

5.結びに代えて-日本の貢献-

最後に、それでは日本は、「アジアの世紀」の実現のために何が出来るのでしょうか。この問いに対する答えは、一つではないと思います。先程述べたように、日本は、貿易投資に加えて金融面での協力を通じた貢献が出来ます。また、日本が、アジアの一員として地域統合・地域協力のダイナミズムに自らを組み込みつつ、成長力を高めていくことは、日本にとってもアジアの他の地域にとっても、互いにとって利益になると思います。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、出来るだけ早期に実現するため、4月初の金融政策決定会合において「量的・質的金融緩和」を導入しました。日本が15年に及んだデフレの圧力を跳ね返し、再び経済の活力を取り戻して「アジアの世紀」実現にしっかりと貢献できるよう、日本銀行としても引続き努力していきたいと考えています。