このページの本文へ移動

【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

English

釧路市金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2013年9月19日

目次

1.はじめに

本日は釧路・道東地域の各界における皆様と懇談をさせて頂く機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から日本銀行釧路支店の様々な業務運営に対するご支援を頂いております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

釧路支店は、本年5月に営業所を移転しました。新営業所では、建物全体への免震構造の導入などにより業務継続体制を強化したほか、地域の皆様に親しんで頂けるように、地元の道産材を使った広報ゾーンや展示室も設けております。これを機に、当地域における中央銀行サービスのより一層の充実を図っていく所存ですので、皆様の更なるご支援とご協力を賜ることができましたら大変幸いに存じます。

さて、本日は、まず私から、内外の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策につきまして、日本銀行ならびに私の考えをお話させて頂きます。その後、皆様方から、当地の実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.内外経済の現状判断と先行き見通し

(1)海外経済は徐々に持ち直しに向かう

まず、海外経済については、一部に緩慢な動きもみられていますが、全体としては徐々に持ち直しに向かっています。大枠としては、新興国・資源国経済がひと頃に比べて勢いを落としている一方で、先進国経済の改善基調が続いている状況です(図表1)。

米国経済は、堅調な民需を背景に、緩やかな回復基調が続いています。こうした中で、住宅市場、労働市場の改善傾向がより明確になっています。ユーロ圏経済は、依然低調な状態が続いてはいますが、輸出の底入れや企業・消費者マインドの改善を背景に、4−6月期の実質GDPが7四半期ぶりにプラス成長に転じるなど、足もとでは下げ止まっています。中国経済は、底堅い内需を背景に安定した成長が続いていますが、素材分野での在庫調整や輸出の軟調などから、ひと頃に比べれば増勢が鈍化しており、これが他のアジア地域の景気にある程度の抑制効果をもたらしているとみられます。また、米国金融政策を巡る思惑もあって、経常赤字国を中心とした一部の新興国・資源国で通貨安・株安となり、これが各国金融市場のタイト化や物価上昇を通じて景気の下押し圧力となっています(図表2)。

このように、海外経済の現状は、地域ごとにかなりのばらつきがありますが、先行きについても、全体としては次第に持ち直していくものと考えられます。新興国・資源国では、総じてみれば減速傾向が当面持続することが見込まれる一方で、米国では財政面からの景気抑制効果が徐々に和らぎ、緩和的な金融環境にも助けられて持ち直し傾向を強め、世界経済全体をけん引していくことが期待されます。

(2)国内景気は緩やかに回復している

国内景気の現状については、緩やかに回復していると判断しています。日本経済は年明け以降、内需が主なけん引役となり、1−3月期の実質GDPは前期比年率+4.1%、4−6月期にも同+3.8%と高めの成長率を記録しています(図表3)。

まず、先ほど述べました海外経済の持ち直しに向けた動きなどにより、輸出は持ち直し傾向にあります。また、昨年末以降の株高の効果などにも助けられた消費者マインドの改善や、雇用・所得環境に改善の動きがみられるなかで、個人消費は底堅く推移しています。さらに、設備投資は、企業収益が改善するなかで持ち直しつつあります。こうした内外需を反映して、生産は緩やかに増加しています。

先行きについては、企業収益の改善が続く中、設備投資は緩やかな増加基調をたどり、雇用・所得環境の改善傾向も次第に明確になっていくなど、国内景気は広がりを見せつつ、緩やかに回復していくと考えられます。

また、物価については、足もとで改善傾向が目立っています。6月の全国消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は14ヶ月ぶりにプラスとなり、7月にはプラス幅を幾分拡大しています。景気回復に伴う需給の改善と予想物価上昇率の上昇を背景に、先行きの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、プラス幅を次第に拡大していくことが見込まれます。

このような日本経済及び物価の見通しを、日本銀行が7月に公表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」の中間評価における政策委員見通しの中央値で確認すると、実質GDP成長率は2013年度に+2.8%と高水準となった後、予測の前提としている2度の消費税率引き上げによる振れの影響を受けつつも、2014年度は+1.3%となお比較的高めの水準が維持され、2015年度には+1.5%と再び水準を切り上げることが見込まれています。また、消費税率引き上げの影響を除いた消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、2013年度に+0.6%、2014年度に+1.3%、2015年度に+1.9%と着実にプラス幅を拡大させていくと見込まれています(図表4)。

3.経済見通しの下方リスク

(1)海外経済を巡る不確実性

以上の経済・物価見通しのメインシナリオに関して、私自身も、日本経済の先行きについては、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、基本的に景気の前向きな循環が維持されていくと考えています。但し、個人的には、下振れリスクの方をやや大きめに考えています。その主な理由は、海外経済、なかでも新興国経済を巡る不確実性の高まりにあります。

IMFの世界経済見通しの最近の修正状況を振り返ってみますと、2012年4月時点で予想されていた成長見通しは、その後、下方修正を続けています(図表5)。当初は十分に予見されていなかった新興国経済の減速が、その背景にあると考えられます。さらに、最近、一部の新興国・資源国において通貨安・株安が長引いている背景には、過大な成長期待を背景にリーマン・ショック後に形成されていった経済・金融面での不均衡の調整という側面があるように思います。こうした不均衡の形成は、新興国・資源国の民間部門における債務の累積に端的に表れていると思います。世界銀行のデータでみると、低中所得国の民間部門向け与信のGDP比率が2009年頃から顕著に水準を切り上げていることが確認できます(図表6)。

他方で、米国経済を中心とした先進国経済が、新興国経済の減速をカバーしつつ、この先世界経済を十分に下支えできるかについても、不確実性が残っています。この観点から、特に足もとの米国の長期金利や原油価格の動向、米国の労働生産性上昇率の低下に注目しています。米国の本年前半の非農業部門の労働生産性上昇率は前年比ほぼ横ばいにとどまりました(図表7)。これは過去の年間値と比較すると、1993年以来の低水準です。労働生産性上昇率のトレンドが低下している場合には、安定した雇用増加が続いても、先行きの所得増加期待は容易に高まらず、米国経済の先行きを大きく左右する個人消費になかなか力強さが戻らないことも考えられるため、その動向を注視していきたいと思います。

(2)円高修正・株高の効果と設備投資動向

日本経済の下方リスクという観点からは、こうした海外経済の下振れリスクのほかに、消費や住宅投資あるいは公共投資に比べるとやや出遅れ感があった設備投資が今後どの程度伸びるか、基本給を中心に賃金がどの程度増加し、消費増加の持続性を高めるかという点を注視しています。

足もとの国内景気については、雇用増加や設備投資の持ち直しの動きなど、改善傾向にようやく広がりが出てきたと考えられます。しかしその半面、個人的には、これまで個人消費と輸出を押し上げ、景気の回復過程で先導役を果たしてきた円高修正・株高の効果に鈍化の兆しがみられ始めているように思います。その中で、個人消費がけん引役を果たす形で経済が急速に改善するという、従来とはやや異質な景気回復のパターンが、比較的通常の景気回復のパターンへと徐々に変化しつつあるようにも思われます。

具体的には、まず、個人消費については、GDP統計ベースや消費者コンフィデンス関連指標でみると、概ね堅調を維持しているようにみえます。ただ、他方で、需要側の統計でみると、家計調査統計の実質消費支出は、1−3月に大きく水準を切り上げた後、7月にはほぼ昨年末の水準まで低下するなど、株高の資産効果等による消費の刺激効果が薄れ始めている兆しも窺われます。この先、消費の拡大傾向に一服感が生じてこないか注視していきたいと思っています。

また、輸出についても、持ち直し傾向にあるものの、7月の実質輸出が大きく減少したことや、PMI製造業指数の輸出受注指数における改善の動きが一服していること、さらには先ほど述べました海外経済を巡る不確実性なども踏まえると、この先の輸出環境は従来ほどの改善が期待できない可能性もあると思います。

こうした中で、今後、設備投資がどの程度伸びるかが重要になります(図表8)。この点、企業収益が改善する中、4−6月の法人企業統計の設備投資が過去2四半期に比べプラス幅を拡大したほか、6月短観の設備投資計画をみると先行きはしっかりとした増加が見込まれていますが、さらにハードデータを確認していく必要があると考えています。

4.物価・賃金動向

次に、私自身の物価・賃金動向に関する見方について、少し敷衍してご説明します。

現在、日本銀行は、消費者物価上昇率で2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する目標を掲げています。本年2月の金融経済懇談会でも申し上げましたが、私自身、2%の「物価安定の目標」という日本銀行の決定に対する信認を強めることは、デフレ脱却に向けて重要であると考えています。ただ、後述する金融政策運営に関する私の提案とも関連しますが、肝心なのは2年間で2%を達成することではなく、日本銀行の金融政策の最終目標といえる「国民経済の健全な発展」の実現に向けた動きを後押しし、経済が上向いていく結果として、物価の上昇幅が緩やかに拡大していくことだと考えています。

足もとの物価上昇には、宿泊料上昇など一部に需要増加を背景とした要素も含まれるものの、これまでのところ、電気料金引き上げや石油製品の上昇など、エネルギー価格上昇や為替相場の変動の影響といったそれ以外の要因を反映している面も大きいと考えられます(図表9)。しかし、経済の改善と一体で進む持続的な物価上昇を実現するためには、賃金の上昇、とりわけ所定内給与の上昇が鍵を握ると考えています。この点、所定内給与は足もとでも依然として下落を続けています(図表10)。賞与等の一時金の引き上げを実施した大手企業でも、固定費用の性格が強い基本給の引き上げにはなお慎重と見受けられます。今後は大手企業で基本給の引き上げを実施するところが出てくるかもしれませんが、賃金全体の方向性を大きく左右するのは中小企業です。企業部門全体で基本給も含めて賃金を積極的に引き上げる動きが広がり、それが基調的な物価押し上げにつながっていくためには、先行きの成長期待の高まりを通じて、労働需給がさらに改善していくことが必要と考えられます。また、雇用・賃金は景気に遅行するため、賃金の上昇を伴いながら物価上昇率が高まっていくまでには、相応の時間がかかるとみています。

ただ、時間の経過とともに賃金と物価がバランス良く上昇していく局面に至っても、現在の海外の物価環境を考え合わせると、私自身は物価の上昇はなお緩やかなペースで進むのではないかとみています。OECDのデータによると、日本の物価上昇率は、海外先進国と長期にわたり連動性を維持しながら、一貫して低位で推移してきました(図表11)。日本の消費者物価上昇率は、バブル期を含む1982年から1997年の15年間の年平均でみても、物価の下落時期を含む1998年から直近2013年までの15年間の年平均でみても、G7平均対比でいずれも2%ポイント程度低い水準となっています。また、海外先進国でディスインフレ傾向が現在も続いている点も踏まえると、日本の物価上昇率に下向きの圧力がかかりやすい状況がなお続いている可能性もあると考えています1

  1. わが国インフレ率の歴史的推移と他国との比較については、本年2月の神奈川県金融経済懇談会における挨拶要旨「わが国経済・物価動向と今後の金融政策」もご参照ください。

5.金融政策運営

日本銀行が本年4月3−4日の金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」を導入してから、既に半年近くが経ちました。これまでのところ、「量的・質的金融緩和」は日本経済に好影響をもたらしていると思います。一方で、私自身は、「量的・質的金融緩和」の具体的な施策には賛成しつつも、政策委員会の中では少数意見ですが、対外公表文の修正議案を提出し続けています。以下では、「量的・質的金融緩和」の概要、導入の経緯等を説明した上で、私の修正議案の趣旨ならびに幾つかの論点に関する私自身の見方についてお話したいと思います。

(1)「量的・質的金融緩和」の導入

日本銀行は、消費者物価上昇率で2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」というこれまでとは次元の違う金融緩和政策を導入しました(図表12)。「量的・質的金融緩和」は、「量的・質的」という言葉で表わされているとおり、日本銀行のバランスシートの「量」の拡大と「質」の変化の両面を通じて、デフレから脱却することを狙いとしています。

第1に、「量」の側面から、長期国債を中心とした各種資産の買入れにより、マネタリーベースを、2012年末の138兆円から2014年末の270兆円へと、2年間で2倍に拡大することを目指しています(図表13、14)。

第2に、「質」の側面から、長期国債の買入れの対象を全ての年限に拡大しました。この結果、日本銀行が買い入れる長期国債の平均残存期間は7年程度と、これまでの2倍以上に長くなっています。イールドカーブ全般に働きかけることによって、金融環境や実体経済に対する政策の効果が強まることが期待されます。また、リスク資産のプレミアムに働きかけるため、ETFとJ−REITの買入れ規模を拡大しています。

日本銀行が、相応の副作用を認識しながらも「量的・質的金融緩和」の導入に果断に踏み切った背景には、実体経済や金融市場に次第に前向きな動きが現れ始めていた中で、金融政策の大きな転換を通じて金融市場や家計・企業などの期待形成に好影響を与え、その政策効果を最大限に高めることが出来る絶好の機会である、との判断がありました。

今後は、企業収益や雇用・賃金の増加を伴いながら実体経済がバランスよく改善する下で、物価上昇率が徐々に高まっていく、という好循環をしっかりと後押ししていくことが大切だと思います。この点、民間の経済主体の前向きな動きを引き出し、日本経済の成長力を強化することにつながるような経済政策が併せて講じられていけば、こうした好循環がさらに強まるものと期待しています。

日本銀行では、「量的・質的金融緩和」で極めて緩和的な金融環境を創出していることに加えて、こうした動きを金融面からさらに後押しする措置として、「貸出支援基金」という資金供給手段も設けております。同基金は、日本経済の成長基盤強化に資する貸出について資金供給する「成長基盤強化支援」と、金融機関の貸出増加に向けた取り組みを支援するため、貸出増加額についてその全額を低利・長期で資金供給する「貸出増加支援」の2本立てで構成されており、成長性の高い企業や事業分野の資金需要の発掘に向けた金融機関の取り組みを促進することを狙いとしています。

(2)対外公表文の修正議案について

修正議案の提出

ところで、私自身は、日本銀行の金融政策の最終目標といえる「国民経済の健全な発展」の実現に向けて、日本経済の流れをゆっくりとでも着実に良い方向へと変えるきっかけを作りだすために、「量的・質的金融緩和」の具体的な施策には賛成しましたが、4月3−4日の金融政策決定会合において賛成多数で決定された「『量的・質的金融緩和』の導入について」と題する対外公表文については、修正を提案しました。

決定された対外公表文では、「日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」、「『量的・質的金融緩和』は、2%の『物価安定の目標』の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続する」としています。

しかし、前述した私自身の物価に関する見方に照らしてみますと、2年程度という短期間で2%という高い水準の「物価安定の目標」を達成することを目指すのは必ずしも最適ではないと考えました。さらに重要なこととして、以下で説明しますように、2%の「物価安定の目標」について、「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」、「量的・質的金融緩和」は「これを安定的に持続するために必要な時点まで継続する」という、2つのコミットメントの組み合わせには、「量的・質的金融緩和」の副作用を高めてしまう潜在的なリスクが内包されている、とも考えました。

そのため私は、2%の「物価安定の目標」の達成時期、および「量的・質的金融緩和」の継続期間について修正を提案し、9月4−5日に開かれた直近の会合まで毎回同じ趣旨の修正議案を提出し続けています。

修正議案のポイント

修正議案では、「日本銀行は、中長期的に2%の『物価安定の目標』の実現を目指す。そのうえで、『量的・質的金融緩和』を2年間程度の集中対応措置と位置付け、その後柔軟に見直すこととする」と対外公表文を修正することを提案しています。この修正議案のポイントは2点あります。第1に、2%の「物価安定の目標」の達成時期を2年程度と限定していない点、第2に、「量的・質的金融緩和」の継続期間については2年程度を目途とし、その時点で必要に応じて柔軟に見直す、との考えを明確にしている点です。

既に4月3−4日会合の議事要旨で明らかにされていますが、このような修正を提案したのは、(1)2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭に置いて達成するには、大きな不確実性がある、(2)そうした中、「量的・質的金融緩和」が長期間にわたって継続するという期待が高まれば、同措置が前例のない規模の資産買入れであるだけに、金融面での不均衡形成などにつながる懸念がある、と考えたためです。同会合の議事要旨では、このほかの潜在的なリスクとして、財政ファイナンスの観測を高める可能性のほか、金融機関の収益を圧迫して金融システムの脆弱性を高める可能性、市場機能を大きく損なう可能性なども指摘されています。

こうした潜在的リスクを十分に認識した上でなお、私自身が「量的・質的金融緩和」の具体的な施策に賛成しているのは、政策で生じる経済的なプラス効果の大きさが、それに伴う潜在的なリスクないしは副作用の大きさを僅かでも上回っていると判断しているためです。しかし、仮に現在の大規模な緩和が長期化あるいは強化されれば、逆に副作用がプラス効果を上回る可能性が高まる惧れがあります。この点、現在のコミットメントのもとでは、金融市場の期待等の外部要因に影響されて、日本銀行の政策がそうした対応を余儀なくされる可能性も否定はできません。私が修正議案において「量的・質的金融緩和」を2年間程度の集中対応措置と位置付けているのも、こうした点に配慮し、「大規模な金融緩和の副作用が効果を上回ることがないか」ということを一定期間経過した後にしっかりと点検し、経済・金融情勢次第で柔軟に見直す環境を予め確保しておくことが適当、との判断に基づいています。

市場とのコミュニケーション

この修正議案は、市場と中央銀行との間のコミュニケーションの改善にも資すると考えています。

現時点では、2%の「物価安定の目標」を2年程度で達成するのは難しい、という見方が国内債券市場ではなお有力であると思います。このため、「物価安定の目標」の達成時期に関する日本銀行の情報発信との間には少なからぬギャップが存在しており、先行きの金融政策等に関する債券市場の予想を不安定化させる潜在的な要素となっていると私は考えています。この点、2%の「物価安定の目標」の達成時期を「2年程度」と特定せず、「中長期」に変更することで、先行きの景気・物価ならびに金利観に関して債券市場での自発的な期待形成が促され、市場と中央銀行との間のコミュニケーションの改善が図られるのではないかと考えています。これによって、債券市場の安定にも貢献すると考えています。

(3)財政健全化の重要性

次に、日本銀行の金融緩和と政府の財政健全化の関連について申し上げます。「量的・質的金融緩和」は、その非常に重要な部分に、長期国債を幅広く、しかも大量に購入することが含まれています。これ自体は、「物価安定の目標」の実現のために行っているものです。しかし、日本銀行による巨額の国債購入が続けられる中、そうした政策によって債券市場の安定が保たれるとの期待が過度に強まることなどを背景に、仮に歳入・歳出両面での構造改革を通じた財政健全化の動きが弱まる、あるいはそのような観測が市場に広まると、財政ファイナンスではないかといった懸念が持たれて長期金利が上昇し、財政状況を悪化させるとともに、「量的・質的金融緩和」の効果を大きく損なう可能性があります。この点は、他国と比較して財政状況が厳しい日本では、潜在的リスクとしてとりわけ注意を払う必要があります。本年1月の政府と日本銀行の「共同声明」でも示されたように、財政健全化策の遂行は、「量的・質的金融緩和」が成功するためのいわば重要な前提であり、日本経済がデフレから脱却し持続的な成長を達成する上で不可欠と考えています。

(4)政策ツールの組み合わせ

最後に、少し長い目で見た金融政策運営について、FRBの政策姿勢等も踏まえて、私自身の考えを述べたいと思います。

従来から、日本銀行の金融政策運営は、金利政策という伝統的政策と、資産買入れという非伝統的な政策との組み合わせで実施されてきました。この2つの政策ツールの運用についてFRBの例をみますと、資産買入れ策は名目金利の非負制約があるもとで経済・物価に上向きのモメンタムを生じさせ、その方向性に影響を与える手段と位置付ける一方、金利政策は経済・物価を望ましい水準へと誘導していく手段と位置付けている、と私は理解しています。米国でのこうした政策ツールの役割分担は、日本の先行きの金融政策を考える上でも、いずれ参考になるのではないかと考えています。

今後、「量的・質的金融緩和」の奏功で経済・物価情勢の改善がある程度順調に進んでいった場合、期待収益率の上昇などを通じてゼロ金利政策の経済効果は累積的に高まることが期待されます。将来、資産買入れ策を通じて経済・物価の拡大モメンタムが十分に高まってきた際には、こうしたゼロ金利政策の経済効果の高まりにも注意を払いながら、この2つの政策ツールについて、それぞれ異なる効果と副作用を十分に比較考量し、その最適な組み合わせを模索していくことが重要になるのではないかと考えています。

6.終わりに〜道東経済について〜

結びにあたり、道東地域の経済について、少しお話したいと思います。

当地域は、農林、水産、森林等の資源に恵まれており、それらを活かした水産加工、乳製品、製材、製紙といった産業に強みがあります。また、阿寒、大雪山、知床、釧路湿原の4つの国立公園という美しい自然環境に囲まれており、国の特別天然記念物であるマリモやタンチョウが生息しているなど、豊かな自然という観光資源も有しています。こうした中、一次産品や製品やサービスの高付加価値化が長年の課題として認識されているとのことですが、一方で、当地域には進取の気運に富んだ企業が多く存在すると聞いており、その意味で、当地域は大きな潜在力を持っていると思います。

実際に、最近では、(1)水産、酪農、林業における産業廃棄物の有効利用、(2)高度な水産加工技術と加工機械の開発、(3)旅館・運輸業における潜在需要の掘り起こし、(4)いわゆる6次産業化(第1次産業とこれに関連する第2次・第3次産業<加工・販売等>の一体的な業務展開)を海外展開と組み合わせる動きなど、当地企業による創意工夫に富んだ数多くの取り組みが進められていると伺っております。

また、地域金融機関においても、こうした1次産業関連の前向きな取り組みをサポートする動きとして、ABLを活用した融資の拡大や、農家へのアドバイザー機能の向上、商談会の主催等を通じた海外販路の開拓支援などに、積極的に取り組まれていると聞いております。

こうした多くの方々の創意工夫とご努力が早期に実を結び、今後、道東地域の経済が一層発展していくことを心より願っております。

ご清聴ありがとうございました。