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【講演】「量的・質的金融緩和」の目的とその達成のメカニズム

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中央大学経済研究所創立50周年記念公開講演会における講演

日本銀行副総裁 岩田 規久男
2013年10月18日

目次

1.はじめに

日本銀行の岩田でございます。本日は、中央大学経済研究所が1964年の創立から50年目を迎えられた記念行事の一環ということでお招き頂きました。

研究所の創立・運営に関わってこられた皆さま方に、心からのお祝いを申し上げるとともに、このような場でお話しする機会を頂きましたことに、深く感謝申し上げます。

日本銀行は、去る4月4日に、「量的・質的金融緩和」と呼ばれる政策を導入し、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することを決定しました。

本日の講演では、(1)なぜ日本銀行は2%の「物価安定の目標」の達成とその維持を目的としているのか、(2)「量的・質的金融緩和」政策はどのような経路を通じてその目的を達成・維持するのか、(3)実際に日本経済は日銀が想定している経路を歩んでいるのか、の3点についてご説明したいと思います。

2.2%のインフレ率を「物価安定の目標」とする理由

はじめに、なぜ日本銀行が2%というインフレ率の達成を目指すのか、その理由を説明したいと思います。

第一の理由は、「デフレは絶対に避けなければならない」ということです。デフレは、商品やサービスの価格下落を通じて企業収益を圧迫します。このため、より多くの商品やサービスを売らなければ負債の返済ができなくなります。言い換えると、負債の実質的な負担が増加するのです。負債の実質的な負担が増加すると、企業は資金調達を伴う設備投資に消極的になり、その結果として経済全体の生産と雇用需要が減るため、失業率が上昇し、賃金が下がり、人々の暮らしは貧しくなります。そして、デフレを絶対に避けるためのバッファーとしては、1%程度のインフレ率では必ずしも十分ではないということです。

第二の理由は、「消費者物価指数の上方バイアス」です。「物価安定の目標」が参照している指標は、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数)ですが、この指標には、相応の上方へのバイアス(偏り)が存在すると考えられています。

バイアスの原因については、消費者は一般的に、高くなった財やサービスの消費を減らし、安くなった財やサービスの消費を増やす傾向があるのに対し、消費者物価指数の改訂は5年毎に実施されるため、改訂までの間はそうした消費の構成変化が指数に反映されない、ということが指摘されています。

相応の上方バイアスの存在を前提にすれば、例えば消費者物価指数の前年比上昇率が1%であっても、実際のインフレ率は1%を下回る可能性があるということになります。つまり、1%程度のインフレ率を目標にしたのでは、実際にはデフレかそれに近い状況を目標にしていることになりかねません。したがって、消費者物価指数を参照指標とする場合、上方バイアスの存在も織り込んだ、少し高めの目標数値を設定する必要があるのです。

第三の理由としては、1990年代から最近にかけての先進国の実績をみると、2%程度のインフレ率を維持している国の経済が、経済成長率が高く失業率は低いという、良好なパフォーマンスを示していることが挙げられます。

こうしたことを踏まえれば、日本においても、2%程度のインフレ率を「物価安定の目標」とするのが適切であると考えられます。

3.「物価安定の目標」はどのようにして達成されるか

こうした考え方の下で、2%の「物価安定の目標」がまず設定されており、その目標を達成するために、日本銀行は現在、これまでとは次元の違う「量的・質的金融緩和」と呼ばれる政策に取り組んでいるわけです。言い換えると、「量的・質的金融緩和」とは、2%の物価安定目標を達成するための強力な手段である、と整理できます。

このような両者の関係をご理解いただいたうえで、次に、「量的・質的金融緩和」の実施によって、2%の物価安定目標がどのように達成されるのかという点についてお話しします。

(1)「量的・質的金融緩和」の二つの柱

「量的・質的金融緩和」は、次の二つを柱としています。第一の柱は、2%の物価安定目標の早期達成についての「コミットメント」です。すなわち、「2%の物価安定目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すること」について、日本銀行は「明確に約束している」ということです。

第二の柱は、第一の柱であるコミットメントを「具体的な行動で示す」ということです。具体的な行動は、「量的・質的」という言葉のとおり、日本銀行のバランスシートの「量」の拡大と「質」の変化の両面に表れています。

「量」の拡大とは、長期国債を中心とした各種資産の買入れにより、マネタリーベースを大量に供給することです。2012年末の138兆円から2014年末の270兆円へと、2年間で2倍に拡大することを目指しています。

「質」の変化とは、リスクのより大きな資産を購入することです。長期国債については、買入れの対象を全ての年限に拡大し、満期の長い銘柄も購入することとしました。この結果、日本銀行が買い入れる長期国債の平均残存期間は7年程度と、これまでの2倍以上になっています。全ての年限の金利、すなわちイールドカーブ全般に働きかけることによって、金融環境や実体経済に対する政策の効果が強まることが期待されます。また、資産価格のプレミアムに働きかけるため、ETFとJ−REITの買入れ規模も拡大しています。

(2)名目金利と予想インフレ率への働きかけ

こうした2本の柱から構成される「量的・質的金融緩和」は、名目金利と、金融市場で資産運用を行う市場参加者の予想インフレ率に対して、それぞれ次のような作用をもたらします。

まず、長期国債を中心とした各種資産の買入れにより、民間にお金を大量に供給することは、名目金利を引き下げる方向に働きます。

加えて、2%の物価安定目標にコミットした「量的・質的金融緩和」は、のちほどご説明するように、市場参加者の予想インフレ率を引き上げる方向に働きます。

「名目金利の低下圧力」と「予想インフレ率の上昇圧力」はいずれも、実体経済に重要な影響を及ぼす「予想実質金利」を引き下げる方向に作用します。なぜなら、予想実質金利とは、「名目金利から予想インフレ率を差し引いた数値」にあたるからです。

ただし、「予想インフレ率の上昇圧力」は、予想実質金利を引き下げる要因であると同時に、名目金利を引き上げる要因でもあることに留意する必要があります。デフレから脱却し、2%の物価安定目標を達成するためには、これからご説明するように、予想実質金利を低い水準に維持することが必要です。したがって、予想インフレ率の上昇を原因とする名目金利の上昇を、予想インフレ率の上昇よりも抑制することが重要になるわけです。

(3)なぜ予想インフレ率は上昇するのか

さきほど、「量的・質的金融緩和」が市場参加者の予想インフレ率を引き上げる方向に働くと申し上げました。

市場参加者の予想インフレ率が上昇するのは、日本銀行が2%の物価安定目標の達成を強く約束し、その目的達成のために民間に供給するお金(このお金は現金と金融機関が日銀に預けている当座預金の合計で、「マネタリーベース」と呼ばれます)の量を大幅に増やし続ければ、将来、銀行の貸出等が増え始め、その結果、世の中に多くの貨幣(貨幣とは現金と預金の合計です)が出回るようになる、と市場参加者が予想するようになるためです。将来、貨幣が増えれば、その貨幣の一部が物やサービスの購入に向けられるため、インフレ率は上昇するだろう、と予想されるわけです。

ここで重要なことは、銀行の貸出等を通じた貨幣の増加が現に起こっていないとしても、将来の貨幣の増加を見越して、予想インフレ率の上昇が起こり得るという点です。

では実際に、予想インフレ率はどうなっているのでしょうか。世の中の様々な主体による予想インフレ率を客観的に計測することはなかなか難しいのですが、例えば、金融市場で取引されている物価連動国債の金利を使って計測した予想インフレ率や、内外の調査機関・エコノミストの予想を平均した数字などをみると、「量的・質的金融緩和」の推進に伴って、徐々に上昇していることが窺えます。

また、日本銀行が行っている『生活意識アンケート』の最新の調査によると、消費税率引き上げの影響を除いて、1年後の物価が「上がる」と答えた人の比率は83%に達しており、家計の予想インフレ率も上昇していることがわかります(図表1)。

(4)予想インフレ率の上昇は株高や外貨高をもたらす

名目金利から予想インフレ率を差し引いた金利を、予想実質金利といいます。以下では、簡略化して単に「実質金利」ということにします。

名目金利が「見た目の金利」であるのに対し、実質金利とは、物価の動向を考慮して「実質的にどのくらいお金(購買力)が増えるのか」ということです。

将来、インフレになると予想されると、利息を生まない現金や、利息が固定されている預金や国債などの債券の将来における購買力は低下します。

例えば、国債の見た目の金利(名目金利)を0.5%とし、今後1年間の予想インフレ率を1%とすると、予想インフレ率を考慮した1年間の実質金利は、名目金利から予想インフレ率を差し引いたマイナス0.5%になります。これは、見た目の金利(名目金利)が0.5%でも、インフレ率が1%であれば、1年後にその国債から得られるお金の購買力は0.5%だけ低下するということを意味します。

現金の場合は、名目金利がそもそもゼロ%ですから、インフレ率が1%になると、1年後の現金の購買力は1%だけ低下します。

実際に、国債市場の金利から観察される実質金利の動きをみると、趨勢的な動きとしては、昨年末あたりから緩やかな低下傾向にあるといえます(図表2)。

このように、インフレになると予想されると、現金や利息が固定されている預金・債券の予想実質金利は低下します。つまり、それらを保有することは以前よりも不利になるわけです。

そこで、インフレを予想した市場参加者は、運用する資金を、現金や預金、あるいは国債などの債券から、インフレに強い株式(株式投資信託を含む)や土地・住宅(J-REITなどの不動産投資信託を含む)、あるいは円よりも金利の高い外貨建て資産に移そうとします。その結果、株価は上昇し、円安・外貨高になります(図表3)。

(5)消費や輸出の増加

株高と外貨高により、株式や外貨建て資産を持っている家計の資産価値は増加します。

最近の統計をみると、2013年6月末時点で家計が保有する金融資産は、前年に比べて全体で5%増加しています。内訳をみると、債券が9%減少する一方、株式・出資金は31%、投資信託は29%も増加しており、ご説明したような動きが実際に起こっていることが確認できます(図表4)。

保有する資産の価値が増加した家計は消費を増やす傾向があります。これを資産効果といいます。また、株価に代表される資産価格の上昇は、人々の気分(マインド)を明るくします。この気分の改善も、家計の消費を増やす要因です。実際に、本年入り後、家計の消費は増加しており、これには今申し上げたような資産効果やマインドの改善効果が強く働いているものと考えられます(図表5)。

また、外貨高の効果として輸出の増加はすぐに思い浮かびますが(図表6)、海外から日本への旅行者による国内サービス需要を増やす要因である点も見逃せません。実際に最近、海外からの旅行者は増えています(図表7)。

(6)設備投資の増加

こうした動きは、企業の設備投資にも、複数の経路を通じて前向きな動きをもたらします。

まず、家計の消費が増えれば、企業は消費の増加に応じて生産の増強を図る必要が出てくるため、設備投資に積極的になります。

株高や外貨高によって、他社株や外貨を保有する企業(主として輸出企業)の純資産価値が増大すること(バランスシートの改善)も、企業が設備投資を増やす要因となります(図表8・9)。野村證券の試算によると、金融業を除く上場企業1830社が保有する株式の含み益は、今年3月末から9月末にかけて3.7兆円(32%)も増加しているとのことです。

また、企業利益の増加による企業マインドの改善も、設備投資を増やす要因です。企業の売上高経常利益率は昨年から上昇を続けており、企業マインドも改善しています(図表10・11)。

設備投資の実際の動きをみると、GDP統計における民間企業設備投資は、今年第2四半期に前期比1.3%と5四半期ぶりのプラスに転換しました。法人企業統計では、全産業ベースで昨年第4四半期からプラスに転換しています。内訳をみると、製造業は今年第2四半期も前期比0.6%の減少となっていますが、その減少率は縮小しつつあります。一方、非製造業は、消費の増加に支えられて、今年第2四半期には前期比4.7%と大きく増加しています(図表12)。

キャッシュフローと設備投資の関係からみても、今後も設備投資は増加傾向をたどると予想されます(図表13)。

(7)産業構造の変化と設備投資主体の変化

ただし、製造業大企業については、2000年代前半の景気回復局面ほどには設備投資は増えない可能性があると考えています。

1990年代以降にみられた景気回復は、いずれも公共投資か輸出型の製造業の一方あるいは両方が主導したものでした。これに対して、今回の景気回復は、国内消費型の非製造業が主導しています。このことは、わが国の産業構造が他の主要国と同じように第3次産業化しつつあることを示唆しているように思われます(図表14)。

この点を考慮すると、今後は、主たる設備投資の担い手は、製造業から非製造業に次第に変化していく可能性があると思われます。設備投資による生産性向上の度合いを高める観点からは、医療・介護、あるいは6次産業化に取り組もうとしている農業など非製造業分野における規制緩和が重要となってくるでしょう。

また、第3次産業の舞台である都市を整備することも重要です。都市再生はリーディングセクターとなる産業の揺りかごを用意することにつながります。都市再生にかかわる容積率規制や土地利用規制の緩和が、成長戦略としても重要な課題になるでしょう。

したがって、このような成長戦略が採用されるのであれば、「量的・質的金融緩和」の効果はさらに大きくなる可能性があるものと思われます。

ただし、このことは、成長戦略がなければ2%の物価安定目標を達成できない、ということを意味するものではありません。日本銀行は2%の物価安定目標を達成するための強力な手段を持っているからです。ここで申し上げたいことは、成長戦略が成功すれば、同じ2%のインフレの下でも、より高い実質成長率が達成される、ということです。

(8)労働需給の改善と雇用者所得の増加

ともあれ、消費・投資・輸出・公共投資の各チャネルにおける需要の増加を受けて、今年第1四半期と第2四半期の実質国内総生産は、年率でそれぞれ4.1%および3.8%という高い伸びを示しました。第2四半期の成長(前期比0.9%)への寄与度は、家計の消費支出と輸出がそれぞれ0.4%ずつ、企業の設備投資と公共投資がそれぞれ0.2%ずつとなっています。

こうした状況の下、失業率は7月には3%台後半まで低下し、有効求人倍率も1に迫っており(8月は0.95倍)、労働需給は労働者に有利な方向に変化しています(図表15)。なお、8月の失業率は4.1%と7月よりも上昇しましたが、これは雇用環境の改善を背景に労働市場への参入が増加したり、よりよい職を求めて自発的に離職した人が増えたりしたためです。したがって、失業率の上昇は一時的現象と考えられます。9月の日銀短観でも、最近についても先行きについても雇用人員判断は不足超となっており、労働需給がタイト化していることがうかがえます。

賃金についても、所定内給与こそまだ増加に転じてはいませんが、雇用者数が増える一方で、時間外手当とボーナスが増えたため、雇用者全体の所得は増えています(図表16・17)。労働需給がタイト化していますから、今後は、賃金の一層の上昇が期待されます。

所得が増えると消費が増え、消費が増えると労働需給が改善して雇用所得が増え、それがさらに消費を増やすという好循環が生じてきます(図表18)。

(9)消費者物価の動向

物価の動向をみると、円安によって輸入製品やエネルギーの価格が上昇するだけでなく、堅調な消費を背景に、これまで下がり続けてきた耐久消費財などの価格下落幅も縮小し始めました。その結果、7月と8月の消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は、それぞれ0.7%と0.8%の上昇となっています。食料とエネルギーを除いたベースでみても、7月と8月の上昇率はともにマイナス0.1%と、今年の2月以降は下落率の縮小傾向にあります(図表19)。こうした最近の消費者物価の動きには、需給ギャップの縮小も寄与しています(図表20)。

このように、実際に消費者物価が上昇し始めると、家計や企業によるインフレ予想が強まるため、これまで述べたような消費や設備投資の増加が加速されます。また、実際のインフレ率の上昇は、予想インフレ率の上昇を通じて、フィリップス曲線を上方にシフトさせることになります(図表21)。

以上でご説明したような各種のデータから、日本経済は長いデフレから抜け出す過程にあり、景気は緩やかに回復していると判断されます。

今後も2%の物価安定目標の安定的な達成に向けた「量的・質的金融緩和」を継続していくことにより、景気回復の足取りはよりしっかりしたものになり、賃金の上昇を伴った2%程度のインフレが実現し、15年近く続いたデフレからの脱却が可能になると考えています。

4.超過準備とインフレ

ここで、やや視点を変えて、私たちの政策に対するひとつの批判、具体的には、「日本銀行がマネタリーベースを大量に供給しても、銀行の超過準備が積み上げるだけで貨幣が増えないから、インフレにはならない」という主張―いわゆる「超過準備豚積み説」―の妥当性について触れておきたいと思います。

まず、現実に起こったことをみてみますと、2006年3月9日の日銀による量的緩和解除は、わが国の国債市場から観察される予想インフレ率の低下をもたらしました(図表22)。

また、最近の米国でも、今年5月22日に行われたFRB議長の議会証言によって、量的緩和が近い将来に縮小される―より正確には、超過準備の増加ペースが抑制されるというだけのことなのですが―との予想が生まれた結果、名目金利の上昇、予想インフレ率の低下、予想実質金利の上昇が発生しました。逆に、今年9月18日の連邦公開市場委員会(FOMC)による量的緩和継続の決定は、名目金利の低下、予想インフレ率の上昇、予想実質金利の低下をもたらしたのです(図表23)。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それは、市場参加者が、マネタリーベースや超過準備の動向から中央銀行の金融政策レジームを判断し、将来の貨幣ストックや将来の金利およびインフレ率を予想するからです。

金利や予想インフレ率に影響するのは、中央銀行の金融政策レジームと、そのレジームを前提とした市場参加者の将来の貨幣ストックの予想であって、現在の貨幣ストックではありません。この意味で、「現在の貨幣ストックと物価との間に一対一の関係が成り立つ」という、素朴な貨幣数量説は現実に妥当しないでしょう。しかし、将来の貨幣ストックの経路に関する予想と予想インフレ率の間には密接な関係があり、そうして形成される予想インフレ率が現在のインフレ率を決定するのです。

5.リスク要因と金融政策

最後に、「量的・質的金融緩和」の効果を阻害するリスク要因について、簡単に触れておきたいと思います。

下押しリスクとして主に想定されるのは、海外の要因です。

ユーロ圏については、今年第2四半期にようやくマイナス成長から脱出した段階です。財政、金融および実体経済の三者間での負の相乗作用を遮断する制度が十分にできていないため、周辺国に端を発する市場環境の悪化等をきっかけに、ユーロ圏の景気が下振れし、日本からの輸出が減少する要因となる可能性も排除できません。

米国については、下押しリスクは低下しているものの、連邦政府の財政政策に関する不確実性は、米国の経済成長にとって重大な制約かつダウンサイドリスクの要因であり続けると思われます。債務上限規制の行方や緊縮的な財政政策の影響は不確実であり、今後の動向次第では金融市場および実体経済にとって追加的な下振れ要因となる可能性があります。

新興国についても、90年代後半のアジア金融危機のようなことが起こるリスクは小さいと思いますが、脆弱な経済構造を抱える国々を中心として、米国の量的緩和縮小観測などをきっかけに、資本の流出が通貨と株価の下落を誘発し、金融環境の悪化が成長の鈍化につながるというシナリオは、一応念頭に置いておかねばなりません。

中国の経済成長が今後どのような過程をたどるかということも、注視すべき要素のひとつです。

6.おわりに

金融緩和政策は国債、株式、外国為替のような資産市場には直ちに影響を及ぼしますが、生産、雇用、物価および賃金などの実体経済に及ぼすまでにはかなりの時間がかかります。日本銀行が「量的・質的金融緩和」を採用してからまだ6か月余りしかたっていないことを考慮すると、むしろ、実体経済への影響は従来よりも早く現れたといえます。それはおそらく、昨年11月中旬にアベノミクス構想が発表され、そのころからすでに「次元の異なる大胆な金融緩和政策」が期待され、投資家をはじめとする人々がその大胆な金融政策への転換を織り込んで行動し始めたためであると思います。つまり、「量的・質的金融緩和」の効果はすでに昨年11月中旬から始まっていたということです。実際に、昨年11月中旬から株高・円安の動きが始まっています。

そのように考えると、現在時点で、異次元の金融緩和の実質的な継続期間はすでに11か月になりますから、実体経済への影響が現在程度の規模になるのは自然なことです。

これまで、日本経済は日本銀行が想定している経路に沿って順調に回復してきましたが、金融緩和政策の実体経済への影響の遅れを考慮すると、「量的・質的金融緩和」が実体経済に本格的な良い影響を及ぼし始めるのは、いよいよこれからです。

海外要因など下振れリスクは存在しますが、「量的・質的金融緩和」を継続していくことにより、2年程度で15年近く続いたデフレから脱却し、賃金の上昇を伴った2%の物価安定目標を達成できると考えます。