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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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長野県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2013年11月13日

目次

1.はじめに

日本銀行の宮尾でございます。本日はお忙しい中、長野県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から本行松本支店および長野事務所の業務運営にご協力頂いておりまして、この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、緩やかな景気回復を続ける日本の経済・物価情勢を概観した後、金融政策についてご説明し、最後に長野県経済について若干触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のないご意見などお聞かせ頂ければと存じます。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)緩やかに回復しているわが国経済

わが国経済は、本年入り後に下げ止まったあと、金融緩和や各種経済対策の効果もあって国内需要が底堅く推移し、海外経済も徐々に持ち直しに向かうもとで、年央頃には緩やかな回復経路に復しました(図表1、2)。

足もとの動きをやや敷衍すると、外需については、中国以外の新興国・資源国経済の一部に弱めの動きがみられるものの、米国景気が堅調な民間需要を背景に緩やかな回復を続け、欧州景気が下げ止まり、中国経済も安定化してきているもとで、全体としては徐々に持ち直しに向かっています。こうした動きに加え、為替相場動向も下支えとなって、輸出は緩慢ながらも持ち直し傾向にあります。内需については、設備投資は、企業収益や業況感が改善する中で、これまで底堅く推移してきた非製造業に加えて、製造業についても前向きの動きがみられ始めており、全体として持ち直しています。公共投資は、各種経済対策の押し上げ効果が本格化するもとで、増加を続けているほか、住宅投資も増加しています。個人消費は、やや長い目でみて消費者マインドが改善傾向にあることや、最近では雇用・所得環境も改善していることから、堅調に推移しています。以上のような内外需要の動きを反映して、鉱工業生産は緩やかに増加しています。また、サービスや建設など非製造業の活動は、製造業の生産に比べて、改善の姿がより明確になっています。

先行きについては、緩やかな回復を続けるとみています(図表3)。やや敷衍しますと、海外経済は、先進国を中心に、次第に持ち直していくとみています。一部に弱さが窺われる中国以外の新興国・資源国についても、当面は成長に勢いを欠く状態が続くでしょうが、やや長い目でみれば、先進国経済の改善などに伴って、成長率は再び持ち直していくとみています。このもとで、輸出や鉱工業生産は緩やかに増加していくと予想しています。内需は堅調に推移するとみています。企業収益が改善を続けることに伴い、これまで先送りされていた維持更新投資の動きが広がることもあって、企業の設備投資の持ち直しが明確になるほか、雇用・所得環境の改善に支えられるかたちで個人消費の底堅さが続くなど、企業、家計双方の部門において、前向きな循環メカニズムがよりはっきりと働いていくとみています。

この間、物価については、エネルギー関連(石油・電気代)が上昇しているほか、個人消費が底堅く推移するもとで、コスト高を転嫁する動きがみられたこともあって、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は年央にプラスに転じ、最近は0%台後半となっています。先行きは、徐々にエネルギー関連による押し上げ圧力が弱まる一方、マクロ的な需給バランスが緩やかに改善するもとで、中長期的な予想物価上昇率も上昇していくとみられることから、引き続き上昇傾向を辿るとみています。

こうした見方は、4月の岐阜県金融経済懇談会の際にお示しした2%物価安定への道筋と今のところは概ね整合的とみています1。4月には、2%の目標を達成する道筋として、(1)世界経済の回復、(2)資産価格や為替レートを含む金融環境の緩和、(3)企業の設備投資や構造改革などを伴う潜在成長率の緩やかな上昇、(4)堅調な家計消費支出のもとでの需給ギャップの改善、(5)インフレ予想の緩やかな上昇というメカニズムを示し、その下で2014年度中に消費者物価が1%程度を超えて高まっていくことが重要であること、その後も(1)〜(5)の好循環が持続し、中長期的なトレンド・インフレ率も2%へ向けて高まっていけば、実際の物価上昇率も2%の目標に近づいていくことが期待できることをお伝えしました。その後、(1)の世界経済の回復はやや後ずれしている一方、(4)の家計消費支出がやや強いといった状況が生じていますが、総じてオントラックと判断して良いとみています。特に、個人消費や非製造業関連中心の回復は、波及する経済の裾野が広いだけに、物価上昇を幅広く支えていく可能性があります。

  1. 1 この点については、2013年4月18日の講演「わが国の経済・物価情勢と金融政策」(岐阜県金融経済懇談会)を参照下さい。

(2)経済・物価見通しに対するリスク

このようにわが国の景気は緩やかな回復を続けるとは思いますが、先行きの経済には以下にみるような上下双方向の不確実性があり、私自身は全体としてみればやや下振れリスクを意識しています。

第1に、海外経済の動向に関する不確実性があります。特に中国以外の新興国・資源国については、一部の国が経常収支赤字など構造的な問題を抱えており、下振れリスクがあります。また、米国の財政問題の帰趨によっては米国および世界経済の回復が後ずれする可能性がある点にも注意が必要と認識しています。

第2に、家計の雇用・所得動向です。先行きも国内需要が堅調さを維持していくためには、雇用・所得環境が消費を支えるという前向きな循環が持続していくかどうかがポイントです。この点、下振れリスクはある一方で、次節で述べるような上振れ方向のメカニズムが働く可能性もあるとみています。

第3に、消費税率引き上げの影響です。税率の引き上げは家計の実質可処分所得にマイナスの影響を及ぼしますが、政府における各種の経済対策などである程度は減殺されると思います。そのうえで、想定以上に経済を下振れさせるかどうかは、その時々の雇用・所得環境や物価動向によって変化するため注意が必要と認識しています。

第4に、企業や家計の中長期的な成長期待に不確実性があります。企業による需要の掘り起こしを伴うイノベーションや、規制・制度改革、税制改正の今後の展開などによって、上下双方向に変化する可能性があります。

(3)幾つかの論点

(イ)個人消費の持続性について

今回の景気回復の特徴は、従来の輸出・生産に牽引される外需主導型ではなく、個人消費などに牽引される内需主導型である点です(図表4)。ここでは特に個人消費の持続性という面に注目して、その背景や今後の展開を考えるうえで私自身が重要と考えている点を述べてみたいと思います。

(1)消費者マインドの改善:株価の上昇、雇用・所得環境の改善

堅調な消費者マインドは個人消費を支える要因のひとつです。その代表的な指標である消費者態度指数をみると、昨年末から大きく改善してきました。その理由として、同時期の株価の上昇がしばしば指摘されます(図表5)。株価動向を確認すると、企業収益の改善や一段と緩和的な金融環境を背景に、上昇傾向が維持されてきています。株高が家計マインドの改善を通じて消費に恩恵を及ぼすのは、株式を保有する富裕層やシニア層などに限られるという見方もありますが、消費意欲の旺盛な人々の支出を刺激してきていることは間違いなさそうです。またシニア層での資産効果は、孫のための消費や家族3世代での旅行需要など、勤労者世帯に波及している様子も窺われます2

より幅広く消費者マインドに影響を及ぼしうる要因として、雇用・所得環境が考えられます。例えば企業からの求人数が増えて就業者が増えれば、全体として所得見通しが改善して消費者心理も改善するでしょう。雇用・所得環境が改善すれば、人々の借入意欲が高まり支出を積極化する可能性もあります。実際、企業の求人数が求職数を何倍上回るかを測る有効求人倍率は、消費者態度指数との間に強い相関がみられます(図表6)。有効求人倍率や失業率といった雇用情勢は、リーマンショックにより落ち込んだ後、現在まで回復基調を継続しており、その傾向が続けば、消費者マインドは高水準で支えられると予想されます。

  1. 2 日本銀行「地域経済報告(さくらレポート、2013年10月)」では、各地域における最近の消費動向の特徴がまとめられています。
(2)所得の持続的な改善:労働生産性の上昇

労働生産性が高まることは、わが国の成長力のベースを高めることであり、より長い目でみた景気や所得の改善をサポートするうえで重要です。所得が持続的に改善するとの見通しが広がれば、消費の堅調さも継続するでしょう。この間、就業者一人当たり労働生産性は、緩やかながらも着実な伸びを続けてきており、その傾向は、リーマンショックや東日本大震災という大きなショックを経ても、粘り強く維持されてきました(図表7)。

業種別にみると、この2〜3年、非製造業の労働生産性がより高い伸びを示しています(図表8)。非製造業の労働生産性は、水準で見れば、製造業よりも低い位置にあります。また非製造業には、各種の規制などもあって付加価値を高めにくいセクターも残っています。しかし全体としては、非製造業の労働生産性は過去と比べて高めの伸びを続けており、リーマンショック前の水準も上回ってきています。生産性の動きには、循環的な景気回復の影響も含まれていますが、基調的には、やや長い目でみた成長力の高まりを反映している側面があります。例えば、卸・小売業、建設・不動産業、宿泊・飲食サービス業など幅広い分野で、高付加価値サービスなどの需要掘り起こしや積極的な設備投資などの取り組みが着実に進んできていることが、各地域からのヒアリング情報などからも窺われます3

最近の非製造業の労働生産性の基調的な動きをみると、個人消費と強い相関があります(図表9)。この解釈には注意が必要ですが、生産性の上昇により、所得が持続的に改善するとの見通しのもと、消費の伸びが高まってきている可能性があります。

また、非製造業の労働生産性の高まりは、消費の伸びを経由して、物価にも幅広く上昇圧力をかけている可能性があります。(図表10)。ここで生産性の高まりは、コストカットによる低価格競争の面(つまり物価に下落圧力が掛かる)よりも、付加価値や需要を増やす面が上回って、需給バランスが改善し、物価上昇率にプラスの影響を及ぼしているとみることができます4

製造業では、今のところ国内の付加価値をベースにした労働生産性は上昇が一服していますが、企業部門は、海外生産、海外設備投資、海外部品調達といった動きを強めており、グローバルに稼ぐ力を着実に高めてきています。製造業の企業収益は、為替動向の追い風もあって足もと伸びを高め、株価は非製造業と同様に堅調です(図表11、12)。また国全体の海外純所得は、既往ピークを上回っています(図表13)。所得収支の改善によって経常黒字を維持できれば、国全体の純資産は増えるため、消費にもプラスに働くでしょう。

  1. 3 日本銀行「地域経済報告(さくらレポート、2013年10月)」、日本銀行名古屋支店「当地非製造業における設備投資の特徴とその背景」(2013年10月18日)などを参照下さい。
  2. 4 生産性の上昇が、需給バランスを持続的に改善し、インフレ率に対してプラスの影響をもたらすという結果は、実証研究でも示されています(宮尾龍蔵「日本の景気変動要因:時系列分析からの視点」『現代経済学の潮流2011』(阿部顕三他編、東洋経済新報社、2011年)所収、第2章、p.35−65)

(ロ)人々のインフレ予想について:フォワードルッキングな予想形成

人々の予想インフレ率は、全体として上昇してきています。例えば、今年度あるいは今後1年間といった短期のインフレ予想をみると、家計、エコノミスト、市場参加者によるサーベイ調査など、多くの指標で徐々に高まってきています。また5年先や10年先といった中長期的なインフレ予想についても、エコノミストのサーベイ調査などで上昇してきています(図表14)。

将来のインフレ率に対して、人々はどのように予想を形成するでしょうか。一般に、将来の経済変数に対する予想には、大きく2つの考え方があります。1つは過去の実績を将来予想として直接用いるという考え方です(バックワードルッキングな予想形成)。例えば、単純に前期のインフレ率を予想インフレ率とみなすという考え方が典型的です。この場合、将来に対する予想は、過去のインフレ率の実績といった形で固定化されます。

もう1つは先々の経済の変動メカニズムに沿って将来のインフレ率を予想するという考え方(フォワードルッキングな予想形成)です。例えば、いま単純に「景気が良くなると物価が上昇する」というフィリップス曲線の関係に沿って考えてみます。この場合、成長力強化の取り組みや政策効果の浸透などによって、先行き景気の持続的な改善が続くという見通しが広まれば、将来時点の景気と物価の関係から、人々は将来物価が上昇すると予想する、つまりインフレ予想は高まることになります。この時企業サイドでは、先々の景気や売上見通しの改善を受けて、値下げ競争を緩和したり、コスト上昇を販売価格に上乗せしたりすることが可能となるでしょう。その結果、今期の物価に上昇圧力がかかりやすくなり、観察されるフィリップス曲線が上方にシフトする、あるいは傾きがより急になる、という効果が考えられます。

実際のインフレ予想の形成には、バックワードルッキングとフォワードルッキングの両方の側面が混在しているものとみられます(ハイブリッド型の予想形成)。日本では、経験的に、バックワードルッキングの側面が強いことが知られています。その一方で、政府と中央銀行は、現在、フォワードルッキングな予想に働きかける政策を強力に推進しています。政府は、財政出動とともに規制・制度改革などを推進して、成長期待を高めようとしています。日本銀行は、2%の物価安定目標を掲げ、その早期実現を目指して大規模な金融緩和を実施しており、景気回復が持続するよう金融面から強力な後押しを続けています。また企業部門でも、先に述べた非製造業のイノベーションや設備投資などが継続すれば、労働生産性は更に高まり、所得見通しの改善が続く可能性があります。

これらを合わせて考えると、景気の持続的な改善が続くとの見通しのもとで、フォワードルッキングな予想形成を指向する人々の割合が増える可能性があります。もちろん、それぞれの企業・家計を取り巻く環境は引き続き厳しい中で、今後このロジックが示すように進むかどうか不確実性はあります。しかしその一方で、消費や所得の持続的な改善を示唆するマクロデータやヒアリング情報、足もとの中長期的な予想インフレ率の緩やかな高まりは、この方向で日本経済全体が徐々に動き出していることを示唆しているようにもみえます。このメカニズムからも中長期的なインフレ予想が高まっていく可能性が相応にあると私自身はみています。

3.金融政策

(1)金融政策運営

以下では、4月に導入した「量的・質的金融緩和」の内容と現状の進捗状況をまず確認していきます(図表15、16、17、18)。

政策運営の枠組みは、第1に、マネタリーベースが、年間約60〜70兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行うことです。

第2に、長期国債について、保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加し、平均残存期間が7年程度となるよう買入れを行うことです。

第3に、ETFおよびJ−REITについて、保有残高が、それぞれ年間約1兆円、年間約300億円に相当するペースで増加するよう買入れを行うことです。

第4に、CP等、社債等について、本年末にそれぞれ2.2兆円、3.2兆円の残高まで買入れたあと、その残高を維持することです。

以上の措置で構成される「量的・質的金融緩和」を、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続します。また、その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行っていくこととしています。

この結果、ストック(残高)でみれば、マネタリーベースや長期国債・ETFの残高は、2年間で2倍になる見通しです。また、マネタリーベースの対名目GDP比は、2014年末には56%程度となる見込みです。これは、先進国では群を抜いて高くなるだけでなく、リーマンショック前との比較でも3倍以上に拡大することになります。

足もと2013年10月末の残高は、マネタリーベースが約189兆円、長期国債が約132兆円となっており、マネタリーベースの積み上げと資産買入れは順調に進捗しています。

(2)幾つかの論点

(イ)政策の効果

「量的・質的金融緩和」導入から半年が経ちましたが、各種政府の経済対策の効果と相まって、その効果については、金融市場の改善のみならず実体経済の改善という形でも現われてきているようにみえます。すなわち、金融市場では、長期金利が0.6%程度で低位安定しているほか、株価が年初から30%以上上昇し、欧州や米国の伸びを上回っています。金融機関のポートフォリオ・リバランスはまだ目立って進捗してはおりませんが、家計の投資信託等への投資は進んでいます。実体経済面においては、実質GDPが今年入り後、2四半期連続で高めの成長となりました。失業率は4%前後と、リーマンショック以前の水準にまで低下してきています。物価面では、食料およびエネルギーを除いたベースの消費者物価の前年比もゼロ%近くまで改善したほか、予想インフレ率も、マーケット指標や各種サーベイをみる限り、全体として上昇してきています。金融政策が実体経済や物価に効くまでにはタイムラグがあることを踏まえれば、こうした実体経済・物価面の改善には「量的・質的金融緩和」導入前までの累次に亘る金融政策の効果も影響していると考えられます。いずれにせよ、大規模な金融緩和を実施し、2%の「物価安定の目標」を安定的に持続するために必要な時点まで継続することで、実体経済や物価の改善を後押ししているとみられます。

なお、「量的・質的金融緩和」の実体経済・物価への効果の最終的な評価は、政策終了後まで待つ必要がありますが、2000年代の日本の量的緩和政策について私自身で実証的な分析を試みました5。その結果、暫定的ながら、景気(生産)に対しては相応の効果があり、その際、株価や為替レートなど資産価格を通じた波及ルートが機能していたとの実証結果が得られました。一方、物価に対する効果は、景気への効果ほど明確ではありませんでした。これは、1つの可能性として、政策による景気の改善に対して、物価の反応はそれほど大きくはない、つまり当時のフィリップス曲線の傾きがより緩やかだったと解釈できます。

このため、私自身は、前節で述べたようなメカニズムで、今回の「量的・質的金融緩和」によってフィリップス曲線の傾きがこれまでよりも急なものになるかどうか、あるいはフィリップス曲線自体が上方にシフトするかどうかがポイントだと思っています。今回の消費主導を中心とした景気回復において、フォワードルッキングなインフレ予想形成の力は、これまでよりも強く働く可能性があるとみています。政府や企業部門の前向きな取り組みも、景気が持続的に改善するとの見通しをより強めて、その力をサポートするでしょう。各経済主体の取り組みとともに、フィリップス曲線の傾きの変化や上方シフトが進んでいくかどうか、今後の動向をしっかり点検していきたいと思います。

  1. 5 分析や結果の詳細については、2013年5月28日の講演「未踏の領域にさらに踏み込む中央銀行」(日本外国特派員協会)を参照下さい。

(ロ)コミュニケーション

先進国の中央銀行は、政策運営に関する適切な情報発信を心がけ、透明性を高める努力を続けています。具体的には、(1)政策目標を数値で表現するなど明確化する、(2)政策判断のベースとなる先行きの経済見通しやリスクを説明する、(3)会合の議事要旨や記者会見などを通じて政策形成過程を公表する、(4)緩和継続のガイダンスなど、将来の政策運営や判断材料についても、必要に応じて情報発信を行う、といった取り組みです。これにより市場参加者や国民は、将来の政策を予測しやすくなり、それぞれの意思決定に活かすことができます。

一方で、経済や政策効果には不確実性があり、とりわけ非伝統的な政策を実施している現在において、市場や国民とのコミュニケーションには課題があることも事実です。米国では5月以降、景気回復の見通しのもと、年内に大規模資産買い入れの縮小(購入額を順次減少させていくとの見通しから"Tapering"と呼ばれます)を行う可能性が示唆され、その開始に必要な経済情勢や経済指標などに関する情報発信も強化されてきました。それに呼応して、市場は先行きの政策の正常化を急速に織り込んで、米国長期金利は大きく上昇しました。

その後、雇用回復ペースの緩慢さや財政協議の行き詰まりもあり、当初市場で有力視されていた9月の資産買入れの縮小は見送られました。FEDにとっては、想定以上に金利が上昇してしまい、景気回復をむしろ減殺するリスクを意識した可能性もあります。長期金利はその後若干低下しましたが、5月以前の水準と比べると、1%程度上昇した水準で推移しています。

FEDのコミュニケーションを巡る一連の経験は、将来の日本銀行にとっても示唆に富むものと思えます。日本銀行としては、引き続きより良いコミュニケーションを心掛けて参りたいと思います。

4.終わりに 〜長野県経済について〜

結びにあたり、当地の経済についてお話したいと思います。

長野県は、戦後、電気機械や一般機械、輸送用機械といった製造業を中心に発展してきましたが、こうした製造業のウェイトの高さを背景に、近年はリーマンショックや為替円高の影響を相対的に強く受ける結果ともなってきました。また、非製造業でも、地方自治体の財政再建に伴う公共事業の削減や、スキー人口の減少による観光客の落ち込みなどから、全体に厳しい状況が続いてきました。もっとも、足もとでは輸出の回復や公共工事の活発化などを背景として、製造業・非製造業ともに、緩やかな持ち直しに向かう動きがみられています。

長野県は、ものづくりにおける高度な技術力や豊富な観光・農業資源など、多くの「強み」を持っています。また、県民の平均寿命が男女ともに全国一位となる中で、高齢者の就業率も全国一位の座にあるなど、少子高齢化の進行という構造変化の中にあっても、経済の活力を保ち続ける底力を備えています。

こうした「強み」をさらに活かしていくため、県では「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」を策定し、産・官・学の連携のもと、製造業を中心に競争力の向上や次世代の人材育成を図る取り組みを推進しています。また、地域の金融機関等も「信州みらい応援ファンド」を共同で立ち上げ、中小企業の事業再生支援の強化に乗り出していると伺いました。いずれも地域経済の活性化にとって、非常に意味のある施策だと思います。

さらに、交通インフラに目を転じると、長野県は北陸新幹線の延伸とリニア中央新幹線の開設という2つの大きなイベントを控えています。これらによって、当地は北陸地域に加え、東京と名古屋という2大都市圏との繋がりも格段に深めることになりますが、これに伴って長野県の産業構造や人口動態には、これまでにないインパクトが及ぶ可能性があります。今後、こうした変化も戦略的なチャンスと捉えつつ、長野県経済がそのポテンシャルを最大限に発揮していくことを期待しています。