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【挨拶】パリ・ユーロプラス・フィナンシャル・フォーラムにおける挨拶の邦訳

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年11月25日

目次

はじめに

本日は、パリ・ユーロプラス主催のフィナンシャル・フォーラムにお招き頂き、誠に光栄に存じます。

本席では、まず、日本の経済・物価情勢について一言触れた後、最近の欧州情勢を念頭に置いたうえで、欧州当局の様々な取り組みとの関連で90年代の日本の経験から何が言えるかを考えてみたいと思います。

わが国の経済・物価情勢

まず、日本の経済・物価の動向から話を始めます。日本銀行は、本年4月、15年近く続いたデフレからの脱却を目指し、「量的・質的金融緩和」を導入しました。それから約8か月間、日本銀行はこの政策を着実に進めてまいりました。こうしたもとで、金融市場や実体経済や、人々のマインドや期待などで前向きの動きが拡がっており、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を着実に発揮しています。わが国の景気をみると、家計・企業の両部門で所得から支出へという前向きな循環メカニズムが働くもとで、緩やかに回復しています。先行きについても、生産・所得・支出の好循環が持続すると考えられ、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けると予想されます。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が、このところプラス幅を拡大しており、最近ではゼロ%台後半となっています。先行きについても、マクロ的な需給バランスの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを反映して上昇傾向をたどると考えられます。このように、わが国経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。

欧州情勢についての理解

次に、欧州情勢について簡単にお話ししたいと思います。

詳しくは、ノワイエ総裁からお話しがあると思いますが、欧州経済は、最近は下げ止まっており、持ち直しに向けた動きもみられていると認識しております。欧州経済の持ち直しは、わが国経済のみならず世界経済全体の安定にとって不可欠な要素でありますので、注意深く見守っております。

昨年7月のドラギ総裁のご発言や9月のECBによるOMTs導入以降、国際金融市場においては欧州情勢が材料となって変動する度合いは大幅に減ったように思われます。また、来年の単一銀行監督制度設立に向けて、一斉資産査定(Asset Quality Review)やストレステスト実施のための準備が行われるなど、金融システム面での対応も進んできており、その中で、一斉資産査定やストレステストの結果、自己資本不足となる先が生じた場合に備えた公的バックストップに関する議論も進んでいると理解しております。今後、破綻処理枠組みの整備など、まだまだ難しい問題が待ち受けていることとは思いますが、我々としては、欧州の政策当局者が適切な対応を打ち出していくものと信頼しております。

わが国の経験に照らして

続いて、欧州当局によります取り組みとの関連で、90年代の日本の金融危機の経験から何が言えるかということを考えてみたいと思います。もちろん、置かれた状況や問題の性質が完全に同じではないでしょうから、直ちにそのまま適用できるとは思いませんが、何がしかの参考になればと存じます。

まず、適切な破綻処理の枠組みを整備することの難しさについてです。90年代の日本の金融危機の際、「日本当局の対応は遅過ぎる」との批判を多々頂きました。実際、今日からみればもう少し早い対応ができれば、という点もあったことは否めませんが、制度面の整備に時間が掛かってしまった背景には、枠組みが未整備であったために試行錯誤が生じてしまった面と、世論の理解を得るためのプロセスが必要だったということがあると思います。特に公的資金が絡む場合の制度面での対応には、立法措置に向けた各方面との調整や世論の理解を得るために、どうしても時間を要しました。公的資金が絡む制度整備に関する世論の理解は、将来的に制度に変更を加える必要が出てきた場合や、実際にその制度を使わざるを得なくなった際に、重要になってくるものと思われます。

また、制度整備を行っている間、金融市場は非常に短い期間での成果を求めがちでありますので、どうしても時間感覚にギャップが生じ易くなります。こうしたギャップを埋めるためには、政策当局者からの丁寧で根気強い説明が必要になってくるでしょう。

次に、金融面での不均衡の察知についてです。90年代の日本の金融危機の際には、80年代後半に生じたバブルの崩壊が原因でありましたので、「バブルのような金融の不均衡はどうしたら早く認識できるのか」ということが議論されてきました。今回のグローバル金融危機の後には、同様の問題意識から、マクロ・プルーデンス的観点の重要性が指摘されております。日本銀行では、これまでの知見も踏まえて、「マクロ・リスク指標」や「マクロ・ストレス・テスト」を用いた点検を行っており、その成果の一部は「金融システムレポート」という公表物に掲載しております。欧州各国をはじめ、多くの国でマクロ・プルーデンス的観点からの取り組みを進めているところだと理解しておりますので、お互いの知見を共有して、将来的な金融の不均衡の察知に結び付けていければと思っております。

3点目として、不良債権問題が解決しても、実体経済に上手く資金が流れるようになるまでには時間が掛かる可能性がある、ということです。日本でも、90年代の金融危機の後、金融システム面での課題は2000年代半ば頃には概ね解決したと言えると思いますが、その後も、企業の資金調達は、伸び悩んだ状況が続きました。こうした状況に対し、政府が様々な対策を打ち出してきたほか、日本銀行としても、適格担保に資産担保証券を追加したり、資産担保証券・CP・社債を買い入れたり、企業金融を後押しする資金供給制度を導入するなど、企業金融面の後押しを行ってきました。これらの措置は、その後もリーマンショックや東日本大震災など大きなストレスが続いた下で、企業金融の下支えになってきましたが、中央銀行としてどこまで資源配分に関わるべきなのかといった点や、個々の政策効果等について、なお検討すべき課題が多いことも否めないと思います。欧州でも、中小企業向け融資を促進する支援策が検討されていると聞いております。この面でも、お互いの経験や知識を共有することによって、どのような支援策が適切なのかについての理解が深まれば、と考えております。

おわりに

以上、申し上げてきましたことのうち、特に金融面の不均衡の察知や企業金融の活性化策については、我々が明快な回答を持ち合わせているわけではなく、今後とも検討を続ける必要があるテーマだと認識しております。本日のような場を利用して、欧州の方々の経験にも学びながら、これらの論点に関する知見を蓄えていければよいのではないかと思います。このように皆様方とも意見交換をさせて頂きながら、日本銀行としては、わが国の金融システムを安定させつつ、わが国経済を15 年近く続いたデフレからの脱却に導くことを通じて、世界経済の持続的な成長に向けて貢献していく所存です。

ご清聴ありがとうございました。