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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

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名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年12月2日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、中部経済界を代表する皆様とお話しする機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、皆様には、平素より、日本銀行の名古屋支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。

さて、日本経済が抱えている最大の課題は、15年近く続いてきたデフレからの脱却です。長年にわたるデフレの中で、企業収益や賃金は圧迫され、それに伴って企業や家計の支出は減少し、日本経済は縮み志向になっていきました。また、デフレ下では、財やサービスの価格下落に伴って現金の実質的な価値が上がっていきますので、新たなことに投資してチャレンジするよりも、手元に現金を貯めておく方が相対的に有利になります。こうした状況では、新たなビジネスチャンスに挑戦しようという意欲は低下しますし、社会全体としても人々のマインドは後ろ向きになり、日本経済の活力は奪われていきました。

これに対し、日本銀行は、4月の金融政策決定会合において、2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現することをしっかりと約束した上で、それを裏打ちする政策として「量的・質的金融緩和」という異次元の政策を導入しました。これまでのところ、実体経済や金融市場、人々の期待やマインドは改善するなど、「量的・質的金融緩和」は所期の効果をしっかりと発揮してきており、日本経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。

そこで本日は、皆様との意見交換に先立ち、日本銀行の経済・物価の現状・先行きに対する見方や「量的・質的金融緩和」の効果について、10月末に日本銀行が公表した「展望レポート」にも触れながら、お話したいと思います。

2.わが国経済の現状と展望

日本経済の現状をみると、国内需要が堅調に推移し、海外経済も全体として緩やかに持ち直していることから、緩やかに回復しています。4月の「展望レポート」での見通しと比較すると、外需は輸出の持ち直しが勢いを欠くなどやや弱めに、内需はやや強めになっていますが、全体としては概ね想定どおりに推移しています。

先行きについては、内需が堅調さを維持する中で、外需も緩やかながら増加していくことから、生産・所得・支出の好循環は持続するとみており、2回の消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響は受けますが、基調としては0%半ばと推計される潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。10月末に公表した「展望レポート」における9人の政策委員の見通しの中央値を申し上げると、2013年度は2.7%、2014年度は1.5%、2015年度も1.5%となる見通しです(図表1)。

こうした中での物価情勢に目を転じると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、6月にプラスに転じた後、プラス幅を拡大しており、10月は+0.9%となっています(図表2)。この背景をみると、石油製品や電気代といったエネルギー関連が押し上げ方向に寄与していることは事実ですが、個人消費など内需が堅調に推移する中で、幅広い品目に改善の動きが拡がってきています。こうした動きは、食料・エネルギーを除く消費者物価がプラスに転じたことや、下落品目よりも上昇品目の方が多くなってきたことでも確認できます(図表3)。

先行きについては、景気回復によるマクロ的な需給バランスの改善が物価押し上げに寄与するほか、実際の物価上昇率の高まりもあって人々の中長期的な予想インフレ率も上がってくることから、消費者物価の前年比は上昇傾向をたどると考えています。政策委員の中央値を申し上げると、消費税率引き上げの直接的な影響を除くと、2013年度は0.7%、2014年度は1.3%、2015年度は1.9%です(前掲図表1)。すなわち、2015年度までの見通し期間の後半にかけて、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。

3.わが国経済の先行きとデフレからの脱却

次に、今回の景気回復の特徴について確認した上で、今申し上げた経済見通しが実現していくにあたって、注目しているポイントをお話します。まず、今回の景気回復については、輸出や製造業大企業が牽引役となる景気回復の典型的なパターンとは異なり、個人消費や公共投資が牽引役となって、非製造業が先に改善していることが特徴として挙げられます。実際、非製造業の活動水準を示す第3次産業活動指数はリーマン・ショック前の水準近くまで回復してきているのに対し、製造業の生産はリーマン・ショック前のピークの約8割にとどまっています。また、短観の業況判断DIでみても、非製造業は製造業に先行して改善してきています(図表4)。

こうした今回の景気回復パターンを踏まえると、先行きの景気回復の持続性をみていく上では、これまで景気を牽引してきた内需の堅調さの持続性がポイントとなります。その上で、内需が景気を支えている間に、海外経済が回復して輸出が順調に増加してくるかどうかが、もう一つのポイントです。そこで以下では、このうち、まず海外経済の動向についてお話した後、内需の持続性に関連して家計の雇用・所得動向、企業の設備投資動向についてお話します。

海外経済

海外経済の現状については、一部に緩慢な動きもみられていますが、全体として緩やかに持ち直していると判断しています。

先行きについては、先進国を中心に、持ち直しを続けていくとみています。IMFの世界経済見通しでも、世界経済の成長率は、2013年は2.9%にとどまるとの予測ですが、2014年は3.6%、2015年は4.0%と、緩やかに伸び率を高めていく姿となっています(図表5)。地域別にみると、米国経済は、財政面からの景気下押し圧力が次第に和らいでいく中、民需を中心に回復テンポが徐々に増していくと予想しています。また、欧州経済は、内需の持ち直しに加え、輸出の回復も加わることを背景に、先行き次第に持ち直していくと考えています。中国経済についても、当局が構造問題への取り組みを進めるとともに、景気にも配慮した政策運営を進める中、安定した成長を維持するとみています。中国以外の新興国・資源国については、現在一部に弱めの動きがみられており、当面は成長に勢いを欠く状態が続きますが、やや長い目でみれば、再び持ち直していくと考えています。

勿論、先行きの海外経済については、米国における政府債務問題の帰趨、欧州での債務問題や金融システム健全化への取り組み、中国における製造業の過剰設備問題をはじめとする構造改革の行方、そして新興国・資源国における構造問題への取り組みなど、不確実性が大きいことには注意が必要です。しかし、こうした不確実性は念頭におきながらも、中心的な見通しとしては、海外経済は持ち直しを続けていき、それに伴ってわが国の輸出も緩やかに増加していくと予想しています。

雇用・所得動向

次に、内需の持続的な回復という観点から、雇用・所得動向についてお話したいと思います。先ほどもお話した通り、わが国経済は先行き、生産・所得・支出の好循環を伴いながら緩やかに回復し、2%の「物価安定の目標」を実現できるとみていますが、そのためには所得の改善が個人消費を支えることが重要です。

現在の雇用・所得の動向をみると、労働需給面では、底堅い内需の動向などを受けて、緩やかながら着実な改善が続いており、失業率は4%前後とリーマン・ショック前の水準にまで低下しています(図表6)。そして、こうした労働需給の改善は名目賃金にも影響し始めています。すなわち、一般労働者の1人当たり名目賃金の前年比は、時間外給与の増加や3年振りの夏季賞与の増加から、小幅のプラスとなっています。また、パートの時間当たり名目賃金も、ごく緩やかに前年比プラス幅を拡大しています(図表7)。

先行きについては、労働需給の改善が続く中で、名目賃金には次第に上昇圧力がかかってくるとみています。このうち所定内給与は、パート比率の上昇もあって、未だ前年比マイナスとなっていますが、安定した給与である所定内給与が増加してくれば、家計支出の持続的な増加に寄与すると考えられます。現在、「政・労・使」の連携による取り組みも行われており、企業収益が増加する中で、ベースアップも含めた所定内給与の上昇が実現することを期待しています。

設備投資動向

次に、企業部門に目を転じますと、生産・所得・支出の好循環を伴う景気回復のためには、企業収益の増加が設備投資に繋がっていくことが重要です。企業収益は円高修正もあって回復が続いていますが(図表8)、設備投資についても、これまで底堅く推移してきた非製造業に加え、出遅れていた製造業にも改善の動きがみられています(図表9)。

先行きについては、企業収益の改善に加え、金融緩和効果もあって、設備投資は緩やかな増加基調を続けるとみています。すなわち、投資採算の観点からみると、景気回復に伴い資本収益率が上昇していくとともに、後で述べるように、「量的・質的金融緩和」のもとで実質金利が低下方向にあるため、設備投資の採算性が改善し、金融緩和の効果が強まっていくと考えています。また、これまでの投資抑制姿勢を反映して、設備投資のペントアップ需要も期待できます(図表10)。さらに、政府の規制・制度改革や減税措置、企業の事業再構築など競争力・成長力強化に向けた前向きな取り組みなどもあって、企業の中長期的な成長期待は緩やかに高まっていくと考えられます。こうした設備投資を取り巻く環境を踏まえると、今後経済活動の水準が高まるにつれて、設備投資が増加しやすい状況にあると思います。

振り返ってみると、15年近いデフレが続く中で、企業は、キャッシュフロー対比で設備投資を抑制するなど(図表11)、いざという時に備えて現金を積み上げていきました。その結果、企業の手元現金は230兆円とGDPの50%近くにまで達しています。デフレ経済を前提とすれば、相対的に有利な投資である現金を増やすことは、個々の企業としては合理的な行動だったと思いますが、せっかくの資金が有効に活用されない結果として、日本経済全体としては活力を失ってきました。デフレから脱却した経済では、これまでとは異なり、お金は貯めておくのではなく、設備投資や研究開発、人材確保などの形で有効に活用する方が有利になります。企業の方々には、是非こうした環境変化をビジネスチャンスとして捉え、前向きな経済活動に繋げていって頂きたいと思います。

4.金融政策運営の考え方

最後に、金融政策運営についてお話します。日本銀行は今年の4月、消費者物価上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現することを約束した上で、これを裏打ちする政策として「量的・質的金融緩和」を導入しました。具体的には、マネタリーベースを年間約60〜70兆円増加させ、2年間で2倍に拡大させます。また、これを実現するために、長期国債の保有額が年間約50兆円増加するように買入れを行っています(図表12)。なお、図表上で本年末や来年末の残高を示していますが、これは現在の政策のもとで、それぞれの時点に実現する残高の見通しであり、政策運営についての何らかの期限を示したものではありません。「量的・質的金融緩和」は、後ほど申し上げるとおり、あくまで、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することとしています。

「量的・質的金融緩和」では、効果波及ルートをいくつか想定していますが、そのうち最も重要なルートは実質金利の引き下げです。具体的に申し上げますと、まず第1に、2%の「物価安定の目標」の早期実現を掲げ、それを裏打ちする異次元の緩和策を先々まで行うことを表明することにより、人々の期待を抜本的に転換し、予想インフレ率の引き上げを図ります。第2に、巨額の国債買入れにより、名目の長期金利に強力な低下圧力を加えます。この結果、予想インフレ率の上がり方に比べて、名目金利の上昇を少なめに抑えることができれば、その分実質金利を引き下げることができます。そして、実質金利の低下には、設備投資や家計支出を刺激する効果を期待できます。

この8か月、こうした取り組みは成功しています。家計やエコノミストのアンケート調査などをみると、予想インフレ率は全体として上昇しているとみられます(図表13)。一方で、長期金利は、グローバルに長期金利が上昇する中でも、0.6%程度で安定的に推移しています(図表14)。したがって、実質金利は低下しています。その景気刺激効果のもとで、日本経済は緩やかな回復過程にあり、消費者物価の前年比はプラスに転じました。「日本銀行が2%の物価上昇率を実現すると言っている」だけでなく、「実際に物価が上昇している」ことは、人々の予想インフレ率をさらに引き上げ、実質金利を低下させる効果があると考えています。このように、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮してきています。

5.おわりに

以上、申し上げてきたとおり、日本経済は、2%の「物価安定の目標」実現に向けた道筋を順調にたどっています。今後とも、日本銀行は「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するため必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続します。また、その際には、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、「物価安定の目標」実現のために必要であれば、調整を行っていく方針です。こうした金融政策運営によって、日本経済にとって最大の課題であるデフレからの脱却を必ず実現させることをお約束して、ご挨拶とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。