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【講演】グローバルな日本国債の有効活用に向けて -国債の決済インフラ改善に向けた最近の取り組み-

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国際銀行協会における講演の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 佐藤 健裕
2014年2月27日

目次

1.はじめに

本日は、国際銀行協会の皆様を前にお話をする機会を賜り、感謝申し上げる。国際銀行協会は日本国内で活動している外資系の金融機関等をメンバーとする業界団体として、会員間の意見交換や関係当局との対話に努めてこられた。貴協会はこうした活動を通じて、日本の経済および金融・資本市場の発展に多大な貢献をされており、皆様方の日々の取り組みに敬意を表したい。

本日は、日本銀行が提供する決済サービス、とくに日本国債の決済の将来像についてお話しようと思う。日本銀行はかねて決済システムの整備に力を注いできた。直近では、後ほどお話するとおり、日本銀行の決済サービスの基幹インフラである日銀ネットのリニューアルを進めつつ、これによって可能となる決済サービスの提供時間の拡大について、国際銀行協会の皆様を含む市場関係者とも議論を重ねてきている。本日は、こうした決済システムの話の後に、最近の日本銀行の金融政策運営についても、ひと言お話することとさせて頂きたい。

2.日本銀行と決済システム

日本銀行は、日本経済において多面的な役割を担っている。日本の金融政策に責任を負っていることは勿論のことながら、同時に、銀行の銀行としてバンキングサービスの提供を行っており、日本における決済の安定を維持することを業としている。日本銀行と決済の関わりも多面的で、自ら金融機関等に当座預金口座や国債口座を提供して円資金や日本国債の決済サービスを行っているほか、日本銀行以外の決済機関における決済の安定を維持・向上するための働きかけ、即ち「中央銀行によるオーバーサイト」1を実施したり、取引から決済までのマーケットの慣行が適切に整備されるよう、市場関係者とともに考え、実現を支援していく活動も行っている。

本席では、こうした日本銀行の仕事のうち、日本国債の決済機関としてどのようなことを行ってきたか、これからどういうことを行おうとしているかに焦点を当ててお話したいと思う。

  1.   1  中央銀行によるオーバーサイトとは、中央銀行が、各種金融市場インフラの制度設計やリスク管理体制、運営状況等をモニタリングし、その安全性と効率性を評価するとともに、必要に応じて改善に向けた働きかけを行うことをいう。中央銀行によるオーバーサイトは、中央銀行が金融市場インフラの関係者との間で共通の理解を形成し、改善に向けた取り組みを協力して行うことで、個々の金融市場インフラひいては一国の金融市場インフラ全体の安全性と効率性の確保を目的とするものである。

3.国債決済の安全性の向上に向けた取り組み

日本銀行が国債の決済サービスをオンライン化したのは1990年にさかのぼる(図表1)。その後の4半世紀、私どもでは国債決済の安全性を高めるため、国債市場のプレイヤーとともに仕組みを検討し実現を支援してきた。例えばDVP2、RTGS3などである。また、従来月に数回纏めて行われていた金融機関の間の国債決済を市場関係者と力を合わせて毎営業日に決済するローリング方式に移行させることにも尽力した。このほか、国債の清算機関の設立、その後のリスク管理体制の強化などを支援した。リーマン・ブラザーズの破綻に際して、同社の破綻の影響が市場全体に連鎖的に広がる事態が回避されたのはこのような長い年月に亘る市場関係者の各種の取り組みの賜であったと言えよう4

もっとも、この金融危機の経験を通じて、より強固な決済システムを構築する観点からの課題も少なからず確認されており、国債決済の安全性強化に向けた努力は現在も続いている。そのうち大きな取り組み例を2つ挙げると、1つは、国債取引の約定から実際の決済までの期間(国債決済期間)の短縮化であり、もう1つは清算機関の利用促進とその前提としての清算機関の機能強化である。

  1.   2  DVP(Delivery versus Payment)は、「証券の振替をその代金の振替とワンセットにして、いずれか一方だけが行われることがないようにする」メカニズムで、これを導入すれば、証券を渡したのに代金が受取れないというような、時として巨額の損失につながる「取りはぐれリスク」を回避することができる。
  2.   3  RTGS(Real Time Gross Settlement)は、それまで主として行われていた「一定の時刻まで振替指図を保留しておいて、受け・払いの差額のみを一括して決済する」という「時点ネット決済」に比べ、決済できない金融機関が1先でもある場合に顕現化するシステミック・リスクを大幅に削減する決済方法である。
  3.   4  こうした国債決済の安全性の向上策を実施するにあたっては、国債決済あるいは国債市場の効率性の観点から各種の取り組みも実施されてきた。例えば、RTGSの導入に合わせて国債取引のネッティングやいわゆるフェイル慣行が整備された。また、国債決済のローリング方式への移行にあたっては、国債レポ市場が整備された。

国債取引の決済期間の短縮化

まず、国債決済期間についてお話したい(図表2)。国債決済期間の短縮化は1990年代後半以降、証券決済制度改革の主要課題のひとつとされてきた。取引の約定後、実際に証券決済が行われるまでの期間が長いと、未決済残高が積み上がり、決済リスクが増大する。実際、2008年の危機発生時には、多額のフェイルが発生し、破綻金融機関を相手方とする取引の解消と再構築に時間を要する、といった事態が生じた。これを契機に、市場関係者の間では、決済期間を短縮する重要性があらためて認識され、日本証券業協会の下に設けられたワーキング・グループにおいて、決済期間を短縮する上での課題が整理・検討され、その結果、2012年4月には、国債の決済期間の短縮化(T+2化)が実現したところである。

現在は、決済期間のさらなる短縮化(T+1化)を2017年以降速やかに実現することを目標として市場関係者による検討が進められている。これを実現するために必要となる取引慣行の見直しや、担保管理のための市場インフラの整備などが当面のテーマとなっている。決済期間の短縮化には、決済リスクの削減効果に加え、金融資産の換金処分をよりしやすくすることで市場の流動性が高まる効果等も期待され、日本銀行としてもこうした取り組みを支援している。

国債取引における清算機関の利用促進、機能強化

続いて、国債市場改革の2つ目の例として、国債取引における清算機関の利用促進とその機能強化についてお話したい(図表3)。国債店頭取引の清算機関である日本国債清算機関(JGBCC<現JSCC>)は、国債店頭取引の売り手と買い手の間に入り、取引にかかる債権・債務を引き受け、決済の履行を保証する仕組みを備えている。リーマン・ブラザーズ破綻後の国債市場においては、こうした清算の仕組みも寄与し、わが国では、決済面での混乱が金融システムに波及する事態は回避することができた。金融危機においてJGBCCがリスク拡大を防止する上で果たした役割を踏まえ、国債取引における清算機関の利用促進に向けた取り組みが進められており、2014年前半を目途に、国債レポ市場における主要な資金の出し手である信託銀行が運用有価証券信託(いわゆるレポ信託)でのJSCCへの参加を予定している。

このようにJSCCの利用拡大が図られるのと合わせて、JSCCでは、金融危機を通じて明らかとなった課題も踏まえつつ、取引規模に見合う損失補填財源や流動性調達体制の確保、参加者破綻時の対応力の強化などに向けた各種の取り組みを行っている。こうした取り組みは、国債決済のインフラを高度化するものである。日本銀行は、日々のオーバーサイトを通じて、こうしたJSCCの取り組みを後押ししている。

4.国債決済の効率性の向上に向けた取り組み

ところで、決済システムについては安全性と効率性の双方が重要である。例えば、「便利だが安全性の劣る決済の仕組み」は、一時的には利用が増えることがあっても、結局は使われなくなるし、逆に「安全だが使いにくい決済の仕組み」は、決済が安全な仕組みから逃げて行く結果、折角の安全性が活かされないことになる。先の金融危機のあと、決済の安全性あるいはグローバル金融システムの安全性向上に主眼をおいた規制強化が進められてきたが、その反面、効率性の向上がやや置き去りにされてきたと感じている。こうした観点からみると、日本国債の決済については、現在進行中の安全性向上策を着実に実現させつつ、同時に産業界や金融市場のニーズに応えるべく、決済の効率性向上に力を入れていくことが重要と考えている。こうした改善は、日本の企業や金融機関のビジネス展開を支え、日本国債ひいては日本の金融市場の魅力や競争力を高め、日本経済の成長にも役立つことが期待される。

クロスボーダー決済の改善

決済システムの効率性を改善する際の一つのポイントは、国境を跨ぐ取引の決済、即ちクロスボーダー決済の改善にある。例えば、アジアを中心に日本の企業の海外進出が継続する中で、そうした企業によるクロスボーダーの資金決済ニーズが増大を続けている(図表4、5)。こうした動きと併せて、本邦金融機関の海外向け貸出が増加しており、国内の豊富な円建て資産も有効活用するなどして、安定的に外貨を調達するニーズが増大している。また、非居住者による日本国債の投資が増加する中で、日本国債を対象としたカストディ・サービスを海外顧客に展開する余地が拡大している。さらに、店頭デリバティブ取引等に対する国際的な規制が導入される中で、市場関係者の間では、日本国債を含め、優良な担保資産を機動的に移動可能とする市場インフラの重要性がより意識されている。

このような外部環境の大きな流れに適応可能なわが国決済インフラの将来の姿を要約すれば、「海外を含めいつでもどこでも日本国債や日本円を相手方にデリバリーできる環境を用意すること(日本円と日本国債のユビキタス化)」だと考えられる。優良な金融資産である日本国債の使い勝手の良さが向上することは、わが国の金融機関に止まらず、国際金融市場に広くメリットをもたらす。現状、日本国債の発行残高は米国債に迫る規模となっているにもかかわらず、国際金融市場では、米国債が担保資産として遥かに幅広く利用されている。この点をポジティブに捉えるならば、グローバルに日本国債が有効活用される余地が大きく残されていると言える。

広く目を転じると、こうした決済システムの効率性や利便性の向上、そうした中でのクロスボーダー決済の改善に向けた動きは既に始まっている。例えば、ASEAN+3では、市場関係者および当局・中央銀行により、域内のクロスボーダー証券決済を改善し、域内証券投資を促進するための取り組みが進んでいる。また、欧州においても、様々な通貨建ての証券を取り扱う国際的な証券決済システムが、担保資産となる証券を世界中で動かすための担保管理サービスを強化しようとしている。わが国では、先ほどもふれたとおり、国債の決済期間の短縮化の実現に向けて、担保管理のための市場インフラの整備が検討されているが、これが実現すれば将来的に日本国債のクロスボーダー決済の改善に活用されていくものと考えている。日本銀行の決済システムの改善策は、こうした内外の努力と結びついて、グローバル市場のインフラをより安全で効率的なものにして、日本さらには世界経済の発展に貢献していくことにつながると思う。

中央銀行間のクロスボーダー担保の枠組み

クロスボーダー決済の仕組み作りとして、日本銀行が、各国中央銀行と協力しながら進めている、日本国債を担保としたクロスボーダー担保スキームについて申し上げる。これは、海外の中央銀行が日本銀行をカストディアン(担保保管機関)として金融機関から日本国債を担保として受け入れる一方、当該国において現地通貨建ての資金供給を行うものである。これまで、日本銀行は、アジアにおいて、こうしたスキームの導入を進めてきている。具体的には、タイ中央銀行との間で、同行による日本国債を担保としたタイ・バーツ資金供給のための枠組みを構築し、2011年11月より開始している(図表6)。また、シンガポール通貨庁やインドネシア中央銀行とも、同様の枠組みを構築することについて各々合意している5

現地の金融市場が不安定な状況に陥った際にも、邦銀を含む金融機関は、こうした枠組みにより現地中央銀行から現地通貨の供給を受ける追加的なチャネルを得ることとなる。これにより、国際的にビジネス展開する金融機関の外貨資金繰りがより安定化し、ひいては取引先である事業会社等に対し、安定的に現地通貨建ての資金を供給しやすくなる。

  1.   5  このほか、日本銀行、カナダ銀行、イングランド銀行、欧州中央銀行、米国連邦準備制度およびスイス国民銀行の6つの中央銀行間で、流動性不足に対するバックストップとして為替スワップ網が整備されている。

アジア域内の証券決済のインフラ構築に向けた取り組み

この中央銀行間クロスボーダー担保の枠組みは、緊急時のバックストップとしての機能を果たすものである。こうした枠組みの整備と並んで、あるいはそれ以上に、民間金融機関同士による日々の安定的な外貨調達の仕組みを拡充していくことが大切である。

こうしたニーズに応える取り組みとして、ASEAN+3諸国では、クロスボーダー証券決済のインフラ構築の可能性を検討する協議体を立ち上げて検討を進めている(図表7)。そうしたインフラ実現のための複数のモデルが議論されており、アジア各国の証券決済システムと中央銀行の資金決済システムを国を跨いで接続すること、あるいは証券決済システム同士を接続することがアイデアとして挙げられている。こうした国境を跨る決済システムの接続により、例えば、自国国債を担保とした外貨調達(クロスカレンシー・レポ)の決済を、安全資産である中央銀行の当座預金を用いながら、DVP方式により行うことが可能となる。また、自国の証券決済システムを通じて域内各国の証券投資を円滑に行うことが可能となり、長期的に域内相互の証券投資の促進に寄与するものと考えられる。欧州においても市場参加者と中央銀行によって域内クロスボーダー証券決済の改善に向けて同様の取り組みが進められていることを踏まえると、将来的には、アジアとそれ以外の地域の市場参加者の間でも、決済システム同士を国境を跨いで接続する可能性について議論が進められていくであろうと考えられる。

5.新日銀ネットとその稼動時間拡大

次に新日銀ネットについてお話したい。現在日本銀行が市場関係者の方々と集中的に検討を進めている新日銀ネットの稼動時間拡大や、新日銀ネットにより導入される新たな機能について、クロスボーダー決済の改善と関連付けながらお話しておこうと思う。

新日銀ネットの構築

日本銀行は、従来の日銀ネットを全面的にリニューアルした新日銀ネットの構築を進めている。その主な狙いは、金融市場のグローバル化や決済インフラのネットワーク化の進展など現在進行中あるいは将来のマーケットの変化に柔軟に対応していくことにある。

新日銀ネットでは、夜間・早朝における決済ニーズにも応えられるよう、稼動時間の大幅な拡大が可能なシステム基盤を構築している。日銀ネットの稼動時間拡大は、日銀ネットと海外決済システムがオーバーラップする時間帯の拡張を通じて、上述した将来のクロスボーダー決済の改善のための基礎となるものである。

また、新日銀ネットでは、最新の情報処理技術を採用することによって、利用者の利便性を向上させることとしている。例えば、新たな技術の採用により、異なる電文形式等の取扱いを容易とするほか、国際基準のISO20022の採用等を通じて、内外の決済システムや金融機関との接続性の改善を図っている。こうした機能が活用されていけば、新日銀ネットは、一層のSTP(Straight-Through Processing)を目指す金融機関を支援し、将来のクロスボーダー決済の増大への対応力を高めると期待される。

新日銀ネットの開発作業は、新システムへの移行を円滑に進める観点から、2段階に分けて進めている(図表8)。本年1月には、第1段階開発分にあたる、金融調節(オペ)や国債の入札関連事務等について、国際銀行協会の会員金融機関を含む関係者のご協力により、予定どおり稼動を開始し、順調に稼動を続けている。皆様のご協力にあらためて感謝申し上げる。全面稼動となる第2段階では、日銀当座預金や国債の振替えなど主要な業務の移行を予定しており、2015年秋から2016年初までの間を目途に稼動を開始する予定である。

日銀ネットの稼動時間

全面稼動後における日本銀行の決済サービス提供時間について私どもでは、稼動開始時刻を30分繰り上げるとともに、国債決済の終了時刻を2時間半繰り下げて19時まで延長することを既に公表している。その上で、稼動時間のさらなる拡大について、昨年8月に主要金融機関や業界団体から構成される協議会を立ち上げ、議論を重ねてきている。協議会には、国際銀行協会事務局のほか、幾つかの会員金融機関にもご参加頂いている。この場を借りて、ご協力に感謝申し上げたい。

協議会は、近々検討結果を取りまとめた報告書を公表する予定にあり、日本国債の海外での担保利用や、海外との円建て顧客送金といった活用方法を念頭に、差し当たり21時までの拡大に大きな意義を見出す意見が多いと伺っている(図表9)。この報告書を受けて、日本銀行としての対応方針を定める予定である。

稼動時間の拡大は、グローバルベースでの日本国債の有効活用の可能性を大きく高める(図表10)。協議会での議論においても、(1)海外の清算機関や海外の取引相手との間で、デリバティブ取引の担保として日本国債を機動的に受払いすることが容易となる、(2)欧州市場において現地時間日中に必要となった外貨流動性を日本国債を担保に機動的に調達することが可能となる、(3)日本国債を多く保有する金融機関にとっては、グローバルな担保マーケットで安全資産としての日本国債を貸し出すといった取引の機会が広がっていく可能性がある、といった点が指摘されている。

国債決済の将来

私が抱く国債決済の将来の姿は、いつでもどこでも日本国債や円資金をデリバリーすることができる世界である。そうした将来像に向かって、市場関係者と日本銀行が一体となって取り組んでいくことは、わが国の金融資本市場が多様な投資の受け皿として機能していくことに繋がる。日本銀行としても、先ほど申し上げた、新日銀ネットの稼動時間拡大の検討も含め、新日銀ネットへのアクセス利便性の向上を通じ、そうした取り組みを後押ししていきたいと考えている。市場取引や決済を支える市場インフラの整備は、多くの主体が関わり、時間とコストを伴う、容易でない作業である。それだけに、国際銀行協会の会員の皆様を含む市場関係者の方々や、私ども日本銀行を含む決済機関は、長期的な視野に立って着実に取り組みを進めていくことが重要である。今後もご支援・ご協力を賜りたい。

6.最近の金融政策運営

最後に最近の金融政策運営について申し上げる。

昨年4月の「量的・質的金融緩和」の導入から間もなく1年が経つ。その間の国内経済・物価動向は展望レポートとその中間評価で示した政策委員会の中心的なシナリオに沿い概ね順調に推移しており、政策委員会では現在の資産買入れ方針のもとで、「量的・質的金融緩和」をしっかりと推進していくことが適当と考えている。

一方、市場関係者の間では政策委員会の中心的な見通し、とりわけ物価見通しが達成困難、あるいは時間がかかるとの見方から「量的・質的金融緩和」の継続期間や追加緩和等についてさまざまな見方があることは承知している。市場の観測に政策当局者がコメントすることに逡巡はあるが、市場との対話は重要であるので、ここでは「量的・質的金融緩和」の継続期間に絞ってお話したい。

そもそも、日本銀行は、「量的・質的金融緩和」を行うにあたり、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現するとし、目標インフレ率とその達成期間について強くコミットしている。また、日本銀行は、同時に2%の物価安定目標を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで「量的・質的金融緩和」を継続するとの方針を明確にしている。

ここで「量的・質的金融緩和」の継続期間について、私なりに整理すると、そのポイントは以下の3点である。

第一に、「量的・質的金融緩和」の継続期間は2年という期間で厳密に区切っている訳ではない。ただし、そのことによって「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」というコミットメントをいささかも後退させることがあってはならないと考える。

第二に、「2%の物価安定目標を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで『量的・質的金融緩和』を継続する」との方針は上記のコミットメントと矛盾するものではない。すなわち、「安定的に持続するために必要な時点まで」の部分は私の理解ではフォーキャスト・ターゲティングである。したがって、例えば、実際の物価上昇率が2%に届いていなくても、諸情勢を勘案して先行き2%を安定的に持続できると判断できれば、政策効果の波及ラグを考慮して2%に達する前に出口に向かうことはあり得るし、逆に、仮に2%を超えても持続性がないと判断すれば政策を継続しているかもしれない。「必要な時点まで」という文言はそうした先行きの不確実性に対応した幅のある概念であり、先に述べた強いコミットメントを補完するものである。

第三に、2%の「物価安定の目標」自体も他の主要国の中央銀行が採用する枠組み同様、柔軟なものである。すなわち、金融政策の効果は、経済活動に波及し、それがさらに物価に波及するまでに、長期かつ可変のタイムラグが存在する。金融政策は、物価安定のもとでの持続的成長を実現する観点から、経済・物価の現状と見通しに加え、金融面での不均衡を含めた様々なリスクも点検しながら、柔軟に運営していく必要がある。こうした考え方は、各国で広く共有されており、とくに、世界的な金融危機以降、海外主要国では、金融システムの安定へ配慮することの重要性を対外的に明確にするなど、金融政策運営の柔軟性という視点が強く意識されるようになってきている。その点、「物価安定の目標」はたとえば2%の物価上昇率を一時的に実現すればよいといった硬直的かつ表面的な枠組みではなく、柔軟性のある、経済実勢に即した実質的なものである。私は、昨年10月末の金融政策決定会合議事要旨等に示されているように、政策委員会の中心的な見通し対比、物価の先行きを幾分慎重に見ているが、これは私が「量的・質的金融緩和」の効果に懐疑的であったり、期待の転換を促すという政策委員会の描くメカニズムを否定しているからではない。「物価安定の目標」は、もとより2%をピンポイントで目指す硬直的な枠組みではなく、上下双方向にアローワンスを持つ柔軟な枠組みであると私は理解しており、そうした理解のもと、その達成のハードルを柔軟に考えているのである。

この点、そもそも、「物価安定の目標」が目指すのは、物価だけが上昇するのではなく、全般的な経済情勢の改善とともに賃金が上昇し、それとバランスよく物価が上昇する世界である。4月からの消費税率引き上げで人々はますます物価動向に敏感になるであろう。そうしたなかで日本銀行が単に物価上昇だけを追求していくといった誤解は避けなければならない。そういう意味でも2%の「物価安定の目標」は柔軟な枠組みであることを改めて強調したい。