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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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滋賀県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2014年3月19日

目次

1.はじめに

本日は、滋賀県の各界における皆様と懇談をさせて頂く機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から日本銀行京都支店の様々な業務運営に対するご支援を頂いております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

本日は、まず私から、海外経済の動向を踏まえた日本の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策につきまして、日本銀行ならびに私の考えをお話させて頂きます。その後、皆様方から、当地の実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.内外経済の動向

(1)海外経済の動向

海外経済については、一部になお緩慢さを残していますが、先進国を中心に回復しつつあり、先行きについても緩やかに回復していくとみています。直近のIMFの世界経済見通しをみると、先進国の成長率の高まりを主因に本年の世界全体の成長率は3%台後半になると予測されています(図表1)。

主要国・地域別にみると、米国経済は、引き続き緩やかな回復を続けています。年末から年明けにかけては、経済指標に下振れ傾向もみられましたが、寒波の影響等の一時的要因によるところが大きいとみられます。先行きも、緩和的な金融環境が維持されるとの見通しのもと、財政面からの下押し圧力が引き続き和らいでいくことなどから、民需を中心に回復ペースが徐々に増していくものとみられます。欧州経済は、昨年に景気後退局面を脱して以降、持ち直しています。個人消費は、厳しい所得・雇用環境が依然続く中でも、マインドの改善に支えられて緩やかに持ち直しているほか、設備投資も底入れしています。欧州債務問題をはじめとする様々な調整圧力を内包している点にはなお注意が必要ですが、先行きも、企業、家計双方のマインド改善を背景とした内需の持ち直しなどから、持ち直しを続けていくとみています。

この間、中国経済は、一頃に比べて幾分低めですが、安定した成長が続いています。過剰設備問題への対応などの政府による構造改革が内需に下押し圧力となることが考えられますが、政府が景気・雇用情勢に配慮する姿勢を続け、輸出環境も改善していく中で、先行きも安定した成長を維持することが見込まれます。他方、中国以外の新興国・資源国をみると、一部で勢いを欠く状態が続いています。昨年来、構造問題を抱える一部の国では経済に脆弱さが目立ち、金融市場は不安定な動きを示してきました。また、アジア地域においては、インド経済が内需を中心に減速した状態が続いているほか、ASEAN経済も成長モメンタムが鈍化した状態が続いています。

こうした中、海外経済の先行きのリスク要因としては、新興国・資源国経済の動向、欧州債務問題の今後の展開、米国経済の回復ペースなどに注目しています。

(2)日本の経済・物価の現状と先行き見通し

日本経済は、緩やかな回復を続けていると判断しています。先般公表された2013年10-12月期の実質GDPは前期比+0.2%(年率+0.7%)となり、潜在成長率を上回るとみられる成長率が4四半期連続で達成されました(図表2)。内訳をみると、輸出は前期比+0.4%と小幅のプラスで着地し、1月の実質輸出の動きも踏まえると、このところ横ばい圏内で推移していると考えられます。設備投資は、3四半期連続で前期比プラスとなり、企業収益が改善するなかで持ち直しが明確になっています。足もとの個人消費をみると、本年4月の消費税率引き上げ前の駆け込み需要もみられていますが、雇用・所得環境が改善するもとで、基調的にも底堅く推移しているとみられます。

先行きについては、消費税率引き上げに伴う振れを伴いつつも、基調的には緩やかな回復を続けていくとみています。輸出は、海外経済の回復などを背景に、緩やかに増加していくと考えられます。公共投資は、当面増加傾向をたどったあと、高水準で横ばい圏内の動きになっていくとみられます。設備投資は、緩やかな増加基調をたどると予想されます。個人消費や住宅投資は、消費税率引き上げに伴う振れを伴いつつも、基調的には、雇用・所得環境の改善などに支えられて、底堅く推移するとみられます。

物価動向をみると、この1年間でかなり上昇しました。消費者物価(除く生鮮食品、以下同じ)の前年比は直近1月まで3か月連続で1%台前半で推移していますが、1%台に達したのは2008年11月以来です。食料・エネルギーを除くベースでみても、直近2か月は1998年8月以来の高い水準となる+0.7%を記録しています。先行きについては、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみた消費者物価の前年比は、暫くの間、1%台前半で推移すると見込んでいます。

こうした日本の経済・物価に関する見通しを、日本銀行が本年1月に公表した「経済・物価情勢の展望」(「展望レポート」)の中間評価における政策委員見通しの中央値でみると(図表3)、実質GDP成長率については、2013年度は+2.7%、2014年度は+1.4%、2015年度は+1.5%となっています。また、消費税率引き上げの直接的な影響を除いた消費者物価の前年比は、2013年度は+0.7%、2014年度は+1.3%、2015年度は+1.9%となっています。

3.経済・物価見通しに対するリスク

以上のような日本の経済・物価に関する中心的な見通しに対しては、上下双方向のリスクがありますが、私自身は下振れリスクをより意識しています。消費税率引き上げの影響については、経済の振れを一時的に大きくするものの、緩やかな回復を続ける経済の基調に影響を与える可能性は低いと考えています。その一方で、私は経済の下振れリスクとして、輸出動向と消費動向に特に注目しています。また、金融政策決定会合の議事要旨などで明らかにされていますが、私自身は物価見通しについてより慎重な見方をしています。以下では、こうした私自身の見方に基づき、先行きの見通しに関する留意点を幾つか述べたいと思います。

(1)輸出動向

輸出はやや勢いを欠く状況が続いています(図表4)。その背景としては、外需環境とそれ以外の要因の双方が作用していると考えており、私自身は、先行きも輸出は勢いを欠く状況がしばらく続く可能性が高いとみています。

外需環境をみると、まず注目されるのが、日本の主要な輸出先であるアジア諸国の経済がなお力強さを欠いていることです。本年入り後の中国経済をみると、2月の製造業PMIは昨年央以来の低水準となっているほか、構造問題への対応策が進むのと並行して、固定資産投資の増勢にも陰りがみられています。また、シャドーバンク問題の先行きにも不透明感があり、その帰趨次第では同国経済の追加的な下振れ要因となる可能性があります。

また、構造問題を抱える一部の新興国・資源国経済は、不確実性が高い状態にあります。これら諸国では、リーマン・ショック後の財政・金融面からの過剰な政策対応や、過大な成長期待に基づく海外資金流入により、民間債務累積などの不均衡の蓄積が進み、現在はその調整過程にあるとみています。従って、米国金融政策の正常化の過程で生じる国際資金フローの巻き戻しが意識される局面などで、これら諸国の金融市場は今後も不安定化しやすく、それが新興国経済の追加的な下振れ要因にもなりうると考えられます。このほか、現時点で影響を予測するのは困難ですが、ウクライナ情勢の今後の展開にも留意が必要です。

他方、米国経済については、住宅市場や家計債務等の調整が進みました。しかし、その調整期間が長引いた結果、再就職が難しい失業者や労働市場への参加や復帰が困難な人口が増加して、経済のスラックの固定化や労働生産性上昇率の低下など、新たな構造問題へと繋がっている可能性があります。こうした可能性も踏まえて、今後の米国経済の回復ペースに注目しています。

次に、外需環境以外の要因としては、第一に、本邦企業の部品等の現地調達拡大を伴う海外生産シフトといった構造的な要因が作用していることが考えられます。直近の内閣府の調査では、先行きも製造業は海外生産比率を高める計画となっていますが、このことは、企業が為替環境の変化よりも、外需と比べた内需の成長率の相対的な低さをより強く意識していることを窺わせます(図表5、6)。第二に、本邦企業が外貨建てで契約している輸出価格の引き下げに慎重な姿勢をとっている可能性があります(図表7)。このことは、企業が為替環境の変化を海外市場の拡大につなげるよりも、円建てでの輸出代金の増加による一時的な収益拡大として享受する傾向が現状では強いことを示唆しているように思います。これら外需以外の要因が今後どのように作用していくかも注目しています。

(2)消費動向

消費は引き続き底堅く推移しており、このところは消費税率引き上げ前の駆け込み需要もみられています(図表8)。しかし、2月の消費者態度指数が2年5か月ぶりの低水準まで下落したこと、2月の景気ウォッチャー調査の先行きDIが家計関連を中心に下落し、2年10か月ぶりの低水準となったこと等は、消費者心理の変調の兆しの可能性もあります(図表9)。

特に、足もとでみられる実質賃金の低下傾向が今後も継続した場合、いずれ個人消費の勢いが弱まることがないか、注視していく必要があると考えています(図表10)。もちろん、実質賃金が低下する中でも雇用者数が増加しているため、実質雇用者報酬は緩やかな増加基調にあります。しかし、直近の2013年10-12月時点で実質雇用者報酬は前年比+0.6%と小幅の増加にとどまっている一方、同時期の実質個人消費は前年比で+2.3%の伸びとなっており、両者は大幅に乖離しています(図表11)。昨年来、物価上昇率が高まっていく中でも、賃金上昇率も早晩それに追いつくとの期待が人々の間に比較的強かったと思いますが、仮に賃金上昇率が物価上昇率を下回る状況が長期化するとの見方がこの先強まれば、消費者心理の慎重化を通じて、人々の消費行動に悪影響を与える可能性があります。

この点に関連して、賃金動向をみると、基本給にあたる所定内賃金はなお下落基調にありますが、企業収益と労働需給の改善を追い風に、今春の賃金交渉を契機として早晩下げ止まると考えられます。しかし、多くの企業は、収益の改善を一時金という形で労働者に還元することには前向きですが、将来の固定費上昇を警戒して月例給、いわゆるベースアップの大幅な引き上げにはなお慎重であるように見受けられます。こうした姿勢は、企業が正社員の雇用拡大に依然慎重であることとも整合的です。労働需給を示す有効求人倍率は直近1月に1.04倍と1倍を超えていますが、正社員の労働需給はそこまで逼迫していないとみられ、賃金交渉の対象となる正社員の大幅なベースアップは生じにくい環境にあると言えます。

また、ベースアップがある程度は実現しても、賃上げ率の大部分が定期昇給分や一時金となる可能性に加えて、賃金交渉の対象にならない非正規社員の比率が高まる方向にあること、中小企業や公的部門での賃上げ率は相対的に低くなりやすいことを考慮すれば、復興財源捻出のための国家公務員給与の減額措置終了に伴う一時的な影響を含めても、全体の賃金上昇率はなお控えめな水準にとどまる可能性があります。その結果、仮に名目賃金上昇率が消費税率引き上げの影響を除いたベースでみた消費者物価上昇率を下回れば、実質賃金の低下が長引くとの見方が消費者の間で強まる可能性があるため、注視していく必要があります。

(3)物価見通し

物価見通しについて、2013年度は日本銀行と民間の見方が収斂してきていますが、先行きの2014-15年度については見方にまだかなり開きがあります(図表12)。この点、政策委員会の中では少数意見ですが、私自身は、昨年10月の「展望レポート」における物価見通しの記述について修正議案を提出したことからも明らかなように、物価について中心的な見通しに比べてより慎重な見方をしています。

これまでのところ、「量的・質的金融緩和」は国内需要を刺激し、経済の前向きの流れを後押しすることで、相応にプラスの経済効果を発揮しています。このことが、需給ギャップの改善を通じて物価上昇にも一定の寄与をしています。しかし、私自身は、この間の物価上昇率の押し上げに最も大きな影響を与えたのは為替要因であったと考えており、為替要因を除いた基調的な物価上昇ペースは、より緩やかであるとみています。これに加えて、後述するように中長期の予想物価上昇率の上昇も依然として緩やかであることや、賃金上昇率が当面緩やかなものにとどまる可能性が見込まれることも、私が慎重な見方をしている理由として挙げられます。

昨年来、物価上昇率は短期間でかなり高まりましたが、日本銀行が掲げる「物価安定の目標」が目指すところは、経済の好転に伴って賃金と物価がバランス良く上昇していく好循環が作り出され、それが安定的に持続することです。すなわち、日本経済の実力の高まりに見合ったペースで物価が上がっていくことが求められています。この点を踏まえれば、後述する金融政策運営に関する提案とも関連しますが、私自身は、2%の「物価安定の目標」は中長期の目標とした場合にのみ妥当性をもちうると考えています。

なお、各企業における消費税率引き上げへの対応については、企業の業種や個々の販売戦略等によって、増税分の価格転嫁率や価格の改定時期等にばらつきが出ることが予想されます。このため、物価の基調が読みにくい時期が暫く続く可能性がありますが、その点にも十分に留意しながら、今後の動向を注視していきたいと思います。

4.金融政策運営

日本銀行は、昨年4月初の金融政策決定会合において、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。この新たな政策運営の枠組みのもとで、マネタリーベースが年間約60〜70兆円に相当するペースで増加するように金融市場調節を行っています。これを実現するため、長期国債の保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するように買入れを行っています。また、資産価格のリスクプレミアムに働きかける観点から、ETFとJ-REITをそれぞれ年間約1兆円と約300億円に相当するペースで増加するよう買入れを行っています。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続することとしています。

「量的・質的金融緩和」は、その導入から約1年になりますが、これまでのところ金融市場や家計・企業などの期待形成への影響等を通じて、日本経済に好ましい効果を与えてきています。ただ、私自身は、「量的・質的金融緩和」の具体的な緩和策には賛成しつつも、政策委員会の中では少数意見ですが、2%の「物価安定の目標」の達成時期と、「量的・質的金融緩和」の継続期間について、「量的・質的金融緩和」の導入時点から修正議案を出し続けています。以下では、そうした点も含めて、金融政策運営を巡る幾つかの論点について、私自身の考えを申し上げたいと思います。

(1)「物価安定の目標」について

日本銀行は、「量的・質的金融緩和」の導入に先立ち、昨年1月の金融政策決定会合において、2%の「物価安定の目標」を導入しました。まず、この機会に「物価安定の目標」の意味するところを改めて確認しておきたいと思います。

第1に、日本銀行は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を理念として、金融政策を運営しています。この理念に照らして、「物価の安定」を定義すると、「家計や企業等の様々な経済主体が、物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」ということになります。日本銀行は、こうした「物価の安定」の実現を通じて、経済が持続的に成長する環境を中長期的に作り出し、日本経済が持っている実力を最大限に発揮させることを責務としていると言えます。別の言い方をすれば、「物価の安定を図ること」は、「国民経済の健全な発展に資すること」という最終目標を実現するための中間目標、いわば道しるべの役割を果たしていると私は考えています。金融政策運営に際しては、月々の物価指数の動きのみに注目するのではなく、「物価の安定」の実現に向けて、経済全般の動向に幅広く目配りしながら、この最終目標を実現していくことが何より重要だと私自身は思っています。

第2に、2%の「物価安定の目標」は、物価上昇率を安定的に2%程度で持続させることを目指すものです。経済の持続的な成長と整合的な「物価の安定」は、中長期的に持続可能なものでならなければならないからです。従って、2%の「物価安定の目標」を達成するためには、実際の物価上昇率が一時的に2%に達するだけでは十分でなく、その水準で安定することが求められ、その実現には、家計や企業や金融市場でも先行きの物価上昇率を2%程度と見込んで行動するようになること、換言すれば中長期の予想物価上昇率も2%程度になることが必要です。

これまでは、中長期の予想物価上昇率がトレンドとして概ねプラスの水準で推移してきた一方、実際の物価が長らく下落基調を続けてきたため、「物価の安定」が達成されずに経済環境は望ましくない状況に置かれていました。この点に、「量的・質的金融緩和」の導入が必要となった背景があります。

ただ、私自身は、日本の中長期の予想物価上昇率は、日本銀行が掲げる物価目標の水準や財・サービス及び労働市場の需給関係よりも、潜在成長率や労働生産性上昇率などの供給側の要因で決まる部分が大きいと考えており、少なくとも現時点では、2%という水準は日本経済の実力をかなり上回っているとみています。現実の物価上昇率がかなり高まる中でも、足もとの様々な指標をみると、5年、10年といった中長期の予想物価上昇率の上昇はなお緩やかなものにとどまっています(図表13)。従って、2%の「物価安定の目標」の実現には、「量的・質的金融緩和」が作り出した良好な経済・金融環境を活かしながら、幅広い経済主体が成長力強化に向けて息の長い取り組みを行っていく必要があると私自身は考えています。その結果として、中長期の予想物価上昇率が上がってくれば、いずれは2%が妥当な目標水準となる可能性もありうると考えていますが、その場合でも相応の期間を要するとみています。こうしたことから、私は2%の「物価安定の目標」の達成時期を2年程度と限定せず、それを中長期の目標とすることが望ましいと考え、そのような提案をしてきました。また、私としては、今後の成長力の変化や中長期の予想物価上昇率の変化を踏まえて、将来的には2%という「物価安定の目標」の水準を再検討する余地もあると考えています。

(2)「量的・質的金融緩和」について

昨年4月に「量的・質的金融緩和」の導入を決定した際に、私自身が「量的・質的金融緩和」の具体的な緩和策に賛成したのは、それが3つの点で大きなきっかけになると考えたためです。すなわち、第1は、需要面から、経済を刺激し前向きの循環を作るきっかけとなること、第2は、供給面から、成長力強化に資する政府の成長戦略や財政健全化、企業や家計の前向きな動きを引き出すきっかけとなること、そして第3は、経済・物価の改善を通じてゼロ金利が効果を発揮し、伝統的な金利政策を取り戻すきっかけとなることです。

他方で、「量的・質的金融緩和」は、正常化のプロセスが容易でない、財政ファイナンス観測を高めかねないなどの相応に大きな潜在的リスクを抱えていると思っています。現在のコミットメントのもとでは、2%の「物価安定の目標」を2年程度で達成するのが難しいとの見方が広がれば、プラス効果よりも副作用のほうが大きいと判断される場合でも、金融市場の期待等の外部要因に影響されて、日本銀行の政策がそうした対応を余議なくされる可能性も否定できません。

この点、私自身は、2%の「物価安定の目標」は中長期でみた場合にのみ、日本経済のファンダメンタルズと整合的になりうると考えていることもあり、仮に現在の大規模な金融緩和策が長期化あるいは追加的措置によって強化されれば、逆にこれらの副作用がプラス効果を上回ってしまい、長い目でみた経済の安定をむしろ損ねてしまうリスクを強く意識しています。このため、私は「物価安定の目標」を中長期の目標としたうえで、「量的・質的金融緩和」を「2年間程度の集中対応措置」と位置付ける提案をしてきました。これは、一定期間経過した後に、「量的・質的金融緩和」の効果と副作用の比較考量をしっかりと実施し、経済・金融情勢次第で柔軟に見直す環境を予め確保しておくことを狙いとしているものです。

(3)金融政策と構造改革

「量的・質的金融緩和」は、それ自体、強力なものですが、官民による様々な取り組みと相俟ってこそ、最大限の効果を発揮します。

一般に、金融政策は、主に経済の需要面に働きかけることを通じて、構造改革を側面支援することはできますが、構造改革自体を代替することはできません。例えば、先ほども述べましたように、潜在成長率や労働生産性上昇率を向上させるためには、成長力強化に向けた供給側での様々な施策が必要となります。この点とも関連しますが、最近、米国をはじめ主要先進国で潜在成長率の低下や自然失業率の上昇等の可能性がよく議論されていますが、こうした構造変化を的確に認識せずに金融緩和が行き過ぎれば、経済・金融面での不均衡が蓄積されてしまうリスクがあることにも注意する必要があります。また、金融政策に対して過度に期待が高まる場合、あるいは金融政策の本来の対応領域を超えて金融緩和が進められる場合には、必要な構造改革を進める機運が殺がれ、長い目でみた経済の成長にむしろマイナスに働いてしまう惧れがあります。

金融緩和の効果を十分に発揮していくうえでは、財政の信認確保も不可欠です。仮に、日本銀行による巨額の国債購入が続けられる中、そうした政策によって債券市場の安定が保たれるとの期待が過度に強まり、構造改革を通じた財政健全化の動きが弱まる、あるいはそのような観測が市場に広まれば、財政に対する信認が低下して長期金利が上昇し、財政状況を悪化させるとともに、緩和効果を大きく損なう可能性があります。昨年1月の政府と日本銀行の「共同声明」でも示されたように、財政健全化策の遂行は、「量的・質的金融緩和」が成功するためのいわば重要な前提であり、日本経済がデフレを脱却し持続的な成長を達成する上で不可欠と考えています。

(4)幅広い政策手段の活用

貸出支援基金

日本銀行は、「量的・質的金融緩和」を通じた強力な金融緩和に加えて、緩和的な金融環境が貸出増加や成長力強化に向けた取り組みに最大限に活用されることを後押しするため、「貸出支援基金」という資金供給制度も設けています。同基金は、「貸出増加支援資金供給」と「成長基盤強化支援資金供給」の2つで構成されていますが、本年2月の金融政策決定会合において、規模を増額したうえで、近く期限の到来する制度の期限を1年間延長することを決めました(図表14)。すなわち、前者については、金融機関が貸出を増加させた額に対して日本銀行が供給する資金の額を、同額から2倍に拡大しました。後者については、本則の総枠を3兆5千億円から7兆円に倍増するとともに、対象金融機関ごとの上限を現行の1,500億円から1兆円に引き上げました。さらに、この2つの資金供給ともに、貸付期間を長期化し、固定金利0.1%で4年間(これまでは1〜3年間)の資金供給を受けられることとしました。

今回の見直しにより、「貸出支援基金」が貸出増加や成長力強化に向けた取り組みをさらに促し、「量的・質的金融緩和」を補完して日本経済の改善に貢献することを期待しています。また、私自身は、相応に大きな副作用を持つ「量的・質的金融緩和」に過度に依存するのではなく、このように様々な施策を並行的に活用しつつ、中長期的に望ましい経済環境の達成を目指すのが望ましいと考えています。

金利政策の効果も視野に入れた政策運営

「量的・質的金融緩和」で実施されている資産買入れ策などの非伝統的な政策は、ゼロ金利制約の下で、経済・物価に上向きのモメンタムを生じさせ、その方向性に影響を与える、例外的でやや時限性の高い手段と位置付けることができると思います。これに対して、伝統的な金利政策は、経済・物価を望ましい水準へと誘導していく局面でのファイン・チューニング的な常用手段として位置付けることができると思います。

私自身は、「量的・質的金融緩和」の奏功により経済・物価のモメンタムが十分に高まり、期待収益率などが上がってくれば、ゼロ金利を維持するだけで伝統的な金利政策が累積的に金融緩和の効果を高め、経済への刺激効果が出てくると考えています。実際、足もとでは、「量的・質的金融緩和」以降の需給ギャップの改善や物価上昇を映じて、テーラー・ルール1に基づく政策金利水準はマイナスからゼロないしプラスの領域に入りつつあるとの試算も得られます。

従って、将来、「量的・質的金融緩和」の緩和効果に加えて、ゼロ金利の維持による累積的な緩和効果が更に高まっていけば、この2つの政策ツールの役割や効果と副作用のバランスを勘案しながら、政策運営の重心を資産の買入れからゼロ金利政策の方に徐々に移していくことも考えられるのではないかと個人的には思っています。非伝統的な政策は歴史の浅い新しい政策手法であるがゆえに、その副作用には概して未知の部分がなお多いと考えられます。特に、将来、金融市場の安定を維持しつつ金融政策の正常化を円滑に実現させるためには、財政健全化と並んでこうした政策運営の重心移行を図っていくことが重要な要件になると私自身は考えています。

  1. 現実の物価上昇率の目標値からの乖離幅と需給ギャップなどに応じて、一定の計算式に基づきベンチマークとなる政策金利の水準を算出するルールのこと。

5.終わりに〜滋賀県経済について〜

結びにあたり、当地の経済についてお話したいと思います。

当地は、よく言われるように、(1)製造業の工場集積、(2)近江商人の「三方よし」の精神を引き継いだ環境・CSRに対する高い意識、(3)琵琶湖をはじめとする豊かな自然や歴史などの観光資源、(4)全国でも数少ない人口増加県、といった強みを有していると思います。

滋賀県経済の特徴の一つは、製造業のウェイトが非常に高いことです。全国のほぼ中央に位置し、京阪神・中部圏・北陸圏へのアクセスが良いという恵まれた地理的条件を背景に、当地では各種製造業の工場が集積しており、県民総生産に占める第2次産業の割合は4割程度と全国でトップクラスの高さです。当地でウェイトが高い業種では、輸出依存度が相対的に高いため、海外景気の影響を受けやすい面があることも事実ですが、滋賀県の一人当たり県民所得が全国上位で推移している背景には、こうした集積が寄与していると思います。

製造業については、環境産業が集積しつつあることも大きな特徴です。滋賀県では、琵琶湖の環境保全活動を契機として、早い時期から産官学連携で環境問題に対して積極的に取り組まれてきたことは、よく知られています。こうした長年の蓄積を踏まえて、近年では、「環境ビジネスメッセ」の開催をはじめ、企業が保有する環境対策のノウハウ等を環境ビジネスに結び付けようとする取り組みが盛んで、地元金融機関もこうした取り組みを積極的に支援していると聞いています。

また、当地は、琵琶湖をはじめとする豊かな自然環境や多くの歴史的文化遺産を有しており、観光産業の持つ潜在的な成長力は大きいと思います。国内外の潜在的な需要を掘り起こし、製造業のウェイトが高い当地経済の多角化を図っていくことも重要ではないかと思います。

こうした滋賀県経済の特徴も踏まえつつ、県が策定された「滋賀県産業振興戦略プラン」では、今後さらに伸ばすべき4つの分野として、「環境」、「医療・健康」、「モノづくり基盤技術」、「にぎわい創出・観光」が挙げられています。こうしたご努力が実を結び、滋賀県経済が一層の発展を遂げられることを願っております。

ご清聴ありがとうございました。