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【講演】最近の先進国およびアジア・太平洋地域における金融政策の潮流

English

National Asset-Liability Management Conferenceでの基調講演の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2014年7月23日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.先進国・地域における最近の金融政策運営の特徴
    1. (1)インフレ目標としての2%の採用
    2. (2)予想インフレ率の2%程度での安定化
    3. (3)ゼロ金利制約の下での非伝統的政策の実践
    4. (4)金融の安定と金融政策及びマクロプルーデンス政策との関係の重視
  3. 3.アジア・太平洋地域における金融政策運営の変化
    1. (1)物価安定の重視
    2. (2)柔軟性が高いインフレーション・ターゲティングの運営
    3. (3)柔軟な為替相場の容認へ
    4. (4)資本流入局面での低金利政策
    5. (5)金融安定の維持を目的としたマクロプルーデンス政策の積極活用
  4. 4.アジア・太平洋地域のインフレの動向と将来の金融政策運営の展望
    1. (1)実際のインフレとインフレ予想の動向
    2. (2)金融政策運営の将来の展望
  5. 5.アジア・太平洋地域における金融政策運営についてのまとめ

1.はじめに

本日はシンガポールにおいてNational Asset-Liability Management Conferenceにおける基調講演の機会を頂きまして光栄に存じます。私は2011年から日本銀行の政策委員会の審議委員として、黒田総裁を始め他の政策委員とともに金融政策運営の決定に携わっております。本日は、「最近の先進国およびアジア・太平洋地域における金融政策の潮流」についてお話いたします。実は、私は、本年1月にもシンガポールを訪問し、先進国・地域と新興国・地域の最近の金融政策動向とその課題について講演を行う機会があったのですが、その後、本日の会議の主催者であるCentral Banking Publicationsから、その内容をアジア・太平洋地域の視点で発展させたかたちで講演するお誘いを頂きました。この地域は多様性が大きく一つに取りまとめるのはなかなか大変なテーマではありますが、私の講演が本日の国際会議で少しでも活発な議論を促すのにお役に立つことができれば嬉しく存じます。

それでは、私の講演の流れをご説明いたします。まず、主要な先進国・地域(米国、ユーロ圏、日本、英国を含む)の最近の金融政策について簡単にご紹介致します。その上でアジア・太平洋地域―豪州、中国、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、韓国、タイの9か国を対象―に話を転じまして、過去10年ほどの期間における金融政策運営の特徴についてご説明いたします。その後、同地域のインフレに関する現状を概観しまして、将来の金融政策の展望について私の見解を申し上げます。

2.先進国・地域における最近の金融政策運営の特徴

世界金融危機以降、先進国・地域の金融政策運営は大きく変化を遂げています。なかでも、共通する特徴として4点指摘いたします。その特徴とは、(1)2%のインフレ目標の採用、(2)予想インフレ率の2%程度での安定化、(3)非伝統的政策の実践、(4)金融の安定と金融政策及びマクロプルーデンス政策との関係の重視です。以下、各々の特徴について、4つの中央銀行(連邦準備制度理事会[FRB]、欧州中央銀行[ECB]、日本銀行、イングランド銀行)の実践内容を簡単にご説明いたします(図表1)。

(1)インフレ目標としての2%の採用

まず、4つの中央銀行は金融政策運営の責務(mandate)として「物価の安定」を掲げていることもあり、中長期のインフレ目標(又はゴール)として2%あるいは2%近くの数値を採用しています。いずれの中央銀行もこの目標には「総合物価指数」を用いており、ECB、日本銀行、イングランド銀行では総合消費者物価指数(HICP、CPI)を、FRBは個人消費支出(PCE)デフレーターを採用しています。ただし、金融政策運営にあたってはインフレの基調的な動きをみて判断する必要があり、FRB、ECB、日本銀行では金融政策運営上の参考指標として、公式に各々コアPCEデフレーター、コアHICP、コアCPIを用いています1

物価安定の数値目標の採用という点においてイングランド銀行とECBは先駆者であり、現在の数値目標については各々2003年に採用しています。一方、FRBと日本銀行は、世界金融危機後に各々2012年と2013年に採用しています。これらの4つの中央銀行では、「インフレーション・ターゲティング」の枠組みを正式に採用しているかどうかはともかくとして、金融政策運営では類似した点が多くみられます。各々、数値目標を掲げている他、インフレ率と経済成長率の中期見通し(通常は先行き約3年間)の公表、金融政策を独立して決定する委員会の存在、物価安定を含む目標の実現についての説明責任の実践等が挙げられます。

また、各中央銀行とも「インフレ見通し」が「中期的」(あるいは中長期的)にみてインフレ目標を達成するように金融政策を決定しており、事実上の「フレキシブル・インフレーション・ターゲティング」を採用していると言えます。これは、スベンソン教授が提唱した考え方で、インフレはインフレ目標の近くで、需給ギャップは持続可能な水準の近くで安定するように金融政策を決定する枠組みです。つまり、インフレ目標の達成にあたり、現実には様々な予期せぬショックが発生し得るので、それらが経済成長に及ぼす影響にも配慮しながら、柔軟に金融政策を運営するという考え方に立っています。言い換えれば、中央銀行のインフレ見通しを中期的に目標に近づける政策運営によって、実際のインフレ率が「中期平均」でみてインフレ目標を実現していくことを目指しています。なお、FRBでは物価安定と雇用最大化の二大命題を明確に掲げているため、この枠組みがもともと金融政策運営に組み込まれているとも言えます。

ところで、最近では幾つかの国・地域では実際のインフレ率がインフレ目標を下回る状態が続いています(図表2)。これは、それまでのエネルギー価格の下落、雇用・生産設備の過剰感、為替相場の増価、世界経済危機がもたらした「逆風」(headwind)等を反映しているようです。逆風には、金融規制の強化、銀行の融資基準の厳格化、企業・家計のデレバレッジの継続、世界経済の緩慢な景気回復等が含まれます。その結果、当初想定したよりも長く金融緩和の継続が必要となっている中央銀行もあるようです。

  1.   1  各国で「コア」の指す内容は異なり、FRBでは「食料・エネルギーを除く総合」、ECBでは「エネルギー・食品・アルコール飲料・たばこを除く総合」、日本銀行では、「生鮮食品を除く総合」をそれぞれ意味します。

(2)予想インフレ率の2%程度での安定化

物価の安定を実現するには、中央銀行は、人々の予想インフレ率をインフレ目標の水準で安定させる必要があります。このように予想インフレ率がアンカーされた状態にあれば、実際のインフレ率が、仮に目標から乖離した場合でもやがて目標水準に収斂していく傾向があると言えます。一般的に、「長期の予想インフレ率」は、変動が大きくコモディティ価格や頻繁に購入する財・サービス価格に反応しやすい「短期の予想インフレ率」よりも重要です。なお、FRB、ECB、イングランド銀行は、長期の予想インフレ率(例えば、5年先)は2%程度の水準で「十分アンカーされている」と主張しています。この点についてエコノミストの予想インフレ率をもとに見てみますと、米国とユーロ圏では長期予想インフレ率が2%程度で安定していることが確認できます(図表2)。他方、英国では長期予想インフレ率は5年以上も2%を超えていますが、これにはこの間の為替相場の減価、エネルギー価格の上昇、付加価値税率の引き上げ、様々な政府管理価格の引き上げ等の要因が影響しているようです。もっとも、最近では、これらの影響が剥落しており、予想インフレ率は低下傾向を示しています。

日本の事例と予想インフレについての謎

日本銀行は2013年1月に2%の物価安定目標を採用し、過去15年間ほど続いた緩やかなデフレを克服するために同年4月に「量的・質的金融緩和」(QQE)を導入しています。このQQEの特徴は、できるだけ早くインフレ率2%を達成するだけでなく、長期予想インフレ率を、現在の1%程度の低い水準から2%に向けて上昇させ、その水準で安定させることを目指している点にあります。この意味で、日本銀行の金融政策は他の中央銀行の金融緩和政策とは一線を画しています。他の中央銀行では、長期予想インフレ率が既に2%程度で安定している現状を維持しつつ、需要を刺激して景気回復を支えるために金融緩和を実行しています。

わが国の長期予想インフレ率(例えば5年先)は、1995年から2014年初めまでの期間において平均1%程度を維持しています。ところが実際のインフレ率と短期予想インフレ率(例えば1年先)はともに長期予想インフレ率を下回っており、しばしば緩やかなデフレの領域で推移してきました。実際のインフレ率がデフレ状態なのに、長期予想インフレ率が1%程度を維持してきたのは不可解な現象にも思えます。長期予想インフレ率が比較的高めで推移してきた一因として、国民、とくに1970年代の石油危機や1980年代の資産バブルの時期を経験した世代を中心に「物価はいずれ上がるだろう」という意識が根付いていた可能性が考えられます。また、わが国の長期予想インフレ率は、米国、ユーロ圏、(世界金融危機前の)英国と比べて変動が大きいことが見て取れますが(図表2)、このことはわが国の予想インフレ率がこれまでアンカーされていなかったことを示唆しています。

こうした状況をうけて、QQEにより、金融政策の「レジーム・チェンジ」を起こすことで、実際のインフレ率および予想インフレ率を2%に向けて上昇させていくことを意図しました。このアプローチは、インフレ率を上げるという意味で逆方向にはなりますが、1979−83年に、当時のFRB議長のポール・ボルカー氏がレジーム・チェンジを起こして高インフレを抑制した政策と類似しています。

ところで、わが国の足許におけるインフレ率の急上昇(図表2)は、主に2014年4月に消費税率の5%から8%への引き上げによってCPIが2%程度押し上げられたことに起因します。とはいえ、この一時的な影響を除くベースでも物価上昇率は1%台前半で推移しており、2013年3月に直近で最低水準のマイナス0.5%をつけてからは着実に上昇してきました。日本銀行の基本シナリオでは、物価上昇率は、暫くの間、1%台前半で推移した後、本年度後半から再び上昇傾向をたどると予想しています。同様に、短期の予想インフレ率(例えば、1年先)が2013年中に急上昇してきたのはこの増税の効果が主因です。2014年4月にこの指標が2%超から2%未満に低下したのは、この増税による押し上げ効果が剥落したためです。他方、長期の予想インフレ率(例えば、5年先)は増税の影響がないので、上昇傾向を示していることは前向きな動きと捉えられます。予想インフレ率に関してはこの他に家計、企業、市場データに基づく様々な指標がありますが、日本銀行は「全体として緩やかな上昇傾向にある」と判断しています。ただし、指標によっては区々の動きが見られますので、上昇傾向が続いていくのか注視していく必要があります。

QQEの導入以降、わが国経済がデフレからの脱却に向けた良い兆候を示しつつあるのは明白です(図表2)。企業の中には、新しい製品・サービスを提供することで需要を開拓し、販売価格を引き上げることに自信を強めている先もあるようです。雇用の拡大と名目賃金の改善を享受する家計の数も増えているようです。国民のデフレマインドとそれによるリスク回避的な経済行動が変わっていくにはそれなりに時間がかかりますが、前向きの動きは徐々に広がっています。従いまして、今後も金融政策によってこの変化と景気回復をしっかり下支していくことが重要です。わが国の潜在成長力を押し上げる政府の成長戦略の実践や企業努力とともに、まずは物価安定目標の2%を達成した上で、その後は2%を安定的に維持する道筋を実現していくことは可能だと思っています。なお、「2%を安定的に維持」という表現は、長期予想インフレ率を2%程度に安定化させることと同義だと考えています。言い換えれば、この状況は、他の先進国・地域と同様に、実際のインフレ率が「中期平均」的にみて2%程度を実現していることを意味します。

(3)ゼロ金利制約の下での非伝統的政策の実践

4つの中央銀行はいずれも「名目金利のゼロ金利制約」に直面しており、積極的に「非伝統的金融政策」を実践しています。ここでは非伝統的政策として5つ、すなわち、(A)様々な金融資産の大規模買入れ、(B)フォーワードガイダンス、(C)長期の流動性供給、(D)長期の条件付き融資制度、(E)準備預金へのマイナス金利適用を挙げ、以下、現在の実践内容の概要をご紹介いたします(図表3)。

(A)資産買入れ:FRB、日本銀行、イングランド銀行は、政策金利が0%近くにあっても、まだプラスの領域にある長期金利を下押しするために大規模な資産買入れを実施しています。この政策はしばしば「量的緩和政策」と呼ばれることもあり、主要な買入れ資産は国債です。この他、FRBはエージェンシーMBSを、日本銀行は様々な資産(短期国債、社債、CP、ETF、REIT)を買入れています。FRBは、現在、毎月の資産買入れ額をFOMCの開催の度に100億ドルずつ減額させています。日本銀行は予め設定した年間の資産保有残高の増額ペースをもとに買入れを進めています(現時点では2014年末までの増額を明確にしています)。イングランド銀行では資産保有残高を維持しています。一方、ECBではこれら3つの中央銀行とは異なるアプローチを採っており、金融資産の買入れは限定的で、「証券市場プログラム」(SMP)の下で購入した国債は不胎化してきました。もっとも、2014年6月にはこの不胎化を目的とした週次の資金吸収オペを、インフレ懸念が無くなったとの理由で停止しています。さらに、ABS市場での買入れ政策に関連した準備作業に注力することも決めていますが、同政策を量的緩和政策ではなく「信用緩和政策」と位置づけています。

(B)フォーワードガイダンス:4つの中央銀行は、いずれもフォーワードガイダンスを採用しています。フォーワードガイダンスは市場・国民に将来の金融政策の方向性について情報を提供するために行う「コミュニケーション政策」です。この内、FRB、ECB、イングランド銀行ではフォーワードガイダンスを主に金融政策の操作目標である「政策金利」に適用し、将来にわたって同金利を低水準に維持することを市場・国民に伝えています。一方、日本銀行ではフォーワードガイダンスを「QQE全体」に適用しており、政策金利に適用している訳ではありません。金融政策の操作目標は無担保コール翌日物レートからマネタリーベースへと変更しているからです。そこで、マネタリーベースの増額ペースが決まれば、おおよそ国債等の買入れ額も決まるので、マネタリーベースと資産買入れ額はある種の「不可分」の関係として扱われています。その上で、フォーワードガイダンスによって、将来にわたってマネタリーベースの増額と資産買入れを維持するとのメッセージを市場・国民に発信しています。

(C)長期の流動性供給:ECBと日本銀行は、現在、金融機関の資金繰り支援及び実体経済への貸出促進を企図して長期の流動性を供給しています。ECBは「固定金利・応札額全額供給方式」の「長期リファイナンスオペ」(LTROs)を実施しており、現在は3か月物オペを2016年12月に到来する積み期最終日まで実施することにしています。また、2011年12月と2012年2月の2回にわたって3年物LTROsを実施しました。日本銀行は、2013年4月から5月にかけて国債市場の急激な変動に対応するために1年物の流動性オペを数回実施しました。現在でも1年までの満期であれば実行可能な手段ですが、現時点では3か月物を中心に資金供給をしています。

(D)条件付き融資制度:日本銀行は、ゼロ金利制約の下で、金融機関による民間部門向け貸出の増加金額に紐付けて、金融機関向けの長期融資制度を導入した最初の中央銀行です。目的は、金融機関の融資活動を促すためで、「成長基盤強化を支援するための資金供給」と「貸出増加を支援するための資金供給」の二つのプログラムから構成されています。前者は2010年に導入され、わが国経済の成長基盤強化に向けた融資・投資を行う民間金融機関の実績に応じて固定金利0.1%で最長4年間の資金供給を行っています。後者は2013年に導入され、各金融機関の貸出増加額の2倍相当額まで、希望に応じて固定金利0.1%で最長4年間の無制限資金供給を実施しています。次いで、イングランド銀行がFunding for Lending Scheme」(FLS)を2012年に導入し、現在は中小企業に対する純貸付額の実績をもとに、金融機関に対して適格担保と交換に低コストで英国国債を貸し付けています。さらに、2014年6月にはECBが新たに「TLTROs」(Targeted LTROs)を導入し、金融機関の民間部門(住宅ローンを除く)への貸出増加額の3倍まで、ECB・ユーロシステムからMRO(主要リファイナンス)金利プラス0.1%の固定金利で最長3〜4年までの長期借入れが可能な融資制度を導入しています。

(E)準備預金へのマイナス金利適用:ECBは、2014年6月に預金ファシリティに適用する金利をマイナス0.1%へ引き下げ、「所要準備を超える部分」(超過準備)に対しても同じくマイナス0.1%の付利を適用することにしました。一方で、FRBと日本銀行は、各々0.25%と0.1%のプラスの付利を超過準備に適用しています。イングランド銀行は、準備預金に0.5%のプラスの金利を適用しています。中央銀行がこのようにプラスの金利を支払っている理由はいくつかありますが、ひとつにはマイナスの金利だと銀行間市場が縮小して金融機関がいざ必要なときに市場から即座に資金調達することが難しくなる可能性にあります。また、これに関連していますが、付利金利があると銀行間市場の金利に下限が生まれますので、プラスの金利を維持すれば市場金利の変動は小さくなると考えられます。これにより、中央銀行は市場金利を大きく変動させることなく銀行間市場に十分な流動性を円滑に供給し、バランスシートを拡大する量的緩和政策をし易くなるという利点があります。

その一方で、マイナス金利で期待される効果として、為替相場の減価や金融機関の貸出金利の低下等を期待する見方があります。この点、例えば、デンマークでは大量の資金流入に直面した際に、ERM IIの下で対ユーロの固定相場を維持するために、中央銀行のCDファシリティにマイナス金利を適用(2012年7月〜2014年4月)しました。その結果、自国通貨を減価方向に戻して、固定相場が維持される効果が得られています。他方、貸出金利は殆ど下がらず、貸出額はむしろ低下しています。

(4)金融の安定と金融政策及びマクロプルーデンス政策との関係の重視

世界金融危機の発生をきっかけに、各国は既存のミクロプルーデンス政策だけでは金融システム全体としての安定を必ずしも実現できる訳ではないとして、マクロプルーデンス政策を重視するようになっています。この背景には、2000年代半ばまで続いた「大いなる安定」(Great Moderation)の時期において、一般物価の安定は十分維持されていた反面、世界金融危機を防げなかったことへの反省が各国に浸透していることが挙げられます。マクロプルーデンス政策では、金融システムを構成する金融機関や金融市場等と、それらの相互連関、実体経済と金融システムの連関がもたらす影響が重視されます。この点、中央銀行はマクロ経済や金融市場の動向、金融取引の把握に努めているほか、金融システムの安定確保のために個別金融機関等に対する最後の貸し手機能を有しており、こうした特性・知見・機能を活用することがマクロプルーデンス政策面で有効であると考えられます。このため、「金融の安定」を維持するためにマクロプルーデンス政策における中央銀行の役割が高まっているとの見方が共有されるようになっています。

しかし、中央銀行にとって「マクロプルーデンス政策に関する決定と金融政策に関する決定の間でどのようにバランスをとるのが適切なのか」という点では、まだ解が見いだせていません。たとえば、金利の引き上げ等の金融引き締め政策は、インフレ圧力が高まる兆しがある場合には言うまでもなく、当該国の経済全般にわたって急速な信用拡大と資産バブルが生じつつある場合にも、その抑制のために検討される選択肢の一つです。また、既にインフレ率がインフレ目標の水準で維持されているか、長期の予想インフレ率が十分アンカーされている場合には、なおさら高まる金融不均衡の抑制に向けた金融引き締め策が検討されるべきです。

その一方で、当該国の経済が景気後退局面において長く金融緩和を実施している場合には、難しい問題が起きる可能性があります。何故ならこの状態では、時として、インフレ率がインフレ目標を下回る状態が長引いており、長期の予想インフレ率も下落を始めている一方で、バブル等の金融不均衡が蓄積され始めている可能性があるからです。このときに中央銀行は、物価安定の責務を果たすために、また、物価目標の未達成によって信認を失うリスクを回避するために、金融緩和を継続する必要があります。しかし、そうすると信用の伸び率をさらに高め資産バブルを助長するジレンマに直面する可能性があります。これらの問題はここ数年でますます現実味を帯びてきています。ベルギー、ノルウェー、スウェーデン、スイス、英国等の先進国では、住宅価格の急速な上昇に直面していますが、インフレ率はインフレ目標を下回るか、低い状況で推移しています。

中央銀行によるマクロプルーデンス政策への関心の高まり

こうした物価の安定と金融の安定のトレードオフから示唆されることは、中央銀行に十分な政策手段を付与しないまま金融政策に複数の目的を当てることには潜在的な問題をはらみ得るということです。そこで、金融不均衡が高まっている際に、中央銀行が採り得る「最初の防衛線」として考えられるのがマクロプルーデンス政策手段の活用です。マクロプルーデンス政策手段は、金融機関に働きかける政策ですが、例えばCGFSの分類によると、「資本ベースの手段」「流動性ベースの手段」「資産サイドに対する手段」の3つに大別されます2。資本ベースの手段としては、バーゼルIIIで採用された「カウンターシクリカル資本バッファー」(CCB)の他、セクター別の資本バッファー等が含まれます。また、流動性ベースの手段には、流動性比率、外貨のネットオープンポジション、法定準備比率等の活用が含まれています。資産サイドの手段としては、総与信量に対する規制、(主に住宅・不動産ローンに適用される)「借入金・担保」(LTV)比率や「債務・所得」(DTI)比率の適用、不動産購入に適用する様々な課税措置等が含まれます。これら3タイプのなかで、CCBは実践的な資本ベース手段として、幾つかの先進国で注目されています。例えば、CCBは2016年に各国が採用する予定ですが、スイスでは既に2012年7月にスイス国立銀行がCCBの水準やタイミングについて提案を行い、内閣(スイス連邦参事会<Federal Council>)が審議・承認する仕組みを整えています。同国ではCCBは幅広く適用することも、特定のセクターに適用することもできますが、2013年2月に1%のCCBが住宅ローンに適用され、2014年6月に2%に引き上げています。

マクロプルーデンス政策を運用する制度面に関しては、英国では大きな制度改革を実施しました。イングランド銀行は、金融政策を担当する「金融政策委員会」(MPC)を維持する一方で、2013年にマクロプルーデンス政策を担当する委員会として「金融システム政策委員会」(FPC)を正式に発足させています。FPCは現在MPCとの協調を促進するための具体的な手法を模索しているようです。最近では、MPCが低金利環境の下で、住宅価格の急速な上昇や住宅ローンの拡大傾向に対して懸念を表明していますが、これに関連するシステミックリスクについては最初の防衛線としてマクロプルーデンス政策で対応すべきとの見解を示しています。マクロプルーデンス政策手段としてはCCBが重視されており、2014年5月に、FPCは政府からその水準を設定する責務を付与され、同年6月にまずは0%とすることを決定しました。また、同じ6月に、FPCは「プルーデンス規制機構」(PRA)等に対して、所得対比でローン残高が高水準となるような住宅ローンに関して、新規貸出件数を一定範囲に抑制するための施策をとるよう勧告しています。

欧州連合(EU)レベルでは、金融システムに対する地域間で監督・管理する仕組みがなかったことが欧州債務危機への対応の遅れを招いたとの教訓から、銀行同盟に向けた動きが徐々に進んでいます。例えば、2014年11月から、「単一監督メカニズム(SSM)」が稼働し、ECBが主要銀行の健全性を監督する役割を担います。さらに、2010年には「欧州システミックリスク理事会」(ESRB)が設立され、ECB総裁が議長を務め、各国中銀総裁、欧州委員会の代表やEU域内の規制当局の首脳等をメンバーとして域内のマクロプルーデンス政策を担当しています。金融システムに関連する様々なリスクを特定し、必要に応じて各国の規制当局に是正勧告を行う役割を担っています。

一方、米国では、2010年にマクロプルーデンス政策を担当する「金融安定監督委員会」(FSOC)を設立しています。同組織は財務長官を議長とし、FRB議長や関連規制当局の代表等が参加しています。米国の金融システム安定に対するリスクの特定や市場の監視を行い、プルーデンス規制・監督に関するFRBへの勧告や国内外の金融規制動向等に関する連邦議会への助言・提案等の権限が付与されています。

この間、日本では、金融行政を担当する「金融庁」と中央銀行である日本銀行が、それぞれの機能を活かすかたちで協力しながら、金融システムの安定を図る体制が採られています。2014年6月には両者の間で「金融庁・日本銀行連絡会」が開催され、金融システムや市場の動向について半年に一回の頻度で意見交換を行っていくことになりました。また、日本銀行は、金融機関に対する考査やオフサイトモニタリングを行いつつ、マクロプルーデンスの視点から金融システムの安定性やリスクに関する様々な分析を行い、「金融システムレポート」を年2回公表しています。

  1.   2  CGFS (2012) "Operationalising the Selection and Application of Macroprudential Instruments," CGFS Papers No. 48を参照。

金融安定を維持するための流動性吸収オペレーションの活用

金融不均衡に対しては、第一義的にはマクロプルーデンス政策で対応するという考えが一般的ではありますが、中央銀行が採れるもうひとつのアプローチとして、超過準備への付利あるいはリバースレポ金利を使ってマネーマーケットの潤沢な流動性を抑制する考えも最近注目されています3。中央銀行はこうした金利を自ら設定することができるため、金融機関が中央銀行に預ける超過準備をコントロールすることで(つまり中央銀行に多額の超過準備を維持することを促すことによって)、金融システムの安定に寄与する可能性があります。こうした施策は、引き続き中央銀行に短期金利を誘導する手段を残すため、物価の安定や持続的な経済成長等の目標への影響を限定的に留めつつ実施できると考えられています。この考えは、最近の米国において活発に議論されており、とくにこれらの金利はFRBが出口戦略で超過準備を抱えている中で徐々に引き上げることで市場金利を正常化していく手段として語られることが多いようです。しかし、同時にこれらの金利を使って超過準備を長く維持できれば、過剰な投融資によるバブルを抑制する政策手段となりうるとの観点からも議論されるようになっています。

  1.   3  例えば、J. E. Gagnon and B. Sack (2014) "Monetary Policy with Abundant Liquidity: A New Operating Framework for the Federal Reserve," Peterson Institute for International Economics, Policy Brief No. PB 14-4, January; J. C. Williams (2014) "Financial Stability and Monetary Policy: Happy Marriage or Untenable Union?"(独ブンデスバンク主催会議でのプレゼンテーション)を参照。

3.アジア・太平洋地域における金融政策運営の変化

次に、アジア太平洋地域に話題を移します。1997−98年に東アジア経済危機が発生して以来、多くの中央銀行はドル固定相場制から移行し、それに合わせて金融政策の枠組みも変化しており、金融政策運営については域内である程度の収斂が見られています。ここで5つの共通点を指摘いたしますと、(1)物価安定の重視、(2)先進国・地域よりも柔軟なインフレーション・ターゲティングの運営、(3)より柔軟な為替相場の容認、(4)資本流入局面での低金利政策、(5)金融安定の維持を目的としたマクロプルーデンス政策の積極活用、を挙げることができます。以下、それぞれご説明いたします。

(1)物価安定の重視

まず初めに、いずれの中央銀行も、金融政策の目的として「物価の安定」、つまり低く安定したインフレの実現を強調するようになっています。金融政策の責務として物価安定を明示しているのは、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、韓国、タイの中央銀行です。一方、豪州準備銀行では「自国通貨の安定」「自国における完全雇用の維持」「自国民の経済的繁栄・福祉」の3つの責務を掲げていますが、実際にはこれらを物価安定の数値目標で表現できるとしています。インドネシア銀行はルピアの安定を責務としていますが、実際は物価安定が金融政策の責務と位置づけられています。マレーシア国立銀行は金融安定(monetary stability)、つまりリンギットの安定を責務としており、これは物価安定で維持されると考えられています。中国では金融政策の目的は人民元の安定性維持としています。

このように公式表現の違いはありますが、全ての中央銀行が物価安定の達成を重視しています。この内、豪州、ニュージーランド、韓国、タイ、フィリピン、インドネシアの6か国は正式に「インフレーション・ターゲティング」を採用して物価の安定に努めています(図表4)。中国では物価の安定をマネーストック(M2)ターゲットを用いて、またシンガポールでは為替相場を用いて実践しています。IMFによる金融政策の分類によると、マレーシアは「その他」に分類され、特段、物価安定に関する指標は明確化していないようです。マレーシアとシンガポールを除けば、どの中央銀行も数値で物価安定目標を明示しています。中国では、インフレの数値目標は毎年3月頃に決めており、2014年は3.5%に設定しています。その他の中央銀行は、後述するようにインフレーション・ターゲティングの枠組みの下で設定しています。

(2)柔軟性が高いインフレーション・ターゲティングの運営

アジア・太平洋地域では、6つの中央銀行がインフレーション・ターゲティングを採用しています。ニュージーランドと豪州は1970年代から1980年代初めに高いインフレ率を経験したことを踏まえて採用した経緯もあり、かなり以前から採用しています。ニュージーランドはこの仕組みを1988年に最初に取り入れた先駆者ですが、その後、カナダ(1991年)、英国(1992年)、豪州とスウェーデン(1993年)が追随しています。こうした一連の動きは2つの要因が影響していたようです。ひとつは1980年代後半からようやく下落を始めたインフレを各国ともしっかり抑え続ける必要があったこと、もうひとつはマネーストック(あるいは為替相場)とインフレの関係が統計的に不安定化したことから、新たな金融政策の枠組みを模索する必要性に迫られていたことにあります。

東アジアでは、韓国が1998年に最初にインフレーション・ターゲティングを採用しており、2000年にインドネシアとタイが、2002年にフィリピンが採用しています(図表5)。とくに韓国、インドネシア、タイでは東アジア経済危機の渦中においてドル固定相場制の放棄を余儀なくされた結果、金融政策の見直しも必要になりました。フィリピンは世界各地でインフレーション・ターゲティングの採用が増えていること、並びに国民にインフレ抑制への強い意志を示す必要性に迫られたことから、それ以前のマネタリー・ターゲティングからインフレーション・ターゲティングに移行しています。

インフレーション・ターゲティングの主要な特徴

6つの中央銀行のうち、タイ以外では、先進国・地域と同様に、「総合CPI」を物価安定目標の設定に用いています。タイは「コアCPI」を参照指標にしています(図表6)。ただし、多くの中央銀行はコアCPIも活用してインフレ基調を判断しています。いずれも「短期政策金利」を重視し、金融政策の調節目標を定めています。

最初の導入国であるニュージーランドでは、当初は短期間に物価安定の達成を目指す厳格な枠組みを採用していました。しかし、ニュージーランド・ドルが急速に増価し、輸出業者や輸入代替業者に大きな調整負担を強いる結果となったため、柔軟性を高めることにしました。現在では、実際のインフレが1−3%目標から乖離することを容認し、「中期平均」で目標を実現すればよいとしています。この数値目標は2000年から「固定」されていますが、これに加えて2012年以降は、将来の平均インフレ率を「レンジの中間値2%近くで維持していくことを重視していく」と定めて、より明確化しています。豪州でも、2−3%の物価安定目標は「中期平均」で実現すると定義しています。

東アジアでは、韓国が、2004年にそれまでの「毎年インフレの数値目標を設定」する制度から「中期的な期間について数値目標を設定」する制度に変更し、2013−15年の目標は2.5−3.5%と定めています。インドネシアではインフレの数値目標を2012年−14年は4.5%±1%、2015年は4%±1%と定めています。タイではインフレ目標を2009年に0−3.5%から0.5−3%へと狭めており、その後は毎年この目標の妥当性を検討していますが現在まで同目標を維持しています。フィリピンでは毎年数値目標を設定する方式から2010年に中期的な期間について数値目標を設定する制度に改め、2011−14年は4%±1%、2015−16年は3%±1%と定めています。

インフレーション・ターゲティングの運営が先進国・地域より柔軟な理由

以上から、同地域のインフレーション・ターゲティングは冒頭でご説明した先進国・地域と比べて柔軟性が高いことが分かります。とりわけ、6つの中央銀行が、(a)インフレ目標を「単一数値目標」ではなく「レンジ目標」にしていること、(b)比較的大きな乖離を容認していること、(c)韓国、インドネシア、タイ、フィリピンではインフレの数値目標が相応の頻度で見直されている点に特徴があります。

柔軟性が高い理由は幾つか考えられます。例えば、インフレ目標にレンジを導入、あるいは定期的に変更しているのは、(i)経済構造が変化し経済発展が進む段階にあることから「望ましいインフレ率」を見出すのが難しいこと、(ii)変動の大きいコモディティ価格や為替相場によって経済が左右され易いこと、(iii)インフレの数値目標を重視し過ぎて景気への配慮が足りないとの誤解を国民に与えないため、等が考えられます。

(3)柔軟な為替相場の容認へ

東アジア経済危機以降の韓国、インドネシア、タイはドル固定相場制を放棄し、他の諸国も為替制度の柔軟性を高めています。域内全体でみて為替相場の変動は大きくなっており、もはや対ドルで一定の為替相場をターゲットにする国はないようです(図表6)。

より柔軟性の高い為替制度への移行

インフレーション・ターゲティング採用国の中では、IMFの分類によれば、豪州と日本がもっとも柔軟性が高い「フリーフロート制」を採用しています。米国、ユーロ圏、英国と同じく外国為替市場に介入しない制度とみなされています(図表4)。一方、ニュージーランドの為替制度は、一般的にはフリーフロート制と位置づけられていましたが、2012年から自国通貨の増価を抑制するために小規模介入を実施したため、IMFによって「フロート制」へと分類が変更されています。この他にフロート制を採用しているのは韓国、タイ、フィリピンですが、ニュージーランドよりも頻繁に介入しています。インドネシアは2012年半ばからルピアの対ドル相場に対して±2%以下の範囲で減価させていることから、「クロール型制度(crawl-like arrangement)」と呼ばれる、より柔軟性が低い制度に分類されています。IMFはインドネシアが事実上ドルに対して安定化する為替制度を採用しているともみなしています。インドネシアが為替相場を対ドルで安定化させる傾向が強いのは、コモディティの輸出入価格やドル建て債務の自国通貨建て価値を安定させることが重要だと考えているからのようです。また、韓国、タイ、フィリピンではインフレーション・ターゲティング採用以降に為替相場の変動が大きくなり、しかも変動の大きさは先進国・地域より大きいとの指摘があります4

インフレーション・ターゲティング非採用国については、シンガポールと中国が「クロール型制度(crawl-like arrangement)」を採用しています(図表4)。シンガポールでは2011年からシンガポール・ドルをバスケット通貨に対して上下2%のレンジ内で増価させる為替制度を採用しています。同制度は「BBC」(バスケット、バンド、クロール)という名前でも知られており、定期的にBBCの内容を調整しています。同国固有の特徴(小国、貿易・金融の対外開放度の高さ、輸入浸透度の高さ)から、金融政策の操作目標としてBBCを安定化させる政策の方が、短期政策金利を用いるよりも物価の安定を実現しやすいと考えられています。他方、中国では徐々に為替制度の柔軟性を高めており、人民元の対ドル相場の変動幅を拡大しています。例えば、2012年4月に±0.5%から±1%へ、2014年3月にはさらに±2%へ拡大しています。また、2014年7月初には、国家外貨管理局は、銀行の顧客向け為替相場規制を撤廃することを公表しました。マレーシアでは、2005年に「ドル固定相場制」を廃止しています。現在では、IMFの分類上は、特定の為替制度に属さない「その他」に分類されていますが、為替制度の柔軟性は格段に高まっています(図表6)。

  1.   4  S. K. Sek, C. P. Ooi, and M. T. Ismail (2012) "Investigating the Relationship between Exchange Rate and Inflation Targeting," Applied Mathematical Sciences, Vol. 6, no. 32, pp. 1571-1583を参照。

(4)資本流入局面での低金利政策

2000年代初めから、アジア・太平洋地域への資本流入は債券投資の形で急速に増えています。幅広い経済主体が債券発行を拡大しています。しかも、自国通貨建て債券の発行が増えています。発行額の拡大は、財政支出拡大の資金調達の目的で政府が国債を活発に発行したことも一因となっています。発行される債券の償還期限についても、世界金融危機以降も長期化しています。こうした状況には、アジアの現地通貨建て債券市場の育成を目的とした政府・中央銀行のイニシアチブ(ABMI、ABF)も寄与してきたと考えられます。

自国通貨建て債券市場と世界債券市場との連関の高まり

自国通貨建て債券市場の発展は、金融政策のトランスミッション・メカニズムの改善に寄与しているようです。最近では、同地域の中央銀行は金融政策の操作目標として、従来の総量規制や法定準備比率の頻繁な活用から、公開市場操作にもとづく短期政策金利の操作をより重視するようになっています。そこで、金融・資本市場が発達していけば、例えば短期政策金利を引き下げる場合に、より長期の金利への波及効果も円滑に生じやすく金融政策効果が高まると考えられます。また、自国通貨建ての債券市場が発達することで、域内では「ダブル・ミスマッチ」(資産と負債の通貨上のミスマッチと満期上のミスマッチ)を減らすことができ、発行体である政府、企業、金融機関のバランスシートの改善に寄与しています。

その反面、債券市場の発達によって世界の金融・資本市場との連関性が高まっています。その結果、同地域の経済は、世界金利や外国投資家の「群集行動」からの影響を受け易くなっているようです。外国投資家のなかには、金利のボラティリティが突然高まると保有する同地域の債券を急いで売却して債券のロングポジションを解消する行動が見られます。さらに、外国投資家は、外国為替でショートポジションを増やすことで証券投資に対するヘッジ行為が見られます。このため、実際の資本流出がさほど大きくなくても、為替相場が大きく減価し、変動が拡大するといった現象が起きています。国内機関投資家の数が増えていけば自国債券市場の厚みが生じて、様々なショックに対する経済の耐久性を高めていくことは可能ですが、市場の育成にはある程度時間がかかるように思われます。

低水準の政策金利と「リーダーに追随する行動」

大規模な資本流入の一因は金利差にあることはよく知られていますが、この動きが今申し上げた各国間のマネーマーケットや債券市場の連関性の高まりによって拡大しているようです。資本流入は様々なプラスの影響を資本受け入れ国にもたらしていますが、同時に、同地域の中央銀行は、政策金利の決定において「トレードオフ」に直面するようになっています。つまり、一方で(金融引き締め、あるいは外国為替市場への介入によって拡大する流動性を不胎化する結果としての)短期金利の上昇は、受け入れ国のインフレ圧力を和らげると考えられます。しかし、金利の上昇は、利回りを追求する外国投資家による新たな資本流入を招く可能性もあります。また、輸出企業は自国通貨の増価によって打撃を受けるかもしれません。他方で、(金融緩和、あるいは、不胎化を伴わない外国為替市場への介入の結果としての)短期金利の低下は、為替相場の変動や自国通貨の増価を抑制することで、輸出企業を下支えすると考えられます。しかし、金利の低下は、受け入れ国のインフレ圧力を高め、不動産バブルや金融不均衡を助長する可能性もあります。

以上のトレードオフを考慮したうえで、同地域の幾つかの国では後者の選択、すなわち短期金利の低下を選択する傾向が見られます。これは、為替相場の変動や自国通貨の急速な増価(あるいは過大評価)に対する懸念を反映していると考えられます。為替相場の変動の拡大は、生産の変動を高め、経済の脆弱性を悪化させかねないからです。また、金融機関のバランスシートの変動が大きくなることで、金融仲介機能も損ないかねません。その結果、大量の資本流入に直面する幾つかの中央銀行は、本来想定される金利―例えばテイラールール等の一定の金融政策ルールで導かれる金利―と比べてより低い金利水準を設定する傾向があるように思います5

こうした現象は、同地域の中央銀行が、先進国・地域の主要中央銀行の低い政策金利に合わせて自国の政策金利を決定する傾向があることから、政策金利の設定において「リーダーに追随する行動」として言及されています。この結果、短期政策金利が、国内のインフレ状況とは必ずしも整合的でない水準に設定される結果として、実質金利がマイナスになることも考えられます。

図表7はアジア・太平洋地域の幾つかの国では世界金融危機以前はプラスの実質金利を維持していましたが、危機後はマイナスに転換している時期がしばしば見られることを示しています。この変化は、世界金利の低下に対応して同地域が自国の金利を低く抑えている可能性を示唆しています。

  1.   5  D. He and R. N. McCauley (2013) "Transmitting Global Liquidity to East Asia: Policy Rates, Bond Yields, Currencies and Dollar Credit," BIS Working Papers, No. 431を参照。

インフレーション・ターゲティング採用国への含意

アジア・太平洋地域でインフレーション・ターゲティングを採用している国をみますと、豪州とニュージーランドは一時期を除けばプラスの実質金利を維持しています。豪州では足許では実質金利がマイナスで推移しています。一方、韓国、タイ、フィリピン、インドネシアでは実質金利がマイナスとなる時期がしばしば見られており、特に2010年頃からの大量の資本流入の時期に実質金利が低い水準で推移する傾向が見られます。また、豪州、インドネシア、タイ、フィリピンの政策金利は、期間を通じてテイラールールで導かれる金利水準よりも低い水準で推移していると指摘する研究があります6。同様の関係がニュージーランドと韓国についても世界金融危機後に観察されると指摘されています。これらの結果は、為替安定のために、状況によっては物価安定が損なわれている可能性があることを示唆しています。自国金利が世界金利に合わせて調整されるということは、中央銀行が「国際金融のトリレンマ」で示唆される「独立した金融政策」を実施する自由度が幾分妨げられている可能性を示唆しているように思います。

  1.   6  A. Filardo (2012) "Ensuring Price Stability in Post-Crisis Asia: Lessons From the Recovery," BIS Working Papers, No. 378.を参照。

(5)金融安定の維持を目的としたマクロプルーデンス政策の積極活用

アジア・太平洋地域においても、中央銀行は「金融の安定」を重視するようになっています。豪州では豪州準備銀行の総裁が1998年に設立された「金融規制委員会」(CFR)の議長を務めており、関連規制当局とともにマクロプルーデンス問題について議論を行っています。韓国では2012年に韓国銀行の副総裁をメンバーとして含む「マクロ経済金融会議」(MFC)を設立し、関連規制当局とマクロプルーデンス政策の実践について意見交換を実施しています。マレーシア国立銀行では2010年に行内に「金融安定実行委員会」(FSEC)を設立し関連機関と金融安定について監視・協議を行っています。

先進国・地域と比べて、アジア・太平洋地域の幾つかの国では、世界金融危機が発生する以前から、様々なマクロプルーデンス政策を採用してきました。これは、変動の大きい資本流入を抑制し、かつ資本流入がもたらす金融不均衡等を予防する手段と考えられてきたからです。先ほど指摘しましたように、マクロプルーデンス政策手段は「資本ベースの手段」「流動性ベースの手段」「資産サイドに対する手段」の3つに大別されますが、同地域ではこれら3種類の手段の全てを組み合わせて用いてきました。もっとも、これらは資本流入が国境を越えた銀行活動を通じて起きている場合にはそれなりに有効ですが、規制対象外の金融機関を通じて資本流入が拡大している場合には効果は弱まっている可能性があります。また、同地域ではこれらの政策が広く使われているとはいえ、その有効性についてはまだ国際的なコンセンサスは得られていません。

4.アジア・太平洋地域のインフレの動向と将来の金融政策運営の展望

次に、実際のインフレ状況について図表で確認しながら、将来の金融政策運営の展望について私の考えをお話したいと思います。

(1)実際のインフレとインフレ予想の動向

アジア・太平洋地域のインフレ率は、1990年代と比べて緩やかなインフレを実現しています。最近では、幾つかの諸国でインフレ率が低下していますが、エネルギー価格の低下、世界経済の緩慢な回復ペース、低調な内需等が反映されています。

インフレーション・ターゲティング採用国のインフレの動向

インフレーション・ターゲティング採用国では、実際のインフレ率が時折インフレ目標から比較的大きく、頻繁に乖離していることが分かります(図表8)。ニュージーランドとインドネシアでは、この乖離はインフレ目標の上限を超えて発生しており、インフレ上昇圧力が高い傾向が示唆されます。それに対して、豪州、韓国、フィリピンでは乖離は目標の上限下限の両方向で発生しています。タイでは一時期を除けば乖離は殆ど見られません。

2012年以降、ニュージーランドとフィリピンのインフレ率はしばしばインフレ目標の下限を下回ることがみられるようになり、韓国では目標の下限を下回り続けています。他方、インドネシアでは足許のインフレ率は目標の上限を超えていますが、これは燃料補助金の削減、食料価格の上昇、輸入食料関連規制などによる一時的な影響があるようです。幾つかの研究によると、インドネシアのインフレ率の変動はインフレーション・ターゲティング採用後にむしろ拡大しているとの指摘があります7。その一因として同制度の採用以前は、政府管理価格を頻繁に活用することでインフレを抑制する傾向があったと考えられます。もっとも、全体としては、いずれの国でもインフレが目標から乖離してもやがて目標に収斂していく傾向があることが示されています(図表8)。

インフレーション・ターゲティングの下での金融政策運営の効果を判断するための一つの方法は、長期予想インフレ率が安定しており、しかもインフレ目標の範囲内に収まっているのかを確認することです。そこで、これらの国についてみると、「長期の予想インフレ率」(例えば、5年先)は「短期の予想インフレ率」(例えば、1年先)よりも安定する傾向が見られます(図表8)。短期の予想インフレ率の方が変動が大きく、目標から乖離することが多いのは、エネルギー・食料の価格や頻繁に購入する財・サービスの価格に反応しやすい傾向があるからです8。長期の予想インフレ率については、豪州、ニュージーランド、韓国、タイでは2−3%辺りで安定しているように見えます。なかでも、豪州、ニュージーランド、韓国では長期の予想インフレ率が目標内に収まっていますが、タイについては2010年から緩やかに上昇しており、2010年末以降はレンジ目標の上限を幾分超えています。これら4か国と比べてフィリピンとインドネシアの長期の予想インフレ率は高めで推移していますが、それぞれ4%程度と5%程度で安定しており、目標範囲内に収まっています。両国の予想インフレ率が相対的に高いのは、慢性的な飲食料やエネルギーの供給不足にあるようです。全体としてインフレーション・ターゲティング採用国は、インフレ予想を安定させるのに概ね成功しているように思います。このことは、実際のインフレが目標から乖離したとしても、長期予想インフレ率の水準へ収斂していく傾向があることを示しています。

インフレーション・ターゲティングの下で金融政策運営の効果を判断するためのもう一つの方法は、「インフレの粘着性」(足許のインフレ率が過去のインフレ率に影響を受ける度合い)が低下しているのかを確認する方法です。例えば、インドネシアを除く5か国では、1990年代と比べてインフレの粘着性が低下しているとの指摘があります。そのような低下がインフレーション・ターゲティング非採用国では見られないことから、インフレーション・ターゲティングによる金融政策運営が効果を発揮していることを示しているようにも思います。別の研究では、豪州、ニュージーランド、韓国では同地域の他のインフレーション・ターゲティング採用国よりも、インフレの粘着性が低くなっていることを明らかにしています。これら3か国のインフレの粘着性の低下については、経済規模、金融・資本市場の成熟度、インフレ安定化重視の度合い等が反映されている可能性を指摘する向きもあります9

  1.   7  A. Filardo and H. Genberg (2009) "Targeting Inflation in Asia and the Pacific: Lessons from the Recent Past," BIS Papers No. 52を参照。
  2.   8  例えば、J. Kim and J. Lee (2013) "How Important are Inflation Expectations in Driving Asian Inflation?" BIS Papers No. 70を参照。
  3.   9  S. Gerlach and P. Tillmann (2010) "Inflation Targeting Matters in Asia," VoxEU.org, Center for Economic Policy Researchおよび、前出の A. Filardo and H. Genberg (2009)を参照。

インフレーション・ターゲティング非採用国のインフレ動向

非採用国でもインフレ状況の改善がみられています(図表8)。中国では1990年代後半にインフレ率が大きく低下し、その後もインフレ率は以前よりは抑制されています。マレーシアでは世界金融危機直後の一時期を除けば、インフレは幾分安定しています。シンガポールでは同危機後にインフレ率の変動は少し大きくなっており、これまでの低インフレまたは緩やかなデフレ状況から転じて、やや高めのインフレ状況にあります。

長期の予想インフレ率については、中国では3%程度で安定しています。短期も長期も予想インフレ率は安定しており、最近では一緒に動く傾向が見られます。マレーシアでは長期の予想インフレ率は2−3%程度で安定しています。シンガポールではインフレ率の変動はやや大きめである割には、予想インフレ率は2%前後で安定しています。このことは、非採用国も物価安定に軸足を移しつつあることを示唆していると思います。

インフレーション・ターゲティング採用国と非採用国の違い

インフレーション・ターゲティングを採用する6か国では、いずれも短期政策金利を金融政策の主要な調整手段と位置づけています。このことは、実際のインフレ動向に反応して政策金利が調整される傾向が見られることからも確認できます(図表7)。とはいえ、世界金融危機後や資本流入拡大期に、政策金利は低い水準で推移することがしばしば見られます。これは、先ほど指摘しましたように、幾つかの中央銀行が、先進国・地域の主要中央銀行の低い政策金利に合わせて自国の政策金利を決定する傾向を示唆しているように思います。

一方、非採用国のなかで政策金利を導入している中国とマレーシアでは、政策金利はインフレ動向に対して弾力的に調整されておらず、ほぼ一定水準を維持しています。このため、物価の変化率と実質政策金利が鏡を見るように正反対の動きを示す傾向が頻繁に見られます。これは、中国とマレーシアでは政策金利以外の様々な政策手段を併用していること、例えば両国では「法定準備比率」をインフレ抑制手段として政策金利よりも活用している他に、中国では窓口指導、信用の総量規制、預貸比率規制等も用いていることに起因すると思われます。また、法定準備比率は、先ほど触れましたマクロプルーデンス政策の「流動性ベースの手段」とも位置づけられており、「景気循環」や「金融循環」を抑制する手段として新興国・地域ではよく用いられています。全体として、採用国も非採用国も長期予想インフレ率は比較的安定していますので、用いる主要な手段は異なりますが、いずれもある程度の物価の安定を実現していると言えます。

(2)金融政策運営の将来の展望

アジア・太平洋地域の金融政策での課題のひとつは、先ほども述べたように、金融政策運営によって景気循環の振れが拡大する可能性をどのように緩和するかにあります。つまり、同地域では、景気拡大局面において、資本流入や高成長に直面する中で緩和的な金融政策を実施し、景気後退局面において、資本流出や経済成長の減速がみられる中で引き締め的な金融緩和を実施することで、結果的に金融政策が景気の循環を強めてしまう(プロシクリカル)傾向があります。これにより、インフレがインフレ目標から乖離する一因となり、その状況が予想以上に長引くこともあり得ます。

こうした問題への対応案の一つとして、将来的には、同域内のインフレーション・ターゲティングを採用する国が、その枠組みの柔軟性や、レンジ目標の考え方等において、先に見た先進国・地域の仕組みとの共通点を増やしていく可能性もあり得ます。仮に、例えば、インフレの数値目標について、レンジ目標から単一数値目標への移行が検討される場合には、英国の経験が参考になるかもしれません10。英国では1992年10月にインフレーション・ターゲティングを導入し、当初はインフレのレンジ目標を導入し「1〜4%」としていましたが、1995年からは目標を単一数値へ変更しています。この理由は、中央銀行がどのインフレ率(あるいは予想インフレ率)を目指して金融政策を運営しているのかがレンジでは分かりにくいため、その曖昧さを取り除くためです。1−4%の数値目標を設定した際には、いわゆる「レンジ・バイアス」が生じており、イールドカーブから導かれる予想インフレ率は目標の上限に張り付いた状態になっていたようです。また、レンジですと、政策当局が「レンジ内であればいかなるインフレ率の水準に対しても中立」と誤解されかねないとの懸念も高まっていたようです。実際に、目標を単一数値に変更してからは、予想インフレ率は着実に低下し、レンジ・バイアスは解消したことが知られています。

既にニュージーランドではインフレ目標レンジの中間値2%をいっそう重視するようになっており、この動きを一歩進めているように見えます。インフレーション・ターゲティングの枠組みとして、(1)レンジ目標とするか単一目標とするか、(2)目標数値を相応の頻度で見直すのか固定するのか、(3)インフレ目標達成を予め定めた特定期間内に求めるのか、(固定した)インフレ目標の達成を中期平均的に実現することを求めるのか等は、各国の個別事情に応じて決められるべきことです。そのうえで、同地域においても、こうした変更により、インフレ率が目標から乖離する程度や期間の改善や、長期の予想インフレ率のさらなる安定化等に繋がるのか、検討してみる余地があるかもしれません。その際、域内のインフレーション・ターゲティング採用国における経験の蓄積は、非採用国が抱える種々の課題に対応する上でも、参考となるかもしれません。ただし、こうした金融政策の枠組みの変更には、経済及び金融市場における調整を要するため、相応の時間がかかると思われます。この点、必要となる重要な調整の一つに、同地域において為替相場の変動をヘッジする手段の整備と、金融資本市場の一段の発達が挙げられます。

さらに、アジア・太平洋地域の幾つかの国では、為替相場の変動への耐久性を高めており、為替安定の必要性が徐々に薄まりつつあるとの指摘もあります11。また、所得水準が高まるにつれ消費、なかでもサービス消費の比重が高まっている国も見られ、こうした国では経済が為替変動により影響を受ける度合いがさらに低下する可能性もあるかと思います。同地域の中には、多国籍企業化し、経済取引の決済通貨や資金調達手段が多様化し為替相場の変動に対する耐久性を高めている企業・金融機関の数も増えているようです。こうした国においては、他国の事例を参考にしつつインフレーション・ターゲティングの枠組みを見直すことで、物価の安定をより安定的に実現することに繋がるかもしれません。

  1.  10 A. Haldane (1999) "Targeting Inflation: The United Kingdom in Retrospect,"(リオデジャネイロでのIMFセミナーにおけるプレゼンテーション)を参照。なお、現在では2%目標を上回ることも下回ることも良くないとみなされており、1〜3%の範囲を超えた場合にBOE総裁は財務大臣に対してその原因と対処方法について説明する公開書簡の提出義務があります。
  2.  11 例えば、M. B. Devereux and J. Yetman (2014) "Globalisation, Pass-Through and the Optimal Policy Response to Exchange Rates," BIS Working Papers No. 450を参照。

5.アジア・太平洋地域における金融政策運営についてのまとめ

最後に、アジア・太平洋地域における金融政策運営に関する私の考えをまとめて、本日の講演を締めくくりたいと思います。

  • 第一に、アジア・太平洋地域の中央銀行は、東アジア経済危機以降、為替相場の安定性よりも物価安定を重視するようになっています。なかでも6つの中央銀行はこの点で先行しており、インフレーション・ターゲティングの下で明確なインフレの数値目標を設定しています。これらの採用国では1990年代と比べて、実際のインフレ率と予想インフレ率がインフレ目標と整合的に、徐々に低下傾向を辿ってきています。実際のインフレ率のインフレ目標からの乖離が時折見られていますが、やがて長期予想インフレ率に収斂していく形で、目標からの乖離が長引かない傾向が見られます。また、多くの国で長期予想インフレ率は2−3%程度に収斂してきています。
  • 同地域の金融政策運営についてはある程度の収斂が見られており、先進国・地域の仕組みと共通の特徴が見られるようになっています。今後、とくに域内のインフレーション・ターゲティング国を中心に、さらに先進国・地域との共通点が増えていく可能性もあり得ます。例えば、インフレ目標をレンジとするか単一の数値とするか、目標を相応の頻度で見直すのか固定するのか、インフレ率を予め設定した特定期間に達成するのか中期平均的に達成するか等の決定については、それぞれの国の経済や市場の状況に応じて決定されるべきですが、他国で蓄積された経験からも有益な教訓が得られる可能性があります。
  • 第二に、同地域の為替制度は、1990年代に比べてはるかに柔軟性を高めています。とはいえ、為替制度の柔軟性には幅があり、「フリーフロート制」から事実上の「米ドルへの為替アンカー制」まで多岐にわたっています。また、多くのインフレーション・ターゲティング採用国でも、非採用国と同様に、引き続き外国為替市場への介入を実施する国もみられます。
  • 第三に、同地域では、金利差も一因となって多額の資本流入に直面することが多く見られます。また、各国で債券市場が発達するにつれ、様々な恩恵をもたらすと同時に、世界の金融・債券市場との連関性が高まることで資本移動が変化しやすくなっています。それによって為替相場の変動や通貨の過大評価等が大きくなり、経済に及ぼす影響が懸念されています。そうした影響を和らげるために、幾つかの国では世界金利の低下に対応して自国金利を低く設定する行動が時折見られています。
  • その結果、景気拡大局面において経済が過熱し信用伸び率やインフレ圧力が高まるリスクが生じ得ます。また、「景気循環」や「金融循環」が拡大するだけでなく、経常収支が悪化することも考えられます。特にインフレーション・ターゲティング採用国にとっては物価安定の責務が未達成となって中央銀行の信認が失われかねないリスクもあります。今後、世界金利が世界の景気回復を伴って上昇する局面において、同地域ではそれによる金利変動の拡大への備えが必要となることが予想されますが、その一方で、各国で独立した金融政策の余地が高まる可能性も考えられます。
  • 第四に、大規模な資本流入とそれに関連する金融不均衡の蓄積に対処するために、同地域では以前から様々なマクロプルーデンス政策手段が活用されています。それらの手段の効果は、各国の経済や金融市場の状況によって大きく異なっています。金融不均衡に対応するためにどのようなマクロプルーデンス政策手段を用いるべきか、あるいはマクロプルーデンス政策と金融政策をどのように組み合わせるべきなのかという点については、国際的なコンセンサスが形成されるに至っていません。
  • 今後、「物価の安定」「持続的な成長」「金融の安定」をどのように実現していくかという点で、中央銀行間あるいは他の政策当局との間で、お互いの経験及び過去の教訓が共有され、さらに金融政策運営について多くの実りある議論に繋がっていくことを期待しています。

以上で私の講演を終わりたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。