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【講演】わが国金融システムにおける外国金融機関の役割

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国際銀行協会(International Bankers Association of Japan)30周年記念講演の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2014年9月29日

目次

はじめに

本日は、国際銀行協会(International Bankers Association of Japan)の設立30周年イベントにお招き頂き、誠に有難うございます。

国際銀行協会は、日本国内で活動している外資系の銀行、証券会社、駐在員事務所等をメンバーとする業界団体として、1984年の設立以来、わが国における経済・金融の発展に多大な貢献をされてきました。本年、このようにして国際銀行協会が設立30周年を迎えられたことに対し、まずは、心からお祝いを申し上げるとともに、これまでの取組みに対し敬意を表明したいと思います。

本日は、最初に、国際銀行協会の設立以来の30年間に進んできた内外金融市場の一体化の動きや、その中で外国金融機関が果たしてきた役割について振り返りたいと思います。その後、中央銀行からみた金融システム安定の重要性についてお話しし、最後に、日本銀行の金融政策運営について簡単にご説明したいと思います。

金融のグローバル化と金融システムの安定

国際銀行協会が設立された1984年は、「日米円ドル委員会報告書」が公表された年にあたります。同委員会の報告書は、金融・資本市場の自由化、外国金融機関の参入、ユーロ円市場の発展を内容としており、当時の日本に対し、いわば「金融開国」を迫るものでありました。この報告書の公表から30年を経て、経済・金融の両面において、グローバル化は大きく進展しています。わが国においても、金融システムがグローバル化し、内外金融市場の一体化が進む中で、外国金融機関が果たしてきた役割は非常に大きなものがあります。相次いでわが国に参入してきた外国金融機関は、新しい金融手法の採用、新規市場の開拓、先進的リスク管理手法の導入など様々な面で、先駆的な役割を果たすとともに、内外の金融市場を強く結び付ける重要な役割を果たしてこられました。

こうした経済・金融のグローバル化は、まずは先進国の間で、それに続いて新興国を取り込みながら、近年、急速に進んできました。こうした展開は、当然のことながら、各国の金融システムが相互依存性を強めていくプロセスでもあります。ある市場でショックが発生した場合の影響は、グローバルにかつ直ちに、伝播するようになっています。このことは、金融システムの安定が、各国それぞれにおいて個別に達成されるのではなく、グローバルに達成される必要があることを意味します。

実際、リーマン・ブラザーズ証券の破綻をきっかけとする先般の国際金融危機においては、グローバル化した金融市場においてリスクが顕在化した場合の影響は極めて大きく、また広範囲に及ぶことが明らかになりました。わが国の金融システムは、先般の国際金融危機においても相対的に高い頑健性を示したと言えますが、それでも決して危機から無縁であった訳ではありません。当時を振り返ってみると、わが国の金融資本市場では、短期金融市場におけるカウンターパーティ・リスクへの懸念の高まりや、流動性の低下に伴う金融市場での価格形成の歪み、CP・社債市場の機能低下といったかたちで、大きな影響が生じました。残念なことに、国際金融危機の影響を大きく受けた外国金融機関の中には、その後、わが国におけるビジネスの縮小を余儀なくされた先も少なからず存在します。

金融システムの「安定性」と「機能度」

「金融危機の再発を防止するためには、金融システム全体のリスクの状況を分析・評価し、システミック・リスクの顕在化防止に向けた施策を講じることが重要である」との認識は、現在、国際的に広く共有されるようになっています。いわゆるマクロプルーデンスの視点の重視です。現在、金融安定理事会(FSB)やバーゼル銀行監督委員会といった国際的なフォーラムでは、国際金融規制の大きな見直しに向け、精力的な検討が進められてきています。また、こうした動きと並んで、各国においても、独自の規制強化策の導入や、金融機関に関する監督体制の大きな見直しが進んでいます。こうした規制・監督両面におけるマクロプルーデンスの重視が目指すところは、個別金融機関の健全性確保、いわゆるtoo-big-to-failの終焉とそれによるモラルハザードの回避、破綻処理における納税者負担の回避といった、先般の国際金融危機の過程で浮かび上がった個別的な問題の解決にとどまるものではありません。

過去数十年間、金融ビジネスが高度化・複雑化するとともに、金融システムがグローバル化し、内外金融市場が一体化する中で、グローバルな金融システム全体の強靭性を高めるための対応という側面に注目すべきと考えられます。したがって、市場取引等を通じた金融機関の相互連関性などを十分に意識し、金融システムを構成する金融機関や金融資本市場の全体的な変化をより俯瞰的に捉えたうえで、金融システム安定のための幅広い取組みを行っていくことが何より重要です。

このように金融システムの「安定度」を高めていくための取組みを進めていくに当たり、金融システムが経済の持続的な成長を金融面からしっかりと支えていくことができるよう、その「機能度」を高めていくための取組みが疎かになってはなりません。企業のイノベーションや成長戦略を金融面からサポートしていく金融機関の役割は、大きくなることはあっても、小さくなることはないと考えられます。社会の変化に対応した新たな金融商品の開発、効率的な決済サービスやリスクヘッジ手段の提供、M&Aや企業組織再編のサポートなど、金融機関が企業の成長を促していく役割は多様であり、金融機関がこうした役割を不断に進化させていくことは極めて重要です。今後、外国金融機関が環境変化に対応しつつ、新たなチャレンジを続けていかれることについて、わが国の経済成長を金融面から後押しするという観点から、強く期待しています。

日本銀行としても、金融・経済のグローバル化といった変化も踏まえつつ、新日銀ネットの構築や稼動時間の拡大を含めた決済サービスの高度化や市場慣行整備への参画など、わが国金融資本市場の機能強化に向けて、皆様方と協力しながら、引き続き取り組んでまいりたいと考えています。

中央銀行にとってのマクロプルーデンスの視点

ここで、金融政策との関係も意識しながら、中央銀行にとっての金融システムの安定やマクロプルーデンスの視点について、さらにお話しを続けたいと思います。

金融政策は、「物価の安定」を目的とする政策であり、「金融システムの安定」を目的とするものではありません。とはいえ、金融政策と金融システムの安定との間には、相互に密接な関係があります。まず、金融政策は、金融仲介活動や各種の資産価格への影響を通じて、「物価の安定」のみならず、「金融システムの安定」にも影響を与えます。例えば、先進主要国の中央銀行は、国際金融危機以降の景気の落ち込みに対応しながら「物価の安定」を実現するため、非伝統的な金融政策による超金融緩和を推進してきましたが、金利、株式、外国為替など広範な市場におけるボラティリティの低下や投資家の利回り追求の動きを背景に、ハイイールド債や途上国債券・株式などの高リスク資産への投資が目立って拡大してきています。一方、金融政策の効果は、金融システムを通じて実体経済に波及していくものであり、「金融システムの安定」は、物価安定を目標とする金融政策の基盤でもあります。仮に金融システムの機能度が低下すると、その分、金融政策の効果は低下します。万が一、金融危機により金融システムの機能が大きく損なわれるようなことがあれば、経済活動の落ち込みを通じ、「物価の安定」に悪影響が及ぶことは避けられません。

いずれにせよ、中央銀行は金融システムの安定に無関心になることはできない訳です。今日、金融機関に対する規制・監督という文脈でマクロプルーデンスの視点が注目を集めていますが、こうした視点は、中央銀行にとっては、決して目新しいものではありません。例えば、伝統的に、中央銀行は、「最後の貸し手」としての機能を有しています。これは、個々の金融機関への貸出という形態をとっていますが、目的は金融システムの安定確保であり、一金融機関を救済するために発動することはありません。また、先般の国際金融危機において、わが国をはじめ各国の中央銀行は、CPや社債などの資産の買入れや市場に対する無制限の資金供給といった公開市場操作を通じて市場全体に資金を供給することで、市場の急激な収縮に対応しました。こうした対応については、しばしば中央銀行の「最後のマーケット・メーカー」としての機能と呼ばれることがありますが、これについても、個々の金融機関への流動性供給ではなく、市場全体の流動性の低下に直接的に対処することによって金融システムの安定を守るという意味で、明確にマクロプルーデンス的な視点を伴う政策と言えます。

中央銀行によるマクロプルーデンス面での取組みを考える際、しばしば議論になるのは、「物価の安定」と「金融システムの安定」という2つの目的が、時に対立しうるのではないかという点です。この点については、内外において様々な議論が行われており、簡単に結論が出せるものではありませんが、少なくとも指摘できるのは、歴史的にみて、金融・経済活動における大きな変動は、需給ギャップの変動と金融循環の変動との間に相乗作用が発生することにより発生しているという点です。この点は、先の国際金融危機や、1990年代におけるわが国のバブル崩壊をみても明らかです。バブルのような大きな変動について、事前の把握や予防的措置がどの程度可能か、また、どのような政策により対応すべきかといった点を巡って多くの議論がなされてきていますが、いずれにしても、金融循環が経済全体に大きな変動を生じさせかねないという点の認識は、より深まってきています。平常時であっても、金融政策の運営に当たっては、金融システムの状況を適切に把握することが重要です。

金融システムのリスク動向に関する分析・評価

こうした点を念頭に、日本銀行は、金融政策の運営方針を決定する際にも、金融システム面のリスク動向について点検を行っています。日本銀行は、金融政策の運営方針を決定する際、「2つの柱」により経済・物価情勢を点検しています。このうち「第1の柱」では、先行き2年程度の経済・物価見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長経路を辿っているかという観点から点検を行っています。同時に、「第2の柱」では、より長期的な視点を踏まえつつ、物価安定のもとでの持続的な経済成長を実現するとの観点から、金融政策運営に当たって重視すべき様々なリスクを点検しています。金融システム面のリスクについては、「第2の柱」において、先行きの中長期的なリスク要因のひとつとして点検を行っています。

現状、わが国の金融システムは、安定性を維持しており、相応のリスク耐性も有しています。金融機関においては、リスク量の増加が小幅なものとなる一方、資本の蓄積は進んでおり、全体としてみると充実した資本基盤を有しています。また、金融仲介活動において、過熱や過度な期待の強気化を示す動きはみられていません。先行きを展望すると、経済のグローバル化や産業構造の転換は、金融システムの担う金融仲介機能やリスク・プロファイルに変化をもたらす可能性がありますし、内外の金融経済情勢の行方は金融機関の有価証券投資のパフォーマンスにも影響していきますので、各種の環境変化が金融システムの安定性に与える影響には引き続き留意が必要であると考えています。

こうした金融システム全体のリスク動向に関する日本銀行の評価のベースとなる分析については、「金融システムレポート」として、年2回、公表を行っています。次回は、10月半ばに公表する予定となっていますので、ご覧頂ければと思います。

おわりに

最後に、日本銀行の金融政策運営について、簡単にご説明したいと思います。

わが国の景気は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動が依然みられ、輸出や生産は弱めの動きとなっていますが、雇用・所得環境の着実な改善が続き、家計のコンフィデンスが改善しています。また、企業は良好な業績もあって、積極的な投資スタンスを維持しています。このように、家計・企業の両部門において所得から支出へという前向きな循環メカニズムはしっかりと作用しており、わが国経済の先行きについては、緩やかな回復基調を続け、駆け込み需要の反動の影響も、次第に和らいでいくと考えられます。

消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、暫くの間、1%台前半で推移した後、本年度後半から再び上昇傾向を辿り、2014年度から16年度までの見通し期間の中盤頃に、2%程度に達する可能性が高いとみています。

金融政策運営については、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しており、今後とも、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続します。また、仮に何らかのリスク要因によってこうした見通しが下振れ、「物価安定の目標」の実現のために必要になれば、躊躇なく調整を行っていく方針です。

皆様方には、今後のわが国経済の力強い成長に向けて、外国金融機関がこの30年間に果たしてこられた大きな役割をこの先も発揮されることを期待し、私からの話を終えることとしたいと思います。ご清聴有難うございました。