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【講演】アジア経済の過去・現在・未来

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日本証券アナリスト協会主催国際セミナーにおける講演

日本銀行副総裁 中曽 宏
2015年4月24日

目次

1.はじめに

日本銀行の中曽でございます。本日は、日本証券アナリスト協会主催の国際セミナーでお話しする機会をいただき、心より御礼申し上げます。

本日のセミナーは「アジアにおける資産運用:その魅力と将来性」というテーマで開催されています。参加者の皆様は、常日頃よりわが国をはじめアジア各国において金融資本市場に直接ないし間接的に関わり、その発展に尽力されておられることかと存じます。後ほど、申し述べますが、私ども日本銀行もアジアの金融資本市場の健全な発展に向け、二国間協力だけでなく、さまざまな場を通じ、積極的に関与しているところです。

本日、私からは、「アジア経済の過去・現在・未来」と題し、お話ししたいと思います。冒頭に、アジア経済のこれまでの成長とそれを支えてきたメカニズムを振り返った後、アジア経済が今後も持続的な成長を遂げていく途上で待ち受けている「挑戦」について、私の考えを申し述べたいと思います。

2.アジアの経済成長を振り返って:過去から現在、そして未来

アジア経済発展の歴史

それでは、まず時計の針を戻して、これまでのアジア経済の発展について振り返りたいと思います。

皆様は、アジア経済が18世紀後半に始まった産業革命以前において、世界のGDPの6割近いシェアを占めていたことをご存じでしょうか(図表1)。これは、著名な歴史経済学者アンガス・マディソンの推計によるものです。その後、西洋経済の急速な発展とともに、アジアのシェアは下落傾向を辿り、第2次世界大戦後の1950年代前半には、1割強まで低下しました。

もっとも、そこから「アジアの経済的奇跡」と呼ばれた力強い経済発展が、「雁行形態」と呼ばれた広がりを伴って始まりました。まず、1960年代からはわが国が高度成長期を迎え、次いでアジアの「4匹の虎」と呼ばれる香港、韓国、シンガポール、台湾がテイクオフを始めました。また、1980年代に入ると、マレーシア、タイといった国も成長軌道に乗りました。加えて、1980年代に成長の萌芽期を迎えた中国が、2000年代前半にWTOに加盟して以降、二桁の高い成長率を続け、域内の経済をけん引するようになりました。

もちろん、半世紀を超えるアジアの経済成長の道のりは、決して平坦なものではありませんでした。ご記憶のとおり、アジア経済は、1990年代半ばにかけての高成長の後、97年のアジア通貨危機によって未曾有の打撃を受けました。しかしながら、各国は輸出を起点とした急速な景気回復を成し遂げるなど、しっかりとした製造基盤に支えられた「地力」の強さを示しました。また、今世紀に入り、リーマンショックを発端とした世界的な金融危機以降の局面でも、アジア諸国は相対的に高い成長率を維持してきました。

アジアの地力の強さは、例えば2013年5月以降のテーパー・タントラム(taper tantrum)と呼ばれた新興国市場全体がやや不安定化した時期にも、株価や為替が比較的安定していたことにも現れています(図表2)。現在、アジア経済のシェアは3割を上回るところまで回復しており、今後も世界経済の持続的な成長に大きく貢献していくことが期待されています。

アジア経済発展のメカニズム

こうしたアジア経済の言わば底力は何によってもたらされてきたのでしょうか。私は、アジア経済の発展の「車の両輪」とも言うべき2つのメカニズムを強調したいと思います。

第1は、直接投資の受け入れを原動力に、輸出の持続的な拡大を通じて「世界の工場」としての地位を確立したことです。世界の貿易量は、貿易自由化や直接投資の拡大の流れの中で飛躍的に増加し、先進国のグローバル企業は、最適な地域で効率的に生産活動を行うという戦略の下に、積極的に国際分業体制の構築を推し進めてきました。これは先進国内における賃金上昇や財消費の飽和への対応であると同時に、伸びゆく新興国需要を捉えるための動きであり、その過程では情報通信技術の飛躍的進歩や在庫管理技術の発展なども寄与しました。その際、安価で質の高い労働力が豊富に存在し、先々の成長も期待されたアジアに目が向かったのは、言わば必然でありました。グローバル企業は、アジア諸国に積極的に生産拠点を設けた上で、本国や第三国との間で部品や最終製品の貿易を行うグローバルなサプライチェーンを構築しました。こうしたアジアをハブとした貿易ネットワークが形成される過程において、アジア各国では、外資系企業の進出に伴い雇用が増加したほか、輸出も大きく拡大しました。同時に、製造面だけでなく管理面でも技術の導入が進み、人的資本の蓄積などもあって競争力を高めました。

第2に、こうした輸出産業の発展を起点として内需の自律的な拡大メカニズムが作動し始めたことです。輸出産業の成長を受けて、工場が集積する都市部には農村部から大量の労働力が流入しました。経済の発展とともに、所得水準も向上し、そのことが徐々に消費を担う中間層の形成をもたらしました。その結果、内需の自律的拡大の素地が形成され、輸出との「車の両輪」が作動していきました。アジアへの非製造業の直接投資が増加傾向にあることが示すように、現在、アジアは「世界の工場」としてだけでなく、世界の一大「消費地」としても有力な地位を占めるに至っています。

中所得の罠

さて、アジアはこの先の未来においても、世界経済の成長センターとしての地位を維持していけるのでしょうか。国際機関や民間の長期予測では、高めの成長を続け、世界に占めるシェアを着実に高めていく姿を展望しています。

こうした予測では、暗黙のうちに一つの重要な前提が置かれています。それは、アジア諸国がいわゆる「中所得の罠」に陥ることなく、成長のモメンタムを維持していくということです。後発国は豊富な資源や、技術移転を背景に高い成長を続けることで、低所得国から中所得国に移行していきます。もっとも、産業の高度化を徐々に進めない限り、キャッチアップ型の成長はいずれ行き詰まります。世界の国々の経済発展の軌跡を眺めますと、中所得国から抜け出せないケースが多々見受けられます。こうした経験則を指して、一般に「中所得の罠」と称されています。低所得国から中所得国に移行する過程では、農村の余剰労働力の流入が、賃金を抑えることを通じ、輸出競争力を高めます。もっとも、開発経済学におけるいわゆる「ルイスの転換点」を過ぎると、賃金が上昇し始めるため、企業の利潤が減少に向かうほか、輸出競争力が低下することを通じ、成長は伸び悩みがちとなります。

実は、「中所得の罠」についても、アジアの幾つかの国は「奇跡」を起こし、世界を驚かせました(図表3)。まず、わが国では、1960年代に「ルイスの転換点」を迎えましたが、60年代半ばから70年代初頭にかけて、年率10%成長を超える「いざなぎ」景気を経験しました。また、「4匹の虎」も「中所得の罠」に陥ることなく、経済の発展を続けています。これらの経済で起きたことを振り返ると、供給面では、旺盛な設備投資が、資本装備率の拡大を伴いつつ、製造業を中心に生産性の上昇をもたらしました。需要面では、こうした投資自体が需要を生み出したほか、生産性の上昇を通じた競争力の強化によって、輸出も持続的に拡大しました。農村部から都市部に流入した人口は、分厚い中間層を形成し、消費の拡大をもたらすことにもなりました。

3.アジア経済が直面する「挑戦」:生産性の引き上げ

では、後に続くアジア諸国は、今後も「中所得の罠」に陥ることなく発展を続け、アジア経済全体で高成長を続けることができるのでしょうか。そのために克服すべき課題を「挑戦」として、3つの点を指摘しておきたいと思います。

まず、第1の挑戦は、生産性を持続的に高めていくことです。とくに、従来のアジアの成長モデル、すなわち輸出と内需の両輪を通じた成長を引き続き強化していくという観点から、以下の点に取り組むことが重要です。

グローバルな競争環境の変化への適応

まず、輸出を持続的に拡大させていくために、グローバルな競争環境の変貌に上手く適応する必要があります。

世界の貿易量はこのところ世界経済の成長対比で低めの伸びとなっており、エコノミストの間で「貿易停滞」というテーマで活発な分析が行われています(図表4)。「貿易停滞」の背景については、輸入誘発力の高い設備投資が過去に比べて低調に推移しているといった循環的な要因が寄与している面があります。それと同時に、より構造的な側面として、アジアが成長の梃子としてきたグローバルなサプライチェーンの拡大が成熟期を迎えていることを指摘する向きもあります。

とりわけ、アジアにおけるグローバルなサプライチェーンのハブとして機能してきた中国の動きには、近年変化が見られます。ひとつには、中国では、国内における自国生産部品の利用、すなわち内製化が進んでおり、周辺諸国から中国への輸出が伸び悩む傾向が見て取れます。また、本年は中国の対外直接投資が対内直接投資を上回る画期的な年になることが確実視されており、中国企業による周辺諸国における生産拠点の構築が一段と進むことは、サプライチェーンの再編を促します。これらは、アジアの企業にとって、大きな環境変化です。

加えて、アジアでは、ASEAN統合を控えています。貿易を巡る様々な障壁の撤廃は、域内における貿易活動を一段と活発化させる一方、モノやカネの流れを変化させ、競争を激化させます。

それでは、どのようにしてこうした環境変化を乗り切ればよいのでしょうか。「中所得の罠」を乗り越えてきた国・地域の経験を踏まえますと、重要なことは、これまでの成功体験に囚われず、先々を見据えて環境の変化に柔軟に対応し果敢に挑戦していくことです。その際にポイントとなるのは、時に疎かになりがちな研究開発投資などに投資資金を振り向けて、戦略的に産業構造の転換・高度化を進めることです(図表5)。強みを有する産業を育成できれば、輸出面での競争力を維持・向上させることが可能になるはずです。

サービス産業の育成と都市化の推進

これに加えて、内需の持続的拡大を図っていく上では、財への需要が次第に飽和していく中で、如何にサービス産業を育成してその生産性を引き上げていくかも重要です。サービス業は一般に労働集約度が高く、製造業に比べ労働生産性が低くなる傾向があります。このため、アジア各国がサービス化を推進するに当たっては、情報通信技術などを積極的に活用した付加価値の高いサービス産業を育成し、サービス経済化の下でも、経済全体の労働生産性を高めに維持していくことが重要です。

その際、都市化の推進が鍵を握ります。アジアでは、中国をはじめ幾つかの国が、都市化の進展を政策目標として掲げています(図表6)。都市への人口集積が、中間層の拡大を伴うこととなれば、付加価値の高い財やサービスに対する需要を引き出すことが可能になります。

インフラ投資の拡大

輸出と内需の双方の拡大にとって必要な施策としては、インフラ投資の拡大も重要です。アジアでは、インフラの未整備が産業高度化のボトルネックになっている国が今なお、見受けられます(図表7)。例えば、安定的な電力供給は、製造業を誘致する上での前提となります。輸出拡大には港湾や道路の整備が不可欠です。また、都市化を推進する上でも、住宅のほか学校や上下水道といった住環境の整備が必要となります。

アジア開発銀行の調査によれば、アジアでは2010年からの11年間に、電力や道路を中心に8兆ドル規模の莫大なインフラ投資が見込まれています。インフラの整備は、それ自体内需の拡大につながるだけでなく、技術力のある海外企業の投資を促すことで、生産性の押し上げにも寄与すると考えられます。

4.アジア経済が直面する「挑戦」:人口動態の変化への対応

第2の挑戦は、人口動態の変化に対応していくことです。

アジアは多様な国・地域から構成されており、人口動態の局面も様々です(図表8)。例えばインドのように、これから人口ボーナス期を謳歌する国もあります。他方で、「4匹の虎」のほか、中国やタイでは少子高齢化が着実に進んでいます。とくに中国やタイでは、中所得国のまま人口ボーナス期から人口オーナス期へ移行していきます。こうした人口動態面からの変化に対応して、如何に安定成長を続けていくかは、まさに大いなる挑戦です。

この点については、わが国の経験が大変参考になると思います。私は日本の経験から得られた重要な教訓のひとつは、人口オーナス期が成長率を引き下げる効果は供給と需要の両面から働くという点だと考えています。供給面で労働供給制約が潜在成長率を引き下げることは広く認識されています。実際、日本では2000年代以降就業者数が減少に転じたほか、家計貯蓄率が低下して行く中で、資本蓄積も鈍化しました。

一方で、需要面を通じた効果は見落とされがちです。わが国の場合、少子高齢化の進展とともに、例えば、高齢者向けの財やサービスに対するニーズは拡大しましたが、企業側の対応が必ずしも円滑に進まず、潜在的な消費需要を十分に引き出すことができませんでした。社会保障制度の面では、年金や医療保険を巡る厳しい財政状況が、将来の負担増として意識されたことが慎重な消費行動につながった面もあると思います。

こうした人口オーナスがもたらす深刻な影響を踏まえますと、人口オーナス期における負の影響を早い段階できちんと認識し、それを緩和するために先手を打っていくことが重要です。

具体的には、供給面では、就業者の減少へ対応する観点から、女性や高齢者の労働参加率を引き上げていく必要があります。アジアの女性や高齢者の就業率は、西欧の先進諸国と比べて全体として低い傾向にあります。女性や高齢者が働きやすい環境を整備し、その潜在的な力を活用していく必要があります。需要面では、高齢者需要を引き出すという点で、企業が多様なニーズを的確に捉え、例えば旅行や介護といったサービス、高齢者向けの操作が容易な家電製品などの開発を通じ、需要を掘り起こしていく取り組みが待たれます。

5.アジア経済が直面する「挑戦」:頑健性の強化

資本フローとアジア

第3の挑戦は、グローバルなショックへの頑健性を高めていくことです。

これまでのアジア経済の成功の大きな理由として、域外の資本フローを取り込み、有効に活用してきたことが挙げられます。当初は、直接投資が「世界の工場」としての地位を確立する過程で大きな役割を果たしました。その後は、証券投資などの資金も流入するようになり、結果として生じた資本フローのボラティリティの高まりからアジア新興諸国が経験したのが、1990年代後半のアジア通貨危機でした。

この経験を踏まえ、アジア各国はグローバルなショックに対する頑健性を高めるべく制度の枠組みを柔軟に見直してきました。例えば、為替制度は事実上のドルペッグから、より柔軟な為替政策へと移行しました。その上で、速いペースで外貨準備高を増加させました。また、金融システムの強化という面では、マクロ・プルーデンス政策の導入を他地域に先んじて進めてきました。さらに、金融市場の整備という観点からは、域内で現地通貨建て債券市場の育成にも取り組んできました。こうした一連の対応もあって、2008年のリーマンショックを発端とした世界的な金融危機の際におけるアジア市場への打撃は、相対的に小さなものになったと評価されます。

もっとも、グローバル化が不可逆的に進む下でアジア市場が国際金融資本市場に組み込まれていく過程にあっては、アジアの金融市場を巡る資本フローのボラティリティは、否応なしに高まる傾向にあります。そうした中で、グローバルなショックに対する頑健性を一段と高めていくことは大きな挑戦であり、私からは以下の3つの方向性を指摘したいと思います。

域内貯蓄の域内における有効活用

第1の方向性は、アジア域内の豊富な貯蓄を域内で有効に活用する金融仲介メカニズムを拡充していくことです。従来、アジアでは、主に銀行が信用仲介チャネルを担ってきたことから、資本市場は必ずしも発達してきませんでした。そうした下で、豊富な貯蓄が域内に留まらず、結果として先進国に向かい、これがアジアに資本フローとして戻ってくるという流れになっていました。その場合、グローバル投資家の僅かなリスクアペタイトの変化が、資本フローの巻き戻しを引き起こし、規模の小さい新興国市場に大きな変動をもたらしてきました。

こうした弊害を克服するためには、銀行を通じた信用仲介チャネルの機能を強化すると同時に、それ以外のチャネルの選択肢を増やすことが不可欠です。とくに域内での現地通貨建て債券市場の発展を推進していくことは、各国の貯蓄を国内で循環させ投資に向かうよう促していく上で重要です。

実際に、アジアの債券市場は、2000年代後半以降、飛躍的に拡大しました(図表9)。その背景としては、皆様を含めた関係者の市場整備に向けたご尽力もあって、会計制度をはじめ域内企業のディスクロージャーの充実や共通化などソフト面でのインフラ整備が進んだことも挙げられます。通貨別にみても、外貨建て債券比率が趨勢的に低下してきました。ただし、先進国の異例の緩和政策の下で調達コストが低下したため、外貨建て債券比率はこのところ幾分上昇しています。現在、米国の金融政策が正常化に向かうことが展望される中にあって、これがアジア企業の債務返済能力に及ぼす影響などについては注意していく必要があると考えています。

経済統合に伴うクロスボーダー取引の活発化

第2の方向性は、先行する貿易などの実体経済面の統合に加え、金融面での統合を進めていくことです。これらが相まって、アジア域外からだけでなく域内のクロスボーダー取引が活発化し、資金循環が活性化することが期待されます。域外資本に過度に依存すると、アジアには無関係な事象で与信が突然打ち切られたり、資本が急に流出したりする可能性が高まります。域内でのクロスボーダー取引の拡大は、投資家の拡がりと厚みをもたらすことを通じ、頑健性を高めると考えています。

アジアの場合、各国間で金融市場の発展段階が大きく異なるため、経済統合の先達である欧州などと比べて、統合に向けたハードルは低くありません。それでも、法規制面や市場慣行の調和を進めていけば、クロスボーダー取引の活発化に繋がっていくと考えられます。

クロスボーダー取引の促進という点では、極めて重要なのは決済の問題です。この点、日本銀行を含めた中央銀行は、クロスボーダー決済の円滑化に向け取り組んでいます。その一環として、現在、ASEANおよび日本・中国・韓国の間では、域内各国の証券決済システムと中央銀行の資金決済システムを相互に接続する方向で検討を進めています。これにより、クロスボーダー取引の安全性や利便性が向上し、域内の資本取引を促進する効果が見込まれると考えています。仮に、そうした構想が実現すると、例えば、日本の銀行は日本国債を担保にDVP(Delivery Versus Payment)ベースで円滑かつ効率的に現地通貨を市場で調達することができるようになります(図表10)。

域内セーフティネットの拡充

第3の方向性は、域内セーフティネットを拡充することです。とりわけ、国や金融機関が短期的に流動性不足に陥った場合の危機の連鎖と拡大を防ぐことが重要となります。

この点、国レベルでの流動性危機の防止という観点からは、二国間スワップのほか、ASEANおよび日本・中国・韓国との間で、短期のドル資金を各国が融通する仕組みであるチェンマイ・イニシアティブの拡充と機能強化が図られてきています(図表11)。

また、金融機関の流動性危機の防止も中央銀行にとっての大きな関心事です。リーマンショックを発端とした世界的な金融危機の経験は、各国の中央銀行にとって、金融機関の資金調達体制がしっかりと整えられ、厚みのあるインターバンク市場が発展した、健全な金融システムを育成することの重要性を改めて認識させることとなりました。こうした下で、アジアの中央銀行間では、銀行の域内相互進出が近年進む中、現地通貨の調達環境を整備する動きが進んでいます。そうした努力の一環として日本銀行は、アジア各国の中央銀行との間でクロスボーダー担保取極を結んでいます(図表12)。これは、日本の金融機関が、拠点を展開している先の国の市場で現地通貨の調達に窮した場合、円資産を担保として現地の中央銀行から現地通貨の供給を受けられる仕組みです。これまでに、タイ、インドネシア、シンガポールの各中央銀行との間で、こうした万一の場合に備えた枠組みを構築しています。さらに本年2月には、フィリピン中央銀行との間で、円の現金を担保とするクロスボーダー担保取極を締結しました。

このような域内セーフティネットの運営に当たっては、各国において直面する政策課題の共有や、国際金融市場の急変に備えて迅速に対応できる体制の整備も求められます。こうした観点から、日本銀行は、アジア各国の中央銀行と協力して、東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)の運営等にも積極的に貢献しています。

6.おわりに

以上、アジア経済の成長を振り返り、3つの観点からアジア経済の直面する挑戦を挙げてきましたが、これらを克服してこそ、アジア経済の持続的な成長が実現します。私は、アジアはこれらの挑戦を乗り越えていくために十分に高いポテンシャルを有しており、21世紀が「アジアの世紀」となる可能性は高いとみています。

それでは、日本経済は、アジア経済の持続的成長に如何に貢献し、自らもその果実を享受していけるのでしょうか。最後にこの点について、少しだけ触れておきたいと思います。

アジアが「世界の工場」としてだけでなく消費地として存在感を増す中にあって、アジアを巡る需要構造は、現地市場向け製品需要の拡大や経済のサービス化など様々な変化が進行しています。日本経済がアジア経済の成長の果実を享受するためには、こうした経済構造の変化に的確かつ柔軟に対応していくことが必要です。この点、本邦企業はこれまで国内で培った高い商品力やノウハウを蓄積しています。これを現地の文化・慣習を踏まえた上で提供することを通じ、新たな需要を掘り起こしていくことは極めて有効だと思います。また、金融機関も、現地で事業を展開している本邦企業のサポートだけでなく、現地企業の成長を通じて現地経済の発展に貢献していくことが必要だと考えられますし、実際そうした取り組みが強化されていると認識しています。

一方で、わが国は、少子高齢化や環境・エネルギー問題など様々な課題に先行して直面した「課題先進国」です。これに関連した技術やノウハウを提供していくことは、本邦企業のビジネス・チャンス拡大につながるだけでなく、アジアの持続的成長を下支えしていくことにもなると思います。

日本銀行は、現在、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、「量的・質的金融緩和」を推進しています。日本経済が長年続いたデフレから脱却し、再び経済の活力を取り戻すことは、アジアの持続的な成長にも貢献するものであると考えています。また、本日お話ししたように、アジアの決済システムの高度化やセーフティネットの強化など経済を支える金融インフラの面でも積極的な役割を果たしていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。