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【講演】金融安定に向けた新たな課題と政策フロンティア―非伝統的金融政策、マクロプルーデンス、銀行の低収益性―

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IVA-JSPSセミナー(ストックホルム)における講演の邦訳

日本銀行副総裁 中曽 宏
2016年3月21日

目次

はじめに

本日は、スウェーデン王立工学アカデミーでお話をさせて頂く機会を得て、大変光栄に存じます。

私がこの貴重な機会を得られたのは、Robert Stenram氏のご尽力の賜物に他なりません。Stenram氏は、1990年代の日本の金融危機の際に、Swedbankの東京事務所長として、日本の銀行業界との間で緊密な連携を行って頂きました。私自身も、プロフェッショナルバンカーとしての彼の経験に基づく、深い洞察と思慮深いアドバイスから多くのことを学ばせて頂きました。また、長年に亘って、個人的にも親密な関係を築かせて頂きました。ここに、金融界におけるスウェーデンと日本の架け橋となった同氏の偉大な功績に敬意を表するとともに、哀悼の意を表します。心からの感謝を捧げつつ、最愛の奥様のそばで安らかな眠りにつかれますようお祈り申し上げます。

スウェーデンと日本は、金融政策運営や金融安定への取り組みにおいて、これまで幾つか共通する難題に直面してきました。1980年代後半のバブルとその後のバブル崩壊への対応、2008~2009年にかけての世界的な金融危機への対応、そして、現下のデフレ圧力への対応です。日本銀行とリクスバンクは、現在、各々の物価安定の目標の達成に向けて、マイナス金利政策を採用していることは、ご存じの通りです。

物価安定と金融安定という責務を果たすために、我々、中央銀行は、次から次へと現れる新たな課題に対応していかなければなりません。私自身、セントラルバンカーとして、1990年代と2000年代の金融危機への対処や、20年近く続く日本経済のデフレとの戦いの中で、最前線で取り組んできました。その際には、常に「金融安定の重要性」を強く意識し続けてきました。そこで、本日は、なぜ金融安定が重要であり、それに向けた新たな課題に対して、どのような政策設計を行っていくべきかという問題について、非伝統的金融政策、マクロプルーデンス、銀行の低収益性をキーワードに、論じてみたいと思います。

金融危機とその後の潜在成長率の低下

まず、少し歴史を遡って、1990年代入り後のバブル崩壊の経験についてお話しします。先ほど申し上げたとおり、バブル崩壊の経験はスウェーデンと日本の共通点ですが、その後に両国経済が辿った道のりは、実はかなり異なっています(図1)。

スウェーデンでは、1990年代初の金融危機後、銀行への公的資金注入を速やかに行い、金融システムの安定性を回復しました。また、固定相場制から変動相場制へ移行し、金融緩和を進めた結果、通貨安の追い風もあって、1993年には景気は回復しました。さらに、1995年のEUへの加盟による海外投資の増加などを受けたIT産業の成長拡大などを背景に、生産性は高まり、潜在成長率はバブル崩壊後にむしろ上昇しました。

一方、日本の場合は、銀行に対する抜本的な資本注入がなされたのは、大型の金融機関破綻が連続して発生した1997年の「暗黒の11月(Dark November1」の後であり、バブル崩壊からすでに8年近く経過していました。その間、再生の見込みのない企業への追い貸しもあって不良債権が一段と増加し、その後の不良債権処理や資源の効率的配分を難しいものにしました。こうした状況が重なることで、日本経済はデフレに陥っていくとともに、経済全体の生産性の伸び率も低下していきました2。また、この時期、日本では、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少という人口動態の変化が急速に進行しました。これら2つの事象が同時に進行したことで、日本の潜在成長率は大きく低下しました(図2)。潜在成長率の低下によって、企業の過剰債務問題はより深刻になり、企業の投資意欲は低下しました。マクロ的な投資抑制は、生産性の伸びを抑制することになり、これがまた潜在成長率を下押しし、企業の過剰債務とその裏腹の関係にある銀行の不良債権の処理進捗を困難にするという悪循環が発生しました。後知恵となってしまいますが、バブル崩壊当初、金融セクターで起こっていたことのシステミックな性質を過小評価し、十分な対応を行わなかったことで、本格的な金融危機に繋がった点は否めません3。このようにして、バブル崩壊後の長期停滞とデフレの継続――日本のいわゆる「失われた20年」――がもたらされました。

こうした経験から、我々は、(1)金融システムの安定は経済の持続的成長の基盤であること、(2)潜在成長率の変化は金融循環の振幅を増幅し、金融システムの安定性に影響するということを痛いほど学びました。マクロプルーデンスの視点が国際的に広く認知されるようになったのは、先般の国際金融危機以降だと思いますが、これに先立つわが国の金融危機以降の経験は、その重要性を十分に示唆しています。そして、私のセントラルバンカーとしてのマクロプルーデンス重視のスタンスは、この時の経験によるものです。

  1. 1997年11月、国際的に活動していた先を含む4つの金融機関――三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券、徳陽シティ銀行――が相次いで経営破綻に陥った。
  2. Caballero, Ricardo J., Takeo Hoshi, and Anil K. Kashyap. 2008. "Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan." American Economic Review, 98(5): 1943-77.
  3. Nakaso, Hiroshi. "The financial crisis in Japan during the 1990s: how the Bank of Japan responded and the lessons learnt," BIS Papers No 6, October 2001.

マイナス金利付き量的・質的金融緩和と金融安定

次に、現在に至るまでの金融政策運営と、そのもとでのマクロプルーデンス政策の考え方についてお話しします。バブル崩壊後、潜在成長率が低下したことによって、日本では、金融政策運営のメルクマールとなる自然利子率も大きく低下しました(図3)。金融緩和とは、実質金利を自然利子率より引き下げることを意味します。名目短期金利に非負制約があると考えられるなかで、実質金利を引き下げるために、2013年4月に導入した「量的・質的金融緩和」においては、次のようなブレークスルーを図りました。すなわち、日本銀行が2%の「物価安定の目標」の早期実現に強くコミットすることによって、予想インフレ率の上昇に働きかけるとともに、大量の長期国債を買い入れることにより、短期金利の低下余地が限られるもとで、イールドカーブ全体にわたって名目金利に低下圧力を加えることで、実質金利を引き下げることとしたのです。

今年1月に日本銀行が導入した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、「量的・質的金融緩和」を一段と強化することで、企業や家計の経済活動をサポートし、2%の「物価安定の目標」を早期に実現することを目的としたものです。その効果波及メカニズムはこれまでと同様であり、実質金利をさらに押し下げることを狙いとしています。従来、金利の非負制約の存在は常識と考えられてきましたが、リクスバンクを含む欧州の複数の中央銀行がそうした制約を一定程度除去できることを既に実証したことは、こうした政策を導入する後押しとなりました。実際、マイナス金利導入後、イールドカーブは下方に大きくシフトし、銀行の貸出金利も低下するなど、金融環境は一段と緩和度合いを増しています(図4)。また、金融機関のポートフォリオ・リバランスの面でも、世界的な金融市場の不安定な動きなどの影響から減殺されている面はありますが、金融機関の外債投資などの動きも活発になってきています。

このように前向きな金融仲介の動きがみられるなかで、マクロプルーデンスの観点からは、その金融安定面への影響を注視していく必要があります。その際に重要なことは、(1)非常に緩和的な金融環境が金融セクターの過度なリスクテイクを通じて金融を不安定にしないかという「過熱方向のリスク」と、(2)低金利による収益圧迫が金融機関の健全性やリスクテイク能力を減殺しないかという「収縮方向のリスク」の両面への目配りです。

現在、首都圏のマンション価格がバブル期のピークを超えるなど、一部で不動産取引が活発化していますが、不動産セクターのレバレッジが過度に上昇しているわけではなく、全体として金融面の「過熱方向のリスク」に大きな懸念はないとみています。金融セクターは、リスク量に対して充実した資本基盤と、相応に強いストレス耐性を備えており、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとで、前向きのリスクテイクやポートフォリオ・リバランスを進めていく力は十分にあるというのが基本的な現状認識です。

他方、非伝統的金融政策に特有の問題というわけではありませんが、金融緩和を継続するもとで、金融機関の預貸利鞘は長期にわたって縮小傾向にあり、収益の圧迫要因となっています(図5)。特に、非伝統的金融政策が実施される経済状況のもとでは、預金金利の下げ余地は小さくなっているため――預金スプレッドのバッファーはほとんど残っていないため――、追加的な金融緩和は利鞘を非線形的に圧縮する可能性があります4。それでも、日本の金融機関が健全性を維持しているのは、金融緩和に伴う経済情勢の改善が、これまでのところ、貸出の増加や信用コストの減少、有価証券による投資収益の増加という形で、利鞘縮小の影響を補って余りある収益改善効果を金融セクターにもたらしているためです。したがって、「収縮方向のリスク」も現時点では小さいと考えています。

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、量と質の大胆な緩和を継続しながら、マイナス金利という強力なエンジンを付け加えた枠組みであり、金融システムに対して強い刺激を与えていくと考えられます。したがって、今後も、マクロプルーデンスの視点から、金融システムの状況についてしっかり調査分析していくことが重要です。調査分析の一環として、日本銀行では、半年に一度、「金融システムレポート」を公表しています。このレポートでは、金融機関のリスク量と財務基盤のバランス、マクロ・ストレステスト、マクロ・リスク指標(いわゆるヒートマップ)など、様々な角度から金融システムの安定性を評価しています。こうした金融面での点検を中立的に行っていること自体が、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」への信頼を高めることに繋がると考えています。

  1.  4 Borio, Claudio, Leonardo Gambacorta, and Boris Hofmann. 2015. "The Influence of Monetary Policy on Bank Profitability." BIS Working Papers No.514.

マクロプルーデンス政策と金融政策の関係

それでは、将来、金融面の「過熱方向のリスク」が高まっていった場合には、どう対応すべきでしょうか。マクロプルーデンス政策と金融政策の役割分担に関しては、「分離原則」と「Lean against the wind(LAW)」という2つの考え方があります。前者は「金融政策は物価安定に、マクロプルーデンス政策は金融安定に、それぞれ特化すべき」というもの、後者は「金融不均衡の拡大が長い目でみて物価安定に対しても脅威になると考えられる場合、インフレ率の目標値からの乖離を一時的に許容してでも、金融循環の振幅を均すように金融政策を運営すべき」というものです。この論点について、日本のバブル期の経験を踏まえて、私なりの考えをお話しします。

日本銀行は1980年代まで、銀行に対して、貸出増加許容額を割り振り、それに従うよう指導してきました。この「窓口指導」は、当時、金融政策手段として位置付けられていましたが、現代風に解釈すれば、LTV(Loan-To-Value)規制やDTI(Debt-To-Income)規制などと同じ時間可変的なマクロプルーデンス手段といえるでしょう。窓口指導の有効性に関しては、それ単独で政策効果をもつという「単独有効説」と、主たる金融政策手段である公定歩合操作と併用することで効果を発揮するという「併用説」という2つの見方があり、当時、学界でも多く議論されていました5。単独有効説に立つ場合、公定歩合を据え置いたままでも、窓口指導の強化によって金融循環の振幅抑制は可能であると考えます。日本銀行は、窓口指導に関して、「独立の政策手段ではなく、公定歩合の変更その他一般的な金融政策の補完手段」と位置付けており、基本的には、併用説を支持していました。

もっとも、1980年代後半には、国際的な政策協調の観点から、内需拡大のために低金利の継続が求められるなかで、日本銀行は公定歩合を据え置いたまま、金融面での過熱感に対して窓口指導の強化で対応しました。その結果、銀行貸出の伸びは緩やかに低下しましたが、大企業は社債発行による資金調達を拡大していきました(図6)。この時期は、社債の発行基準が順次緩和されたため、金融緩和が一因となって実現した株価の上昇が、転換社債やワラント債発行などエクイティ・ファイナンスのコストを引き下げ、企業の資本市場調達が大幅に拡大しました。こうして、窓口指導を強化しても、緩和的な金融環境が維持されるもとで、地価や株価の上昇とともに企業部門のバランスシートは拡大を続け、金融面の過熱感に歯止めをかけることはできませんでした。

1980年代後半の日本のバブル期に関して、もうひとつ注目すべき点は、潜在成長率や自然利子率が高かったということです(前掲図2、図3)。同じ政策金利水準であっても、自然利子率が高い場合と低い場合では、金融緩和の度合いが異なります。自然利子率が高く、成長期待も高いもとでは、窓口指導による規制からすり抜けようとするインセンティブが金融機関や企業に強く働いたと考えられます。

以上の日本の経験を踏まえると、私は、局所的な金融不均衡には、第一次防衛線としてマクロプルーデンス政策が対応すべきであることには同意しますが、それ単独の有効性は金融市場構造の変化をもたらす規制緩和や自然利子率の水準に左右されるなど、大きな不確実性があることを認識すべきと考えます。したがって、時間可変的なマクロプルーデンス手段の単独有効説に立つ「分離原則」は必ずしも適当ではなく、金融不均衡の拡大に対して、税制を含む財政政策や金融政策で対応する余地を排除すべきではないと考えます。日本銀行では、こうした考え方のもと、経済・物価情勢について2つの「柱」による点検を行ったうえで、金融政策を運営しています。すなわち、第1の柱で最も蓋然性の高い見通しを点検しつつ、第2の柱では、金融政策運営に当たって重視すべき様々なリスク要因、とりわけ金融面の不均衡について点検しています。

  1.  5 Fukumoto, Tomoyuki, Masato Higashi, Yasunari Inamura, and Takeshi Kimura. "Effectiveness of Window Guidance and Financial Environment," Bank of Japan Review Series, 10-E-4, August 2010.

銀行部門の低収益性

次に、将来、金融面の「収縮方向のリスク」が高まっていった場合には、どう対応すべきでしょうか。具体的には、――欧州でも関心が強まっていますが――、銀行部門の低収益性をマクロプルーデンスの文脈からどう捉えるべきかという問題です。この問題を考える場合、銀行収益の低下が急性症状によるのか、それとも慢性症状によるのかで分けて整理することが重要です。

急性的なストレスによって、銀行の収益が大幅に減少した場合、それが金融システムを不安定化させないようにするためには、十分な自己資本が必要です。この点、世界的な金融危機後、自己資本比率規制の強化等を背景に、銀行部門の自己資本比率の水準は大きく高まりました。また、銀行の自己資本の十分性は、金融政策効果の波及経路を確保するうえでも重要です。金融緩和は、短期的には銀行の利鞘を圧縮するため、自己資本が十分でないと、貸出を増やす余力が低下し、緩和効果が十分に発揮されにくくなります。日本銀行が非伝統的金融政策を進めるなかで、銀行の利鞘が縮小しても、銀行の貸出がこれまで増加してきたのは、前述のように、銀行の自己資本が十分であったからに他なりません。

このように、経済に急性ストレスがかかり、銀行収益が圧迫されたとしても、銀行の自己資本が十分であれば、金融システムの不安定化を回避しながら、金融緩和による応急処置によって景気は回復し、銀行収益も回復していきます。もっとも、銀行収益に対して慢性的なストレスがかかっている場合には、現時点における自己資本が十分であっても、金融システムの安定性を必ずしも保証しません。資本コストに見合うリターンを確保できない状況が長く続けば、銀行の自己資本はいずれ損耗してしまうからです。

慢性ストレスの典型例としては、銀行の不良債権処理の遅れ――その裏腹の関係にある民間部門の過剰債務問題――ですが、そのほかに、潜在成長率の低下も挙げられます。潜在成長率の低下は、企業の成長期待を下押しし、投資需要を弱めます。実際、多くの先進国において、企業部門は長らく貯蓄超過の状態が続いています(図7)。投資が低迷すると、生産性の伸びも低下し、潜在成長率の低下へと繋がっていきます。銀行の貸出金利には、この過程で低下圧力がかかっていきます。預貸利鞘の低下に直面した金融機関は、収益確保のために貸出競争に走り、このことが貸出金利をさらに押し下げ、収益性の低下を招きます。銀行間の過度な貸出競争は、低生産性企業の存続を容易にするため、経済全体でみた効率的な資源配分を損ない――経済の新陳代謝(創造的破壊)を鈍らせ――、潜在成長率の改善に繋がりにくくなると考えられます。このように、銀行の貸出競争を通じて、銀行の低収益性と潜在成長率の低下が相互関連するようになると、銀行が旧来型のビジネスモデルを変えない限り、「収益性が低くなりすぎて、元に戻らないリスク("Too-Low-To-Recover")」も次第に高まっていくと考えられます。

求められる金融仲介機能のイノベーション

シュンペーターは、その著書「経済発展の理論」において、イノベーションを起こす「企業家」とともに、「銀行家」の役割を重視しています6。銀行家は、革新的な事業を創造する企業家を見定め、質の高い起業を識別するとともに、企業の業績改善につながる情報を生産していくことで利益を上げます。そうした銀行家の優れた目利きに基づく利益追求行動が、マクロ的にみてより効率的なリスクの再配分を実現し、経済の成長を高めていくと考えられます7

金融仲介機能を通じて、経済の新陳代謝を促すという銀行家の本質は、今も昔も変わりません。ただし、経済が成熟化していくにしたがって、企業家のイノベーションに必要な投資形態は、設備投資などの有形固定資産への投資から、研究開発投資や情報化投資、人的資本・組織資本といった無形資産への投資に徐々にシフトしてきています。実際、先進国の新たな「成長の源泉」として、無形資産投資の重要性が指摘されるようになってきています8。最近の研究によれば、企業の無形資産投資は、有形資産投資に比べ、内部資金(キャッシュフロー)に対する感応度が高いことが指摘されています9。金融市場が完全であれば、内部資金と外部資金(銀行借入等)は完全に代替的になり、企業の投資支出は内部資金の多寡とは無関係になります。しかし、企業の無形資産投資が内部資金に対して感応度が高いということは、情報の非対称性に伴う資金制約に企業が直面している可能性を示唆しています。無形資産は、有形資産に比べて、担保として評価しにくいといったことが情報の非対称性を生み出していると考えられます。逆に言えば、この分野にこそ銀行家が情報生産を行って利益を稼ぎ出す余地があるといえます。

日本の企業の無形資産投資のウェイトは、米国等に比べ低いのが現状です(図8)。銀行が、企業の無形資産投資需要を引き出すことができるようになれば、経済の生産性が高まるだけでなく、銀行の低収益性に関する構造的問題も解決の方向に向かっていくと考えられます。銀行が従来型のビジネスモデルの中で貸出競争に明け暮れるのか、それとも、銀行が新たな金融ニーズを掘り起こし、ビジネス・フロンティアを広げていくのかによって、経済の辿る道は大きく異なってきます。慢性症状の改善には人間の体質改善が必要であるのと同じように、銀行の構造的な低収益性の改善には、銀行自身のビジネスモデルの改革が必要です。

日本銀行としても、銀行の必要な改革に向けた取り組みを後押しする幾つかの施策を講じています。第一は、金融政策における資金供給方法の工夫です。成長基盤強化を支援するための資金供給や、設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業の株式を対象とするETFの買入れなどです。これらは、銀行や証券市場などの金融仲介機能が、経済の生産性上昇を後押しして、潜在成長率の改善に資するための呼び水となることを期待したものです。第二は、銀行による資源の効率的配分の機能を高めていくためのサポートです。創業支援、ビジネスマッチング、事業再生、IT活用など、金融仲介の付加価値を高めるためのノウハウや情報を、セミナー等を通して銀行へ積極的に提供しています。これらの日本銀行の取り組みは、一般的なマクロプルーデンス手段とは異なりますが、長い目でみて金融安定に資する対応であると考えています。

  1.  6 Schumpeter, Joseph Alois. 1926. Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung: Eine Untersuchung über Unternehmergewinn, Kapital, Kredit, Zins und den Konjunkturzyklus, 2nd revised ed. Leipzig: Duncker & Humblot. (The Theory of Economic Development, Translated by Redvers Opie, Transaction Publishers: New Brunswick, New Jersey, 1983.)
  2.  7 Laeven, Luc & Levine, Ross & Michalopoulos, Stelios. 2015. "Financial innovation and endogenous growth," Journal of Financial Intermediation, Elsevier, vol. 24(1), pages 1-24.
  3.  8 OECD. 2011. "New Sources of Growth: Intangible Assets."
  4.  9 Morikawa, Masayuki.2015. "Financial Constraints on Intangible Investments: Evidence from Japanese Firms," in Ahmed Bounfour and Tsutomu Miyagawa eds. Intangibles, Market Failure and Innovation Performance, Springer, Ch.6, pp.139-155.

おわりに

最後になりますが、潜在成長率の変化によって、金融政策やマクロプルーデンスの効果が左右され、物価安定や金融安定にも影響が及ぶとすれば、そのことは、中央銀行の政策設計思想にも、当然関係してくることになります。金融政策の面では、長引くデフレのもとで人々の予想物価上昇率が低下し、それと同時に潜在成長率も低下したことが、金融政策の有効性に対する制約となったことは否めません。この点、日本銀行は、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」により、2%の「物価安定の目標」を実現することを企図していますが、そのことは、デフレマインドの払拭と資本形成の促進を通じて、潜在成長力の引き上げにも資するものと考えています。一方、マクロプルーデンス政策においては、これまで規制強化に焦点が当てられてきましたが、それらは、銀行の低収益性という構造的問題の解決に寄与するものではありません。この問題に対して、今後、どのように政策フロンティアを広げていくべきかに関しては、国際的にも未解決のままであり、中央銀行は、マクロプルーデンスの政策設計においても、より柔軟な発想が求められているのかもしれません。もちろん、構造的な問題は、中央銀行だけの努力で解決できるものではありません。政府の経済政策とともに、企業と金融機関のイノベーションに向けた取り組みが必要不可欠です。日本銀行としては、これら関係諸機関と協力しながら、金融安定に向けた新たな課題に取り組んでいきます。

ご清聴ありがとうございました。