【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策岡山県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 片岡 剛士
2018年3月1日
1.はじめに
日本銀行の片岡でございます。この度は、岡山県の政財界を代表する皆様と懇談をさせて頂くという貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から日本銀行岡山支店の業務運営に対し、ご支援、ご協力を頂いておりますことを、この場をお借りして、改めて厚く御礼申し上げます。
本日は、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営につきまして、私の考え方を交えつつお話させて頂きます。その後、皆様から、当地の実情に関するお話や、日本銀行の業務や金融政策に対する率直なご意見をお聞かせ頂ければと存じます。どうぞ宜しくお願いいたします。
2.経済・物価情勢
(1)内外経済の現状と先行き
はじめに、わが国を取り巻く世界経済の動向からみていきたいと思います。2017年秋以降、景況感の改善が鮮明となっています(図表1)。世界の購買担当者景気指数(PMI)をみると特に製造業の回復が顕著であり、設備投資や貿易が拡大しています。この背景としては、先進国経済が堅調に推移する中、中国をはじめとする新興国経済の減速懸念が後退するとともに、資源セクターや製造業の生産が16年に底を打ち、その後、緩やかな回復を続けている、といった循環的要因が挙げられます。また、IoTや人工知能、自動運転といった新規テクノロジーに紐づけられた新たな需要が発掘されつつあることも、一定の寄与を及ぼしているといえるでしょう(図表2)。
世界経済を、実質成長率とインフレ率の2つの軸からみますと、16年までは、成長率の停滞と低インフレが共存する状態が続いていましたが、17年には、成長率は改善基調が明確となる一方、低インフレは持続する局面に移行したといえます。今後、様々にいわれている下振れリスク──例えば、米欧の金融政策の正常化が世界経済の成長を下押しするリスク、中国経済の失速リスク、北朝鮮や中東を巡る地政学的リスク──が顕在化しない場合、世界経済は、これまでの成長率が改善する局面から、高めの成長が持続する中で、インフレ率が本格的に上昇する局面に入っていくと思われます。主要国が相次いで金融政策スタンスを転換しつつある中、景気が腰折れせずにそうした局面に到達するのか、到達する場合いつ頃なのかが、当面の注目点の一つと考えています。
次に、わが国経済の動向をみていきます。世界経済の緩やかな成長を受けて、実質GDP成長率は、16年初以降、8四半期連続でプラス成長を続けています。17年暦年では1.6%と、13年以来の成長率となりました(図表3)。この間の需要項目別の動きをみますと、主に民間設備投資や輸出が成長率を押し上げていることがわかります。
わが国経済の先行きについてですが、18年度については、企業の業績やマインドの改善を受けた設備投資の拡大や、好調な世界経済を背景とした輸出増の好影響が、賃金上昇を通じて、これまで以上に家計へと波及していくことで、民間消費の拡大ペースが幾分強まりつつ、潜在成長率を上回る1%台前半の成長が続いていくとみています(図表4)。他方で19年度の成長率は、同年10月から予定されている消費税率引き上げの影響や、オリンピック関連投資の一巡による設備投資の減速といった要因から、ゼロ%台後半にとどまる蓋然性が高いと考えられます。
消費税率引き上げの影響については、家計消費を中心に、駆け込み需要とその反動、および実質所得の減少という主に2つの経路を通じて、成長率に相応の影響を及ぼすと想定されます。現時点では、税率引き上げによる19年度成長率の下振れ幅は、前回の14年度と比べると小幅なものにとどまる可能性が高いと思われます。こう考えられる理由は、税率の引き上げ幅が前回よりも小幅であり、かつ一部品目に軽減税率が適用される予定のためですが、これに加え、今回の税率引き上げのタイミングが年度央となるため、駆け込み需要と反動減が年度を通じてみれば均されるほか、実質所得の減少が年度下期にのみ生じ得る、というテクニカルな要因もあります。
(2)わが国の物価動向の現状と先行き
続いて、わが国の物価動向の現状と先行きについてみていきたいと存じます。
現状については、1月の全国消費者物価指数の実績は、生鮮食品を除く総合で前年比+0.9%となりました。しかし、エネルギー価格の寄与が0.5%ポイントと大きく、国内需給を直接的に反映する生鮮食品およびエネルギーを除く指数でみると前年比+0.4%と、緩やかに上昇してきていますが、企業の賃金・価格設定スタンスがなお慎重なものにとどまっていることなどを背景に、依然として低水準です。
先行きについては、まず、日本銀行の大勢見通しをみていきたいと存じます。1月に公表した展望レポートでは、潜在成長率を上回る成長が続きマクロ的な需給ギャップが改善を続けるもとで、企業の賃金・価格設定スタンスが次第に積極化し、予想インフレ率も上昇していくとみています。その結果、インフレ率はプラス幅の拡大基調を続け、2%に向けて上昇率を高めていくとしています。以上のメカニズムが働くもとで、インフレ率──正確には、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比に関する政策委員見通しの中央値──は、19年度にかけて消費税率引き上げによる直接的影響を除くと1.8%程度まで高まっていくと予想しています(図表4)。
しかし、私はこうした見通しとは異なり、物価上昇率が19年度にかけて2%まで高まる蓋然性は現時点では低いと考えています。この違いは、現状の金融緩和策の全体的な力強さや波及経路の機能度に対する見方の違いによるものです。これについては、次に金融政策運営と絡めてご説明します。
3.金融政策運営
まず、現在の金融政策の枠組みについてご説明します。続いて、「物価安定の目標」達成のために必要な政策について、私の考えをお話ししたいと存じます。
日本銀行は、2013年1月に、「物価安定の目標」を消費者物価指数の前年比上昇率2%と定め、これをできるだけ早期に実現することを目指しています。合わせて、政府との政策連携を強化することを「共同声明」の形で公表し、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現に向け、政府と一体となって取り組んでいます。そのもとで、13年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、16年9月以降は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という枠組みのもとで金融政策を運営しています。現在の金融政策の枠組みは主に2つの要素から成り立っています(図表5)1。
1つ目は、「長短金利操作」、すなわち「イールドカーブ・コントロール」です。これは、短期・長期の名目金利の操作を通じて、名目金利から予想インフレ率を差し引いた実質金利を低下させることで、きわめて緩和的な金融環境を実現し、経済・物価に働きかけるものです。現在は、短期政策金利を-0.1%、10年物国債金利の操作目標をゼロ%程度に設定し、これらを実現するように国債の買入れを行うことで、2%の「物価安定の目標」の達成に向けて最適なイールドカーブの形成を促しています。
2つ目は、「オーバーシュート型コミットメント」です。これは「生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」という約束です。こうした約束によって、「物価安定の目標」の達成が見通される段階で、早期に金融政策の方向性が転換される可能性を排除し、2%の「物価安定の目標」の実現に対する人々の信認を高めることを狙いとしています。
こうした金融政策の枠組みは、大きく4つの波及経路を通じて物価上昇率を高めると考えています(図表6)。具体的には、名目金利の低下を通じた実質金利の低下やリスクプレミアムの縮小が促された、きわめて緩和的な金融環境が需給ギャップを改善させるという第1の経路、需給ギャップの改善が物価上昇率を高めるという第2の経路、物価上昇率の高まりが、適合的な期待形成を通じて予想インフレ率を上昇させ、それが物価上昇率をさらに高めるという第3の経路、そして、2%の「物価安定の目標」に対する強いコミットメントが予想インフレ率そのものを高め、それが物価上昇率を上昇させる第4の経路があると考えられます。
先程、物価見通しを述べた際、私は、物価上昇率が19年度にかけて2%まで高まる蓋然性は低いと考えていると申し上げました。この理由は、イールドカーブ・コントロールを採用してから1年以上が経過した現在においても、先程の4つの経路が、物価上昇率を2%に押し上げるほど十分に機能していると確信を持てないことにあります。もちろん、需給ギャップは改善を続けていますので、今後、金融緩和の効果は段階的に強まっていくと考えられますが、19年度にかけて物価上昇率が2%に到達するほどの勢いはない、と現時点では考えています2。
やや詳しくみるために、需給ギャップと物価上昇率の関係をプロットしてみます。「量的・質的金融緩和」を採用してからイールドカーブ・コントロールを導入する前の時期には、トレンド線の傾きはそれ以前(図表7左図<黒>)と比べて幾分急になり、水準は上方にシフトしています(図表7左図<赤>)。これは、需給ギャップの改善が物価上昇率を押し上げる第2の経路が強化されるとともに、予想インフレ率が上昇したことで第3、第4の経路も働き始めていたことを示唆しており、望ましい変化が生じていたことが分かります。しかし、イールドカーブ・コントロールに切り替えた16年10~12月期以降の動きをみると、サンプル数が少ないため幅をもってみる必要がありますが、トレンド線の傾きは緩やかになり、水準はやや低下しています。すなわち、第1の経路は機能しているものの、第2、第3、第4の経路はまだ十分に機能していない可能性があります(図表7左図<緑>)3。
言い換えますと、現在の金融政策の枠組みのもとでは、需給の逼迫化は進んでいますが、それが企業の価格設定スタンスを全般的に強めるまでには至っていないといえます4。また、これまでの物価の上昇テンポが緩やかなこともあって、予想インフレ率の上昇も緩やかなものにとどまっています。短期の予想インフレ率は、原油価格の上昇等を背景に幾分上昇していますが、予想インフレ率が上昇から横ばいに転じた14年央から15年央の水準にすら戻っておらず、中長期の予想インフレ率も、依然として弱めの動きにとどまっています(図表8)。オーバーシュート型コミットメントは、予想インフレ率の低下の歯止めとしては作用したものの、予想インフレ率を明確に上昇させるには至っていないと考えられます。
以上の認識から、私は、「物価安定の目標」の早期達成に向けて、もう一段の追加緩和が必要であると考えています。具体的には、10年以上の幅広い期間にわたる国債金利を一段と引き下げるよう長期国債の買入れを行うこと、およびオーバーシュート型コミットメントを強化する観点から、「今後、展望レポートにおける政策委員の見通しの中央値において、国内要因により『物価安定の目標』の達成時期が後ずれする場合には、追加緩和手段を講じる」というコミットメントを新たに加えるべきだと考えています。
10年以上の幅広い国債金利の一段の引き下げは、設備投資や住宅投資を金融面から更に後押しすることになるほか、設備投資や賃上げに前向きな企業を税制面から支援する政府の財政政策との相乗効果も期待されます。これは需給ギャップの改善ペースをより強めることになるため、先程説明した第1、第2の経路を通じた物価上昇のダイナミズムを強化することになります。イールドカーブ・コントロールのもとでの追加緩和手段に関しては様々ありますが、効果と副作用のバランスを考えると、これが現時点で最適だと考えています。
オーバーシュート型コミットメントの強化は、予想インフレ率の上昇を通じた物価への波及効果、すなわち第3、第4の波及経路を強化することを意図しています。13年以降の予想インフレ率上昇の背景には、日本銀行がインフレ目標政策の採用を決定し、その実現に当たり政府との政策連携の強化を「共同声明」の形で公表するとともに、機動的な財政政策と大胆な金融政策、および成長戦略の実行という形で具体的に行動したことがあります。予想インフレ率に働きかけるには、「物価安定の目標」達成に向けた政府との政策連携が、お互いの行動を伴う形でしっかりと担保されていることが不可欠です。日本銀行としては、「物価安定の目標」の達成に向けた明確かつ力強いコミットメントに裏打ちされた強力な金融緩和をさらに進めていく必要があります。
- このほか、リスク資産(ETF、J-REIT)の買入れも、金融政策の一環として行っています。
- 予想インフレ率、物価上昇率、需給ギャップ、消費税ダミーを説明変数とするハイブリッド型ニューケインジアン・フィリップスカーブを推計した上で、日本銀行政策委員のGDPに対する大勢見通しから類推した需給ギャップと、予想インフレ率の見通しを与えて、先行きの物価動向を試算した結果から判断すると、物価上昇率が先行き2%に到達するには、+2%を上回る需給ギャップの拡大に加え、13~14年のペースを上回る予想インフレ率の上昇が必要と考えられます。
- こうした点は、パラメータを時間可変としたフィリップスカーブを推定した結果からも確認できます(図表7右図)。
- 日本銀行調査統計局が推計している需給ギャップは、16年10~12月期以降プラスとなり、17年7~9月期に+1.35%まで拡大しています。ただし、過去、消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー、消費税率引き上げの影響除く)前年比が2%以上となった時期の需給ギャップの平均値が2%台後半であることを踏まえると、企業の価格設定スタンスを全般的に強めていくには、需給ギャップのさらなる拡大が必要です。
4.「物価安定の目標」の達成・維持がなぜ重要か
世界経済が緩やかに成長するもとで、米欧主要中央銀行は、政策金利の引き上げや金融緩和の解除に向かっています。こうした中、わが国においても、金融政策が遠からず引き締めに転換するのではないか、あるいは少なくとも金融緩和解除に向けた微修正が行われるのではないか、といった憶測が、海外を中心に一部で聞かれます。しかし、米欧主要国とわが国の物価を巡る状況はかなり異なり、わが国では、政策転換を検討する状況からは、まだかなり遠いと私は考えています。
まず、わが国と、利上げが進んでいる米国の物価動向について確認したいと思います。図表9では、1995年以降の生鮮食品とエネルギーを除く物価上昇率に関して、日米を比較しています。黒太線は2%の物価上昇率を示し、灰色のシャドーは景気後退期を示しています。米国の場合、95年から現在まで、物価上昇率は、概ね2%近傍を推移しています。一方、わが国では、米国とは対照的に、98年後半から13年初頭までのほとんどの時期において、物価上昇率がマイナスで推移しています。13年に入ってからは、「量的・質的金融緩和」が開始されたこともあり、物価上昇率はプラスに転じたものの、依然として2%までは距離があります。
こうした日米の物価情勢の違いは、しばしば大海に浮かぶ船を安定化させるアンカー(碇)の有無に喩えられます。物価上昇率は、景気や原油価格などの変動やショックの影響を受けて上下しますが、米国では、リーマンショックなどの大きなショックが起きても、その後、物価上昇率が2%近傍に回帰しています。これは、米国の物価に対する人々の予想が、船のアンカーのように2%近傍でしっかり固定されているためです5。米国で、これまで段階的に利上げを進めることができたのは、このアンカーの機能が働いていると判断されているためでしょう。他方、わが国では、90年代半ば以降、デフレが長期化する中で、物価が上昇しないことを前提とした経済活動が合理的となり、そうした状況のもとで企業や家計のマインドが形成されてきました。すなわち、わが国は、インフレ予想のアンカーを失い、「デフレ均衡」に陥ってしまったといえます6。
日本銀行は、現在、大胆な金融緩和政策を通じて「デフレ均衡」に陥った状況から、予想インフレ率が2%近傍でアンカーされる「インフレ均衡」に移行することを目指しています。しかし、これまで述べてきたように、物価上昇率の改善は十分ではなく、途半ばの状況です。こうした中で金融政策の方向性を安易に転換すると、再び完全にデフレ均衡に戻ってしまうリスクがあります。
13年4月の「量的・質的金融緩和」導入以降、予想インフレ率は2%に向けて着実に上昇していました。しかし、その勢いは、消費税率の引き上げと原油価格の下落を契機に弱まってしまいました。さらに、その後の新興国経済の減速やグローバル金融市場の不安定化という逆風が、予想インフレ率の停滞につながりました。こうした経験は、2%の「物価安定の目標」を達成していない段階では、予想インフレ率は経済の下押しのショックに対して脆弱であり、経済がデフレ均衡に容易に戻り得ることを示唆しています7。
こうした状況にあるからこそ、現在の金融政策は、経済・物価情勢のリスクに十分に配慮して慎重に運営していくことが必要です8。先程、経済・物価情勢の現状と先行きについて述べましたが、慎重な金融政策という観点からは、特に19年度の経済動向の判断について、次の2点に留意する必要があると私は考えています。
1点目は、14年度の消費税率の引き上げ以降、実質可処分所得の増加が実質消費の拡大につながりにくくなっていることです。こうした中で、19年10月に税率が再び引き上げられる予定ですが、もし仮に、14年と同じ影響が生じるとすると、総需要の改善が十分に進まないことになります。加えて、インフレ予想のアンカー機能が十分に働いていない中で税率の引き上げが行われると、人々の物価観が変わり、消費低迷等を通じて予想インフレ率が再び弱含む可能性もあります9。すなわち、消費税率の引き上げによって、需給ギャップとインフレ予想の双方の経路から、物価下押しの圧力が高まる可能性があります(図表10)。
2点目は、海外経済を巡るリスク要因が19年度までに顕在化する確率がある程度あるとみていることです。仮にリスクが顕在化する場合、わが国の景気は、世界経済の堅調な成長という下支えを失うことになるため、相応に下振れると考えられます。中でも、米国における金融政策の正常化が世界経済の成長を下押しするリスクについて、リスクが顕在化した場合の世界経済への影響が、他のリスクよりも大きくなると予想されるため、注意が必要であると考えています。
わが国は、バブル崩壊以降、「失われた20年」とも呼ばれるデフレを伴う長期の経済停滞を経験しました10。13年以降は、日本銀行の大胆な金融緩和策も相俟って、雇用情勢など企業・家計を取り巻く環境は改善し、物価は漸く「デフレではない状況」を維持する状態に到達しています11。先程述べました通り、「物価安定の目標」の達成・維持は途半ばですが、その過程で生じている好循環の勢いをさらに強め、「物価安定の目標」の早期達成を通じて「失われた20年」から完全に決別することが求められています。日本銀行政策委員会の一員として、「物価安定の目標」の達成・維持に向けて、引き続き最大限の努力をして参りたいと存じます。
- 5インフレ予想がアンカーされることについての含意は、Bernanke, B., "Inflation Expectations and Inflation Forecasting: Speech at the Monetary Economics Workshop of the National Bureau of Economic Research Summer Institute, Cambridge, MA," Federal Reserve Board, July 2007をご参照下さい。
- 6Bullard, J. (2010), "Seven Faces of 'The Peril'," Federal Reserve Bank of St. Louis Review, 92(5): 339-52では、02~10年の日米データをもとに、当時の米国が日本と同様の「デフレ均衡」に陥る可能性を議論し、「デフレ均衡」に陥らないようにするための金融政策について分析しています。
- 7Banerjee, R. and A. Mehrotra, "Deflation Expectations," BIS Working Papers no. 699, February 2018では、43ヶ国・地域の予想インフレ率を分析した結果、デフレ期においては、インフレ予想のアンカー機能が脆弱化し、期待形成が適合的になると結論付けています。
- 8大規模な金融緩和策が金融システムや金融仲介機能に与える影響については、貸出金利を通じた影響に加え、金融緩和に伴う企業の破綻確率や銀行の信用コストの低下、資産市場の改善が金融機関収益を押し上げる効果、といった様々な影響を合わせて考慮する必要があります。また「物価安定の目標」の達成に要する期間が長期化すればするほど、金融システムの頑健性に対するリスクは高まると考えられます。金融政策を検討する際には、こうした視点も考慮に入れる必要があります。
- 9消費税率引き上げが物価や予想インフレ率に与える影響については、総需要の低下が実際の物価上昇率を押し下げ、それが予想インフレ率を低下させる可能性のほかに、消費税率の引き上げに伴う物価の上昇が、予想インフレ率を上昇させる可能性も考えられます。97年4月や14年4月の消費税率引き上げの際には、当初、税率引き上げに伴って物価上昇率は高まったものの、総需要の低下に伴って低下し、予想インフレ率の低下につながったものと推察されます。
- 10日本の長期停滞に関する詳細は、Hamada, K., A. Kashyap, and D. Weinstein (2010), Japan's Bubble, Deflation, and Long-term Stagnation, The MIT Press; Wakatabe, M. (2015), Japan's Great Stagnation and Abenomics -- Lessons for the World, Palgrave Macmillan; 片岡剛士(2010)、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』、藤原書店、をご覧ください。
- 11安達誠司(2017)、「2%のインフレ目標は妥当か(特集 物価目標政策の再検討)」、景気循環学会『景気とサイクル(64)』所収(2017年11月)では、物価について「デフレ」と「インフレ」の2状態(レジーム)を仮定した上で、ロジスティック平滑推移自己回帰モデル(Logistic Smooth Transition Autoregressive model)の枠組みに基づきニューケインジアン・フィリップス曲線の推計を行っています。計算されたレジーム推移確率をみると、17年4~6月期時点の値は57.8%となっており、これは物価が「デフレ状態」と「インフレ状態」の境目を示す50%を上回ってはいるものの、デフレから完全に脱却した状態を意味する100%からはまだ距離があることを示唆しています。
5.おわりに
最後に岡山県経済についてお話しさせて頂きます。
岡山県は、歴史的にみて、産業振興と財政引き締めの組み合わせにより藩政改革を成し遂げた山田方谷や、実業家でありながら社会、文化事業の発展にも尽力した大原孫三郎など、優れた経済人・文化人を輩出してきました。その後も、現在に至るまで数多くの優秀な人材を輩出しており、岡山県経済の持続的な発展を支えてきました。
また、岡山県は、西日本における陸上交通の結節点であることに加え、中国・四国地方最大の取扱貨物量を誇る水島港を有するほか、自然災害が少ないという地の利を活かし、水島コンビナートを中心に古くから製造業が県内経済を支えてきました。他方、「晴れの国」と呼ばれるように天候にも恵まれていることから、桃やぶどう、マスカットなどの全国有数の産地としても広く認知されています。最近では、これら当県の特長・強みを活かし、物流拠点や生産拠点としての企業誘致が目立っているほか、移住先としても注目を集めています。
さらに、当県は、後楽園や岡山城、倉敷美観地区を始め、日本遺産第1号にも認定された閑谷学校、全国的に知名度の高い湯原温泉など豊富な観光資源を有しており、国内外を問わず多くの観光客が当県を訪れています。こうした中で昨年末には岡山-台北便が増便されるなど外国人観光客の更なる増加が見込まれるほか、本年は瀬戸大橋開通30周年の節目の年であり、年間を通じ様々なイベントが開催されると伺っています。こうした機会を通じ、更なる観光客の増加と国内外への魅力の発信が期待されます。
当地の景気は、こうした歴史的・地理的な強みを有するもとで、足許の外国人観光客の増加や堅調な海外経済を背景に、輸出・生産が増加基調にあり、企業業績も今年度は増収増益が見込まれています。設備投資は、昨年度に大きく伸びた後、今年度も確りとした増加計画となっています。個人消費も、雇用・所得環境の改善を背景に持ち直しています。全体として、岡山県の景気は緩やかに拡大しつつあると判断しています。
先行きも、能力増強や効率化に向けた設備投資が製造業で数多く予定されているほか、新たなホテルの開業や再開発プロジェクトも計画されていると伺っており、経済の活性化と魅力のあるまちづくりが今後一層進むと期待されます。行政と産業界、金融界などが更に連携を強めながら、岡山県が持つ強みに一層磨きをかけることで、岡山県経済がますます発展していくことを期待しています。日本銀行としても、岡山支店を中心に、地域活性化に向けた取り組みに少しでも貢献できるよう努めて参りたいと考えています。
ご清聴ありがとうございました。