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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策宮城県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2018年6月21日

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。本日は、ご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの仙台支店がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、宮城県経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様からの率直なお話を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済ですが、グローバルな製造業の業況感は改善傾向を維持しているほか、世界貿易量は回復を続けています。こうしたもとで、海外経済は総じてみれば着実な成長が続いています。先行きも着実な成長を続けると想定しており、4月に公表されたIMFによる見通しでも、2018年、2019年ともに前年比プラス3.9%の成長を見込んでいます(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済が拡大しているほか、欧州経済は回復を続け、中国経済は総じて安定した成長を続けています。その他の新興国・資源国経済については、輸出の増加や各国の景気刺激策の効果などから、全体として緩やかに回復しています。先行き、米国経済は拡大を続け、欧州経済は回復を続けるとみられます。中国経済は、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどると考えられます。その他の新興国・資源国経済については、全体として緩やかな回復を続けると予想しています。

今後を見通すにあたって、米国の経済政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響、新興国・資源国経済の動向、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたっております。また、各国の通商政策の先行きについても不透明感が高く、注視が必要です。海外経済が着実な成長を続けている今だからこそ、リスクにも気を配ることが肝要であるとも言えましょう。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、日本経済についてですが、わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しています。実質GDPの成長率は、昨年10~12月まで8四半期連続のプラス成長を続けたあと、今年1~3月は前期比年率マイナス0.6%となりました。純輸出が小幅のプラス寄与にとどまるもとで、国内における民間需要が弱めの動きとなっています(図表2)。

先行きのわが国経済は、緩やかな拡大を続けるとみています。2018年度については、潜在成長率1を上回る成長を続けると見込んでいます。すなわち、国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えています。この間、海外経済の着実な成長を背景に、輸出も、基調として緩やかな増加を続けるとみられます。当地でも、仙台空港における国内外の定期便の就航などを受けて、昨年度の旅客数は過去最高となり、今後も増加を続けることが期待されています。2019年度と2020年度については、設備投資の循環的な減速や消費税率引き上げの影響を背景に、成長ペースは鈍化するものの、外需に支えられて、景気の拡大基調が続くと見込まれます2。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が4月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2018年度プラス1.6%、2019年度プラス0.8%、2020年度プラス0.8%となっています(図表3)。

  1. わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、「0%台後半」と計算される。ただし、潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当の幅をもってみる必要がある。
  2. 消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられる(軽減税率については、酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用される)ことを前提としている。また、4月時点の情報をもとに、教育無償化政策についても織り込んでいる。

物価情勢

続いて、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はプラス0%台後半となっているものの、エネルギー価格の影響を除くと0%台半ばにとどまっており、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、なお弱めの動きが続いています(図表4)。

先行き、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを背景に、プラス幅の拡大基調を続け、プラス2%に向けて上昇率を高めていくと考えています。具体的な数値で申し上げると、4月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値3は、2018年度プラス1.3%、消費税率引き上げによる直接的な影響を除いたベースで、2019年度プラス1.8%、2020年度プラス1.8%となっています(図表3)。

  1. 32019年10月に予定される消費税率の引き上げが物価に与える影響について、税率引き上げが軽減税率適用品目以外の課税品目にフル転嫁されると仮定して機械的に計算すると、2019年10月以降の消費者物価前年比(除く生鮮食品)は+1.0%ポイント押し上げられる(2019 年度と2020 年度の押し上げ効果は、それぞれ+0.5%ポイントとなる)。なお、教育無償化政策の影響については、統計上の取り扱いが未定ということもあり、消費者物価指数には反映されないと仮定している。

3.経済・物価見通しを巡る留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、私が留意している点をお話ししたいと思います。

(1)労働需給と所得環境

まず、労働需給と所得環境についてお話しします。わが国の景気が緩やかな拡大を続けるもとで、需給ギャップは改善を続けており、直近(10~12月)では1%台半ばのプラスとなっています(図表5)。さらに労働需給について着目しますと、着実な引き締まりを続けています。労働力調査の雇用者数の前年比は2%台まで伸びを高めているもとで、有効求人倍率は着実に上昇しています。また、短観の雇用人員判断DIでみた人手不足感も強まっており、失業率も足もとでは構造失業率をやや下回る2%台半ばとなっています(図表6)。これらの労働需給指標は、1990年代前半もしくは1970年代前半以来の引き締まり度合いであります。先行きも、基調として潜在成長率を上回るペースでの経済成長が続くもとで、雇用者数は引き続き増加し、労働需給は着実な引き締まりが続く可能性が高いと考えています。

このような労働需給のなか、労働需給の状況に感応的なパートの時給は、足もとでは、均してみれば、前年比プラス2%程度と高めの伸びとなっています。一方で、労働者全体の時間当たり名目賃金は緩やかな上昇にとどまっており、一人当たり名目賃金も、振れを伴いつつも、緩やかな上昇となっています(図表7)。先行きは、ベースアップが伸びを高めてきていることなどから、労働者全体の時間当たり賃金も伸びを高めていくと考えていますが、企業における賃金設定スタンスが慎重なものにとどまるリスクもあることから、今後の動きに注目しています。

(2)物価動向

続いて、労働需給と所得環境を踏まえたうえで、物価動向についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比は0%台半ばとなっています(図表4)。景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、上昇ペースが緩やかなものにとどまっていることには、他業態との競合激化等を受けた大手スーパーの値下げといった部門ショックが働いていることも寄与していますが、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に根強く残っていることが影響しています。企業は、人手不足に見合った賃金上昇をパート等にとどめる一方で、省力化投資の拡大やビジネス・プロセスの見直しにより、賃金コストの上昇を吸収しようとする動きもみせています。

先行きの物価情勢を展望するにあたって、物価上昇率を規定する主な要因である需給ギャップと予想物価上昇率について点検します。第1に、マクロ的な需給ギャップは、着実に改善しており、先行き2018年度は内外需要の増加を反映して、労働・資本の両面でプラス幅の緩やかな拡大が続くと見込んでいます(図表5)。その後も、消費増税の影響などから、プラス幅の拡大は一服するものの、比較的大幅なプラスを維持すると予想しています。第2に、中長期的な予想物価上昇率については、最近、横這い圏内で推移しています(図表8)。先行きについては、(1)「適合的な期待形成」の面において、マクロ的な需給ギャップが改善していくなかで、企業の賃金・価格設定スタンスも次第に積極化していくと予想されること、また(2)「フォワードルッキングな期待形成」の面において、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことから、上昇傾向をたどり、プラス2%程度に向けて次第に収斂していくとみています。

もっとも、差別化の難しい財・サービスにおいて競争環境が一段と厳しくなった場合、マクロ的な需給ギャップがプラス幅を拡大させたとしても、これらの物価上昇率は高まらない可能性があります。また、企業の賃金・価格設定スタンスが積極化してくるまでに時間がかかり、物価が弱めの推移を続けた場合、企業や家計における予想物価上昇率の高まりが遅れるリスクもあります。このため、これらの推移については丁寧に点検していく必要があると考えています。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率プラス2%を「物価安定の目標」として、これをできるだけ早期に実現することを目指して金融政策の運営をしています。ここで重要なことは、日本銀行は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を理念として金融政策を運営している点です。目標達成の具体的な期限を設けて、単純に物価の上昇を目指しているわけではありません。この点、4月に公表した展望レポートでは、達成期限ではないことを明確にするため、プラス2%程度に達する時期にかかる見通しの記述を削除しています。物価が安定的に上昇して企業や家計がこれを前提に行動するようになれば、商品やサービス価格の上昇により、企業の売上げや収益の増加を通じて賃金も上昇して、消費も活発化していきます。日本銀行は、物価上昇率プラス2%という物価の安定が実現するもとで、所得から支出への好循環が働く経済を目指しているということです。

その実現に向けて、日本銀行は、2016年9月に導入した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもと、経済・物価・金融情勢を踏まえて、強力な金融緩和を進めています。この枠組みの主な内容は2点あります(図表9)。第1点目は、「物価安定の目標」の実現に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられる長短金利の形成を促す「イールドカーブ・コントロール」です。現状では、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%に設定するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています。第2点目は、「物価安定の目標」を実現し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、緩和の枠組みを継続する「オーバーシュート型コミットメント」です。この点では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的にプラス2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することとしています。

ここで、経済・物価情勢について確認すると、わが国の景気は緩やかに拡大を続ける一方で、企業の賃金・価格設定スタンスがなお慎重なものにとどまっていることなどから、物価は弱めの動きを続けています。先行きについても、物価については、中長期的な予想物価上昇率の動向を中心に下振れリスクが大きく、注意が必要だと考えています。金融情勢についてみると、わが国の金融環境はきわめて緩和した状態にあります。これまでのところ、資産市場や金融機関行動において過度な期待の強気化を示す動きは観察されていません。また、低金利環境が続くもとで金融機関収益の下押しが長期化すると、金融仲介が停滞に向かったり金融システムが不安定になったりするリスクがありますが、現時点では、金融機関が充実した資本基盤を備えていることなどから、そのリスクも大きくないと考えています。

こうした状況を踏まえると、プラス2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムは維持されております。しかし、「物価安定の目標」の実現までにはなお距離があることから、現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和を粘り強く推進していくことが必要であると考えています。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の推計によると、わが国の潜在成長率は1980年代後半に4%程度であったものが、最近は0%台後半で推移しています(図表10)。人口減少や生産性の低下などを背景として、成長力は伸び悩んでいると言えるかもしれません。しかし、わが国経済を仔細にみていくと、マクロ的な需給ギャップがプラス幅を拡大して、労働、資本の両面で逼迫感が増しているなかで、幅広い主体による構造改革や成長戦略の取組みが進んでいます。私は、そのような取組みがわが国経済における成長力の底上げにつながっていくと期待しています。

例えば労働面では、非正規社員だけではなく、正規社員の雇用増加が見られるとともに、女性、高齢者、外国人など多様な人材の幅広い活用が進んでいます。また、年功序列型の賃金体系についても変化が出てきています。こうした動きは、これまで硬直的であったわが国の労働市場における変化の一つとして受け止めることができます。活用されていない潜在的な能力を引き出していくことは、欧米諸国に比べて低いわが国の労働生産性を向上させていくとみています。

また、資本面では、供給制約が出ていることなどを背景に、工場新設や生産能力増強に取り組む企業が増えてきています。さらに、タイトな労働需給に対して、企業は生産現場だけではなく様々な職場において省力化投資を行うと同時に、業務の簡素化や高度化も進めています。例えば、金融業界では金融高度化を進めるとともに、業務効率化にも取り組んでいます。小売業界でも、店舗の省力化を推進しつつ、店舗販売とインターネット販売の融合も起きてきています。

このような構造改革や成長戦略の取組みを進めていけば、わが国の成長力は上昇していくとみられます。しかし、これらの取組みは多様で進展のスピードも一律ではないことに注意しなければなりません。例えば、人手不足についての状況は職種や業種ごとに異なります。このため、わが国全体で繁忙度が増すなかで、歪みが出ていないかなどにも細かく目を配ることが必要でしょう。成長力を高めることは、時間のかかる取組みでもあります。したがって、金融政策が総需要を喚起して、適度にタイトな需給環境が維持されるなかで、活発な需要が様々な取組みの進展を促す好循環を長期にわたり持続させなければなりません。「物価安定の目標」の実現や、それと整合的な「持続的な経済成長」の実現に向けて、本行としては今後も金融緩和政策を続け、幅広い主体による様々な取組みを確りと後押しすべきだと考えています。

6.おわりに ―― 宮城県経済について ――

最後に、宮城県経済についてお話ししたいと思います。

宮城県は、東北地方の中核都市である「杜の都」仙台市に多様な経済活動の集積が見られるなか、東北新幹線や東北自動車道沿いなどには、IT関連産業など、先端的な製造業の立地も進んでいます。沿岸部は三陸沖の海の幸に恵まれる一方、東日本大震災からの復興という重い課題も抱えています。

今回、被災地を訪問し、社会インフラの復旧や新たな街づくりのための工事などが着実に進められているのを目の当たりにしました。しかし、被災地の自立的な復興が軌道に乗るには、なお多大な努力と支援が必要とされていることも実感したところです。こうしたなか、宮城県においても、人口減少や少子高齢化が進んでおり、震災復興と同時に経済・社会の構造変化への対応という大きな課題に直面しています。

当地経済を全体としてみると、緩やかな回復を続けていると認識しています。鉱工業生産は、世界的なIT関連需要等の高まりもあって、緩やかに増加しており、設備投資も増加基調にあります。個人消費は雇用所得環境の改善を背景に底堅く推移しています。一方で、震災復旧・復興関連工事のピークが過ぎたことから、公共投資や住宅投資は高水準ながら減少しています。

産業振興では、積極的な誘致活動を背景に、仙台市へのIT関連企業の進出が増えており、雇用面でも好影響を与えています。さらに、産官学金の連携の上で、「東北放射光施設」や「国際リニアコライダー」といった先進的な研究施設の建設誘致などのプロジェクトが進められています。

観光面をみると、宮城県の観光入込客数は着実に増加し、震災前の水準をほぼ回復しています。最近、仙台市出身の羽生結弦選手の凱旋パレードに、全国、海外から10万人を超えるファンが駆けつけたのは、大変明るい話題として、全国でも大きく報道されておりました。また、外国人観光客数は、東北地方でも増加しており、今後伸びる余地が大いにあるように思います。

宮城県経済が震災の影響を克服しつつあるなか、数多くの前向きな取組みを進められている当地の皆様に敬意を表します。日本銀行では、復旧・復興に向けた資金需要を支援する観点からの資金供給オペレーションを実施しています。また、仙台支店を通じて、被災地を含め、金融経済の動向をきめ細かく確認しながら、中央銀行として、地域経済のさらなる発展に貢献して参りたいと考えています。ご清聴有難うございました。