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【講演】 ポスト金融危機の先物市場 株価指数先物30周年記念シンポジウムにおける基調講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2018年9月3日

1.はじめに

日本銀行の黒田です。株価指数先物30周年記念シンポジウムにおきまして基調講演を行う機会を賜り、大変光栄に存じます。

本年は、グローバル金融危機の発端となったリーマンブラザーズの破綻から10年が経過する節目の年にあたります。この10年を振り返ると、リーマン破綻後も、2010年代前半の欧州債務問題を始め、国際金融資本市場は政治経済に関わる様々な負のショックに直面し、その影響を受けてきました。日本の株式市場や先物市場も例外ではなく、日本株の現物売買額や先物の取引高は、グローバル金融危機後、暫く低迷する時期がありました(図表1)。もっとも、その後の世界経済の回復や堅調な企業業績などを背景に、国際金融資本市場は、金融危機前の活況を取り戻すまでに至っています。

また、本年は、東京証券取引所グループと大阪証券取引所が経営統合をして5年が経過する節目の年でもあります。グローバル金融危機の後も、投資家や企業の多様なニーズに応えるべく、関係者の皆様におかれては、新商品の導入、取引時間の拡大やシステムの改善など利便性向上に向けた様々な取り組みを行われました。このことは、取引所機能の維持・拡充にとって不可欠の要素であったと考えられます。この間の関係者の皆様のご努力に、改めて敬意を表したいと思います。

さて、わが国の株価指数先物取引が30周年を迎えるにあたり、先物取引の基本的な機能に改めて立ち返りますと、将来のある時点において、予め定められた価格で資産の売買を行うことで、リスクヘッジや投機を行うという「リスク移転機能」に帰着します。同様の機能は、先渡取引なども有していますが、先渡取引が相対型のデリバティブ取引であるのに対し、先物取引は、清算機関を含む「取引所」という組織を介したデリバティブ取引であるという違いがあります。

こうした取引所を介する先物取引は、標準化された商品設計と取引所の管理・モニタリングのもとで、低い取引コスト、公正かつ透明性の高い価格形成、証拠金制度や値洗い等のリスク管理、そして集中決済を通じた安全な取引執行などが確保されるため、多数の取引参加者が集まり、高い市場流動性を実現することが可能となります。今述べたような「リスク移転機能」は、こうした高い市場流動性に支えられることで、一層発揮されます。

金融危機に見舞われ資産価格が大きく変動すると、先物取引の存在が現物価格の変動を増幅しているのではないか、といった、先物取引の機能に対する懐疑的な見方がしばしば登場します。しかしながら、先物市場が高い市場流動性を備えていれば、現物市場がショックに直面した場合にも、一定の価格発見機能が維持され、当該資産の需給や市場参加者の見方を適切に反映した価格に速やかに回帰していくことが期待されます。

このような取引所の役割や市場流動性との関係を考えますと、世界に先駆けて、18世紀の大阪・堂島米市場において、現在の取引所取引にも通じる組織化された市場取引がすでに確立されていたことは、大変興味深い事実です。長い歴史の中で、先物取引の存在が市場経済の発展を支えるとともに、形を変えつつも数々の危機を乗り越えてきたことは、先物取引が持つ価値を物語っていると思います。

その一方で、グローバル金融危機以降の様々な市場環境の変化が、株やコモディティなどの先物市場に新たな変容を迫っていることも見逃せません。以下では、先物市場を巡る新たな潮流と、それがどのような課題をもたらすか、という点を考えてみたいと思います。

2.ポスト金融危機の先物市場の潮流

金融規制の強化

第1にお話ししたい点は、金融規制の強化がもたらす影響です。リーマンショック後のグローバル金融危機は、様々な金融取引の市場流動性に影響を与えました。特に市場流動性の低下が著しかったのが、相対型取引である、店頭デリバティブでした。金融危機以前は、より高い収益を求める顧客ニーズに応じるために、相対型取引である利点を活かして、利回りを高めるための様々なストラクチャーが施された店頭デリバティブが人気を博していました。しかし、グローバル金融危機が生じ、米欧を中心に金融機関の信用リスクに対する懸念が急速に高まった局面では、複雑化した取引構造のもとで、リスクの所在や大きさが見え難くなりました。この結果、店頭デリバティブ取引の市場流動性は、短期間で大きく低下し、急速なポジションの巻き戻しなど、取り付け的な動きも顕在化しました。

一方、取引所を介した先物取引においては、金融危機の最中にあっても、取引所のリスク管理と清算機関を通じた集中決済が一定の効果を発揮し、総じて安定的に取引が処理されました。

このように、長年培われた取引所の機能が、グローバル金融危機での先物取引における混乱回避に繋がったことを踏まえ、店頭デリバティブ市場の規制強化案では、そうした機能のエッセンスが取り入れられることになりました。具体的には、取引の透明性や頑健性を高めるために、標準化された店頭デリバティブ取引については、取引所または電子取引基盤で取引を実施することとし、清算機関を通じて決済することが義務付けられました1。また、集中清算されないテイラーメイドの店頭デリバティブ取引についても、取引のリスクに応じた証拠金の授受が求められることになりました。海外では、このような規制の流れを受けて、一定の継続性・反復性がある相対取引と同じ条件の先物取引を予め上場し、相対での取引結果を先物取引の建玉に反映させ、清算機関を通じた決済を行うという、いわゆる「店頭デリバティブの先物化(Futurization)」も増加しています。

この結果、多くの店頭デリバティブ取引が取引所取引や清算機関による決済へと移行しています(図表2)。もっとも、そこには、幾つかの課題が生じる可能性もあります。例えば、市場参加者が取引相手の信用リスクを直接に負わなくなる結果、相手の信用リスクをモニタリングするインセンティブが薄れ、モラルハザードを助長するのではないか、といった問題意識が提示されています。また、最も重要な論点として、個々の信用リスク回避の目的から、取引所・清算機関に店頭デリバティブが取り込まれ、規模が大きく拡大すると、却ってリスクが集中してしまうということが挙げられます。将来、グローバルな金融資本市場に再び大きなショックが生じた場合に、取引所を介した先物・デリバティブ取引が安定的に行われるためには、取引所・清算機関において、自らに集約されたリスクを適切に管理していく必要があります。そのためには、ストレステストの実施などを通じ、そうしたリスクが顕在化した場合の損失吸収力を適切に備えておくことが重要と考えられます2

  1. 2009年秋のG20ピッツバーグ・サミットでは、(1)標準化されたすべての店頭デリバティブ取引は、取引所または電子取引基盤を通じて取引が実施され、(2)集中清算機関(CCP)を通じて決済すること、(3)店頭デリバティブ取引は、取引情報蓄積機関(TR)に報告すること、(4)集中清算機関(CCP)を通じて決済されない契約については、より高い所要自己資本賦課を求めること、について合意がなされている。
  2. 金融規制の強化を背景とした、金融市場インフラにおけるリスク集約を巡る国際的な議論については、決済システムレポート別冊シリーズ「清算機関(CCP)を巡るグローバルな対応について」2017年8月を参照。

技術革新の進展

第2の点は、金融の技術革新がもたらす影響です。例えば、近年の目覚ましい情報通信技術の発展を受け、取引注文処理が飛躍的に高速化しています。東京証券取引所の株式市場においては、2010年1月に稼働した「アローヘッド」と呼ばれる新取引システムにより、1000分の1秒という、人間の能力ではとても追い付かないスピードで注文処理を行うことが可能となりました。こうした技術革新を背景に、自動化されたアルゴリズムに従って、きわめて高速・高頻度で小口売買を繰り返す取引、いわゆるHFT(High Frequency Trading)を行うプレイヤーのプレゼンスが高まっています。例えば、株式市場におけるHFTのシェアについては、地域によっても多少の幅はありますが、米国では5割程度、欧州は4割程度に達しているとの見方があります。わが国でも、HFTのシェアは高まっており、東京証券取引所の株式市場において、コロケーションエリアからの約定件数は、4割程度を占めています(図表3)3。株式先物においても、高速取引に対応したシステムの導入などを背景に、HFTのシェアは、高めの水準に達していると考えられます。

HFTに対するポジティブな評価を整理すると、HFTは、ビッドアスクスプレッドのアービトラージを狙い、「売り」と「買い」の双方で膨大な注文を出すことから、他の投資家に対し「受動的なマーケットメイク」を行う役割を担い、市場流動性を改善させているとの見方があります。また、僅かでも価格が上がれば売り注文を行い、僅かでも下がれば買い注文を行うため、理論上は株価変動を抑制し、ボラティリティを低下させる役割も期待されます。実際、HFTのプレゼンスが高まる中で、市場流動性の向上やボラティリティの低下が進んでいるとの実証分析もみられています4

一方、アルゴリズムが想定しないような急激なショックが生じた場合において、HFTは市場流動性の供給を不安定化させ、むしろボラティリティの拡大を助長するとの見方があるのも事実です5。さらに、アルゴリズムのヒューマンエラーなどをきっかけに、合理性を欠いた取引が大量に実行されてしまうリスクを懸念する声も聞かれます6

このように、現時点では、HFTに対する評価は必ずしも全面的にポジティブなものとはいえません。HFTのプレゼンス拡大が、単に処理スピード競争を助長するのではなく、適切なアービトラージ活動の活発化とマーケットメイクを通じ、市場の効率性と流動性の向上に資する方向に働くよう、施策や取組みを考えていくことが重要です。例えば、一方向に偏った取引アルゴリズムやプログラム・システム等の誤作動により、高速・高頻度の取引が価格変動を拡大させるリスクを放置しますと、市場の不安定性を構造的に高め、ひいては、リスク移転や価格発見の機能を弱めることにも繋がります。決して容易ではありませんが、これらの問題に対する防止措置をしっかりと検討することが肝要です。

以上述べた課題への具体的な対応は、HFTに対する規制の動向などにも左右され、一概に取引所だけが行うものではありません。しかし、HFTの到来とその影響の拡大を受けて、金融の技術革新に対する取引所の自主規制や管理・モニタリングの役割が、一段と重要になっているように思われます。

  1. 3ミリ秒単位でのアクセススピードが必要となるHFTは、通常、コロケーションエリア(市場参加者の自前のアルゴリズム等を格納した発注システムを設置するために、取引所の中核的ネットワーク上に特別に用意されたエリア)から注文を行っていると考えられる。
  2. 4HFTの理論的な整理と日本の株式市場への影響を分析したものとして、例えば、日銀レビュー「株式市場における高速・高頻度取引の影響」2013年1月を参照。
  3. 52010年5月に、米国の株式市場で発生した「フラッシュ・クラッシュ」では、一時HFTを原因とする見方が強まったが、米国の証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)による合同調査の結果では、HFTは直接の原因とはならず、フラッシュ・クラッシュは複合的な要因で生じたものと整理された。もっとも、同調査において、市場混乱が伝播していく過程では、HFTの供給する市場流動性が急速に枯渇したことが、価格変動を助長したとの指摘がなされている。
  4. 62012年8月に、ニューヨーク証券取引所(NYSE)において、大規模な誤発注が発生し、多くの銘柄で「ミニフラッシュ・クラッシュ」が生じたが、その背景として、ヒューマンエラーによるシステムトラブルが指摘されている。

資産運用としての先物取引の拡大

最後に、第3の点として、資産運用に先物取引を活用する動きが拡がっていることの影響について、簡単に触れたいと思います。先物市場参加者は、古典的な分類に従えば、大まかに、現物資産のリスクヘッジを行うヘッジャー、そのリスクをテイクする投機家、現物と先物市場間の鞘取りを狙うアービトラージャーの3者となるでしょう。もっとも、グローバル金融危機以降のここ10年ほどの間、先物市場において、新たなプレイヤーとして投資信託やETFといった中長期で買い持ちをする投資家のプレゼンスが高まっています。

ヘッジや投機だけでなく、資産運用に先物取引が活用されることは、家計のポートフォリオ選択にとっての選択肢を増やすという点で、前向きに評価することができます。また、中長期の投資ホライゾンを持つ新たな買い手のプレゼンスが拡大することは、先物取引の厚みを増やし、市場流動性を高めることで、リスク移転機能や価格発見機能の向上に繋がることも期待できるでしょう。

他方で、特定の投資家層のプレゼンスが拡大し、市場参加者の多様性が損なわれると、そうした投資家層が採用する取引戦略に価格が過度に影響され、ときに取引の背後にあるファンダメンタルズを適切に反映しなくなる可能性もあります。

実際、先物市場における投資信託やETFのシェアの拡大は、異なる資産間の連動性に影響を与えています。例えば、海外の原油などのコモディティ先物の価格形成に、その影響を窺うことができます。グローバル金融危機後、世界的な金融緩和を背景に、多額の投資資金が、より高いリターンを求めて、コモディティの先物市場に流入しました。この過程で、コモディティが、複数の地域・資産を跨ぐグローバルなポートフォリオに組み込まれていきました。一般に、外的なショックを受けたグローバルなポートフォリオ・リバランスは、複数のリスク資産の価格を同一方向に動かすように作用します。この点、例えば、コモディティの先物価格は、2000年代半ばまでは、グローバルな株式インデックスとほぼ無相関に推移していました。しかし、金融危機以降、幅広い投資家の資産ポートフォリオに組み入れられる中で、株式インデックスとの相関が構造的に高まっています(図表4)。先物価格が原資産の価格と連動するにとどまらず、他のアセットクラスの価格変動の影響を受けることは、長い目でみて、先物取引が有していたリスク移転機能や価格発見機能を変化させる可能性もあります。その意味でも、単にプレイヤーの数を増やすだけでなく、様々な投資スタイルや投資ホライゾンを持った多様な投資家を呼び込むことが重要です。これまで同様、投資家層の拡大と多様性の向上がともに進展していくことを期待しています。

3.終わりに

本日の講演では、グローバル金融危機以降の大きな環境変化が、先物取引にもたらす新たな潮流と課題について、金融規制の強化、技術革新の進展、資産運用としての先物取引の拡大という3つの切り口から、お話ししました。ここで述べた課題は、いずれも容易に解決できるものではありません。しかし、市場関係者がこれらの課題にしっかりと対峙し、新たな環境に適応していくことは、これまでの30年間と同様、先物市場が長年にわたり発揮してきた機能の維持、発展に繋がるものと確信しています。先物市場は、日本銀行にとって、経済や企業業績に対する市場の見方・センチメントを理解する上でも、貴重な情報を与えてくれます。日本銀行としても、日本の先物市場が、さらに効率的かつ安定的な市場として発展を遂げるよう、調査研究や内外の議論への参画等を通じて、中央銀行の立場から後押ししていきたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。