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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策大分県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 原田 泰
2019年12月5日

はじめに

おはようございます。日本銀行の原田です。

本日はお忙しい中、大分県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様の前でお話しできるのを大変光栄に思います。また、皆様には、日頃から私どもの大分支店をはじめ、日本銀行各部署の業務運営に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

日本銀行は2%のインフレ目標達成を目指して2013年4月から量的・質的金融緩和政策(QQE)を行い、さらにマイナス金利、イールドカーブ・コントロール政策、金融緩和継続のための枠組み強化、フォワードガイダンスの明確化、など様々な政策を導入しています。

その結果、経済は好転しています。2014年度の消費税の5%から8%への引上げ、2019年10月の8%から10%への引上げ、2015年半ばから2016年初や2018年後半から2019年にかけての世界経済の減速、生産年齢人口の趨勢的な減少もあって、この間、景気が力強く拡大した訳ではありませんが、現在までのところ、景気拡大がなんとか続いています。

本日は、日本銀行が行っている金融政策について説明し、それがどのような成果を上げているのかについてお話しします。まず、成果は明らかです。失業率は約30年ぶりの水準に低下し、生産性も向上しています。問題は物価が上昇していないことです。それによって金利が上昇せず、低金利が、銀行経営を圧迫しているという議論が強まっています。しかし、銀行経営の困難は、貸出需要以上に預金が集まってしまうという構造問題に依るものです。銀行は、この問題に対処する必要があります。また、金利を引き上げれば、貸出需要の低下、物価の下落、円の上昇、景気後退、企業倒産の増加(銀行にとっての信用コストの増加)などが起きるでしょう。金利の引上げは、問題の解決になりません。現在の低金利の要因の一部が、後述するように、過去のデフレ的な金融政策によるものであることを考えれば、現在の緩和的な金融政策を継続し、景気の持続的拡大を目指し、物価と金利の上昇を待つことが唯一の道だと思います。

1.金融緩和の手段

2013年4月の大胆な金融政策を行うようになってから、日本銀行がどのような金融政策を行ってきたかを表1で整理しています。

このような政策を行った結果、名目金利の低下と予想物価上昇率の上昇によって実質金利(名目金利-予想物価上昇率)が大きく低下しました。

実質金利が低下したことで、投資が刺激され、株価が上がり、為替が減価しました。株価の上昇は、さらに投資を引き上げ、豊かになった家計は消費支出を拡大します。これらのチャネルを通じて実体経済が好転しました。

なお、表の2019年10月の新たなフォワードガイダンスについての私の立場をご説明しておきたいと思います。2019年4月のフォワードガイダンスは、「当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というものでした。私は、フォワードガイダンスを明確にすること自体は望ましいと考えていましたが、物価目標との関係がより明確になるデータ依存のガイダンスを示すべきとして反対しました1。2019年10月のガイダンスは、「『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」となり、やや曖昧な感じはしますが、物価目標との関係がより明確になるデータ依存のガイダンスに近付き、かつ、金利引下げの方向を示唆していますので、賛成いたしました。ただし、長短金利操作の長期金利の弾力化については引き続き反対しました。その理由は、以前にも述べた通りですので省略します2

  1. データ依存のガイダンスについての私の考え方は、原田泰「わが国の経済・物価情勢と金融政策─山梨県金融経済懇談会における挨拶要旨─」(日本銀行、2019年3月6日)を参照。
  2. 注1の文献参照。

2.大胆な金融緩和政策の成果

実体経済の改善は様々な面で生じています。雇用の改善、生産性の上昇、財政状況の改善、投資、輸出、企業利益、賃金、さらには景気回復の実感、自殺率、所得分配、女性の社会進出まで、改善している指標は多々あります3。本日は、そのうちの雇用の改善、生産性の上昇、財政状況の改善について、ご説明したいと思います。

  1. 3これらの指標の改善については、原田泰「わが国の経済・物価情勢と金融政策―福島県金融経済懇談会における挨拶要旨―」(日本銀行、2017年11月30日)、原田泰「わが国の経済・物価情勢と金融政策―山梨県金融経済懇談会における挨拶要旨―」(日本銀行、2019年3月6日)も参照。

雇用の改善

雇用の改善は、有効求人倍率の上昇、失業率の低下、雇用者数の増加などから明らかです。うち、雇用の増加は、特に女性、高齢者の就業率の上昇に依るものです。女性、高齢者の雇用の多くが、正規ではなく、非正規であり、労働時間も短いことに課題も残りますが、過去に比べて改善であることは確かです。高齢者の就業率が実際に高まったことは、高齢化時代を迎え、非常に重要なことです。高齢化の問題とは、働く年齢の人の数に比べて、高齢で働けない人が多くなるという問題です。生産年齢人口(15-64歳人口)に対する高齢者(65歳以上)の比率が2018年の47%から2045年には70%(この後は2065年の75%まで緩やかに上昇していく)になるから大変だと言われているのですが、生産年齢人口を15-69歳人口、高齢者を70歳以上とすれば、生産年齢人口に対する高齢人口の比率は2045年にも49%にしかなりません(2065年は55%)。こう考えると、金融緩和によってもたらされた高齢者の就業率の高まりは、高齢化社会にとって福音と言うべきものです。

次に、若者の雇用環境に着目して、雇用状況を見てみます。図1は、失業率、若年失業率、卒業前年の10月、12月、卒業年の2月、4月の就職内定率(大学卒業予定者)を見たものです。全体の失業率は前述のようにほぼ一貫して低下し、2019年10月では2.4%になっています。若者の失業率は全体の失業率よりも高く、かつ変動するものですが、これも順調に低下しています。就職内定率も、統計のある限りでの最高となっています。就職内定率のデータは1997年からしかないのですが、若年失業率と逆相関で動いていますので、過去、バブルの時は高く、崩壊後は低くなったと想像できます。図には、就職氷河期と言われた時代に影を付けています4。金融政策によって失業率を下げていたら、就職氷河期などはなかった、少なくとも緩和されたと思います。

QQEは2013年4月からはじめた訳ですが、もっと前からはじめていたら、日本の失業率はずっと2%台を維持できたに違いありません。1990年代半ばから2012年までの失業率の平均はおおよそ4%台半ばですから、失業率が約半分になったということです。このような失業率の低下は、次に述べる生産性を上げることにも役立ったと思います。

  1. 4就職氷河期について、厚生労働省「厚生労働省就職氷河期世代活躍支援プラン」(2019年5月29日)では、概ね1993年~2004年に学校卒業期を迎えた世代を「就職氷河期世代」としている。また、玄田有史(主査)他「就職氷河期世代の経済・社会への影響と対策に関する研究委員会報告書」(連合総合生活開発研究所、2016年11月)によれば、リーマンショック後の数年間も、就職氷河期の再来とする見方がある。就職氷河期の影響については、前田佐恵子・濱秋純哉・堀雅博・村田啓子「新卒時就職活動の失敗は挽回可能か?家計研パネルの個票を用いた女性就業の実証分析」内閣府経済社会総合研究所ESRI Discussion Paper Series No.234、March 2010がある。

生産性の上昇

雇用の改善とともに生産性も上昇しています。これについては、以前もお話ししていますので5、上昇しているということだけを述べておきます。なぜ上昇しているかを簡単にまとめておきます。不況になれば、企業は物的投資、人材投資、研究開発投資をできなくなります。就職氷河期の若者は、職場での訓練機会を失っています。これらを完全に取り戻すことは不可能ですが、時間がたつとともに少しずつ回復していきます。これによって経済の生産性が徐々に高まっていくのです。

  1. 5原田泰「日本経済と生産性―大和総研日本経済予測第200回記念コンファレンスでの特別講演―」(2019年3月25日)を参照。

財政状況の改善

大胆な金融緩和は、景気を刺激し、税収を拡大し、財政状況を改善させています。図2は、一般政府の財政収支、政府総債務残高、政府純債務残高の対GDP比を見たものです。一般政府の財政赤字の対GDP比は、2012年度の8.3%から2017年度には2.7%へと5.6%ポイント低下し6、急速に上昇していた政府純債務の対GDP比は、2012年度の121%からはほぼ横ばいとなっています。

ここで、政府純債務が重要だということを説明しておきたいと思います7。政府純債務は、政府総債務から政府の金融資産を差し引いたものです。日本は、政府総債務は大きいが純債務はそれほど大きくないので問題ないという議論がありましたが、現在、純債務でも大きなものとなっています。しかし、政府債務の破綻可能性を考える時には、純債務が重要です。債務が大きいので、金利が少しでも上昇すると大変だと言う議論がありますが、この時には、純債務で考える必要があります。なぜなら、金利が上昇するときには、政府の金融資産の受取金利も上昇しますので、この分は相殺できるからです。

  1. 6財政収支の対GDP比の改善幅5.6%ポイントのうち1.5%ポイントは5%から8%への消費税引上げによる。
  2. 7Nakajima, Tomoyuki and Shuhei Takahashi, “The optimum quantity of debt for Japan,” Journal of the Japanese and International Economies, 2017, vol. 46, issue C, 17-26. 中村康治・八木智之「財政状況と長期金利」『金融研究』(日本銀行金融研究所、2017年10月、第36巻第4号)も純債務が重要としている。

3.なぜ金利は低いのか

QQE開始以来、雇用は改善、生産性も上昇、財政状況も改善しています。では何が問題なのでしょうか。物価が上がっていないことです。日本銀行は、QQE開始前に、消費者物価の対前年比で2%の上昇を目指すと決めましたが、2019年10月の消費者物価上昇率(除く生鮮)は0.4%で目標に遠く及びません8。これに対して、別に物価が上がらなくても良いではないか、というご意見もあるかと思います。物価が上がらず、雇用が良く、生産性も上がり、財政状況も改善しているなら、なお良いではないかというご意見です。しかし、物価が上がらないと金利も上がらない、金利が上がらないと金融機関が困るという問題があります9

「日本の金利はなぜ低いのか」と言えば、「それは日銀がそうしているからだ」と言われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。なぜなら、金利を低くしていれば景気が過熱して物価が上がり、2%を大幅に上回るインフレになったりします。それを避けるためには、金利を上げなければならなくなります。あるいは、自然と金利が上昇します。要するに、低金利政策の長期的帰結は、物価と金利(名目金利)の上昇です。逆に言えば、過去の景気悪化に対して、十分に金利を引き下げなかったのでデフレに陥り、金利も低くなってしまったのです10。また、金利低下は、日本だけのことではなく、世界的です。

図3は、主要国の10年物国債金利を示したものです。見やすくなるように、5年ごとの平均金利を取っています。世界的に金利が低下し、図では分かりませんが、10年物国債利回りは、2019年半ば以降、日本、ドイツ、フランスでマイナスとなっています。

なぜ金利が低いかと言えば、実質経済成長率が低く、インフレ率も低いからです。実質経済成長率とインフレ率のそれぞれを見ても良いのですが、ここでは両方を合わせた名目GDP成長率を見てみましょう。図4で主要国の名目GDP成長率を見ると、総じて低下しています。

確かに名目成長率は低下していますが、これだけでは金利の低下を説明できません。図5は、縦軸に名目長期金利を取り、横軸に名目GDPの成長率を取っています。図の各点は1990年から現在までの各国の5年ごとの平均値を示しています。2000年代まで、金利は名目成長率と同じように動き、かつ、名目成長率よりも2%ポイント程度高い状況にありました。ところが、2010年代後半に入ると、金利は名目成長率よりも2%ポイントも低く、かつ、成長率が多少伸びても金利はなかなか上がらないという傾向が現われています。しかし、金利が名目成長率よりも低いという状況は、2010年以降のことですから、名目成長率が上がれば金利も速やかに上がっていくのかもしれません。ここ5年か10年の話が、永久に続くと考えなくても良いのかもしれません。

なぜ、名目GDPの低下以上に、金利が低下したのでしょうか。金利の低下は、物価上昇率の低下、実質成長率の低下に加えて、貯蓄投資バランスの変化などで説明できるとされています11。その要因として、人口構成の変化、格差の拡大、新興国の予備的貯蓄の余剰、投資財価格の下落、巨大IT企業の利益率の高さと余資の大きさ、公共投資の低下、安全資産の不足12、財政状況の改善などの理由が指摘されています。また、現在の金利の低下は、景気循環的なものだという議論もあります。貯蓄投資バランスの変化とは、投資が減少し、貯蓄が増加したから金利が低下したのではないかということです。

これらの理由のうち、日本について、財政状況の改善の影響のみについて考えてみます。まず、日本の金利は日本の貯蓄と投資の関係から決定されると考えます。そして、財政状況の変化は、民間の貯蓄と投資の決定になんら影響を及ぼさないと仮定します。

2012年度において、日本の長期金利は0.8%、総貯蓄=総投資(国内投資+海外投資)は115兆円です。2012年度から2017年度にかけて、一般政府の赤字は26兆円縮小しました。財政赤字の減少で、総貯蓄はこの分増加したはずです。図6は、金利と総貯蓄=総投資の関係を示したものです。貯蓄の利子弾力性は小さいとされていますので、貯蓄供給曲線はほぼ垂直に書いています。投資の利子弾力性を1と仮定して、そのような傾きを持つ投資需要曲線を書いています。結果として、一般政府の赤字が26兆円縮小したことによって金利は0.18%ポイント低下したことになります13

これを大きいと解釈するか小さいと解釈するかは難しいところですが、財政赤字が金利を上げるなら有益な投資を減少させて将来の日本を貧しくするので大問題ですが、財政赤字が金利を上げないのなら有益な投資を減少させることもないので大した問題ではないことになります。

  1. 8消費税引上げ及び幼児教育・保育無償化の影響を除くと0.2%(総務省統計局「消費者物価指数 全国 2019年(令和元年)10月分 消費税率引上げ及び幼児教育・保育無償化の影響(参考値)」2019年11月22日)。
  2. 92%物価目標の重要性については、原田泰「わが国の経済・物価情勢と金融政策-長崎県金融経済懇談会における挨拶要旨―」(日本銀行、2019年5月22日)「2.なぜ2%物価上昇目標が大事なのか」で説明している。
  3. 10原田泰「なぜ日本の金利は低いのか」『景気とサイクル』第62号、景気循環学会、2016年11月。原田泰「わが国の経済・物価情勢と金融政策―石川県金融経済懇談会における挨拶要旨―」(日本銀行、2018年7月4日)。Ichiue, Hibiki and Yuhei Shimizu, “Determinants of long-term yields: A panel data analysis of major countries,” Japan and the World Economy 34-35(2015) 44-55。この論文は、長期金利の低下は、予想インフレ率と労働生産性予想上昇率の低下によって説明できるとしているが、現実のインフレ率や労働生産性上昇率の低下はその予想値も低下させるので、同じことになる。ベン・バーナンキ「4 なぜ金利はこんなに低いのか」ローレンス・サマーズ他『景気の回復が感じられないのはなぜか』世界思想社、2019年。
  4. 11Rachel, Lukasz and Thomas D. Smith, “Are Low Real Interest Rates Here to Stay?” International Journal of Central Banking, vol. 13(3), pp. 1-42, September 2017.など、pp.117までの一連の論文を参照。
  5. 12Caballero, Ricardo J., Emmanuel Farhi, and Pierre-Olivier Gourinchas, “The Safe Assets Shortage Conundrum,” Journal of Economic Perspectives, Vol. 31(3), pp. 29-46, Summer 2017.
  6. 13前掲中村・八木論文では、純債務残高対GDP比率が90%を超えている場合、財政収支赤字の対GDP比が1%ポイント拡大すると名目長期金利が0.26%ポイント上昇するとしている。これは本稿の推計値の8倍程度の大きな影響があるということになる。

低金利を問題とする議論

以上、ご紹介した低金利を巡る議論の他に、低金利政策によって非効率的企業が滞留し、生産性が低下し、自然利子率を低下させたという議論があります。これは低金利によるゾンビ企業滞留論と呼べると思います14。また、現在の低金利は、過去の低金利が、需要を先食いさせ、それゆえに金利を低下させたからだという議論もあります15

まず、これらの議論は、実質金利に関するもので、名目金利に対するものではないということを指摘しておく必要があります。その上で、まず、第1の低金利政策によって非効率的企業が滞留し、生産性を低下させたという議論ですが、QQEによって生産性が上昇しているのですから、あり得ない話です。また、非効率な企業を高金利で市場から追放すれば、雇用問題を起こします。ところが現在、金融緩和によって人手不足が起きています。非効率企業を追放するなら、人手不足と賃金上昇で起こすのが良いでしょう。第2の、金利の引下げは将来の需要の先取りにすぎないと言う議論ですが、現在生産が増加し、人々は豊かになっています。豊かになった人は、将来もより豊かな生活を求めるのではないでしょうか。QQEによって為替が安定し、より多くの外国人観光客が日本を訪れるようになっています。これらの人々は将来来るはずの人を現在呼び込んでいるだけで、将来はこの人たちが来なくなって日本はさらに貧しくなると考えるのは、あまりにも奇妙な考えだと私は思います。

QQEを開始した時、それほど時間をかけることなく2%物価上昇率の達成は可能だと考えていました。物価上昇率が2%に近づけば、金利を上げなければならず、金利がこれほど長い期間ゼロ、またはマイナスになるとは考えていませんでした。多くのエコノミストもそう考えていたと思います16

金利低下の要因に話を戻します。金利は名目成長率よりも2%ポイントも低くなりましたので、前述の財政赤字の減少だけではその理由を説明できません。正直に言えば、なぜ金利がこれほど下がっているのか十分には解明できていません。しかし、2%程度の物価上昇率の維持に成功していたイギリスとアメリカの金利は日本よりも高いのですから、日本の場合、過去のデフレ的金融政策が金利を引き下げたのは確かです。また、金利が名目成長率よりも2%ポイントも低くなったのはここ5年、10年のことにすぎません。それが永久に続くと考える必要もないかもしれません。

  1. 14Banerjee, Ryan Niladri and Boris Hofmann, “The rise of zombie firms: causes and consequences,” BIS Quarterly Review, 23 September 2018.の、「ゾンビ企業の増加は低金利と関係している」という分析を援用して、低金利によって非効率な企業が滞留するという議論がなされた。例えば、「ゾンビ企業とは 破綻状態『追い貸し』で延命」日本経済新聞2019年2月9日、「ゾンビを甘やかす日銀」日本経済新聞2019年10月4日など。
  2. 15例えば、翁邦雄『金利と経済』174-177頁、ダイヤモンド社、2017年。
  3. 16例えば、早川(2012)は、「今、銀行は、国債を山ほど持っている。量的には圧倒的に大手行が持っているが、大手行の債券のデュレーションの長さは2年ちょっと。それと比べて地銀などは4年ぐらいと長くなる。…地銀などは、貸出の資金需要もない。ここ(国債)しかないというので、デュレーション延ばしになってしまう。国債の価格が下がった時、誰が損するかというと、メガバンクよりも、地域金融機関ということになる」と述べています(早川英男「わが国金融業の課題」『新国策』公益財団法人 国策研究会、2012年11月号)。これは、金融緩和が最終的に金利を上げることを前提とした議論である。また、4年の国債にリスクがあるというのは、4年程度で物価が上がり、金利が上がることを前提としていることになる。

4.低金利と銀行経営

理由は完全には解明できていませんが、金利は世界的に低下し、日本のみならず、欧州の多くの国でマイナスになっています。それに対して銀行は不満を募らせています。低金利は雇用を改善し、生産性も高めていますが、これが銀行経営の困難を引き起こしているという議論が度々聞かれるようになっています17

  1. 17例えば、「見えぬ『出口』、副作用増大=銀行界に高まる不満-マイナス金利3年」時事通信社、2019年2月15日。

銀行の機能とは何か

低金利と銀行経営の関係を考える前に、そもそも銀行の機能とは何かを考えてみたいと思います。銀行はなぜ利益を得ることができるのでしょうか。金融論の教科書によると、銀行の機能は1)情報生産、2)資産転換があり18、この2つの機能によって銀行は利益を得ることができると説明されています。

1)の情報生産機能とは、預金者に代わって、借り手の投資の将来収益やその資産内容を審査し、貸出実行以後も、計画通りの結果が出ているかを審査し、借り手が正しい会計情報を提供しているかをチェックすることです。銀行は同時に、担保や経営者個人の保証を求めます。十分な担保と個人保証があれば、銀行は会計情報のモニタリング負担が軽減されるので、これで情報生産コストが低下します。担保と個人保証は預金者には取れませんから、これは銀行が情報生産機能を果たしていることになります。企業が会計情報を整備・拡充すれば、規模拡大に伴って、資本市場から資金を調達でき、銀行から借り入れる必要はなくなります。日本の多くの大企業が借入をしているのは、銀行が安く貸してくれるからです。銀行にとっては利幅の薄い貸出になります。

そもそも将来の収益など分からないものです。一方、銀行以外でも、企業の将来の収益をより正しく予測しうる企業は様々に存在します。親会社は下請け企業の売り上げをある程度知っています。自分が発注しているのだから当然です。経営に関与している商社などもそうです。銀行は情報優位にある彼等とも競争していることになります。仮に貸出先企業が大成功したとしても、銀行にとって得られるものは、わずかな利鞘にすぎません。銀行は預金者のお金を投資できないのですから、ベンチャー企業に投資して何十倍にもなるということは起こりえません。

企業の将来の収益の予測という、正しいかどうか分からないことを評価しようとすれば、評価者の裁量が拡大し、評価者が権力者になってしまいます。組織の運営方法を誤ると、融資をチェックしている審査部門は機能せず、人々を評価している人事部門は組織内の権力闘争に向かうという小説の世界になってしまいます19。むしろ、担保など外形的に分かることだけで融資をすれば、審査部門や人事部門を大幅に縮小し、コストダウンできるでしょう。銀行が企業の将来の収益を考えるのは例外的な事例にとどめ、外から分かることで貸せばよいということです20。外形的審査だけでも、預金者にできないことを銀行はしていることになります。

2)の資産転換機能には、2つの機能があります。まず、(1)短期の預金を集めて、それを長期の貸出に転換することです。借りる側は機械を買ったり建物を建てたりする訳ですから、急に返せと言われても困ります。銀行は、多数の預金者のお金を預かることによって、長期に貸し出すことが可能になります。次に、(2)債務不履行の可能性のある貸出資産を、リスクのない預金に転換することです。これによって、預金者は安心して銀行に資産を預けることができます。これは1)の情報生産機能によってリスクのある資産を全体としても安全な資産に転換することです。

これらの機能によって銀行はどれだけの貸出を維持することができるでしょうか。土地があっても預金は少ないという人もいますが、事業に成功すれば預金は増えていきます。人々が豊かになっていきますと、長期に資金を寝かしておくことのできる人も増えていきます。すると、長期金利と短期金利の差も縮小してしまいます。世の中には、高い金利でもお金を借りる人もいますので、そういう人に高い金利でお金を貸すことはできるでしょう。しかし、そういう人は少数派です。

不完全な担保でも貸出はできます。自分のお店を出したい人がある程度の金額の頭金を作ればその人の勤勉さや堅実さを評価できます。銀行にとって担保不足でも、失敗すれば数年間の努力を無駄にするのですから、真剣さは確かです。住宅ローンも、頭金10%~20%では担保として不十分でしょうが、借り手は、なんとしてでも自宅を守りたいと思うものですので、それで問題ないようです。

銀行の資産を見ると、2019年9月末時点で、貸出509兆円のうち、法人向けが324兆円(うち中小企業向けが206兆円)、個人向けが144兆円です(日本銀行「預金・現金・貸出金」)。個人向けについては、2019年9月末時点で、住宅資金が131兆円、消費財・サービス購入資金が10兆円となっています(同「個人向け貸出金」)。利幅が確保できそうな貸出は、中小企業向けと個人向けを合わせて350兆円ぐらいではないでしょうか。集計ベースは異なりますが、2019年8月末時点で、5%以上の金利での貸出は貸出総額485兆円のうち、5.9兆円しかありません(同「利率別貸出金」)。

  1. 18例えば、岩田規久男『金融』第4章、東洋経済新報社、2000年。
  2. 19フィクションだが、池井戸潤氏の銀行小説『オレたちバブル入行組』(2004年)、『シャイロックの子供たち』(2006年)、『ロスジェネの逆襲』(2012年)(年数は単行本の出版年。いずれも文春文庫にあり)でも、同じことが活写されている。話は誇張されているが、私が個人的、断片的に得ている情報と類似している。
  3. 20外部から分かることは、企業の口座の出入金、貸家の家賃の入金など様々にある。また、貸手が貸家の入金口座を管理することもある。

貸出以上に預金が集まる日本の銀行

さらに、貸出以上に預金が集まってしまうという問題があります。図7は日、米、英、独、仏の銀行の預貸率(貸出÷預金)を示したものです。日本では、1990年代の末まで、ほぼ100%程度であった預貸率は、急速に低下し、今や60%程度となっています。一方、日本以外の国では、預貸率は低下していますが、アメリカを除いては100%程度です。貸すだけの預金しか集めていないと言えます。それでも、欧州の銀行も経営が苦しい状況にあります。まして、預金が集まりすぎている日本の銀行はさらに苦しくなってしまうでしょう。

QQE導入以来、それまで減少傾向にあった銀行(国内銀行)の貸出は、2019年9月までで79兆円増えていますが、預金は161兆円も増えています(日本銀行「民間金融機関の資産・負債」)。これに関連して、金融機関に人材が集まらない、中途退職するという報道があります21。報道では、これが悪いことであるかのように書かれていましたが、結果的に必要以上の預金集めにつながっている人員や店舗の削減が可能になります。これは、銀行業、ひいては、日本経済全体の生産性を上げることにもなります。

また、日本の銀行は、貸出が伸びず、預金が集まりすぎることに対して、預金を減らすより、リスクの高い貸出、リスクの高い運用手段に傾斜し、かつ、顧客にも預金よりも投信を推奨するようになっているのではないかと懸念されます。金融庁は、投資信託を保有している顧客の運用損益(手数料控除後)を算出していますが、この資料によれば、2019年3月末で、運用損益率がマイナスの顧客が34%を占めているということです22。保有期間は3年程度と思われますが、この間、わが国を含む主要国の株価が上がっていますので(日経平均は2割5分ほど上昇)、本来ならほとんどの投信がプラスになるはずですが、手数料の高さでこのようなことが起きるのだと思います。金融庁は、一部の投信販売会社が、手数料収入を上げるために、投信間の乗り換えを勧めていることに警鐘を鳴らしています23。また、前掲資料に掲載されたグラフで、投資信託のコストとリターンを業態別に見ると、相対的に、銀行や対面の証券会社は高コストでリターンの低い投資信託を販売している一方、直販を行っている投信会社やネット系の証券会社は、低コストでリターンの高い投資信託を販売しているように見受けられます24

やはり低金利状況にある欧州の金融機関には、長引く収益低迷を受けて大規模な経営効率化を進めているところがあります。欧州では、労働慣行もあって、大胆な雇用調整は容易ではないようです。そこで、欧州の金融機関は、日本を含む世界各国で組織体制の見直しを進めています。一方、日本は大胆な金融緩和によって人手不足になっていますので、こうした見直しは欧州よりも容易なはずです。銀行が数でも資金量でもうまくダウンサイジングできれば、利益を得られるようになります。資本主義と市場経済においては、儲からない仕事を止めて、儲かる仕事に転換することが必要です。その過程で、銀行が人と資本を放出すれば、日本経済全体ではプラスになるはずです。日本において仕事を止めることの難しさは分かりますが25、銀行という、資本主義と市場経済の根幹をなすべき機関に、このことを理解していただければ、日本の生産性はより顕著に改善すると思います。

  1. 21例えば、「地銀波乱 人材枯渇の危機(上)」、「人材枯渇の危機(下)」日本経済新聞、2019年2月20日、21日。
  2. 22金融庁「『顧客本位の業務運営』の取組成果の公表状況」2.共通KPI-(1)運用損益別顧客比率(1)(2019年11月6日)。前述の『シャイロックの子供たち』16頁、にも、投信販売で顧客が損失を被っていることが描かれている。
  3. 23Endo, Toshihide, “To turn challenges into opportunities,” Speech at the 34th Annual General Meeting and Reception of the International Bankers Association of Japan, November 28 2018.
  4. 24脚注22の金融庁資料、2.共通KPI-(2)預り残高上位20銘柄のコスト・リターン/リスク・リターン、参照。
  5. 25前述の池井戸潤氏の小説でも、銀行の縮小という解決策は全く考慮されていない。フィクションでも難しいことを現実に行うことはなおさら難しいということは理解できる。

おわりに

大胆な金融緩和が2013年に始まってから7年近くがたっています。私が審議委員を拝命してから5年近くがたっています。現在でも、2%の物価目標の達成は遠い状況にあります。物価が上がりませんので金利も上がりません。しかし、大胆な金融緩和のお蔭で、経済は明らかに改善しています。雇用、特に若者の雇用が良くなっています。1990年代から大胆な金融緩和をしていれば、就職氷河期などは存在しなかったはずです。他にも、すでに述べましたように、様々な良いことが起きています。

しかし、金利が上がらないことによって、金利が上がれば利益が上がると考えている銀行の不満は高まっています。私は、これは、貸出以上に預金が集まってしまうという構造的問題によるものですから、銀行部門全体として今の規模は維持できないと思います。また、前掲図5は、どうしても金利が上がらないというのはせいぜいここ10年のことであることを示しています。であれば、それ以前に戻れないと考えるのは時期尚早なのかもしれません。現在、金利を引き上げれば、再びデフレ期待を呼び戻し、物価と金利の上昇をさらに遅らすことになるでしょう。それは銀行部門にとっても利益にならないと思います。日本の経済成果は、人口動態を考えれば悪くないのだから、早く金利を上げるべきだという方もおられますが、生産年齢人口当たりの実質GDPが高まったのは、QQE以後の事なのですから、金利を上げれば元の木阿弥だと思います。すなわち、円高、株安、輸出と投資と消費と雇用の減少、就職氷河期の再来です。

最後に大分県経済についてお話ししたいと思います。大分県の景気は、基調としては緩やかな回復を続けています。生産や観光の一部には、米中貿易摩擦や日韓関係など海外の政治経済情勢の影響がみられますが、個人消費が底堅く推移し、労働需給は引き締まった状態が続いています。こうしたもとで、人手不足を背景とした省力化投資の他、能力増強投資や新製品対応投資などが幅広い業種でみられています。

もっとも、やや長い目で先行きを展望すると、大分県は1985年から人口が減少に転じるなど、全国よりも早い段階で人口減少を迎えており、域内需要の縮小や人手不足による供給面での制約に対応していくことが重要な課題となっています。この点、大分県には、そうした逆風を乗り越え、着実な経済発展を果たすための、大きな強みがあると考えています。

まずは、豊富な観光資源です。大分県は、日本一の温泉源泉数・湧出量を誇り、「おんせん県」として多くの観光客を惹きつけています。この他にも、耶馬溪、臼杵石仏(磨崖仏)、昨年開山1300年を迎えた六郷満山(宇佐神宮など)、関あじ、関さば、おおいた豊後牛、臼杵ふぐなど、国内有数の自然、歴史・文化、グルメなど豊富な観光資源を磨き上げ、情報発信にも積極的に取り組まれています。そうしたもとで、別府を中心に宿泊施設の新設やリニューアルが相次ぐなど、前向きな動きがみられている他、直近では、ラグビー世界大会を県民一体となって盛り上げ、国内外に大分の魅力を発信するなど大きな成果を収められたと伺っています。

二つ目は、九州の東の玄関口という地理的特徴です。大分は、古くは南蛮貿易の地として栄え、現代においても、東九州自動車道の開通や、当地と関東を結ぶ貨物フェリーの増便により、その存在感を高めています。トラックの運転手不足などに伴うモーダルシフトが進む中で、物流でのアドバンテージは、今後一段と重要性を増すものとみられます。

三つ目は、新たな産業への挑戦が進んでいることです。大分県は、自治体による積極的な企業誘致の成果もあって、鉄鋼、石油などの素材業種から、半導体、輸送機械などの加工業種まで幅広い産業がバランス良く立地していますが、これらに加えて、ソフトウェア関連、ドローンといった新たな産業の集積が始まりつつあります。自動運転など先端技術の活用によって地域の課題解決にも取り組まれており、今後の当地経済の「礎(いしずえ)」となり得る大きな変化が起きていると感じます。

大分県は、人口当たりの外国人留学生が京都府に次いで多いなど、ダイバーシティの面でも進んでいます。こうした特徴を活かしながら、国内外の需要を取り込んでいくことで、当地経済が一層の発展を遂げられることを祈念しまして、挨拶の言葉とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。