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【発言要旨】新型コロナウイルス感染症のわが国経済への影響と日本銀行の対応ハーバード・ロースクール、PIFS共催Virtual Eventにおける冒頭発言の邦訳

English

日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年6月26日

はじめに

本日は、ハーバード・ロースクールとPIFSの共催イベントにお招き頂き光栄です。最初に、私から、新型コロナウイルス感染症のわが国経済への影響と日本銀行の対応について、簡単にお話しさせて頂きます。

感染症のわが国経済への影響

新型コロナウイルス感染症の大流行は、世界中に深刻な影響を与えています。日本も例外ではありません。感染者数が増加を続ける中、4月には緊急事態宣言が発出され、公衆衛生上の措置も厳格化されました。経済活動は大きく制約され、4月の個人消費は前年の水準から2割程度減少しました。

もっとも、公衆衛生上の措置が効を奏して、新規の感染者数は大幅に減少し、5月末には緊急事態宣言が解除されました。現時点で、日本の感染症による死者数は1,000人以下に抑えられており、経済活動も段階的に再開されています。とはいえ、それまでの経済活動の落ち込みは大きく、わが国経済は、当面、厳しい状態が続くと見込まれます。その後、本年後半にも内外で感染症の影響が和らいでいけば、ペントアップ需要の顕在化やマクロ経済政策の効果などを背景に、わが国経済は改善していくと考えられます。

もちろん、先行きの経済を巡る不確実性は大きいと認識しています。グローバルにみれば、未だ感染症の拡大に歯止めがかかったとは言い難く、最近では、感染の「第2波」への懸念もみられています。こうした状況下、感染症によるショックの二次的影響が経済を大きく下押しするリスクにも注意が必要です。とくに重要なポイントは2つあります。1つ目は、企業の資金繰りが確保されるか、という点です。そのためにも、金融システムの安定や緩和的な金融環境を維持し、金融面から実体経済への下押し圧力の強まりを回避することが重要です。2つ目は、企業や家計の成長期待が低下し、支出スタンスが慎重化することはないか、という点です。わが国では1990年代の金融危機後、長期間にわたり企業行動が慎重化した経験がありますが、大きなショックの後には、ある種の履歴効果が働きうることには、注意が必要です。

日本銀行の対応

次に、日本銀行の対応についてお話しします。日本銀行は、3月以降、金融緩和を強化してきましたが、その内容は、次の「3つの柱」として整理できます。

1つ目は、総枠約110兆円規模となる企業等の資金繰りを支援するための「特別プログラム」です。具体的には、(1)CP・社債について、日本の市場規模の25%に相当する約20兆円の買入れ枠を用意したほか、(2)金融機関の貸出を促すための約90兆円規模の資金供給手段を導入しました。後者には、金融機関の行う中小企業等向けの貸出について、政府が信用リスク等をカバーすると共に、日本銀行が有利な条件でバックファイナンスするスキームが含まれています。これは、政府と中銀が、それぞれの役割を明確にしつつ、連携して企業等の資金繰りを支援する取り組みといえます。

2つ目は、円貨および外貨の潤沢な供給です。円貨については、債券市場の安定を維持し、イールドカーブ全体を低位で安定させる観点から、金額に上限を設けずに、必要な金額の国債を買入れることを明確にしました。外貨についても、主要6中央銀行の協調にもとづき、多額のドル資金を供給しています。

3つ目は、ETFおよびJ-REITの積極的な買入れです。この措置は、金融市場の不安定な動きなどが、企業や家計のコンフィデンス悪化に繋がることを防止し、前向きな経済活動をサポートすることを目的としています。

金融緩和の強化に加え、金融システムの安定確保に向けた規制面での対応も行っています。国際的な合意に基づくバーゼルIII完全実施の1年延期や、資本・流動性バッファーの取崩しの奨励に加え、4月には金融庁とともにレバレッジ比率規制の緩和も公表しました。金融システムの安定は、企業等の資金繰りを支え、金融政策が最大限効果を発揮するための大前提です。

これらの取り組みは、既に相応の効果を発揮しています。わが国の金融システムは全体として安定性を維持しており、金融機関の貸出スタンスは、積極的です。こうしたもとで、5月の貸出の前年比は、過去30年間で最も高い伸びとなり、CP・社債の発行も、大幅に増加しています。金融市場をみても、ひと頃の緊張が緩和しています。

日本銀行としては、引き続き、「3つの柱」に沿った措置を実施することで、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に万全を期していく方針です。そのうえで、感染症の経済・金融面への影響には大きな不確実性があることから、当面、感染症の影響を注視し、必要があれば、中央銀行としてあらゆる手段を、躊躇なく講じていく考えです。

ご清聴ありがとうございました。