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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策長野県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 中村 豊明
2022年12月7日

1.はじめに

日本銀行の中村でございます。本日は、長野県の行政および金融・経済界を代表する皆様と懇談させて頂く貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から松本支店および長野事務所の円滑な業務運営に当たり、多大なご支援を賜り厚く御礼申し上げます。

本日は、内外の金融経済情勢や持続的な2%の「物価安定の目標」達成に向けた日本銀行の金融政策、さらに日本の経済成長についての私の思いなどをお話させて頂き、長野県経済の現状と期待される取り組みに触れさせて頂いた後、皆様から率直なお話を承りたく存じます。皆様との懇談を通じて、地域経済の現状や課題に対する理解を深め、頂いたご意見を日本銀行の業務や政策判断に活かしてまいりたいと存じます。

2.内外経済情勢

(1)経済・物価の現状と展望

まず、海外経済は、総じてみれば緩やかに回復していますが、先進国を中心に減速の動きがみられています(図表1)。米国や、ウクライナ情勢の影響が続く欧州では、大幅な物価上昇や利上げの継続を受けて、幾分減速しています。中国は、春頃の上海などでのロックダウンの影響は概ね解消し、下押しされた状態からは回復していますが、ゼロコロナ政策が継続するもとで感染者数が再び増加に転じ、不動産市場の低迷や若年層の高失業率も長引いており、力強さに欠けています。また、中国以外の新興国・資源国は、一部に弱さがみられますが、総じてみれば持ち直しています。

そうしたもとで、日本経済は、資源高の影響などを受けつつも、新型コロナウイルス感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直しています。企業部門では、供給制約の影響が和らぐもとで、輸出や生産は基調として増加し、企業収益は全体として高水準で推移しています。こうした中、設備投資は、一部に弱さがみられますが、持ち直しています。また、家計部門の個人消費は、雇用・所得が緩やかに改善する中で、ペントアップ需要にも支えられて、サービス消費を中心に緩やかに増加しています。この間、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により、10月は+3.6%まで上昇しています(図表2)。

日本経済の先行きを展望しますと、当面は資源高や海外経済減速による下押し圧力を受けるものの、感染症や供給制約の影響が和らぐもとで、回復していくとみています。その後は、賃金引上げモメンタムの強まりや経済活動の再開の進捗から、所得から支出への好循環が進んでいく中で、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられます。また、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、上昇率が高まっていますが、年明け以降、エネルギーや食料品、耐久財などの押し上げ寄与の減衰に伴い、プラス幅を縮小していくと想定しています(図表3)。

(2)経済・物価のリスク要因

こうした見通しを巡る不確実性として、私が特に注目するポイントを2点お話します。

1点目は、海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向です。世界的なコロナ禍からの回復過程での需要急拡大に、供給制約やウクライナ侵攻の影響が加わり、大幅な物価上昇が続くもとで、各国中央銀行は経済の減速を覚悟して、高インフレ鎮圧のために急速な利上げを進めています。一方で、金融市場では、金融政策と財政政策の整合性を懸念する向きがあることに加え、金融引き締めの効果はラグを伴って出てくるため、その効果の見極めを巡って、神経質な動きがみられています。米国やユーロ圏では、今年に入り、既にそれぞれ3.75%、2.0%の大幅利上げを実施していますが、直近の消費者物価上昇率1は、それぞれ+7.7%、+10.0%と依然として目標を大きく上回っており、市場では更なる政策金利の引き上げが見込まれています。このため、累次の大幅利上げの影響の程度によっては、インフレ抑制と経済成長維持の両立が難しくなることが懸念されます。こうした懸念が高まる場合には、資産価格や為替相場の調整、新興国からの資本流出を通じて、国際金融資本市場が想定外にタイト化する可能性にも注意が必要です。

2点目は、地政学リスクや資源・穀物価格の動向です。ウクライナ情勢などの地政学的な要因を巡り、先行きの不確実性が極めて高い状況が続いていますので、資源・穀物価格の上昇・高止まりが長期化する場合には、内外経済が一段と下押しされることが懸念されます。資源輸入国でエネルギー自給率がOECD36か国中35位2と極めて低い日本では、資源価格上昇などによる交易損失の拡大が、大きく経済を下押ししています(図表4)。交易損失の影響が需要減少に現れるまでにラグを伴いますので、今後の資源・穀物価格の動向によっては、個人消費や設備投資が下振れするリスクがあります。また、一部には、資源・穀物などの輸入価格上昇を主因とした10月の値上げ集中に続き、来年2・3月にも多くの値上げが予想されるとの指摘もあります。物価上昇は家計の実質所得を下押しする要因となりますが、下押しの程度は、名目賃金の伸び率によっても変わります。その意味で、後ほど改めて触れるように、今後、エネルギー自給率向上への取り組みと企業がどの程度賃上げを実施するかは極めて重要であり、私自身、エネルギー政策や来春の賃金改定動向を注視しています。

  1. 1米国は10月、ユーロ圏は11月の値。
  2. 22019年順位(資源エネルギー庁「2021―日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2022年8月12日))。

3.金融政策運営

このような経済・物価情勢を踏まえて、当面の金融政策運営に関する基本的な考え方についてお話します。私は、主に以下の2点から、現在の日本経済においては金融緩和を粘り強く続ける必要があると考えています。

1点目は、日本経済は依然として感染症による落ち込みからの回復途上にあることです。実質GDPは、前年10から12月期以降3四半期連続のプラスでしたが、7から9月期は一転前期比マイナスとなり、その水準は依然として2019年平均を下回っています(図表5)。約15年間に亘るデフレ経済を経験した日本は、雇用・設備・債務の「3つの過剰」に苦しみ、「守りの意識」が強く、「低成長・低インフレ・低賃金上昇」の経済になりました。日本では、こうした「守りの意識」から、コロナ禍による環境変化への対応が米欧に比べ遅れたことも、経済の回復が遅れている一因だと考えています。また、労働や設備の稼働状況を表すマクロ的な需給ギャップも、2020年4から6月期以降、一貫してマイナスです(図表6)。供給力に対して需要不足が続く局面での金融政策の引き締めは、企業や家計の経済活動に大きな抑制圧力をかけ、デフレ経済に戻しかねません。

2点目は、現在の物価上昇が賃金上昇を伴うものとなっていないということです。日本と米欧の物価の動きを比較しますと、米国では+4から5%台、ユーロ圏では+3%台の時間当たりの賃金上昇となっている中、サービス価格も上昇し、エネルギーおよび食品を除いたベースの物価上昇率が、米国は10月で+6.3%、ユーロ圏は11月で+5.0%と高い水準です。このため、賃金と物価のスパイラルを阻止するため、急速な利上げを継続しています。一方、日本では、生鮮食品およびエネルギーを除くベースの物価上昇率が10月は+2.5%まで上昇していますが、その内訳をみますと、ウェイトの5割超を占め、コストに占める賃金比率が高いサービスは上昇したものの、依然として+1%を下回っています。日本では、賃金と物価のスパイラルが懸念される状況からは遠いと考えています。感染症からの回復途上の中で企業の取り組みを後押しし、「国民経済の健全な発展」に必要な賃上げ環境を整備する観点からも、緩和的な金融政策の継続が必要と考えています。

4.日本の経済成長

2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に達成し、そのもとで持続的な経済成長を実現するうえでは、経済成長とともに賃金も上昇していくことが重要です。しかし、日本経済は長期に亘り「低成長・低インフレ・低賃金上昇」に陥っており、こうした状態を実現したという状況には至っていません。そこで、ここからは、米欧と異なる現状の日本の経済・賃金構造の課題についてお話した後、日本経済が再び力強く成長していくために私が必要と考えております、企業・雇用・家計金融資産の3つのダイナミズムについて、私自身の民間企業での経験も踏まえてお話したいと思います。

(1)日本の経済・賃金構造

日本の経済・賃金構造において、私自身が変革の必要性を感じている主な特徴は、以下の3点です。

1点目は、日本社会では「守りの意識」が強すぎる、という点です。1990年代前半のバブル崩壊以降、急激な経営環境の悪化に対するコストカットの成功体験やデフレによる低成長の経験から、全体的に「守りの意識」が強まってしまい、持続的成長に必要な「人への投資」や生産性の高い事業への経営リソース集中など、「稼ぐ力」の強化策が往々にして先送りされてきたように感じています。コストカット重視の事業運営では、雇用維持を前提に低収益事業が維持されがちで、コスト構造改革が必ずしも生産性向上や付加価値増加につながらず、国内で過当競争に陥った結果、日本の産業全体として、競争力の低下につながったように思われます。実際、日本の労働生産性はG7の中で最下位となっています(図表7)。

2点目は、新陳代謝の低さです。日本企業は、終身雇用や年功序列型賃金を前提に、賃金水準の引き上げを事業継続上の経営リスクと認識するケースが多かったように思います。その結果、賃金水準の抑制が重視されてきました。また、従業員も終身雇用慣行のもとでは、会社の倒産による失業を恐れ、賃金上昇よりも雇用の安定を求める意識が強かったと思います。こうした経済・賃金構造の中で、日本の転職率、開廃業率は3から5%台と米欧と比べて低位で推移しています(図表8、図表9、図表10)。賃金水準も30年間低迷し(図表11)、家計の購買力が高まらなかったことから、物価も上昇せず(図表12)、日本経済は「低成長・低インフレ・低賃金上昇」に陥ってしまったと考えています。

3点目は、環境変化への対応力の問題です。1985年のプラザ合意以降、日本は急速な円高に対し、企業努力によりグローバルサプライチェーンを構築し、輸出立国として産業クラスターを構築した昭和の時代とは異なる産業構造へと変化してきました。一方、産業クラスターによって海外経済の成長の恩恵を受けてきた中小企業は、グローバルサプライチェーンの構築により、国内において海外企業との競争に晒される中で、2011年の東日本大震災以降のエネルギー自給率の低下とエネルギーコストの上昇が加わり、収益力が低下し(図表4再掲)、「人への投資」や成長のための投資が遅れたことも、生産性低迷の一因になったと考えています。

こうした日本の経済・賃金構造のままでは、生産性の高い分野への「日本全体での適材適所」が進まず、賃金水準が停滞します。日本が成長力を取り戻すには、「魔法の杖」はありませんので、エネルギー自給率を高め、中小企業の輸出力向上の取り組みを産学官金一体となって後押しするとともに、生産性向上の改革努力を進め、経済成長とともに賃金も上昇する他の先進国の経済・賃金構造に近づいていくことが重要です(簡略化した構図は図表13)。

(2)企業のダイナミズムによる労働生産性の向上

持続的な経済成長の実現に向けて、継続的な賃金上昇を実現するには、その原資となる付加価値を生み出す労働生産性向上が必要です。そのためには、設備投資や賃上げを含む「人への投資」によって、資本装備率と労働の質を引き上げることが重要となります。特にコロナ禍からの回復により、労働需給のひっ迫が強まると予想されますので、省人化・省力化投資による資本装備率の向上は喫緊の課題と考えます。

また、労働生産性を引き上げるには、研究開発投資を含む様々な投資やそれらの組み合わせによって、イノベーションによる新たな付加価値を創造することが鍵となります。日本企業は、現有体制で提供できる製品・サービスと価格戦略に軸足を置く、プロダクト・アウト型のビジネスモデルのもとでのプロセスイノベーションを得意としてきました。しかし、人的資産を含む無形資産が高い価値を生み、成長にはリスクを伴うVUCA3の時代において、米欧では顧客ニーズを先取りしたマーケット・インによる製品・サービス創出のため、既存の体制を変革し成長事業へ経営資源をシフトさせる経営改革が展開されましたが、日本ではこれが遅れ、イノベーション不足につながったと考えています。やや古い調査になりますが、新製品や新サービスを投入した企業の割合を主要先進国間で比較しますと、日本が一番低い状況です(図表14)。また、米欧ではPBR(株価純資産倍率)1倍未満の上場企業はそれぞれ3%、18%ですが、日本では43%と「稼ぐ力」が低く評価されています4。今後は、経営者の危機感の高まりが、日本企業のイノベーション創出を促進すると期待しています。

さらに、イノベーションを起こすためには、日本全体としての経営資源には限りがありますので、より生産性が高い事業・セクターに限られた経営資源を振り向けていくことも重要です。既存事業を破壊してしまうような新たなビジネスを国内で立ち上げ成長させるには、大企業に比べしがらみの少ないスタートアップの活躍が特に期待されます。また、最近では、円安環境への対応とともに、経済安全保障やBCPなどの視点から複線化を含むサプライチェーン再構築の意識も高まっていますので、企業の国内回帰は今後の重要な経営戦略の1つになると考えています。この点、国内投資の促進には、受け皿となるスタートアップや中小企業の成長が鍵となります。もっとも、日本の場合、破壊的な技術やビジネスモデルを有するスタートアップは、ヒト・モノ・カネ・ネットワークといった経営資源が不足し、大きく成長できないケースが多いのが実情です。ユニコーン(時価総額10億ドル超の非公開企業)の数をみても、米国644社、中国172社、英国46社、ドイツ29社に対し、日本は6社とGDP規模に比べて圧倒的に少ない状況です5。政府によるスタートアップ育成方針の実行やベンチャーキャピタルの成長支援といったサポートに加え、IPOのほか大企業のM&Aによる出口拡大とこれに伴う新たな起業増加や雇用の流動性増加など、スタートアップの成長をけん引する環境変化が進み、企業のダイナミズムが一段と強まることを期待しています。

このほか、中小企業の事業承継もイノベーション創出力向上の大きなチャンスと考えています。既存事業の強みと承継者自身の強みを掛け合わせて新事業や業態転換に取り組む、ベンチャー型の事業承継の事例がみられます。事業承継の場合、家業の信用や経験、技術を生かした新規事業の取り組みは、イノベーションを促進すると期待されます。また、後継者不足による廃業が増える中、地域に根付いた企業の生まれ変わりが地域再生に直結すると地方自治体や地域金融機関で認識されており、産学官金連携による中小企業の育成・支援の強化や取引先企業の事情に詳しい地域金融機関の伴走支援は、日本経済にとって重要な成長戦略に位置付けられると思います。

  1. 3VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、変化が大きく、将来の予測が困難な状態を意味する。
  2. 4経済産業省「事務局説明資料~グローバル競争で勝ちきる企業群の創出について~」(2022年3月31日)。
  3. 5CB Insights「Global Unicorn Club: Private Companies Valued at $1B+(as of October 7th, 2022)」から算定。
    https://www.cbinsights.com/research-unicorn-companies

(3)雇用のダイナミズムによる「日本全体での適材適所」の促進

コロナ禍で人手不足やデジタル化の遅れが顕著になり、賃金抑制により必要な人財6を確保できないことが、事業継続上の経営リスクと認識されるようになりました。そして、賃金水準の引き上げやデジタル人材の育成強化など「人への投資」の重要性が強く意識され、賃金引上げモメンタムの強まりやリスキリングなどの従業員の能力開発強化の進展がみられており、漸く変革のステージへと変わりつつあるように感じています。

従来よりも従業員が会社を選ぶ時代になりますので、賃上げを含む「人への投資」の原資獲得のため、「稼ぐ力」を強化する経営戦略が重要になります。他方、中小企業や地方企業には、賃金水準の問題から専門人材の採用が難しいとの見方もありますが、感染症拡大を契機とした働き方に対する価値観の変化などにより、勤務形態の多様化(副業・兼業、リモートワーク)や働き甲斐の向上に取り組む経営の創意工夫次第では、人財獲得の可能性はむしろ高まっているように思われます。

こうした変革が進み、雇用のダイナミズムが生まれることで、持続的な賃上げが可能な生産性の高い業種・職種・企業に加え、従業員に新たな価値を提供できる中小企業や地方企業、スタートアップへと優秀な人財がシフトしていく可能性があります。これらにより、「日本全体での適材適所」が進み、生産性向上や地方経済の活性化を通じて、持続的に賃金が上昇し、所得から支出への好循環につながっていくと期待しています。

  1. 6人が会社経営にとって財産(human capital)である旨を表す造語。

(4)家計の金融資産のダイナミズムによる可処分所得の向上

持続的な日本経済の成長を実現するためには、企業・雇用の面からのダイナミズムに加え、経済成長とともに可処分所得も向上する家計の金融資産のダイナミズムも重要だと考えています。

日本の家計が保有する金融資産は2,000兆円を超えるまでに増加していますが、その内訳をみますと、米欧に比べて株式・投資信託の保有比率は低く(図表15)、コロナ禍前の2019年で米国では可処分所得の70%が勤労所得、19%が配当・利子収入ですが、日本では94%が勤労所得で、配当・利子収入は4%です(図表16)。日本では、経済成長とともに増加する企業の所得を家計に配分する配当金など、勤労所得以外の所得は著しく少ない状況です。こうした家計の金融資産構成や低い転職率のもとでは、勤労機会が一人一社のため、家計の所得は自身の長年勤める会社の業績に大きく左右されます。さらに、国民の3割が65歳以上の年金受給者という「超高齢社会」の人口構造でもあり、家計と日本経済をつなぐブリッジが細く、家計が経済成長の恩恵を受けにくい構造になっています。また、家計の代表的な資産は住宅ですが、日本の住宅寿命は40年弱7で中古市場は住宅市場の15%8と小さく耐久消費財に近いため、老後の安定した資産形成とはなりにくい状況です。

日本の現役世代の社会保険料がこの30年間で1.9倍9に増加する中、経済の持続可能性を高め、経済成長とともに家計も豊かになるためには、国民が経済成長の恩恵を体感できる家計の金融資産構成の変革も必要です。経済成長に伴い、企業利益や家計の勤労所得が増加し、「公助」・「共助」の源泉となる税収・社会保険料が増加するとともに、他の先進国のように家計の配当収入等が増加する体質となれば、「自助・共助・公助」のバランスがより取れた形で、国民が経済成長の恩恵を体感できるようになります。既存のNISAやiDeCoに加え、政府の「資産所得倍増プラン」が後押しする形で、生涯を見据えた30から50年に亘る「長期・積立・分散投資」による家計の資産形成が進み、安定した所得が生み出され、個人消費が活発化し、所得から支出への好循環が形成されることを期待しています。

  1. 7国土交通省「令和3年度 住宅経済関連データ」(<9>3.(2))。
  2. 8国土交通省「令和3年度 住宅経済関連データ」(<4>1.(1))。
  3. 9国立社会保障・人口問題研究所「令和2年度社会保障費用統計」。

5.おわりに ―― 長野県経済について ――

最後に、長野県経済について、日本銀行松本支店の調査報告も踏まえて、お話したいと思います。

長野県経済は、一部に弱い動きがみられるものの、持ち直しの動きが続いています。生産面では部材不足など供給制約の影響がみられますが、個人消費は感染症の影響が和らぐもとで、持ち直しているほか、設備投資もIT関連の製造業を中心に増加しています。

もっとも、より長期的な課題、すなわち、少子高齢化のペースが全国を上回る中での人手不足への対応、デジタル化・イノベーション強化などによる生産性の向上と賃金水準の引き上げ、気候変動への取り組みなどを一段と強化していくことが重要となっています。

感染症抑制と経済活動の両立については、長野県内でも感染拡大の動きが繰り返し起きてはいるものの、リモート勤務が活用されているほか、サービス消費などでもニーズの変化を取り込む動きがみられています。また、これまでに蓄積された知見を活かし、長野の善光寺「御開帳」、諏訪の「御柱祭」、飯田の「お練り祭り」に代表される数え年で7年に1度のイベントが開催されるなどの取り組みも進められています。長野県は豊富な観光資源を有し、大都市圏へのアクセスの良さもあって古くから国内旅行で人気が高く、2023年夏旅行に行きたい都道府県ランキングでは3位10になるなど旅行先として魅力的な地位を築いています。日本の屋根と呼ばれる山々と豊かな自然環境に加え、全国トップクラスの旅館や温泉地数、博物館・美術館数といったハード面のほか、伝統的な祭りや音楽祭をはじめとするイベントなどソフト面も充実しており、今後は、インバウンドを含む観光客の本格回復も期待されます。このほか、リニア中央新幹線の開通に向けた取り組みも行われており、交通利便性が高まることも期待されます。

また、当地では、感染症の影響が緩和するもとで、長年続いている人手不足が一段と厳しさを増していますが、長野県の健康寿命は女性が1位、男性が2位と全国有数の長寿県であり、これまでの民間・自治体の取り組みにより高齢者や女性の就業率もそれぞれ1位、6位と全国トップクラスで、多くの人々が経済を支えておられます。さらに、製造業ではAIを活用する先もみられるほか、小売業ではEC事業の拡大を図る先もあるなど、多くの企業が、デジタル化や効率化投資に前向きに取り組んでおられます。また、長野県は、2018年から5年間の取り組みとして「しあわせ信州創造プラン2.0」の中で、「産業の生産性が高い県づくり」、「人をひきつける快適な県づくり」を基本方針に掲げ、IT人材・IT産業の誘致・定着の促進、航空機産業や医療機器産業の集積のための開発・事業化の支援、AI・IoTを活用した先端技術の導入による生産性の向上、起業・スタートアップ支援などの施策を進められ、次期総合5か年計画でもこうした施策に継続的に取り組まれることを期待しています。

気候変動についても、長野県では、2019年の台風19号による千曲川の氾濫被害などを契機に「気候非常事態宣言」を発出し、対応を本格的にスタートされています。2021年には「ゼロカーボン戦略」が策定され、長野県の豊富な水力による発電を活用した電力の利用などを促進しておられます。

皆様のこうした前向きな取組みが結実し、長野県の経済が一層の発展を遂げられることを祈念しまして、私からの挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

  1. 10アソビュー(株)による調査結果(同社プレスリリース「アソビュー!調査リリース」(2022年7月15日))。