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平成12年度の考査の実施方針等について

2000年3月28日
日本銀行

1.平成11年度を振り返って

(1)概要

「平成11年度の考査の実施方針等について」(平成11年3月30日公表)では、考査(取引先金融機関等への立入調査)および日常のオフサイト・モニタリングの担うべき役割を、(a)個別の取引先金融機関等の業務・財産状況の把握、(b)金融システム全体のリスクや、そのリスクが発現するメカニズムの継続的な把握、(c)これらの情報の活用による日本銀行の業務全般への寄与、の3点に整理するとともに、考査とオフサイト・モニタリングの一体的、効率的な運用の方向性を打ち出したところである。

こうした位置付けを踏まえ、考査においては、上記の「実施方針等について」に示された重点事項に基づき、昨年4月以降、経営体力の実態把握ならびに信用リスク、市場・流動性リスク等に関するリスク管理状況のチェックに主眼を置いた運営を図った。この間、一昨年秋から開始したコンピューター2000年問題にかかるターゲット考査(特定の分野に調査対象を絞って行う考査)を継続したほか、市場プレゼンスの大きい一部金融機関に対して決済・流動性リスクに焦点を絞ったターゲット考査を行った。

また、考査運営面では、考査先金融機関等の事務負担軽減にも配意しつつ、周期を考査先の経営体力やリスク管理状況に応じて弾力的に設定するよう努めたほか、調査内容についても考査先のさらされているリスクの態様に応じてメリハリを付けるよう心掛けた。

考査実施先数の実績
業態 実施先数
銀行 41
信用金庫 30
その他
(外国銀行、証券会社等)
37

この他、中国(上海地区)における海外店考査、2000年問題などに焦点を絞ったターゲット考査(12先)を実施した。

この間、オフサイト・モニタリングにおいては、取引先金融機関等の個別の経営実態の的確な把握を期すとともに、そこから得られた情報の集計・分析を通じて、金融システムが全体として抱えているリスク(景気や市場環境の変化が金融機関等の資産内容や経営体力に与える影響など)や金融機関間の円滑な資金決済が阻害されるリスクを把握し、日本銀行として適切な対応を講じていくための情勢判断に役立てるよう努めた。

とくに、昨年後半から本年初にかけては、コンピューター2000年問題に関連する流動性ニーズの高まりに伴い、決済システムの安定が損なわれるリスクを念頭に置きつつ、取引先金融機関の資金繰りや流動性対策の実態把握に力点を置いた。また、不良債権の追加的な処理負担が引き続き金融機関経営におけるダウンサイド・リスクとなっている状況に鑑み、年度中に考査の対象とならなかった取引先金融機関等についても不良債権の動向の把握に努めた。

なお、オフサイト・モニタリングの運営に際しては、考査先金融機関等の事務負担軽減にも資する観点から、モニタリングを通じて得られた情報を、考査先の選定や考査内容の設定に活用するなど、考査との適切な連携を図るよう心掛けた。

(2)考査内容面の重点事項にかかる主な結果

イ.経営体力、信用リスク

引き続き不良資産の償却・引当が経営体力の低下要因として働いた一方で、銀行を中心に第三者割当増資等による資本増強の動きが目立った。こうした中で、考査においては、特に、自己査定やそれに基づく償却・引当が適切になされているかの検証や、先行き新たな不良債権が顕在化して損失発生に繋がる場合にも、相応の自己資本を確保できるような収益力が見込まれるかの検証に重点を置いた。

  • 自己査定基準や償却・引当基準の整備が相当進捗してきているほか、自己査定等の適切性も総じて向上してきているが、基準の一部になお改善を要する箇所が残存していたり、基準の趣旨どおりの運用がなされていない例がみられた。これらの先には、基準の改善や監査部署の機能度向上等による的確な運用を求めた。
  • 平成11年3月期より認められた繰延税金資産の計上に当たっては、将来の課税所得額を適切に見積もったうえで当該資産が将来の税金負担額を軽減する効果があることを検証する必要があるが、この点に関する検討が不十分な先がみられた。
  • 信用リスク管理の高度化については、大手金融機関中心に信用格付制度の整備や信用リスクの定量化などが進められているが、データ整備や業務運営への有効活用などの面で更なる努力が期待される。

ロ.市場・流動性リスク

市場取引や流動性にかかるリスク管理体制やその機能度、緊急時対応の整備状況の調査に重点を置いた。

  • 流動性リスクの管理体制・運用実態をみると、大方の先で体制は整備され、適切な運用が行われている。但し、一部の先では、緊急時の対応方針が明確でなかったり、緊急時における資金調達手段の利用可能性の検証が十分でない例がみられた。
  • 市場リスク管理体制の内容・機能状況等に関しては、トレーディング勘定のみならず、バンキング勘定についても、バリュー・アット・リスク等、時価価値的な観点からリスクを把握し、コントロール、モニタリングする仕組みが広がりつつある。一方、リスクを把握する際のストレステストの活用方法や市場流動性に対する認識、また、自己資本との対比で市場リスク量をコントロールする体制整備については、なお改善の余地がある。

ハ.オペレーショナル・リスク

引き続きコンピューター2000年問題に重点を置き、10先 (平成10年度からの累計54先)に対してターゲット考査を行ったほか、その結果を踏まえて、金融機関等の対応状況と自己点検ポイントを11年5月に公表した。また、前年に続き対応状況に関するアンケート調査を実施し、同8月に結果を公表した。さらに、年末にかけては、決済システムに大きな影響を有する大手先や相対的に対応の遅れがみられる金融機関等に対して重点的にヒアリングを行い、コンティンジェンシー・プランの完成度向上や対応の徹底等を促した。
コンピューター2000年問題以外では、事務一般に対するリスク管理体制のチェックに努めた。

  • 事務面においては、営業店の後方事務や為替事務を集中的に処理する事務集中センター等に対する事務指導・検査体制が手薄になっている例がみられた。

ニ.決済リスク

決済システムの安定性確保という観点から、個別金融機関における決済リスク管理に関する調査を行った。また、考査の結果をもとに、個別金融機関が留意すべき事項を「金融機関の決済リスク管理について」と題した論文に取り纏め、本年2月に公表した。

  • 顧客の預金口座における日中赤残(日中過振り)に関するリスク管理が適切に行われていない例がみられた。このため、過振り限度額の設定や運用に際しての顧客の信用度の評価の実施や、営業部門に対する本部の関与など、リスク管理の強化を求めた。

ホ.国際部門

大手行に対する考査に際して主要な海外支店への臨店調査を実施したほか、中国の上海地区の邦銀支店に対する考査を実施し、流動性管理を始めリスク管理全般のチェックを行った。

  • リスク管理運営に関する本部・拠点間を通じた整合性の確保や連携の緊密化など、一層の拡充が必要な事例がみられた。

2.平成12年度の考査における重点事項

わが国金融機関を取巻く状況をみると、昨年来、金融機能早期健全化緊急措置法に基づく健全行に対する公的資本注入や第三者割当増資等の民間からの資本調達により銀行の資本基盤の強化が進捗し、金融システムにおける不安定要因は、相当程度、解消されてきている。この間、債務超過状態にあるなど自力での再建が困難な金融機関等については金融整理管財人による管理を通じた破綻処理も進んだ。

もっとも、バブル崩壊などに伴う不良債権問題については、これまでに多額の償却・引当が行われてきたものの、バランス・シートからの切り離しを含め、なお金融システム全体として処理を完了したとは言いきれない面がある。このため、不良債権問題の最終的な克服に向けて最大限の努力を続ける必要がある。

他方、大手金融機関を中心として、持株会社などを活用した経営戦略の再構築の動きが広範化し、既存業務の再編のほか、インターネット・バンキングを始め新規業務開始を目指す動きもみられている。こうした中で、多様かつ複雑化した種々のリスクを的確に管理しながら、収益力の向上を図っていくことは、わが国金融機関が内外の信認を高めつつ、将来に亘って発展を遂げていくための喫緊の課題となっている。

平成12年度の考査においては、以上のような金融機関を巡る経営環境や11年度の考査の実績を踏まえて、次の点につき重点を置く。なお、考査内容における重点事項に関しては、必要に応じ考査におけるチェックポイントを取り纏め、随時公表することとしたい。

(1)考査内容における重点事項

  1. イ.金融機関等の経営体力の的確な把握(各種会計制度の変更の影響も勘案した自己資本の充実度合、新規不良債権発生の可能性の把握等)に努める。
  2. ロ.「経営体力の悪化を事前に防止する」という予防的観点にウェイトを置いた「リスク管理重視」考査を、取引先金融機関等毎の実態に配意しつつ、以下のポイントに即して行う。
  1. (a)信用リスク
    • 自己査定やそれに基づく償却・引当の実務が概ね定着しつつあるなか、金融機関においては、信用リスク管理の改善を通じて、金融仲介機能のより適切な発揮や収益性の向上といった課題に対処していくことが期待される。このため、一連の信用リスク管理プロセスにおいて、貸出業務内容等に即応した規程・組織・手法面の整備や適切な運営体制が確立されているかのチェックに努める。
    • また、信用リスク管理体制のチェックにあたっては、その基本となる信用格付の整備状況のほか、信用格付を活用したポートフォリオ管理(特定業種等への過度の与信集中排除など)が適切になされているかに留意する。
    • このほか、考査先のリスク管理高度化の状況に応じて、信用リスク定量化の整備状況のほか、与信先の信用リスクを十分に勘案した貸出業務運営がなされているか、さらに債務者の信用度評価や与信全体のポートフォリオ運営が歪められないように、与信監査部署等による効果的な牽制機能が確保されているかにも注意を払う。
  2. (b)市場・流動性リスク
    • 流動性の適切な管理が引続き重要な課題となる下で、流動性にかかる管理体制とその運用の実態の把握に努める。
    • 今年度からの金融商品に関する時価会計の導入に伴い、市場リスクの適切な管理の重要性が一段と増すとみられる下で、預貸部分のALMを含む市場リスクおよび流動性リスクの管理体制が業務内容に見合うものか、また、実際に効果的に機能しているかをチェックする。その際、市場環境の急変時に対応した資本の備え、ストレステストの運用実態や商品毎の市場流動性を意識したリスク管理に留意する。
  3. (c)オペレーショナル・リスク
    • 事務面においては、本部および事務集中センター等、相対的にリスクの集積度が高いと思われる部門におけるリスク管理体制の整備状況を中心に調査する。
    • また、金融業務におけるシステム依存度やインターネット等オープンシステムの活用度合が高まる中、システムリスク、特に情報セキュリティに関わるリスク管理の重要性が増しつつあるため、こうしたリスクへの対応状況に重点を置いた考査を実施する。
  4. (d)決済リスク
    • 金融機関間の円滑な決済を確保するという視点に立って、本年初に公表した論文(「金融機関の決済リスク管理について」)に掲げた各種ポイントを勘案しつつ、各金融機関等がさらされている決済リスクの管理状況をチェックする。
    • 本年末を目処に予定されている日銀ネットのRTGS化およびそれに伴う市場取引慣行の変化等が業務面にもたらす影響度の把握状況、プロジェクト管理、事務・システム等における所要のリスク管理体制の構築状況に留意する。
  5. (e)国際部門・海外拠点考査
    • 邦銀が相対的に重点を置いているアジア地域に対する投融資などにおいて、リスク管理や資産内容等に問題がないかについて引き続き検証する。加えて、同地域を含む各投融資対象国の経済等の特性・リスクやそれらの相互連関に十分な配慮がなされているかにも留意する。
    • 邦銀の合併・統合や国際部門のリストラクチャリングを背景とする海外拠点の統廃合や新ビジネスへの展開などが、海外当局との関係も含めて、問題なく進められているかを確認する。
  6. (f)業務の複雑化に応じて、バンキング勘定の金利リスクや価格変動リスクなども含めた様々なリスクを経営体力に即し適切にコントロールする体制の整備が図られているかを検証する。

(2)考査運営における重点事項

イ.考査周期および考査内容の弾力的運営

周期を考査先の経営体力やリスク管理状況に応じて弾力的に運用するとともに、内容についても考査先の有する課題の所在に応じて弾力化を図る。こうした弾力的な運営は、考査先の事務負担の軽減や考査の効率的な運営を図る観点から一昨年以降心掛けてきたものであるが、12年度については、オフサイト・モニタリングを通じて得られた情報の一層の活用など、さらに工夫を図る。

ロ.ターゲット考査の積極的活用

日銀ネットのRTGS化への対応や、決済リスク、情報セキュリティリスク等の特定のリスク・ファクターに関する管理体制等に踏み込んだ実態把握が必要と判断される場合には、弾力的な考査運営の一環として、引き続き、その分野に調査対象を絞ったターゲット考査の積極的な活用を図る。

(3)当座預金取引先の親会社等に対する調査

最近、いくつかの金融機関グループにおいて持株会社等に経営機能の一部を移管する動きがあるほか、事業会社が子会社形態で銀行業へ参入する計画が発表されるなど、金融機関等の経営形態には大きな変化がみられつつある。

日本銀行は、当座預金取引先の経営実態を的確に把握する観点から、その親会社(持株会社を含む)などが具体的にどのような機能や業務を担うことになるかについて、個々の事例を吟味していく方針である。そのうえで、仮に、親会社などが日本銀行の当座預金取引先である子会社にかかる業務運営やリスク管理に関する基本的な事項を決定するなど、重要な経営機能を担うと判断される場合には、取引先に対する考査の目的を達するために必要な範囲で、立入を含む調査を実施することが必要と考えている。そうした調査を実施する際の具体的な手続等については、関係金融機関等と必要な協議を行っていきたい。

以上