このページの本文へ移動

第8章 決済の工夫2.クリアリング・システムと「決済の取り決め」

混乱発生時の広がり具合が鍵

両者の最も基本的な違いは、「その仕組みを利用する銀行のひとつが決済不能に陥った場合に、その影響が拡散してしまう程度」だと考えられます。例えば2つの銀行(A・B)間のバイラテラル・ネッティングにおいては、仮にA銀行がネット額を支払えなくなったとしても、困ってしまうのは基本的に相手のB銀行だけに止まります(「基本的に」というのは、B銀行がA銀行からおかねを受取れなくなった結果、B銀行が別の銀行におかねを支払えなくなる可能性は残るからです)。

バイラテラル・ネッティング(二者間のネッティング)とクリアリング・システム(多くの銀行が利用し、沢山の取引が集中する)の決済の流れを示したイメージ図。

ところが、多くの銀行が利用し、たくさんの取引が集中するクリアリング・ハウスの場合は、様子が異なります。クリアリング・ハウスは、そこに参加する多数の銀行について各々のネット決済額(負け額または勝ち額)を計算し通知しますが、負け銀行が1つでも予定の決済に失敗すると、その影響は他の全ての銀行に及びます。つまり、A銀行がネット額を支払えなくなると、A銀行と全く取引を行っていない銀行を含めた全ての銀行について、このクリアリング・ハウスを通じた決済が行えなくなってしまうのです。

損失を分担しあう仕組み

さらに、クリアリング・ハウスにおいては、ふつう「参加銀行による損失分担のルール」が設けられています。「A銀行の決済不能=全銀行の決済不能」という弱点をカバーするため、クリアリング・ハウスは予め流動性供給銀行(A銀行に代わって立替払いする銀行)を決めています。そして、決済不能のA銀行に代わって流動性供給銀行が立替払いを行いますと、A銀行以外の全ての銀行は一定のルールに従ってこの流動性供給銀行に共同でおかねを返すのです。A以外の銀行にしてみれば、流動性供給銀行に支払うこのおかねは損失を意味しますので、そのようなルールは「損失分担のルール」と呼ばれるのです。

このようにクリアリング・ハウスは、それを利用する銀行のひとつが決済不能に陥った場合に、おかねを受取れない銀行や損をする銀行が多発するなど、その影響が拡散してしまう仕組み――言い換えれば「システミック・リスク」を内包した仕組み――です。

これに対して2つの銀行間におけるネッティングは、これら2つの銀行以外の銀行には基本的に影響を及ぼしません。バイラテラル・ネッティングは、クリアリング・システムと違って、システミック・リスクを原理的に内包していない仕組みなのです(「原理的に」と言うのは、クリアリング・システムも実際にはそうしたシステミック・リスクを放置せず、それを防ぐ工夫を行うと考えられるからです)。ここに「決済システム」とそうでないものとの大きな違いがあるわけです。