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金融システムレポート(2020年10月号)

2020年10月22日
日本銀行

2020年10月号の問題意識

新型コロナウイルス感染症は、依然として世界経済、グローバル金融市場に大きな影響を及ぼしている。今回のレポート(2020年10月号)では、感染症の影響が続くもとで、金融市場およびわが国の金融機関の金融仲介活動について、足もとの状況を整理したうえで、わが国の金融安定面への影響やリスクに関する分析・評価を行い、今後注視していくべき点や課題を整理している。その際、今次局面のストレスが、(1)感染症の拡大によって人々の活動が大きく制約されることに伴う「実体経済ショック」に端を発している点、(2)ショックが企業規模や業種ごとに大きく異なる影響を与えている点、(3)政府・日本銀行による強力な財政・金融政策が効果を発揮している点を意識した分析を行っている。

要旨

金融システムの安定性に関する現状評価

新型コロナウイルス感染症が引き続き国内外の経済・金融面に大きな影響を及ぼしているが、わが国の金融システムは全体として安定性を維持している。

政府・日本銀行は、海外当局と緊密に連携しつつ、大規模な財政・金融政策を迅速に講じ、経済活動の下支えと金融市場の機能維持を図っている。規制・監督面でも金融機関による経済への円滑な資金供給を可能とする観点から柔軟な対応を講じている。実体経済に厳しい下押し圧力がかかるもとで、企業や家計の資金繰りに強いストレスが加わっているが、これらの政策対応に加え、金融機関が資本・流動性の両面で相応に充実した財務基盤を備えてきていたことから、円滑な金融仲介機能が維持されている。3月に大きく調整した金融市場は、神経質な動きを続けているものの、総じて落ち着きを取り戻しつつある。

先行きのリスクと留意点

先行きを展望すると、わが国の金融システムは、景気改善がかなり緩やかなものにとどまると想定しても、相応の頑健性を備えている。もっとも、感染症の帰趨やその内外経済への影響を巡る不確実性はきわめて大きい。仮に今後、景気が長期にわたり停滞し、そのことを受けて金融市場も大きく調整するような厳しいストレス事象が発生する場合には、金融機関の経営体力の低下により、金融仲介機能の円滑な発揮が妨げられ、実体経済のさらなる下押し圧力として作用するリスクがある。こうした観点から特に注意すべきリスクは次の3点である。これらのリスクに備えつつ、金融システムの安定確保と金融仲介機能の円滑な発揮に万全を期していくことが、マクロプルーデンス上重要である。

第一は、国内外の景気落ち込みの長期化に伴う信用コストの上昇である。国内では、企業の売上・利益の大幅な落ち込みと借入の増加が続いている。近年企業が自己資本・手元資金の両面で財務基盤を強化してきたことに加え、各種の企業金融支援策が強力な効果を発揮していることから、当面、デフォルトの増加は抑制されるとみられる。もっとも、景気悪化が長引く場合には、企業の債務返済能力は低下が続くことになる。特に、感染症拡大以前から脆弱性の蓄積が進んでいた低採算のミドルリスク企業向け貸出や不動産業向け貸出、大型M&Aに関連した高レバレッジ案件向け貸出などへの影響を注視していく必要がある。

邦銀の海外向け貸出は、全体として質の高いポートフォリオを維持しているが、個別にみると、原油価格下落の影響を受けるエネルギー向けプロジェクトファイナンス、世界需要が縮小している航空機関連のオブジェクトファイナンス等も少なくない。また、近年の海外貸出積極化のもとで、収益性の低い大口貸出先が増加傾向にある。今次の海外経済の落ち込みがリーマンショック期より大きいことを念頭に、慎重なリスク管理を行っていく必要がある。

第二は、金融市場の大幅な調整に伴う有価証券投資関連損益の悪化である。わが国の金融機関は、国内の低金利が長期化するもとで高めのリターンを求めて内外クレジット商品や投資信託などを通じてリスクテイクを積極化してきた。金融市場が落ち着きを取り戻しつつあることもあって、損失は限定的であるが、特定の商品で評価損が膨らんでいる事例も存在する。金融市場を巡る不確実性がなお高いもとでは、3月の調整局面において既存のリスク管理の枠組みが適切に機能したかを検証し、その実効性を高める取り組みを進める必要がある。

第三は、ドルを中心とする外貨資金市場のタイト化に伴う外貨調達の不安定化である。近年邦銀は、海外貸出を拡大する一方、市場調達期間の長期化や法人顧客性預金の拡充など、調達の安定化に取り組んできた。本年3月には、コミットメント・ラインの引き出しなどから外貨貸出が急増したが、こうした取り組みに加えて、主要6中央銀行のドル流動性供給の効果もあって、邦銀の外貨繰りに大きな支障が生じる事態は回避された。もっとも、海外資金市場が引き続きショックへの脆弱性を抱えるもとで、今後も外貨の調達基盤と資金繰り管理を強化していく必要がある。

金融機関の経営課題と日本銀行の対応

金融機関にとって、当面の重要課題は、感染症の帰趨や、それが内外経済に与える影響の大きさについて、きわめて不確実性が大きいもとで、経営体力とリスクテイクのバランスを確保し、金融仲介機能を円滑に発揮していくことである。金融仲介に関しては、迅速な資金繰り支援に加え、貸出先企業の経営の持続可能性をしっかり見極めていくこと、そのうえで、本業や金融面での支援、事業の承継・譲渡・再編など企業の実情に応じた有効な支援を行っていくことが一層重要になっていく。このことは、資源の効率的配分を通じて、国・地域の生産性や活力の向上に資するものである。また、これらの役割を担っていくうえでは、金融機関自身の健全性確保が前提となる。上記3つのリスク管理の強化、貸出先企業の経営の持続可能性を踏まえた適切な引当、先行きの不確実性を勘案した資本政策、がポイントとなる。

より中長期的な視点からは、人口減少や高齢化、デジタル・トランスフォーメーション(DX)や働き方改革、気候変動への関心の高まりなど、わが国社会を取り巻く環境が大きく変化しつつあることを踏まえ、「コロナ後」の持続可能な社会の実現に向けて、より付加価値の高い金融サービスを提供していくことが期待される。金融機関は、そうした将来を見据え、経営効率性と経営基盤の一段の強化に向けた取り組みを加速していく必要がある。

日本銀行は、政府や海外金融当局等と引き続き緊密に連携しつつ、金融システムの安定確保と金融仲介機能の円滑な発揮に向けて取り組んでいく。また、中長期の視点からも、金融制度の整備やDX対応などを含め、金融機関の取り組みを積極的に後押ししていく。

日本銀行から

本レポートは、原則として2020年9月末までに利用可能な情報に基づき作成されています。
本レポートの内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行金融機構局までご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。
なお、マクロ・ストレステストのためのストレス・シナリオについては、シナリオ別データ [XLSX 17KB]をご覧ください。

照会先

金融機構局金融システム調査課

E-mail:post.bsd1@boj.or.jp